憲法学者による「釘刺し」(2020.02.01愛知県弁護士会『表現の自由について考える』イベント)

 表題の、2月1日愛知県弁護士会主催の『表現の自由について考える』イベントを受講してきました。「表現の不自由展」実行委の人の話など、内情を知れて面白かった点などもあるのですが、このブログの継続的なネタとの関係で、憲法学者の愛敬浩二先生の話を紹介し、実は内容としては参加者に壮大な釘刺しをして帰っていったというのが面白く感じたのでここで文章にまとめておきます。

 

 さて、「表現の不自由展」中止騒動について、中止すべき理由として挙げられたものの中でまあ対応を考えなければならないだろうと思われるのは主に二点で、まず、公共施設での展示を許容し、又は公金を支出することが、国民全体が表現内容を許容したことになるかという点があり、次に、国民多数の感情を害する展示が保障されるべきかという問題があることが指摘されました*1

 

 前者については、規制(禁止)と給付の撤回という行為の性質について、給付については無限の予算・施設は存在し得ないから裁量があるのは当然であるが、無制限の裁量があるわけではないという話がされました(本記事とは関係が薄いので大幅に省略)。

 そして、この記事のミソは後者です。一般的な問として、「閲覧者に不快感を与える展示」が禁止され得るか、どんな場合か、という問いが立てられます。ここで例として、「表現の不自由展」実行委の岡本有佳氏*2の主張である、「ヘイトスピーチや性暴力表現も「表現の自由」だという主張は成り立たない」という論理があり得るかが検討されます。講師の愛敬先生はこの考え方はとらないとし、その主張は、ジュリアーニニューヨーク市長がブルックリン美術館の展示を"sick"と罵倒した*3ことと同じことをしているのではないか、と示しました。愛敬先生の考え方は、「特定人、特定集団に対し、見たくなくても見せられる行為については規制が可能である」というものでした(独自説でなく憲法学の通説的な考え方と概ね一致すると思います*4)。つまり、見たくなければ立ち去ればよい(あるいはそもそも見に行かなければよい)展示については、不快だろうがヘイトだろうが性暴力だろうが、これを禁止することはできないのが原則だという説明がされました。

 この基礎にあるのは、まず芸術性のようなものについては公権力に芸術かどうかの判断の権限を与えてはならないという原則(後述する「憲法という星座の恒星」の理論が引用されました)があり、また実質的にも、ヘイトスピーチ的なものを規制すると例えば Richard Hamilton"The Citizen 1981-83"(収監されハンストを行うIRA兵士をキリストに擬えた絵画)やシャルリー・エブドの風刺画のようなものに延焼するし、性表現を規制するというなら、先だって豊田市で展示されていたクリムトの”ユディト”は表現の外形(露骨な乳首が描かれている)からも、宗教画としての描写の観点(色仕掛で首斬りに行った暗殺者の裸体と恍惚の表情を描いている)からも真っ先に規制対象にされることになりますがこれは不当ですね?という説明がありました。ヘイトや性暴力が、思想の自由市場に参入すべきでない、価値のない言論であるとしても*5、それでもなお、適否の判断権限を公権力に与えてはならない、ということが繰り返し説明されました。

 上記の考え方の基礎にあるのは、ウェストバージニア州教育委員会対バーネット裁判判決*6*7でJackson判事が述べた言葉で、

 「私達の憲法という星座の中に、何らかの恒星があるとすれば、公務員はその地位の高低にかかわらず、政治、ナショナリズム、宗教、あるいは意見の異なるその他の問題について、何が正当であるかを決めることは許されないということである」

 つまり、正しいか正しくないかの決定権を公権力に与えてはならない以上、何らかの観点viewpointからの「正しくない」表現の規制は理由がないと言い切ったに近いものと言えるでしょう*8。また、これに際して、Skokie村事件*9におけるAryey Neierが自身はユダヤ人でありながらネオナチの表現を擁護した*10という例を引き合いに出し、自由は危険なものであるが、人々が安全に表明できる思想・意見が何かを決める権限を政府に託すことのほうがはるかに危険である、と説きました。

 

 さて、上記の内容は、これまで表現の自由に関して憲法の観点から散々語られてきたことと大きな差はないわけですが、これは、表現の自由が保障される社会とはおよそ快適なものではなく緊張の生まれる社会であるが、それを選ぶしかないものである、という性質をあらわしたものです。即ち、「表現の不自由展」に対する攻撃を差し控えよというのと同時に、全ての市民は、嫌がるものを強制的に見せられる場合*11を除いてはあらゆる不快な表現の存在を受忍しなければならない、また、公権力によって、特定の観点に基づき表現の場を奪わせようとする行為を差し控えよ、と説得する内容であったわけです。大変嫌な言い方をするとしたら、会田誠の「犬」とか、戦争賛美芸術とか、はすみとしこの「そうだ難民しよう」イラストとかが強制的に見せられるのでなく展示される場合、それに対する公権力による規制(当然、施設での公開の停止も補助金カットも含む)が許されないのが論理的帰結なので皆さんもそれに耐えてくださいね、と釘を刺す内容の話だったということです。

 

 会場に、上記のような市民の受忍の責務が伝わっていたかはわかりません(あるいは私の認識が誤っており愛敬先生はそんな意図でなかったかもしれません)。愛敬先生は法科大学院での講義では、低価値表現あるいは無価値的表現については保護の必要が薄い、くらいのことしか言っていなかった(うろ覚えの記憶)ことからすると、狭く深く話す場合にはこれだけのものが出てくるのだということに流石は専門の学者であると思い、また聴衆におもねらずしっかり釘を刺していったところも、学問に対する忠実さという点で敬意を払いたいと思います。

 (運営側にいた友人はヘイトスピーチ規制推進派であるため、上のような話にはやや苦い顔をしていたところですが、脇の甘い理由付けには今後もツッコミを入れて対話していきたいと思うところです。)

 

 なお、私個人としては、文中に挙げた各作品及び不自由展の内容について支持を表明するものではありません。

*1:当日配布レジュメと構成が異なりますが、レジュメの残部分及び講演内容を受けて筆者が再構成したものです。

*2:なお同氏は、会田誠氏によると会田氏の森美術館での展示の性表現を攻撃した側にいたとされる人物( https://twitter.com/makotoaida/status/1161494207783198720 )。直接確認したわけではないですが、会場におられたのではないかと思います。

*3:ブルックリン美術館事件、1999年

*4:具体的には憲法の基本書等を参照いただくとして、特定の自然人は当然として、法人、社団等までいけることにはほぼ争いがないと思いますが、「集団」については認めないとするか、どこまで認めるかに幅があると思います

*5:いわゆる「思想の自由市場」論は現実のものと信じている人はいないのではないか、とも語られました

*6:日本が米国型の表現の自由の保障システムを採用しているため度々アメリカの話が出てきます

*7:West Virginia State Board of Education v. Barnette 319 U.S.624(1943) 、公立学校での星条旗への忠誠の誓いの強制を違憲とした最高裁判決

*8:講演時間の制約から、例外として規制が許容できる場合についてまで詳細に説明することはできなかったと思われますが

*9:住民の半数以上がユダヤ人で、ホロコーストを免れた人も多く在住していたSkokie村で、米国ネオナチ党が鉤十字の腕章とナチの軍服を着用しての集会を行おうとしたのに対してこれを行わせないために村が制定した条例を違憲無効とした判決。(なお、結局村での集会は行われなかった)

*10:『私の敵を擁護する Defending My Enemy』(1979)

*11:Skokie村の村民以上の拘束をもって、というレベルでの話になるでしょう

定点観測クマゼミ2019

クマゼミ初鳴日の、自宅での定点観測記録。

2019年は、7月7日でした。

なお、過去記録は

2009年:7/1

2010年:7/14

2011年:7/13

2012年:7/18

2013年:7/9

2014年:7/13

2015年:7/9

2016年:7/4

2017年:7/8

2018年:7/10

となっています

「北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説」メモ

「北海道と滋賀県における有害図書制度の運用に関する論点解説」(2018.6.23@キャンパスプラザ京都http://www.jfsribbon.org/2018/05/blog-post.html
講師:曽我部真裕 教授(憲法・情報法/京都大学大学院法学研究科)

主催:NPO法人うぐいすリボン( http://www.jfsribbon.org/
共催:表現規制を考える関西の会( http://syoukogo.blog133.fc2.com/

◆この文章は、講演で話された内容を、私の理解のもとに編成したもので、講演の内容そのままではなく、注にした部分以外にも私の主観が入った、私自身の理解を整理したものです。学術的成果は講師の先生に属し、記憶違いや理解の誤りは私に属します。◆

0.最初に、『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』著者の黒沢哲哉氏の話。

・あの日のエロ本自販機探訪記執筆について
1980年頃には、エロ本自販機がよくあって、学生の時に買ったりしていた。
85年頃にはあまり見なくなっており、なくなったのかとも思っていた。しかし、ドライブ中などに見かけることがあり、現存するものを訪ね歩くようになった。(今回の図書2点が指定された)北海道、滋賀県の他、千葉県、神奈川県、京都府などの道府県ではゼロである。神奈川では、抵抗する業者がいたらしく、弾圧が激しかった。京都府内の情報を募集し、「M市にある」との情報を得て数日前に京都入りして訪れてみたが、大人のおもちゃ自販機であり、エロ本の収納はなかったとのこと。

エロ本自販機の現状について。山奥などにひっそりと残っているものが多い*1。主な利用者は高齢者と思われ、探訪中にも買いに来た高齢者に遭遇したことがある。そもそも車がないとたどり着けないような場所が多く、子供の利用は難しいだろうとのこと。

・今回の滋賀県での有害図書類指定について
以前から、漫画原作などをしており、掲載誌が有害指定を受けることはよくあったため、「ああ、またか」くらいに思っていた。
しかし、周囲から、あの件はおかしいのでは、と言われたことで、考えてみるとたしかにおかしいな、と感じた。滋賀県は、エロ本自販機ゼロを達成した県として、そんな本を出されては困る、というような意図なのだろうか?という疑問がある。


*曽我部先生登壇*
曽我部先生は、憲法の中でも、表現の自由プライバシー権等が専門。大阪府で非常任で青少年健全育成審議会委員の経験もあり、今月から常任で審議会委員をされるとのこと*2

1.今回の事案の概要と問題点
評論書が有害図書類に指定*3され、青少年への販売等が禁止された。通常は、有害図書類というのはアダルト雑誌・DVD・ゲーム、残虐表現、犯罪手口にかかるものを指定するものであり、評論書が指定されるというのは異例。一方、有害図書類については、「基準の曖昧さ」「指定手続」という問題をかかえており、”起こるべくして起こってしまった”構造的問題であるともいえる。この問題を明らかにすべく、まず有害図書類とは何であるかを明らかにし、その上でどのような問題を生じているかについて解説する。

2.有害図書類制度とは何か
(1)有害図書類制度の概要
有害図書類の指定は、都道府県ごとの条例で行われている。条例のタイトルから規定のしかたに至るまで県によってバラバラ。1950年代から80年代にかけて、全国で制定された(長野県は例外的)。概ね、「青少年のための社会環境整備」「青少年の福祉を害する行為の禁止」を定める。前者には有害図書類の指定・販売等禁止のほか、有害興行*4規制などがあり、後者には淫行の禁止をはじめとして、いわゆるJKビジネスの禁止などが定められている。その時々で問題となった事象*5 *6に対応して改正を重ね、増築を重ねた建造物のようになっている。

「有害」の類型は主に3種に分類され、「著しく青少年の性的感情を刺激するもの」「著しく青少年の粗暴性、残虐性を助長するもの」「著しく青少年の犯罪、自殺を誘発するもの」が有害とされる。「図書類」とは、図書の他、雑誌、DVD等の映像メディア、ゲームを含む意味である。オンラインで提供されるものは含まれておらず、パッケージ製品が対象となっている。

指定された有害図書類にかかる規制は、青少年に対する販売の禁止及び、自販機への収納の禁止である。自販機への収納の禁止は、自販機の場合年齢確認が不可能であることを理由としている。また、指定の実質的な効果として、上記の禁止と別に、事業者の自主規制の結果*7として、流通が事実上無くなったりする場合がある。

(2)有害図書類指定方法
まず、指定の方法は「個別指定」「包括指定」「団体指定」の3種類がある。
「個別指定」は、特定の図書類について、各県で設置している審議会に諮問し、これに従って知事が指定するというもの。有害図書類制度発足当初は、これが主流であった(が、大量に出版・流通するアダルトものに対応が追いつかないため、次の包括指定が主流となった)。今回の2図書はいずれもこれによって指定された。東京都では、個別指定のみを行っている*8*9
「包括指定」(みなし指定)は、ページ数・割合等の要件を定め、これに該当するものを指定する(みなす)というもの。現在、アダルトものは主にこれで指定されている。
「団体指定」は、自主規制団体を知事が指定し、当該団体が成人向けとしたものは有害図書類とする*10、というもの。他にビデ倫・映像倫(ビデオ)やソフ倫(エロゲ)などを指定する例*11などがある。

個別指定は、概ね件数は少ない。指定の運用状況*12について、ゼロ〜十数件の県が大半である。100件超の県もある。

(3)指定を争う方法について
指定取消しの訴え*13を、雑誌の出版社、ゲームのメーカーがそれぞれ提起した例があり、訴えの適法性*14は認められている。著者本人による訴訟で知られているものはないが、著者についても訴えの適法性は認められるだろう。*15なお、いずれの事件も本案請求で敗訴*16。今回の件、学者としては判決を見たい(笑)。

3.憲法上の権利との関係
(1)関係する様々のアクターの表現の自由を害するおそれがあること
まず、成人及び青少年の、憲法21条1項の保障する「情報受領の自由」を害する。情報受領の自由が憲法上保護される権利であることには、争いはほぼ無い*17
次に、著者・出版社の「表現の自由」を害する。販売事業者については、表現の自由と解するのは難しいだろう。

(2)そもそも表現の自由の制約に足る理由があるか?
有害図書類の自販機収納に関する最高裁判決(岐阜県青少年保護育成条例事件/最判平1.9.19刑集43-8-785*18)では、有害図書類について「一般に思慮分別の未熟な青少年の性に関する価値観に悪い影響を及ぼし、性的な逸脱行為や残虐な行為を容認する風潮の助長につながるものであつて、青少年の健全な育成に有害であることは、既に社会共通の認識になつているといってよい」としており、「青少年の健全な育成」といった文言が条例の目的として用いられている。これについて、有害図書類と非行との科学的因果関係は不明である。また「社会共通の認識」というが、社会の認識とは即ち「みんなそう思っている」ということに過ぎないわけで、みんな思っているので規制、としてよいのかには疑問が残る。また、「非行に走ることはなくても、異性に対する見方に影響する」という説明を試みるものもある*19。しかしこれについても、その種のジェンダーバイアスを生じるものは、一般向けTV、広告その他でも氾濫しているとされているところ、有害図書類の規制の理由の説明になっているといえるかは疑問*20

(3)指定基準のあいまいさ*21の問題
滋賀県青少年の健全育成に関する条例では、11条1項1号ア「青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」かつ「著しく青少年の性的感情を刺激するもの」としており、認定基準を作成している*22
北海道青少年健全育成条例*23では、16条1項3号で「性的感情を刺激し、(中略)青少年の健全な育成を害するおそれがあると認める」ものを指定するとしており、認定基準を作成している*24*25

両者に共通するものとして、青少年の健全な育成阻害・性的感情の刺激、というものがあるが、その両者の関係も不明であるし、その文言からは規制すべき物の基準・範囲を定められるものではないので、具体化の必要がある。他の例として、条例の条文上具体化を図った大阪府条例13条1項1号イ〜ホ*26のような例があるが、結局「卑わいな感じ」とは一体……??となるのは避けられない。

また、規制目的を異性に対する価値観形成とした場合について、「性的モノ化」等の基準を定めるとしても、例えばレイプものAVなどは該当するとして、単純なヌードは該当しないといった扱いになるのではないかと思うが、その境界はどこに引かれることになるのか。結局明確にはならないだろう。

4.指定までの手続き・態勢の問題
基準のあいまいさがあっても、手続きがしっかりしていれば、指定が妥当なものになるとも考えられる。今回の事案についてはどうだったか。

まず、本件のそれぞれの指定を行った審議会の人員構成(所属)について見る。教育、福祉関係者に偏っている。
滋賀県では、県青少年育成県民会議*27社会福祉士会、高校校長会、中学校校長会、臨床心理士会、全国紙支局、となっている。
北海道では、医療系大学准教授*28、YMCA*29、中学校校長会、ガーディアン・エンジェルス*30、地元紙、弁護士、である。

次に、審議会で実質的な議論がされたのかについて見る。
滋賀県では、2時間で17冊の本を審議し、すべて承認されている。開示請求により開示された議事録にある委員の発言は、感想レベルのものであり、どのように要件に該当するのか、といった発言はなく、審議がされたとはいえないのではないか。
北海道では、1時間で有害興行と有害図書類4件の審議を行っていた。議事録・議事要旨について、実質的に開示が無い(結論のみ)。

以上からすると、先述の有害指定の事実上の影響を踏まえた適正な審議ができる態勢とはいえないのではないか。
まず人員構成について、所属組織だけで判断できるものではないとしても、これが表現の自由にかかる問題であることの理解があるといえる委員がどれだけいるのか。また、法令の解釈適用の場であるはずなのに、法律家が少なすぎるのではないか。
また審議について、短時間でそれほど大量の審査が行えるのかは疑問。情報公開が不十分でどのような議論がされたのか不明であるとともに、審査対象の選定についても不透明であり、たまたま目についただけでは?という疑念もある。

このような態勢については、自治体によって格差が大きい。例えば大阪府の審議会*31は学識経験者枠で憲法・刑法の学者、弁護士等の委員が参加しており、HPで議事録も公開している。府では最近個別指定の例は無いが、過去の例では、青少年の購買がある本なのか、模倣のおそれがどの程度あるのか、といったような具体的な議論がされている。*32

5.今後の課題
(1)今回の事案の意義
ここまで述べてきたような複数の問題が各県の有害図書類制度に存在するということを、明らかにしたものである。

(2)短期的課題
まず、審議会の委員構成や情報公開のあり方を改善してはどうか。これはすぐにでもできるはずだ。
次に、個別指定を適正に運用できる態勢ができないのであれば、個別指定を控えてはどうか*33
その他に、(他の行政分野と比べて)他県との情報共有がすすんでいないようにも見受けられる。情報共有により適正化をはかる方法もあるのではないか。

(3)長期的課題
適正の担保・基準の統一等の観点から、国法での対応を考える必要があるのではないか。

6.質疑
◆Q:わいせつ物に関する判例では、全体的考察方法*34が用いられている。有害図書類に該当するかの判断ではこのような考察はされないのか。

A:さきに挙げた大阪府の審議会では、表現の自由と青少年の保護を比較考量するとしており、そのような例もある*35*36

◆Q:今回の問題をみると、「人治vs法治」の問題となっているのではないか、その点についてどう考えるか。

A:その問題提起については理解できる。あいまいさと仕組みの問題から、判断者の主観・恣意の混入の問題がある。制度全体の否定を目指すのなら、そのような問題提起に意味がある。ただ、制度の必要性自体は一応認めた上で、適正を担保する方法を考えるのがよいのではないか。

◆Q:このような規制に対して、世論の圧力による改正を求めるといったことは可能だろうか。

A:世間的には、このような規制は当然のものと考えられているだろう。世間一般からの圧力を期待するのは難しい。表現の自由を求める側というのは基本的にマイノリティである。

◆Q:審議会の結論を、知事が覆すことは可能か*37

A:それによって、結論としては妥当なことになる場合があるかもしれない。しかし、仕組み自体を揺るがすものとなるから、非常判断のような場合に限られるとするべきではないか。

◆Q:個別指定の制度自体を廃止するというのはどうか。

A:一見してわかりやすいアダルトもの以外では、包括指定の方法によるのは難しいという事情がある。また、包括指定は回避方法が生じる場合があり、想定外の場合に対応する余地を残すため、個別指定の制度自体をなくすことは難しいのではないか。

◆Q:(前Qと関連して)包括指定のほうが相対的に制約が緩いと言えるのか?

A:包括指定も、それ自体に危険を有している。対象図書が個別指定のようにあらかじめ明示されず、しかし書店で置くと処罰され得る。例えばこれをどんどん摘発していくような運用がされれば危険な規制となる*38


―講演会ここまで―

7.感想
評論書の有害図書類指定は異例であり、特に今回の2件の中でも『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』の指定は、有害図書類規制の歴史それ自体を記録するような本であったことから、その異常さが際立っていた。一方、注で前掲の筒井哲也『マンホール』を指定した長崎県の例をはじめ、不可解な有害図書類指定というのはこれまでも存在してきたため、この種の問題を追ってきた人間としては問題が「再確認」された、という意識である。一方、「だいたいまともな議論なんてどこも出来ておるまい」という偏見を持っていたため、大阪府のような適正な議論ができている自治体があることは驚きだった。しかし、そのような「適正さ」を広めるのは険しい道のようにも思う。「学識経験者を入れる」という発想は誰にでもできる(というかその発想すらない自治体は一体何を考えて仕事してるのかと問わなければならない)ところ、運用が東京都*39のように残念になってしまう場合と、大阪府のように刑法・憲法等の分野で適切と思われる人が選任されている場合がある。単に学識経験者の枠と一定の資格を定めても、刑法学者枠で前田雅英を入れ、弁護士枠でO氏*40とかX氏*41を入れました、みたいな百鬼夜行か全選手入場コピペかみたいな惨状も生じ得る。選任手続きでヤバいのを排する方法というのは、候補者を挙げる段階の担当者のレベル次第ということにもなりかねず、またその種のヤバさは分野に関係した人しか基本的に知らないから、現実としてはかなり難しいという気がする。この点については、なぜ大阪府がああなっているのかを知りたい。最終的に、制度全体の適正さが個々の人に依存してしまうのを解決できるか、という(行政一般に共通する問題なのかもしれないけど)困難な問題に突き当たってしまうのではないか。

国法で統一的な解決をはかるというのは、一部のひどい自治体の処理をまともにできるという期待は持てる。一方、「それって青健法でやるってことだよな」と思うわけで、そうすると、まずい内容とここ何年も懸案となっている例の法案に対して、改正案提出者らが恐らく嫌う方向の適正さを求める内容になるので、政治的な困難が大きそうです。長期的課題として、というお話でしたが、まさに気長に考えるしかない(そしてその間に逆行する改正とかがされないようにしなければならない)問題ですね。



そして最後に、講師の曽我部先生、ゲストの黒沢氏、主催・共催のうぐいすリボン&表現規制を考える関西の会の皆様に、貴重な機会を得たことをお礼申し上げたいと思います。

*1:そういえば静岡県に住んでいた頃、原付で走り回っていた時に見たのは山奥の県道沿いだった……

*2:http://www.pref.osaka.lg.jp/koseishonen/shingikai/index.html

*3:北海道で稀見理都『エロマンガ表現史』、滋賀県黒沢哲哉『全国版あの日のエロ本自販機探訪記』が、それぞれ有害図書類に指定された。概要については北海道・滋賀県の有害指定問題(うぐいすリボンHP)

*4:いわゆるピンク映画のことですが、そもそも上映館がほとんどないし青少年が見る機会があるのか……

*5:テレクラ、ブルセラ、出会い系サイト、JKビジネス……等

*6:直近では、自画撮り関係のもので、東京都( http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201802/CK2018020102000125.html )、兵庫県https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201804/0011130994.shtml )などが先行、京都府福島県でも検討中との報道がある

*7:例として、イオングループ2017年11月の発表( https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23754880R21C17A1000000/

*8:東京都には出版業が集中しており、東京での条例による制約が全国に波及するおそれが高いため、包括的な制約の定めをおかなかったという経緯があり、包括指定をしていない。

*9:東京都では有害図書類ではなく不健全図書類の名称を用いていますが、青少年の健全な育成を趣旨とした同質のものです

*10:具体例として、ゲームについてCERO特定非営利活動法人コンピュータエンターテインメントレーティング機構)を指定し、CEROレーティング「Z」(18歳以上対象)となったものを自動的に有害図書類指定する

*11:https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/26953.pdf /愛知県の例

*12:平29年の県ごとの件数については https://skcao.go.jp/downloadBadness?type=book内閣府都道府県における青少年有害指定状況の現況」で見ることができます。内閣府・都道府県青少年条例制定状況及び青少年有害図書等指定状況調査・公表

*13:有害図書類指定が行訴法3条2項の「処分」にあたるとしてその取消しを求める訴え。「処分性」については、指定により販売対象・方法の直接の制限があるという法的効果から、問題なく認められるように思います。また、直接・個別でない包括指定の場合でも、二項道路の一括指定に関する判例最判平14.1.17民集56-1-1)で、指定の効果が及ぶ権利者が具体的な私権の制限受けるという法的効果をもとに処分性が認められていることからすると、有害図書類包括指定の場合も処分性が認められるように思われます。

*14:取消しの訴えの利益・原告適格(行訴9条)が認められた。図書類を指定する処分について、指定の対象は図書類という物であり、出版社・メーカーが「処分の相手方」(9条2項)なのかどうかは私は原文に当たれていないので不明です……裁判例の日付くらい訊いておくべきでした

*15:福岡県警がコンビニ各社に対し「県警が有害と考えている書籍類」リストを交付して店頭からの撤去を「要請」した例、というのはあるのですが(福岡高判平25.3.29)、そもそも有害指定によっていないという国賠事件で事案がだいぶ異なります。なお著者敗訴、上告・上告受理申立て中

*16:訴訟要件(門前払いかどうか)の主張は認められたが、指定の取消しという実体の方では敗訴ということです

*17:判例では、未決拘禁者の新聞閲覧の権利について判示した最判昭28.6.22民集37-5-793で、「意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲覧の自由が憲法上保護されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規定や、表現の自由を保障した21条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれる」として権利性を認めており、これについて学説上もほぼ異論はないと思われます。「知る権利」という語も用いられ(芦部信喜憲法』第6版175-176頁・有斐閣2015年)、この場合には、情報受領権と情報公開請求権を含めたやや広い概念といえるでしょう

*18:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50356

*19:「モノ化」「性的消費」等のワードに依るいわゆる”フェミニスト”の理論ですね。

*20:上記岐阜県条例の判断でも、規制目的に対応した必要性・合理性が求められるとしていることからすれば、現行の有害図書類の規制は、規制目的に対応しない規制基準として合理性が欠けることになるでしょう。そうすると、現行の有害図書類規制を根本から作り変えるのでなければ結局その理由付けによることは困難になるのではないかと思います。また、そのような規制基準を客観的合理的に作り得るのかについても大いに疑問があるでしょう

*21:表現の自由の制約は、萎縮効果を及ぼす危険から明確性が要求され、これを欠くと文面上違憲無効となるという明確性の理論(前掲芦部205頁)

*22:内容は本件指定に関し開示された文書 https://drive.google.com/file/d/1g-ZIIqi9PbegkfcAo7akC4KVxiciDKRt/view 52、55頁を参照

*23:http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/dms/seisyonen/joureiH27kaiseigo.pdf

*24:内容は本件指定に関し開示された文書 https://drive.google.com/file/d/1Ma7xobBpxos10lI-MHOFSsTqIxarFqiY/view 13頁参照

*25:北海道条例では、文言上は裁量を与えたようにも読めますが、刑罰の基準ともなっているものなので裁量が与えられるべきものではないと考えられますし、いずれの認定基準も、行政法でいう「解釈基準」というべきものと思われます。

*26:http://www.pref.osaka.lg.jp/houbun/reiki/reiki_honbun/k201RG00000487.html#e000000338

*27:HPがなく詳細は不明であるが、非行防止・環境浄化等の活動を行う団体

*28:カウセリングが専門のよう

*29:Young Men's Christian Association

*30:防犯パトロール等を行う団体

*31:http://www.pref.osaka.lg.jp/koseishonen/shingikai/

*32:なお、自治体規模によるというわけでもないようで、例えば東京都( http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/seisyounen/pdf/09_singi/30kenzenshinmeibo.pdf )では「学識経験者」枠として都議が4人(出自は会社員、シンガーソングライター、教員、政治家)、マスメディア関係者2人、元都職員1人であり、法律家も法学の専門家もおらず「学識」は極めて疑わしい。

*33:個別指定をほぼ行っていない県もあり、それで問題が起きているものでもない

*34:「文書のわいせつ性の判断にあたっては……性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と描写の関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から当該文書を全体としてみたときに、主として読者の好色的興味に訴えるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要」とした、四畳半襖の下張事件(最判昭55.11.28刑集34-6-433)、同考察方法を用いて、比重や芸術性を考慮しわいせつ性を否定した、メイプルソープ事件(最判平20.2.19民集62-2-445)を前提とした質問かと思いましたので、この語句を用いています

*35:条例の条文上は必ずしもそのような考察をすべきと明らかでなく、現に滋賀や北海道ではされなかったと見てよさそうです

*36:なお、全体的考察を明示的に否定した例として、長崎県少年保護育成審議会の、筒井哲也『マンホール』1巻の指定取消しを求める陳述に対する審議の例( https://www.pref.nagasaki.jp/singi/dlpdf.php?flg=1&filename=28121.pdf ・12頁事務局発言「「有害図書の指定は、例えば大人にとってどんなに素晴らしい感動的な作品であったとしても、当該図書の中に少年にとって有害な描写や表現が認められるか否かで判断している」としており、芸術性について考慮しない旨を示したものと考えられる発言)があります

*37:質問者の直接の意図はわかりませんが、「知事を直接説得することによる指定回避(OR撤回)等の可能性があり得るか」というような考え方がありそうです

*38:今回の事案は個別指定であったため詳細に触れられていないですが、包括指定・団体指定に内在する危険については、曽我部先生の論考「青少年健全育成条例による有害図書類規制についての覚書」( https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/155453 )でまとめられています

*39:前掲 http://www.seisyounen-chian.metro.tokyo.jp/seisyounen/pdf/seisyounen/pdf/09_singi/30kenzenshinmeibo.pdf

*40:お気持ち系面白理論でよく創作物に噛み付いておられるあのお方

*41:界隈では「名前を呼んではならないあのお方」みたいな扱いになっている元警察官僚のあのお方