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2017-12-27

[]軍人というより思想家?/『最終戦争論』(石原莞爾) 12:05

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)

最終戦争論 (中公文庫BIBLIO20世紀)

前に読んだ本賊軍の一人として紹介されていた石原莞爾代名詞著作(といっても1940年の講演録)です。内容としては、西洋の戦史研究から決戦戦争と自給戦争区別を論じた上で、▽今後は航空機を用いて超強力な兵器を敵国の中枢に投下し、それに耐え得るかどうかで勝敗を決する決戦戦争になること▽その凄惨さゆ人類戦争に踏み切れなくなる(=その決戦戦争が「最終戦争」になる)こと▽世界ソ連欧州・米州・東亜の4極に分かれて「準決勝」を行っており、決勝は恐らく米州と東亜(≒アメリカ日本)が争うだろうこと▽日蓮の教えを踏まえても、50年後くらいには最終戦争は終わり、世界は一つになるだろうこと―を説くものになっています。

突っ込みどころはたくさんあるでしょう。「準決勝」「決勝」といった表現戦争を何かのスポーツ試合にたとえるような言い回しが随所にみられるのは、町が焼かれ人が死ぬ戦争現実を(軍人なのに)理解していないからではないのかとか、満州事変の首謀者が東亜民族協和などと高唱するのは独りよがりも甚だしいとか、そもそもなんでそこで日蓮なんだとか、批判は尽きないと思います。ただ、今この本を紐解く意義は、恐らくそこにはないでしょう。(いつか何らかの理由戦争が起る可能性は常にあるにせよ)世界の4極が競う「決勝戦」が近々行われる論理的必然性をこの本から見つけることはできませんでしたが、核兵器登場とその後の冷戦*1についてはほぼ正しく予測できていると評価すべきだと思います。また、著者はそうした最終戦争を耐え抜く国民動員の鍵を「統制」と表現しているので須賀、これは『監獄の誕生』フーコーが「規律・訓練」と呼んだものと近い概念と言えます。あと、念のため補足しておくと、いきなり日蓮が出てくるのは彼が日蓮宗帰依していたためだそうです。

こう見ていくと、石原莞爾という人はどうやら、ただの「満州事変の首謀者」ではない。その深みからくる人物像の捉えにくさや、彼の幼少時の奇行などについては前掲本でも触れられていま須賀、戦後東条英機との関係について東京裁判検事団に言ったとされるセリフが非常に象徴的です。「(東条とは)対立なんかない。あいつには思想がないから対立のしようがない」。謀略で以て暴走的な侵略をやったという事蹟は措いた上での人物*2としては、「日本陸軍の奇才」か、それよりも「軍事思想家」と表現した方がいい人物なのかもしれません。

*1イデオロギー対立が重要性を増すことも

*2:「別に満州事変を首謀したことくらい大したことじゃないじゃん」と言っているのではなく、石原莞爾がどういう毛色の人物であるかを表現したいという意図です