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2016-05-20

[]『参議院とは何か 1947〜2010』(竹中治堅) 00:50

参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

参議院とは何か 1947~2010 (中公叢書)

参院選も近いということで、再読してみました。1回目に読んだ時にそれなりの分量でレビューしているので、本当に感想だけ。

参議院歴史的内閣衆議院による立法活動抑制する働きをしてきたのは、二院制の目的に適っている。ただ参議院までが二大政党化すると膠着するので、選挙方法は工夫しましょうー。改めて読んでみても、そうした著者の提言は至極真っ当に思えますし、参議院を軸にした戦後政治史の読み物としても十分楽しめる本かと思います。

今回の選挙は、一人区野党共闘が進んだことでますます「政党化」したものになりそうです。まさにその一人区こそが著者が改善を求める点であるわけで須賀、参議院権限があり、力があればこそ政権やその座を狙う勢力がそこに触手を伸ばすのはある意味必然なわけで、これまた著者が挙げる「一票の格差」という憲法上の要請をテコにでもしないとなかなか変わっていかないのかなあとは感じました。

あるいは、年代別選挙区にでもしてみますか?(笑) 世代論はあんまり好きではないんですけど…

2016-05-10

[]「近代聖典」と三つの時代/『社会契約論』(ルソー02:30

社会契約論 (岩波文庫)

社会契約論 (岩波文庫)

あまりにも有名すぎるこの本とその議論について、ここでおさらいしてもお互い(少なくとも私は)あまり楽しくないので、「社会契約論と三つの時代」とでも称して、感想を三つ挙げたいと思います。

この本が著された時期ですので、これは当たり前でしょう(笑) ベネツィアでの自身経験や置かれた境遇グロチウスモンテスキューマキャベリらの(程度は異なれ)彼に先行する議論などを踏まえた、十分に「当時代的な」著作であることを指しています。もちろんこれは「普遍性がない」と馬鹿にしているのではなくて、むしろ個別時代の刻印がない抽象論は逆に気味が悪い*1とすら感じます。論証の仕方、特にその自明の前提としている公理のようなものが(少なくとも私とは)異なっていることがあるように思えたのも、お互いの時代性と捉えてよいでしょうか。

これはかなり「エロい」読み方なので生姜、著者がこの本が出された以降のことを予言ないしは予測しているようにも読める箇所がいくつかあります。

国家の存続している間に時として激しい時期があり、その時にはある種の発症…と同じ作用を、革命人民に対して及ぼし…国家内乱によって焼かれながらも、いわばその灰の中からよみがえり、死の腕から出て、若さの力を取り戻すことがある…

これはまるで著者の死後間もなく、フランスで起こることを示唆しているように読めませんか? あるいは、ロシア人民市民化するほど成熟していないのにそれを押し付けられたため、かえってその機会が失われてしまい「ロシア臣下ないし隣人のタタール人が、ロシア人の主人とな」ることになるだろうという予言は、帝政ロシア近代化から社会主義革命までの経過の説明として今読んでも、支離滅裂とは笑えないでしょう。「ルソー予言者で、『社会契約論』はその予言の書である」などと主張するつもりは毛頭ありませんが、著者が信じるところの立論が史実リンクしていく様は確かに、魔力的ですらあると評せるかもしれません。

最後の一つは文脈的牽強付会ではあるんで須賀、どんなもんでしょうか? 「私はなんとなく、いつかこの小島コルシカ島)がヨーロッパを驚かすであろうとする予感がする」

社会契約論』は言わば、近代という人類史を画する一時代聖典のように扱われてきた書物ですので、そのまま「近代」にしようかとも思ったので須賀、ここは「今、これを書いている」という当時代性を重視してみました。多分ここが一番スタンダードな話になると思いま須賀(笑)、たまたま少し政治学関連の本をかじれば『一般意志2.0』(東浩紀)『多数決を疑う』(坂井豊貴)のような、近年出版されたルソー関連のベストセラーに行き当たるという言わば「犬も歩けばルソーに当たる」的状況は、まさに今、近代を支えてきた国民国家多数決に基づく民主主義などの制度が曲がり角を迎えている証左なのではないかと思います。そういう時代だからこそ、「近代聖典」が時に批判的に参照され、読み替えられている。そんな気がしますし、それに耐え得るという点においては、先ほど使った「当時代的」という言葉よりも「通時代的」(要は普遍的)などの方がふさわしいのかもしれませんね。

最後に一つだけ引用を。

自分他人の主人であると思っているようなものも、実はその人々以上にドレイなのだ。

有名な一節だそうで須賀、これが「主人たる者も『主人』という関係性(あるいはそれをつくる上位の価値)拘束されている」ということへのルソーの観察眼を示しているとするなら、「SMのSはサービスのS」という『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう)の格率(?)も、少なくともこのスパンにおいて妥当するものなのかもしれません。

2016-05-05

[]親子の2016年4月読書「月間賞」 22:52

GW今日でひと段落、というかたもいらっしゃるでしょうか。私も大体そんなもので、前半は仕事今日までの3連休長男を中心にした家族で、近場にて過ごしていました。「どこにも行かないならせめて読書でも」という色気はなくはなかったので須賀そうもいきませんね(笑) 自分がゴロゴロしていたのがいけないんですけど…

 

私の月間賞はこれ。5年前の本にはなりましたが*1ルソーtwitterを語るのはなかなか刺激的な「遊び」だと思います。次点は敢えての『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう)で。世の中的には「ちょっとエッチギャグ漫画」的な扱いなのかもしれませんが、これがまた(冗談でなく)ルソー的な観点を含んでいるという点については、近々ご紹介できると思います。

でんしゃのあいうえお

でんしゃのあいうえお

大分落差がありま須賀(笑)、長男はこれ。タイ旅行の際の「秘密兵器」で、この本のおかげで旅程がかなり楽になりました。お気に入り成田エクスプレス。「乗りたい」とせがまれる日が来るのでしょうか…

*1:それだけの期間、本棚のオブジェになっていた

2016-04-30

[]『多数決を疑う』(坂井豊貴) 12:26

政治世界から学級会まで、当然のように行われている多数決。しかしその多数決が「多数の人々の意思を一つに集約する仕組み」である集約ルールの一つに過ぎないことを明らかにしつつ、それを含んださまざまな集約ルールの特徴や問題点などについて論じているのがこの本です。

著者は冒頭に挙げたような「多数決主義」を文化的奇習とまで言ってのけているので須賀、その最大の眼目はやはり票の割れに弱いことでしょう。その絶好の例が、2000年のアメリカ大統領選です。共和党ブッシュ民主党ゴアの構図ではゴア優勢と見られていたにもかかわらず、「第三の候補」ネーダーがゴアの票を喰ってしまったため、ブッシュ漁夫の利で勝利を収めた。その後ブッシュ大統領(ry という有名なお話で須賀、ネーダー支持者の圧倒的多数がネーダー>ゴアブッシュという選好で、全体としてブッシュゴアのペア(2択)ではゴアブッシュだったろう*1ということが全く反映されない集約ルール果たして優れていると言えるのでしょうか。

この例においてブッシュとネーダーのペアがどうかはともかく、こうしたペア同士の比較で最弱となる候補(ペア敗者)が1位にはならない集約ルールとして考案されたのがボルダルール*2であり*3、さらに進めて「ペア同士の比較で最強の候補が1位となるべし」というコンドルセの主張は、コンドルセヤング最尤法に結実します。この本では、そういったさまざまな集約ルールとその特質が紹介されていくので須賀、全体の順位得点方式で重視しつつ、ペアでの勝敗もかなりの程度反映できる方式であるとして、著者は特にボルダルールの利点を強調しています。

個人的に興味をそそられたのはコンドルセによる陪審定理議論でした。陪審定理とは、陪審員が正しい判断をする確率がコイントスより優れていれば(50%を少しでも上回れば)、人数が増えるにつれその多数決の結果が正しい確率は100%に近づく―というもので、場合分けをして掛け算と足し算をすればそうなるので須賀、著者も示唆するように、その議論ルソー一般意志とつながります。コンドルセ曰く、これが成り立つ条件は、陪審員情報を適切に与えられていることと、それぞれが人に流されずに自分の頭で判断することなので須賀、特に後半は『一般意志2.0』(東浩紀)に出ていた話とリンクしますね。さらにこれは、ルソーが言うような直接民主制採用した場合*4、ある法案一般意志に適うものであるか*5判断絶対に間違えない*6、ということを数学的に裏打ちするものとも見做し得るわけです。まあこれは偶然や奇跡ではなく、コンドルセが当時禁書だった『社会契約論』を密かに読んでいたからだろう、ということは「発見」されているわけで須賀、それこそ前掲書で指摘されていたような「数学存在としての一般意志」という側面が再び頭をもたげるようで面白い経験でした。

ちなみに以前「憲法学者の9割以上が安保法を違憲と答えた」という報道を巡る議論がありましたが、この陪審定理でいけば、その「多数決」は正しい可能性が高いということになりますね、と著者が言っています。

憲法学者の多数決と陪審定理(メモ) - 坂井豊貴の雑記置場

*1:この部分は前提と重複しま須賀

*2:n個選択肢がある場合、m番目に好ましい候補にn−m+1点を与えていく

*3共和党流派、もっと広げると自らへの批判票の割れで得をしているように見える2016年大統領予備選のトランプ氏は、恐らく歓迎しない方法でしょう

*4:投票者数が非常に大きくなる

*5ルソーの考えでは、それこそが法案賛否根拠となるべきである

*6多数決の結果、ほぼ100%正しい方が勝つ

2016-04-20

[]ルソーGoogleをつなぐ知的冒険/『一般意志2.0』(東浩紀) 11:56

ルソーの『社会契約論』における一般意志に関する議論を読み替え、インターネット時代民主主義国家のあり方の「夢」提示する本です。

著者によれば、ルソーの構想した一般意志とは、コミュニケーションのない状態での人々の願いを均した言わば数理的な「モノ」であり、その方が結果として正しい判断を導けるとしている点で、アーレントハーバーマスが論じてきた熟議民主主義ではなく、「『みんなの意見』は案外正しい」にあるような集合知議論と重なる部分が大きいといいます*1。その上で、ルソー時代にはその一般意志可視化することはできなかった(一般意志1.0)が、現代インターネット上に集積されたデータベースを活用し、GoogleTwitterがその役割を果たすことができ(う)る(一般意志2.0)とし、タコツボ化して参加コストが跳ね上がった熟議と相互補完する存在として、このデータベースを活用した統治を提唱します。またその際、それこそネット上で自分に都合のよい/聞いていて気持ちのいい情報だけに浸かりきってしまうタコツボ化を防ぐため、ある種攪乱的な設計*2が重要だ、とも述べています。

その提案の中では、そのデータベースを踏まえた総合サービス業的な「政府2.0」が構想され、具体的には「政府のすべての会議ニコ生で公開せよ」という主張につながっていきます。その分野の専門家ではない「素人」とはいえ、そうした人々の反射的なコメントの集積を完全無視して議論できるのか(やれるものならやってみろ、そのうち引きずりおろされるぞ)、そう訴えるわけです。

熟議民主主義データベース民主主義相互牽制と補完。政府会議ニコ生で公開せよ。そうした著者の主張は、実は私が恐れ、期待していたものよりは穏当なものでした。そもそもなぜしばらく本棚に飾られていたこの本のハードカバーに手を伸ばしたかというと、先日読んだ『代議制民主主義』(待鳥聡史)で、まさしく代議制民主主義の限界を指摘した上でのオルタナティブとして挙げられていたからで*3、著者の前置き的にも相当破壊的なことが書いてあるのではないかと身構えていたので須賀、確かに代議制民主主義オルタナティブであり、ネットは「そもそも政治とはなにか、あるいは国家とはなにか統治とはなにか、その定義そのものをラディカルに変える可能性に繋がっている」(最終章)ということを示すお話になっているとは思いま須賀、実際に現象や取り組みとして出現しつつあるものからそう遠くはないように思えたのです。昨夏の安保法制審議の最中、石破氏の発言をきっかけに広まった「自民党感じ悪いよね」というハッシュタグはまさに人々のある意味反射的なコメントですし、その自民党が次期参院選(だけなのかどうかは知らないw)に備え、そうしたネット上の反応を集積して分析しようとしているというのは、それらのデータベース的活用に他なりません。

一方で、「自民党感じ悪いよね」というツイートいくら広まっても、もっと言えばどれだけの数の人が国会議事堂前で抗議しても、自民党は(というより安倍首相は)その声には耳を傾けず、自らが欲する法整備を行ったわけで、それは個別的な例でしかありませんが、著者の言う「データベース民主主義」をどう制度内に位置づけ、正統性というよりは実効性を持たせていくのかというのはその構想における一つの課題になりそうです*4。著者もその辺は意識しているようで、最終章で「司会者がコメント欄無視して場が荒れたら、『我こそは』という人間一定の支持を得て新たな司会者になるような柔軟な制度が整えばいい」と希望を述べているので須賀、それ(に近いこと)を政治の中でどう行っていくかが難しいところなのでしょう。

何はともあれ、この本にはルソーのみならずフロイトローティノージックらも登場し、読者を一つの知的冒険に誘ってくれます。そしてまた、とにかく現状やエスタブリッシュメントに対するルサンチマンだけから、「あれもこれもぶち壊して全く新しいものを作ればいいんだ、その方がカッコいいだろ?」的な叫び声を上げる論者があちこちにみられる*5中、10の提案の裏にそれを支える100の理念があるというか、ラディカルな議論を(その度合いよりは)穏当に現実に流し込もうとしていることには好感を持てますし、むしろ断然カッコいい。私はそう思いますけれども。

*1:奇しくもリンク先のレビューの末尾に言及がありましたが、この本を読んだ上では「熟議民主主義のそもそもの原理」と読み替えるべきでしょう

*2Twitterならリツイート機能とか

*3:そういえばあの本、買って本棚に仕舞ったきりじゃん!

*4:その意味で通底するものがありそうなので、一連の法整備を強行した首相らの精神構造に関する私の勝手な分析引用しておきますね

*5:前の注とも関連しま須賀、それを最も体現しているのが安倍晋三さんだと思っています

2016-04-12

[]親子の2016年3月読書「月間賞」 10:58

4月も半ばに入っているのに、3月のことを書こうとしています。

私はこれ。明晰な民主主義制度論として、一読をオススメできる本です。

はらぺこあおむし エリック=カール作

はらぺこあおむし エリック=カール作

長男の方は、ブッシュアメリカ大統領大学時代愛読したという「超」定番絵本です。保育園の発表の題材にもなっていたからか、はたまた腹ぺこの青虫が自分と同じように食べまくるお話だからか、安定してリクエストの多い一冊です。

2016-04-11

[]『亭主元気でマゾがいい! 1』(六反りょう14:44

亭主元気でマゾがいい!(1) (モーニング KC)

亭主元気でマゾがいい!(1) (モーニング KC)

SM女王様漫画家が、SMバーの客だったM男との結婚生活を描いたマンガです。その設定(というよりそれが事実なので須賀)でマンガを描く時点で半ば企画勝ちではあるので須賀、実在の登場人物が楽しそうに、かつ大真面目に生きている様が活写されていて結構笑えます。この手のものは多分、ドリフコントみたいに出演者が半笑いで演じていては急に興醒めしてしまう気がするんですね。下ネタも多いですし基本的にコミカルなタッチではありま須賀、おちゃらけていないというか、「『ふざけた』設定を大真面目で演じている、というよりそれが彼女らが選び取った人生であり日常である*1」点が、最大のミソなのだと思います。

加えて、著者のSM論も大真面目です。「SMのSはサービスのSだ。Mにその役割を演じさせてあげる点で、彼らに奉仕しているのだ」「Mが自分の恥ずかしい姿をさらけ出せるように、女王様としての立場を保ちながら相手を引き出す言葉をかけなければならない」「Mを面倒がっては負け」…。私は門外漢で須賀、まるでカウンセリングの極意を語っているかのような言葉が並びます。ある一定役割関係の中で本音を引き出していく側面がカウンセリングにあるのだとすれば、もしかしたらSMというのはその典型的な実践でさえあるのかもしれません。著者がSM女王様として培ったSM論をそうした知見と融合させ、「SM療法」とでも呼ぶべき領域開拓されていくことも、個人的には期待したいです。

*1:なのでこういう表現は彼女ら夫婦に対して極めて失礼にあたるわけです

2016-04-03 タイ旅行記五日目・帰国

空港内で見つけたモニュメント(?)

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜五日目・帰国 04:03

帰路すらあとがき

だから海外タクシーは嫌いだその2

すみません、この日の話は帰るだけです(笑)

親は午前3時半に起き、なるべく長男を起こさないように支度をして1時間ほどでチェックアウト。公共交通機関はまだ動いていないので、やむなくホテルで呼んでもらったタクシーに乗車します。さすがに長男はここで起きました。案の定またこの運転手が「空港は遠いから500B払え」とか言い出して、「観光地としてのバンコクの唯一の汚点はお前たちタクシー運転手だ」ぐらいの心境ではあったので須賀、ホテルで配車を頼む時に400〜500Bだろうと言われていたこともあり、「500Bポッキリなら払う。そうする以上メーターは関係ないからな」と返答しておきました。しかし、いざ空港で細君が500B払ってみると相当驚いていたらしく、100Bのお釣りが返ってきたのだとか。みみっちいというか、むしろかわいげのある悪徳運転手でした。

空港は5時半にもならないのにこの混雑ぶり。

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ありがたいことに子連れということで随所で優遇してもらえたんですけどね。

午前7時には機中の人となり、間もなく新年度の声が喧しい日本へ向けて飛び立ちました。長男は機内でも、少なくとも前回よりは私たちから見て分別ある振る舞いをしてくれました。

実は着陸後に鬱陶しい出来事が連発したので須賀、その話はここではいいです(笑)

糸冬

あとがき

毎度のことながら、何のことはない家族旅行のことを大げさに書き立てて申し訳ありませんでした。最後にいくつか、タイを歩きながら、あるいは駄文を連ねながら感じたことを喋らせてください。

実は現地ではあまり意識していなかったので須賀、特に小さい子供と一緒に旅行する際に大切になってくるのは「選択と集中」なのだろうと、振り返ってみて思いました。バンコクの王宮周辺では、よく知られた3寺院のうちワット・ポーだけを見て帰ってきましたし、わざわざアユタヤまで出向いて最も有名なワット・プラ・シー・サンペットスルー。すぐそこなのに、もったいない。確かにそうでしょうし、もし子供連れでなければそうはしなかったでしょう。しかし、現実問題としてそうはいきません。特に、熱帯地域の熱い時期に外を歩き回る場合は、出口戦略を含めて慎重に判断せねばなりません。でも多分それは、根本的には子供がいてもいなくても一緒で、そもそも日本から来ている私達にとっては、その国のその土地のあらゆる観光地や名所が相対的に「すぐそこなのに、もったいない」ものであり得る。そこである程度の取捨選択をする、ということはこれまでもしてきたことのハズで、強がりのように聞こえるかもしれませんが、帰国した今「あの時もうひと頑張りしておけばよかった」という後悔はありません*1

あと一つは小学生の感想文みたいな話なんで須賀、今回の旅行は特に楽しかったです。こうやって行った場所、したことを振り返るだけでも気分良くなれるほどでした。やはりそれは長男が、私たち大人とは違う感受性を表明し、私たちの想像しなかった挙にすら及ぶようになったから、というのが大きいと思います。なぜだか分からないけど喜んでいたり、突如ワット・ポーの寝仏にお祈りを始めたり…。また、彼自身がそうした振る舞いゆえか行く先々で人気者になったことも、親として誇らしいとかそういう次元以前に、ご相伴に与れて身に余る光栄でありました(笑)

そうでなくても活気や歴史、おいしいもの、そして信用ならないタクシードライバーに溢れたタイという国です。少なくとも私にとってはとてもいい思い出になりましたし、記憶として残っていくかはともかくとして、その時々で長男が楽しんでいてくれたことを願います。タイ国旗は覚えられてよかったね。

(2016年4月24日午前4時、自宅書斎にて)

[][]帰国しました 23:40

4泊5日と短い旅行でしたが、今日帰国しました。毎度のことながら、また旅先のことなどを書きつけていこうと思っております。

*1:行かない判断をした場所に魅力を感じないと主張しているわけではありません。無理なく旅行を楽しむという観点から、間違った判断ではなかっただろうということです

2016-04-02 タイ旅行記四日目・休暇@バンコク

雑多な品物と客でにぎわうウィークエン

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜四日目・バンコクでゆったり 17:48

週末だけの巨大市場

土曜昼前、意外とすいている

実質最終日の朝は、ゆっくり8時に起床。この日は土曜日ということもあり、週末だけ開くという巨大市場・ウィークエンドマーケットで買い物でもしましょうか。

電車に乗る直前、パスポートホテルの部屋に投げっぱなし*1にしてきたことに気付いて取りに行くというまさかのトラブルもあり、市場の最寄り駅に着いたのは11時ごろ。駅にはこんな掲示もありました。

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日本人利用者も多いのでしょうか。

出口を出るとすぐ市場

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通りに面した屋外部と、アーケードっぽくなっている屋内部があり、屋内は冷房が効いています。本当はエリアごとに売り物のジャンル分けがちゃんとあるんですけれども、ちゃんと理解してもいないのに消費社会論っぽく言えば、そもそもこちらに「こういうものが欲しい」という明確な欲望があって来ているわけでもないので、陽に当たったり涼んだりしながらうろうろしていました。非常に混み合うと聞いていたのでベビーカーを置いて、荷物も極力減らして来たので須賀、時間帯なのか季節柄なのか、思ったほどでもなくて拍子抜けしました。

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セマー再び?

買ったものを一々晒すのも面倒なのでしたくないので須賀、一番気に入ったものだけご紹介しましょう。

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私が着るために買いましたが、何か?

一応フォロー*2しておくと、こういう独創的な売り物も結構多いことから、海外からもプロのバイヤーが来ていたりするらしいですよ。

市場内の食堂で昼食を摂って、古本屋をからかって、

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新婚旅行中のイスタンブールで見たセマー*3の如く回転しながらタイミルクティーを淹れるどことなく藤浪っぽいお兄さんを横目にココナッツアイスを食べて、

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午後1時半前に駅に戻りました。

面積1.13平方キロ東京ドーム24個分阪神甲子園球場29個分の「世界一」とも称される広大な敷地に、15000店舗以上が並ぶこの市場。そもそもの疑問なんで須賀、平日*4はどうなっているんですかね? 地下鉄駅直結のこれほどまとまった空間が、週に2日(あるいは3日)しかフル稼働していないというのもかなり奇異な印象を受けます。

昼寝のタイミングを逸して…

ホテルプールで「国際交流

ホテルに着いたのは午後2時ごろ。一番暑い時間ですね。折角ちょっとしたプールもついていますので、水遊びでもしましょうか。中〜高層ビルが並ぶエリアで、ホテルの8階部分にプールが設けられているというのも唐突な感じがしましたが*5長男はお構いなしにパシャパシャやっています。ちょっと大きいくらいの女の子や、日本でいうところの小学校くらいの男の子もいて、お互い言葉が通じないなりに楽しく遊んでいます。別にビール片手に世界市民について論じたいわけではありませんが、人間同士なんですから、まあそんなもんでしょう。少なくともこういう場においては、あんまり難しいことを考える必要はないと思います。

長男はそれがよほど楽しかったのか、4時半を過ぎても部屋に戻りたがりません。昼寝もしないで、疲れているはずはないんですけど、大人徹夜明けのような状態なのでしょうか、なんだかハイテンションです。なんとかなだめすかして昼寝をさせて、細君はここぞとばかりにスパへ。数十分後に嬉しそうに帰ってきて、やってもらったマッサージを私相手再現してくれましたが、今すぐに中止してほしいと思うような施術ばかりでした。

そんなことをしている間に午後6時です。明朝のことを考えて、このくらいの時間には夕食に…と思ったので須賀、そう上手くはいきませんね。当然寝足りない長男の頑強な抵抗に遭い、結局部屋を出られたのは半ごろ。もうちょっと早くプールを切り上げてあげたらよかったんでしょうね。

最後の晩餐に大満足

タイでの最後の晩餐のメニューはタイスキ。「現地の人が行くのはMKレストランだね。まあ、新宿にもあるけどwww」という居住経験者のおススメで、駅直結商業施設内の店舗にお邪魔することにしました。同じフロアには、個人的にはおなじみのこんな店も。

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日本人が多いのか日本食が好まれているのか、他にもいくつか日本飲食店チェーンを見つけました。

このタイスキというのは、乱暴に言えば「辛いタレを混ぜて食べる寄せ鍋」なんで須賀、「タイすき焼き」という意味でのネーミングなんだとか。

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真ん中下にあるのがそのタレで、鍋から取ったスープにお好みで混ぜて食べます。右下は私の動力源です。

肉・魚・野菜と具材も豊富で、これがまた美味なのです。もともとのスープの薄めの味付けに彼らのダシがどんどん乗っていって、締めの麺は煮えたらそのまま食べられるくらいでした。うーん、書きながらまた食べたくなってきました。お腹いっぱい食べて1440B。最後の食事が一番の当たりでした。

そうやって帰ってくると9時近くにはなるわけです。そして長男は目がギンギン冴えています。鍋から上がる湯気をウサイン・ボルトのポーズで指さしてはしゃいでいたくらいなので、そこから寝てもらうのも一苦労でした。長男よ、明日の朝はかなり早いけど、大丈夫??

*1:ここがまずい

*2:誰を?

*3:残念な言い方になるかもしれませんが、2016年4月の感覚として、トルコはあの時行っておいて本当によかったと思っています

*4:金曜は開いている店もあるとか

*5:同じ構造ホテルはいくつか見渡せましたが

2016-04-01 タイ旅行記三日目・アユタヤ

ワット・マハタート。右奥の塔が傾いて

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜三日目・アユタヤ遺跡巡り 13:04

象に乗って遺跡見学

タクシーよりもミニバス

この日は7時を過ぎてから起床。支度を終えて、9時半ごろ出発します。

目指すは古都アユタヤ。1351年から400年以上にわたりアユタヤ王国の都とされた場所で、朱印船貿易に関わった日本人らによる日本人町も営まれました。しかし1767年にビルマ・コンバウン朝の攻撃で陥落し、徹底的に破壊されます。そのため、次いでトンブリー朝を興したタークシン王はアユタヤの再建を諦め、トンブリー*1に遷都することにしたのだそうです。つまり、「古都」といっても日本奈良京都とは異なり、破壊行為によって当時の伝統とは断絶された「遺跡」と表現する方が正確な場所です。ちなみに日本でもう一つ古都として知られる鎌倉とは異なり、1991年世界文化遺産登録されています。

アユタヤバンコクから北におよそ80キロ。ちょうど東京から箱根ぐらいの距離です。移動手段としてはバス鉄道など様々な選択肢があるので須賀、事前の下調べの段階で注目していたのは、実はタクシーでした。「バンコクで流しているタクシーと交渉して2000B前後で一日借り切ってしまえば、現地で観光客ずれしたトゥクトゥク運転手といちいち駆け引きする手間も省けて効率的」。ガイドブックにあったそんな参考情報が目に止まり、直前まで「子供もいるしベビーカーもあるし、それがうまくいくなら検討する価値はある」と考えていたのは事実です…この辺でお気付きになった方もおられるかもしれませんが、「流しで捕まえたタクシー」がどんなものかを確かめるため、前日にそれを試してみたのでした。

結果は、言うまでもありません。

最寄駅からBTSで、ロットゥーと呼ばれるミニバスが発着する戦勝記念塔に向かいます。しかし毎回思うので須賀、自動券売機紙幣が使えないというのはなんとかした方がいいと思います。最少額の紙幣が20Bで、初乗りの時点で15Bかかるんだから、その20B紙幣を受け付けなければ駅員の前に両替行列ができるのは目に見えていると思うんですけど…

タイ史に残る「東京条約

戦勝記念塔駅で降車。その名の通り戦勝記念塔前にある駅です。

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この塔は、1940〜41年に起こったタイ仏印(フランス領インドシナ)間の領土紛争での「勝利」を記念したものです。完全に余談になりま須賀、この紛争当時のフランスナチスドイツ傀儡ヴィシー政権でして、日本の友好国と日本同盟国の傀儡政権が戦火を交えるというやや複雑な状況だったようです。なので半ば必然的日本が和平調停の労をとることとなり、その際締結された条約東京条約と呼ばれています。

その塔を囲むロータリーの外縁が大きなバスターミナルのような機能果たしており、アユタヤ行きのミニバスもそこから発着しています。周りをうろつくこと15分。ようやく発着場所を見つけました。

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ミニバスの定員は15人前後。15分に1本くらいの頻度で出ていて、2本見送っても11時前には乗ることができました。料金は1人(1席)60B。事前に3人分取られた時は少し驚きましたが、一番前の三つ並びの席を丸々空けてくれて納得。ベビーカーもあったので、むしろそうしてくれた方が助かりました。

虎をなでて験担ぎ

12時10分ごろ。

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意外とこんな感じのところに降ろされます。近くで客待ちをしていたトゥクトゥクに乗り(50B)、エレファント・ライドへ。また象かよというご指摘もあろうかと思いま須賀、そうです、また象なんです。前回から約7カ月。その間長男は、家の近くの公園にある象のすべり台でよく遊ぶようになり、登園で近くを通る度に「ぞうさん。ぞうさん、シュー」と教えてくれるようになりました。保育園で習ったのでしょうか、「ぞうさん」の童謡を歌いだすこともあります。だったら今度こそ、現物のぞうさんと触れ合い、その背中に乗ってお散歩すれば、きっと喜んでくれるのではないか。親だけでなく、同行の1歳児も楽しめるプログラムにしたい…そんな思いで盛り込んだわけで、決して親が乗りたかったわけではありません(笑)

各種ガイドブックには1人500B前後で乗れるようなことが書いてあったので須賀、受付の女性はなぜか物悲しげな表情で倍の1000Bを提示してきます。もちろんそんなに払いたくないので、700Bまでは下げてもらって手を打つことに。これで遺跡の一つ、ワット・プラ・ラーム*2周辺をぐるっと回ってきましょう。そういえば、バリでは象乗りにいくら払ったんでしたっけか…

乗り場の前には象やら虎やらの展示コーナーがあり、陽気なお兄さんが私達のカメラ写真撮影してくれます。「タイに行って虎に怖々触りながら記念撮影」という図はこれまで何度か見たことがあって、大体寝てるんだろうから触っても大丈夫なんだろうぐらいの認識しかなかったので須賀、実際やってみると不思議な感じですね。それでも今シーズンの活躍を願ってさわさわしてまいりました。結構つやつやして気持ちよかったです。日本に持ち込んだらワシントン条約違反ですし、そんなつもりはさらさらないで須賀、虎の毛皮が欲しいという人が出てくるのは分かる気がしました。それを所有できる(=歴史的には「虎を狩ることができるほど自分は強い」)ことによる自己顕示欲の充足というのももちろんあるんでしょうけどね。

細君や長男も虎と記念撮影させてもらい、こんなに優しいお兄さんもいるんだなあと…なんてことはありません。その場を立ち去ろうとするや否や「チップ」なる名目で100Bだか200Bだか要求されましたが、もちろん拒否。そもそもチップって要求されて払うものではないような気がします。

眠たげに「ぞうさん」

前振りが長くなってしまいましたが、こうして再びの象乗り体験です。「ほら、ぞうさんに乗ってるよ」「すごいね、よかったね!」両側から代わる代わる声を掛けられ、状況が分かっているのかどうか「ぞうさん、ぞうさん」と繰り返す長男。ただちょっと眠そうです。

遺跡が見えてきました。

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ワット・プラ・ラームは、アユタヤの初代王の納骨のために14世紀半ばに建立されましたが、アユタヤ陥落時にビルマ軍によって破壊されたのだそうです。

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左側、朽ちてますね…。仏像の片手がないさまも、この遺跡が分断された過去の断面を示しているかのような印象を与えます。実際には時の経過で朽ちて、また観光地化されてすらいるんですけどね。

子より親が楽しむ

途中で象使いのおじさんが象から降り、自分が座っていた場所に細君を誘導してくれます(私は怖いので断った)。そして細君のカメラでたくさん写真を撮ってくれて…という肝心な時に、我が息子は私の膝を枕に爆睡していたのでした。おかげで笑顔の両親と長男の頭と耳だけが写ったものが大量に保存されることになりましたが、それもまたいい思い出でしょう。確かにゆっさゆっさ歩く象の背中は、お昼寝によい環境だったかもしれません。

それにしても、象に乗って遺跡を巡るというのは一石二鳥でよかったというのを超えて、純粋に楽しかったです。後から調べたらかなり当たり外れがあるもののようで須賀、象使いのおじさんもサービス精神溢れた人でそちらも満足。「多少チップあげてもいいんじゃない?」なんて話していたらもちろん(笑)最後に請求されましたが、小額紙幣がなかったりもしたもので100Bあげてしまいました。

そういえば彼、最後の方に「キバ、キバ」と片言の日本語を繰り返しながら乳白色のアクセサリーを売りつけようとしてきましたが、それこそもし本物だったらワシントン条約に触れてしまいますね、どうなんでしょうか。

象乗り体験後に昼食をと思ったので須賀、施設内には適当なレストランがなく、出たところの食堂でいただきます。

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ワンタン麺に「子供料金」

日本人感覚でいうところのラーメンワンタン麺ですかね。店の写真で推察できるように一杯20B なので須賀、いっちょ前のワンタン麺に箸*3をつけた長男にはなぜか半額の「子供料金」が適用され、3人合わせて50Bでした。量はやや少なめでしたが、そもそも暑くて食が進まなかったのでちょうどよかった気がします。市井の人たちの金銭感覚は、このくらいなのかもしれません。

ワットマハタート―往時をしのびつつ

サガットには会えず

さて、この時点で午後2時が近づいてきていました。アユタヤで見学できるのは、あと一つか二つでしょう。当初は細君の希望もあり、復元された巨大寝仏がある*4ワット・ローカヤスッターに行こうとしたので須賀、近くにいたトゥクトゥクの感じの悪いおじさんに「あっちははずれの方だからトゥクトゥクはいないよ(チャーターでもしない限り帰ってこれないぞ)」と脅かされます。この日が平日だということも関係しているのか、意外なほどに観光客トゥクトゥクも少なくて、本当に帰りの足がない事態想像されるような雰囲気だったので、次に寄るつもりだったワットマハタートに直行することにしました(移動は100B)。

廃墟」に刻まれた時間

ワットマハタートも、先ほどのワット・プラ・ラームと同時期に建てられ、同様の運命を辿った寺院で、こちらは世界遺産の構成資産になっています。

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傾いたクメール様式仏塔、頭部を切られた仏像。唯一と言っていいのではないでしょうか、中央部に鎮座する仏像だけが「斬首」を免れています。その穏やかな表情、そしてその肩に止まる鳥の囀りが、廃墟と化した寂寥感を否応なく引き立てます。壊される前は、どんな様子だったんだろうか。

しかし、重複しま須賀、この場所の時が止まっているわけではありません。

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この遺跡、いえ、もしかしたらアユタヤで最も知られた写真かもしれません。切り倒された仏像の頭が、長い年月を経て木の根に取り込まれたのだそうです。廃墟のままで経過した時間を、まざまざと見せつけられます。

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ビルマ軍もご苦労なことに、一体ずつ頭部を破壊していきます。多分ビルマ軍が仏教を憎んでいた*5からでも、特別に残虐な軍隊だったわけでもないんだろうと想像しているので須賀、「他民族の都だから」という仮説を検討するに際しては、いわゆる近代ネーション意識が根付く前のどんな類の「民族」意識に基づいて、このような破壊が是とされたのかが気になるところではあります。

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現地の僧侶たちも記念撮影しています。このほかにも現地の大学生と思しき一団が、カメラをぶら下げて見学に来ていました。私と長男がそこを通り過ぎようとすると、それらのカメラが一斉に長男に向けられ、女子学生黄色い声(?)とともに次々とシャッターが切られます。まあ怒ってもしょうがないので、かわりに話しかけてきた女子学生に「あなたたちはどこから来たんですか?」と尋ねてみたので須賀、「この子は何歳なの?」という自分の再三の質問に返答がない*6ので早合点したのか、「あなた日本人英語わかってる?」とか聞いてきたのには若干イラっときました*7

君子(笑)自重す」

さて時計を見ると、優に午後3時を回っています。この遺跡に1時間以上留まっていたんですね。まだまだ陽も高く、名残惜しくはあったので須賀、アユタヤ観光はここまでにして帰途につくことにしました。サガットワット・ローカヤスッターはともかく、アユタヤ最大のワット・プラ・シー・サンペットをスルーするとは何事か、というご意見もあろうかと思いま須賀、金曜夕の混雑の中でバンコクまで2時間、さらにホテルまで1時間弱かけて戻ることを考えると、その「最大の遺跡」を見て回る時間はないだろうという判断と、ワットマハタートの遺構も期待以上の迫力で、少なくとも両親は非常に満足できたことから、ここでも「君子(笑)自重路線を貫くことにしたのでした。

今考えれば十分歩けた距離トゥクトゥクで移動し(100B)、バス発着場に降り立つや否や、ガタイのいいおじさんが「バンコク?」と声を掛けてきます。頷くとすぐにミニバスの最後列にご案内。ベビーカーは車体の後ろから積んでくれました。席が埋まり次第発車ということらしく、しばらく待ちます。

ほどなく現れたのはイタリア人でしょうか、男性2人組でした。これで人数的には足りたわけで須賀、1人が案内されたのは最後列の、さっきベビーカーを積んでもらった席でした。ここに人が来るということは、長男をどちらかの膝に乗せるしかなさそうです。その準備にまごついていると、気を遣わせてしまったのか「ちょっとここには乗れないよ」と男性。「次の便がすぐ来るなら」と連れも一緒に降りることになり、このバス客待ちも振り出しかと危ぶまれたので須賀、どこからともなく現れた別の男性1人が「補充」され、4時前には無事バンコクへと向かうことができたのでした。

ちなみに。すでにお気づきかと思いま須賀、現況私達は、最後列の4席を占有していますので、最終的に4分の240Bを支払いました。厭味でも何でもなく、これは合理的な発想ですよね。さすがに(15人乗りとして)60×15=900Bで1台貸し切れるかどうかまでは分かりませんけどww

イーサーン料理に舌鼓

時間帯も時間帯、曜日も曜日とあってか、バンコクに近づくにつれて車の流れは悪くなりましたが、イメージ通り午後6時前には戦勝記念塔前に戻ってきます。この時間に来てみると、ものすごい人波が駅から吐き出され、流れをさかのぼるのも一苦労です。

夕飯は最寄駅近くのタイ料理屋。特にイーサーン地方(タイ東北部)の料理を食べさせる店で、グリーンカレーといい酸味*8のあるココナッツスープといい、後味がしっかりしたこれぞという味わい*9で楽しめました。もちろんビールも飲んでみんなで1000B弱外国人価格の店であることは間違いないでしょう。

そのまま宿に戻って就寝。特に長男お疲れ様でした、明日はゆっくり楽しみましょう。

*1バンコクチャオプラヤー川西岸ワット・アルンのある側です

*2:これから写真もご紹介しま須賀、資料によってはこれを「ワット・プラ・ラーム」と断定するのにはちょっと不安のある記述も見られます。お詳しい方、もし違っていましたらご指摘ください

*3:厳密にはスプーン

*4:と言うより「スト2のサガットステージ」とご紹介した方がいいかもしれませんwwサガット氏の本拠地 ワット・ロカヤスタ | WorldTravelog- 海外生活・旅行日記「アユタヤ」っていうより「サガットの」って言った方が伝わりやすいんじゃないか?|インペリの旅プロへの道参照

*5ビルマ・コンバウン朝は仏教を手厚く保護したことで知られています

*6一方的に質問を重ねてくるのが鬱陶しかったので無視していた

*7:あなたよりはね、とか答えてやればよかったのかもねw

*8源頼政の話はしていないので「三位」って変換してくれなくていいよ

*9ステレオタイプです

2016-03-31 タイ旅行記二日目・バンコク

チャオプラヤー川を行き交う船

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜二日目・バンコク市内観光 13:32

バンコク市内を巡る

1歳児に英語教育

起床は6時半。いつもながら「起きた」というより長男に起こされます。バイキングの朝食では、日本語の「あーとうっ(ありがとう)」より格段美しい発音で「Thank you」と言えることが発覚し、両親ともに驚愕していました。通っている保育園で、ネイティブ先生英語の歌を歌って遊んだりする授業(?)が定期的にあり、その影響、としか考えられないので須賀、こんなに「効果」のあるものだとは思ってもみませんでした。

極端な主張かもしれませんが、外国語よりまず自国語を教えないととまでは言わないまでも、家庭で両親がバンバン日本語を使っていて、もっと言うと(少なくとも父親は)日常的に英語子供に話しかけることができない…という環境に置きながら、「さあ、バイリンガルを目指しなさい」とけしかけるのもちょっと無理があるかなあと常日頃から思っています。なので、そういう授業を通じて「日本語以外の言葉を使う人もいて、むしろそっちの方が多いんだ」とか「肌の色や見た目が違っても同じ人間だから、怖がらずに仲良くすればいいんだ」といったことを体感してくれればいいや、ぐらいの認識だったので、重ねて言いますが本当にビックリしました。ちなみに彼は、この一つの国際語を父親よりも美しく発音できることによってモテモテの日々が続くことになります。

川を上って王宮周辺へ

さてさて、この日のテーマバンコク市内観光です。「バンコク発祥の地」とでも言うべき王宮周辺に向かいましょう。9時ごろ出発します。

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2枚目は、今年で在位70年目を迎えるラーマ9世の写真が街中に掲出されているさまです。日本英語圏では主に「フミポン国王」と呼ばれているそうで須賀、「大地の力・並ぶことなき権威」を意味するという通称プーミポンアドゥンラヤデート」は本来、途中までで略したりはしないものだそうで、タイの人たちからすれば「明天皇」「大天皇」「昭天皇」と言われて日本人が抱くような違和感があるのかもしれません。

脱線が多くてすみません。スクムウィット駅から地下鉄に乗り(23B)、サラデーン駅*1からBTS(28B)に。ここでザッと雨が降り始め、雷鳴まで轟いたので須賀、3つ先のサパーン・タークシン駅に着く頃にはすっかり上がっていました。これぞ愛のスコール、といったところでしょうか。

ここからはチャオプラヤー川を船で行くチャオプラヤー・エクスプレス・ボートに乗り換えて王宮周辺に向かいます。と言うと、観光資源としてリバークルーズをやっているようにも聞こえま須賀、さにあらず。実は王宮周辺には鉄道の駅がなく、また前掲の写真でもご想像がつきます通り道路渋滞にも厳しいものがあるため、移動経路としては多少遠回りでも船に乗った方が早くて便利、ということがままあるのだそうです。

そんなわけで*2、片道40B払って乗り込みます。

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細君は、ここまでの道中で(私達のような)幼児連れが意外にも少ないことを訝っていたので須賀、ここにきて同じような月齢の子に会う機会も増えました。まあ大体観光客ですけどね。

10時20分ごろ、上流へ向けて出航します。

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川面を吹く風が涼しくてとても気持ちいいので須賀、これは潮風でしょう。決してしませんが(笑)、川の水も舐めるとしょっぱいのでしょうか。

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こちらは三島由紀夫小説暁の寺』のタイトルにもなったワット・アルン。残念なことに改修中でした。

巨大寝仏にごあいさつ

船を降りてまず訪ねたのはワット・ポー。

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金箔で覆われた体長46メートルの寝仏が、圧倒的な存在感で迎えてくれます。脇にはお布施を入れる器が。参拝者がコインを入れる度に音が響きます。

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前面中央には祈りをささげる壇が。祖父母の家で見慣れているからか、親に言われるでもなく*3自然とそこで手を合わせた長男を見て、後ろを歩いていた(恐らく)現地のおばさんたちがかなり驚いていました。別に自分子供の「品行方正さ」*4を自慢したくてこういうことを書いているわけではなくて、むしろ日頃見せていること、していることの影響の大きさを実感させられる一幕でありました。

境内には壮麗な仏塔が林立。

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こちらは「見ざる、聞かざる」の一種でしょうか。バリ島にもいましたね。

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本堂の回廊には金色に輝く仏像

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…と使用済みの食器がズラリ。団体客なのか、多くの人が昼食をとっていました。今考えれば、本堂に入れなかったこととも関係あるのかもしれません。

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ちなみにこのワット・ポー、入場券(100B)にペットボトル飲料水の引換券が付いていて、境内にあるテントで交換してもらえます。熱帯地域らしいですね。

タイ海軍メガネっ娘キャラ

私達もお腹がすいてきたので昼食にしましょう。華人系の経営と思しき近くの店でいただきます。

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これで240B。右端のミルクティーが激甘で若干持て余しました(笑)

次なる目的地・王宮方面に歩いていると、こんなお店と出くわします。

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海軍婦人協会ショップ」。喫茶店とグッズ販売をしているような店で、面白そうなので入ってみることに。そして私が購入したのがこちら。

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タイ海軍萌えキャラですねwwwこれとは別にメガネっ娘キャラもあったので須賀、そちらは職場の先輩に進呈いたしました。ちなみにちゃんとした汎用性の高いものも売っていて、細君は長男に服を買い与えていました。

もうずっと(中国)人大杉

そして王宮前。

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もうずっと(中国)人大杉

この時点で午後1時半。これからの一番暑さが堪える時間帯に、こんな人混みの中を1時間以上歩き回って、さらにヘタすると2時間近くかけてホテルまで帰るのは果たして賢明なことなのでしょうか。夫婦2人ならともかく、もう1人の同行者はいつもならお昼寝の時間です。バンコク駐在歴のある友人のアドバイスが思い出されます。「ワット・アルンとワット・ポーは必見だけど、ワット・プラケオ、王宮はスルーで構わないと思うよ」。川の対岸にあるワット・アルンに行くには、さらに時間がかかるでしょう(しかも改修中)。

…帰りましょう。

ここまで来ておいてもったいないことには間違いないので須賀、自分独りで来ているわけではない以上、こういう判断も必要でしょう。「3寺院の中で一つだけ見学するなら、ワット・ポーだったろう」。無理なくそう納得することもできたので、外観だけ拝見した後、さほどの心残りなく船着き場の方に足を向けることができました。

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船着き場に着いたのは午後2時ごろ。案の定寝てしまった長男とともに、今度は川下りです。

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梯子のようなものを横に掛けてしまっていたりと、川とともにある生活のありようが随所に垣間見えます。

再びサパーン・タークシン駅でBTSに乗り換え。実はこの駅、ベビーカー連れには不便極まりないことに、船着き場から線路のある高架に上るためのエレベーターはおろかエスカレーターもないんですね。逆に言うと、これまで使ってきた乗り換え駅にはどこかしらにあったわけなんですけれども、雨上がりかつ一番暑い時間帯に寝ている子供の乗ったベビーカーを持ちあげて階段を登るのは少々難儀でした。

スイーツ(笑)堪能

帰りはシーロムを通り過ぎて、バンコク最大の繁華街というサイアムで途中下車

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大型商業施設をくぐり抜け、

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なんだか見覚えのある看板を横目に辿りついたのは…

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マンゴー専門店マンゴータンゴ」です。一時期、東京にも出店していたという有名店。店頭では「ミスターマンゴータンゴ」が出迎えてくれます。

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オーダーはこちら。

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左が「マンゴーパフェ」(95B)、右が生のマンゴーアイスプリンが載った「マンゴータンゴ」(140B)です。パフェで某幼児の顔がちょうど隠れてますねww

どれも非常においしかったんで須賀、個人的なおススメはプリンです。使われているのはココナッツミルクでしょうか、そのおかげでマンゴーそのものという味ではなくなっているので須賀、またそこがいいというか、マンゴー存在感がうまいこと着地している感じで、アイスや果実とのバランスもよく取れています。

お前ついにスイーツ(笑)を語るようになったか(笑)、と嘲笑が聞こえてきそうで須賀、ここまで「3時のおやつ」を堪能できたのはいつ以来でしょうか。長男もおいしそうに生マンゴーを貪っていました。

再びBTSに乗ってホテルへ。

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そういう時期にサマーセールを打つんですね、てか一年中なt(ry

夕飯時間帯まではホテルで休憩。細君と長男プールで少し遊んでいました。

「北レス」訪問騒動記

宇宙開発」を支援?

午後6時。夕飯を食べに出かけましょう。目指すは、こちら!

バンコクに北朝鮮レストラン再オープン! 喜び組のショーも毎日開催 | 世界を旅するガイド Photrip フォトリップ

バンコク市内に再オープンしたという「北レス」即ち北朝鮮レストランです。近頃、韓国政府自国民向けに「北朝鮮レストランの売り上げは、核兵器ミサイルの開発に充てられている可能性があるので行かないでね」とアナウンスしたことでも話題になりましたが、祝儀袋にお金を包んで「貴国のさらなる宇宙開発の発展にお役立てください」と手渡すような行為や態度を取るならともかく、真に好奇心*6から見たいものがあるなら、それへの対価は支払ってでも見てしまえ、というのが私のポリシーではありまして、まあ、核開発もミサイル発射もやめてほしいと思っているので素晴らしい行動であるとは思わないので須賀、出掛けることにしたのでした。補足して言うと、蓋然性は異なるで生姜(そう信じたいで須賀)、今シーズン野球場、特に東京ドームチケットを買った人は、その代金が今後も野球賭博やそれに類する行為の原資となる可能性についてどのように考えていますか?では、お金を払って野球を見に行くことを取りやめるべきでしょうか?かなり極端な例ではありますけれども…

だから海外タクシーは嫌いだ

レストランホテルの南東方面にあり、歩いても30分弱で着くとのこと。ただ、やや微妙な距離でもありますし、また明日以降の旅程に(どのくらい)活用可能かの判断材料にしたいという思いもありまして、流しで走っているタクシー*7を利用することにしました。

タクシーを止めて乗車した後、同じ敷地にある日本料理店(居酒屋)を目指すようお願いします。ただ、面倒なことに割と近隣に2店舗ある(目標は2号店)ため、通りの名を言ったり地図を見せたりと、伝達に苦労をしました。案の定、最初は1号店の方へ向かっていて、再度指示をして逆方面に向かってもらうことに。しかし…どうも行き過ぎている。しかもさらに南方に進んでいるようです。しかもお約束交通渋滞にはまり、方向転換できるような交差点にもなかなか出くわしません。

私「あと何分かかりますか?」

運転手渋滞してるから、1時間くらいかかるね」

私「違うだろ、嘘つくな」

そもそも徒歩30分の場所からそんなに遠くまで来ていないわけで、いくら渋滞していてもそんなにかかるはずはありません。悪意的に連れまわそうとしているのかどうか、確かめるために尋ねてみたので須賀、これこそ案の定でしたね。

私「(舌打ちをして)もういいからさっさと戻れ」

運転手「ここから戻ると40分かかるよ」

私「お前はホントに嘘つきだな。さっきから嘘ついてるのバレバレだよ」

バレてしまっては仕方がない、ということでしょうか。さすがにもといた方にハンドルを切った運転手。しかしその乾いた作り笑いが余計、こちらの癪に障ります。道路は相変わらずの渋滞幹線道路だったため、どの道を走っているのかは分かりました。

私「もうここで降りる」

もし日本で同じトラブルに遭ったらそうはしないで生姜、メーターに表示されていた103B運転手に押し付け、北へ向けて歩きだします。降りる間際に道案内のようなことを言っていたようで須賀、もしそれが正しかったとしても、そんなことに耳を貸したり、視線を呉れてやる義理があったでしょうか。悔やむらくは、この運転手なりタクシー車体なりの写真を撮ってくるのを忘れたことです。

北朝鮮との「再会」、そして…

ガイドブック地図の中に再び現在地点を落とし込むのに、そう時間はかかりませんでした。反対方面からのアプローチにはなりま須賀、むしろここからの方が目的地にも近そうだったので、そのまま直行することにしました。

果物雑貨が並ぶクロントゥーイ市場を抜け、

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在住日本人御用達な感じの商業施設の脇を通って、

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見つけましたよ先生

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苦節1時間ちょい*8。やはり一筋縄ではいかない相手でした。冗談でなく、万感の思いを胸に敷地内に歩を進めます。すると…

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えっ?えっ??

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ちょ、待てよ!wwwwwwwwwwwwwww

こうして、第三国ながら北朝鮮と再会するというささやかな夢を絶たれた私は、同じ敷地の日本風居酒屋日本価格の海の幸をたらふくいただきました。ごちそうさまでした。

最後の最後になかなかなオチが付いた2日目の話も、これにて終わりにしましょう。3日目は古都アユタヤ遺跡を目指します。

 

追伸 まさにこの日の分の執筆中に、こんなニュースが飛び込んできました。

北朝鮮従業員13人が韓国入り=海外飲食店脱出、制裁で打撃か

ソウル時事】韓国統一省報道官は8日、北朝鮮海外で運営するレストランで働く13人が集団で脱出し、7日に韓国入りしたと発表した。

脱出したのは3月初めに国連安保理制裁決議が採択された後という。

13人は男性の支配人1人と女性従業員12人で、いずれも北朝鮮国籍レストラン所在地韓国入りの経緯などは明らかにしていない。13人は韓国政府の調査に「制裁でレストラン運営が打撃を受けているのに、当局から上納金を求める圧力が続き、相当な負担を感じた」などと語ったという。

韓国政府北朝鮮核実験長距離弾道ミサイル発射を受け、在外韓国人北朝鮮レストランを利用しないよう要請安保理制裁も重なり、レストランの客が減り、一部は閉鎖に追い込まれたとも伝えられていた。(4月8日、時事通信)

この一報の時点では「もしかして」とも思いましたが、後の報道によると、この脱出劇の舞台中国・寧波の店舗「柳京*9」であったそうです。それとは別に、世界各地にある「北レス」の苦境も伝えられており、北朝鮮を取り巻く緊迫した国際情勢を敏感に反映しているのだと実感させられます*10

海外北朝鮮レストランが相次ぎ廃業 制裁で打撃

ハノイ聯合ニュース北朝鮮外貨稼ぎを目的に海外で運営しているレストランが、制裁で大打撃を受けている。

北朝鮮による4回目核実験事実上長距離弾道ミサイル発射を受けて韓国政府が利用自粛を勧告し、現地の韓国系住民も利用を控える運動を展開したことで、経営難に陥り、廃業する店が相次いでいる。

カンボジア韓人会長は7日、聯合ニュースの取材に対し、首都プノンペンにある北朝鮮レストラン6店舗のうち3店舗が営業を中止したと伝えた。

会長によると、北朝鮮レストランの客の8〜9割は韓国人観光客だが、北朝鮮1月6日核実験を行って以降、韓人会が利用自粛を呼び掛けるポスターを貼って回り、旅行会社にも賛同を求めたという。

プノンペンにある営業中の3店舗のうち、2店舗は現地人や中国観光客が足を運んでいるものの、以前に比べ客が急減し、残り1店舗は廃業の危機に直面しているとされる。

また、米政府放送局ラジオ自由アジア(RFA)は先ごろ、中朝貿易拠点となる中国遼寧省丹東にある北朝鮮レストラン15店舗のうち、3店舗が廃業したと報じた。中国には北朝鮮レストランが数百店舗あるが、国連安全保障理事会北朝鮮制裁決議を受け、経営難に陥る店が増えているという。

ベトナムには4店舗あるが、現地の韓国大使館韓人会が2月に利用自粛を呼び掛けて以降、客が5〜6割以上減ったとされる。(4月7日、聯合ニュース)

*1地下鉄シーロム駅から接続しています。このように、乗り換えの接続駅同士で名称が違うことが多いのは特徴の一つかもしれません。不便です

*2:とはいえ私達は観光気分

*3:少なくとも私は絶対に指示しない

*4:そもそも宗教心のない私は、特段そうは見做さない

*5:今気付いたんですけど、この写真ちょっと怖いですね。ピントがどこにも合っていないように見える上に、左の帽子が浮いているという…

*6:先述の「態度」といい、実証的ではない物言いであることは分かっています。私にとっては、そこの線引きはモラルであり、結局他人に「それ見ろ」と証明できるものではないようです(笑)

*7ホテル客待ちをしているタクシーは質が悪い、と聞いていたので

*8:本来は徒歩30分

*9平壌の別名です。未完成のまま晒されていた巨大ホテルにも同じ名が付いていますね

*10:私が実際に訪ねた店の個別の状況を推測する趣旨ではありません

2016-03-30 タイ旅行記一日目・バンコクへ

スクムウィット駅前に並ぶ屋台

[][][]駆け込み?駆け足?1歳10カ月児と行くタイ〜一日目・フライトと宿まで 12:20

0日目まで

「駆け込み」海外旅行

突然で須賀、飛行機国内線国際線子供料金がかかる年齢が違うことをご存じですか? と言うとやや不正確な表現になってしまうので須賀、国内線では3歳になるまで、座席を占めずに大人の膝上にいれば無料になる一方、国際線でそれ(といっても大人の10%料金)が許されるのは2歳未満です。しかも子供料金自体も、国内線半額に対し国際線75%で、「まあちょっとまけてあげようか」程度の割引率になってきます。

以上はあくまで一般論で、LCCなどはまた別のルールがあったりします*1

で、何が言いたいかというと、そろそろギリギリになってきたわけです。この時期も春休み期間中ではあるわけなんですけれども、GWはちょっと御免蒙りたい。ただ逆に言うと、より2歳に近い時期の方が、長男ができることも、わかることも多くなっているはずです。二語文、三語文を話せるようになってきたし、どうやら「ぞうさん」は好きらしい。とすれば親の休みの調整をつけて行ってしまおう、そんな魂胆でした。

ただ、長男が親の膝の上ないしその周りの限られた空間にいなければならないことに、両者ともそう長い時間耐えられるわけではないでしょう。乗り継ぎや大きな時差、深夜便も避けたい。それで親も初めての場所となるとかなり限られてくるので須賀、今回この制約をクリアしつつ、行ってみたいと思えたのがタイ(バンコク)だったのでした。本来は周辺の国とともに周遊するとか、せめて泰緬鉄道で有名なカンチャナブリーには行く…というのが理想的でもあったので須賀、今回は極めてスタンダードに、バンコクアユタヤを見てこられればいいかな、くらいの心づもりでおりました。

0日目

仕事の繁忙期ということもあり*2、9連勤の最終日でした。ずっとパソコンの前に向かってイライラしているのが主な業務なので、連勤が重なると取材記者時代とは違った疲れ方をします。この日は頭痛を抱えながら社会面をつくり、帰宅タクシービールを呷って何の準備もしないまま就寝しました。

バンコクまでのロングフライト

横たえる場所はなし

朝は早めに起きて、荷物を詰め込んで空港へ。複雑な家庭の事情(笑)があり、妻子とはここで合流します。直行便とはいえ、6時間は超えるロングフライトです。機内での昼食後、抱っこひもで寝かせつけることには成功したので須賀、前回と違ってベビーベッドの用意がない*3ため、寝ている子供を横たえる場所がないんですね(笑) やむなく代わる代わる抱っこしながら自分達も意識を飛ばしていたので須賀、腰が痛くて何度も目が覚めるというなかなかしんどい時間帯が続きました。

チーバくんとの邂逅

日本タイの時差は2時間。現地時間の午後5時ごろ*4バンコクスワンナプーム国際空港に降り立ちます。

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さて、早速宿に向かいましょう。ターミナル直結のエアポートレイルリンク(空港連絡鉄道)を利用します。道中で現地通貨バーツ*5両替をしましたが、空港を出てすぐの両替所より、レイルリンクの改札近くの方がレートがよかったです(10円≒3.1B)。

レイルリンクマッカサン駅までで35B。ちょうど6時に空港駅のホームに降りたら、何やら音楽が流れています。なんだろうと思う間もなく曲は終わり、それと同時にホームの椅子に座る人たちの後姿が。エレベーターの出口から見たのでホームにいる全員がそうしていたかまでは分からないので須賀、恐らく流れていたのは国歌で、少なくとも私の視界に入った数人は、国歌を静聴するために起立していたものと思われます。

ホームに滑り込んだのは、なんとチーバくんのラッピング車両

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車体いっぱいに、日本千葉県PRしていました。タイからの訪日客は近年増えていて、箱根湘南(藤沢)といった有名どころの観光地も誘客に力を入れているそうなので、そういった取り組みの一環ということなのでしょう。

バンコク地下鉄バックヤード見学?

マッカサン駅では、夕方の交通ラッシュを眺めながら地下鉄(16B)に乗り換えます。

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ここから10分ちょっと歩いた先にあるのが、今回お世話になるホテルです。https://www.ihg.com/holidayinn/hotels/jp/ja/bangkok/bkkhi/hoteldetail

今回ももちろん(?)細君が選んでくれました。「徒歩数分」で行くのは難しかったで須賀、地下鉄BTS(高架鉄道)の駅が間近です。部屋も清潔で、スタッフ気持ち良く対応してくれる方ばかりでした。

夕飯は向かいのバーで。

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ベタチャーハンなどをいただきました。タイビールといえば「シンハー」で須賀、ここでは写真にある「チャーン」に。こちらの方が味がしっかりしていて、ラガー派の私は好きでしたけどね。現地では是非こちらもお試しあれ。

部屋に戻ったのは9時前。長男を寝かしつけた後、やっと楽な姿勢で眠りにつくことができました。

*1:例えば赤ちゃん・子ども料金の基礎知識?交通機関:飛行機編 |赤ちゃん・子連れ旅行のHow To記事などを参照

*2:要するに繁忙期に平気で休んだ

*3:恐らく体重オーバー

*4日本時間同7時ごろ。以下略

*5:以下Bと表記

2016-03-29

[]『代議制民主主義』(待鳥聡史) 00:35

代議制民主主義歴史課題理論的な分類などを通じてその特徴を論じ、国政・地方政治を問わず根強い制度への疑問や批判に応答しようとした本です。歴史的には権力分立抑制による権利保護を目指す自由主義と、平等な政治参加を目指す民主主義の経路依存的な結合が議会制であり、その「結婚」を支えた戦後和解体制崩壊が現在の危機を招いている、というのが著者の現状認識です。また制度論的には、執政制度議院内閣制大統領制か)と選挙制度(比例性の高さ)が両者のバランスを大きく左右しており、制度改革などにで本人ー代理人の責任委任の関係を調整することで、それを変えていくことができる、としています。

比較政治制度論として明晰な議論で、著者の言う通り「民主党が決められなさすぎたとしても、安倍政権が決め過ぎたとしても、個別政権政策への賛否を代議制民主主義制度への態度に持ち込むのはおかしいよね」ということにもなるのでしょう。

ただ、日本の政治制度分析1990年代以降の制度改革)についてはいくつか感想があります。まずは著者がこれらの改革一貫性がないと評している点です。国政において衆院選挙制度の比例性を低めておきながら参院はそのままで、地方分権司法制度改革に至っては「拒否点」を増やしているではないか、というのがその指摘なので須賀、それらが政治システム全体として捉えればそういうベクトルを持っていることはともかく、その個々の改革(特に司法制度改革)についての意義の評価も含めた上で全体のことを論じてもよかったのかなという気はします。

もう一点は、現行の小選挙区比例代表並立制についてです。本書の中では比例性の高い制度と低い制度ハイブリッドである、という整理に止まっていま須賀、制度論として語るべきことは果たしてそれだけでしょうか。『独裁者のためのハンドブック』(ブルース・ブエノ・デ・メスキータ、アラスター・スミス)によれば、「独裁者*1自分権力基盤を維持するため、「少数意見配慮する」などと称して(決定的な意味を持たないくらいに小さい)定数の一部だけを社会の諸勢力に比例的に配分することがあることを指摘しています。これは自分(たち)に敵対しうる勢力を分散させ、結果として相対優位を保つ効果があり、まさしくそれは孫子兵法で言うところの「敵は分散させ、味方は集中させる」であり、昨今の日本政治で使われる言葉では「一強多弱」なのであって、実は今の日本では、その効果がてきめんに表れているとも見えるわけです。まあこれは定数の配分や、比例に阻止条項がないといった制度設計による部分も大きいと思われま須賀、並立制の帰結の一つとして注意すべき点であるように思います。

衆参ダブル選シナリオ公然と語られるようになってきました。この本の観点から言えば、比例性が異なる選挙が同時に行われるわけで、それによる「汚染効果」がどう出るかなど、これらの知見を踏まえた上で見ておくべきポイントは多そうです。

*1引用する本においては、毛沢東やら金正日やら、先日我が国の首相会談したムガベといった正真正銘の独裁者、よりはやや広義の用法です

2016-03-28

[][]早く風邪を治して高飛びタイ 12:48

先週の特に半ばは突如40度を超える高熱に襲われ、寝ているか(解熱剤を飲んで)仕事をしているかどちらかという生活でした。当然疑われるのはインフルエンザなので*1発熱時間後とその1日後の2回検査を受けましたがいずれも陰性。「念のため」と言われて応じた血液検査の結果も正常で*2、結局は風邪をこじらせたのだろうという見立てで落ち着きました。

ただまあこれは個人的には納得の結論で、なぜかというと私が発症する数日前から、長男風邪をひいていたんですね。風呂や登園中の抱っこひもで文字通り濃厚接触している彼がそういうウイルスを貰ってきてしまえば、私が感染を防ぐのはあまり容易なことではないわけで、発熱2日前に喉が痛かった時は「子供から貰ったんだろうな」以外の感染ルートは思い当たりませんでした。

しかし子供は、一貫してほぼ平熱だったんですね。その話を人にしたら「子供風邪が移ると大人は大変だから、なめないほうがいいよ。あっちは免疫がないとは言うけど、新陳代謝は段違いだからね」。いやホントに、参りました。

さてさて、なんとか仕事に穴をあけずに体調が戻ってきたのでようやく書ける部分もあるので須賀、明後日から5日間、タイに行ってきます。

D17 地球の歩き方 タイ 2016~2017

D17 地球の歩き方 タイ 2016~2017

タイミング的には子供が2歳になる前の駆け込み、行き先は子供が耐えられるだろうフライト時間範囲内で興味があるところ、という大人本位のチョイスです。家族3人、無理が生じない範囲で楽しんできたいです。

*1:そうなら出社なんかできない

*2:むしろ肝臓健康ぶりに驚いたw

2016-03-16

[]『地震日本史』(寒川旭) 15:14

地震の日本史―大地は何を語るのか (中公新書)

地震の日本史―大地は何を語るのか (中公新書)

縄文時代から東日本大震災まで、日本列島を襲った大地震歴史を羅列した本です。断層活動液状化津波痕跡といった「地震考古学」的な史料から文献までを駆使し、それぞれの地震について手厚く紹介しています。「自分の住む地域で昔起こった地震についてよく知ってほしい」というのが著者の狙いでもあるそうで、確かになじみの土地を襲った地震記述は、地名ランドマークまでも登場するだけに真に迫るものがあります。

一方で、地震歴史相互作用*1的な話も期待していた私としては、やや拍子抜けがしました。大災害後のパニック状態が引き起こした(もちろんそれだけのせいではない)悲劇というと、関東大震災後の朝鮮半島出身者への虐殺事件が有名で須賀、内管領平頼綱北条貞時に討たれたのもこうした状況下だったとか、安政江戸地震で「水戸の両田」と並び称された二家老を失った水戸藩が衰微したとか、そもそも天正地震で城や城下町ごと埋まってしまった内ヶ嶋氏理とか、恐ろしくも興味深い話はありましたけれども、もっとそういうアプローチがあれば読み物としても面白かったのかな、という気はしました。

それにしても、東南海トラフの連動地震が騒がれている理由については、この本を読んでようやく理解できた気がします。

*1歴史地震作用する(特定歴史上の出来事や行いが地震を惹起する)という見解は、現代でこそ迷信めいて聞こえま須賀、それが通用した時代には地震から歴史(特に為政者の行い)への「フィードバック」ということも十分考えられるはずです