かぶとむしアル中 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2016-06-24

[]安倍首相「全部イギリスのせいだ」/イギリスEU離脱13:29

EU referendum: BBC forecasts UK vote to leave - BBC News

今の利害関係政治経済社会事情はともかく、EU離脱したイギリスにどんな長期的展望があるのかよくわからないというのが今の率直な感想です。確かに「民主主義赤字*1構造的な問題だろうと思いま須賀、こんな解消方法が本当になされるとは驚きです。「余計なことをやってくれた」キャメロン首相は今後どう身を処するつもりなんでしょうかね?

日本では参院選告示されていますので、そちらの絡みでも一言。安倍首相は「世界経済危機が迫っている」ことを理由消費税増税を再延期しました。本当に危機が起きたら「それ見たことか」と言えるし、起きなければ「アベノミクスで回避した」と言い張ることは(レトリック上)可能なので、お上手だなあと思ってはいたので須賀、これで間違いなく「延期は正しかった」と主張するでしょうね。そして、日本経済の全ての問題の原因は十把一からげに「世界経済危機のせい」とされるのでしょう。

[]人の口に戸は立てられぬ/『北朝鮮建国神話崩壊』(金賛汀18:11

朝鮮人民革命軍を率いて抗日ゲリラ戦を闘い抜き、ソ連軍と協力して朝鮮に凱旋したはずの金日成が、実は中国共産党員だった上に、ソ連の対日宣戦布告後も一切戦闘行為は行わず、ソ連の軍服と大尉階級章をつけてこっそり元山に上陸していた。金正日聖山白頭山の密営ではなくロシア沿海州の宇和なにをする(ry

…ということをかつての戦友たちへのインタビューなどを通じて暴き出した話です。

冷戦終結と前後して、朝鮮民主主義人民共和国建国に深い関わりを持つ中ソの史料証言が活用できるようになってきた結果、「金王朝」による支配正統性を与えていた「神話」の虚構が暴かれていくさまが描かれています。金日成による抗日パルチザン活動を「国造神話」とすることは、反日共産主義レゾンデートルに置い北朝鮮にとっては避けられない帰結であるようにも見えま須賀、本当に「伝統創造」ならぬ「伝説創造」を国家的に実行してしまったわけで、これまた必然的な帰結として「人の口に戸は立てられぬ」ということわざが示すような事態が起こってくるということなのでしょう。

とはいえ金日成抗日パルチザンとして一定の戦果を上げていたことはおそらく事実であり、また規模は小さくとも、ソ連から帰国するパルチザンたちのリーダー格だったというのも本当のようです。だったら事実事実のまま歴史に刻んでもそこまで問題はなかったんじゃなかろうか、なんて甘いことを思った半面、「勝てば官軍」で勝者が歴史を書いていくというのは大なり小なり、普遍的なことでもあるのだろうなあとも感じました。

ちなみにこの本は、雑な言い方をすれば「北朝鮮が好きな人」以外にはちょっとおすすめしかねます(笑)

*1EU権限が集まることで、加盟国政治における民主的正統性が低下しているとする指摘

2016-06-15

[]『女が動かす北朝鮮 金王朝三代「大奥」秘録(五味洋治) 14:26

俺たちの正男への独占インタビューを成功させた著者が、「金王朝三代」を取り巻く女性に焦点を当て、北朝鮮における「宮廷」の一幕を紹介した本です。「宮廷」というのは国際政治における分析のレヴェルの議論から示唆を受けた北朝鮮を読み解こうとする際の視角の一つ、のつもりなので須賀*1、まさにこの本の内容は「王朝」の家庭内事情を多く含んでいますので、むしろカギカッコ付きで紹介する必要がないくらいかもしれません。

全体を通じて興味本位でも十分楽しめる本だったので須賀、一つ挙げるべきは、先述した分析レヴェルというより実態として「宮廷」に住まう(った)人たちが持つ影響力の大きさでしょう。一定以上の公的役職を持っていた金敬姫(金正日の妹で張成沢の妻)、金オク(金正日晩年秘書かつ妻)、金与正(金正恩の妹)らのみならず、役職ははっきりしないというが父・金正日遺書を書いたとされる金雪松、著者が政策決定への関与を示唆する高容姫(金正恩の母)…。名前を挙げた女性を含む登場人物の活動を見るにつけ、まさに北朝鮮の「リアル宮廷」と呼ぶべき場所に権力が集中してきたさまを窺い知ることができます*2北朝鮮分析における「宮廷」の位置づけについてもっとしっかり考えなければならないというのはこの本から得た知見でありますし、それすらも古代則天武后らの例を挙げるまでもない自明な事柄なのかもしれません。つまり、これまた著者が指摘するように30代半ばにして健康問題を抱える金正恩の身にひとたび何かあれば、本当に則天武后さながらの権力を振るう女性が出てくるのかもしれませんし、「金王朝支配が長く続くほど、その可能性は高まっていくでしょう…「民主主義」「共和国」を名乗る国家についての議論とは到底思えませんけども。

*1こちらなどである程度の説明をしています。ちなみに家族関係だけではなく、いわゆる体制内部の権力関係すなわちクレムリノロジー的なものも含めて考えています

*2:その点『女が動かす北朝鮮』というタイトルはこの本の視点として実に言い得て妙だと思います

2016-06-07

[]『メディア政治』(蒲島郁夫竹下俊郎、芹川洋一) 01:59

メディアと政治 改訂版 (有斐閣アルマ)

メディアと政治 改訂版 (有斐閣アルマ)

参院選を前に、再読してみました。

理論的な部分に関してはやはりより精緻で勉強になりましたが、前回のレビューで言及したようなメディア多元主義モデルが今現在、どこまで妥当するのかは検討を要すると強く感じました。様々な誘惑に晒されながらも保たれている一応の独立性、が前提となるわけで須賀、果たして現在、個別媒体個別的判断でなく全体としてそれが保持されているのかーつまり、メディア多元主義モデル妥当する前提条件はそもそも安定的に存在するのかーが問われる状況にあるように思えます。またお得意(?)の安倍政権批判かと思われるかもしれませんが、学問として論理的に体系化されたものは何がしかの「変化」に照らすとはっきりとした相違の痕跡を示すと思いますし、逆に言うとそれが、今という時代を映しているとも言えるのでしょう。

こうしてビールを飲みながら考えると、その時期時期に本を読み、それについてコメントすることは、その時期時期を反映するという意味で多少の価値はあるのかもしれません。

2016-06-02

[]親子の2016年5月読書「月間賞」 00:39

私は前月分の「原典」であるこの本。議論の射程が長ければこその古典であり、また古典だからこそ広く読まれ、その過程の中で読み替えられていくのでしょう。もちろん読み替えの「伸びしろ」があってこその話なんですけれども。

  • 笑点50年メモリアルフォトブック

長男はこちら。これは言葉の綾でもなんでもなく、お出かけの時にも持っていかないと気が済まないようで、いつも「しょーてん、ほん!」と連呼しています。メンバーの写真を指差して「これは?これは?」と聞いていたのもつかの間で、「これは、まる!」「きくおー!」「しょーた!」などと言うようになりました。それにしても、1歳児に「やまだくん」呼ばわりされる座布団運び(59)って…(笑)

2016-05-26

[]『「安倍一強」の謎』(牧原出) 17:20

「安倍一強」の謎 (朝日新書)

「安倍一強」の謎 (朝日新書)

政治学者の著者が、政権交代のサイクルという観点から「盤石ではないはずなのに強い」安倍政権の謎に迫る本です。と書くと、謎を提示する前に種明かしをしてしまうようなものなので須賀、著者は選挙によって下野し、さらに政権の座に返り咲いた自民党が、相手方民主党に学び、その政治的遺産となりうるものをもうまく継承した点にその強さを見ています。例えば、どう見ても首相と肌が合いそうにない谷垣総裁入閣し、次いで幹事長の要職を務めることで、結果的消費増税などに関する三党合意継承担保する形ができていると分析していますし、首相国会答弁や会見などでの発言についても、地金がよく出るのはともかく、肝心なところで裏方がコントロールしていることを見て取っています。このように、安倍政権の謎、というより様々な特徴を、しばしば行政学的な観点からクリアに切り取って示してくれる本です。

その一方で、こうした政権の特徴を「政権交代時代への移行期の特徴」にやや還元しすぎているようにも見えました。多分そこに結び付けるのは論理的作業としてそこまで難しくないと思えるだけに、それこそ例えば首相パーソナリティなどの要因に帰するべきものまで「移行期の特徴」にしてしまっているのではないか、少なくとも「他の要因よりも、政権交代時代へ入っていく時期の過渡的状況の発露だと捉える方が当たってますよね」という論証が十分になされていないのではないかと感じざるを得ませんでした。

もう一つは、これからは政権交代時代だという状況規定そのものについてです。政権党がA→B→Aとサイクルしているのは見ての通りで、最近できたB'が次に来るのか、あるいはCが来るのかは些事で生姜、そのように代わっていくあり方が政治改革意図したところではあります。しかし、今の政権が行っていることは、そもそもそうした政治システム根本にあるべきルールを掘り崩す行為ではないのか、と私は考えています。もしそれすらも「移行期の特徴」なのだとすれば、その移行は失敗しつつあると言わねばなりません。立憲主義民主主義などの根本的な価値破壊されてしまえばそれは不可逆的な変化で、サイクルどころではないからです。Aがダメだと多くの人が気付いた時には、すでにBやCという選択肢すら抹殺されているかもしれません。そのリスクについてはかなり楽観的というか、外形的な議論の立て方だなあという気はしましたね。

2016-05-20

[]『参議院とは何か 1947〜2010』(竹中治堅) 00:50

参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

参院選も近いということで、再読してみました。1回目に読んだ時にそれなりの分量でレビューしているので、本当に感想だけ。

参議院歴史的内閣衆議院による立法活動抑制する働きをしてきたのは、二院制の目的に適っている。ただ参議院までが二大政党化すると膠着するので、選挙方法は工夫しましょうー。改めて読んでみても、そうした著者の提言は至極真っ当に思えますし、参議院を軸にした戦後政治史の読み物としても十分楽しめる本かと思います。

今回の選挙は、一人区野党共闘が進んだことでますます「政党化」したものになりそうです。まさにその一人区こそが著者が改善を求める点であるわけで須賀、参議院権限があり、力があればこそ政権やその座を狙う勢力がそこに触手を伸ばすのはある意味必然なわけで、これまた著者が挙げる「一票の格差」という憲法上の要請をテコにでもしないとなかなか変わっていかないのかなあとは感じました。

あるいは、年代別選挙区にでもしてみますか?(笑) 世代論はあんまり好きではないんですけど…

2016-05-10

[]「近代聖典」と三つの時代/『社会契約論』(ルソー02:30

社会契約論 (岩波文庫)

社会契約論 (岩波文庫)

あまりにも有名すぎるこの本とその議論について、ここでおさらいしてもお互い(少なくとも私は)あまり楽しくないので、「社会契約論と三つの時代」とでも称して、感想を三つ挙げたいと思います。

この本が著された時期ですので、これは当たり前でしょう(笑) ベネツィアでの自身経験や置かれた境遇グロチウスモンテスキューマキャベリらの(程度は異なれ)彼に先行する議論などを踏まえた、十分に「当時代的な」著作であることを指しています。もちろんこれは「普遍性がない」と馬鹿にしているのではなくて、むしろ個別時代の刻印がない抽象論は逆に気味が悪い*1とすら感じます。論証の仕方、特にその自明の前提としている公理のようなものが(少なくとも私とは)異なっていることがあるように思えたのも、お互いの時代性と捉えてよいでしょうか。

これはかなり「エロい」読み方なので生姜、著者がこの本が出された以降のことを予言ないしは予測しているようにも読める箇所がいくつかあります。

国家の存続している間に時として激しい時期があり、その時にはある種の発症…と同じ作用を、革命人民に対して及ぼし…国家内乱によって焼かれながらも、いわばその灰の中からよみがえり、死の腕から出て、若さの力を取り戻すことがある…

これはまるで著者の死後間もなく、フランスで起こることを示唆しているように読めませんか? あるいは、ロシア人民市民化するほど成熟していないのにそれを押し付けられたため、かえってその機会が失われてしまい「ロシア臣下ないし隣人のタタール人が、ロシア人の主人とな」ることになるだろうという予言は、帝政ロシア近代化から社会主義革命までの経過の説明として今読んでも、支離滅裂とは笑えないでしょう。「ルソー予言者で、『社会契約論』はその予言の書である」などと主張するつもりは毛頭ありませんが、著者が信じるところの立論が史実リンクしていく様は確かに、魔力的ですらあると評せるかもしれません。

最後の一つは文脈的牽強付会ではあるんで須賀、どんなもんでしょうか? 「私はなんとなく、いつかこの小島コルシカ島)がヨーロッパを驚かすであろうとする予感がする」

社会契約論』は言わば、近代という人類史を画する一時代聖典のように扱われてきた書物ですので、そのまま「近代」にしようかとも思ったので須賀、ここは「今、これを書いている」という当時代性を重視してみました。多分ここが一番スタンダードな話になると思いま須賀(笑)、たまたま少し政治学関連の本をかじれば『一般意志2.0』(東浩紀)『多数決を疑う』(坂井豊貴)のような、近年出版されたルソー関連のベストセラーに行き当たるという言わば「犬も歩けばルソーに当たる」的状況は、まさに今、近代を支えてきた国民国家多数決に基づく民主主義などの制度が曲がり角を迎えている証左なのではないかと思います。そういう時代だからこそ、「近代聖典」が時に批判的に参照され、読み替えられている。そんな気がしますし、それに耐え得るという点においては、先ほど使った「当時代的」という言葉よりも「通時代的」(要は普遍的)などの方がふさわしいのかもしれませんね。

最後に一つだけ引用を。

自分他人の主人であると思っているようなものも、実はその人々以上にドレイなのだ。

有名な一節だそうで須賀、これが「主人たる者も『主人』という関係性(あるいはそれをつくる上位の価値)拘束されている」ということへのルソーの観察眼を示しているとするなら、「SMのSはサービスのS」という『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう)の格率(?)も、少なくともこのスパンにおいて妥当するものなのかもしれません。

2016-05-05

[]親子の2016年4月読書「月間賞」 22:52

GW今日でひと段落、というかたもいらっしゃるでしょうか。私も大体そんなもので、前半は仕事今日までの3連休長男を中心にした家族で、近場にて過ごしていました。「どこにも行かないならせめて読書でも」という色気はなくはなかったので須賀そうもいきませんね(笑) 自分がゴロゴロしていたのがいけないんですけど…

 

私の月間賞はこれ。5年前の本にはなりましたが*1ルソーtwitterを語るのはなかなか刺激的な「遊び」だと思います。次点は敢えての『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう)で。世の中的には「ちょっとエッチギャグ漫画」的な扱いなのかもしれませんが、これがまた(冗談でなく)ルソー的な観点を含んでいるという点については、近々ご紹介できると思います。

でんしゃのあいうえお

でんしゃのあいうえお

大分落差がありま須賀(笑)、長男はこれ。タイ旅行の際の「秘密兵器」で、この本のおかげで旅程がかなり楽になりました。お気に入り成田エクスプレス。「乗りたい」とせがまれる日が来るのでしょうか…

*1:それだけの期間、本棚のオブジェになっていた

2016-04-30

[]『多数決を疑う』(坂井豊貴) 12:26

政治世界から学級会まで、当然のように行われている多数決。しかしその多数決が「多数の人々の意思を一つに集約する仕組み」である集約ルールの一つに過ぎないことを明らかにしつつ、それを含んださまざまな集約ルールの特徴や問題点などについて論じているのがこの本です。

著者は冒頭に挙げたような「多数決主義」を文化的奇習とまで言ってのけているので須賀、その最大の眼目はやはり票の割れに弱いことでしょう。その絶好の例が、2000年のアメリカ大統領選です。共和党ブッシュ民主党ゴアの構図ではゴア優勢と見られていたにもかかわらず、「第三の候補」ネーダーがゴアの票を喰ってしまったため、ブッシュ漁夫の利で勝利を収めた。その後ブッシュ大統領(ry という有名なお話で須賀、ネーダー支持者の圧倒的多数がネーダー>ゴアブッシュという選好で、全体としてブッシュゴアのペア(2択)ではゴアブッシュだったろう*1ということが全く反映されない集約ルール果たして優れていると言えるのでしょうか。

この例においてブッシュとネーダーのペアがどうかはともかく、こうしたペア同士の比較で最弱となる候補(ペア敗者)が1位にはならない集約ルールとして考案されたのがボルダルール*2であり*3、さらに進めて「ペア同士の比較で最強の候補が1位となるべし」というコンドルセの主張は、コンドルセヤング最尤法に結実します。この本では、そういったさまざまな集約ルールとその特質が紹介されていくので須賀、全体の順位得点方式で重視しつつ、ペアでの勝敗もかなりの程度反映できる方式であるとして、著者は特にボルダルールの利点を強調しています。

個人的に興味をそそられたのはコンドルセによる陪審定理議論でした。陪審定理とは、陪審員が正しい判断をする確率がコイントスより優れていれば(50%を少しでも上回れば)、人数が増えるにつれその多数決の結果が正しい確率は100%に近づく―というもので、場合分けをして掛け算と足し算をすればそうなるので須賀、著者も示唆するように、その議論ルソー一般意志とつながります。コンドルセ曰く、これが成り立つ条件は、陪審員情報を適切に与えられていることと、それぞれが人に流されずに自分の頭で判断することなので須賀、特に後半は『一般意志2.0』(東浩紀)に出ていた話とリンクしますね。さらにこれは、ルソーが言うような直接民主制採用した場合*4、ある法案一般意志に適うものであるか*5判断絶対に間違えない*6、ということを数学的に裏打ちするものとも見做し得るわけです。まあこれは偶然や奇跡ではなく、コンドルセが当時禁書だった『社会契約論』を密かに読んでいたからだろう、ということは「発見」されているわけで須賀、それこそ前掲書で指摘されていたような「数学存在としての一般意志」という側面が再び頭をもたげるようで面白い経験でした。

ちなみに以前「憲法学者の9割以上が安保法を違憲と答えた」という報道を巡る議論がありましたが、この陪審定理でいけば、その「多数決」は正しい可能性が高いということになりますね、と著者が言っています。

憲法学者の多数決と陪審定理(メモ) - 坂井豊貴の雑記置場

*1:この部分は前提と重複しま須賀

*2:n個選択肢がある場合、m番目に好ましい候補にn−m+1点を与えていく

*3共和党流派、もっと広げると自らへの批判票の割れで得をしているように見える2016年大統領予備選のトランプ氏は、恐らく歓迎しない方法でしょう

*4:投票者数が非常に大きくなる

*5ルソーの考えでは、それこそが法案賛否根拠となるべきである

*6多数決の結果、ほぼ100%正しい方が勝つ

2016-04-20

[]ルソーGoogleをつなぐ知的冒険/『一般意志2.0』(東浩紀) 11:56

ルソーの『社会契約論』における一般意志に関する議論を読み替え、インターネット時代民主主義国家のあり方の「夢」提示する本です。

著者によれば、ルソーの構想した一般意志とは、コミュニケーションのない状態での人々の願いを均した言わば数理的な「モノ」であり、その方が結果として正しい判断を導けるとしている点で、アーレントハーバーマスが論じてきた熟議民主主義ではなく、「『みんなの意見』は案外正しい」にあるような集合知議論と重なる部分が大きいといいます*1。その上で、ルソー時代にはその一般意志可視化することはできなかった(一般意志1.0)が、現代インターネット上に集積されたデータベースを活用し、GoogleTwitterがその役割を果たすことができ(う)る(一般意志2.0)とし、タコツボ化して参加コストが跳ね上がった熟議と相互補完する存在として、このデータベースを活用した統治を提唱します。またその際、それこそネット上で自分に都合のよい/聞いていて気持ちのいい情報だけに浸かりきってしまうタコツボ化を防ぐため、ある種攪乱的な設計*2が重要だ、とも述べています。

その提案の中では、そのデータベースを踏まえた総合サービス業的な「政府2.0」が構想され、具体的には「政府のすべての会議ニコ生で公開せよ」という主張につながっていきます。その分野の専門家ではない「素人」とはいえ、そうした人々の反射的なコメントの集積を完全無視して議論できるのか(やれるものならやってみろ、そのうち引きずりおろされるぞ)、そう訴えるわけです。

熟議民主主義データベース民主主義相互牽制と補完。政府会議ニコ生で公開せよ。そうした著者の主張は、実は私が恐れ、期待していたものよりは穏当なものでした。そもそもなぜしばらく本棚に飾られていたこの本のハードカバーに手を伸ばしたかというと、先日読んだ『代議制民主主義』(待鳥聡史)で、まさしく代議制民主主義の限界を指摘した上でのオルタナティブとして挙げられていたからで*3、著者の前置き的にも相当破壊的なことが書いてあるのではないかと身構えていたので須賀、確かに代議制民主主義オルタナティブであり、ネットは「そもそも政治とはなにか、あるいは国家とはなにか統治とはなにか、その定義そのものをラディカルに変える可能性に繋がっている」(最終章)ということを示すお話になっているとは思いま須賀、実際に現象や取り組みとして出現しつつあるものからそう遠くはないように思えたのです。昨夏の安保法制審議の最中、石破氏の発言をきっかけに広まった「自民党感じ悪いよね」というハッシュタグはまさに人々のある意味反射的なコメントですし、その自民党が次期参院選(だけなのかどうかは知らないw)に備え、そうしたネット上の反応を集積して分析しようとしているというのは、それらのデータベース的活用に他なりません。

一方で、「自民党感じ悪いよね」というツイートいくら広まっても、もっと言えばどれだけの数の人が国会議事堂前で抗議しても、自民党は(というより安倍首相は)その声には耳を傾けず、自らが欲する法整備を行ったわけで、それは個別的な例でしかありませんが、著者の言う「データベース民主主義」をどう制度内に位置づけ、正統性というよりは実効性を持たせていくのかというのはその構想における一つの課題になりそうです*4。著者もその辺は意識しているようで、最終章で「司会者がコメント欄無視して場が荒れたら、『我こそは』という人間一定の支持を得て新たな司会者になるような柔軟な制度が整えばいい」と希望を述べているので須賀、それ(に近いこと)を政治の中でどう行っていくかが難しいところなのでしょう。

何はともあれ、この本にはルソーのみならずフロイトローティノージックらも登場し、読者を一つの知的冒険に誘ってくれます。そしてまた、とにかく現状やエスタブリッシュメントに対するルサンチマンだけから、「あれもこれもぶち壊して全く新しいものを作ればいいんだ、その方がカッコいいだろ?」的な叫び声を上げる論者があちこちにみられる*5中、10の提案の裏にそれを支える100の理念があるというか、ラディカルな議論を(その度合いよりは)穏当に現実に流し込もうとしていることには好感を持てますし、むしろ断然カッコいい。私はそう思いますけれども。

*1:奇しくもリンク先のレビューの末尾に言及がありましたが、この本を読んだ上では「熟議民主主義のそもそもの原理」と読み替えるべきでしょう

*2Twitterならリツイート機能とか

*3:そういえばあの本、買って本棚に仕舞ったきりじゃん!

*4:その意味で通底するものがありそうなので、一連の法整備を強行した首相らの精神構造に関する私の勝手な分析引用しておきますね

*5:前の注とも関連しま須賀、それを最も体現しているのが安倍晋三さんだと思っています

2016-04-12

[]親子の2016年3月読書「月間賞」 10:58

4月も半ばに入っているのに、3月のことを書こうとしています。

私はこれ。明晰な民主主義制度論として、一読をオススメできる本です。

はらぺこあおむし エリック=カール作

はらぺこあおむし エリック=カール作

長男の方は、ブッシュアメリカ大統領大学時代愛読したという「超」定番絵本です。保育園の発表の題材にもなっていたからか、はたまた腹ぺこの青虫が自分と同じように食べまくるお話だからか、安定してリクエストの多い一冊です。

2016-04-11

[]『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう14:44

亭主元気でマゾがいい!(1) (モーニング KC)

亭主元気でマゾがいい!(1) (モーニング KC)

SM女王様漫画家が、SMバーの客だったM男との結婚生活を描いたマンガです。その設定(というよりそれが事実なので須賀)でマンガを描く時点で半ば企画勝ちではあるので須賀、実在の登場人物が楽しそうに、かつ大真面目に生きている様が活写されていて結構笑えます。この手のものは多分、ドリフコントみたいに出演者が半笑いで演じていては急に興醒めしてしまう気がするんですね。下ネタも多いですし基本的にコミカルなタッチではありま須賀、おちゃらけていないというか、「『ふざけた』設定を大真面目で演じている、というよりそれが彼女らが選び取った人生であり日常である*1」点が、最大のミソなのだと思います。

加えて、著者のSM論も大真面目です。「SMのSはサービスのSだ。Mにその役割を演じさせてあげる点で、彼らに奉仕しているのだ」「Mが自分の恥ずかしい姿をさらけ出せるように、女王様としての立場を保ちながら相手を引き出す言葉をかけなければならない」「Mを面倒がっては負け」…。私は門外漢で須賀、まるでカウンセリングの極意を語っているかのような言葉が並びます。ある一定役割関係の中で本音を引き出していく側面がカウンセリングにあるのだとすれば、もしかしたらSMというのはその典型的な実践でさえあるのかもしれません。著者がSM女王様として培ったSM論をそうした知見と融合させ、「SM療法」とでも呼ぶべき領域開拓されていくことも、個人的には期待したいです。

*1:なのでこういう表現は彼女ら夫婦に対して極めて失礼にあたるわけです

2016-04-03 タイ旅行記五日目・帰国

空港内で見つけたモニュメント(?)

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜五日目・帰国 04:03

帰路すらあとがき

だから海外タクシーは嫌いだその2

すみません、この日の話は帰るだけです(笑)

親は午前3時半に起き、なるべく長男を起こさないように支度をして1時間ほどでチェックアウト。公共交通機関はまだ動いていないので、やむなくホテルで呼んでもらったタクシーに乗車します。さすがに長男はここで起きました。案の定またこの運転手が「空港は遠いから500B払え」とか言い出して、「観光地としてのバンコクの唯一の汚点はお前たちタクシー運転手だ」ぐらいの心境ではあったので須賀、ホテルで配車を頼む時に400〜500Bだろうと言われていたこともあり、「500Bポッキリなら払う。そうする以上メーターは関係ないからな」と返答しておきました。しかし、いざ空港で細君が500B払ってみると相当驚いていたらしく、100Bのお釣りが返ってきたのだとか。みみっちいというか、むしろかわいげのある悪徳運転手でした。

空港は5時半にもならないのにこの混雑ぶり。

f:id:canarykanariiya:20160403072105j:image

ありがたいことに子連れということで随所で優遇してもらえたんですけどね。

午前7時には機中の人となり、間もなく新年度の声が喧しい日本へ向けて飛び立ちました。長男は機内でも、少なくとも前回よりは私たちから見て分別ある振る舞いをしてくれました。

実は着陸後に鬱陶しい出来事が連発したので須賀、その話はここではいいです(笑)

糸冬

あとがき

毎度のことながら、何のことはない家族旅行のことを大げさに書き立てて申し訳ありませんでした。最後にいくつか、タイを歩きながら、あるいは駄文を連ねながら感じたことを喋らせてください。

実は現地ではあまり意識していなかったので須賀、特に小さい子供と一緒に旅行する際に大切になってくるのは「選択と集中」なのだろうと、振り返ってみて思いました。バンコクの王宮周辺では、よく知られた3寺院のうちワット・ポーだけを見て帰ってきましたし、わざわざアユタヤまで出向いて最も有名なワット・プラ・シー・サンペットスルー。すぐそこなのに、もったいない。確かにそうでしょうし、もし子供連れでなければそうはしなかったでしょう。しかし、現実問題としてそうはいきません。特に、熱帯地域の熱い時期に外を歩き回る場合は、出口戦略を含めて慎重に判断せねばなりません。でも多分それは、根本的には子供がいてもいなくても一緒で、そもそも日本から来ている私達にとっては、その国のその土地のあらゆる観光地や名所が相対的に「すぐそこなのに、もったいない」ものであり得る。そこである程度の取捨選択をする、ということはこれまでもしてきたことのハズで、強がりのように聞こえるかもしれませんが、帰国した今「あの時もうひと頑張りしておけばよかった」という後悔はありません*1

あと一つは小学生の感想文みたいな話なんで須賀、今回の旅行は特に楽しかったです。こうやって行った場所、したことを振り返るだけでも気分良くなれるほどでした。やはりそれは長男が、私たち大人とは違う感受性を表明し、私たちの想像しなかった挙にすら及ぶようになったから、というのが大きいと思います。なぜだか分からないけど喜んでいたり、突如ワット・ポーの寝仏にお祈りを始めたり…。また、彼自身がそうした振る舞いゆえか行く先々で人気者になったことも、親として誇らしいとかそういう次元以前に、ご相伴に与れて身に余る光栄でありました(笑)

そうでなくても活気や歴史、おいしいもの、そして信用ならないタクシードライバーに溢れたタイという国です。少なくとも私にとってはとてもいい思い出になりましたし、記憶として残っていくかはともかくとして、その時々で長男が楽しんでいてくれたことを願います。タイ国旗は覚えられてよかったね。

(2016年4月24日午前4時、自宅書斎にて)

[][]帰国しました 23:40

4泊5日と短い旅行でしたが、今日帰国しました。毎度のことながら、また旅先のことなどを書きつけていこうと思っております。

*1:行かない判断をした場所に魅力を感じないと主張しているわけではありません。無理なく旅行を楽しむという観点から、間違った判断ではなかっただろうということです

2016-04-02 タイ旅行記四日目・休暇@バンコク

雑多な品物と客でにぎわうウィークエン

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜四日目・バンコクでゆったり 17:48

週末だけの巨大市場

土曜昼前、意外とすいている

実質最終日の朝は、ゆっくり8時に起床。この日は土曜日ということもあり、週末だけ開くという巨大市場・ウィークエンドマーケットで買い物でもしましょうか。

電車に乗る直前、パスポートホテルの部屋に投げっぱなし*1にしてきたことに気付いて取りに行くというまさかのトラブルもあり、市場の最寄り駅に着いたのは11時ごろ。駅にはこんな掲示もありました。

f:id:canarykanariiya:20160402130812j:image

日本人利用者も多いのでしょうか。

出口を出るとすぐ市場

f:id:canarykanariiya:20160402144039j:image

f:id:canarykanariiya:20160402131206j:image

通りに面した屋外部と、アーケードっぽくなっている屋内部があり、屋内は冷房が効いています。本当はエリアごとに売り物のジャンル分けがちゃんとあるんですけれども、ちゃんと理解してもいないのに消費社会論っぽく言えば、そもそもこちらに「こういうものが欲しい」という明確な欲望があって来ているわけでもないので、陽に当たったり涼んだりしながらうろうろしていました。非常に混み合うと聞いていたのでベビーカーを置いて、荷物も極力減らして来たので須賀、時間帯なのか季節柄なのか、思ったほどでもなくて拍子抜けしました。

f:id:canarykanariiya:20160402132615j:image

セマー再び?

買ったものを一々晒すのも面倒なのでしたくないので須賀、一番気に入ったものだけご紹介しましょう。

f:id:canarykanariiya:20160423165827j:image

私が着るために買いましたが、何か?

一応フォロー*2しておくと、こういう独創的な売り物も結構多いことから、海外からもプロのバイヤーが来ていたりするらしいですよ。

市場内の食堂で昼食を摂って、古本屋をからかって、

f:id:canarykanariiya:20160402150112j:image

新婚旅行中のイスタンブールで見たセマー*3の如く回転しながらタイミルクティーを淹れるどことなく藤浪っぽいお兄さんを横目にココナッツアイスを食べて、

f:id:canarykanariiya:20160402150639j:image

午後1時半前に駅に戻りました。

面積1.13平方キロ、東京ドーム24個分阪神甲子園球場29個分の「世界一」とも称される広大な敷地に、15000店舗以上が並ぶこの市場。そもそもの疑問なんで須賀、平日*4はどうなっているんですかね? 地下鉄駅直結のこれほどまとまった空間が、週に2日(あるいは3日)しかフル稼働していないというのもかなり奇異な印象を受けます。

昼寝のタイミングを逸して…

ホテルプールで「国際交流

ホテルに着いたのは午後2時ごろ。一番暑い時間ですね。折角ちょっとしたプールもついていますので、水遊びでもしましょうか。中〜高層ビルが並ぶエリアで、ホテルの8階部分にプールが設けられているというのも唐突な感じがしましたが*5長男はお構いなしにパシャパシャやっています。ちょっと大きいくらいの女の子や、日本でいうところの小学校くらいの男の子もいて、お互い言葉が通じないなりに楽しく遊んでいます。別にビール片手に世界市民について論じたいわけではありませんが、人間同士なんですから、まあそんなもんでしょう。少なくともこういう場においては、あんまり難しいことを考える必要はないと思います。

長男はそれがよほど楽しかったのか、4時半を過ぎても部屋に戻りたがりません。昼寝もしないで、疲れているはずはないんですけど、大人徹夜明けのような状態なのでしょうか、なんだかハイテンションです。なんとかなだめすかして昼寝をさせて、細君はここぞとばかりにスパへ。数十分後に嬉しそうに帰ってきて、やってもらったマッサージを私相手再現してくれましたが、今すぐに中止してほしいと思うような施術ばかりでした。

そんなことをしている間に午後6時です。明朝のことを考えて、このくらいの時間には夕食に…と思ったので須賀、そう上手くはいきませんね。当然寝足りない長男の頑強な抵抗に遭い、結局部屋を出られたのは半ごろ。もうちょっと早くプールを切り上げてあげたらよかったんでしょうね。

最後の晩餐に大満足

タイでの最後の晩餐のメニューはタイスキ。「現地の人が行くのはMKレストランだね。まあ、新宿にもあるけどwww」という居住経験者のおススメで、駅直結商業施設内の店舗にお邪魔することにしました。同じフロアには、個人的にはおなじみのこんな店も。

f:id:canarykanariiya:20160402203928j:image

日本人が多いのか日本食が好まれているのか、他にもいくつか日本飲食店チェーンを見つけました。

このタイスキというのは、乱暴に言えば「辛いタレを混ぜて食べる寄せ鍋」なんで須賀、「タイすき焼き」という意味でのネーミングなんだとか。

f:id:canarykanariiya:20160402205406j:image

真ん中下にあるのがそのタレで、鍋から取ったスープにお好みで混ぜて食べます。右下は私の動力源です。

肉・魚・野菜と具材も豊富で、これがまた美味なのです。もともとのスープの薄めの味付けに彼らのダシがどんどん乗っていって、締めの麺は煮えたらそのまま食べられるくらいでした。うーん、書きながらまた食べたくなってきました。お腹いっぱい食べて1440B。最後の食事が一番の当たりでした。

そうやって帰ってくると9時近くにはなるわけです。そして長男は目がギンギン冴えています。鍋から上がる湯気をウサイン・ボルトのポーズで指さしてはしゃいでいたくらいなので、そこから寝てもらうのも一苦労でした。長男よ、明日の朝はかなり早いけど、大丈夫??

*1:ここがまずい

*2:誰を?

*3:残念な言い方になるかもしれませんが、2016年4月の感覚として、トルコはあの時行っておいて本当によかったと思っています

*4:金曜は開いている店もあるとか

*5:同じ構造ホテルはいくつか見渡せましたが

2016-04-01 タイ旅行記三日目・アユタヤ

ワット・マハタート。右奥の塔が傾いて

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜三日目・アユタヤ遺跡巡り 13:04

象に乗って遺跡見学

タクシーよりもミニバス

この日は7時を過ぎてから起床。支度を終えて、9時半ごろ出発します。

目指すは古都アユタヤ。1351年から400年以上にわたりアユタヤ王国の都とされた場所で、朱印船貿易に関わった日本人らによる日本人町も営まれました。しかし1767年にビルマ・コンバウン朝の攻撃で陥落し、徹底的に破壊されます。そのため、次いでトンブリー朝を興したタークシン王はアユタヤの再建を諦め、トンブリー*1に遷都することにしたのだそうです。つまり、「古都」といっても日本奈良京都とは異なり、破壊行為によって当時の伝統とは断絶された「遺跡」と表現する方が正確な場所です。ちなみに日本でもう一つ古都として知られる鎌倉とは異なり、1991年世界文化遺産登録されています。

アユタヤバンコクから北におよそ80キロ。ちょうど東京から箱根ぐらいの距離です。移動手段としてはバス鉄道など様々な選択肢があるので須賀、事前の下調べの段階で注目していたのは、実はタクシーでした。「バンコクで流しているタクシーと交渉して2000B前後で一日借り切ってしまえば、現地で観光客ずれしたトゥクトゥク運転手といちいち駆け引きする手間も省けて効率的」。ガイドブックにあったそんな参考情報が目に止まり、直前まで「子供もいるしベビーカーもあるし、それがうまくいくなら検討する価値はある」と考えていたのは事実です…この辺でお気付きになった方もおられるかもしれませんが、「流しで捕まえたタクシー」がどんなものかを確かめるため、前日にそれを試してみたのでした。

結果は、言うまでもありません。

最寄駅からBTSで、ロットゥーと呼ばれるミニバスが発着する戦勝記念塔に向かいます。しかし毎回思うので須賀、自動券売機紙幣が使えないというのはなんとかした方がいいと思います。最少額の紙幣が20Bで、初乗りの時点で15Bかかるんだから、その20B紙幣を受け付けなければ駅員の前に両替行列ができるのは目に見えていると思うんですけど…

タイ史に残る「東京条約

戦勝記念塔駅で降車。その名の通り戦勝記念塔前にある駅です。

f:id:canarykanariiya:20160401122536j:image

この塔は、1940〜41年に起こったタイ仏印(フランス領インドシナ)間の領土紛争での「勝利」を記念したものです。完全に余談になりま須賀、この紛争当時のフランスナチスドイツ傀儡ヴィシー政権でして、日本の友好国と日本同盟国の傀儡政権が戦火を交えるというやや複雑な状況だったようです。なので半ば必然的日本が和平調停の労をとることとなり、その際締結された条約東京条約と呼ばれています。

その塔を囲むロータリーの外縁が大きなバスターミナルのような機能果たしており、アユタヤ行きのミニバスもそこから発着しています。周りをうろつくこと15分。ようやく発着場所を見つけました。

f:id:canarykanariiya:20160401123937j:image

ミニバスの定員は15人前後。15分に1本くらいの頻度で出ていて、2本見送っても11時前には乗ることができました。料金は1人(1席)60B。事前に3人分取られた時は少し驚きましたが、一番前の三つ並びの席を丸々空けてくれて納得。ベビーカーもあったので、むしろそうしてくれた方が助かりました。

虎をなでて験担ぎ

12時10分ごろ。

f:id:canarykanariiya:20160401141744j:image

意外とこんな感じのところに降ろされます。近くで客待ちをしていたトゥクトゥクに乗り(50B)、エレファント・ライドへ。また象かよというご指摘もあろうかと思いま須賀、そうです、また象なんです。前回から約7カ月。その間長男は、家の近くの公園にある象のすべり台でよく遊ぶようになり、登園で近くを通る度に「ぞうさん。ぞうさん、シュー」と教えてくれるようになりました。保育園で習ったのでしょうか、「ぞうさん」の童謡を歌いだすこともあります。だったら今度こそ、現物のぞうさんと触れ合い、その背中に乗ってお散歩すれば、きっと喜んでくれるのではないか。親だけでなく、同行の1歳児も楽しめるプログラムにしたい…そんな思いで盛り込んだわけで、決して親が乗りたかったわけではありません(笑)

各種ガイドブックには1人500B前後で乗れるようなことが書いてあったので須賀、受付の女性はなぜか物悲しげな表情で倍の1000Bを提示してきます。もちろんそんなに払いたくないので、700Bまでは下げてもらって手を打つことに。これで遺跡の一つ、ワット・プラ・ラーム*2周辺をぐるっと回ってきましょう。そういえば、バリでは象乗りにいくら払ったんでしたっけか…

乗り場の前には象やら虎やらの展示コーナーがあり、陽気なお兄さんが私達のカメラ写真撮影してくれます。「タイに行って虎に怖々触りながら記念撮影」という図はこれまで何度か見たことがあって、大体寝てるんだろうから触っても大丈夫なんだろうぐらいの認識しかなかったので須賀、実際やってみると不思議な感じですね。それでも今シーズンの活躍を願ってさわさわしてまいりました。結構つやつやして気持ちよかったです。日本に持ち込んだらワシントン条約違反ですし、そんなつもりはさらさらないで須賀、虎の毛皮が欲しいという人が出てくるのは分かる気がしました。それを所有できる(=歴史的には「虎を狩ることができるほど自分は強い」)ことによる自己顕示欲の充足というのももちろんあるんでしょうけどね。

細君や長男も虎と記念撮影させてもらい、こんなに優しいお兄さんもいるんだなあと…なんてことはありません。その場を立ち去ろうとするや否や「チップ」なる名目で100Bだか200Bだか要求されましたが、もちろん拒否。そもそもチップって要求されて払うものではないような気がします。

眠たげに「ぞうさん」

前振りが長くなってしまいましたが、こうして再びの象乗り体験です。「ほら、ぞうさんに乗ってるよ」「すごいね、よかったね!」両側から代わる代わる声を掛けられ、状況が分かっているのかどうか「ぞうさん、ぞうさん」と繰り返す長男。ただちょっと眠そうです。

遺跡が見えてきました。

f:id:canarykanariiya:20160401144529j:image

ワット・プラ・ラームは、アユタヤの初代王の納骨のために14世紀半ばに建立されましたが、アユタヤ陥落時にビルマ軍によって破壊されたのだそうです。

f:id:canarykanariiya:20160401145241j:image

f:id:canarykanariiya:20160401145736j:image

f:id:canarykanariiya:20160401150257j:image

f:id:canarykanariiya:20160401150234j:image

左側、朽ちてますね…。仏像の片手がないさまも、この遺跡が分断された過去の断面を示しているかのような印象を与えます。実際には時の経過で朽ちて、また観光地化されてすらいるんですけどね。

子より親が楽しむ

途中で象使いのおじさんが象から降り、自分が座っていた場所に細君を誘導してくれます(私は怖いので断った)。そして細君のカメラでたくさん写真を撮ってくれて…という肝心な時に、我が息子は私の膝を枕に爆睡していたのでした。おかげで笑顔の両親と長男の頭と耳だけが写ったものが大量に保存されることになりましたが、それもまたいい思い出でしょう。確かにゆっさゆっさ歩く象の背中は、お昼寝によい環境だったかもしれません。

それにしても、象に乗って遺跡を巡るというのは一石二鳥でよかったというのを超えて、純粋に楽しかったです。後から調べたらかなり当たり外れがあるもののようで須賀、象使いのおじさんもサービス精神溢れた人でそちらも満足。「多少チップあげてもいいんじゃない?」なんて話していたらもちろん(笑)最後に請求されましたが、小額紙幣がなかったりもしたもので100Bあげてしまいました。

そういえば彼、最後の方に「キバ、キバ」と片言の日本語を繰り返しながら乳白色のアクセサリーを売りつけようとしてきましたが、それこそもし本物だったらワシントン条約に触れてしまいますね、どうなんでしょうか。

象乗り体験後に昼食をと思ったので須賀、施設内には適当なレストランがなく、出たところの食堂でいただきます。

f:id:canarykanariiya:20160401155451j:image

f:id:canarykanariiya:20160401154153j:image

ワンタン麺に「子供料金」

日本人感覚でいうところのラーメンワンタン麺ですかね。店の写真で推察できるように一杯20B なので須賀、いっちょ前のワンタン麺に箸*3をつけた長男にはなぜか半額の「子供料金」が適用され、3人合わせて50Bでした。量はやや少なめでしたが、そもそも暑くて食が進まなかったのでちょうどよかった気がします。市井の人たちの金銭感覚は、このくらいなのかもしれません。

ワットマハタート―往時をしのびつつ

サガットには会えず

さて、この時点で午後2時が近づいてきていました。アユタヤで見学できるのは、あと一つか二つでしょう。当初は細君の希望もあり、復元された巨大寝仏がある*4ワット・ローカヤスッターに行こうとしたので須賀、近くにいたトゥクトゥクの感じの悪いおじさんに「あっちははずれの方だからトゥクトゥクはいないよ(チャーターでもしない限り帰ってこれないぞ)」と脅かされます。この日が平日だということも関係しているのか、意外なほどに観光客トゥクトゥクも少なくて、本当に帰りの足がない事態想像されるような雰囲気だったので、次に寄るつもりだったワットマハタートに直行することにしました(移動は100B)。

廃墟」に刻まれた時間

ワットマハタートも、先ほどのワット・プラ・ラームと同時期に建てられ、同様の運命を辿った寺院で、こちらは世界遺産の構成資産になっています。

f:id:canarykanariiya:20160401162211j:image

f:id:canarykanariiya:20160401162228j:image

f:id:canarykanariiya:20160401162455j:image

f:id:canarykanariiya:20160401163504j:image

f:id:canarykanariiya:20160401163018j:image

傾いたクメール様式仏塔、頭部を切られた仏像。唯一と言っていいのではないでしょうか、中央部に鎮座する仏像だけが「斬首」を免れています。その穏やかな表情、そしてその肩に止まる鳥の囀りが、廃墟と化した寂寥感を否応なく引き立てます。壊される前は、どんな様子だったんだろうか。

しかし、重複しま須賀、この場所の時が止まっているわけではありません。

f:id:canarykanariiya:20160401163125j:image

この遺跡、いえ、もしかしたらアユタヤで最も知られた写真かもしれません。切り倒された仏像の頭が、長い年月を経て木の根に取り込まれたのだそうです。廃墟のままで経過した時間を、まざまざと見せつけられます。

f:id:canarykanariiya:20160401164413j:image

f:id:canarykanariiya:20160401164457j:image

ビルマ軍もご苦労なことに、一体ずつ頭部を破壊していきます。多分ビルマ軍が仏教を憎んでいた*5からでも、特別に残虐な軍隊だったわけでもないんだろうと想像しているので須賀、「他民族の都だから」という仮説を検討するに際しては、いわゆる近代ネーション意識が根付く前のどんな類の「民族」意識に基づいて、このような破壊が是とされたのかが気になるところではあります。

f:id:canarykanariiya:20160401165159j:image

現地の僧侶たちも記念撮影しています。このほかにも現地の大学生と思しき一団が、カメラをぶら下げて見学に来ていました。私と長男がそこを通り過ぎようとすると、それらのカメラが一斉に長男に向けられ、女子学生黄色い声(?)とともに次々とシャッターが切られます。まあ怒ってもしょうがないので、かわりに話しかけてきた女子学生に「あなたたちはどこから来たんですか?」と尋ねてみたので須賀、「この子は何歳なの?」という自分の再三の質問に返答がない*6ので早合点したのか、「あなた日本人英語わかってる?」とか聞いてきたのには若干イラっときました*7

君子(笑)自重す」

さて時計を見ると、優に午後3時を回っています。この遺跡に1時間以上留まっていたんですね。まだまだ陽も高く、名残惜しくはあったので須賀、アユタヤ観光はここまでにして帰途につくことにしました。サガットワット・ローカヤスッターはともかく、アユタヤ最大のワット・プラ・シー・サンペットをスルーするとは何事か、というご意見もあろうかと思いま須賀、金曜夕の混雑の中でバンコクまで2時間、さらにホテルまで1時間弱かけて戻ることを考えると、その「最大の遺跡」を見て回る時間はないだろうという判断と、ワットマハタートの遺構も期待以上の迫力で、少なくとも両親は非常に満足できたことから、ここでも「君子(笑)自重路線を貫くことにしたのでした。

今考えれば十分歩けた距離トゥクトゥクで移動し(100B)、バス発着場に降り立つや否や、ガタイのいいおじさんが「バンコク?」と声を掛けてきます。頷くとすぐにミニバスの最後列にご案内。ベビーカーは車体の後ろから積んでくれました。席が埋まり次第発車ということらしく、しばらく待ちます。

ほどなく現れたのはイタリア人でしょうか、男性2人組でした。これで人数的には足りたわけで須賀、1人が案内されたのは最後列の、さっきベビーカーを積んでもらった席でした。ここに人が来るということは、長男をどちらかの膝に乗せるしかなさそうです。その準備にまごついていると、気を遣わせてしまったのか「ちょっとここには乗れないよ」と男性。「次の便がすぐ来るなら」と連れも一緒に降りることになり、このバス客待ちも振り出しかと危ぶまれたので須賀、どこからともなく現れた別の男性1人が「補充」され、4時前には無事バンコクへと向かうことができたのでした。

ちなみに。すでにお気づきかと思いま須賀、現況私達は、最後列の4席を占有していますので、最終的に4分の240Bを支払いました。厭味でも何でもなく、これは合理的な発想ですよね。さすがに(15人乗りとして)60×15=900Bで1台貸し切れるかどうかまでは分かりませんけどww

イーサーン料理に舌鼓

時間帯も時間帯、曜日も曜日とあってか、バンコクに近づくにつれて車の流れは悪くなりましたが、イメージ通り午後6時前には戦勝記念塔前に戻ってきます。この時間に来てみると、ものすごい人波が駅から吐き出され、流れをさかのぼるのも一苦労です。

夕飯は最寄駅近くのタイ料理屋。特にイーサーン地方(タイ東北部)の料理を食べさせる店で、グリーンカレーといい酸味*8のあるココナッツスープといい、後味がしっかりしたこれぞという味わい*9で楽しめました。もちろんビールも飲んでみんなで1000B弱外国人価格の店であることは間違いないでしょう。

そのまま宿に戻って就寝。特に長男お疲れ様でした、明日はゆっくり楽しみましょう。

*1バンコクチャオプラヤー川西岸ワット・アルンのある側です

*2:これから写真もご紹介しま須賀、資料によってはこれを「ワット・プラ・ラーム」と断定するのにはちょっと不安のある記述も見られます。お詳しい方、もし違っていましたらご指摘ください

*3:厳密にはスプーン

*4:と言うより「スト2のサガットステージ」とご紹介した方がいいかもしれませんwwサガット氏の本拠地 ワット・ロカヤスタ | WorldTravelog- 海外生活・旅行日記「アユタヤ」っていうより「サガットの」って言った方が伝わりやすいんじゃないか?|インペリの旅プロへの道参照

*5ビルマ・コンバウン朝は仏教を手厚く保護したことで知られています

*6一方的に質問を重ねてくるのが鬱陶しかったので無視していた

*7:あなたよりはね、とか答えてやればよかったのかもねw

*8源頼政の話はしていないので「三位」って変換してくれなくていいよ

*9ステレオタイプです