金曜デモとサンルームと鯉のぼり

昨日4日は、5月最初の金曜日でした。連休中にもかかわらず、再稼働反対の官邸前抗議デモに参加してルポをブログに書いておられる「特別な1日」さんからその様子を。今回のタイトルは「『憲法記念日に考える』&『0504再稼働反対!首相官邸前抗議』」です。

憲法については是非ブログを訪ねて読んでみてください。
ここでは、納得のいく個所を引用です:(青字by蛙)

昨日のNHK憲法特集でも昔の学者(渡辺治一橋大名誉教授?)が『憲法九条は日本を守るためではなく、日本に戦争をさせないために作ったもの』と証言してました。そうなんです。ただでさえ危ないハラきり&カミカゼの国、日本がトチ狂って、またいつ連合国を襲ってくるかわからないから憲法九条が作られたんです。


憲法九条は日本を守るためではなく、連合国を守るためにできたんですよ。それでいいじゃないですか。日本にも利益があるんだからNHKスペシャルの続きでは、そのあと冷戦がはじまってアメリカの都合が変わり、改憲しろというアメリカの圧力が高まったが、今度は日本国民が安保闘争など様々な闘いでそれを拒否した。それが1950年後半から60年代初頭。前述の渡辺教授によると「護憲派改憲派の攻防の中、国民によって日本国憲法が選び直された」。MITのジョン・ダワー先生の名著『敗北を抱きしめて』の解釈とも重なります

憲法は権力を縛るためにある。日本の九条は連合国を守るためにある。日本の戦争勢力・軍国主義復活を許さないためにある。”それでいいじゃないか”です。

ということで、連休でも官邸前へ(笑) #金曜官邸前抗議
爽やかなお天気ですが、連休の半ばということで参加者は500人。
ボクも日比谷で映画を見た後に寄ったのですが、マッタリしたのんびり抗議です。ま、ヒステリックで悲壮感溢れる抗議より、呑気なのも良いんじゃないでしょうか😄

原発についてSPYBOYさんの記事を引用です:「昨日 訪英した日立の会長がイギリスのメイ首相にイギリスで計画している原発事業への出資+買取価格のアップを依頼しています。ベトナムへの原発輸出は中止、トルコでは三菱重工がこけつつあり、イギリスでも中止になれば万々歳です(笑)。誰がどう見たって原発は無理筋の事業だし、無理筋だからこそ、事故も起きるのだと思います。」
★★★ぜひブログを訪ねて全文をコチラで:http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20180504/1525432511

5月1日のことです。バラが咲いて、クレマチスが咲いて、狭い庭のアーチの周りが華やぐ季節です。まだ蚊や虫もそんなに入ってこないさわやかな五月、折りたたみ戸を開けて写真を撮って、さあ、閉めようとすると、閉まりません。実は、数週間前から、この開き戸がうまく開閉できずに困っていました。軋むし、反発して、相当力を入れないと閉まらない。オカシイなと思いつつ、不具合の個所が見当つかないでいました。この日は、いよいよ動かなくなり、無理をすると壊れそうなので、製造元へ電話するつもりでした。
病院の注射が終わった後、東洋エクステリアという会社が、今はリクシルになっていると夫が言いますので、車の中でスマホで検索。病院を出たら、国道の171号線より南に店舗があることになっています。近い!! と思って見上げるとオレンジの看板に”LIXIL”! すぐ、そこです。展示場で聞くと修理専門部門の電話を教えてくれましたので、家に戻って電話することに。

それから、家のファイルで調べると今から12年前の2月に工事をしていました。電話で事情を言ったら、1時間もしないうちに返事の電話があり、今から伺いたいと素早い対応。二人で来られて、調べて、扉が全体に下がってレールのバネに食い込んで、これ以上無理をすると変形するところでした。これは素人では無理でした。ややこしい工事にならずに済みました。来てくださった方が、雨になると大変だと思って飛んできましたと言ってくださったのですが、とても気持ちの良いアフターサービスでした。夫もこれがほんとの顧客サービス、気持ちがいいなと。

作業に来てくださった方に「12年間、一度も故障なく快適でした。友人たちにも好評で喜んでいます。芝原に展示場があったときに、あそこで注文したんです」と言ったら、「あの豊中のロマンチック街道の入り口の所、皆さんに喜んでいただいていたんですが、今は合併して。この団欒物語は一番気密性の高い分なんで」「そうなんです、それで選びました」と、しばらくサンルーム話。修理費7000円かかりますがと最初に言われて、即お願い。その場で元通りになりました。メンテナンスで気を付けること他にありますか?ときいたのですが、特になしということで完了でした。これで、開け閉めが軽々と出来るようになりました。そして予報通り翌日は雨でした。
こどもの日の今日、病院の鯉のぼりが風に泳いでいます。
少し早めに母を訪ねたので、注射の前に夫と三人でゆっくり話ができました。
丁度リハビリが終わったところで若い先生と入れ違いになりました。スムーズに経過していますので安心してくださいと言われました。
母が「悪いわね〜、毎日来なくてもいいのよ〜。迷惑かけるわね〜」「疲れるでしょ」と言いますので「通路ができたので大丈夫、楽よ」。私も夫も、やりたいことは我慢しないでやり乍らだから安心してと言ったら、母も、そうして頂戴と。そこで「6月3日、東京のサントリーホールへでかけることになってるの。Eさんと一緒でチケットもとってもらってるの。行けるかな〜と思ってるんだけど、そのころ、退院できてるかどうかぐらいね」と初めて東京行きの話を。母は、5月末ぐらいには退院できるんじゃないかと言っています。母は夫にも「山へ行きたいときは行ってね」と言うので、「今日はこれから箕面の山へ行きます」と夫も。
看護師さんが、11時40分ごろ、遅くなって…と言いながらインシュリンの注射に来られ、私が打つことに。今日の方は、私を娘さんと呼びました。注射の手順にもやっと慣れてきて、母と二人でかなり素早く的確にできるようになりました。機械類を置きにいかれた看護師さんが迎えに来られたので、母は、車椅子から歩行器にスムーズに移動すると、歩行器を使ってスタスタと歩きだしました。看護師さんが「本当に凄いですよ、私も外科、長いんですけど、こんな人初めてで感動してるんです。じゃ、今日はエレベーターの所まで二人をお見送りですね」と仰って、母もその気。

エレベーター前で、夫が「どうぞ、食堂へ行ってください、見送られると涙が出そうだから」と笑いながら。看護師さんと母が並んで手を振ってくれています。私たちも、エレベーターに乗り込んで、手を振って。
こんな日が、こんなに早くこようとは。96歳で大腿骨骨折、その上糖尿病でインシュリンの注射が必要と聞いたときはガックリしましたが、季節の変化とともに、母の骨も成長して全体重をかけても良いほどになるなんて、人間の回復力はすごいもんです。リハビリの目標は現状回復となっていて、階段の上り下りが目標に入っています。二階が寝室ですが、元通りの生活が送れるかもしれません。二人で今日初めて明るい気持ちになって病院の駐車場を出ました。病院の保育所の鯉のぼりが、五月の風に元気よく泳いでいました。母の手帖の中から俳句を:
  
  腰痛も 早く癒えよと つつじ燃ゆ

  若葉風 カラスも自由に 飛び廻る

  病窓にて 青葉の揺れに 心ゆれ

  歩行器で ほどよく歩け 春うらら