2009-07-15
きゅうはく「国宝 阿修羅展」初日
2009年7月14日(火)
・博多からチャリで3号線を南下。約1時間のチャリング。
・リョーユーパンの看板の店で火照った身体を冷やす。
パンとドリンクで空腹を満たして、さぁ、きゅうはくだ。
(きゅうはく=九州国立博物館)
阿修羅展初日で平日ということもあってか、意外に人が少ない。
これならゆっくりと観賞できそう。
満足したよ。いろんなこと考えたよ。
古墳時代から飛鳥⇒奈良⇒平安と移っていく当時の様子に想いを馳せる事が
できた〜。(笑)
さ、capのインプレッションは以下の通り〜
ここから先の写真は全て九州国立博物館の提供です。
・中金堂鎮壇具(チュウコンドウ チンダング)
一つひとつがとても美しい。1300年前にこういう物を作る技術があったとは、
と驚く。自分は作れないからね。^^;
当時の人々がタイムスリップして現代に現れたとして、彼らはきっとすぐに
「現代」に順応して僕らの中に紛れ込むんだろうなと感じた。
人間ってそれほど変わっていないだろうということ。
ただ、精神世界はかなり異なっているんじゃないかなぁ?と思うけど。
見習うことが多いかも。
・華原馨(カゲンケイ)と波羅門(バラモン)
この華原馨の造形美は好きだ。惚れるよ。
精巧に作ってある。
仏の説法の時に打つ金属の鼓なんだけど、その造りの豪華・華麗さは人々を
信心へと向かわせる一つの道具だったんだろうね。
これは上野には無かったなぁ。
4面にマンガで分かり易く解説している。長文の説明ボードとは違って、
分かりやすいので人の流れもスムース。こんな工夫を見るのは初めて。
きゅうはくの関係者には感謝したい。
なんで、阿修羅なの? なんで、八部衆や十大弟子の像が作られたの?
という「なんで?」にシンプルに答えてくれている。
ひょっとしたら音声ガイドにも何らかのオリジナルが有ったのかなぁ?
もし、また行く機会があったら音声ガイドを借りてみよう。^^
・阿修羅と八部衆と十大弟子
阿修羅も八部衆の一人らしい。つまり同列ってこと?
だけど、阿修羅とほかとは全く雰囲気が違う。
阿修羅が際立っている。ということは興福寺を創建した光明皇后の思いがこの
阿修羅に凝縮されているってことかも知れないね。
平城京遷都の頃って、実は内乱が数多くあったんじゃなかったかな。
数代の天皇でようやく平定され平城京に遷都した。振り返ると多くの血が
流れた。犠牲者達を弔って、この先、永きに渡って平穏で居られるよう祈りを
込めて創建したのが興福寺なんでしょう。阿修羅を置くことで天皇家の懺悔を
現したのではないかな。国民の理解を得ようとしたのかも。
阿修羅像が3面で現しているのは、阿修羅の成長だという説を聞いたことがある。
capは少し違う感想を持った。「阿修羅はまだ成長途上にある。この国もそうだ。」
ということなのではないかな。そして、阿修羅をはじめとする八部衆とともに
この国を仏教で纏め上げる。そういう覚悟を国民に広く知らしめる。
勧善懲悪。悪は八部衆が懲らしめる。だから善き者達は安心せよ。まだ仏を
信じぬものは信じよ。知恵と、超能力と、真理を見る力などなど圧倒的な
能力を持つ十大弟子が皆を説法で導くぞ。
そう言っているような気がする。
ところで、八部衆の中で阿修羅だけが着用している物が違う。
漢字が難しいからカタカナで書くけど、
カルラ、キンナラ、サカラ、ゲンダツバは皆戦闘服を着ている。
ブーツもかっこいい。
だけど、阿修羅は普段着だ。しかもサンダル履き。
このことも阿修羅の懺悔を際立たせているんだろうね。
阿修羅はもう戦わない。ってね。
カルラは、空を飛べるに違いない。ひとりだけスカーフを巻いている。
サカラは、かわいい。幼い。だけど侮ってはいけない。たぶん宇宙一の蛇使いだ。
キンナラは、一角で三つ目。怖い顔をしている。彼の前で嘘はタブーだ。
ゲンダツバは、きっと女だと思う。戦闘服と身体に隙間がある。つまり一番の細身。
だけど腰はほかと同じくらいの大きさ。つまり、くびれている。
なぜか目を閉じている。目は開かぬのかも知れない。それを隠すための被り物か。
そういえば、名前にひとりだけ「ラ」が付かず「バ」なのはなんで?
「バ」は「婆」だから、やっぱり女だね。
戦いに際して憩いを提供する役割を持っていたのかも。踊りでね。
阿修羅の服に実用的ではない部分を見つけた。
右の肩当て(向かって左)が他の何ともつながってないんだよね。
肩当てには厚みがあるからそれなりに重く、ほっとくとすぐにずり落ちるはず。
でもそれはおかしい。八部衆、十大弟子を通じて言える事は写実的であること。
阿修羅立像だけが欠点ありっていうわけがない。
capは思う。6本の腕にブレスレットが、首にはネックレスが巻かれているように
見える。実はこれ、一体となったTシャツなんじゃないの。正確には6腕Tシャツ。
そう考えれば、肩当もこのTシャツの一部だと考えられるから、不都合がなくなる。
それに、上半身が半裸体なら、写実的が基調なんだから、乳首やあばらの様子が
表現されていてしかるべきでしょう。それを省略するわけが無い。ってことは
やはり、6腕Tシャツを着ているに違いない。ショールもついてるやつ。^^;
4Fの阿修羅立像のカラー復元像はひょっとして間違いなんじゃないか?
そうそう、阿修羅像の前に合わされた両の手の位置が中心から左(向かって右)に
ずれているのに気づく人も多いだろうと思う。
capは妻から聞いたんだけどね。阿修羅像は祭壇の右側(向かって左)に立つん
だろうね。
祭壇正面に立った人からその手が身体の中心にあるように見えるように。
・鎌倉時代の像には人を圧倒する力があるよね。阿修羅達とはまるで違う。
武家が力で世の中を治めようとしているのが如実だね。
パワーハラスメント時代なのか!?
阿修羅達には優しさを感じるけど、鎌倉時代の像たちにはパワーだけ感じるね。
この時代はそれが必要だったんだろうね。
capは阿修羅達が好きだね。一緒にやっていけそうな気がするよ^^;
阿修羅達八部衆と十大弟子はサークルの中に展示されていて、360度好きな
ところから見ることができて嬉しかった。
capは大満足。もう一回観に行こうかな。^^
よし、また行くよ!
博多は「追い山笠」で早朝から熱波充満!
ちょっと寝過ごしてしまった。
ホットタウンでめだかと飲んだのがいけなかった。
タイミングよくわがままなお客が入ってきたおかげでホットタウンを切り上げる
ことが出来て良かった。もう少し帰り足を引き留められたら「追い山」を観る事
は出来なかったかも。
目覚めたのは5時10分。一番山がスタートしたのは4時59分。
あっちゃ〜、出遅れた〜
ベランダから見下ろすとちょうど西流の舁き山「児雷也(ジライヤ)」が通過して行った。
走っている舁き山と舁き手が流れているでしょう。けっこう速い。
よし、今日はゴールを観るっきゃない。ということで須崎を目指した。
明治通りを横断する時に行く手を遮ったのが千代流の舁き山「直江兼続」。
兜の「愛」の文字がまばゆく輝いていた。
昭和通りに出ると、ゴールして本拠に戻る「児雷也」とすれ違う。
「オッショイ、オッショイ」とまだまだ元気だ。
ホテルオークラの対面(トイメン)にある須崎問屋街入り口・萬盛堂前方面で大きな
歓声が沸き上がった。相当いいタイムが出たに違いない。
そう、ここがゴールだ。ゴールのことを「廻り止め」という。
駆け付けると、そこには明治通りで行く手を阻んだ千代流「直江兼続」がいた。
千代の舁き手のトモちゃん(二葉食堂の料理人)とばったり。
「どうだった?」
「うん、いまんとこ一番だよ!」
萬盛堂の2階でタイム計測して結果をすぐに書き出してくれる。
すでに4つの流がゴール。千代流が28分前半でトップ。
20秒程度の遅れで東流が2位。残りは3つの流。
放送各局のカメラも「廻り止め」のゴールシーンをしっかり捉えている。
その向こうのビルがホテルオークラだ。窓に宿泊客の姿が見える。
ゴールを讃える喝采と拍手が3回沸き起こり今年の「追い山」が終わった。
競ったタイムは結局、千代流がトップだった。
トモちゃんに祝いを言わなきゃ。
capのマンションは西流の中にある。
西流れの本拠に戻ると、舁き山「児雷也」の解体が早くも始まっていた。
「舁き山」は市中の疫病退散の役割を終えると解体される。
解体された舁き山の一部を持ち帰り玄関口に飾ると疫病退散のご利益が
あるということで、解体作業には多くの人が群がる。
マンションに戻って時計を見ると、まだ6時半だ。
これならシャワーを浴びても出勤するまでには十分な時間がある。
でもcapは休暇を取っている。
そして、こうしてブログ記事を書いている。
あぁ眠い。
朝飯は作り置きのカレー。
ライスに梅干をまぶしたところ、朝らしいすっきり味になった。^_^
これからキュウハクの阿修羅展インプレッションを書いちゃうよ^^/















