2010-06-15 にゃう
6月も折り返し。
■[政治][時事]あれ? ニュースで国会中継を見直したら、菅内閣でも自民党政権でも増税路線なのデスカ?

菅総理「わ、私たちも当然その目処は立てるつもりですよ!」
菅総理「えっ」
みたいなイメージだった。
うーん、日テレニュースの編集フィルターを通しての印象だったから俺なんか勘違いしてる?
■[政治][時事]国会中継がテレビ用MAD素材に成り下がっていて吹いた

放送するテレビ局によっては発言場面やナレーションといった編集でイメージが操作されている感じがした。
やけに菅総理擁護気味な編集だと思ってまたテレ朝かTBSかよと思ったらフジテレビで吹いた。おま…なにやってんだよ。
とりあえず朝のニュースはサッカーをチェックするつもりでついでにNHKと日テレとフジを見て、その印象の違いが印象深げだったということで。特にフジテレビは一体どうしちゃったの?
まあ、印象操作するテレビ局なんて信用ポイントに大ダメージもんの失態だよなぁ。ていうか昨日生で国会中継を観ておいてよかったわ。
ちなみに、NHKはサッカーに力を入れていて国会中継のほうは菅−谷垣の議論がありましたーみたいな表面をさらりとなぞっていた印象のような感じだったかと。日テレのほうは民放にしてはサッカーよりも国会答弁に時間を割いていて谷垣総裁寄り(菅総理マイナスイメージ気味?)な映像だった感じがしなくもなかった。ていうか日テレは政治や参院選挙の存在感をアピールしたがっている的なニュアンスを感じなくもなかったり。TBSとテレ朝とテレ東はノーチェック。
■[ネット][デンパ]時々ネットから幽霊のようにふっと消えていく人たちがいる

個人的な気分で休む人はまた別にブログやサイトを作ってふらっと戻ってきそうな感じがあるけど、なにやら個人の事情を超えた都合でネットから消える人はきれいさっぱり消えてしまうようなイメージがあったり。
■[政治][時事][メタ]国会地答弁の中継を少しだけ流し観た

舛添議員の質疑と、その前の経済問題に関する質疑に答えていた菅総理の答弁のあたり。
菅総理、本当に増税とか議論しちゃってるんだな。でもまだ増税を考えてます宣言の域を出てなくて、貨幣管理のあり方とか経済観についてといった込み入った内容には踏み込んでなかった印象だけど。印象でいえば、これって全部官僚からの受け売りなんじゃね? みたいな印象がやっぱりあった。まあ俺自身が官僚側の経済的価値観や政策観だったりを具体的に知らないとかあるんだけど、ネットやニュースなどから拾い読みする情報などと比べてみると、やっぱり官僚の操り人形的な答弁? という観が拭い切れず。
舛添議員の質疑は、たしかに民主政治という立場から菅総理への的確な攻撃になっていると思われ、これって民主政治として筋を通すならいちいちどの指摘もおっしゃるとおりですーみたいなことになりそうかと。でも支持率60%超えてるってことは、そうか! 日本は民主国家ではなかったんだ!
恐るべきことがいまさら公衆の面前で証明されてしまった。気がする。いやだってそういう風に認識されてる的な発言が公的に弱そうな気がするし、マスメディアでもそんな主張はあまり見かけられない感じだし。
■[政治][メタ]庶民感覚と上部システム

(上のエントリから切り離し)
雑談とかで上のエントリで書いたような件について日本って民主主義じゃない、とか、もう政府や政治なんて飾りですよ、みたいな自虐の入った冗談が増えたって感じもありやなしやという感じが個人的にしないでもない。政治不信っていうか、ええじゃないかっていうか、虚無感というか。明確に断言されたりするようなものじゃないけど、なんか感覚の少し奥まったところで「そういう感じあるよねー」的な。
庶民や大衆というものは結構ちゃんと論理的に世の中についてみていて考えているというところがあり、いわゆる大衆や庶民の発狂と呼ばれるものは、世の人々を「大衆」としてシンボリックにモデル化して纏め上げる社会的なリーダーの発狂というのが正しいのかもしれないと思ったり。
じゃあもしもそんな発狂したリーダーが現れて、そのときに何でそんな発狂した社会的リーダーを誰も止めないのかといえば、軍(暴力)・情報(メディア媒体)・知識(世界観)といった社会を構成する上位構造の壁がリーダと庶民的な感覚の間にあって、おかしいとは思うんだけど手が出せないよなぁ…といった諦観的気分をもたらす環境があるのやもしれず。だから民衆が集団的暴力に訴えざるを得ないという時というのは、かなり社会的な秩序への不信が高まっているようなどん詰まりの時に起こる現象だったりしそうかも。
うーん、あるいは、意外と社会というものは「壊れやすい」ものであると認識されていたほうが、不満のある個人が集まって集団的に暴発するリスクが高まり、時の為政者がそれに気を配らなければならなくなるという緊張関係が生じるようにもなるのかも。
でも、日本という空間では、「社会=世界」といった社会は断じて壊してはいけないものという絶対的社会観が社会を世界と重ね合わせていることで強化している構造になっているのかもなあ。
■[経済][メタ]腐る貨幣としてのポイントシステムの国営化

以前に腐る貨幣(所有時間に比例して価値が低下していく貨幣)というものについてむにゃむにゃ書いた覚えがあり、この腐る貨幣とショッピングやネットで見られるような擬似貨幣としてのポイントシステムについてもう少し考えてみようと思ったものだけれど、うーん、いっそのこと前にあった政府通貨というアイデアを政府発行のポイントシステムとして貨幣的信用のインフラを整備できれば、それならやりおようによっては面白い感じがしなくもなかったり。
ポイントだと期限が決まっていてそれまでに使わないと消滅してしまうからいやでも消費行動が促される。でもポイントで消費するようになるから貨幣は貯まっていく一方で、流動性を失っていく貨幣って経済システムとしての価値そのものを低減させていくことになるので、日銀紙幣はその価値を政府発行ポイントよりも高めようとするために使いやすくなるように競争しなければならず、そうした円を銀行まで含みこんでもっと流動するような使いやすいシステムになるような淘汰圧力がかかるのではないだろうかと。
ただ、政府に通貨発行権の裁量を拡大しすぎてしまうと、鳩山のような無能総理が現れて過剰供給してしまい、某ジンバブエのようなハイパーインフレを起こしてしまうなんてこともありえるようで、それはそれなりに制限がかかるようなセーフティ(安全弁)がないとやっぱ怖いなぁ。
いっそのこと、日銀は第一日銀とか第二日銀とか複数作って競争させて、政府ポイントも複数作って競争させて、最適な貨幣環境に落ち着くような自助努力を促すような形になっていくというのが、いわゆる市場を信じた価値形成を商品としての貨幣システムにも導入できるようになるのかも。
地方分権を進めるっていうならいっそのこと地方公共団体にもポイント発行権を認めてしまうとか? そして無茶やった自治体の担当する管轄地域がハイパーインフレ地獄に陥るという…。やばい、笑えない。
■[政治][時事]菅政権への世論調査による支持率60%って何なんだろう?

菅政権に対しては、「支持率が上がっている」という話は個人的な感覚からだと大抵何か悪い冗談みたいな苦笑的ニュアンスを共有しているように思えるわけで、あの無言で「悪い冗談だよねえ」といった肩をすくめているような感じをそこはかとなく覚える。でも支持率60%かぁ…。
これは思うに、小沢・鳩山に悪いイメージを抱いて、それがいなくなったという喜びの反動として菅総理支持を答えているという人がいるということなんでしょかね、と想像する。まあ菅総理支持者といっても千差万別だろうけど、鳩山内閣の20%を切る支持率から一気に60%まで上げたというこの40%の人たちには、何か共有される心理の鍵が合ったのだろうとでも考えないと、どうにも話が飲み込めなくてモヤモヤした気分になる。
どうやら俺にはその40%の人たちが持っているという心の鍵がないらしい。うーん、ていうか身近にそういう、菅総理! 民主党! と積極的支持者という人と具体的に話をする機会がなかったり、心当たりがいてもそういう話が出来なかったりという感じなので、なんで菅総理に代わったから支持に回ったのかという理由がどうもよくわからない。この感じは、民主党は衆院選挙で圧勝したときに首を傾げていたあの頃の俺の感覚にもすごく似てるなぁ。心当たりがあるとすれば、うーん、反自民とか、うがー! やっぱわかんね!


