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2017-01-17

[]『ヨーロッパ政治』(篠原一00:11

ヨーロッパの政治―歴史政治学試論

ヨーロッパの政治―歴史政治学試論

実に10年ぶりに再読しました。ただのヨーロッパ政治史ではなく、政治学視点からそれを再構成していくという説明の仕方は、やはり純粋に読んでいて面白かったです。

それはダールのポリアーキーはもちろん、政治発展における危機政治変動についてなど、再構成のための「道具立て」がしっかりしていればこそだと思いま須賀、一方で図式的すぎるという批判もあり得るでしょう*1。その意味では、肉を切ってみてそのナイフの方の切れ味を確かめるような営為を重ねていく必要があるのだと思います。その点この本では、時代的にも地理的にも「食材」が豊富なので、そこも含めて楽しめました。

最後に一つだけ言うなら、この本で示された「食器」で和食中華料理も食べることができるのか、その点も興味が湧きましたね。

*1:例えば「権力真空状態はともかく、「権力喪失」が段階論としてでなくそれそのもの意味として何を指すのか、ちょっとはっきりしない用法もあるように感じました

2017-01-14

[]親子の2016年12月読書「月間賞」 12:20

前月の流れでいけば『二つのコリア』(ドン・オーバードーファー) を挙げるのが穏当な気もしますし、その価値も十分ある本なので須賀、あえて『草枕』(夏目漱石)にします。

理由は何と申しましょうか、年末にわたって結構精神的にささくれ立っていたんで須賀、この本を読んでいるうちに何となく気持ちが落ち着いてきたというか、元気が出てきた気がするので、たまにはそういう基準で選んでみました。

おさるのジョージ アイスクリームだいすき

おさるのジョージ アイスクリームだいすき

長男はこれ。実はこの月はあまり本を読んであげられなくて、細君の推薦で決めたので須賀、確かにこの本は私でも読んであげたことがありました。

今年もこんな調子で書いていこうかと思います。

[]PPAPP/長男言行録(2歳6カ月) 12:35

  • りんごはね、アポーペンっていうんだよ」

こちらもたまには流行りもので。

D

たまたま何かの機会にyoutubeで見せたことがあるので須賀、それ以来テレビで見る度に「アポーペンだよ!」と嬉しそうに言うようになりました。リンゴと結び付けて理解できたのは、恐らく保育園英語コーナーで聞きかじったからなのでしょう。ただ、リンゴが「アポーペン」だと最後にくっつけた時に「P」が一個多くなってしまいますけどねww

そう言えば最近はトランプ次期米大統領にも興味があるようで、彼が映ると「だいとうりょうだよ!」と母親に教えてあげるのだそうです。彼のモノマネにも反応したそうで須賀、まだあと一週間弱はあるわけで、ちょっとオバマさんが気の毒です。

2016-12-31

[]『草枕』(夏目漱石23:59

草枕 (1950年) (新潮文庫)

草枕 (1950年) (新潮文庫)

冒頭部の「智に働けば角が立つ」で有名な漱石初期の作品です。その文学論的な意味合いや、非常にゆっくりとした、というかあってないようなストーリー展開*1に著者が込めたろう意図については巻末にある江藤淳柄谷行人先生解説に譲るとして、やはりこの作品の最大の特徴は、和漢洋の教養裏付けられた絢爛たる語彙だろうと思います。柄谷行人曰く「過剰に言葉を持っていた」漱石が、『楚辞』を読み返した後に書いたものだそうで、その都度「こんな日本語があるのか」と感心させられながら読み進めました。

でも個人的にはそういうある種の言葉遊び的なところとか、嫌味かも知れないけれどもペダンなところは嫌いではないです。これはこの作品に限らず、私が断片的に受容した漱石から受けている印象なので須賀、大抵そうした漱石主人公たちは今で言うニートだったり、社会的うだつの上がらない地位だったりしながらも、それでも気位は失わずに、かつ偉ぶるわけでなく知的に誠実に悩み抜こうとしているように見えます。それを自分に重ねているつもりはあまりありませんし、あまりそういうことをする意味も感じないんですけれども、気位、あるいは精神的向上心を失わずにいればまだまだ楽しく頑張っていけるんじゃないかと思わせてくれます。

漱石没後100年の年が暮れる直前に、酒に酔って書いてしまいましたが、少なくとも私はこの『草枕』から元気をもらった気がします。

*1主人公が「非人情」と称して英語文学作品デタラメなページから読み始める一節などは象徴的です

2016-12-21

[]『二つのコリア』(ドン・オーバードーファー) 13:07

副題にある通り「国際政治の中の朝鮮半島」を描いた有名な本ですね。昨年、著者が亡くなった直後に出た第三版ではもうちょっと先までいっているようで須賀、この版では朴正熙時代からクリントン政権終了までを扱っています。

著者自身がアメリカ新聞記者であった*1こともあってか、朝鮮半島米国、特に米韓関係に主軸を置いた分析記述が中心になっています。

そこでいくと、米国韓国への影響力を行使してその(アクターの)「望ましくない」行動を変えられた場合(=政治学で言うところの「権力」を行使し得た場合)とそうでないものとの違いは、興味深いものが出てきます。例えば朴正熙による核開発や、全斗煥時代に焦点化した金大中処刑については、結果的米国意向が実現された*2半面、それぞれが維新体制なる強権政治を始めたり、クーデターを経て政権を握ったりという事態に対しては、米国は内心それをよく思ってはいないものの、「そんな政権を認めない」とまでは言うことができないんですね。これにはそれぞれに個別の事情が大きく作用しているでしょう。例えば金大中死刑執行については、「全斗煥はもともとレーガン訪韓との取引材料にしようとしていた」と著者は指摘していますし、そもそも核不拡散というのは米国外交における超重要課題です。加えて、その時々の米韓政権同士の兼ね合いもあります。

なのでなかなか一概に言うのは難しいとも思うので須賀、政権正統性や存否自体に関わる局面韓国アクターの「やったもの勝ち」が見られるのは、やはり南北対立という構造の影響が大きかったのでしょう。特に時代が下れば下るほど韓国側の優位が見えてくるわけなんで須賀、それでも米韓関係が決定的に壊れてしまうと北朝鮮が何を仕掛けてくるかわからない、という要因はあったわけで*3、どんなに気に入らなくても政権そのものをひっくり返すことはできなかったということなのでしょう。一方87年の民主化運動では、米国が強権的な鎮圧をしないよう望んだのはもちろん、韓国政権内部における判断も大きかったと理解すれば整合的な理解にはなると思います*4

重厚な本ではありま須賀、ジャーナリストの書くものらしく、総じて臨場感があって読みやすく文体も平易です。94年核危機でのカーター訪朝あたりが一つの見せ場ではありま須賀、個人的には朴正熙vsカーターのピリピリ首脳会談や同じカーター在韓米軍撤退計画の経過、これまた同じ朴正熙が「核開発に成功したらそれと引き換えに大統領を辞任する」と言ったとか言わないとかみたいな話の方が個人的には面白かったですね。単に自分がよく知らなかったというだけなのかもしれませんが。

*1:なので細かいことを言えば、著者がその時期どこで取材活動をしていたかによって、文章のトーンもやや違っているように感じられました。やはりソウルカバーしていた東京特派員時代記述の方が臨場感がある気がしますね

*2:核開発は中断され、後に大統領になる金大中はもちろん死刑を免れた

*3:実際にベトナム戦争後の北朝鮮が再度の南侵を企図していたことは『最後の天朝』(沈志華)にも詳しく出てきました

*4:書いてみればいかにも月並み見解ですねw

2016-12-16

[]親子の2016年11月読書「月間賞」 13:35

最近へばり気味でして、本を読む時間も気力もなければ、先月のことを翌月の下旬になって書くというような有様でございます。正直言って記憶も薄れつつあるので須賀、『最後の天朝』(沈志華)日本語で読めることが幸せと言えるくらいの、充実した中朝関係の本です。

長男はこれでしょうね。大好きな祖父母にもらって嬉しそうに読んでいました。

2016-12-15

[]長男言行録(2歳5カ月) 02:23

これはあるあるかもしれません。保育園までの登園路で、「信号が青になったら渡ろうね」と教えつつ待っていると、変わった瞬間にこう反撃されるようになりました。結構前にも「あれは何色?」と聞いたら「みどり」と返されたことはあるので須賀、最近は私が青だと呼ぶことが不愉快なんだろうかと思うくらい執拗に訂正してきます。まあ最近は私もふざけてわざとデタラメなことを言ったりもする*1ので、その一環だと思われているのかもしれませんね。確かに色としては緑なんですけど、いつから「あお」と言い出すのか出さないのか、その辺が興味深いですね(笑)

*1:分かっているのに私の鼻を指差して「これは?」と聞いてくるのでわざと「耳」とか言うと訂正される

2016-11-20

[]『国際政治のなかの韓国現代史』(m9木宮正史)…と崔順実起訴 13:36

国際政治のなかの韓国現代史

国際政治のなかの韓国現代史

一度読んだ本ではありま須賀、直前に北朝鮮に関するものを読んだ流れや、実際に現地に行くことになっていたこともあり、おさらいしてみました。

韓国政治・経済・(対北関係を中心とした)国際関係構造的に捉えていて、理屈として分かりやすかったです。その一方、やや詰め込み過ぎな印象は受けましたけどね*1。あと、朴正熙自身が北朝鮮に対してある種の「平和体制競争」を呼び掛けていた点も踏まえれば、前回ほど「体制競争」の考え方を批判的に見なくてもいいのかなという気はしました。

今まさに、彼の娘である朴槿恵大統領が諸々の疑惑政治的窮地に陥り、先週末にはソウルで「1987年以来最大の抗議デモ」も開かれました。この本の議論の続きでいくと、大統領の裏で青瓦台を牛耳っている輩がいて、そいつの金銭不正の片棒を大統領自身が担いでいる、となれば韓国社会で高まっている政治不信極致に至るのはむしろ自然でしょう。しかしその一方で、期待に背いた政権に懲罰を与えるという意味で言えば、それこそ1987年以来初めて、選挙を待たない市民の直接的な政治参加政権交代を生む可能性もあるわけです。大統領としては辞めれば訴追されることは目に見えているわけですから、簡単には慧めたりはしないでしょうけども、現在が韓国現代史における超重大局面であることは間違いなさそうです。

朴大統領も「共謀関係」…韓国検察、友人ら起訴

ソウル宮崎健雄】韓国検察は20日、朴槿恵(パククネ)大統領の友人、崔順実(チェスンシル)容疑者(60)の国政介入疑惑を巡り、崔容疑者大統領府の前政策調整首席秘書官の安鍾範(アンジョンボム)容疑者(57)、前付属秘書官のチョン・ホソン容疑者の3人を職権乱用公務秘密漏えいなどの罪で起訴したと発表した。

検察幹部記者会見で、朴氏も「いままで確保された証拠資料根拠に、3容疑者犯罪事実と関連して、相当部分が共謀関係にあると判断した」と述べ、引き続き捜査を進める意向を示した。今後、退陣圧力が強まるのは必至だ。ただ、検察幹部は「憲法規定大統領起訴できない」とも述べた。(11月20日読売新聞)

*1:もっと長々説明しても悪くなかったんじゃないの?という意味

2016-11-13 ソウル男旅三日目・慰安婦像

「建て替え中」の日本大使館を見つめる

[][][]2歳児とソウル男旅〜三日目・慰安婦像デモに参加? 16:13

日本大使館慰安婦像

遅く起きた朝は

三日目、つまり最終日はみんな揃って寝坊をかまし、チェックアウトはギリギリの午前11時。弾丸旅行寝坊なんてもったいない!というご意見は至極尤もではあるので須賀、旅行中の時間を好きに過ごす*1というのも楽しみの一つだと思っています。逆説的かもしれませんが、これは子供と一緒に旅行するようになって、目一杯観光して回ることができなくなったからこそ至った心境かもしれません。独身で1人旅をしていた頃の私なら、確実にこんなことは言わないでしょうし、しないでしょう。

さて、この日のフライトは午後4時前です。常識的に考えれば、どんなに遅くとも午後2時までには仁川空港に戻っていないといけない。なのでそもそも遠出や時間のかかることはできない、と弱気な意味で高をくくっていたわけなので須賀、一つだけ、今回の旅行でしておきたいことを残しておきました。それは、日本大使館前にある慰安婦象徴する少女像(いわゆる「慰安婦像」)を見てくることです。

有名なこの像についてごちゃごちゃ説明することは避けま須賀、日本政府に関する政治的メッセージを含むものがその在外公館の真向かいに設置されることは、その威厳の侵害防止を定めたウィーン条約違反するとの指摘もあり、現に日本政府はその立場をとっています。私としても、像そのものというよりはそれが存在する空間全体の雰囲気をちょっと見てきたい。そんな考えで日程に組み込んだのでした。

慰安婦像を探せ!

地下鉄景福宮駅前で降り、光化門を通り過ぎて東へ。

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近くの公園では法輪功をやっている人達がいました。てっきり近くに中国大使館でもあるのかなと思ったら違うんですね。その先にあるこちらのツインタワーに、日本大使館が入っています。

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ちなみにこれは昨年7月、「老朽化による建て替えのために一時的移転された」ものとされており、それより前に設置された慰安婦像はもとの場所に「残されて」います。迂闊なことにその辺の経緯(移転前はどこにあったか)を十分確認しないままに出発してしまったために、時間のない中で隣の安国駅にある日本大使館公報文化院を見に回る羽目になってしまったので須賀、結局、現大使館のすぐ近くにかつての敷地があると分かり*2、慌ててそこまで舞い戻ります。

よく見るとテントのようなものが建っていて、何やら写真を撮っていますね。

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ありましたありました。これです。

昨年末の日韓合意で、この像について韓国側が「適切に対処する」ことを約束するなど撤去に向けた動きもあることを受け、それに反対する学生たちが座り込みをしているそうで、恐らく彼らはそのメンバーなのでしょう。私達の姿を見ると「picture?」と写真撮影のための場所を空けてくれました。日本でも有名な像になりましたので、見に来る日本人も多いのでしょうか。

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白い壁に囲まれているのがかつての敷地のようで、だとするとまさに、正対してじっと見据えているように見えます。

「逃げる」日本大使館

ちなみにこの壁の内側で何が行われているか、ということも物議を醸しているそうです。今年1月敷地内から朝鮮王朝時代建物の遺構らしきものが発見されたと報じられ、また5月には、掘った土を埋め戻している(=建て替え工事を中断した)との指摘も出ました。つまりそれは、日本側はこの場所に再び日本大使館を建て直すつもりがないということを意味しており、さらに言えば、その真の意図韓国側が動かしてくれない慰安婦像から「逃げる」ことにあるのではないか、とまで言われているようなのです。

そもそもこの辺は景福宮の目と鼻の先ですので、何かしらの遺構が出てくるのはむしろ当然のことのような気がしま須賀*3、両政府意図を含めて、今後どうなっていくのか気になりますね。日韓政府ともに相手との関係を安定させたいが、「相手に譲歩した」という国内の反発も避けたい。そういう局面において、「相手への譲歩」と見なされるに違いない「像の撤去」をせずに「像が在外公館の威厳を損ねる」状況を解消する方法として、純粋に論理的には成り立ちうる解ではあります。ただ、もしこれが日本政府の主張するようにウィーン条約上の問題であるとするならば、その趣旨からすればどちら側にその状況を解消する責任があるかは明らかであり、その点転倒した解決策だと言わざるを得ないでしょう。もっと言うなら、もし日本大使館が今ある像の視線から逃げおおせたとしても、移転*4韓国内外の別の在外日本公館前に同様の像がつくられる可能性は否定できません。むしろ、「日本慰安婦問題から逃げた」と見なされれば、その可能性は高まるでしょう。日韓基本条約をその名の通り基本にしつつも、従軍慰安婦問題根本的・人道的な解決を目指すことが重要なのであって、「像からも問題からも逃げる」という姿勢は取らないでほしいものです。

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あ、あと一つ。少女像の左胸の辺りにシールが貼られていますね。ちょっと飾り文字っぽくて分かりにくいので須賀、「朴槿恵退陣」と書いてあるようです。彼女も昨晩のデモに参加したのでしょうか。というのはともかく、保守政権批判日本批判韓国では親和的な主張とされていますので、これも偶然のことではないのでしょう。

巻きで帰国

この先はちょっと急ぎましょう。昼食はサムゲタンという了解はありまして、近場に「盧武鉉大統領御用達」だった店があるとのことでタクシーで向かったので須賀、「この先だよ」と降ろされたところが結構違っていたので時間の都合上断念。12時半ごろに近場の食堂に駆け込み、冷麺やらおこげお粥やらをいただきました。どちらも優しい味でおいしかったです。

しかし実は、堪能している余裕もあまりないんですね。食べ終えた時点でフライト3時間前。シビレル展開、というよりも、非常事態に近いかもしれません。「帰りはA’REXの特急に乗ろうか」なんて話していたので須賀、ここはやむなく再びタクシーへ。「仁川空港へ」と言った口調から危機感を読み取ってくれたのか、本当にちょうど1時間空港着(約48000ウォン)。空港では長男も一安心したのか、おむつ替えの機会もありました。これは外でやるのは特に大変なので須賀、便秘気味であることの心配の方が冗談抜きで100倍大きいので、この時は正直ちょっと安心しました。まあおかげでお土産が買えなかったんですけど、韓国空港土産物屋はアホみたいに高い*5ので、時間があってもなくても同じだったと思っています。

最後は行程も記述も慌ただしくなりましたが、男3人、無事こうして機中の人となることができました。

糸冬

あとがき

いきなりの池上批判

「週末ソウル!」とか言いながら、結局見に行ったのは朴槿恵退陣デモ日本大使館前慰安婦像という極めて政治的に「刺激的な旅」(友人談)になってしまいました。2日目は水原の代わりに江華島という案もあったので、そうなっていればますますその度合いを増したかもしれません。

同じようなことを2回言っても仕方がないので、補足的に一つだけ。先日、たまたま職場で見たテレビ番組池上彰氏が出ていて、昨今の韓国情勢を扱っていました。その番組では、韓国デモがここまで盛り上がっているのは、歴史的に何度もデモが繰り返された結果、民主化が実現したという「成功体験」があるからで、二匹目のどじょうを狙う市民の態度は民主主義国家として未成熟である、と「解説」されていました。

これを聞いて笑ってしまったので須賀、もし前日の該当箇所をご覧いただければ分かるように、「デモ大規模化した理由」についてこの「解説」と私の考えは完全に一致しているにもかかわらず、そのことへの評価はほぼ真逆になっています。韓国デモは狙った大統領の首を取りつつあるようで須賀、不正疑惑に怒った市民が街頭デモを繰り広げて大統領退陣させられる国と、違憲の疑いもあり反対意見が強かった法案与党が力任せで通してしまった上、ロクに審議をしないままの強行採決が繰り返される国のどちらが民主主義国家として未成熟であるかについて、私は争う余地はないと思います。内心の自由があり、それを表現する自由があり、どんな政治を望むか、どんな政治的判断をなすべきかという議論がある上に代議制民主主義制度が乗っかっているのであって、言うなれば市民世論や直接行動も政治制度に組み込まれています。もし制度上の政治過程に乗っていないものは未熟だと言うなら、それは民主主義に対する無理解を告白するようなものであって、以前「官邸デモテロリスト」云々と発言した与党政治家と大差ありません。池上彰氏が頓珍漢なことを言っているのを見るのは初めてではないのでもうこの辺でやめておきま須賀、これについて問題にすべきは日本の方である気がします。

己の欲する所…

話がずいぶん逸れてしまいましたが、帰ってきた夜の話をしましょう。

私と長男は、同じく帰宅途中だった細君と家のすぐ近くで落ち合え*6長男は無事、明洞で買ってきたお土産をママに手渡すことができました。

寝かしつけている時のことです。いつも最低30分はかかる難事業で、この日もなだめすかしつつ目を閉じさせていたので須賀、本当に寝付く直前、細目を開けて私を見つけると、こう言ったのです。

「パパとりょこう、たのしかったよ」

旅行」などという言葉を使えたのは多分、直前にパパとママに何度もそう聞かれたからなのでしょう。行かなかった細君が気にするのは自然なことで生姜、何せ「刺激的な」旅でしたので、私も不安になって聞いてしまいました。それでも、本当にそれだけ言ってスースー寝息を立て始めるなんて、まるで作り話のように感じられましたし、よくない言い方かもしれませんが、ある種の免罪符を得たような気持ちでした。願わくば次は、そもそも免罪符をもらわずに済むように、より長男も楽しめる旅行を心がけたいものです。ありがとう、たのしかったよ。

そして細君。私と長男がいない間に、1人ならではの時間を過ごせたというのはその通りのようで、美容院に行ってエステに行って…なんて話を楽しそうに聞かせてくれました。ただ、私が想像したほど「1人だヤッホー!!」的な心情でもなかったようで、こちらが見聞きしたものや食べたものを、写真を見せながら説明する度にこう言われました。

「今度は一緒に行こうね」

私自身が1人でいるのが大好きなので、細君もきっと喜んでくれるだろう。そう思っていたので須賀、やはりそんなに単純なものではありませんでした。己の欲する所を人に施せばいいわけではない。旅行の主目的はあくまでも自分が遊びに行くことだったわけですけども、若干思い違いの部分があったことも分かりました。

これで終わりにしましょう。最後に述べるべきは、間違いなく一緒してくれた友人への感謝です。いろんな局面で手を貸してくれたのも非常に助かりましたが、一番助かったのは、一緒にいてくれたことだと思っています。「子供と2人だけではない」ということがいかに精神的に楽か、本当に思い知らされました。野郎2人と幼児海外なんて、この人たち一体どういう関係なんだろうという反響もあったかと思いま須賀(笑)、まあ酒もちょびちょび飲めたし、このメンツで行けて楽しかったです。ありがとうございました。

毎度のことながら、長々と駄文を晒し失礼をばいたしました。今は未定で須賀、またどこかに行く機会があれば性懲りもなく書き始めることと思います。では!

(2016年12月5日 午後4時、自宅書斎にて)

*1:したいだけ夜更かしして酒を飲む!

*2:友人が「慰安婦像」と地図検索したらすぐ出てきたそうですw

*3京都御所の近くを掘れば、恐らくどこかの時代の何らかの遺物が出てくるでしょう

*4ツインタワー複数大使館の入居する「雑居ビル」である点は、巧妙な策ではあると思いますけれども

*5仁川金浦済州と揃いも揃ってそうだったので、こう言い切ってしまっていいと思います

*6:別に合流したって家に帰るだけなんで須賀

2016-11-12 ソウル男旅二日目・大規模デモ

ろうそくを手に帰路につく若い男女

[][][]2歳児とソウル男旅〜二日目・大規模デモに出くわす 15:50

幻の都・水原

1年ぶりの父の手料理

2日目の朝は午前8時過ぎに起床。長男は6時頃に目を覚ましたので須賀、部屋が暗かったのをいいことに「まだ起きる時間じゃないよ」と半ば強引に説き伏せて二度寝していただきました。なんとか2人でシャワーを浴びて食堂へ。食堂といっても、ラウンジトーストやら生卵やら調理器具やらがあって「ご自由にお使いください」というゲストハウスならではのスタイル。私自身1年以上ぶりであろう料理としてスクランブルエッグを作ってあげるべく奮闘していたので須賀、長男はその間に、他の部屋の宿泊者からチョコをたっぷり塗ったトーストをもらってもぐもぐ食べていました*1。途中まで女の子と間違えられていましたが、飲むヨーグルトももらえて上機嫌な長男。「バイリンガル」と称する保育園学習コーナーで習った「Thank you」が、ここでも役に立ちました。ただ、何かしてもらったときに「ありがとう」と言うべき相手なのか(「ありがとう」より通じる可能性が高い言葉として)「Thank you」と言うべき相手なのか、つまり相手日本語話者であるかどうかの弁別は、少なくとも行動に結びついてはいないようでした。

イボミの故郷を訪ねて

さて、そろそろ宿を出ましょう。何だかんだで10時半を過ぎてしまいました。この日目指すのは、ソウルの南約35キロにある水原です。幻の都城跡である世界遺産・華城とカルビで知られる街です。あと、ゴルフを知りも嗜みもしない私ですら知っている女子ゴルフ選手・イボミの出身地なんだそうです。最後のはともかく(笑)、そんな水原の魅力を日帰りで堪能してきてしまおうと、ベビーカーを押して街に繰り出します。

ソウルから水原へは、ソウル駅発の特急電車を利用するのが便利とされています(30分ほど)。ソウル駅も遠くないのでそれでもよかったので須賀、宿の目の前にある鐘路3街駅から地下鉄1号線に乗れば、そのソウル駅を通り過ぎて直通で水原まで行くこともできます(ただし所要1時間ほど)。特急にも興味があったので須賀、またソウル駅の煩雑な乗り換えでベビーカーを畳んだり持ち上げたりしなければならないとすると実質的な所要時間は変わらないのではないかと考え、帰りはともかく、行きは特急に乗り換えずにそのまま南下することにしました。

ファソンカルビヌンオディエヨ?

水原駅に着いたのが正午ごろ。華城は駅から2キロほど東にあり、公共交通機関としてはバスを利用する方法があったので須賀、逆にそのくらいの距離ベビーカーを云々してバスを乗り降りするのも面倒だよねと、サクッとタクシーで南門である八達門に降り立ちました。

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まず探したのはカルビのお店。

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城の北側専門店が並んでいるのはガイドブックやらで知っていたので須賀、これだけ賑わっているんだからこっちにもあるでしょ、と、特段のあてもなく歩き始めます……が、これがなかなか見つからないんですね。長男がいるだけにあまり昼食を遅らせるわけにはいかない半面、(それも検討しましたが)夕食の時間まで水原に留まるのもしんどそうです。となればさっさと北側に移動するのが合理的判断ではあったで生姜、この界隈で見つけられる可能性を捨て切れずに、聞き取れもしないのにその辺のおばちゃんに韓国語で訪ねます。「近所にカルビレストランはありますか?」

おばちゃん「華城カルビという店があるわよ(以下、筆者の語学力ゆえに省略」

どちらかと言うと身振り手振りから、当面進むべき方角とその先左側にあるということは分かった私達。言われるがままの方角へ進んでいきます。ただ進めば進むほど、市街地から外れていくんですね(笑) そこで行き合った別の人に「華城カルビはどこですか?」と尋ねると、概ね同様の返事を得ました。そしてさらに…ということをあと3回ほど繰り返し、結果的に若干大回りをして目的の店に辿りつくことができました。

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最初のおばさんは「ここから5分よ」なんて言っていましたが、結局20分近くかかってしまいました。まあ、今考えればどこかで地図を書いてもらえばよかったですよね。ちなみに友人の方は、最初のおばさんとのやり取りから「大きな通りを左に曲がるようだ」と理解していたそうで、果たして最短ルートはその通りでありました。

さて、お肉の時間です。なんとか昼食にありつけた達成感からコマンド「一番高い肉持ってこい」を発動し*2ビールともども頂きます。

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さすがにちょっと厚みが違いましたね。長男もおいしそうに食べていました。お会計は77000ウォン。思ったほどでもありませんでした。

朝鮮国王が夢の跡

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そこから八達門まで舞い戻り、

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ここから華城に入場しましょう。

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こんな坂道をえっちらおっちらよじ登る長男

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こんな眺望を楽しめるところまでは自力で上がって来ることができました。

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期せずして紅葉狩りを楽しむこともできましたが、長男が楽しみにしていた電車(写真で八達門の前を走っていたやつ)は運行が終了してしまっていたようで、乗ることができませんでした。

今度は急な坂道を降りて城郭の中心部へ。といっても幹線道路も通っている何の変哲もない市街地に見えます。遷都の夢もまさに幻といった感じでしょうか。

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ここからは、「さっきタクシーに乗ったからバスがいい!」という長男意向に従い、バス水原駅まで。行きは直通の普通電車だったので、帰りは特急に乗ってみようと乗り場を探し当て、窓口で聞いてみたので須賀「ソウル行きなんてない。地下鉄に乗れ」とのお返事。近くにあった端末で調べてみたら、確かに次のソウル行き特急は1時間半後の立ち席のみだったようで、やむなく行きと同じ地下鉄でのんびり北上することにしました。

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確かにまあ、新横浜から新幹線に乗る人は名古屋方面が多いですよね。特にその例で言うと、北海道新幹線北陸新幹線に相当する路線事実上ないということでしょうから、なおさら水原から北行きの特別列車に乗るインセンティブは低そうです。

市井の人」の大規模デモ

ジェームスの店でお肉

またもやソウル駅の乗り換えに泣かされ*3、再び明洞繁華街に降り立ったのは午後6時。

折角なので夕飯はちょっと変わったお肉を、ということもあり、こちらのお店に入ります。

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骨付き肉を熱したチーズに絡めて頂くというコンセプト。

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肉の辛さも選ぶことができ、想像を超えた大当たりでした。日本語の看板があることからも察せられるように、日本人客も多かったです。ちなみに長男は店名から機関車トーマスキャラクターを想起したらしく、店で機関車ジェームスに会えるのを楽しみにしていたようで須賀、店に着く直前にまさかの寝落ち。ここを逃したら食べる機会もありませんので、ちょっとかわいそうでしたが起きてもらって辛くないものを一緒に堪能しました。彼も彼で、気に入ってくれたようでよかったです。

異国でお国訛り

腹ごしらえも済んだところで、散策でもしましょうか。

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さすがに土曜の夜は賑わっていますね。繁華街をふらつきつつ西の方へ向かおうとした時、若い女の子2人が日本語で話しかけてきます。

女の子「日本人ですよね?」

本来なら、知らない女性から話しかけられると反射的に身構えてしまうところなので須賀、(彼女たちに失礼で須賀)ちょっと垢抜けない雰囲気がこちらの警戒感を削ぎます。何か困り事でしょうか。

私「そうですけど…」

女の子「両替って、どこでしました?」

ああ、そういうことね(笑) 多分この人たちは今来たばかりなんだろうな、などと想像しながらも、私の関心の8割が別のところに向かっていました。

私と友人「両替所はたくさんあるよ。そこの看板とかもそうだし」

女の子「あ、そうなんですか」

私「レートは見比べた方がいいよ、それでさあ…」

ここから私の「本題」に入ります。

私「変なこと聞いて申し訳ないけど、○△(地方)から来ました?」

女の子「(怪訝そうに)え?はい…」

私「もしかして□●☆(県)?」

2人は「何で分かったの?」と言わんばかりの表情で顔を見合せます。

私「オレたちも出身□●☆なんだけどさ、言葉ですぐ分かった(笑)」

最後の一言は、結果として「君たちクソ田舎方言丸出しだよ」と言ってしまったに等しいわけで、2人そろってばつの悪そうな顔をしています。しかし明治以降、同郷人をえこひいきし続けてきたことで知られるのが、我らがお里の「県民性」です。「オレたちはこのくらいのレートで両替したよ。それと同じか、それより数字が大きいところにしなね」。変に付きまとうような印象を与えてはいけませんので(笑)、その場でしてあげられるだけのアドバイスをして別れました。

「訛りで丸分かりだったよね」。その後すぐ、私と友人のどちらともなくそう呟いたのでした。

それはともかくとして、話を先に進めましょう。お次に出くわしたのはこれ。

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若い世代を中心に、コミュニケーションツールとしてすっかり定着した感のあるLINE。しばしば「日本発」などと称されることへの議論もあるようで須賀、韓国企業ネイバー傘下の日本法人LINE提供するサービスですので、ソウル一の繁華街でグッズを売っているのは自然なことでしょう。ここで長男は、ユーザーである彼の母親のためにお土産を買ってあげていました。

イルミに興じるデモ参加者

突き当った南大門*4歩行者天国に。右折した私達とは反対方向に、北から南へと多くの人が流れていきます。

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よく見ると、「朴槿恵退陣せよ」などと書かれた紙を持っている人もちらほら。予定されていた大規模デモ参加者なので生姜、通りの百貨店を彩るクリスマスイルミネーションを楽しげに撮っている姿も見られました。

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若者カップル、親子連れなども多く、それこそイルミをバックに記念撮影に興じていたりします。

川沿いでは、気球も上がっていました。

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これは写真くらいの高さまで上がってすぐ降りてくる運用のようでした。賑やかしなのでしょうか?それにしては大掛かりではありま須賀…

盧武鉉死すともノサモは死せず

ちなみに手前のポスターは絵柄的にも分かりやすい感じで須賀、「崔順実の操り人形 朴槿恵下野せよ」と書いてあります。個人的に興味深かったのは、一番下に故・盧武鉉大統領大統領選で支えた「ノサモ(盧武鉉愛する人たちの会)」の名前が書かれていたことです。恐らく彼らがこのポスター制作したということなので生姜韓国社会で言うところの「進歩的」政治家と見なされた盧武鉉本人を亡くしても彼らが活動を続け、保守系と見なされる朴槿恵大統領を手厳しく攻撃していることは、地域割拠的とされたこの国の政治地図一定イデオロギー的側面があることを示唆しますし、また今回の政治危機でも当然、こうした亀裂が作用していることを教えてくれます。

それはともかくとしても面白いポスターだなあと思って見ていると、デモ参加者家族連れがやってきました。そしてあろうことか(?)、そのポスターをバックに子供たちが記念撮影を始めたではありませんか。

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しかもお兄ちゃん、ゲンコツしてる?

この後お父さんは、操り人形を動かす身振りをしながら子供たちにポスター意味解説していました。ある種の政治教育が施されていたわけで須賀、押しつけがましく親の価値観を刷り込まんかのような行動はもちろんよろしくない半面、逆にそうした価値観の表明を避け続けることが結果として子供のためになるのか、その態度は子供を無知蒙昧な存在と見なすことに繋がらないのか、実は難しい問題かもしれません。特に日本では、この両親に批判的な人が多そうで須賀、「寝た子は起こすな」の累積が招来する結果に対する責任は確かにそこにあります。とりあえず触れないことは単なる「延期」ではなく、しないという「決断」でもあり得ることは肝に銘じておきたいです。

祝祭としての大規模デモ

さて、そろそろ宿の方に戻りましょう。

デモに使ったろうそくを脇に、車座になって飲食を楽しんでいます。

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屋台では、デモのろうそくがキャンドルに早変わり。これはこれでいい雰囲気ですね。

私達もそろそろ喉が渇いてきました。ちょっと大回りして長男を寝かせ、コンビニで買ってきたマッコリ焼酎をいただきました。

こうして、主催者発表参加者100万人という、この時点で*51987年民主化以降最大規模とされた抗議デモ…の最後の方の様子を見てまいりました。いろんな人がいました。青瓦台の方に行けば、もっといろんな人がいたでしょう。激しい攻防も見られたでしょう。ただ、少なくとも私が見てきたものを材料にして言うなら、この夜のソウルはある種のお祭りのような雰囲気でした。

もちろんみんな怒っているから街に繰り出しているので生姜、ろうそくを明りに酒を飲んだり、なぜか気球で短い空中散歩を楽しめたりと、なんだか楽しそうな人も結構いたように思います。百貨店のイルミの記念撮影も人気でしたし、「デモデート」をしていたカップルもあちこちにいました。

そうした行動を見る限り、恐らく彼らの多くは「政治的意識が非常に強い、社会の中でも特殊な人たち」ではなかったように感じられます。日本には揶揄的に「プロ市民*6という呼び方がありま須賀、ここに集まった少なからずの人たちは、社会における立ち位置ボリュームという意味で言うなら、日本における「一部プロ市民」的ポジションではなく(かなり乱暴な言葉遣いで須賀)「その他大勢一般人」に属する人たちなのでしょう。これは見た私の感覚と、撮ってきたわずかな写真雰囲気で言っているに過ぎませんが、例えばこの前日、白装束で葬列をやっていた人たちとはちょっと毛色が違いそうだ、ということくらいは納得していただけると思います。そうした判断の積み重ねで、その前提に立っているつもりです。

であるならば、なぜ「その他大勢の一般人」が自分政治的意思を表明するため、わざわざ土曜の夜に大挙して首都の中心部に集まるのか。単純な推理かもしれませんが、そこにはやはり、何度も街頭に出て政治的民主化を求め、時には流血の惨事を経て、それこそ1987年にそれを勝ち取ったというある種の「伝統」が作用しているように思えます。その「成功体験」が、自分たちが訴えれば政治は変わり得るという政治的有効感覚を高めている側面があるかもしれません。これは、違憲の疑いが高いとされた法案が、世論の少なからずの慎重・反対論にもかかわらず、与野党議員委員会室で殴り合っている間に可決され、そのまま成立してしまうような国とは対照的でしょう。その国の民主主義憲法アメリカに押し付けられたもので自分たちのものではない、とまで言うつもりはありません*7が、政治参加に関する文化においては、韓国の方に一日の長があると考えた方がよいかもしれません。

しかし彼らが怒っている理由というのもまた信じられないバカみたいな話であって、大統領の側も自分の身を守るためにも簡単に辞めるわけにはいかないのは事情として分かりま須賀、それはもはや政治家がすべき政治判断ではないですよね。辞めるといいつつ辞めるのか辞めないのかよく分からないなんていうのもなおさらです。もう一つ余計なことを言うなら、こんな状態政権と交渉や約束事をしようとするアクターは、よほど後ろめたい事情か悪意があるんだろうと思いますがね(笑)

…酒を飲みながらしたのはそんな話ではなくピコ太郎とかでしたが、酒を買い足しに行った直後に散会となるという、家飲みのあるあるパターンで眠りにつきました。

*1:平日は長男と2人で朝ご飯を食べるのが日常なので須賀、いちいちスプーンを口元に持って行って懇請しなくても勝手に食べてくれるというのは非常に助かります。多分そうでなければ、母親抜きで海外に連れて行こうなんてことは思い付きすらしないでしょう

*2:本当はビビって1人前だけにしようとしたら店員に怒られた

*3:乗り換え表示通りに一度改札をくぐったら、乗車券無効になってもう一度買う羽目になった

*4南大門から続く大通り

*511月26日更新されたそうです

*6:私はこの言葉は好きではありません。立憲的・民主的社会を維持するというのはお遊びですることでも、片手間ですることでもないと思っていますので、全員がプロの職業政治家になることはあり得ないにしても、そうした社会を支える市民としてプロでなければいけないと考えます。これは世間一般的に「プロ市民」と呼ばれている人達自体への共感ないしは嫌悪感の表明ではありませんが、少なくとも日本の政治社会を悪くしているのは未熟な「アマ市民」的意識であり、それへの開き直りです

*7:曲がりなりにも70年近く、結果としてそれを続けてきましたので

2016-11-11 ソウル男旅一日目・ソウルへ

朴槿恵大統領退陣を求める学生らのろう

[][][]2歳児とソウル男旅〜一日目・早速デモに出くわす 13:02

0日目まで

優しさを装った排除の論理

11月11〜13日、韓国ソウルに行ってまいりました。土日+1日といういかにも「週末ソウル!」的なノリの旅行に見えるかもしれませんが、果たしてその通りです。執筆時点ではかなり遠のいたという認識で須賀、発案した頃は、年明け早々の解散総選挙がかなり言われていました。なら、11月の新聞休刊日*1を絡めてちょっとどこか行って来てやろう。鈍行列車とかに乗って国内をさすらうのも面白そうだけど、ソウル台北くらいだったらお里に帰るのとも大差ないんじゃない? そんなところでソウルに行くことにしました。台北にしなかった理由は、台湾に行くならもうちょっと時間を掛けて、行ったことのない中部南部に行きたかったからです。ソウルには、日帰り範囲内に行きたい場所がいくつかありました。

まぁ、その辺の経過は特段縷々お話しするほどのことでもないで生姜、参加メンバーについては説明が必要かもしれません。今回は私と友人、そして長男(2歳5カ月)の野郎3人で行ってきました。そこに細君がいない理由は、純粋に日程が合わなかったことはもちろんありますけれども、あえてそうした、という部分もありました。日程が合わないからリスケしよう、としなかった理由の一つは、彼女に1人の時間を作ってあげたかったからです。彼女は長男のことが大好きですし、私よりもずっと上手に、長男との時間を楽しむことができます。とはいえ、長男が生まれて2年半近く、1人を満喫できる日がほとんど*2ないというのも気詰まりだろうと思っていました。少なくとも私には、こうやって雑文パタパタ打ち込める時間はありますし、ここにはちゃんと書かなかったで須賀、ちょうど1年ほど前で須賀、当時シンガポール赴任中の友人のところに家族そっちのけで訪ねて行って、ひっくり返るくらい酒を飲んで須賀須賀しい朝を迎えたなんてこともありました。「まあ、2・3日くらい1人でしかできないことをしなよ」。そんなつもりでいました。

ただしかし本当にそれで大丈夫なのかという問題はありますね(笑) もちろん長男を「厄介払い」するために海外に連れて行くわけではないし、そうあってはなりませんので、彼にとっても安全で楽しい旅行にしなければいけません。本当に父子2人であっても、お互いの許す範囲で旅を進めていくしかないんですけれども、それなり以上によく見る顔が集うある酒席でその話をした時、「じゃあ僕も」と言ってくれたのが今回同行した友人でした。海外ソウルも慣れている、頼れる男です。ちなみにこれはこの先お話しする中で関係する一幕があるので言っておくと、やや広い意味になるのかもしれませんが、お互い同郷の出身です。

前フリはもういいですかね、この辺でやめておきましょう。

0日目

本当にたまたま、職場の人繰り上の理由で休みになりました。最初から知っていれば(ry

国際面を担当していた前々日はトランプ祭りで、帰宅タクシーの中でビールをぐびぐび飲んだりもしていたので、旅行出発前日たる10日は平気で昼寝とかしていました。夜は家族3人で鍋を囲んで晩酌。「土曜の夜はすること決まってないんだよね」なんてちょっと楽しげに(?)言っていた細君で須賀、なんだかやっぱり心配顔ではありました。

デモとナンタを「見物」

日本酒を飲んでLCC

支度はどちらかというと早朝にやって*3通勤電車に揉まれ出発。空港で早めの昼食をいただき、私は勢い余ってビール日本酒と杯を重ねてしまいました。

飛行機は初めてLCCイースター航空を利用したので須賀、機内でお水も出ましたし、国内線だと思って乗れば全く違和感ありませんでした。ベビーカーも搭乗口で預かってくれて、降りたらすぐ準備されていました。ただまあ機内放送の類はありませんでしたので、3人そろってお昼寝の時間となりました。長男は割と自然に寝てくれたので、フライト時間のお相手という意味でも、その後の旅程でもうひと頑張りしてもらうという意味でも非常に助かりました。

到着した仁川国際空港では、ターミナル間を電車移動。

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時間も限られているので、空港からは特急ソウル市内へ…と思ったので須賀、ダイヤとタイミングが合わず一般電車で向かうことにしました。いわゆるA’REXというやつで須賀、前回ソウルに来た時にはソウル駅まではつながっていませんでしたね。結局1時間ほどずっと乗っていました。

ソウル駅の乗り換えに辟易

車中では例の如く、絵本を読んだりして長男とおしゃべりしていたら、隣に座ったおじいさんが「この子は何歳ですか?2歳にしては賢い子ですね」と日本語で話しかけてきました。しゃべっている様子を見てそう言ってくれたのだと思いま須賀、韓国では子供の年齢も数え年*4だそうなので、その辺の認識齟齬があったのでしょう。親バカではない(あるいは、「親」のつかないただのバカである)ことを強調するために念のため言うと、彼の保育園同級生も、おしゃべりについては同じようなものです、多分。

それはともかく、突然片言でない日本語で話しかけられたのにちょっと興味を持った私は「日本語がお上手ですね」と水を向けてみたので須賀、彼は少し笑って特に返事をしませんでした。風貌的には70代半ばくらいの印象だったので須賀、学校などで日本語を学んだ・学ばされた経験があるのでしょうか。そんなこともふと脳裏をよぎり、それ以上深く聞くことはしませんでした。

ソウル駅に着いたのが午後4時15分ごろ。日本で言うところの東京駅に相当する駅なので覚悟はしていたので須賀、やっぱり乗り換えが大変でした。さすがにエレベーターはいくつか設置されていたので須賀、行きたい路線ホームまでベビーカーを押したまま辿りつけるまでにはなっていなかったように思います。そうなるとベビーカーを抱えて階段を上り下りするなり、長男をいちいちベビーカーから降ろして昇降を見守ったりしなければならないわけで、乗り換える路線ホームに着いた時には心身ともに疲れ果ててしまいました。その反面、上り階段で一緒にベビーカーを支えてくれる通行客も多く、この旅行を通じて何度も助けていただきました。

鐘路3街の駅からすぐの宿にチェックインしたのは午後5時ごろ。30代半ばくらいでしょうか、気のよさそうなお兄さんが対応してくれました。手に持っていたペペロ(日本でいうところのポッキー)を長男にあげながら、「今日11月11日だからペペロの日なんだよ。恋人に贈ったりもするんだけど、日本にもある?」。「確かに日本でも『ポッキーの日』が今日みたいだけど、恋人に贈ったりはしないですね」と返事をしましたが、韓国ペペロの日と日本ポッキーの日では、かなりテンションが違うということがこの後徐々に明らかになっていきます。

探し物はデモですか?

簡単に荷解きをして、5時半ごろ再び宿を出ます。また難儀な乗り換えをして、光化門の駅に降り立ちます。

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日本の方角を凝視する李舜臣像を後ろから拝み、

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世宗大王像の足元をすり抜けて、目指した場所は…「特にないです。別に」

この日は午後8時から、明洞でナンタ公演を予約していました。なのでそれまでに夕飯が食べられればいいかなという程度で、特に目的地を決めずにぶらぶら散策していたので須賀、お目当ての場所はなくても、お目当てのモノは厳然としてありました。もしかしたらないかもしれないし、あったとしても遭遇できないかもしれないけど、ちょっと探しながら歩いてみよう。そんなノリで適当に進んでいくと…

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おや、あの人だかりは…?

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おっ、機動隊だ!彼らに紛れつつ南進してみましょう。

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おおっ!やってるやってる!

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これが日本の巷でも噂になっている、朴槿恵大統領退陣を求めるデモですね。赤いプラカードに一文字ずつ書かれている文言はまさに「朴槿恵退陣」です。何やら葬列のような(まさに)デモンストレーションもあり、白装束の人たちが寝転んだりしているのはさすがにちょっと異様でした。ちなみに、関係があるのかどうか分かりませんが、前半の若者たちはどこかの学生の集まりのようでした。

念のため、念のため事実関係を言っておくと、退陣デモを見るために韓国に来たわけではありません(笑)  例の崔順実容疑者と絡んだ国政介入疑惑日本で報じられるようになった前から日程は決まっていました。ただ、そんなタイミングで行くことになったからには見に行くしかないよね、ということで、これまでの大規模デモが行われた光化門周辺でそれらしきものを探していたのは事実です。興奮して写真を撮りまくっている様子に、友人は悪意を込めてか「ジャーナリストですね」と笑っていましたが、これはもう純然たる野次馬根性のなせる業でありまして、逆にそうでなければ、南にある明洞に行くのに真西の光化門で降りたりはしなかったような気がします。

ナンタのリズムが子守唄?

明洞周辺に着いたのは午後7時ごろ。本当は焼肉でも食べながら軽くビールを…と話していたので須賀、そういえば両替もしていなかったことを考えると、そこまでの時間はなさそうです。夕飯は食堂でビビンバチャーハン目玉焼き乗せご飯と、お手頃な感じで頂きました。結構辛かったですけどね(笑)

それから両替(10000円→108500ウォン)を済ませ、開演ギリギリにナンタ劇場着。ここでも1人1人に巨大ペペロを配っていました*5。ナンタについてはこれまで説明しそびれていましたが、韓国伝統音楽リズム現代風にアレンジして、キッチンであれやこれやを乱打(ナンタ)するコミカルな無言劇です*6。最低何か一つくらいは、長男が興味を持ってくれそうなプログラムを組み込んであげたいという、悪く言えばアリバイ工作的な(?)父親の発案です。

上演時間は1時間40分ほどでしたが、現実時間の流れと劇中のそれが(多分)リンクするような仕掛けもあり、興味深かったです。結構音が大きくて、2歳児的にはそこが気になりはしたので須賀、コミカルな掛け合いや会場との絡みなど、楽しく見ることができました。ちなみに何となく予感はしていたので須賀、長男は午後9時ごろに就寝。幼児無料だった代わりに膝上での観覧だったので、最後の10分ほどはお尻が痛かったです(笑) それはそうとしても、途中で寝てしまったとはいえ長男に与えた印象は大きかったようで、翌朝「昨日は何が楽しかった?」と聞いた時も「太鼓」と答えていましたし、この時に巨大ペペロをもらったことを、1週間ほど経った後も覚えていました。チームブラック俳優さんたちでしたが、マネージャーがいいキャラでした。

終演後は、えっちらおっちらベビーカーを押したり持ち上げたりしてなんとか宿へ。

コンビニお酒を買って飲んで寝たんで須賀、最も存在感を放っていたのはペットボトル入りの薄いキャス(CASS)ビールでも少女時代ハイトでもなく、飲み過ぎるとプーチン閣下の後輩たちに抹殺されそうな「KGB LEMON」でした。

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こうして過ぎゆく1日目の夜でありました。

[][]ソウル行ってきま〜す 11:05

大学の友人と子供と男3人で行ってまいります!朝から飲む日本酒もなかなかのものでした。

*1:13日は新聞を作らず、14日付を発行しませんでした。常識的に言えばお客さんに新聞が届かない14日が「新聞休刊日」のはずで須賀、内向きな新聞業界(少なくとも私が在籍する会社)では、新聞を作らない日が「休刊日」と呼ばれ、多くの出稿部門記者が休み、ほとんどの整理部記者が休みます

*2:夏に温泉に1泊しに行ってましたけどw

*3:出発当日の朝起きてから触るようなものを、あれこれするうちに忘れていってしまったことがあるので、最近はなるべくそうしています

*4:なので長男は3歳児として扱われることになります

*5:街中では、コンビニの店頭にズラッと並んでいる光景とか、若い男の人がリボン付きで小奇麗に包装されたペペロを小脇に抱えているのも見ました。大々的なんですね

*6:詳しくはhttp://nanta.i-pmc.co.kr/Nanta/jp/About/AboutNanta.aspx参照

2016-11-10

[]長男言行録(2歳4カ月) 13:09

アンパンマン体操」の歌詞(のつもり)です。どうしてもここだけ間違えてしまうので須賀、それ以外は正しく1番を歌うことができるようになりました。特に音楽が流れていなくても、自分のタイミングで突然歌いだします。登園路で一緒に歌っていると、たまに通行人に奇異の目で見らたりもしま須賀、まとまった言葉フレーズ記憶することができるようになってきた証でもありますので、周囲の視線に負けずに応援してあげたいと思っています。

[]親子の2016年10月読書「月間賞」 13:09

ノンタンのたんじょうび (ノンタンあそぼうよ (9))

ノンタンのたんじょうび (ノンタンあそぼうよ (9))

長男については、同じ流れでこれにします。保育園で毎月お誕生会をやるからか、誕生日の話は結構好きです。この本も結構覚えてしまっていて、「ぶたさんのとうへんぼく!」とか言っているのを聞いて、親が「あ、唐変木ってこういう字を書くんだ」と感心していたりします。

また、一人でそれっぽく本を読んだり、保育園でやっているらしい読み聞かせの真似ごとをしたり、さらには私が恩師に貰った大きいクマのぬいぐるみに読んであげたりということも増えてきました。ダメ親的発言かもしれませんが、自発的に一人遊びをするようになってきたのはちょっと助かります。

 

私の該当はありません。遅読でして、読み終えた本がなかったからです。

2016-11-04

[]『最後の天朝』(沈志華) 07:25

中国研究者が各国の一次資料ふんだんに用い、毛沢東金日成時代中朝関係を描いた大著です。

ソ連衛星国として生まれた北朝鮮朝鮮労働党)は、そもそも中国共産党)と疎遠であったこと、朝鮮戦争中にも主導権を巡って暗闘を続けたこと、金日成の党内粛清に怒った毛沢東が、ソ連とともに金日成の失脚すら検討したこと、その後の中ソ対立下で北朝鮮両国から政治経済における漁夫の利を得続けたこと、ベトナム戦争の結果に勇気付けられた金日成が、毛沢東との最後の会見で再度軍事行動を起こすことへの支援を求めようとしたが肩透かしを喰ったこと…。一般に「血盟関係」「唇と歯の関係」などと密接さが強調されてきた中朝関係の機微を、緻密な論証で暴き出しています。恐らくこの本で一番、かつ圧倒的に読みごたえがあるのはその部分で、特に最後の金日成毛沢東のやり取りなどは出版時に日本新聞で紹介されていましたね(私はその記事でこの本のことを知りました)。そうした歴史書としてのこの本の価値疑問符をつけることは、恐らく不可能でしょう。

また著者は、中朝関係が概ねそのような経過をたどった理論的背景として、三つの要因を挙げています。一つは、毛沢東が抱いた中華帝国による昔ながらの宗藩関係国際社会観と、金日成が目指したそこからの「主体」の相克という極めて前近代的なせめぎ合い。二つ目は、大国同士の対立を基調とする国際関係において、小国を自陣に引き入れたい大国が小国に振り回される現象。最後は、国際主義を基本とし、対外的意味での国家主権を重視しない社会主義国家間の関係のあり方*1、です。これら三つが中朝関係の特殊性を支えた、というのが著者の見方なので須賀、あえて言うならこの三つをそれぞれどの程度ずつ説得的に示せたかにはかなり差があるかなとは感じました。

理論として汎用性の高い順に並べれば2>3>1で、2のバランス外交*2や、要するに誰が世界革命リーダーなのかが大事なんだという3については、実例を通じてかなり説明されたように思いま須賀、1に関してはその論証が十分だったようには見えませんでした。確かに毛沢東の内心と行動の因果関係を「論証」するのは容易なことではないので生姜、全体として3の理屈適用できる域を出ておらず、わざわざ毛沢東の「天朝」意識を持ち出す必要はなかったのではないかという印象は拭えませんでした。

その後の米中和解、改革開放、中間国交樹立を経て、中朝関係の特殊性は完全に失われたと著者は主張します。共産党同士の連絡ルートが未だに残っているとされるなど、額面通り通常の国家間関係とみなすには議論余地がありそうで須賀、毛沢東金日成時代も(今よく言われるように)「中国なら北朝鮮に言うことを聞かせられる」わけでは全くなかった(むしろ逆パターンの方が多かった)ことを、歴史としてよく描き出した好著であると思います。

*1:「労働者祖国はない」「万国のプロレタリアート団結せよ」

*2振り子外交などと評する本もありました

2016-10-04

[]親子の2016年9月読書「月間賞」 12:23

今更感が半端ないで須賀(笑)、私はこれにしましょう。平易な言葉と論証でちゃんとしたことが書いてあるというのはすごいことだと思います。

そらまめくんとながいながいまめ (創作絵本シリーズ)

そらまめくんとながいながいまめ (創作絵本シリーズ)

長男はこれ。よくリクエストされるのは、ストーリーや絵が気に入ったというより、大好物の豆類がたくさん出てくるからなのではないかと疑っています。

[]長男言行録(2歳3カ月) 13:19

  • 「みて、みて〜」

絵本やおもちゃやテレビのシーンなど、目の前にあるいろんなものを指して「パパ、これみて」と連呼するようになってきました。別の部屋で支度をしている時なんかでもなるべく見に行ってあげようとはしていたつもりなので須賀、これを書くためにちょっと検索してみたら、承認共感を求める重要なサインだなどと書いてあるものが多いですね。

「ちょっと待っててよ!早く準備しないと時間(ry」ではなく「どれどれ?ホントだねえ」と言ってあげられる心の余裕を日々持ちたいものです。

2016-09-23

[]面白かったけど、こうなりたいとは思わない/『総理』(山口敬之01:34

総理

総理

永田町取材を通じて安倍首相麻生副総理と近い関係を築いた著者が、第一安倍政権終焉や第二次政権の成立、消費税や対米外交をめぐる意思決定過程をリアルに描き出した本です。注意力散漫な私がほぼ息継ぎなしに読み切れるほどには、興味深い逸話ややりとりが数多く紹介されています。ただ、「オレは安倍さん麻生さんとこんなに仲良しで、直々に呼んでもらってあんなこともこんなことも教えてもらったし、安倍さん総裁に返り咲いたのにもオレが一枚も二枚も噛んでるんだぜ。菅さんにもそう言われたし」と嬉しげに自慢されても、私はそれを手放しに賞賛する気持ちにはなれませんでした。その違和感が頭をもたげた最たる部分は、総裁選立候補しようとした野田聖子氏を引き合いに「総理たるにはしっかりした国家観や覚悟が不可欠」(安倍首相にはそれがある)などと論じた箇所でした。続けて「秘密保護法安保法、原発再稼働など、不人気政策を推し進めても支持率が下がらないのは、安倍首相の本気度が評価されているからで、現況で他に代わる存在がないからだ」などとしているので須賀、これが果たしてジャーナリストを称する人間の主張なのかと驚く半面、消極的安倍政権が支持されている状況を(皮肉にも?)うまく表現しているような気がしました。

一言で言ってしまうと、国家観がはっきりしていれば、その中身は何でもいいのか?ということです。著者は先述したような論点の是非については全く議論せず、むしろ「リベラル派が党派的に反発しているだけだ」と言いたげな態度です。中身は問わないが、本気度がある。それで十分なら、ヒトラーだって著者のお眼鏡にかなうということなのでしょうか。

この本では、安倍首相麻生副総理が実は非常に魅力的な人物である、ということが頻りに描かれていますが、その点について(推測も込めて)否定するものではありません*1。ただ、田中角栄の名を出すまでもなく、有力政治家ともなるような人間人間的魅力にも恵まれているケースが多く、多分この2人が特別だ、という印象は持たない方がいいだろうと思います。加えて著者は「アベ政治を許さない」と連呼する面々に、私の言葉で言わせてもらえば「アベ本人やアベ政治をもっと内在的に理解せよ」と促すので須賀、逆に言えば、政策の中身を論じずに国家観と覚悟の有無だけで総理の器と称揚するのはジャーナリストによる内在的理解であるとは私はみなしません。すでに亡くなっている人を持ち出すのはやや格好悪いですけど、これを筑紫哲也が読んだら「君は安倍麻生使い走りじゃないか」と言うのが目に見えている気がします。

大した特ダネを書けなかった記者の僻みかもしれませんが、こうなりたいとは思わないです。

*1:元首相時代安倍晋三さんと一度だけ接したこともありま須賀、ここに出ているようにユーモアあるやり取りの上手な方という印象を持ちました

2016-09-21

[]『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド14:42

なぜスペインインカ帝国を征服し、その逆ではなかったのか?人類歴史はなぜ大陸によってこんなに違うのか?その問いに、約13000年前からの人類史を辿りながら答えようとした本です。それこそ直接的には、スペイン側だけが「銃・病原菌・鉄」を持っていたからだ、と答えても間違いにはならないので須賀、じゃあそれをインカ側だけが持つことにならなかったのはなぜかを問うていきます。

この本で著者は、考古学はもちろん、生物学言語学分子生物学といった幅広い学問領域を行き来しながら分析・立論を進め、その違いが人間ではなく、環境の違いによるものであることを示していきます。具体的には、ユーラシア大陸(特にメソポタミア)には栽培化しやすい植物家畜化しやすい動物が多く、食料生産が始まることで人口増とのスパイラルが起こったことや、東西方向に長いユーラシア大陸の方が同緯度(似た気候)沿いに技術動植物が広がりやすかったこと、そもそも大きい大陸の方が技術革新が生まれやすかった(広がりやすかった)ことなどを挙げて、技術進歩し、多くの病原菌への耐性がある文化が育つ要因は、南米よりユーラシアの方が大きかったと結論づけています。

かいつまんでこれだけ言われてもさもありなんという感じかもしれませんが、この本のすごいところはそれを広大な視野で、かつ具体的に論じていることだと思います。往々にしてスケールの大きな話は抽象的・観念的になり、具体的な議論は(射程は長くても)それ自体は小さな話に終わってしまいがちであるのに対して、この本ではそれらを両取りしてしまったかのようです。ただ著者も認めているように、ではなぜ山田長政ではなく、鄭和でもなくピサロだったのかという疑問に対しては、まだまだ深堀する余地があったように思います。

この本は「ゼロ年代の50冊」の第1位に選ばれるなど当時の世界ベストセラーで、2016年の秋に読んでしれっとレビューすべき本ではなかったかもしれません(笑) 事実分子生物学の分野ではこの本の記述を覆す成果がすでに得られているようです(現生人類にネアンデルタール人の遺伝的影響が刻まれている、など)。まあそれでも、13000年の人類史を語った本としての価値は当面色褪せることはないと思いますし、ますますはびこるようになった人種主義の足下をしっかりとさらっていくという意味においては、残念なことに「今こそ読むべき本」になっているのかもしれません。