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2016-11-12 ソウル男旅二日目・大規模デモ

ろうそくを手に帰路につく若い男女

[][][]2歳児とソウル男旅〜二日目・大規模デモに出くわす 15:50

幻の都・水原

1年ぶりの父の手料理

2日目の朝は午前8時過ぎに起床。長男は6時頃に目を覚ましたので須賀、部屋が暗かったのをいいことに「まだ起きる時間じゃないよ」と半ば強引に説き伏せて二度寝していただきました。なんとか2人でシャワーを浴びて食堂へ。食堂といっても、ラウンジトーストやら生卵やら調理器具やらがあって「ご自由にお使いください」というゲストハウスならではのスタイル。私自身1年以上ぶりであろう料理としてスクランブルエッグを作ってあげるべく奮闘していたので須賀、長男はその間に、他の部屋の宿泊者からチョコをたっぷり塗ったトーストをもらってもぐもぐ食べていました*1。途中まで女の子と間違えられていましたが、飲むヨーグルトももらえて上機嫌な長男。「バイリンガル」と称する保育園学習コーナーで習った「Thank you」が、ここでも役に立ちました。ただ、何かしてもらったときに「ありがとう」と言うべき相手なのか(「ありがとう」より通じる可能性が高い言葉として)「Thank you」と言うべき相手なのか、つまり相手が日本語話者であるかどうかの弁別は、少なくとも行動に結びついてはいないようでした。

イボミの故郷を訪ねて

さて、そろそろ宿を出ましょう。何だかんだで10時半を過ぎてしまいました。この日目指すのは、ソウルの南約35キロにある水原です。幻の都城跡である世界遺産・華城とカルビで知られる街です。あと、ゴルフを知りも嗜みもしない私ですら知っている女子ゴルフ選手・イボミの出身地なんだそうです。最後のはともかく(笑)、そんな水原の魅力を日帰りで堪能してきてしまおうと、ベビーカーを押して街に繰り出します。

ソウルから水原へは、ソウル駅発の特急電車を利用するのが便利とされています(30分ほど)。ソウル駅も遠くないのでそれでもよかったので須賀、宿の目の前にある鐘路3街駅から地下鉄1号線に乗れば、そのソウル駅を通り過ぎて直通で水原まで行くこともできます(ただし所要1時間ほど)。特急にも興味があったので須賀、またソウル駅の煩雑な乗り換えでベビーカーを畳んだり持ち上げたりしなければならないとすると実質的な所要時間は変わらないのではないかと考え、帰りはともかく、行きは特急に乗り換えずにそのまま南下することにしました。

ファソンカルビヌンオディエヨ?

水原駅に着いたのが正午ごろ。華城は駅から2キロほど東にあり、公共交通機関としてはバスを利用する方法があったので須賀、逆にそのくらいの距離でベビーカーを云々してバスを乗り降りするのも面倒だよねと、サクッとタクシーで南門である八達門に降り立ちました。

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まず探したのはカルビのお店。

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城の北側専門店が並んでいるのはガイドブックやらで知っていたので須賀、これだけ賑わっているんだからこっちにもあるでしょ、と、特段のあてもなく歩き始めます……が、これがなかなか見つからないんですね。長男がいるだけにあまり昼食を遅らせるわけにはいかない半面、(それも検討しましたが)夕食の時間まで水原に留まるのもしんどそうです。となればさっさと北側に移動するのが合理的判断ではあったで生姜、この界隈で見つけられる可能性を捨て切れずに、聞き取れもしないのにその辺のおばちゃんに韓国語で訪ねます。「近所にカルビレストランはありますか?」

おばちゃん「華城カルビという店があるわよ(以下、筆者の語学力ゆえに省略」

どちらかと言うと身振り手振りから、当面進むべき方角とその先左側にあるということは分かった私達。言われるがままの方角へ進んでいきます。ただ進めば進むほど、市街地から外れていくんですね(笑) そこで行き合った別の人に「華城カルビはどこですか?」と尋ねると、概ね同様の返事を得ました。そしてさらに…ということをあと3回ほど繰り返し、結果的に若干大回りをして目的の店に辿りつくことができました。

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最初のおばさんは「ここから5分よ」なんて言っていましたが、結局20分近くかかってしまいました。まあ、今考えればどこかで地図を書いてもらえばよかったですよね。ちなみに友人の方は、最初のおばさんとのやり取りから「大きな通りを左に曲がるようだ」と理解していたそうで、果たして最短ルートはその通りでありました。

さて、お肉の時間です。なんとか昼食にありつけた達成感からコマンド「一番高い肉持ってこい」を発動し*2ビールともども頂きます。

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さすがにちょっと厚みが違いましたね。長男もおいしそうに食べていました。お会計は77000ウォン。思ったほどでもありませんでした。

朝鮮国王が夢の跡

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そこから八達門まで舞い戻り、

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ここから華城に入場しましょう。

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こんな坂道をえっちらおっちらよじ登る長男

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こんな眺望を楽しめるところまでは自力で上がって来ることができました。

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期せずして紅葉狩りを楽しむこともできましたが、長男が楽しみにしていた電車(写真で八達門の前を走っていたやつ)は運行が終了してしまっていたようで、乗ることができませんでした。

今度は急な坂道を降りて城郭の中心部へ。といっても幹線道路も通っている何の変哲もない市街地に見えます。遷都の夢もまさに幻といった感じでしょうか。

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ここからは、「さっきタクシーに乗ったからバスがいい!」という長男意向に従い、バス水原駅まで。行きは直通の普通電車だったので、帰りは特急に乗ってみようと乗り場を探し当て、窓口で聞いてみたので須賀「ソウル行きなんてない。地下鉄に乗れ」とのお返事。近くにあった端末で調べてみたら、確かに次のソウル行き特急は1時間半後の立ち席のみだったようで、やむなく行きと同じ地下鉄でのんびり北上することにしました。

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確かにまあ、新横浜から新幹線に乗る人は名古屋方面が多いですよね。特にその例で言うと、北海道新幹線北陸新幹線に相当する路線事実上ないということでしょうから、なおさら水原から北行きの特別列車に乗るインセンティブは低そうです。

市井の人」の大規模デモ

ジェームスの店でお肉

またもやソウル駅の乗り換えに泣かされ*3、再び明洞繁華街に降り立ったのは午後6時。

折角なので夕飯はちょっと変わったお肉を、ということもあり、こちらのお店に入ります。

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骨付き肉を熱したチーズに絡めて頂くというコンセプト。

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肉の辛さも選ぶことができ、想像を超えた大当たりでした。日本語の看板があることからも察せられるように、日本人客も多かったです。ちなみに長男は店名から機関車トーマスキャラクターを想起したらしく、店で機関車ジェームスに会えるのを楽しみにしていたようで須賀、店に着く直前にまさかの寝落ち。ここを逃したら食べる機会もありませんので、ちょっとかわいそうでしたが起きてもらって辛くないものを一緒に堪能しました。彼も彼で、気に入ってくれたようでよかったです。

異国でお国訛り

腹ごしらえも済んだところで、散策でもしましょうか。

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さすがに土曜の夜は賑わっていますね。繁華街をふらつきつつ西の方へ向かおうとした時、若い女の子2人が日本語で話しかけてきます。

女の子「日本人ですよね?」

本来なら、知らない女性から話しかけられると反射的に身構えてしまうところなので須賀、(彼女たちに失礼で須賀)ちょっと垢抜けない雰囲気がこちらの警戒感を削ぎます。何か困り事でしょうか。

私「そうですけど…」

女の子「両替って、どこでしました?」

ああ、そういうことね(笑) 多分この人たちは今来たばかりなんだろうな、などと想像しながらも、私の関心の8割が別のところに向かっていました。

私と友人「両替所はたくさんあるよ。そこの看板とかもそうだし」

女の子「あ、そうなんですか」

私「レートは見比べた方がいいよ、それでさあ…」

ここから私の「本題」に入ります。

私「変なこと聞いて申し訳ないけど、○△(地方)から来ました?」

女の子「(怪訝そうに)え?はい…」

私「もしかして□●☆(県)?」

2人は「何で分かったの?」と言わんばかりの表情で顔を見合せます。

私「オレたちも出身□●☆なんだけどさ、言葉ですぐ分かった(笑)

最後の一言は、結果として「君たちクソ田舎方言丸出しだよ」と言ってしまったに等しいわけで、2人そろってばつの悪そうな顔をしています。しかし明治以降、同郷人をえこひいきし続けてきたことで知られるのが、我らがお里の「県民性」です。「オレたちはこのくらいのレートで両替したよ。それと同じか、それより数字が大きいところにしなね」。変に付きまとうような印象を与えてはいけませんので(笑)、その場でしてあげられるだけのアドバイスをして別れました。

「訛りで丸分かりだったよね」。その後すぐ、私と友人のどちらともなくそう呟いたのでした。

それはともかくとして、話を先に進めましょう。お次に出くわしたのはこれ。

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若い世代を中心に、コミュニケーションツールとしてすっかり定着した感のあるLINE。しばしば「日本発」などと称されることへの議論もあるようで須賀、韓国企業ネイバー傘下の日本法人LINE提供するサービスですので、ソウル一の繁華街でグッズを売っているのは自然なことでしょう。ここで長男は、ユーザーである彼の母親のためにお土産を買ってあげていました。

イルミに興じるデモ参加者

突き当った南大門*4歩行者天国に。右折した私達とは反対方向に、北から南へと多くの人が流れていきます。

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よく見ると、「朴槿恵退陣せよ」などと書かれた紙を持っている人もちらほら。予定されていた大規模デモ参加者なので生姜、通りの百貨店を彩るクリスマスイルミネーションを楽しげに撮っている姿も見られました。

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若者カップル、親子連れなども多く、それこそイルミをバックに記念撮影に興じていたりします。

川沿いでは、気球も上がっていました。

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これは写真くらいの高さまで上がってすぐ降りてくる運用のようでした。賑やかしなのでしょうか?それにしては大掛かりではありま須賀…

盧武鉉死すともノサモは死せず

ちなみに手前のポスターは絵柄的にも分かりやすい感じで須賀、「崔順実の操り人形 朴槿恵下野せよ」と書いてあります。個人的に興味深かったのは、一番下に故・盧武鉉大統領大統領選で支えた「ノサモ(盧武鉉愛する人たちの会)」の名前が書かれていたことです。恐らく彼らがこのポスター制作したということなので生姜韓国社会で言うところの「進歩的政治家と見なされた盧武鉉本人を亡くしても彼らが活動を続け、保守系と見なされる朴槿恵大統領を手厳しく攻撃していることは、地域割拠的とされたこの国の政治地図一定イデオロギー的側面があることを示唆しますし、また今回の政治危機でも当然、こうした亀裂が作用していることを教えてくれます。

それはともかくとしても面白いポスターだなあと思って見ていると、デモ参加者家族連れがやってきました。そしてあろうことか(?)、そのポスターをバックに子供たちが記念撮影を始めたではありませんか。

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しかもお兄ちゃん、ゲンコツしてる?

この後お父さんは、操り人形を動かす身振りをしながら子供たちにポスター意味解説していました。ある種の政治教育が施されていたわけで須賀、押しつけがましく親の価値観を刷り込まんかのような行動はもちろんよろしくない半面、逆にそうした価値観の表明を避け続けることが結果として子供のためになるのか、その態度は子供を無知蒙昧な存在と見なすことに繋がらないのか、実は難しい問題かもしれません。特に日本では、この両親に批判的な人が多そうで須賀、「寝た子は起こすな」の累積が招来する結果に対する責任は確かにそこにあります。とりあえず触れないことは単なる「延期」ではなく、しないという「決断」でもあり得ることは肝に銘じておきたいです。

祝祭としての大規模デモ

さて、そろそろ宿の方に戻りましょう。

デモに使ったろうそくを脇に、車座になって飲食を楽しんでいます。

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屋台では、デモのろうそくがキャンドルに早変わり。これはこれでいい雰囲気ですね。

私達もそろそろ喉が渇いてきました。ちょっと大回りして長男を寝かせ、コンビニで買ってきたマッコリ焼酎をいただきました。

こうして、主催者発表参加者100万人という、この時点で*51987年民主化以降最大規模とされた抗議デモ…の最後の方の様子を見てまいりました。いろんな人がいました。青瓦台の方に行けば、もっといろんな人がいたでしょう。激しい攻防も見られたでしょう。ただ、少なくとも私が見てきたものを材料にして言うなら、この夜のソウルはある種のお祭りのような雰囲気でした。

もちろんみんな怒っているから街に繰り出しているので生姜、ろうそくを明りに酒を飲んだり、なぜか気球で短い空中散歩を楽しめたりと、なんだか楽しそうな人も結構いたように思います。百貨店のイルミの記念撮影も人気でしたし、「デモデート」をしていたカップルもあちこちにいました。

そうした行動を見る限り、恐らく彼らの多くは「政治的意識が非常に強い、社会の中でも特殊な人たち」ではなかったように感じられます。日本には揶揄的に「プロ市民*6という呼び方がありま須賀、ここに集まった少なからずの人たちは、社会における立ち位置ボリュームという意味で言うなら、日本における「一部プロ市民」的ポジションではなく(かなり乱暴な言葉遣いで須賀)「その他大勢一般人」に属する人たちなのでしょう。これは見た私の感覚と、撮ってきたわずかな写真雰囲気で言っているに過ぎませんが、例えばこの前日、白装束で葬列をやっていた人たちとはちょっと毛色が違いそうだ、ということくらいは納得していただけると思います。そうした判断の積み重ねで、その前提に立っているつもりです。

であるならば、なぜ「その他大勢一般人」が自分政治的意思を表明するため、わざわざ土曜の夜に大挙して首都の中心部に集まるのか。単純な推理かもしれませんが、そこにはやはり、何度も街頭に出て政治的民主化を求め、時には流血の惨事を経て、それこそ1987年にそれを勝ち取ったというある種の「伝統」が作用しているように思えます。その「成功体験」が、自分たちが訴えれば政治は変わり得るという政治的有効感覚を高めている側面があるかもしれません。これは、違憲の疑いが高いとされた法案が、世論の少なからずの慎重・反対論にもかかわらず、与野党議員委員会室で殴り合っている間に可決され、そのまま成立してしまうような国とは対照的でしょう。その国の民主主義憲法アメリカ押し付けられたもので自分たちのものではない、とまで言うつもりはありません*7が、政治参加に関する文化においては、韓国の方に一日の長があると考えた方がよいかもしれません。

しかし彼らが怒っている理由というのもまた信じられないバカみたいな話であって、大統領の側も自分の身を守るためにも簡単に辞めるわけにはいかないのは事情として分かりま須賀、それはもはや政治家がすべき政治判断ではないですよね。辞めるといいつつ辞めるのか辞めないのかよく分からないなんていうのもなおさらです。もう一つ余計なことを言うなら、こんな状態政権と交渉や約束事をしようとするアクターは、よほど後ろめたい事情か悪意があるんだろうと思いますがね(笑)

…酒を飲みながらしたのはそんな話ではなくピコ太郎とかでしたが、酒を買い足しに行った直後に散会となるという、家飲みのあるあるパターンで眠りにつきました。

*1:平日は長男と2人で朝ご飯を食べるのが日常なので須賀、いちいちスプーンを口元に持って行って懇請しなくても勝手に食べてくれるというのは非常に助かります。多分そうでなければ、母親抜きで海外に連れて行こうなんてことは思い付きすらしないでしょう

*2:本当はビビって1人前だけにしようとしたら店員に怒られた

*3:乗り換え表示通りに一度改札をくぐったら、乗車券無効になってもう一度買う羽目になった

*4南大門から続く大通り

*511月26日更新されたそうです

*6:私はこの言葉は好きではありません。立憲的・民主的社会を維持するというのはお遊びですることでも、片手間ですることでもないと思っていますので、全員がプロの職業政治家になることはあり得ないにしても、そうした社会を支える市民としてプロでなければいけないと考えます。これは世間一般的に「プロ市民」と呼ばれている人達自体への共感ないしは嫌悪感の表明ではありませんが、少なくとも日本の政治社会を悪くしているのは未熟な「アマ市民」的意識であり、それへの開き直りです

*7:曲がりなりにも70年近く、結果としてそれを続けてきましたので

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