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2017-03-30

[]『北朝鮮難民』(石丸次郎) 01:44

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北朝鮮取材を続けるジャーナリストが、世に言う「脱北者」についてまとめた本です。 『リムジンガン』なども読ませていただいていました。

もちろん、これだけ時差のある話ですし、今これを読んだ動機も、取材手法モチベーションについて関心があったからでした。「北朝鮮の珍奇に見える面だけを追うのでなく、むしろそこに住む人たちも自分たちと変わらない人間である*1ということを知ってほしい」という見解には 非常に共感します、というかそれは私が北朝鮮を旅行した時 、感じたことでした。

そんな事情ですので、今この本を誰かに薦めることはしにくいで須賀、構成としてもとても洗練されていましたよ。

*1:彼らは我々のようになりうるし、我々も彼のようになりうる

2017-03-28

[]「トランプ指南役」の外交思想/『外交』(ヘンリー・キッシンジャー) 11:20

外交〈上〉

外交〈上〉

外交〈下〉

外交〈下〉

ニクソン政権による米中和解の立役者ともされる著者が、17世紀30年戦争から冷戦終結後までの国際政治の展開を、米国外交政策を軸に論じた本です。上下巻で1000ページを超える大著であり、大まかにであってもあらすじをここで説明することは避けたいところで須賀、極めて乱暴に言えば、リシュリューや小ピットビスマルクスターリンらが体現し、米大統領で言えばセオドア・ルーズベルトニクソンが重視したバランスオブパワー概念の展開を追いながら、「理想主義米国にあっても、それを実現する前提条件としてバランスオブパワー理解は欠かせない」と論じています。一般論としてはその通りでしょう。

では、それをベトナム戦争に即して言うならどうなるでしょうか。著者は、当時の米国問題に直面した際、ある対応をとることが道徳的に正しいかだけを考え、それをやり遂げる能力があるのか、そもそも、やり遂げるべき具体的目標は何なのかについて考慮していなかったことが悲惨な結末を招いた、としています。その結果、当時恐れられていた「共産化ドミノ倒し」が起きた国*1もあったものの、「倒れた最大のドミノ米国内の分断が激化したことだった」。要するにこれは、カンボジアラオス地政学的重要性*2より、米国内が一定程度以上結束して外交政策を構築する環境を失ったことの方が重大であるという著者の判断なので須賀、ベトナム戦争によって米国バランスオブパワー上の威信が失われたことに触れはしても、自由人権を掲げる理想主義の国がベトナムで引き起こした人道上破局については良くてもおざなり程度というのは一体どういうことなのか、私にはよくわかりませんでした。冷徹パワーポリティクス分析には度々唸らされましたが、ジョセフ・ナイ流に言えば米国史上最もそのソフトパワーを失った事件の一つだったわけで、それこそ「道徳的非難はともかく、外交史の叙述としてやや深みを欠いた印象を受けたのもそのためだったかもしれません。

ケチをつけてはしまいましたが、先述したように国民国家誕生以降の国際関係について極めて論理的説明がなされていて、とても興味深かったです。各国の戦略ぷよぷよ連鎖のように繋がっていって、奇妙なタイミングに突如として第一次世界大戦に至ったあたりの話も明晰でしたね。ただ、これも重複しますけれども、ベトナム戦争のみならず、著者自身が関わった時期の話だけがどうも面白みに欠ける気がしました。プレイヤーであった以上、自分から述べてはいけないことの多さに足を取られてしまったのでしょうか。

 

ちなみに著者は、最近また俄に注目を集めているようです。

「外交指南役」はキッシンジャー氏:トランプ氏の「親ロシア」への転換を実現へ--春名幹男 | 新潮社フォーサイト

例えばこの記事のように、「著者がトランプ大統領外交指南役を買って出たのではないか」という趣旨観測が出ているのです。実際に著者がどのくらい「やる気」なのか、そしてまたトランプ大統領の側がどのくらいそれを真に受けるのかについては判断材料がありませんが、この本の内容の延長線上で考えれば、記事が指摘するように、伸長著しい中国とバランスするためにロシアと何らかの手を打つという、まさに40年以上前に自分がやったことと真逆外交政策提言する可能性は確かにありそうです。また恐らくそれは、ギリギリまで局外中立(栄光ある孤立)を保つイギリス流よりは、各アクターへの関与を通じて環境をコントロールしていくことを目指すビスマルク流であるでしょう*3

そしてもし、著者がその時々の外交戦略だけでなく、アメリカ外交のあるべき姿についてまで論を進めるなら、こう言うのではないのでしょうか。「アメリカ理想主義の国だ。ベトナム戦争のように目標や自らの能力をわきまえず、理想だけを追いかけて手を伸ばし過ぎるのはもちろん良くない。しかし、『米国第一』を盾に孤立主義の殻に引きこもることも、最早できない。あなたのちょうど100年前のウィルソン大統領時代から、アメリカ国民はそう信じ続けて来たのですよ」

*1カンボジアラオス

*2:著者は、マレーシアタイの手前が効果的&効率的なラインだったと考えています

*3冷戦後の世界19世紀欧州地球大に複雑化したものになるだろう、ということも述べられています

2017-03-14

[]子の2017年2月読書「月間賞」 11:27

タイトルでお察しの通り、先月の私の該当はありませんでした。読み切れなかったので…。

長男はこちら。おばあちゃんからもらった本です。仕掛け絵本になっているので須賀、どこまで仕掛けの意味が分かっているのかはちょっと怪しいです。ただ、聞くと保育園でも(主に上級生の間で)「ちちんぷいぷい」的な魔法をかけて遊ぶのが流行っていたそうなので、そのイメージの中で捉えられたのかもしれません。

[]結婚式、猫も参列?/長男言行録(2歳8カ月) 11:37

  • 「けっこんしきには、ねこもくるの?」

先月、彼の叔母の結婚式があったので須賀*1、父方の家族が参加するんだということを説明すると、実家で飼っている猫のことが気になったのか、こう聞いてきました。実際に猫に出くわすと怖がる割には、ちゃんと父方の家族の一員としてカウントしているんですね。残念ながら、彼の期待(?)に沿うことはできませんでしたけれども。

*1:今月もある

2017-02-14

[]俺たちの正男暗殺されたか 20:34

金正男氏が暗殺されたとの一報が。親子のように親しかったという張成沢処刑後もしばらく動きがなかったので、中国が殺させないのだろうと思っていたので須賀…。これで中国もただではおかないで生姜、まさお…。

http://japanese.yonhapnews.co.kr/northkorea/2017/02/14/0300000000AJP20170214005700882.HTML

********* 01:42

一報で投稿しましたように、北朝鮮の故・金正日総書記長男金正男氏がマレーシアで亡くなりました。現時点で断定すべき証拠があるわけではないようで須賀、ほぼ間違いなく、異母弟の金正恩委員長意向に基づく暗殺でしょう。

金正恩氏としては、殺す動機は十分あったと思います。帰国命令に応じなかったなどとの報道もあるようで須賀、そもそも「王位」を狙いうる立場人間を(本人が狙っているか否かに関わらず)葬り去るというのは歴史の常ですし、この兄弟の場合には、具体的な「リスク」もありました。彼らの叔父でナンバー2とみなされていた張成沢が処刑されたのは衝撃的でしたが、張成沢金敬姫金正日総書記いもうと夫婦が実子のように可愛がったのが金正男氏だったとされます。そしてまた、中国改革開放的な路線を模索すべきと考えていた点も共通していたそうです。

そうなれば異母兄は危険な存在になります。逆に彼が拠点を持っていた中国も、より「穏健」で「開明的」に見える兄を北朝鮮ソフト・ランディングを為すためのカードとして暗殺から守ってきたと言われています*1。そこを殺してしまったとすれば、殺害現場となったマレーシアはもちろん、中国北朝鮮との関係にもヒビを入れることになる。その意味では、これは「金王朝」を巡る宮廷内のゴタゴタとしてだけ捉えていてはいけない問題だと言えます。

それはともかくですけど、個人的にも思うところの多い事件でありました。もう16年前だったでしょうか、「北朝鮮王子様がディズニーランドに行くために日本に来た」というへんてこりん事件がなければ、私はこの国にどのくらい興味を持ったかなあと思います。その後、 『父・金正日と私 金正男独占告白』(五味洋治)などを読んで、まさに私が北朝鮮に行って感じたことーへんてこりんに見える国の人たちも、案外自分と似たところもあるじゃないかーを再度思い起こさせてくれたのも彼でした。この文章は一人で酒を飲みながら書いていま須賀、そう考えると悲しいというか(表現としては確実に不穏当で須賀)感慨深いというか、ちょっと気持ちの整理がつかないです。

しかし、殺害方法は言うまでもなく、やっぱりすごい国だなあ。

2017-02-13

[]親子の2017年1月読書「月間賞」 01:00

まず私はこれ。

次へ次へと一心不乱にページをめくり続けたのも久しぶりでした。

長男はこちら。

どんどこ ももんちゃん (ももんちゃん あそぼう)

どんどこ ももんちゃん (ももんちゃん あそぼう)

すみません、実は今回は完全に細君の推薦で選びました。時間に追われながら接するだけではなく、ちゃんと腰を据えて向き合っていないと、こういう時に答えられないんですね。気をつけます…。

[]新聞記者、2歳児に日本語を直される/長男言行録(2歳7カ月) 01:13

  • おむつはきないんだよ。はくんだよ」

これはまさに、朝の支度で時間に追われまくっていた時の一幕です。「ほら、シャツを着て。おむつもね!早く着て!」とまくし立てる父親に、冷静なカウンターを浴びせた長男。さすがに驚いて聞いたら、保育園で教わったそうです。こういう「物の種類によって対応する動詞や助数詞が違う」パターンは必ずしも分かりやすい論理的関係によって結ばれているとは限らないので、外国語とかだと使いこなすのが難しい部分ではありますよね。多少そういう使い分けがあることも認識しつつあるようです。

2017-02-02

[]戦争プロパガンダ10の法則(アンヌ・モレリ) 08:22

戦争プロパガンダ10の法則

戦争プロパガンダ10の法則

戦争に際して繰り広げられるプロパガンダについての10法則を、第一次・第二次世界大戦NATOによるユーゴ空爆などの例から説明した本です。⑴われわれは戦争をしたくはない⑵しかし敵側が一方的戦争を望んだ⑶敵の指導者悪魔のような人間だ⑷われわれは領土覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う⑸われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる⑹敵は卑劣兵器戦略を用いている⑺われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大⑻芸術家知識人正義の戦いを支持している⑼われわれの大義神聖なものである⑽この正義に疑問を投げかける者は裏切り者であるーです。それぞれさもありなんと思うものでありながらも、それに尽きる感じも強い本ですので、ここはひとつ、ちょっとしたお遊びをしてみましょうか。

米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書

天佑ヲ保有シ萬世一系ノ皇祚ヲ踐メル大日本帝國天皇ハ昭ニ忠誠勇武ナル汝有衆ニ示ス

朕茲ニ米國英國ニ対シテ戰ヲ宣ス

⑽朕カ陸海將兵ハ全力ヲ奮テ交戰ニ從事シ朕カ百僚有司ハ勵精職務ヲ奉行シ朕カ衆庶ハ各々其ノ本分ヲ盡シ億兆一心國家ノ總力ヲ擧ケテ征戰ノ目的ヲ達成スルニ遺算ナカラムコトヲ期セヨ

⑴⑷抑々東亞ノ安定ヲ確保シ以テ世界平和ニ寄與スルハ丕顕ナル皇祖考丕承ナル皇考ノ作述セル遠猷ニシテ朕カ拳々措カサル所而シテ列國トノ交誼ヲ篤クシ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ之亦帝國カ常ニ國交ノ要義ト爲ス所ナリ

⑴今ヤ不幸ニシテ米英両國ト釁端ヲ開クニ至ル

⑴洵ニ已ムヲ得サルモノアリ豈朕カ志ナラムヤ

中華民國政府曩ニ帝國ノ眞意ヲ解セス濫ニ事ヲ構ヘテ東亞ノ平和ヲ攪亂シ遂ニ帝國ヲシテ干戈ヲ執ルニ至ラシメ茲ニ四年有餘ヲ經タリ

幸ニ國民政府更新スルアリ

帝國ハ之ト善隣ノ誼ヲ結ヒ相提携スルニ至レルモ⑵重慶ニ殘存スル政權ハ米英ノ庇蔭ヲ恃ミテ兄弟尚未タ牆ニ相鬩クヲ悛メス

⑵米英両國ハ殘存政權ヲ支援シテ東亞ノ禍亂ヲ助長平和美名ニ匿レテ東洋制覇ノ非望ヲ逞ウセムト

⑵剰ヘ與國ヲ誘ヒ帝國ノ周邊ニ於テ武備ヲ甼シテ我ニ挑戰シ⑹更ニ帝國ノ平和通商ニ有ラユル妨害ヲ與ヘ遂ニ經濟斷交ヲ敢テシ帝國ノ生存ニ重大ナル脅威ヲ加フ

⑴朕ハ政府ヲシテ事態ヲ平和ノ裡ニ囘復セシメムトシ隠忍久シキニ彌リタルモ⑵彼ハ毫モ交讓ノ精神ナク徒ニ時局解決遷延セシメテ此ノ間却ツテ益々經濟上軍事上ノ脅威ヲ畭腑薫淵堂罐魘從セシメムト

⑷斯ノ如クニシテ推移セムカ東亞安定ニ關スル帝國積年ノ努力ハ悉ク水泡ニ帰シ帝國ノ存立亦正ニ危殆ニ瀕セリ

⑷事既ニ此ニ至ル帝國ハ今ヤ自存自衞ノ爲蹶然起ツテ一切ノ障礙ヲ破碎スルノ外ナキナリ

⑷⑼皇祖皇宗ノ神靈上ニ在リ朕ハ汝有衆ノ忠誠勇武ニ信倚シ祖宗ノ遺業ヲ恢弘シ速ニ禍根ヲ芟除シテ東亞永遠平和確立シ以テ帝國ノ光榮ヲ保全セムコトヲ期ス

御名御璽

平成十六年十二月八日


大東亞戰爭終結ニ關スル詔書

朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク

朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ

⑴抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遺範ニシテ朕ノ拳々措カサル所曩ニ⑷米英二國ニ宣戰セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亞ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス

然ルニ交戰已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海將兵ノ勇戰朕カ百僚有司ノ勵精朕カ一億衆庶奉公各々最善ヲ盡セルニ拘ラス戰局必スシモ好轉セス

世界ノ大勢亦我ニ利アラス

⑹加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル

而モ尚交戰ヲ繼續セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招來スルノミナラス延テ人類文明ヲモ破却スヘシ

斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ

是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ

⑷朕ハ帝國ト共ニ終始東亞ノ解放ニ協力セル盟邦ニ對シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス

帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内爲ニ裂ク

且戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ

惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス

臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル

然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス

朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ

若シ夫レ情ノ激スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ亂リ爲ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム

宜シク擧國一家子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ國體精華ヲ發揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ

臣民其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ

御名御璽

昭和二十年八月十四日

ちょっと牽強付会に見えるところもあったかもしれません。出て来なかった中で⑶⑻はそれぞれ権威の源泉たる天皇の言うことではなさそうですし、⑺はその代名詞とも呼ぶべき大本営がその役を担いました。⑸は…今の首相取り巻きがよく言ってますね(笑)

2017-01-28

[]『小僧の神様城の崎にて』(志賀直哉21:28

小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

実は先日城崎温泉に行ってきまして、その「予習」と言いますか、せっかくだから読んでみようと初めて志賀直哉を手に取りました。

18の短編が収録されており、当然受ける印象もそれぞれでした。それでも何か、ちょっとした偶然やボタンの掛け違いのようなことが地割れが開くように急展開していって、彼我の間に後戻りできない運命的な断絶が生まれてしまうさまを非常に鮮明に描写している作品がいくつかあり、つい引き込まれるようにして読んでしまいました。『佐々木の場合』は確かに筆者が言うような批評は当たっていると思う半面、佐々木の思いの純粋さを信じてもいい気がしますし、『赤西蠣太』はまさに思惑の違いによる裂け目がみるみる大きくなって最後まで目が離せません。『雨蛙』では夫婦間に生じた問題の展開にドギマギさせられますし、同様に夫婦テーマにコミカルに書かれたものに『転生』があります。偶然が生死を支配する、という意味では『城の崎にて』もその範疇でしょうか。

夏目漱石志賀直哉を評して「文章を書こうと思わずに、思うまま書くからああいう風に書けるんだろう。俺もああいうのは書けない」と言ったそうで須賀、そういうある意味ドラスティックな展開を短編で克明に描けるというのは本当にすごいことなんだろうと思いましたし、恐らく多分、漱石の言う通りに思うまま書いているからそれが出来るんだろうという気がします。三島由紀夫の『金閣寺』を読んだ時の印象とは真逆ですかね。

2017-01-17

[]『ヨーロッパ政治』(篠原一00:11

ヨーロッパの政治―歴史政治学試論

ヨーロッパの政治―歴史政治学試論

実に10年ぶりに再読しました。ただのヨーロッパ政治史ではなく、政治学視点からそれを再構成していくという説明の仕方は、やはり純粋に読んでいて面白かったです。

それはダールポリアーキーはもちろん、政治発展における危機政治変動についてなど、再構成のための「道具立て」がしっかりしていればこそだと思いま須賀、一方で図式的すぎるという批判もあり得るでしょう*1。その意味では、肉を切ってみてそのナイフの方の切れ味を確かめるような営為を重ねていく必要があるのだと思います。その点この本では、時代的にも地理的にも「食材」が豊富なので、そこも含めて楽しめました。

最後に一つだけ言うなら、この本で示された「食器」で和食中華料理も食べることができるのか、その点も興味が湧きましたね。

*1:例えば「権力真空状態はともかく、「権力喪失」が段階論としてでなくそれそのもの意味として何を指すのか、ちょっとはっきりしない用法もあるように感じました

2017-01-14

[]親子の2016年12月読書「月間賞」 12:20

前月の流れでいけば『二つのコリア』(ドン・オーバードーファー) を挙げるのが穏当な気もしますし、その価値も十分ある本なので須賀、あえて『草枕』(夏目漱石)にします。

理由は何と申しましょうか、年末にわたって結構精神的にささくれ立っていたんで須賀、この本を読んでいるうちに何となく気持ちが落ち着いてきたというか、元気が出てきた気がするので、たまにはそういう基準で選んでみました。

おさるのジョージ アイスクリームだいすき

おさるのジョージ アイスクリームだいすき

長男はこれ。実はこの月はあまり本を読んであげられなくて、細君の推薦で決めたので須賀、確かにこの本は私でも読んであげたことがありました。

今年もこんな調子で書いていこうかと思います。

[]PPAPP/長男言行録(2歳6カ月) 12:35

  • りんごはね、アポーペンっていうんだよ」

こちらもたまには流行りもので。

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たまたま何かの機会にyoutubeで見せたことがあるので須賀、それ以来テレビで見る度に「アポーペンだよ!」と嬉しそうに言うようになりました。リンゴと結び付けて理解できたのは、恐らく保育園英語コーナーで聞きかじったからなのでしょう。ただ、リンゴが「アポーペン」だと最後にくっつけた時に「P」が一個多くなってしまいますけどねww

そう言えば最近はトランプ次期米大統領にも興味があるようで、彼が映ると「だいとうりょうだよ!」と母親に教えてあげるのだそうです。彼のモノマネにも反応したそうで須賀、まだあと一週間弱はあるわけで、ちょっとオバマさんが気の毒です。

2016-12-31

[]『草枕』(夏目漱石23:59

草枕 (1950年) (新潮文庫)

草枕 (1950年) (新潮文庫)

冒頭部の「智に働けば角が立つ」で有名な漱石初期の作品です。その文学論的な意味合いや、非常にゆっくりとした、というかあってないようなストーリー展開*1に著者が込めたろう意図については巻末にある江藤淳柄谷行人先生解説に譲るとして、やはりこの作品の最大の特徴は、和漢洋の教養裏付けられた絢爛たる語彙だろうと思います。柄谷行人曰く「過剰に言葉を持っていた」漱石が、『楚辞』を読み返した後に書いたものだそうで、その都度「こんな日本語があるのか」と感心させられながら読み進めました。

でも個人的にはそういうある種の言葉遊び的なところとか、嫌味かも知れないけれどもペダンなところは嫌いではないです。これはこの作品に限らず、私が断片的に受容した漱石から受けている印象なので須賀、大抵そうした漱石主人公たちは今で言うニートだったり、社会的うだつの上がらない地位だったりしながらも、それでも気位は失わずに、かつ偉ぶるわけでなく知的に誠実に悩み抜こうとしているように見えます。それを自分に重ねているつもりはあまりありませんし、あまりそういうことをする意味も感じないんですけれども、気位、あるいは精神的向上心を失わずにいればまだまだ楽しく頑張っていけるんじゃないかと思わせてくれます。

漱石没後100年の年が暮れる直前に、酒に酔って書いてしまいましたが、少なくとも私はこの『草枕』から元気をもらった気がします。

*1主人公が「非人情」と称して英語文学作品デタラメなページから読み始める一節などは象徴的です

2016-12-21

[]『二つのコリア』(ドン・オーバードーファー) 13:07

副題にある通り「国際政治の中の朝鮮半島」を描いた有名な本ですね。昨年、著者が亡くなった直後に出た第三版ではもうちょっと先までいっているようで須賀、この版では朴正熙時代からクリントン政権終了までを扱っています。

著者自身がアメリカ新聞記者であった*1こともあってか、朝鮮半島米国、特に米韓関係に主軸を置いた分析記述が中心になっています。

そこでいくと、米国韓国への影響力を行使してその(アクターの)「望ましくない」行動を変えられた場合(=政治学で言うところの「権力」を行使し得た場合)とそうでないものとの違いは、興味深いものが出てきます。例えば朴正熙による核開発や、全斗煥時代に焦点化した金大中処刑については、結果的米国意向が実現された*2半面、それぞれが維新体制なる強権政治を始めたり、クーデターを経て政権を握ったりという事態に対しては、米国は内心それをよく思ってはいないものの、「そんな政権を認めない」とまでは言うことができないんですね。これにはそれぞれに個別の事情が大きく作用しているでしょう。例えば金大中死刑執行については、「全斗煥はもともとレーガン訪韓との取引材料にしようとしていた」と著者は指摘していますし、そもそも核不拡散というのは米国外交における超重要課題です。加えて、その時々の米韓政権同士の兼ね合いもあります。

なのでなかなか一概に言うのは難しいとも思うので須賀、政権正統性や存否自体に関わる局面韓国アクターの「やったもの勝ち」が見られるのは、やはり南北対立という構造の影響が大きかったのでしょう。特に時代が下れば下るほど韓国側の優位が見えてくるわけなんで須賀、それでも米韓関係が決定的に壊れてしまうと北朝鮮が何を仕掛けてくるかわからない、という要因はあったわけで*3、どんなに気に入らなくても政権そのものをひっくり返すことはできなかったということなのでしょう。一方87年の民主化運動では、米国が強権的な鎮圧をしないよう望んだのはもちろん、韓国政権内部における判断も大きかったと理解すれば整合的な理解にはなると思います*4

重厚な本ではありま須賀、ジャーナリストの書くものらしく、総じて臨場感があって読みやすく文体も平易です。94年核危機でのカーター訪朝あたりが一つの見せ場ではありま須賀、個人的には朴正熙vsカーターのピリピリ首脳会談や同じカーター在韓米軍撤退計画の経過、これまた同じ朴正熙が「核開発に成功したらそれと引き換えに大統領を辞任する」と言ったとか言わないとかみたいな話の方が個人的には面白かったですね。単に自分がよく知らなかったというだけなのかもしれませんが。

*1:なので細かいことを言えば、著者がその時期どこで取材活動をしていたかによって、文章のトーンもやや違っているように感じられました。やはりソウルカバーしていた東京特派員時代記述の方が臨場感がある気がしますね

*2:核開発は中断され、後に大統領になる金大中はもちろん死刑を免れた

*3:実際にベトナム戦争後の北朝鮮が再度の南侵を企図していたことは『最後の天朝』(沈志華)にも詳しく出てきました

*4:書いてみればいかにも月並み見解ですねw

2016-12-16

[]親子の2016年11月読書「月間賞」 13:35

最近へばり気味でして、本を読む時間も気力もなければ、先月のことを翌月の下旬になって書くというような有様でございます。正直言って記憶も薄れつつあるので須賀、『最後の天朝』(沈志華)日本語で読めることが幸せと言えるくらいの、充実した中朝関係の本です。

長男はこれでしょうね。大好きな祖父母にもらって嬉しそうに読んでいました。

2016-12-15

[]長男言行録(2歳5カ月) 02:23

これはあるあるかもしれません。保育園までの登園路で、「信号が青になったら渡ろうね」と教えつつ待っていると、変わった瞬間にこう反撃されるようになりました。結構前にも「あれは何色?」と聞いたら「みどり」と返されたことはあるので須賀、最近は私が青だと呼ぶことが不愉快なんだろうかと思うくらい執拗に訂正してきます。まあ最近は私もふざけてわざとデタラメなことを言ったりもする*1ので、その一環だと思われているのかもしれませんね。確かに色としては緑なんですけど、いつから「あお」と言い出すのか出さないのか、その辺が興味深いですね(笑)

*1:分かっているのに私の鼻を指差して「これは?」と聞いてくるのでわざと「耳」とか言うと訂正される

2016-11-20

[]『国際政治のなかの韓国現代史』(m9木宮正史)…と崔順実起訴 13:36

国際政治のなかの韓国現代史

国際政治のなかの韓国現代史

一度読んだ本ではありま須賀、直前に北朝鮮に関するものを読んだ流れや、実際に現地に行くことになっていたこともあり、おさらいしてみました。

韓国政治・経済・(対北関係を中心とした)国際関係構造的に捉えていて、理屈として分かりやすかったです。その一方、やや詰め込み過ぎな印象は受けましたけどね*1。あと、朴正熙自身が北朝鮮に対してある種の「平和体制競争」を呼び掛けていた点も踏まえれば、前回ほど「体制競争」の考え方を批判的に見なくてもいいのかなという気はしました。

今まさに、彼の娘である朴槿恵大統領が諸々の疑惑政治的窮地に陥り、先週末にはソウルで「1987年以来最大の抗議デモ」も開かれました。この本の議論の続きでいくと、大統領の裏で青瓦台を牛耳っている輩がいて、そいつの金銭不正の片棒を大統領自身が担いでいる、となれば韓国社会で高まっている政治不信極致に至るのはむしろ自然でしょう。しかしその一方で、期待に背いた政権懲罰を与えるという意味で言えば、それこそ1987年以来初めて、選挙を待たない市民の直接的な政治参加政権交代を生む可能性もあるわけです。大統領としては辞めれば訴追されることは目に見えているわけですから、簡単には慧めたりはしないでしょうけども、現在が韓国現代史における超重大局面であることは間違いなさそうです。

朴大統領も「共謀関係」…韓国検察、友人ら起訴

ソウル宮崎健雄】韓国検察は20日、朴槿恵(パククネ)大統領の友人、崔順実(チェスンシル)容疑者(60)の国政介入疑惑を巡り、崔容疑者大統領府の前政策調整首席秘書官の安鍾範(アンジョンボム)容疑者(57)、前付属秘書官のチョン・ホソン容疑者の3人を職権乱用や公務上秘密漏えいなどの罪で起訴したと発表した。

検察幹部記者会見で、朴氏も「いままで確保された証拠資料根拠に、3容疑者犯罪事実と関連して、相当部分が共謀関係にあると判断した」と述べ、引き続き捜査を進める意向を示した。今後、退陣圧力が強まるのは必至だ。ただ、検察幹部は「憲法規定大統領起訴できない」とも述べた。(11月20日読売新聞)

*1:もっと長々説明しても悪くなかったんじゃないの?という意味

2016-11-13 ソウル男旅三日目・慰安婦像

「建て替え中」の日本大使館を見つめる

[][][]2歳児とソウル男旅〜三日目・慰安婦像デモに参加? 16:13

日本大使館慰安婦像

遅く起きた朝は

三日目、つまり最終日はみんな揃って寝坊をかまし、チェックアウトはギリギリの午前11時。弾丸旅行寝坊なんてもったいない!というご意見は至極尤もではあるので須賀、旅行中の時間を好きに過ごす*1というのも楽しみの一つだと思っています。逆説的かもしれませんが、これは子供と一緒に旅行するようになって、目一杯観光して回ることができなくなったからこそ至った心境かもしれません。独身で1人旅をしていた頃の私なら、確実にこんなことは言わないでしょうし、しないでしょう。

さて、この日のフライトは午後4時前です。常識的に考えれば、どんなに遅くとも午後2時までには仁川空港に戻っていないといけない。なのでそもそも遠出や時間のかかることはできない、と弱気な意味で高をくくっていたわけなので須賀、一つだけ、今回の旅行でしておきたいことを残しておきました。それは、日本大使館前にある慰安婦象徴する少女像(いわゆる「慰安婦像」)を見てくることです。

有名なこの像についてごちゃごちゃ説明することは避けま須賀、日本政府に関する政治的メッセージを含むものがその在外公館の真向かいに設置されることは、その威厳の侵害防止を定めたウィーン条約違反するとの指摘もあり、現に日本政府はその立場をとっています。私としても、像そのものというよりはそれが存在する空間全体の雰囲気をちょっと見てきたい。そんな考えで日程に組み込んだのでした。

慰安婦像を探せ!

地下鉄景福宮駅前で降り、光化門を通り過ぎて東へ。

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近くの公園では法輪功をやっている人達がいました。てっきり近くに中国大使館でもあるのかなと思ったら違うんですね。その先にあるこちらのツインタワーに、日本大使館が入っています。

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ちなみにこれは昨年7月、「老朽化による建て替えのために一時的移転された」ものとされており、それより前に設置された慰安婦像はもとの場所に「残されて」います。迂闊なことにその辺の経緯(移転前はどこにあったか)を十分確認しないままに出発してしまったために、時間のない中で隣の安国駅にある日本大使館公報文化院を見に回る羽目になってしまったので須賀、結局、現大使館のすぐ近くにかつての敷地があると分かり*2、慌ててそこまで舞い戻ります。

よく見るとテントのようなものが建っていて、何やら写真を撮っていますね。

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ありましたありました。これです。

昨年末の日韓合意で、この像について韓国側が「適切に対処する」ことを約束するなど撤去に向けた動きもあることを受け、それに反対する学生たちが座り込みをしているそうで、恐らく彼らはそのメンバーなのでしょう。私達の姿を見ると「picture?」と写真撮影のための場所を空けてくれました。日本でも有名な像になりましたので、見に来る日本人も多いのでしょうか。

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白い壁に囲まれているのがかつての敷地のようで、だとするとまさに、正対してじっと見据えているように見えます。

「逃げる」日本大使館

ちなみにこの壁の内側で何が行われているか、ということも物議を醸しているそうです。今年1月敷地内から朝鮮王朝時代建物の遺構らしきものが発見されたと報じられ、また5月には、掘った土を埋め戻している(=建て替え工事を中断した)との指摘も出ました。つまりそれは、日本側はこの場所に再び日本大使館を建て直すつもりがないということを意味しており、さらに言えば、その真の意図韓国側が動かしてくれない慰安婦像から「逃げる」ことにあるのではないか、とまで言われているようなのです。

そもそもこの辺は景福宮の目と鼻の先ですので、何かしらの遺構が出てくるのはむしろ当然のことのような気がしま須賀*3、両政府意図を含めて、今後どうなっていくのか気になりますね。日韓政府ともに相手との関係を安定させたいが、「相手に譲歩した」という国内の反発も避けたい。そういう局面において、「相手への譲歩」と見なされるに違いない「像の撤去」をせずに「像が在外公館の威厳を損ねる」状況を解消する方法として、純粋に論理的には成り立ちうる解ではあります。ただ、もしこれが日本政府の主張するようにウィーン条約上の問題であるとするならば、その趣旨からすればどちら側にその状況を解消する責任があるかは明らかであり、その点転倒した解決策だと言わざるを得ないでしょう。もっと言うなら、もし日本大使館が今ある像の視線から逃げおおせたとしても、移転*4韓国内外の別の在外日本公館前に同様の像がつくられる可能性は否定できません。むしろ、「日本慰安婦問題から逃げた」と見なされれば、その可能性は高まるでしょう。日韓基本条約をその名の通り基本にしつつも、従軍慰安婦問題根本的・人道的な解決を目指すことが重要なのであって、「像からも問題からも逃げる」という姿勢は取らないでほしいものです。

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あ、あと一つ。少女像の左胸の辺りにシールが貼られていますね。ちょっと飾り文字っぽくて分かりにくいので須賀、「朴槿恵退陣」と書いてあるようです。彼女も昨晩のデモに参加したのでしょうか。というのはともかく、保守政権批判日本批判韓国では親和的な主張とされていますので、これも偶然のことではないのでしょう。

巻きで帰国

この先はちょっと急ぎましょう。昼食はサムゲタンという了解はありまして、近場に「盧武鉉大統領御用達」だった店があるとのことでタクシーで向かったので須賀、「この先だよ」と降ろされたところが結構違っていたので時間の都合上断念。12時半ごろに近場の食堂に駆け込み、冷麺やらおこげお粥やらをいただきました。どちらも優しい味でおいしかったです。

しかし実は、堪能している余裕もあまりないんですね。食べ終えた時点でフライト3時間前。シビレル展開、というよりも、非常事態に近いかもしれません。「帰りはA’REXの特急に乗ろうか」なんて話していたので須賀、ここはやむなく再びタクシーへ。「仁川空港へ」と言った口調から危機感を読み取ってくれたのか、本当にちょうど1時間空港着(約48000ウォン)。空港では長男も一安心したのか、おむつ替えの機会もありました。これは外でやるのは特に大変なので須賀、便秘気味であることの心配の方が冗談抜きで100倍大きいので、この時は正直ちょっと安心しました。まあおかげでお土産が買えなかったんですけど、韓国空港土産物屋はアホみたいに高い*5ので、時間があってもなくても同じだったと思っています。

最後は行程も記述も慌ただしくなりましたが、男3人、無事こうして機中の人となることができました。

糸冬

あとがき

いきなりの池上批判

「週末ソウル!」とか言いながら、結局見に行ったのは朴槿恵退陣デモ日本大使館前慰安婦像という極めて政治的に「刺激的な旅」(友人談)になってしまいました。2日目は水原の代わりに江華島という案もあったので、そうなっていればますますその度合いを増したかもしれません。

同じようなことを2回言っても仕方がないので、補足的に一つだけ。先日、たまたま職場で見たテレビ番組池上彰氏が出ていて、昨今の韓国情勢を扱っていました。その番組では、韓国デモがここまで盛り上がっているのは、歴史的に何度もデモが繰り返された結果、民主化が実現したという「成功体験」があるからで、二匹目のどじょうを狙う市民の態度は民主主義国家として未成熟である、と「解説」されていました。

これを聞いて笑ってしまったので須賀、もし前日の該当箇所をご覧いただければ分かるように、「デモ大規模化した理由」についてこの「解説」と私の考えは完全に一致しているにもかかわらず、そのことへの評価はほぼ真逆になっています。韓国デモは狙った大統領の首を取りつつあるようで須賀、不正疑惑に怒った市民が街頭デモを繰り広げて大統領退陣させられる国と、違憲の疑いもあり反対意見が強かった法案与党が力任せで通してしまった上、ロクに審議をしないままの強行採決が繰り返される国のどちらが民主主義国家として未成熟であるかについて、私は争う余地はないと思います。内心の自由があり、それを表現する自由があり、どんな政治を望むか、どんな政治的判断をなすべきかという議論がある上に代議制民主主義制度が乗っかっているのであって、言うなれば市民世論や直接行動も政治制度に組み込まれています。もし制度上の政治過程に乗っていないものは未熟だと言うなら、それは民主主義に対する無理解を告白するようなものであって、以前「官邸デモテロリスト」云々と発言した与党政治家と大差ありません。池上彰氏が頓珍漢なことを言っているのを見るのは初めてではないのでもうこの辺でやめておきま須賀、これについて問題にすべきは日本の方である気がします。

己の欲する所…

話がずいぶん逸れてしまいましたが、帰ってきた夜の話をしましょう。

私と長男は、同じく帰宅途中だった細君と家のすぐ近くで落ち合え*6長男は無事、明洞で買ってきたお土産をママに手渡すことができました。

寝かしつけている時のことです。いつも最低30分はかかる難事業で、この日もなだめすかしつつ目を閉じさせていたので須賀、本当に寝付く直前、細目を開けて私を見つけると、こう言ったのです。

「パパとりょこう、たのしかったよ」

旅行」などという言葉を使えたのは多分、直前にパパとママに何度もそう聞かれたからなのでしょう。行かなかった細君が気にするのは自然なことで生姜、何せ「刺激的な」旅でしたので、私も不安になって聞いてしまいました。それでも、本当にそれだけ言ってスースー寝息を立て始めるなんて、まるで作り話のように感じられましたし、よくない言い方かもしれませんが、ある種の免罪符を得たような気持ちでした。願わくば次は、そもそも免罪符をもらわずに済むように、より長男も楽しめる旅行を心がけたいものです。ありがとう、たのしかったよ。

そして細君。私と長男がいない間に、1人ならではの時間を過ごせたというのはその通りのようで、美容院に行ってエステに行って…なんて話を楽しそうに聞かせてくれました。ただ、私が想像したほど「1人だヤッホー!!」的な心情でもなかったようで、こちらが見聞きしたものや食べたものを、写真を見せながら説明する度にこう言われました。

「今度は一緒に行こうね」

私自身が1人でいるのが大好きなので、細君もきっと喜んでくれるだろう。そう思っていたので須賀、やはりそんなに単純なものではありませんでした。己の欲する所を人に施せばいいわけではない。旅行の主目的はあくまでも自分が遊びに行くことだったわけですけども、若干思い違いの部分があったことも分かりました。

これで終わりにしましょう。最後に述べるべきは、間違いなく一緒してくれた友人への感謝です。いろんな局面で手を貸してくれたのも非常に助かりましたが、一番助かったのは、一緒にいてくれたことだと思っています。「子供と2人だけではない」ということがいかに精神的に楽か、本当に思い知らされました。野郎2人と幼児海外なんて、この人たち一体どういう関係なんだろうという反響もあったかと思いま須賀(笑)、まあ酒もちょびちょび飲めたし、このメンツで行けて楽しかったです。ありがとうございました。

毎度のことながら、長々と駄文を晒し失礼をばいたしました。今は未定で須賀、またどこかに行く機会があれば性懲りもなく書き始めることと思います。では!

(2016年12月5日 午後4時、自宅書斎にて)

*1:したいだけ夜更かしして酒を飲む!

*2:友人が「慰安婦像」と地図検索したらすぐ出てきたそうですw

*3京都御所の近くを掘れば、恐らくどこかの時代の何らかの遺物が出てくるでしょう

*4ツインタワーが複数国大使館の入居する「雑居ビル」である点は、巧妙な策ではあると思いますけれども

*5仁川金浦済州と揃いも揃ってそうだったので、こう言い切ってしまっていいと思います

*6:別に合流したって家に帰るだけなんで須賀