みゅうがやってくるw

さてさて、うちは夏休みの計画中でして
家族会議をしました。議題は・・・・・
「旅行にいくか、猫を飼うか」
さんざん、討論した結果、もう一匹猫を飼うことになりました。
ちょうど、シータの里親さんのお友達のところで生まれたばかりの
スコティッシュフォールドがいるという話をきいて
写真みて決めちゃいました。
オーナーさんと昨日電話して、交渉成立!
またまた飛行機にのって10月にうちにやってきます。
名前はもう決めました。
「みゅう」です。すごく楽しみ!スコティッシュフォールドという猫は
耳がたれてる猫でおなじみですが、うちに来る子はたち耳の子。
でもめずらしいレッドホワイトの毛色なので写真UP!
シータと仲良くしてくれるといいなw

昨日は

やっとエレクトーンの発表会が終わりました。
高校生以上の部にでたので、おばあさんとか親子演奏とかあって
すごいなぁと思いました。
私は、現役として発表会にでるのは最後でした。
緊張はそれほどしなかったけど、ステージに立つと頭真っ白。
5歳からずっと毎年出てた発表会。途中育児で5年ほどお休みもらったけど
今でも毎回思い出があります。
さて、次は40歳か50歳のオーナーリサイタルにむけてwww
ずいぶん先の話ですけどね。

盲導犬クィール

先週の火曜、レンタルしたビデオがたまってて
子供たちと一緒にクィールを見ました。
いっぱいいっぱい泣きました。
子供たちの涙を見ると、
あぁ、痛みや悲しみのわかる子に育ってくれてると
ほっとしました。
その後、クィールと同じレトリバーが実家にいるので
会いに行きました。
子供たちはクィールに会えるみたいな喜びで
車にのって実家へ。
名前はさくらちゃん。
いざ、さくらのもとへ・・・・・・。
「くさ!この部屋におうよ!!!」
・・・・・・
部屋で飼われているのでう○ちまみれになってて
子供たちは「ヤバイ!くさいって!」
いいながら去っていきました。
(T▽T)アハハ!
でも、家に帰ってきてシータにあうと
いつも以上にシータをよしよしなでなでしてました。
人間だけじゃなく、動物のはかない命の大切さを
子供たちにも伝えた私でありました。
でもちょっと、くさすぎました(T▽T)アハハ!

あの日から

愛知県に行ったあの日から毎日基本は泣く日々。
でも合間、合間にいっぱい友達が笑わせてくれたり
今から家いくよと電話くれたりと
忙しくすごしました。
それは、生きてるということで
どんなに悲しくても寂しくても
食べなきゃいけない、寝なきゃいけない。
人間てほんとに感情があっても他の動物と
同じように、命たえるまで日々ちがったことをして
生きていかなければいけないんだなと思った。
でもあっという間に今日になっててびっくりしたり。
まきちゃんの死をいろんな人に話すことで
みんなが泣いたり、悔しそうにしてくれたり。
まきちゃんのことを知らないのに悔やんでくれて。
それって死んだ人への生きた証を伝えて忘れないということで。
私にできることは悔やむことだけじゃなく
伝え続けていくことなんだなと思いなおしました。
ブログを読んでくれた人たちにも感謝です。

10年ぶりの再会は棺の中でした

7月20日朝、学生時代の友達真里から電話がありました。
「まきねぇが亡くなったの」
あまりに急すぎて理解するのに時間がかかり彼女の顔も
10年あってないせいで思い出せない。
愛知県に住む彼女は音楽学校時代の友人でしたが
私はその学校を1ヶ月ちょっとで退学していました。
でもその1ヶ月ちょっとでたくさん全国に友達が今でもいます。
ただ、遠いという理由や、みんな子育て仕事におわれているため
なかなか会うこともできないでいました。
亡くなった彼女ともそうでした。
お通夜が21日、お葬式が22日と聞き、今すぐにでも行きたいと
思いましたが、子供はどうする?どうやって行く?
迷って困ってどうしていいかわからなくなっていました。
でも親友の真里が「行かないと後悔するよ」って言ってくれて
行くことを決意しました。
21日、朝彼に行くことを告げると仕事を休んでくれました。
そして車でお通夜へ無事行くことができました。
亡くなった彼女は、結婚2年目で仕事も以前私たちが通った
学校の講師もしており、ミュージシャンでもありました。
そして待望の赤ちゃんを妊娠していました。
今月の10日が出産予定日だったそうです。
10日をすぎて、まだ陣痛の兆しがなかったため陣痛促進剤を
使って20日出産に挑みました。
夜、羊水が体内に流れるという今の医学では解明できない病名で
分娩中に赤ちゃんと共に亡くなってしまったのです。
1ヶ月前に会った友達は「もうすぐなの」と彼女の幸せそうな顔で
話す言葉も聞いていたり、年賀状には「今年ママになります」と
ほんとうに幸せの絶頂だったときでした。
この今のご時世、分娩で母子共に亡くなるなんて・・・・。
通夜に行ったとき喪主である旦那様は気丈にしておられましたが
喪主の挨拶で、葬式場の人に渡された挨拶の紙を折りたたみ
自分の心の声で、彼女が死に至ったまでのことを話してくれました。
彼女の人生の素晴らしさ、結婚してから毎日笑顔で送った生活、
赤ちゃんができるという喜び。それが突然、一気になくなってしまったのです。
「運が悪かったという言葉で納得できることではありません。」
旦那様の言葉でした。
お腹の中に入ったままの赤ちゃんと共に棺に入れられていた彼女の顔は
とても安らかなどという言葉はうかばなかったです。
お腹の赤ちゃんは女の子で「あおいちゃん」という名前をつけようと
二人で話していたそうです。
10ヶ月までずっと順調にきて、分娩台で亡くなるなど
誰が想像したでしょう。
遺影の彼女は10年前のままの笑顔でした。
ママにもパパにも抱っこされずに亡くなったあおいちゃん、
妊娠はしたけれど母親としての幸せを絶たれたまきちゃん。
あおいちゃんの顔を見ることすらできず、まきちゃんをも失った旦那さん。
こんなドラマや映画でありそうな現実が目の前にやってきたとき
人間はとても無力だということを思い知らされました。
悲しい悲しい再会でした。