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2016-11-20

[]『国際政治のなかの韓国現代史』(m9木宮正史)…と崔順実起訴 13:36

国際政治のなかの韓国現代史

国際政治のなかの韓国現代史

一度読んだ本ではありま須賀、直前に北朝鮮に関するものを読んだ流れや、実際に現地に行くことになっていたこともあり、おさらいしてみました。

韓国政治・経済・(対北関係を中心とした)国際関係構造的に捉えていて、理屈として分かりやすかったです。その一方、やや詰め込み過ぎな印象は受けましたけどね*1。あと、朴正熙自身北朝鮮に対してある種の「平和体制競争」を呼び掛けていた点も踏まえれば、前回ほど「体制競争」の考え方を批判的に見なくてもいいのかなという気はしました。

今まさに、彼の娘である朴槿恵大統領が諸々の疑惑政治的窮地に陥り、先週末にはソウルで「1987年以来最大の抗議デモ」も開かれました。この本の議論の続きでいくと、大統領の裏で青瓦台を牛耳っている輩がいて、そいつの金銭不正の片棒を大統領自身が担いでいる、となれば韓国社会で高まっている政治不信極致に至るのはむしろ自然でしょう。しかしその一方で、期待に背いた政権に懲罰を与えるという意味で言えば、それこそ1987年以来初めて、選挙を待たない市民の直接的な政治参加政権交代を生む可能性もあるわけです。大統領としては辞めれば訴追されることは目に見えているわけですから、簡単には慧めたりはしないでしょうけども、現在が韓国現代史における超重大局面であることは間違いなさそうです。

朴大統領も「共謀関係」…韓国検察、友人ら起訴

ソウル宮崎健雄】韓国検察は20日、朴槿恵(パククネ)大統領の友人、崔順実(チェスンシル)容疑者(60)の国政介入疑惑を巡り、崔容疑者大統領府の前政策調整首席秘書官の安鍾範(アンジョンボム)容疑者(57)、前付属秘書官のチョン・ホソン容疑者の3人を職権乱用公務秘密漏えいなどの罪で起訴したと発表した。

検察幹部記者会見で、朴氏も「いままで確保された証拠資料根拠に、3容疑者犯罪事実と関連して、相当部分が共謀関係にあると判断した」と述べ、引き続き捜査を進める意向を示した。今後、退陣圧力が強まるのは必至だ。ただ、検察幹部は「憲法規定大統領起訴できない」とも述べた。(11月20日読売新聞)

*1:もっと長々説明しても悪くなかったんじゃないの?という意味

2016-11-13 ソウル男旅三日目・慰安婦像

「建て替え中」の日本大使館を見つめる

[][][]2歳児とソウル男旅〜三日目・慰安婦像デモに参加? 16:13

日本大使館慰安婦像

遅く起きた朝は

三日目、つまり最終日はみんな揃って寝坊をかまし、チェックアウトはギリギリの午前11時。弾丸旅行寝坊なんてもったいない!というご意見は至極尤もではあるので須賀、旅行中の時間を好きに過ごす*1というのも楽しみの一つだと思っています。逆説的かもしれませんが、これは子供と一緒に旅行するようになって、目一杯観光して回ることができなくなったからこそ至った心境かもしれません。独身で1人旅をしていた頃の私なら、確実にこんなことは言わないでしょうし、しないでしょう。

さて、この日のフライトは午後4時前です。常識的に考えれば、どんなに遅くとも午後2時までには仁川空港に戻っていないといけない。なのでそもそも遠出や時間のかかることはできない、と弱気な意味で高をくくっていたわけなので須賀、一つだけ、今回の旅行でしておきたいことを残しておきました。それは、日本大使館前にある慰安婦象徴する少女像(いわゆる「慰安婦像」)を見てくることです。

有名なこの像についてごちゃごちゃ説明することは避けま須賀、日本政府に関する政治的メッセージを含むものがその在外公館の真向かいに設置されることは、その威厳の侵害防止を定めたウィーン条約違反するとの指摘もあり、現に日本政府はその立場をとっています。私としても、像そのものというよりはそれが存在する空間全体の雰囲気をちょっと見てきたい。そんな考えで日程に組み込んだのでした。

慰安婦像を探せ!

地下鉄景福宮駅前で降り、光化門を通り過ぎて東へ。

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近くの公園では法輪功をやっている人達がいました。てっきり近くに中国大使館でもあるのかなと思ったら違うんですね。その先にあるこちらのツインタワーに、日本大使館が入っています。

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ちなみにこれは昨年7月、「老朽化による建て替えのために一時的移転された」ものとされており、それより前に設置された慰安婦像はもとの場所に「残されて」います。迂闊なことにその辺の経緯(移転前はどこにあったか)を十分確認しないままに出発してしまったために、時間のない中で隣の安国駅にある日本大使館公報文化院を見に回る羽目になってしまったので須賀、結局、現大使館のすぐ近くにかつての敷地があると分かり*2、慌ててそこまで舞い戻ります。

よく見るとテントのようなものが建っていて、何やら写真を撮っていますね。

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ありましたありました。これです。

昨年末の日韓合意で、この像について韓国側が「適切に対処する」ことを約束するなど撤去に向けた動きもあることを受け、それに反対する学生たちが座り込みをしているそうで、恐らく彼らはそのメンバーなのでしょう。私達の姿を見ると「picture?」と写真撮影のための場所を空けてくれました。日本でも有名な像になりましたので、見に来る日本人も多いのでしょうか。

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白い壁に囲まれているのがかつての敷地のようで、だとするとまさに、正対してじっと見据えているように見えます。

「逃げる」日本大使館

ちなみにこの壁の内側で何が行われているか、ということも物議を醸しているそうです。今年1月敷地内から朝鮮王朝時代建物の遺構らしきものが発見されたと報じられ、また5月には、掘った土を埋め戻している(=建て替え工事を中断した)との指摘も出ました。つまりそれは、日本側はこの場所に再び日本大使館を建て直すつもりがないということを意味しており、さらに言えば、その真の意図韓国側が動かしてくれない慰安婦像から「逃げる」ことにあるのではないか、とまで言われているようなのです。

そもそもこの辺は景福宮の目と鼻の先ですので、何かしらの遺構が出てくるのはむしろ当然のことのような気がしま須賀*3、両政府意図を含めて、今後どうなっていくのか気になりますね。日韓政府ともに相手との関係を安定させたいが、「相手に譲歩した」という国内の反発も避けたい。そういう局面において、「相手への譲歩」と見なされるに違いない「像の撤去」をせずに「像が在外公館の威厳を損ねる」状況を解消する方法として、純粋に論理的には成り立ちうる解ではあります。ただ、もしこれが日本政府の主張するようにウィーン条約上の問題であるとするならば、その趣旨からすればどちら側にその状況を解消する責任があるかは明らかであり、その点転倒した解決策だと言わざるを得ないでしょう。もっと言うなら、もし日本大使館が今ある像の視線から逃げおおせたとしても、移転*4韓国内外の別の在外日本公館前に同様の像がつくられる可能性は否定できません。むしろ、「日本慰安婦問題から逃げた」と見なされれば、その可能性は高まるでしょう。日韓基本条約をその名の通り基本にしつつも、従軍慰安婦問題根本的・人道的な解決を目指すことが重要なのであって、「像からも問題からも逃げる」という姿勢は取らないでほしいものです。

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あ、あと一つ。少女像の左胸の辺りにシールが貼られていますね。ちょっと飾り文字っぽくて分かりにくいので須賀、「朴槿恵退陣」と書いてあるようです。彼女も昨晩のデモに参加したのでしょうか。というのはともかく、保守政権批判日本批判韓国では親和的な主張とされていますので、これも偶然のことではないのでしょう。

巻きで帰国

この先はちょっと急ぎましょう。昼食はサムゲタンという了解はありまして、近場に「盧武鉉大統領御用達」だった店があるとのことでタクシーで向かったので須賀、「この先だよ」と降ろされたところが結構違っていたので時間の都合上断念。12時半ごろに近場の食堂に駆け込み、冷麺やらおこげお粥やらをいただきました。どちらも優しい味でおいしかったです。

しかし実は、堪能している余裕もあまりないんですね。食べ終えた時点でフライト3時間前。シビレル展開、というよりも、非常事態に近いかもしれません。「帰りはA’REXの特急に乗ろうか」なんて話していたので須賀、ここはやむなく再びタクシーへ。「仁川空港へ」と言った口調から危機感を読み取ってくれたのか、本当にちょうど1時間空港着(約48000ウォン)。空港では長男も一安心したのか、おむつ替えの機会もありました。これは外でやるのは特に大変なので須賀、便秘気味であることの心配の方が冗談抜きで100倍大きいので、この時は正直ちょっと安心しました。まあおかげでお土産が買えなかったんですけど、韓国空港土産物屋はアホみたいに高い*5ので、時間があってもなくても同じだったと思っています。

最後は行程も記述も慌ただしくなりましたが、男3人、無事こうして機中の人となることができました。

糸冬

あとがき

いきなりの池上批判

「週末ソウル!」とか言いながら、結局見に行ったのは朴槿恵退陣デモ日本大使館前慰安婦像という極めて政治的に「刺激的な旅」(友人談)になってしまいました。2日目は水原の代わりに江華島という案もあったので、そうなっていればますますその度合いを増したかもしれません。

同じようなことを2回言っても仕方がないので、補足的に一つだけ。先日、たまたま職場で見たテレビ番組池上彰氏が出ていて、昨今の韓国情勢を扱っていました。その番組では、韓国デモがここまで盛り上がっているのは、歴史的に何度もデモが繰り返された結果、民主化が実現したという「成功体験」があるからで、二匹目のどじょうを狙う市民の態度は民主主義国家として未成熟である、と「解説」されていました。

これを聞いて笑ってしまったので須賀、もし前日の該当箇所をご覧いただければ分かるように、「デモ大規模化した理由」についてこの「解説」と私の考えは完全に一致しているにもかかわらず、そのことへの評価はほぼ真逆になっています。韓国デモは狙った大統領の首を取りつつあるようで須賀、不正疑惑に怒った市民が街頭デモを繰り広げて大統領退陣させられる国と、違憲の疑いもあり反対意見が強かった法案与党が力任せで通してしまった上、ロクに審議をしないままの強行採決が繰り返される国のどちらが民主主義国家として未成熟であるかについて、私は争う余地はないと思います。内心の自由があり、それを表現する自由があり、どんな政治を望むか、どんな政治的判断をなすべきかという議論がある上に代議制民主主義制度が乗っかっているのであって、言うなれば市民世論や直接行動も政治制度に組み込まれています。もし制度上の政治過程に乗っていないものは未熟だと言うなら、それは民主主義に対する無理解を告白するようなものであって、以前「官邸デモテロリスト」云々と発言した与党政治家と大差ありません。池上彰氏が頓珍漢なことを言っているのを見るのは初めてではないのでもうこの辺でやめておきま須賀、これについて問題にすべきは日本の方である気がします。

己の欲する所…

話がずいぶん逸れてしまいましたが、帰ってきた夜の話をしましょう。

私と長男は、同じく帰宅途中だった細君と家のすぐ近くで落ち合え*6長男は無事、明洞で買ってきたお土産をママに手渡すことができました。

寝かしつけている時のことです。いつも最低30分はかかる難事業で、この日もなだめすかしつつ目を閉じさせていたので須賀、本当に寝付く直前、細目を開けて私を見つけると、こう言ったのです。

「パパとりょこう、たのしかったよ」

旅行」などという言葉を使えたのは多分、直前にパパとママに何度もそう聞かれたからなのでしょう。行かなかった細君が気にするのは自然なことで生姜、何せ「刺激的な」旅でしたので、私も不安になって聞いてしまいました。それでも、本当にそれだけ言ってスースー寝息を立て始めるなんて、まるで作り話のように感じられましたし、よくない言い方かもしれませんが、ある種の免罪符を得たような気持ちでした。願わくば次は、そもそも免罪符をもらわずに済むように、より長男も楽しめる旅行を心がけたいものです。ありがとう、たのしかったよ。

そして細君。私と長男がいない間に、1人ならではの時間を過ごせたというのはその通りのようで、美容院に行ってエステに行って…なんて話を楽しそうに聞かせてくれました。ただ、私が想像したほど「1人だヤッホー!!」的な心情でもなかったようで、こちらが見聞きしたものや食べたものを、写真を見せながら説明する度にこう言われました。

「今度は一緒に行こうね」

私自身が1人でいるのが大好きなので、細君もきっと喜んでくれるだろう。そう思っていたので須賀、やはりそんなに単純なものではありませんでした。己の欲する所を人に施せばいいわけではない。旅行の主目的はあくまでも自分が遊びに行くことだったわけですけども、若干思い違いの部分があったことも分かりました。

これで終わりにしましょう。最後に述べるべきは、間違いなく一緒してくれた友人への感謝です。いろんな局面で手を貸してくれたのも非常に助かりましたが、一番助かったのは、一緒にいてくれたことだと思っています。「子供と2人だけではない」ということがいかに精神的に楽か、本当に思い知らされました。野郎2人と幼児海外なんて、この人たち一体どういう関係なんだろうという反響もあったかと思いま須賀(笑)、まあ酒もちょびちょび飲めたし、このメンツで行けて楽しかったです。ありがとうございました。

毎度のことながら、長々と駄文を晒し失礼をばいたしました。今は未定で須賀、またどこかに行く機会があれば性懲りもなく書き始めることと思います。では!

(2016年12月5日 午後4時、自宅書斎にて)

*1:したいだけ夜更かしして酒を飲む!

*2:友人が「慰安婦像」と地図検索したらすぐ出てきたそうですw

*3京都御所の近くを掘れば、恐らくどこかの時代の何らかの遺物が出てくるでしょう

*4ツインタワー複数大使館の入居する「雑居ビル」である点は、巧妙な策ではあると思いますけれども

*5仁川金浦済州と揃いも揃ってそうだったので、こう言い切ってしまっていいと思います

*6:別に合流したって家に帰るだけなんで須賀

2016-11-12 ソウル男旅二日目・大規模デモ

ろうそくを手に帰路につく若い男女

[][][]2歳児とソウル男旅〜二日目・大規模デモに出くわす 15:50

幻の都・水原

1年ぶりの父の手料理

2日目の朝は午前8時過ぎに起床。長男は6時頃に目を覚ましたので須賀、部屋が暗かったのをいいことに「まだ起きる時間じゃないよ」と半ば強引に説き伏せて二度寝していただきました。なんとか2人でシャワーを浴びて食堂へ。食堂といっても、ラウンジトーストやら生卵やら調理器具やらがあって「ご自由にお使いください」というゲストハウスならではのスタイル。私自身1年以上ぶりであろう料理としてスクランブルエッグを作ってあげるべく奮闘していたので須賀、長男はその間に、他の部屋の宿泊者からチョコをたっぷり塗ったトーストをもらってもぐもぐ食べていました*1。途中まで女の子と間違えられていましたが、飲むヨーグルトももらえて上機嫌な長男。「バイリンガル」と称する保育園学習コーナーで習った「Thank you」が、ここでも役に立ちました。ただ、何かしてもらったときに「ありがとう」と言うべき相手なのか(「ありがとう」より通じる可能性が高い言葉として)「Thank you」と言うべき相手なのか、つまり相手日本語話者であるかどうかの弁別は、少なくとも行動に結びついてはいないようでした。

イボミの故郷を訪ねて

さて、そろそろ宿を出ましょう。何だかんだで10時半を過ぎてしまいました。この日目指すのは、ソウルの南約35キロにある水原です。幻の都城跡である世界遺産・華城とカルビで知られる街です。あと、ゴルフを知りも嗜みもしない私ですら知っている女子ゴルフ選手・イボミの出身地なんだそうです。最後のはともかく(笑)、そんな水原の魅力を日帰りで堪能してきてしまおうと、ベビーカーを押して街に繰り出します。

ソウルから水原へは、ソウル駅発の特急電車を利用するのが便利とされています(30分ほど)。ソウル駅も遠くないのでそれでもよかったので須賀、宿の目の前にある鐘路3街駅から地下鉄1号線に乗れば、そのソウル駅を通り過ぎて直通で水原まで行くこともできます(ただし所要1時間ほど)。特急にも興味があったので須賀、またソウル駅の煩雑な乗り換えでベビーカーを畳んだり持ち上げたりしなければならないとすると実質的な所要時間は変わらないのではないかと考え、帰りはともかく、行きは特急に乗り換えずにそのまま南下することにしました。

ファソンカルビヌンオディエヨ?

水原駅に着いたのが正午ごろ。華城は駅から2キロほど東にあり、公共交通機関としてはバスを利用する方法があったので須賀、逆にそのくらいの距離ベビーカーを云々してバスを乗り降りするのも面倒だよねと、サクッとタクシーで南門である八達門に降り立ちました。

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まず探したのはカルビのお店。

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城の北側専門店が並んでいるのはガイドブックやらで知っていたので須賀、これだけ賑わっているんだからこっちにもあるでしょ、と、特段のあてもなく歩き始めます……が、これがなかなか見つからないんですね。長男がいるだけにあまり昼食を遅らせるわけにはいかない半面、(それも検討しましたが)夕食の時間まで水原に留まるのもしんどそうです。となればさっさと北側に移動するのが合理的判断ではあったで生姜、この界隈で見つけられる可能性を捨て切れずに、聞き取れもしないのにその辺のおばちゃんに韓国語で訪ねます。「近所にカルビレストランはありますか?」

おばちゃん「華城カルビという店があるわよ(以下、筆者の語学力ゆえに省略」

どちらかと言うと身振り手振りから、当面進むべき方角とその先左側にあるということは分かった私達。言われるがままの方角へ進んでいきます。ただ進めば進むほど、市街地から外れていくんですね(笑) そこで行き合った別の人に「華城カルビはどこですか?」と尋ねると、概ね同様の返事を得ました。そしてさらに…ということをあと3回ほど繰り返し、結果的に若干大回りをして目的の店に辿りつくことができました。

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最初のおばさんは「ここから5分よ」なんて言っていましたが、結局20分近くかかってしまいました。まあ、今考えればどこかで地図を書いてもらえばよかったですよね。ちなみに友人の方は、最初のおばさんとのやり取りから「大きな通りを左に曲がるようだ」と理解していたそうで、果たして最短ルートはその通りでありました。

さて、お肉の時間です。なんとか昼食にありつけた達成感からコマンド「一番高い肉持ってこい」を発動し*2ビールともども頂きます。

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さすがにちょっと厚みが違いましたね。長男もおいしそうに食べていました。お会計は77000ウォン。思ったほどでもありませんでした。

朝鮮国王が夢の跡

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そこから八達門まで舞い戻り、

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ここから華城に入場しましょう。

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こんな坂道をえっちらおっちらよじ登る長男

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こんな眺望を楽しめるところまでは自力で上がって来ることができました。

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期せずして紅葉狩りを楽しむこともできましたが、長男が楽しみにしていた電車(写真で八達門の前を走っていたやつ)は運行が終了してしまっていたようで、乗ることができませんでした。

今度は急な坂道を降りて城郭の中心部へ。といっても幹線道路も通っている何の変哲もない市街地に見えます。遷都の夢もまさに幻といった感じでしょうか。

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ここからは、「さっきタクシーに乗ったからバスがいい!」という長男意向に従い、バス水原駅まで。行きは直通の普通電車だったので、帰りは特急に乗ってみようと乗り場を探し当て、窓口で聞いてみたので須賀「ソウル行きなんてない。地下鉄に乗れ」とのお返事。近くにあった端末で調べてみたら、確かに次のソウル行き特急は1時間半後の立ち席のみだったようで、やむなく行きと同じ地下鉄でのんびり北上することにしました。

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確かにまあ、新横浜から新幹線に乗る人は名古屋方面が多いですよね。特にその例で言うと、北海道新幹線北陸新幹線に相当する路線事実上ないということでしょうから、なおさら水原から北行きの特別列車に乗るインセンティブは低そうです。

市井の人」の大規模デモ

ジェームスの店でお肉

またもやソウル駅の乗り換えに泣かされ*3、再び明洞繁華街に降り立ったのは午後6時。

折角なので夕飯はちょっと変わったお肉を、ということもあり、こちらのお店に入ります。

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骨付き肉を熱したチーズに絡めて頂くというコンセプト。

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肉の辛さも選ぶことができ、想像を超えた大当たりでした。日本語の看板があることからも察せられるように、日本人客も多かったです。ちなみに長男は店名から機関車トーマスキャラクターを想起したらしく、店で機関車ジェームスに会えるのを楽しみにしていたようで須賀、店に着く直前にまさかの寝落ち。ここを逃したら食べる機会もありませんので、ちょっとかわいそうでしたが起きてもらって辛くないものを一緒に堪能しました。彼も彼で、気に入ってくれたようでよかったです。

異国でお国訛り

腹ごしらえも済んだところで、散策でもしましょうか。

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さすがに土曜の夜は賑わっていますね。繁華街をふらつきつつ西の方へ向かおうとした時、若い女の子2人が日本語で話しかけてきます。

女の子「日本人ですよね?」

本来なら、知らない女性から話しかけられると反射的に身構えてしまうところなので須賀、(彼女たちに失礼で須賀)ちょっと垢抜けない雰囲気がこちらの警戒感を削ぎます。何か困り事でしょうか。

私「そうですけど…」

女の子「両替って、どこでしました?」

ああ、そういうことね(笑) 多分この人たちは今来たばかりなんだろうな、などと想像しながらも、私の関心の8割が別のところに向かっていました。

私と友人「両替所はたくさんあるよ。そこの看板とかもそうだし」

女の子「あ、そうなんですか」

私「レートは見比べた方がいいよ、それでさあ…」

ここから私の「本題」に入ります。

私「変なこと聞いて申し訳ないけど、○△(地方)から来ました?」

女の子「(怪訝そうに)え?はい…」

私「もしかして□●☆(県)?」

2人は「何で分かったの?」と言わんばかりの表情で顔を見合せます。

私「オレたちも出身□●☆なんだけどさ、言葉ですぐ分かった(笑)」

最後の一言は、結果として「君たちクソ田舎方言丸出しだよ」と言ってしまったに等しいわけで、2人そろってばつの悪そうな顔をしています。しかし明治以降、同郷人をえこひいきし続けてきたことで知られるのが、我らがお里の「県民性」です。「オレたちはこのくらいのレートで両替したよ。それと同じか、それより数字が大きいところにしなね」。変に付きまとうような印象を与えてはいけませんので(笑)、その場でしてあげられるだけのアドバイスをして別れました。

「訛りで丸分かりだったよね」。その後すぐ、私と友人のどちらともなくそう呟いたのでした。

それはともかくとして、話を先に進めましょう。お次に出くわしたのはこれ。

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若い世代を中心に、コミュニケーションツールとしてすっかり定着した感のあるLINE。しばしば「日本発」などと称されることへの議論もあるようで須賀、韓国企業ネイバー傘下の日本法人LINE提供するサービスですので、ソウル一の繁華街でグッズを売っているのは自然なことでしょう。ここで長男は、ユーザーである彼の母親のためにお土産を買ってあげていました。

イルミに興じるデモ参加者

突き当った南大門*4歩行者天国に。右折した私達とは反対方向に、北から南へと多くの人が流れていきます。

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よく見ると、「朴槿恵退陣せよ」などと書かれた紙を持っている人もちらほら。予定されていた大規模デモ参加者なので生姜、通りの百貨店を彩るクリスマスイルミネーションを楽しげに撮っている姿も見られました。

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若者カップル、親子連れなども多く、それこそイルミをバックに記念撮影に興じていたりします。

川沿いでは、気球も上がっていました。

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これは写真くらいの高さまで上がってすぐ降りてくる運用のようでした。賑やかしなのでしょうか?それにしては大掛かりではありま須賀…

盧武鉉死すともノサモは死せず

ちなみに手前のポスターは絵柄的にも分かりやすい感じで須賀、「崔順実の操り人形 朴槿恵下野せよ」と書いてあります。個人的に興味深かったのは、一番下に故・盧武鉉大統領大統領選で支えた「ノサモ(盧武鉉愛する人たちの会)」の名前が書かれていたことです。恐らく彼らがこのポスター制作したということなので生姜韓国社会で言うところの「進歩的」政治家と見なされた盧武鉉本人を亡くしても彼らが活動を続け、保守系と見なされる朴槿恵大統領を手厳しく攻撃していることは、地域割拠的とされたこの国の政治地図一定イデオロギー的側面があることを示唆しますし、また今回の政治危機でも当然、こうした亀裂が作用していることを教えてくれます。

それはともかくとしても面白いポスターだなあと思って見ていると、デモ参加者家族連れがやってきました。そしてあろうことか(?)、そのポスターをバックに子供たちが記念撮影を始めたではありませんか。

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しかもお兄ちゃん、ゲンコツしてる?

この後お父さんは、操り人形を動かす身振りをしながら子供たちにポスター意味解説していました。ある種の政治教育が施されていたわけで須賀、押しつけがましく親の価値観を刷り込まんかのような行動はもちろんよろしくない半面、逆にそうした価値観の表明を避け続けることが結果として子供のためになるのか、その態度は子供を無知蒙昧な存在と見なすことに繋がらないのか、実は難しい問題かもしれません。特に日本では、この両親に批判的な人が多そうで須賀、「寝た子は起こすな」の累積が招来する結果に対する責任は確かにそこにあります。とりあえず触れないことは単なる「延期」ではなく、しないという「決断」でもあり得ることは肝に銘じておきたいです。

祝祭としての大規模デモ

さて、そろそろ宿の方に戻りましょう。

デモに使ったろうそくを脇に、車座になって飲食を楽しんでいます。

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屋台では、デモのろうそくがキャンドルに早変わり。これはこれでいい雰囲気ですね。

私達もそろそろ喉が渇いてきました。ちょっと大回りして長男を寝かせ、コンビニで買ってきたマッコリ焼酎をいただきました。

こうして、主催者発表参加者100万人という、この時点で*51987年民主化以降最大規模とされた抗議デモ…の最後の方の様子を見てまいりました。いろんな人がいました。青瓦台の方に行けば、もっといろんな人がいたでしょう。激しい攻防も見られたでしょう。ただ、少なくとも私が見てきたものを材料にして言うなら、この夜のソウルはある種のお祭りのような雰囲気でした。

もちろんみんな怒っているから街に繰り出しているので生姜、ろうそくを明りに酒を飲んだり、なぜか気球で短い空中散歩を楽しめたりと、なんだか楽しそうな人も結構いたように思います。百貨店のイルミの記念撮影も人気でしたし、「デモデート」をしていたカップルもあちこちにいました。

そうした行動を見る限り、恐らく彼らの多くは「政治的意識が非常に強い、社会の中でも特殊な人たち」ではなかったように感じられます。日本には揶揄的に「プロ市民*6という呼び方がありま須賀、ここに集まった少なからずの人たちは、社会における立ち位置ボリュームという意味で言うなら、日本における「一部プロ市民」的ポジションではなく(かなり乱暴な言葉遣いで須賀)「その他大勢一般人」に属する人たちなのでしょう。これは見た私の感覚と、撮ってきたわずかな写真雰囲気で言っているに過ぎませんが、例えばこの前日、白装束で葬列をやっていた人たちとはちょっと毛色が違いそうだ、ということくらいは納得していただけると思います。そうした判断の積み重ねで、その前提に立っているつもりです。

であるならば、なぜ「その他大勢の一般人」が自分政治的意思を表明するため、わざわざ土曜の夜に大挙して首都の中心部に集まるのか。単純な推理かもしれませんが、そこにはやはり、何度も街頭に出て政治的民主化を求め、時には流血の惨事を経て、それこそ1987年にそれを勝ち取ったというある種の「伝統」が作用しているように思えます。その「成功体験」が、自分たちが訴えれば政治は変わり得るという政治的有効感覚を高めている側面があるかもしれません。これは、違憲の疑いが高いとされた法案が、世論の少なからずの慎重・反対論にもかかわらず、与野党議員委員会室で殴り合っている間に可決され、そのまま成立してしまうような国とは対照的でしょう。その国の民主主義憲法アメリカに押し付けられたもので自分たちのものではない、とまで言うつもりはありません*7が、政治参加に関する文化においては、韓国の方に一日の長があると考えた方がよいかもしれません。

しかし彼らが怒っている理由というのもまた信じられないバカみたいな話であって、大統領の側も自分の身を守るためにも簡単に辞めるわけにはいかないのは事情として分かりま須賀、それはもはや政治家がすべき政治判断ではないですよね。辞めるといいつつ辞めるのか辞めないのかよく分からないなんていうのもなおさらです。もう一つ余計なことを言うなら、こんな状態政権と交渉や約束事をしようとするアクターは、よほど後ろめたい事情か悪意があるんだろうと思いますがね(笑)

…酒を飲みながらしたのはそんな話ではなくピコ太郎とかでしたが、酒を買い足しに行った直後に散会となるという、家飲みのあるあるパターンで眠りにつきました。

*1:平日は長男と2人で朝ご飯を食べるのが日常なので須賀、いちいちスプーンを口元に持って行って懇請しなくても勝手に食べてくれるというのは非常に助かります。多分そうでなければ、母親抜きで海外に連れて行こうなんてことは思い付きすらしないでしょう

*2:本当はビビって1人前だけにしようとしたら店員に怒られた

*3:乗り換え表示通りに一度改札をくぐったら、乗車券無効になってもう一度買う羽目になった

*4南大門から続く大通り

*511月26日更新されたそうです

*6:私はこの言葉は好きではありません。立憲的・民主的社会を維持するというのはお遊びですることでも、片手間ですることでもないと思っていますので、全員がプロの職業政治家になることはあり得ないにしても、そうした社会を支える市民としてプロでなければいけないと考えます。これは世間一般的に「プロ市民」と呼ばれている人達自体への共感ないしは嫌悪感の表明ではありませんが、少なくとも日本の政治社会を悪くしているのは未熟な「アマ市民」的意識であり、それへの開き直りです

*7:曲がりなりにも70年近く、結果としてそれを続けてきましたので

2016-11-11 ソウル男旅一日目・ソウルへ

朴槿恵大統領退陣を求める学生らのろう

[][][]2歳児とソウル男旅〜一日目・早速デモに出くわす 13:02

0日目まで

優しさを装った排除の論理

11月11〜13日、韓国ソウルに行ってまいりました。土日+1日といういかにも「週末ソウル!」的なノリの旅行に見えるかもしれませんが、果たしてその通りです。執筆時点ではかなり遠のいたという認識で須賀、発案した頃は、年明け早々の解散総選挙がかなり言われていました。なら、11月の新聞休刊日*1を絡めてちょっとどこか行って来てやろう。鈍行列車とかに乗って国内をさすらうのも面白そうだけど、ソウル台北くらいだったらお里に帰るのとも大差ないんじゃない? そんなところでソウルに行くことにしました。台北にしなかった理由は、台湾に行くならもうちょっと時間を掛けて、行ったことのない中部南部に行きたかったからです。ソウルには、日帰り範囲内に行きたい場所がいくつかありました。

まぁ、その辺の経過は特段縷々お話しするほどのことでもないで生姜、参加メンバーについては説明が必要かもしれません。今回は私と友人、そして長男(2歳5カ月)の野郎3人で行ってきました。そこに細君がいない理由は、純粋に日程が合わなかったことはもちろんありますけれども、あえてそうした、という部分もありました。日程が合わないからリスケしよう、としなかった理由の一つは、彼女に1人の時間を作ってあげたかったからです。彼女は長男のことが大好きですし、私よりもずっと上手に、長男との時間を楽しむことができます。とはいえ、長男が生まれて2年半近く、1人を満喫できる日がほとんど*2ないというのも気詰まりだろうと思っていました。少なくとも私には、こうやって雑文パタパタ打ち込める時間はありますし、ここにはちゃんと書かなかったで須賀、ちょうど1年ほど前で須賀、当時シンガポール赴任中の友人のところに家族そっちのけで訪ねて行って、ひっくり返るくらい酒を飲んで須賀須賀しい朝を迎えたなんてこともありました。「まあ、2・3日くらい1人でしかできないことをしなよ」。そんなつもりでいました。

ただしかし本当にそれで大丈夫なのかという問題はありますね(笑) もちろん長男を「厄介払い」するために海外に連れて行くわけではないし、そうあってはなりませんので、彼にとっても安全で楽しい旅行にしなければいけません。本当に父子2人であっても、お互いの許す範囲で旅を進めていくしかないんですけれども、それなり以上によく見る顔が集うある酒席でその話をした時、「じゃあ僕も」と言ってくれたのが今回同行した友人でした。海外ソウルも慣れている、頼れる男です。ちなみにこれはこの先お話しする中で関係する一幕があるので言っておくと、やや広い意味になるのかもしれませんが、お互い同郷の出身です。

前フリはもういいですかね、この辺でやめておきましょう。

0日目

本当にたまたま、職場の人繰り上の理由で休みになりました。最初から知っていれば(ry

国際面を担当していた前々日はトランプ祭りで、帰宅タクシーの中でビールをぐびぐび飲んだりもしていたので、旅行出発前日たる10日は平気で昼寝とかしていました。夜は家族3人で鍋を囲んで晩酌。「土曜の夜はすること決まってないんだよね」なんてちょっと楽しげに(?)言っていた細君で須賀、なんだかやっぱり心配顔ではありました。

デモとナンタを「見物」

日本酒を飲んでLCC

支度はどちらかというと早朝にやって*3通勤電車に揉まれ出発。空港で早めの昼食をいただき、私は勢い余ってビール日本酒と杯を重ねてしまいました。

飛行機は初めてLCCイースター航空を利用したので須賀、機内でお水も出ましたし、国内線だと思って乗れば全く違和感ありませんでした。ベビーカーも搭乗口で預かってくれて、降りたらすぐ準備されていました。ただまあ機内放送の類はありませんでしたので、3人そろってお昼寝の時間となりました。長男は割と自然に寝てくれたので、フライト時間のお相手という意味でも、その後の旅程でもうひと頑張りしてもらうという意味でも非常に助かりました。

到着した仁川国際空港では、ターミナル間を電車移動。

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時間も限られているので、空港からは特急ソウル市内へ…と思ったので須賀、ダイヤとタイミングが合わず一般電車で向かうことにしました。いわゆるA’REXというやつで須賀、前回ソウルに来た時にはソウル駅まではつながっていませんでしたね。結局1時間ほどずっと乗っていました。

ソウル駅の乗り換えに辟易

車中では例の如く、絵本を読んだりして長男とおしゃべりしていたら、隣に座ったおじいさんが「この子は何歳ですか?2歳にしては賢い子ですね」と日本語で話しかけてきました。しゃべっている様子を見てそう言ってくれたのだと思いま須賀、韓国では子供の年齢も数え年*4だそうなので、その辺の認識齟齬があったのでしょう。親バカではない(あるいは、「親」のつかないただのバカである)ことを強調するために念のため言うと、彼の保育園同級生も、おしゃべりについては同じようなものです、多分。

それはともかく、突然片言でない日本語で話しかけられたのにちょっと興味を持った私は「日本語がお上手ですね」と水を向けてみたので須賀、彼は少し笑って特に返事をしませんでした。風貌的には70代半ばくらいの印象だったので須賀、学校などで日本語を学んだ・学ばされた経験があるのでしょうか。そんなこともふと脳裏をよぎり、それ以上深く聞くことはしませんでした。

ソウル駅に着いたのが午後4時15分ごろ。日本で言うところの東京駅に相当する駅なので覚悟はしていたので須賀、やっぱり乗り換えが大変でした。さすがにエレベーターはいくつか設置されていたので須賀、行きたい路線ホームまでベビーカーを押したまま辿りつけるまでにはなっていなかったように思います。そうなるとベビーカーを抱えて階段を上り下りするなり、長男をいちいちベビーカーから降ろして昇降を見守ったりしなければならないわけで、乗り換える路線ホームに着いた時には心身ともに疲れ果ててしまいました。その反面、上り階段で一緒にベビーカーを支えてくれる通行客も多く、この旅行を通じて何度も助けていただきました。

鐘路3街の駅からすぐの宿にチェックインしたのは午後5時ごろ。30代半ばくらいでしょうか、気のよさそうなお兄さんが対応してくれました。手に持っていたペペロ(日本でいうところのポッキー)を長男にあげながら、「今日11月11日だからペペロの日なんだよ。恋人に贈ったりもするんだけど、日本にもある?」。「確かに日本でも『ポッキーの日』が今日みたいだけど、恋人に贈ったりはしないですね」と返事をしましたが、韓国ペペロの日と日本ポッキーの日では、かなりテンションが違うということがこの後徐々に明らかになっていきます。

探し物はデモですか?

簡単に荷解きをして、5時半ごろ再び宿を出ます。また難儀な乗り換えをして、光化門の駅に降り立ちます。

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日本の方角を凝視する李舜臣像を後ろから拝み、

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世宗大王像の足元をすり抜けて、目指した場所は…「特にないです。別に」

この日は午後8時から、明洞でナンタ公演を予約していました。なのでそれまでに夕飯が食べられればいいかなという程度で、特に目的地を決めずにぶらぶら散策していたので須賀、お目当ての場所はなくても、お目当てのモノは厳然としてありました。もしかしたらないかもしれないし、あったとしても遭遇できないかもしれないけど、ちょっと探しながら歩いてみよう。そんなノリで適当に進んでいくと…

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おや、あの人だかりは…?

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おっ、機動隊だ!彼らに紛れつつ南進してみましょう。

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おおっ!やってるやってる!

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これが日本の巷でも噂になっている、朴槿恵大統領退陣を求めるデモですね。赤いプラカードに一文字ずつ書かれている文言はまさに「朴槿恵退陣」です。何やら葬列のような(まさに)デモンストレーションもあり、白装束の人たちが寝転んだりしているのはさすがにちょっと異様でした。ちなみに、関係があるのかどうか分かりませんが、前半の若者たちはどこかの学生の集まりのようでした。

念のため、念のため事実関係を言っておくと、退陣デモを見るために韓国に来たわけではありません(笑)  例の崔順実容疑者と絡んだ国政介入疑惑日本で報じられるようになった前から日程は決まっていました。ただ、そんなタイミングで行くことになったからには見に行くしかないよね、ということで、これまでの大規模デモが行われた光化門周辺でそれらしきものを探していたのは事実です。興奮して写真を撮りまくっている様子に、友人は悪意を込めてか「ジャーナリストですね」と笑っていましたが、これはもう純然たる野次馬根性のなせる業でありまして、逆にそうでなければ、南にある明洞に行くのに真西の光化門で降りたりはしなかったような気がします。

ナンタのリズムが子守唄?

明洞周辺に着いたのは午後7時ごろ。本当は焼肉でも食べながら軽くビールを…と話していたので須賀、そういえば両替もしていなかったことを考えると、そこまでの時間はなさそうです。夕飯は食堂でビビンバチャーハン目玉焼き乗せご飯と、お手頃な感じで頂きました。結構辛かったですけどね(笑)

それから両替(10000円→108500ウォン)を済ませ、開演ギリギリにナンタ劇場着。ここでも1人1人に巨大ペペロを配っていました*5。ナンタについてはこれまで説明しそびれていましたが、韓国伝統音楽リズム現代風にアレンジして、キッチンであれやこれやを乱打(ナンタ)するコミカルな無言劇です*6。最低何か一つくらいは、長男が興味を持ってくれそうなプログラムを組み込んであげたいという、悪く言えばアリバイ工作的な(?)父親の発案です。

上演時間は1時間40分ほどでしたが、現実時間の流れと劇中のそれが(多分)リンクするような仕掛けもあり、興味深かったです。結構音が大きくて、2歳児的にはそこが気になりはしたので須賀、コミカルな掛け合いや会場との絡みなど、楽しく見ることができました。ちなみに何となく予感はしていたので須賀、長男は午後9時ごろに就寝。幼児無料だった代わりに膝上での観覧だったので、最後の10分ほどはお尻が痛かったです(笑) それはそうとしても、途中で寝てしまったとはいえ長男に与えた印象は大きかったようで、翌朝「昨日は何が楽しかった?」と聞いた時も「太鼓」と答えていましたし、この時に巨大ペペロをもらったことを、1週間ほど経った後も覚えていました。チームブラック俳優さんたちでしたが、マネージャーがいいキャラでした。

終演後は、えっちらおっちらベビーカーを押したり持ち上げたりしてなんとか宿へ。

コンビニお酒を買って飲んで寝たんで須賀、最も存在感を放っていたのはペットボトル入りの薄いキャス(CASS)ビールでも少女時代ハイトでもなく、飲み過ぎるとプーチン閣下の後輩たちに抹殺されそうな「KGB LEMON」でした。

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こうして過ぎゆく1日目の夜でありました。

[][]ソウル行ってきま〜す 11:05

大学の友人と子供と男3人で行ってまいります!朝から飲む日本酒もなかなかのものでした。

*1:13日は新聞を作らず、14日付を発行しませんでした。常識的に言えばお客さんに新聞が届かない14日が「新聞休刊日」のはずで須賀、内向きな新聞業界(少なくとも私が在籍する会社)では、新聞を作らない日が「休刊日」と呼ばれ、多くの出稿部門記者が休み、ほとんどの整理部記者が休みます

*2:夏に温泉に1泊しに行ってましたけどw

*3:出発当日の朝起きてから触るようなものを、あれこれするうちに忘れていってしまったことがあるので、最近はなるべくそうしています

*4:なので長男は3歳児として扱われることになります

*5:街中では、コンビニの店頭にズラッと並んでいる光景とか、若い男の人がリボン付きで小奇麗に包装されたペペロを小脇に抱えているのも見ました。大々的なんですね

*6:詳しくはhttp://nanta.i-pmc.co.kr/Nanta/jp/About/AboutNanta.aspx参照

2016-11-10

[]長男言行録(2歳4カ月) 13:09

アンパンマン体操」の歌詞(のつもり)です。どうしてもここだけ間違えてしまうので須賀、それ以外は正しく1番を歌うことができるようになりました。特に音楽が流れていなくても、自分のタイミングで突然歌いだします。登園路で一緒に歌っていると、たまに通行人に奇異の目で見らたりもしま須賀、まとまった言葉フレーズ記憶することができるようになってきた証でもありますので、周囲の視線に負けずに応援してあげたいと思っています。

[]親子の2016年10月読書「月間賞」 13:09

ノンタンのたんじょうび (ノンタンあそぼうよ (9))

ノンタンのたんじょうび (ノンタンあそぼうよ (9))

長男については、同じ流れでこれにします。保育園で毎月お誕生会をやるからか、誕生日の話は結構好きです。この本も結構覚えてしまっていて、「ぶたさんのとうへんぼく!」とか言っているのを聞いて、親が「あ、唐変木ってこういう字を書くんだ」と感心していたりします。

また、一人でそれっぽく本を読んだり、保育園でやっているらしい読み聞かせの真似ごとをしたり、さらには私が恩師に貰った大きいクマのぬいぐるみに読んであげたりということも増えてきました。ダメ親的発言かもしれませんが、自発的に一人遊びをするようになってきたのはちょっと助かります。

 

私の該当はありません。遅読でして、読み終えた本がなかったからです。

2016-11-04

[]『最後の天朝』(沈志華) 07:25

中国研究者が各国の一次資料ふんだんに用い、毛沢東金日成時代中朝関係を描いた大著です。

ソ連衛星国として生まれた北朝鮮朝鮮労働党)は、そもそも中国共産党)と疎遠であったこと、朝鮮戦争中にも主導権を巡って暗闘を続けたこと、金日成の党内粛清に怒った毛沢東が、ソ連とともに金日成の失脚すら検討したこと、その後の中ソ対立下で北朝鮮両国から政治経済における漁夫の利を得続けたこと、ベトナム戦争の結果に勇気付けられた金日成が、毛沢東との最後の会見で再度軍事行動を起こすことへの支援を求めようとしたが肩透かしを喰ったこと…。一般に「血盟関係」「唇と歯の関係」などと密接さが強調されてきた中朝関係の機微を、緻密な論証で暴き出しています。恐らくこの本で一番、かつ圧倒的に読みごたえがあるのはその部分で、特に最後の金日成毛沢東のやり取りなどは出版時に日本新聞で紹介されていましたね(私はその記事でこの本のことを知りました)。そうした歴史書としてのこの本の価値疑問符をつけることは、恐らく不可能でしょう。

また著者は、中朝関係が概ねそのような経過をたどった理論的背景として、三つの要因を挙げています。一つは、毛沢東が抱いた中華帝国による昔ながらの宗藩関係国際社会観と、金日成が目指したそこからの「主体」の相克という極めて前近代的なせめぎ合い。二つ目は、大国同士の対立を基調とする国際関係において、小国を自陣に引き入れたい大国が小国に振り回される現象。最後は、国際主義を基本とし、対外的意味での国家主権を重視しない社会主義国家間の関係のあり方*1、です。これら三つが中朝関係の特殊性を支えた、というのが著者の見方なので須賀、あえて言うならこの三つをそれぞれどの程度ずつ説得的に示せたかにはかなり差があるかなとは感じました。

理論として汎用性の高い順に並べれば2>3>1で、2のバランス外交*2や、要するに誰が世界革命リーダーなのかが大事なんだという3については、実例を通じてかなり説明されたように思いま須賀、1に関してはその論証が十分だったようには見えませんでした。確かに毛沢東の内心と行動の因果関係を「論証」するのは容易なことではないので生姜、全体として3の理屈適用できる域を出ておらず、わざわざ毛沢東の「天朝」意識を持ち出す必要はなかったのではないかという印象は拭えませんでした。

その後の米中和解、改革開放、中間国交樹立を経て、中朝関係の特殊性は完全に失われたと著者は主張します。共産党同士の連絡ルートが未だに残っているとされるなど、額面通り通常の国家間関係とみなすには議論余地がありそうで須賀、毛沢東金日成時代も(今よく言われるように)「中国なら北朝鮮に言うことを聞かせられる」わけでは全くなかった(むしろ逆パターンの方が多かった)ことを、歴史としてよく描き出した好著であると思います。

*1:「労働者祖国はない」「万国のプロレタリアート団結せよ」

*2振り子外交などと評する本もありました

2016-10-04

[]親子の2016年9月読書「月間賞」 12:23

今更感が半端ないで須賀(笑)、私はこれにしましょう。平易な言葉と論証でちゃんとしたことが書いてあるというのはすごいことだと思います。

そらまめくんとながいながいまめ (創作絵本シリーズ)

そらまめくんとながいながいまめ (創作絵本シリーズ)

長男はこれ。よくリクエストされるのは、ストーリーや絵が気に入ったというより、大好物の豆類がたくさん出てくるからなのではないかと疑っています。

[]長男言行録(2歳3カ月) 13:19

  • 「みて、みて〜」

絵本やおもちゃやテレビのシーンなど、目の前にあるいろんなものを指して「パパ、これみて」と連呼するようになってきました。別の部屋で支度をしている時なんかでもなるべく見に行ってあげようとはしていたつもりなので須賀、これを書くためにちょっと検索してみたら、承認共感を求める重要なサインだなどと書いてあるものが多いですね。

「ちょっと待っててよ!早く準備しないと時間(ry」ではなく「どれどれ?ホントだねえ」と言ってあげられる心の余裕を日々持ちたいものです。

2016-09-23

[]面白かったけど、こうなりたいとは思わない/『総理』(山口敬之01:34

総理

総理

永田町取材を通じて安倍首相麻生副総理と近い関係を築いた著者が、第一安倍政権終焉や第二次政権の成立、消費税や対米外交をめぐる意思決定過程をリアルに描き出した本です。注意力散漫な私がほぼ息継ぎなしに読み切れるほどには、興味深い逸話ややりとりが数多く紹介されています。ただ、「オレは安倍さん麻生さんとこんなに仲良しで、直々に呼んでもらってあんなこともこんなことも教えてもらったし、安倍さん総裁に返り咲いたのにもオレが一枚も二枚も噛んでるんだぜ。菅さんにもそう言われたし」と嬉しげに自慢されても、私はそれを手放しに賞賛する気持ちにはなれませんでした。その違和感が頭をもたげた最たる部分は、総裁選立候補しようとした野田聖子氏を引き合いに「総理たるにはしっかりした国家観や覚悟が不可欠」(安倍首相にはそれがある)などと論じた箇所でした。続けて「秘密保護法安保法、原発再稼働など、不人気政策を推し進めても支持率が下がらないのは、安倍首相の本気度が評価されているからで、現況で他に代わる存在がないからだ」などとしているので須賀、これが果たしてジャーナリストを称する人間の主張なのかと驚く半面、消極的安倍政権が支持されている状況を(皮肉にも?)うまく表現しているような気がしました。

一言で言ってしまうと、国家観がはっきりしていれば、その中身は何でもいいのか?ということです。著者は先述したような論点の是非については全く議論せず、むしろ「リベラル派が党派的に反発しているだけだ」と言いたげな態度です。中身は問わないが、本気度がある。それで十分なら、ヒトラーだって著者のお眼鏡にかなうということなのでしょうか。

この本では、安倍首相麻生副総理が実は非常に魅力的な人物である、ということが頻りに描かれていますが、その点について(推測も込めて)否定するものではありません*1。ただ、田中角栄の名を出すまでもなく、有力政治家ともなるような人間人間的魅力にも恵まれているケースが多く、多分この2人が特別だ、という印象は持たない方がいいだろうと思います。加えて著者は「アベ政治を許さない」と連呼する面々に、私の言葉で言わせてもらえば「アベ本人やアベ政治をもっと内在的に理解せよ」と促すので須賀、逆に言えば、政策の中身を論じずに国家観と覚悟の有無だけで総理の器と称揚するのはジャーナリストによる内在的理解であるとは私はみなしません。すでに亡くなっている人を持ち出すのはやや格好悪いですけど、これを筑紫哲也が読んだら「君は安倍麻生使い走りじゃないか」と言うのが目に見えている気がします。

大した特ダネを書けなかった記者の僻みかもしれませんが、こうなりたいとは思わないです。

*1:元首相時代安倍晋三さんと一度だけ接したこともありま須賀、ここに出ているようにユーモアあるやり取りの上手な方という印象を持ちました

2016-09-21

[]『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド14:42

なぜスペインインカ帝国を征服し、その逆ではなかったのか?人類歴史はなぜ大陸によってこんなに違うのか?その問いに、約13000年前からの人類史を辿りながら答えようとした本です。それこそ直接的には、スペイン側だけが「銃・病原菌・鉄」を持っていたからだ、と答えても間違いにはならないので須賀、じゃあそれをインカ側だけが持つことにならなかったのはなぜかを問うていきます。

この本で著者は、考古学はもちろん、生物学言語学分子生物学といった幅広い学問領域を行き来しながら分析・立論を進め、その違いが人間ではなく、環境の違いによるものであることを示していきます。具体的には、ユーラシア大陸(特にメソポタミア)には栽培化しやすい植物家畜化しやすい動物が多く、食料生産が始まることで人口増とのスパイラルが起こったことや、東西方向に長いユーラシア大陸の方が同緯度(似た気候)沿いに技術動植物が広がりやすかったこと、そもそも大きい大陸の方が技術革新が生まれやすかった(広がりやすかった)ことなどを挙げて、技術進歩し、多くの病原菌への耐性がある文化が育つ要因は、南米よりユーラシアの方が大きかったと結論づけています。

かいつまんでこれだけ言われてもさもありなんという感じかもしれませんが、この本のすごいところはそれを広大な視野で、かつ具体的に論じていることだと思います。往々にしてスケールの大きな話は抽象的・観念的になり、具体的な議論は(射程は長くても)それ自体は小さな話に終わってしまいがちであるのに対して、この本ではそれらを両取りしてしまったかのようです。ただ著者も認めているように、ではなぜ山田長政ではなく、鄭和でもなくピサロだったのかという疑問に対しては、まだまだ深堀する余地があったように思います。

この本は「ゼロ年代の50冊」の第1位に選ばれるなど当時の世界ベストセラーで、2016年の秋に読んでしれっとレビューすべき本ではなかったかもしれません(笑) 事実分子生物学の分野ではこの本の記述を覆す成果がすでに得られているようです(現生人類にネアンデルタール人の遺伝的影響が刻まれている、など)。まあそれでも、13000年の人類史を語った本としての価値は当面色褪せることはないと思いますし、ますますはびこるようになった人種主義の足下をしっかりとさらっていくという意味においては、残念なことに「今こそ読むべき本」になっているのかもしれません。

2016-09-11

[]親子の2016年8月読書「月間賞」&長男言行録(2歳2カ月)/「吾輩はパパじゃない」 22:04

私はこれ。

日本政府未来を担う子供たちに対して、この問題についてますます思考停止の態度をとるように仕向けていま須賀、まっさら気持ちでこういう本を読んで、結論ありきではなくて筋道立ててものごとを考えてみる態度を涵養する方がよっぽど世のため人のためになると私は思います。

長男はこちら。

吾輩は猫である (声にだすことばえほん)

吾輩は猫である (声にだすことばえほん)

どちらかというと(?)私の趣味丸出しで須賀、私がこれまで出会った中で一番人に薦めたい本を、身近な人に薦めてみました。最近は細君が長男を近くの図書館に連れて行って、気に入った絵本を借りて読んでいるので、絵本を買い与えられたという経験も彼にとっては珍しいことになりつつあるようで、「パパが買ってくれたんだよ」と思い出す度によく言ってくれているようです。そこで彼が私に言ったセリフ、というのが面白かったので、そちらの紹介も兼ねてしまおう、というのが今回の趣旨です。曰く、

「わがはいはねこである。パパじゃない」

「パパが買ってくれた」のくだりと混ざっちゃったんですかね、面白いです。親の願望による勝手な解釈が含まれることも承知の上で言うと、自分の大好きなお話に関心を持ってくれるのは、本当にうれしいことです。

2016-09-09

[]目的合理性のある核実験13:48

北朝鮮が5回目の核実験か=豊渓里付近人工地震波―日米韓情報収集急ぐ

ソウル時事】日本気象庁などによると、北朝鮮核実験場がある北東部の豊渓里付近日本時間9日午前9時半ごろ、マグニチュード(M)5.3の人工地震波が検知された。

震源の深さはゼロ。日米韓などの関係当局は、北朝鮮が5回目の核実験を強行した可能性があるとみて、情報収集分析を急いでいる。

菅義偉官房長官観測された揺れについて「北朝鮮核実験に伴い発生した可能性がある」と述べた。韓国政府当局者も同様の見方を示した。安倍晋三首相国民に対する的確な情報提供米韓中ロをはじめとする関係国との連携を指示。日米韓国連安全保障理事会問題を提起し、対応を求める方針だ。

核実験と確認されれば、今年1月6日に「水爆」と主張する実験実施して以来。核実験により核爆弾の小型化が一層進めば、弾頭に核を搭載した「核ミサイル」の脅威が現実化しかねない。朝鮮半島情勢は再び緊迫し、国際社会の反発が強まるのは必至だ。日米韓はさらなる圧力強化を図る見通しで、中国の対応が焦点になりそうだ。

北朝鮮には、米次期政権をにらみ、「核保有国」の地位を既成事実化させるとともに、9日の建国68周年に合わせ、国威発揚を図る狙いもあるとみられる。

(9月9日時事通信)

またしてもやってくれました。今日の私の仕事もこれで決まりでしょう(笑)

よく父親に比べて金正恩委員長予測不能だとかクレイジーだとか言われるようで須賀、少なくとも今回の核実験は、それなりの目的合理性を目指した行動と見做してよいと思います。

まずは国内の引き締めです。世界各国にある北レスの従業員のみならず、駐英公使までもが亡命してしまうというのは「社会的エリートが離反している」という意味において危機的な状況です。これを核実験による国威発揚でつなぎとめる・引き締めるという狙いは大いにあるでしょう。この日は朝鮮民主主義人民共和国建国記念日であり、実験を行った時間も現地時間でほぼ9月9日午前9時である*1という点を見ても、国内向けアピール意味合いは強いと思われます。

国際政治的にも、ややこしいタイミングを突いてきています。東アジアで大きな国際会議が続き、北朝鮮に対して厳しい態度が示された直後に当てつけるかのように強行した、というのももちろんあるでしょう。しかし、より大きなポイントは、米中関係を中心とした六カ国協議参加国間の関係が不安定化している点にあると思います。昨今、北朝鮮ミサイルに備えるとして韓国配備されようとしているTHAAD問題で、良好だった中韓関係が一気に悪化しており、東シナ海南シナ海問題も合わせてこれまでになく日米韓と中ロが対峙する様相が強まっています。どうせやるなら、周辺国の足並みが乱れているタイミングでやった方が後々の影響も小さいだろう。実際、安保理も含めて一致した行動をとりやすい環境ではありませんし、中国の出方次第ではありま須賀、その中国を含めて、各国ともに頭を抱えるタイミングではあるでしょう。

ただ、先述のようにアメリカ韓国THAAD配備しようとしている(少なくとも表向きの)理由はまさしく北朝鮮ミサイル核兵器を積んで撃ち込んでくるかもしれないからであって、今回どう出るかはともかく、配備に反対する中国北朝鮮への怒りを溜め込むことは間違いありません。その意味では、タコ自分の足を喰っているようにも見えなくはないわけで須賀、今回の挙が本当に目的合理的なものであったかどうかは、より長期的なスパンで思い知ることになるのでしょう。

*1:冗談で言っているように聞こえるかもしれませんが、この国はそういう数字合わせが大好きです。平壌にある体制宣伝的なモニュメントはだいたい何らかの数字にちなんで設計されています

2016-08-21

[]『世界の名前』(岩波書店辞典編集部) 12:32

世界の名前 (岩波新書)

世界の名前 (岩波新書)

世界各地の名前に関する100の短いエッセイを集めた本です。地域アプローチの仕方(執筆者の専門分野)もさまざまで、思わずへえと声を出してしまいそうな話も多く収録されています。

しかも、それゆえにてんでバラバラな情報が散在しているのかといえばさにあらず。(1)マクドナルドの「マック(Mc)」、オマリーの「オ(O')」、ビンラディンの「ビン」など、父親の名前を少し変えた父称を名乗る場合*1や、それに由来する姓が広く見られる。(2)人の移動の少なかった中世農村などではほとんどの人が姓を持たず、彼らは都市化近代国家化が進んでから姓を持つようになった(その際に父称を姓とする人も多かった)。(3)特に上の子が夭折した場合に、超自然的な存在が生まれた子をさらっていかないように(=死なずに成長するように)それらの目を引かないような縁起の悪い名前を付ける―などなど、国や民族言語集団を超えて共通する歴史慣行も少なからずあり、それを一般化するのがこの本の目的ではないで生姜、興味をそそられる点ではあります。

私が人名に関心を持つようになった最大のきっかけは、自分(と細君)が一人の人間の名前を付けたことだったと思います。当時は、そして今もその責任の大きさに高揚を含んだプレッシャーのようなものを感じるので須賀、アフリカの名付けについて紹介したあるエッセーは、そうした気負いめいたものを上手く「中和」してくれた気がします。

アフリカ人の名前の大きな特徴の一つに、名は体を表さないということがある。われわれはついつい、名にあやかってとか、名は体を表すと考えがちであるが、アフリカ人自分の名前は自分とは関係ないことを知っている。それはお父さんやお母さんの考えであって、自分とは関係ないことなのだ。

他の村人の揶揄に対する父親の心情(「彼らを放っておけ」)や、妻の行いを暗に責めるメッセージ(「それら*2は腹の中で死ぬ」)を子供の名前にする例もある、という日本語での名付けの感覚からすればかなり極端な話に続く一節なので、やや表現が強いで須賀、この指摘は一面の真理を衝いていると感じました。私は長男の名前について、名付けた人間としての自信は持っていま須賀、当の本人はこれぐらいの認識でもいいのかな、と思っていたりもします。

*1父親の名前そのものを名乗る場合も

*2:妻の悪行を指す

2016-08-20 済州島旅行記四日目・リゾート満喫

済州島を飛び立つ飛行機の窓から望む漢

[][][]路線バスで巡る韓国済州島with2歳児〜四日目・リゾートホテル帰国 12:36

リゾートホテルをしゃぶり尽くす?

豪華朝食を食べ過ぎて…

最終日の起床は午前8時。寝たいだけ寝て、朝食へ向かいます。ビュッフェの会場がこちら。

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うはwwww何これwwwww

一回りして、何がどこにあるのか確かめるだけでも大変な広さとバリエーション。味もどれも満足でしたが、焼きたてのクロワッサンとかワッフルとか、洋食系が印象に残りました*1

午前10時。お腹が膨れすぎたので少し散歩に出掛けます。

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庭の方から見たホテル建物です。

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少し歩けば、中文のビーチも見下ろせます。身も蓋もない言い方をすれば、あそこまで降りて行きたくないがために大枚をはたいたわけです。

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米韓日韓首脳会談の会見場、となっていますね。ということは、日韓では1996年にハシリューこと橋本龍太郎首相と金泳三大統領2004年には小泉純一郎首相盧武鉉大統領がここに立ったわけです。書きながら気付いたので須賀、今では名前を挙げた4人のうち3人までもが鬼籍に入られたのですね。1996年といえば初代ポケモンが発売され、ブームになっていた時期です。それこそカイリューに「ハシリュー」というニックネームをつけて遊んでいたのが懐かしいです。折しも今夏、ポケモンGOが死者が出るほどの騒ぎになりましたが、私もカイリューまで進化させられた暁には、また「ハシリュー」という名前をつけてあげたいと思っています…本題とほぼ関係ないことで感慨に浸ってすみません。

プールで粘る日本人家族

雨の心配もなんのその。日差しがガンガン照りつけてきましたので、さっさと水遊びに行きましょう。チェックアウト後も午後3時まではプールを利用できるとのことだったので、部屋を片付け荷物を預け、再びプールへ。ちょうどその3時に空港に向かう直通バスが出るとのことで、それまで遊びつくす腹積もりです。同じようなことを考えている人が多いかな?なんて話しながら向かったので須賀、意外とそうでもありませんでした。

お昼ご飯はプールサイドでいただきました。「トンカス」、即ち韓国トンカツですね。親は朝のおかげでそんなに空腹感はなかったので須賀、2歳児にそういうペース配分を強いるのは気の毒ですので、ここは割り切って27000ウォン(!)のそれを注文しました。ええ、おいしかったですよ(涙目)

そんな時間もあっという間に過ぎていきます。最後に名残を惜しんで、長男を連れてプールを一回りしてから出ようとしたら、案の定(?)「プールで遊ぶ。行かない」とグズり始めました。「最後にちょっとだけ」とプールに注意を向けさせてしまったのが裏目に出ましたね。ごめんね、今回ばかりは時間を延ばしてあげられないんだ、だって今日の夜はもう、韓国のおうち*2じゃなくて、日本のおうちでねんねするんだよ―。

さすがに何とかつじつまを合わせて乗ったホテル運行無料シャトルバス。もうすぐ空港かな、と車窓を見やると、本当に偶然に、またこの建物が目に入ります。

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何かの因縁を感じたというより、わずか30時間ほど前までいたはずなのに、そしてただ2泊しただけなのに懐かしい気持ちに襲われた私。こう言うと双方に怒られてしまうのかもしれませんが、分相応不相応というのはやはり、厳然としてある気ような気がしました。「韓国のおうち、バイバイ」。

糸冬

あとがき

いつにも増して面白げのない家族旅行を、いつにも増して面白げなく書いてしまいました。そういう言い訳ばっかりしていてもなんなので、まとめっぽいことをいくつか。

済州島は、私が想像していたより断然面白いところでした。観光地としては、後半に訪ねた南部リゾートの印象が強いで須賀、初日にしたような街歩きも十分楽しめます。そして今回は二日目の万丈窟くらいでしたけれども、自然が織りなす景勝地も多くあります。歴史文化や人々の暮らしを感じる街歩き、大自然の美しさを感じるトレッキングリゾートでの優雅バカンス―。凡そ海外旅行に興味のある人は、そのどれか一つには関心を持てるのではないでしょうか。

その中で、個人的には最も縁遠かった最後の要素について言うと、大金を払っただけの質の高さはあっただろうと思います。ただ、そういうランクホテルに泊まる人にはそれなりの振る舞いが期待されるという部分はあり、プールサイドで食べた「トンカス」はソウルの街中の3倍を優に超える値段でしたし、別の家族がつまんでいたチキン&チップスは、見間違えでなければ5000円以上でした。その意味で、日本から来た貧乏性家族済州島の高級リゾートホテルをしゃぶり尽くした、と本人たちは思っていたとしても、実態としてはその逆なのかもしれません。

あと、何となく表題に使った路線バスで須賀、これもまた意外と充実していて助かりました。街歩きができた満足感、みたいなことも書きましたが、それには安易にカーチャーターとかしないで、極力地元の人たちが使う手段でうろつけた、という部分も大きいかと思います。いえ、別にカーチャーター否定しているわけではありませんし、実際私達もバリではお願いした経験がありますけど、そこはもう、考え方の違いなのかなと思います。高い飛行機代とホテル代を払って観光に来ているのに、現地での移動費用だけケチって時間をロスするのは非効率かつ非合理的である、という主張は理屈としては一貫していると思いますけど、現地の人がどんな風に移動しているのか、突き詰めれば、そこにはどんな人たちが住んでいるのかを、訪ねた場所に分け入って体感するというのも旅行の醍醐味である、と言えばそれはそれで間違っていないハズです。まあ、スポットだけ見て回りたい人は、東京マンションソファーに座ってガイドブックとか旅番組を眺めてれば?と思わなくもありませんが。

ちなみに、路線バスを使うのに韓国語ができる必要はないと考えま須賀(私でも乗れた)、車内のスクリーンで降車する停留所を確認できるよう、ハングルの字の異同は識別できた方が好ましい*3と思います。ハングルという文字合理的にできているのでそんなに難しくないと思いますけどね。あと、現地のどこかしかで路線図を手に入れられると分かりやすいです。

最後に、一つ忘れていたことを追記します。この済州島は、北朝鮮金正恩委員長祖父出身地でもあります。彼の父方の祖父は言うまでもなく金日成なわけで須賀、母である高容姫(高英姫)の父・高京沢はこの島で生まれ、戦前大阪に渡ったのだそうです。詳細は『女が動かす北朝鮮(五味洋治)に譲りま須賀、あわててめくったこの本に書かれている地名パソコンで叩くと、済州市街地から万丈窟に行くときに通ったバス停周辺の地図が表示されます。そこに、彼らの一族、つまりは金正恩の母方の先祖を祀る墓石があったのだそうです。そもそも「高」という姓は済州島に多いそうで、もっとそもそもを言えば初日に行った三姓穴の3神人は、高、良、夫という姓であったとされ、それゆえあの場所はつのの神人が生まれただったわけです…帰って来てから気付くようでは遅いですねww

 

そろそろ終わりにしましょう。毎度ながら、こんなくだらない文章を最後まで読んでくださった方(いるとすれば)と旅先でお世話になった方々、行く先々で母のたくましさを示してくれた細君、そして何より、とどまることを知らない親のわがままに付き合ってくれた長男に、深く御礼申し上げます。次の機会を考える頃には、「本人の希望」も言えるようになっているでしょうから、それ踏まえて検討させていただきますよ!(笑)

(2016年9月3日午前3時半、自宅書斎にて)

*1日常生活においてパンをほとんど食べない私がそれを褒めるというのはよほどのことです

*2:本人がそう呼んでいました

*3地図なりガイドブックに書かれた地名と、画面に出てくる地名が同じであるかどうかは自分で分かった方が安全

2016-08-19 済州島旅行記三日目・南部リゾート

西帰浦の海を泳ぐ魚たち

[][][]路線バスで巡る韓国済州島with2歳児〜三日目・西帰浦潜水艦中文リゾート 15:38

潜水艦で海中散歩

情弱バスターミナル

この日は午前6時過ぎに起床。朝食と身支度を済ませて、お世話になった宿を午前8時半にチェックアウトします。あと1泊は日本海に面した南部で過ごそうという算段で、今日はまず、西帰浦を目指します。

ほどなく昨日も乗り継いだ市外バスターミナルに降り立ち、西帰浦行きの切符を求めます(3300ウォン)。西帰浦は昨日の時計の喩えで言えば6時ぐらいの位置にあり、ここからは島を南北縦断する路線が利用できます。それも漢拏山から見て東寄りのルートと西寄りのルートがあり、それぞれで券売所の窓口も違ったようなので須賀、西寄りルートの窓口しか稼働していない様子でしたので、そちらで9時12分発を押さえることにしました*1

バスは定刻通り発車。西寄りということで、今来た新済州方面に向かうだろうことくらいは想像していたので須賀、あれよあれよという間に見慣れた景色の方へ。そしてあろうことか、1時間前にチェックアウトしたばかりのホテルの目の前にあるバス停に停車したのでした。そこから情報強者の皆様が乗り込んでくる様は、細君と苦笑いをしながら眺めているしかありませんでしたねww まあ、この局面で市外バスターミナルを経由するというのは最も安全確実で分かりやすい方法ではあったと思うので須賀、昨日細君がやったようにフロントで聞いておく方が全く合理的でありました。

西帰浦徐福伝説

気を取り直して先に進みましょう。バスは漢拏山を左手に見ながら南へ。

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昨日とは打って変わって、高地らしくもある景色を抜けていきます。

宿泊予定の中文エリアを通過して、2002年サッカー日韓W杯の試合も行われたスタジアムをチラ見。

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10時半ごろに西帰浦市バスターミナルに到着します。

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ここから目的地の港までは2キロほど。時間的問題もあり、もともとタクシーを使うつもりではいたので須賀、なにぶん宿を出てそのままの状態でここまで来ていますので、スーツケースやらベビーカーやらは抱えたままです。できればここいらで手放したかったので須賀、ターミナルのロッカーは使えず、事務所のおじさんもけんもほろろの塩対応だったので、大通りまで引きずっていってタクシーに乗っけることになりました。乗ってしまえば港はすぐそこ。料金は2900ウォンでした。

話は逸れま須賀、この西帰浦という地名の由来は何だろうと思って調べてみたら、徐福伝説にまつわるという説もあるんですね。それによると、始皇帝に甘い話を持ちかけの命を受けた徐福不老不死の薬を探しに漢拏山を訪れた後、西っていったそうで、その際に船を停泊させた海岸()であったことからその名がついたのだとか。今回は訪ねませんでしたが、徐福が字を刻んだとされている滝の岸壁の近くには「徐福展示館」もあるそうですよ。

アワビ踊り食い

さてさて、こうして辿り着いた西帰浦の港。お目当ては潜水艦です。動物園やふれあい牧場ではか〜な〜り怖がるのに、水族館ではいつも楽しそうな長男に、本当の海で泳ぐ魚を見せてあげようオレたちも潜水艦乗ったことないし、それを口実に行っちゃおうぜ、という趣旨でございます。11時の便に乗れるくらいの時間には到着したので須賀、予約していなかったので2時間待ちとのこと。人気なんですね。懸案の荷物も快く預かってくれましたので、ちょっと戻ったところにある天地淵瀑布に行こうかとも考えたので須賀、無理をしても仕方がないと昼食&周辺散策くらいにとどめておきました。

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橋からの景色もよかったですね。

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昼食はちょっと歩いた先で、海鮮チゲアワビお粥

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チゲの上に乗っているアワビさんは出てきた時点では元気に(?)うにゅうにゅ動いていて、店員さんからも「しゃぶしゃぶして食べて」と言われていたので須賀、さすがに見た目的に無理だったので暫く石川五右衛門状態にしてから頂きました。そういう体験もできたことを含めていいお昼ご飯でしたが(特にお粥は非常に美味でした)、何度も言いますけど34000ウォンとはこれまたなかなかの観光地価格でいらっしゃいました。

海底4万ミリメートル

そして待ちに待った潜水艦。まずはこんな船に乗って沖合へ。

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この時点で「日本の方ですか?」とスタッフから声を掛けられ、その後は片言ながら日本語で案内してくれるようになりました。数分行って、潜水艦に乗り換えます。

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潜水艦ではまさかの「外国人優先搭乗」がなされ、日本人(私達ともう1家族)→中国人韓国人の順で乗り込んでいきます。

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席はその時点でスタッフに案内されたので須賀、これがまた運転席の真後ろです。外国人誘客のための戦略、ということなのでしょうか。

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出航した潜水艦は、10メートルずつ深度を上げ、水深40メートルの海底まで潜っていきます。

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写真下の赤いランプが深さを示しています。

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餌をまく(?)ダイバーさんに多くの魚が集まっています。

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どうやっているのか分かりませんが、ハート形の気泡を放っていました。

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うっすらと見えるのは難破船だそうです。

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水深39.41メートル。海底に到着。

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サンゴです。潜水艦からの照明で照らされています。

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小さい魚もいますね。長男言葉通りじっと見入っていました。

潜水艦はここで浮上。また船に乗り換えてターミナルに戻ってくるまで1時間半弱の海中散歩でしたが、本当にあっという間でした。

予想外のホスピタリティ

時刻は午後2時20分。今日のところは、ここから宿へ向かいましょうか。

行きと逆のルートを辿って、途中の「中文観光団地入口」バス停で降りれば近くまでいけることは分かっていたので須賀、朝の例もあったので、預かってもらっていた荷物を引き取りがてらホテルまでの交通手段を聞いてみることにしました。すると…

女性タクシーを呼ぶんですか?」

私達「いえ、バスで行きたいんですけど」

女性「そうですか、ちょっと待ってください…直通のバスもありますので、最寄りのバス停まで送りますよ」

私達「えっ?ありがとうございます!」

間もなく現れたスタッフの男性が運転するワゴンに乗って、坂の上のバス停まで移動することができました。想像だにしなかった厚意に感謝感激の私達。細君は「マイカー以外で来る人もそういなかったんだろうね」と冷静な分析披露していましたが、荷物のことから始まって、勝手の分からない外国人である私達への対応も的確かつ丁寧でしたし、それも特定の誰かが優しかったわけではなく、全体としてそれが行われている感じでした。大人1人56500ウォンと聞くと決して安くはないのかもしれませんが、15年ほど前まで沖縄運行していた潜水艦「もぐりん」は倍以上の値段だったようですし、もぐりん以降、国内観光潜水艦はなさそうでもありますので、非常にいい体験を快適にすることができたなあと思っています。済州島に来ることがあったら、是非乗ってみることをおススメします。

分不相応な豪華リゾートホテル

ホテルプール付き」www

46分発の600番バスで宿へ(2000ウォン)。乗車時間は30分ほどでしたが、長男はすぐに熟睡。抱っこして降ろしても目を覚ましませんでした。最近昼寝でも眠りが深いんですよね。時間も長くなりました。寝付きも目覚めも悪いというのは父親似の悪い傾向ですw

そんなこんなでホテルに到着。今日の宿は、こちらです!

http://www.shilla.net/jeju/index.do

済州新羅ホテル済州島指折りの「超」が付く高級ホテルで、日韓首脳会談の会場にもなりました。記憶の限りでは、こんなホテル泊まったことないです(笑) もちろん1泊のみで須賀、これまでの2泊分の宿代を余裕で上回るお値段でした。

なんでこんなことをしたかというと、長男プールで遊ばせてあげたかった、というのがありました。これまでに行ったバリ、バンコクホテルプール付きでしたし、保育園でも外出先としても、プールは結構好きなようです。加えて天候の問題というのもあり、この日と帰国予定の翌日は一時雨の予報にもなっていました。そういう日は、外を出歩くよりホテルプールで遊んでいる方がよいでしょう。しかし、済州島プール付きの宿というとなかなか手頃なところがないらしく*2、であれば1・2日目は予定より少し安く泊まって、最終日に奮発してしまおう。そんな話を、旅行前に晩酌をしながら決めたのでした。

テラス優雅に缶ビール

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バスを降り、壮麗な雰囲気の入り口をくぐると、まずはチェックインしにフロント…ではなく、待合室に通されます。何かやり取りをしたのか家族の会話を聞いてそう判断したのか忘れましたが、応対した男性が別のスタッフに「日本の方です」と小声で囁いて以降、用向きは日本語ペラペラスタッフが対応してくれました。

そして、待合室がこれ。

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予約者である細君の予約名とパスポートとで苗字が違っていたため、若干手間取ってはいましたが*3、こちらは出されたジュースを飲みながらのんびり待っています。そしてお部屋にご案内。ダブルベッドに長男爆睡している写真しかないのでうpはしませんが、急な空室でもできたのか、ダブル+シングルのお部屋にグレードアップされていました。テラスからはこんな景色

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ここで悪い大人たちは、長男が起きる気配がないのをいいことに、冷蔵庫に冷えていた缶ビールをいただいたのでした(ルームサービスを呼ぶ勇気はない)。

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ちなみに冷蔵庫の上には、こんな方々が鎮座しておられました。

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<480>

ヘネシーX.Oというと、今は亡き金正日総書記お気に入りですね。そもそも洋酒相場観があるわけでもありませんが、目が飛び出るようなお値段だったのでもちろん手はつけませんでした。

そんなことをしている間に、午後4時半過ぎに。昼寝が長すぎると夜に眠ってくれないので、長男にもそろそろ起きてもらいます。

親子でプール。そしてまた…

日差しも落ち着いてきましたので、お楽しみのプールに行きましょうか。道中にはこんな部屋も。

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ガキはここで遊んでろ、ということでしょうか。近くに託児スペースのようなところもありました。

そしてプールです。

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正面奥から屋内にもつながっています。左奥はジャグジープール。37〜38℃で、半ば子供用みたいになっていました。プールの水温が低いと子供が嫌がったりするので、かなり重宝しました。一番奥にはテレビモニターもあって、リオ五輪の中継をやってましたっけ。リオ五輪の全期間を通じて、テレビ中継を見たのはこの時だけでした。ま、興味ないか。

1時間ちょっと遊んで、6時過ぎには「明日も来ようね」と引き揚げます。長男更衣室で足を滑らせて後頭部を打ってしまい、様子はいつも通りだったので須賀しばらく不安でした。どう痛むとか、気持ち悪いといったことまでは本人がまだ表現できないので、海外では特に、こちらが気をつけてあげなければいけませんね。

部屋に戻ったあとは流れでお願いします流れでシャワーを浴びさせ、午後7時に外へ。さすがにホテル内のレストランに入る勇気はありませんでしたので、近くのホテル併設の店で、プルコギ冷麺をいただきました。それでも53000ウォンとか高杉晋作なので須賀、出た判断は正しかったかと。味も上品な感じでおいしかったです。コンビニで買い物をして部屋へ。

子供を寝かせた後は、再びテラス飲み。

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金曜日の夜であることと関係があるのかどうか分かりませんが、プールサイドではジャズの生演奏が続いています。そんな中でビールを楽しむのは優雅と言えばそうなんで須賀、それに先立って幼児を寝かせる上ではちょっと気にはなりました。

よくよく考えてみるまでもなく、これが済州島最後の夜です。とはいえ買ってきたビールもそこまでの量はありませんで、11時ごろには大人しく就寝しました。

*1ターミナルに着いたのが9時ちょうどくらいだったのでタイミング的にはベストでしたが、より漢拏山の近くを走る東寄りを通ってみたかったんですけどね

*2:宿探しは細君に一任していました、ありがとね

*3:細君がパスポート取得後に結婚して姓が変わったからなんで須賀、韓国では結婚しても別姓のままなので齟齬(?)が生じたものと思われます

2016-08-18 済州島旅行記二日目・東部洞窟探検

内部も起伏に富んだ万丈窟

[][][]路線バスで巡る韓国済州島with2歳児〜二日目・万丈窟探検 12:05

世界遺産洞窟探検

バスを乗り継ぎ…

2日目は細君の発案で、洞窟探検に出かけます。

朝食や身支度を終えて、午前9時45分ごろ出発。島の北東部にある万丈窟を目指します。済州島は楕円形なので時計に例えるとやや距離感にズレが出ま須賀、漢拏山を中心に新済州・旧済州という市街地が0時、万丈窟は2時の方角にあります。そういう場所同士をつなぐのが市外バスです。縦横無尽というほどではありませんが、時計回り反時計回りに島を一周する路線南北縦断する路線など充実しています。今回は時計回り路線に乗って、万丈窟を目指すことにしました。

最寄りのバス停から市内バスに乗り、市外バスに乗り換えます。昨日通ったバスターミナルで乗り換えるのが安全策ではあったで生姜、細君があらかじめホテルのフロントで聞いておいてくれたバス停で、ということにしました。

そこから1時間弱、車窓を眺めて過ごします。

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この通りきれいな海も望め、海水浴場もあるので私達のような観光客も多かったで須賀、地元のおじいちゃんおばあちゃんも結構乗り降りしていましたね。運賃2300ウォンとこれまたお手頃です。

11時半前に「万丈窟入口」バス停に到着。ただ万丈窟はこの海沿いのバス停から2〜3キロほど山側にありますので、何らかの方法で移動しなければなりません。バスを降り、さあどうしようかと思案する間もなくタクシーが滑り込んできます。

運転手「歩くと1時間かかるよ。4000ウォンでどう?」

1時間はかからないでしょうけど、外も結構な暑さでしたので乗ることにしました。ちなみに万丈窟そのものまで行くバスもなくはないので須賀*1、本数が少なすぎて使い勝手が悪そうでした。

車で行けば5分もかかりません。降りる間際になって「万丈窟の後どこに行くんだ(乗っていかないか)?」という売り込みも受けましたが、「バスで新済州に帰ります」という拙く、にべもない返答に戦意喪失したご様子でした。

片道1?、子供は抱っこ

万丈窟は、溶岩の噴出に伴って出来た世界的にも大規模な洞窟で、世界遺産及び世界ジオパークの構成資産にもなっています。全長7キロほどあるそうで須賀、観光客も1キロは見学できるようになっています。

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こんなところから入っていくので須賀、この辺りで既に冷気が身を纏います。

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この辺の写り具合は、やはりiPhone6一眼レフの地力の差が出たでしょうか。

一番奥のものは溶岩石柱と言うのだそうで、母親子供を抱いている姿に似ているということでしたがどうでしょうか。ちなみにうちの長男殿は、あれやこれやと理由をつけて*2道中の半分以上抱っこや肩車でしたけどね。

昼食は洞窟を出たところの食堂でいただきました。ビビンバ冷麺という私としては韓国料理の2大スタンダードとでも呼ぶべき料理*3をいただいたので須賀、合わせて17000ウォンは高いと思います。ソウルの街中の食堂だと3分の2くらいの値段な気がしましたね。思うに、いわゆる「観光地価格」というのは日本よりはっきりしているんじゃないでしょうか。

来た道を戻る

昼食を終えて、午後2時。再び済州市街地に戻るべく、まずは洞窟近くのバス停に向かいます。そこにはまた無論タクシー運転手がいて、行きと同額で乗らないかと売り込んでいたので須賀、ここまで来るバスがあると知った以上は簡単タクシーのお客になりたくもありませんので、ちょっとリサーチを試みます。若い男性2人がバス停のベンチに座っていたので「新済州に行くバスが来ますか?」と聞いたところ、彼らは困った様子でノーリアクション。すぐに判明したところによると彼らは日本語話者で、5人で乗り合って万丈窟入口のバス停まで戻りました。

帰りは逆向きのバスに乗って市外バスターミナルへ。

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明日も使うだろうからということで、ちょっと様子を見てきました。

明るいうちから焼肉ビール

そこから乗り換えて午後4時ごろ、一度宿に戻ります。そしてお腹がすいたころに再び出撃。新済州の中心部を散策します。

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やはり午後6時頃だとこのくらいの混み具合なんで須賀、ここは一つ、混む前に買い物を済ませてしまってゆっくりお肉をいただく、という作戦で行きましょうか。

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最後にこれら全部を混ぜたチャーハンを作っていただいたので須賀、それが一番美味で印象的でした。

「女」

そして帰りの道中に出会った光景。

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麻布

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按摩

マッサージ

男性専用

もっぱら男性

 

趣旨は大体想像つくんで須賀、「もっぱら」って何?(笑)

ホテルに戻ったのは午後8時ごろ。この日は一緒にシャワーを浴び、明日に備えて眠りにつきました。

*1:フロントではそちらを薦められたそうです

*2:まあそれなりに理由をつける様は評価に値するが

*3:好物なだけ