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菅野康太Blog 輪るPh.D戦略

2013-12-03

世界はすでに、俺より年下(草食系モード)が動かしはじめている!

| 22:26 | 世界はすでに、俺より年下(草食系モード)が動かしはじめている! - 菅野康太Blog 輪るPh.D戦略 を含むブックマーク

WIRED のOPEN GOVERNMENT特集をやっとこ読み終わった。

この特集以外にも読み応えあるものが盛りだくさんで、なかなか本論のオープンガバメントに辿り着かなかった。


その内の一つの記事、

東京スタートアップ・ヒップスター、モードに学ぶ」

は、なかなか面白いというか、ある意味凹む。

今話題の若い企業家達へのショートインタビュー特集だが、とにかくみんな若い。僕と同い年か、年下がほとんどである。自分の名前で、自分の足で立って、とても尊敬もするし、羨ましくも思う。

ショートインタビューには9つ質問があって、2番目の質問が「企業のリスクはどう考えた?」なのだが、冒頭のお二人は少し似たようなことを言っている。メガネのeコマースで有名なったオーマイグラス 六人部生馬 取締役CEOは「会社の行く先を自分で決められない方がリスクだと思うんです」と答え、また、ソーシャルリクルーティングサヴィスのウォンテッド 仲暁子 CEOは「動かないことの方がリスクだと思った」と。

このあたりは、僕も納得するところで、ちょうど先日読み終わった『君に友だちはいらない』(瀧本哲史・講談社)にも通じるところがあると思う。この本の中では、チームアプローチの重要性、目的や課題解決のために集まるゲゼルシャフト的なコミュニティの重要性が説かれていて、上記のお二人は、まさにこの体現者なんだろうなぁと思う。(こちらの記事がこの本のいいまとめ)

君に友だちはいらない

君に友だちはいらない

おそらく、なかば社会主義的な資本主義国家であったところの日本は、ガチな資本主義の流れに否応無く飲まれていくので(本の中での瀧本さんの受け売りです)、安住することこそがリスクであり、このWIREDの特集で紹介されているような次世代(もしくは僕と同世代)はどんどん増えていくんだろうなぁと思う。

この辺の重要性と日本における難しさは、ニッポンのジレンマの感想を書いた前回のエントリとも重なるところがあるが、

さて、このWIREDの記事でちょっと面白いのが、こういった企業家達には「今季の世界メンズモードシーンを席巻する"草食系モード"がよく似合う」らしいのだが、それは「果たして偶然なのか。それとも必然なのか」と。

なんとなく納得しちゃうのは、そう言えば、ジレンマに出るような人って草食系モード似合ってて、朝生に出る人は似合わない気がするなーという印象があるから。草食系モードといっても、色々種類はあるわけで、着てるモノは実際違うわけだけど、朝生に出る人はスーツが多い気がする。で、草食系ってのは、相手を論破するんじゃなくて、課題を解決するためのソリューションを建設的に話し合ってるイメージに重なって、朝生はまだまだ論破型な、「俺様」的な感じがする。


まぁ、なんというか、独立した、多様性のある、様々なアイデアを持った人が自由に課題を見つけて、しかし、そんな自立分散・並列処理が、時に社会の大きな課題を解決していくような時代になっていけばいいなぁと、思います。


ところで『君に友だちはいらない』によると、イノベーションのきっかけの(ありがちな)要因の一つは、世代交代とのこと。


僕も同世代や年下の人に置いてかれないように(そしていつのまにか次世代の障壁にならないように)、研鑽を積みたいと思う、今日この頃です。自分で。

気がついたら、ただ年を取っていそうで、それが一番恐いです。

2013-11-30

アーキテクチャまで持ってけ! ニッポンのジレンマ-新TOKYO論

| 03:27 | アーキテクチャまで持ってけ! ニッポンのジレンマ-新TOKYO論 - 菅野康太Blog 輪るPh.D戦略 を含むブックマーク

ニッポンのジレンマ、新TOKYO論、観た。

ワイン飲みながら書いたから校正してない。


面白いなーと思ったのは、鈴木さんが言った「つまらない」ということ。

冒頭で社会学者の新さんが、東京オリンピックをやらなきゃいけないのは、世界の主要都市間でのプレゼンスとして避けられない当然の流れで、国際競争力が落ちてる東京としては、こういうイベントを通しての変革(都市計画など)をやらざるを得ないと。で、これには建築家の藤村さんも同意。

だけど、そういう(おそらく資本主義的な観点の)話しを、鈴木さんはつまらないと。面白い都市ってのは、そこに住む人が面白い都市であると。僕なりに意訳すれば、そこに住む人が、自身の創発で何かをやってて元気であるのが面白いということかな。で、鈴木さんの実践であるリトルトーキョーの紹介がされる(ここの映像でYOSHさん登場)。

ここでは、仕事を持ってる人が、全く別の市民としての顔を持って、あたかも別の職業をしたり「税金」も払って自治をして、その税をどんな「公共福祉」に使うかの合意形成もする、そういうコミュニティ

で、鈴木さんはその先に何が生まれるか、明確なヴィジョンを持っていないというか、コントロールするきはなくて、他の色んな都市でもオープンソースのモデルとして似たようなことが起きると、何か面白いことが生まれることを期待してる感じ。

この姿勢って、僕から言わせると非常に資本主義的な感じ。極めてボトムアップの自由な発想の中から生まれるイノベーションに期待している感じは、資本主義の原動力であり得意とするところそのものな感じ。

こういうことが沢山起きることこそが、都市としての国際競争力を上げることにつながる筈で、実はまったく相反することではないはずのことで、一瞬、鈴木さんと新さんの意見が対立したのが、面白いというか、日本の現状かなぁと。



それを物語るアドビの国際調査が途中で紹介されたんだけど、世界の主要都市で最もクリエイティブだと思われてる都市は、なんと東京であると!しかし、東京の人は、世界の他の都市の人と比べて自分たちをクリエイティブだと思ってはいない、というのが、調査の結果。

おそらくこれは、実際に東京、もしくは日本でクリエイティビティの高いアイデアは草の根的には沢山あって、各分野では国際的に有名なんだけど、東京もしくは国全体の構造を変えるには至らないので、自分たちの実感や自信としてフィードバックされないのではないか、というのが僕の意見。

今丁度、WIREDのオープンガバメンと特集を読んでる最中なんだけど、毎回WIREDを読んでて見受けられる事例は、アメリカだと、シリコンバレーベンチャーが開発したシステムやアプリが、各自治体のシステムとして採用されたり、NYの商店がこぞって使い始めたり、ボトムアップのアクティビティが、全体の構造に影響を及ぼす、つまりアーキテクチャの改変に繋がってるんだなぁという、ところ。

おそらく、これが日本には足りない。

それは、アメリカは各州の自治が強くて、日本の地方分権が進んでいないからかなぁとも思う。藤村さんの言葉を借りれば、ある自治体機能を実装するために適した、機能単位がダウンサイジングされてないからかなぁと思う。

だから、クリエイティビティの高さを実感できて、社会全体に浸透させるには、アーキテクチャにまで持って行ける人が、特に日本には必要。

その意味で、番組の最後の方でも紹介されてた藤村さんの大宮再開発の、計画から実行に至る各段階で住民と役人を交えて「見える化」し、選択肢や合意形成の適切なサイズも設計してやっていくやりかたは、非常に現実的で未来のある実践だと思えます。

藤村さんは建築家だから、様々な問題を、空間設計の問題としてとらえることで、人々に問題をシンプルなカタチで理解可能にするという手法で、見える可し、複雑さをダウンサイジングし、市民と役人、もしくは個人と集団の中で起こりうる齟齬、共通の言語で会話できなくなる共約不能な状態に、共通言語を与えているように思えます。

コミュニケーターやインタープリター、もしくは架け橋

こういう役目は非常に重要なんだけど、翻って、ボトムアップな活動をしている社会活動家的なことをしている人には、それをアーキテクチャに持って行くビジョン、役人やものごとを俯瞰的に見る学者には、こういった活動を全体の構造を変えるのに役立てる目利き力みたいなものが必要なんではないかなぁと、思って、夜も更けました。

恋物語 -ひたぎ エンド- 第二話を、もう一回見て寝ます。

2012-01-05

本年もよろしくお願い致します。

| 04:25 | 本年もよろしくお願い致します。 - 菅野康太Blog 輪るPh.D戦略 を含むブックマーク

今年の目標、

・仕事はためない、即座にやる。

・アニメいっぱいみる。

・論文いっぱい読んで、感想をブログにup

・CNS

・部屋の片付けとか、デスクの片付けも、リアルタイムでやる

・モノも情報も、整理整頓。仕事も、プライベートも。

2011-11-02

事実を見つめて

| 01:25 | 事実を見つめて - 菅野康太Blog 輪るPh.D戦略 を含むブックマーク

どうすれば今の状況を抜け出せるのか、分からないのだけれど、

事実を見つめる姿勢を忘れないことにしました。

運命の至るところが、想いと違えど。

2011-08-13

将来の夢

| 02:12 | 将来の夢 - 菅野康太Blog 輪るPh.D戦略 を含むブックマーク

僕の将来の夢は、

じいさんになることです。

can-nocan-no 2011/08/14 01:01 ちなみに、僕は人文、社会系学問の考え方、記述の仕方が悪いとは、言ってません。政治的立ち位置を含まない議論は、科学であっても科学技術政策などでは、ありえないので、寧ろ、思想やイデオロギーも含まれる考察まで含めた評価がなされて当然と思います。

しかし、科学が特徴である客観性の担保のためには、結果と考察をきちんと分けることが重要でり、この作法的な流儀を維持することは、科学の本質を守るためのものである、ということで、担うべきものが違うだけの話です。です。