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猫拳@はてな

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2012-06-24

三宅章介を深ーく考えるってことはよォーーー、『幸せにエロゲーしているか?』どーかにつながるからよー、とっても大切なことだと思うわけよ(『恋愛ゲームシナリオライタ論集 +10人×10説』収録)

1.ロッテリアにて

 値上がりした煙草(*1)を吹かし、日本シリーズ優勝セール(*2)で半額になったジンジャエールを飲みながらこの原稿を書いている。

 これが書き出しなのだ。一行目なのだ。色々と察せられるものと思う。C79は12月だ。来年の夏ではない。

 つまるところ、尋常でなく原稿が切羽詰まっている。どのくらい切羽詰まっているかは、参加者でなくとも、主催then-d氏のblog(*3)を事細かにチェックされている方ならば一目瞭然だろう。

 なぜこんなことになってしまったのか。まずはそこから述べねばならない。

 FFやウイイレの新作が出る度に一部漫画家の原稿が遅れるように、個人の作業といえども世の中の流れに大きく左右される。ワールドカップ期間中、ぼくの小説原稿が1ミリも進まなかったことは記憶に新しい。

 では、夏コミ後、締め切り前の期間、時間泥棒として活動したイヴェントはあったのか。それがあったのだ。オンラインで行われるものとしては世界最大規模だろう格闘ゲーム大会、「GODSGARDEN Online #2」だ。

 ぼくがこの大会に影響されて(実際にはそれだけが理由ではなかったが)『SUPER STREET FIGHTER 4』を始め、夜な夜なネット対戦でボコられたり、試合の野良実況まで行っていたことをご存じの読者もおられよう。はっきり言って、燃えた。生活がオンゴッズ中心に回っていたと言ってもいいくらいだ。この熱戦の記録は現在でも動画で観ることができる。(*4)格闘ゲームに興味のない方も、是非一度体験してみてほしい。そして、上級者同士の壮絶な駆け引きに、思いを馳せていただきたい。なに、弱ければ弱いなりの楽しみもある。なにせ人外魔境のゲーセンに行かなくても、ネットで実力に見合った対戦が楽しめるのだ。ぼくの熱心な普及活動が実り、新たに数人のプレイヤーが夜な夜なネット対戦でボコられていることもまた、それなりに周知の事実だ。

 あとはまあ、私事ではあるが、職場が変わったりして、なかなか落ち着くヒマがなかった。さらに私事だが、小説も詰まっていた。そういうわけで、11月に入るまで、この原稿のことをすっかり忘却していたのだ。――当然アセる。(*5)

 とはいえ、ぼくも原稿を引き受けてから進退窮まるまでの間、全くなにも考えていなかったわけではない。いくらかの策戦(*6)を練ってもいた。というより、三宅の作家史は数年前からのぼくのテーマでもある。ということは数年前までの作品が論の中心となっている、というかぶっちゃけTTTなんかやってねえよめんどくせえ(*7)。

 というか。というかだな。前回の論集『+30×30』において、担当ライターの作品を一通りプレイせずに知ってる作品だけで論ずる、というのは一種のネタだったのだ。苦し紛れではあったにせよ(*8)、そこは明確に笑いを意識していた。ところがどうだ。いざ本が出来上がってみれば、担当ライターの全作品を対象に論じている者のほうが少ないくらいの勢いではないか。なんだそりゃ。『ナルキッソス』全部やらないで片岡とも論ってなんなの、とかツッコまれるのを覚悟で銀色の話ばっかしていたぼくがアホみたいではないか。なんかもう、一人で古き良き時代の記憶にひたっている老害にしか見えない。否定はできないが。

 思い返せば『ToHeart2』の発売から既に6年、『ToHeart2 XRATED』から数えても5年以上が経過している。その間ぼくは、そしてエロゲーは、一体なにを成してきただろうか。永田町辺りの事情も併せて、後年「失われた○○年」(*9)と呼ばれることは請け合いだ。時は誰の上にも平等に降り積もり、しかし人生の結果は平等ではない。セカイは常に機会平等主義だ。さにあらば、せめて機会を与えられたことに感謝すべきか。『ToHeart2』は誰にも等しく与えられた。それをいかに解釈するかは、それこそエロゲーマーとしての生き方の問題だろう。

 ここでまたしても電池が切れた。この原稿はポメラ(DM10)+エネループで執筆しているが、どうやらエネループが相当ヘタっているらしく、このところ書き始めるや否や電池切れという状態が続いている。作業効率が悪いことこの上ない。やむを得ず、通常の使い捨て電池を買ってきて執筆を再開した。なんか上手いこと言ったような気がするからもう終わりでいいかなーと思わなくもなかったが、よく考えたら三宅の話を全くしていなかったので、涙を堪えて書かずばなるまい。

 そういうわけで、そもそも近年のエロゲーのプレイ量が相当に不足していることでもあるし(*10)、『こみっくパーティー』『天使のいない12月』『ToHeart2 XRATED』(*11)の3作品を題材に、三宅の作家的挑戦の歴史と、エロゲーの本質について考察してみたい。

 『TH2』をネタにして『TH2 Another Days』は扱わないのかと言われそうだが、扱わない。プレイする気もない。ミルファはぼくの胸の中に生きているからだ。具体的に言うと、メイドロボ三姉妹を主役にしたアフターストーリーの構想が2本ほどあるからだ。官製ミルファを体験することは、ぼくのミルファの決定的死に繋がる。それを受け入れる気持ちには、今のところどうしてもなれないのだ。というか、ミルファシルファに個別ルートとか本当に要らないのだが、その辺りもおいおい語っていくとする。

 と言いつつ結論を先取りすると、『TH2』姫百合姉妹シナリオこそ三宅の集大成的「作品」といえる。ここには三宅5年間の歩みが全て詰まっている。本稿が、姫百合シナリオの再評価、ひいてはエロゲーの本質の正しい認識をもたらす一助となることを願うものだ。って、こりゃ結びの一番だったな。まあいいや。本編に進む。

2.夢よ、人の望みの喜びよ

 ぼくのエロゲー人生史上最高にハマった作品といえば『こみっくパーティー』ということになる。といってもプレイしたのが発売後3年の2002年ごろであり、リアルタイムの熱狂を共有したわけではないので、そう大したものではないと思う。『Fate/stay night』を除けば、だいたいにしてぼくのプレイ体験は後追いなのだが、ともあれ1キャラ当たり最低2周はプレイしているはずだ。

 そして、最高に泣いた作品、あるいは最高に抜いた作品(*12)という基準ではともかくも、プレイする喜びにおいて『こみパ』を上回る作品に、未だぼくは出会っていない。

 さて、『こみパ』の作品性と、そこに読み取れる三宅の作家性に言及する前に、本作が生まれるまでの流れを一通り振り返ってみることとしたい。

 といっても、『DR2ナイト雀鬼』『Filsnown -光と刻-』の二作品で大きな成功を収めることができなかったLeafが、高橋龍也水無月徹のコンビを抜擢し、ビジュアルノベル三部作において社会現象的とも呼べるヒットを飛ばしたことは、あまりにも有名な歴史だろう。あえてその作風を端的に述べるならば、ストーリーに注力するために、ゲーム性やグラフィックに注ぐリソースを切り詰めたものといえる。そしてその戦略は、その後のエロゲーの殆ど全てがフォロワーと化すほどの影響力を持っていた。

 これは、エロゲーブランドの御三家が、アリスソフトを除いて入れ替わるきっかけとなった事件だった。しかし、高橋と水無月は、アミューズメントソフト『初音のないしょ!!』の製作に携わったのを最後に、Leafを退社する運びとなる。

 『こみパ』はLeafにおけるみつみ美里の初原画作品だ。こちらも周知の通り、みつみはかつての御三家の一角、カクテルソフト(後のF&C)の看板原画家だった。みつみと、彼女の同人活動におけるパートナーでもあった甘露樹の移籍は、時代の移り変わりを示す象徴的な出来事として人々に記憶されることとなった。

 ここで、旧御三家時代におけるエロゲー業界の潮流を振り返ってみよう。旧御三家でも最も古い伝統を誇るアリスソフト(旧チャンピオンソフト)は、その歴史を通じて優れたグラフィックと高いゲーム性でもって知られるブランドだ。しかし、他が追随できない高すぎる実力を持つがゆえに、アリスソフトにフォロワーが大挙し、時代の潮流となった事実は、アリス20年の歴史においても記録されていない。御三家時代における時代の中心は、概ねelfにあったといえる。

 elfの最大の功績は、『世界の果てで恋を歌う少女YU-NO』を初めとするマルチサイト作品群によって、エロゲーにストーリー重視(elfのそれは高度にゲームシステムと連動するものではあったが)の流れを根付かせたことにあるといえよう。むろん、『YU-NO』のシナリオを担当した菅野ひろゆき(旧名剣乃ゆきひろ)を世に送り出したシーズウェアの功績は忘れられてはならないが、歴史は勝者が作るものだから。当然、Leaf Visual Novel三部作は、菅野が作った土壌の上に成立したと見るのが妥当だろう。

 では、ゲーム性でもストーリー性でもない、カクテルソフトを御三家たらしめた要素とはなにか。美少女だ。ファミレスの制服をフィーチャーした『Pia♥キャロットへようこそ!!』シリーズに代表される同ブランドの作風は、ひたすらにヒロインの可愛さを突き詰めたものだった。それは、システムよりシナリオより、なによりグラフィックに重きを置くスタイルだったといえる。みつみ・甘露も参加した『Pia2』においてそれは、セックスシーンの排除によるヒロインの希少化戦略にまで行き着いた。(*13)実のところこれは、90年代終盤におけるelfの主力シリーズ『○作』においても踏襲されることとなる。(*14)

 独立独歩のアリスソフトを除けば、この時代はいわば禁欲の時代だったといえる。明朗とはいえないストーリーのためにセックスシーンを削られ、セックスできない極上の美少女を前に歯ぎしりするプレイヤーの姿が、プレ『こみパ』の世界だった。

 看板作家を失い、これといった大ヒットを飛ばせていなかったLeafは新たな道を見つけなければならなかった。本作のシナリオはメインの三宅を含めて3人がクレジットされており、これは高橋無きあとのLeafライター陣の実力・実績のほどを端的に表す事実といえる。チャンスと成長の場を与えられたカクテルソフトを飛び出したみつみにとっても、本作は自らの実力を証明すべき最初の関門だったといえよう。『こみパ』はかような「ゼロからのスタート」を出発したのだ。

 では、『こみパ』とは何だったのか。それは、オタクの願望充足装置だった。そして、エロゲーの全ての快楽を詰め込んだ究極兵器だった。それは原点だった。そのための舞台装置として設定されたのが、タイトルでもあるコミックパーティ――現実におけるコミックマーケットだ。

 サークル「Cut a Dash!」での成功によって商業活動に引き上げられたみつみにとって、こみパコミケは活動の原点だ。そして、アニメをゲームを漫画を愛するオタクにとって、コミケは夢そのものだ。『こみパ』は、単にコミケを物語の舞台とするだけでなく、作品構造に深く取り入れている。

 主人公・千堂和樹がこみパで成すべきことはふたつ。ひとつは、ヒロインと出会い恋をすること。そして、大手サークルとなり同人作家としての成功を収めることだ。

 みつみと甘露の手になるヒロインたちは、当時の最高水準のビジュアルを誇っている。彼女たちとの恋愛は、カクテルソフト一流の美少女快楽を見事体現するのみならず、アニメの美少女たちの艶姿を求めて邁進する、プレイヤーのコミケ体験とも合致するものだ。そのため、『こみパ』のセックスシーンは、カクテルソフトのそれより遙かに濃い。もちろん今でいう抜きゲーとは比べるべくもないが、それでも「純愛ゲーム」にエロを取り戻したことは確かだといえよう。

 さらに、各ヒロインには美大受験の失敗から「コミケ・ドリーム」目指して奮闘する和樹の性質を反映して、熱血的なストーリーが必ず付随している。それは、後に「葉鍵」の片割れであるKeyの作風として広く認知されるような、ヒロインの物語に主人公が大人しくお付き合いするようなものではなかった。むしろ、主人公とヒロインのエゴが相克するような、和樹の夢であるこみパという舞台装置を存分に活かしたものだった。ここには、ビジュアルノベル三部作的なストーリーを読む快楽も確かに息づいている。それも、遙かにまっとうな、むしろ『EVE』的とすらいえるエンターテインメントだ。特に、みつみをモデルとしたヒロイン・大庭詠美シナリオにおける青春映画顔負けの展開は、「オタクが送ってみたかった青春」としてまばゆい輝きを放っている。

 そして、これらをゲームシステムが支えている。『こみパ』の基本システムはSLGであり、そこにおける売り上げ部数がストーリーの進行フラグになっているのだ。ヒロインとの接触を増やし好感度を稼ぐ要素もあるが、ゲームパートにおけるアドヴァンテージ、すなわち同人作家としての成功なくしては、ヒロインとの恋愛を進展させることはできない。むしろ、恋愛の達成はゲームパートにおける成功に付随する要素に過ぎないとすらいえる。ストーリー上でも、メインヒロインである高瀬瑞希を除けば、その進行は概ねこみパにおいて起こる諸問題の解決を軸にしており、恋愛関係の成立はほとんど、結果論だ。

 ここで着目すべきは、『こみパ』における三宅のシナリオは、恋愛を主軸としていない点だ。ゲームの基本的な目的は同人作家としての成功にあり、ヒロインは目的達成に対する報償のヴァリエーションに過ぎない。ゼロからの成功を目指し、三宅がみつみを立てて作り上げたゲームは、恋愛ゲームではなかったのだ。

3.タイガー&ホース

 正直なところ、ぼくはこの本の『恋愛ゲームシナリオライタ論集』というタイトルに不満がある。けっこうあちこちで公言しているのでご存じの読者もいらっしゃるだろうが、「恋愛ゲーム」という表現は、本質的ではないと考えるからだ。

 いや、本誌で扱われているような作品群をひと括りに「エロゲー」と呼ぶことの問題はわかる。「美少女ゲーム」という語も作られた感があり過ぎる。「パソコンゲーム」ではなにをかをいわんやだ。だいたいにして女の子が出てきて主人公とくっつくのだから、「恋愛ゲーム」と呼んでしまえば大部分の作品をカヴァーできるのは確かだろう。だがしかし、それゆえに、(ぼくはひとまず「エロゲー」という表現を用いるが)エロゲーを恋愛でもって語ることは実に危険なのだ。

 さて、三宅属するLeafを語る上で切っても切れない存在がKeyだ。アリスソフトと合わせて新御三家とも呼ばれたLeafとKeyは、その関係の深さゆえ、まとめて葉鍵と称される。当時のLeafとKeyの位置づけについては、2ちゃんねるにおける葉鍵板誕生に関する資料を参照するのが簡単だろう。(*16)

 90年代の後半からゼロ年代の前半を通じて、葉鍵はエロゲー業界における最大の巨人だった。Leafがビジュアルノベル三部作によって提起した「ストーリー偏重」スタイルは、Keyの初期三部作(Tactics時代を含む)、すなわち『ONE』『Kanon』『AIR』によって支配的なものとなり、その後の作品群にあまりに多大な影響をもたらした。その功罪は措くにしても、Key初期三部作にはひとつの明確な特徴が見て取れる。それが、ヒロインのトラウマに基づく作劇だ。

 Keyのブレイク以後、ストーリー重視のいわゆるシナリオゲー(あるいは陵辱に対する純愛ゲー)においては泣きゲー・鬱ゲーと呼ばれる、ヒロインの抱えたトラウマな深刻な事情に焦点を当てた、陰鬱な作品が主流を占めることとなった。これは根拠のない「柳の下の泥鰌」なのか? いや、社会的な時代背景は措くとしても、柳の下に泥鰌がいる理由は確かにあるのだ。

 エロゲーの多くはゲームジャンルとしてはアドヴェンチャーゲーム(AVG)に属する。すなわち、テキストを読むことによってゲームを進行させ、選択肢を選ぶ(*16)ことによってクリアフラグを立てるゲームだ。そして、著名なAVGのほとんどは、ミステリゲーム、謎解きゲームだ。システム上、AVGにおいてはシナリオ分岐が重要な要素になり、新たな分岐を発生させる――新たな情報を開示させるというゲーム性を素直にストーリーに落とし込めば、ミステリになるのは自明の理といえよう。実際、LVN三部作のうち、『痕』はミステリの要素を多分に含む作品だ。

 そして、エロゲーにおいてはさらに「ヒロインを攻略する」という要素が加わる。話を純愛系エロゲーに限るなら、そのほとんどは、ゲーム目的を特定のヒロインとの恋愛関係を成立させることにおいている。そして、男性である主人公(プレイヤーキャラクター)がそのための努力を払う。主人公が直接的に「女の子を落とす」ことを指向していなかったとしても、ストーリーの展開は主人公の行動、あるいは選択によることが常だ。エロゲーにおける主人公とヒロインの関係は非対称的であり、肉食獣と草食獣の関係のように一方的だ。本稿ではその倫理的是非に踏み込むつもりはないし、個々の作品において表現されている男女関係は一概に論じうるものではないが、構造的には主人公からヒロインへのアプローチがゲームを成立させていることは間違いない。これがコメディになると、ヒロインがボケて主人公がツッコむ(*17)という漫才スタイルになる。

 従って、「主人公がヒロインの隠されたトラウマを暴く」というシナリオ類型は、エロゲーの構造に極めてよく適合する。主人公がヒロインの内面にアプローチし、ヒロインに関する新たな情報を開示させるゲームデザインを行う場合、それがストーリー上、ヒロインの抱えたトラウマで表現されることは実に合理的といえる。エロゲーにおいては、ヒロインと恋愛するストーリーより、ヒロインを救うストーリーが適しているのだ。

 純愛エロゲーにおいては、必ずと言っていいほどヒロインと恋愛関係を構築するエピソードが含まれ、ほとんどの場合はそれがエンディングに結びつくため、そうした作品を「恋愛ゲーム」と捉えがちだ。しかし、エロゲーのゲーム面での実態は、選択しによってフラグを立て、新たな分岐・新たな情報を開示させるゲームであり、ヒロインとの恋愛は、極めて有力なヴァリエーションに過ぎない。

 さて、『天使のいない12月』だ。本作は、三宅の4年ぶりのオリジナルタイトルであり、初めて単独でシナリオを担当した作品だ。原画はみつみと、みつみの師匠だなかむらたけしが担当している(甘露はグラフィック監修としてクレジット)。グラフィックスタッフは、御三家の一角にふさわしい、威風堂々たる面子だ。

 本作の広報において、三宅を含むスタッフ陣は、口を揃えて「本作は恋愛ゲームではなく青春ゲームだ」と発言していた。では、『天いな』のストーリーがいわゆる青春モノ的な魅力を表現していたかといえばそれは怪しい。いわば、本作のテーマは「青春」ではなく、「アンチ恋愛」だ。

 主人公・木田時紀は、無気力かつ厭世的な少年であり、学校の屋上を占拠して喫煙することを日課としている。メインヒロインだ栗原透子は無能・弱気・不美人(*18)の三拍子揃った少女であり、屋上に逃げ場所を求め、交換条件として木田に体を差し出す。これが共通シナリオの出来事だ。

 これが、内心では木田に恋していた透子の、遠回しなアプローチだった……というような話は本当にない。二人は愛情のないセックスに溺れ、はっきりした恋人同士にならないまま結末を迎える。それは他のヒロインのシナリオの場合も同様であり、どのルートでも木田が透子と性的関係を持つ以上、より純愛の観念からはかけ離れた内容といえる(*19)。ではエロティシズム重視の抜きゲー作品だったかといえば、それも否。本作のセックスシーンはあくまで、「ストーリー上必要な」シーンの枠をはみ出すことはない。シナリオゲームの二大巨頭たるLeaf作品らしくストーリーに力点が置かれ、純愛/陵辱の二分法によれば純愛に入れざるを得ない。しかしまっとうな恋愛とは真逆を向いているのが本作の特徴だ。

 『天いな』のストーリーの要点は、木田がヒロインとの関係に答えを見つけだすことにある。それは、恋愛の成立条件とイコールではないし、倫理的に正しい必要もない。二人が納得できる答えを木田が得ることが、各シナリオのクライマックスの展開だ。

 これは、キワモノのように見えて、実は優れてエロゲー的な作劇ではないだろうか。AVGのシステムで表現すべきは問いに対する答えであり、シナリオがヒロインごとに分岐する以上、その答えは各ヒロインに固有のものであるべきといえる。極論をいえば、恋愛の成立がゴールだ限り、各分岐シナリオは、同じ結論に違うパートナーとたどり着く過程に過ぎない。あえて恋愛から離れ、一般的な倫理観念に背を向けて、当事者以外には意味を持たない答えを描こうとした三宅の態度は、エロゲーの本質を克明に浮かび上がらせる有意義な試みと考える。

 そして、三宅独自の発展といえるのが、サブキャラクターの活用だ。透子以外のシナリオでは、自然、すでに肉体関係を結んだ透子との関係をいかに清算するか、という答えも求められることになる。それだけでなく、色々な意味で不健全ではあるものの、親友同士だ透子と榊しのぶの関係についての答えも、両ヒロインのシナリオでは重要な要素となる。須磨寺雪緒シナリオでは木田の妹・恵美梨が、葉月真帆シナリオでは真帆の現恋人・霜村功が絡んだ三角関係が成立し、それぞれにストーリー上の焦点となってくる。恋愛がテーマではない以上、人間関係が一組の男女の枠内に留まる必要はなく、むしろそうした諸条件の提示によって、回答の固有性を強調することも可能になっている。例えば、恵美梨を受け入れなかった雪緒が木田になにを求めていたのかということは、雪緒シナリオのテーマとして特有の味わいをもたらしている。

 そもそも、エロゲーのストーリーが主人公と一人のヒロインの関係描写に偏りがちだのは、セックスシーンの相手によってシナリオ分岐を行う必然性と、複数の相手と性交渉を行うことへプレイヤーが感じる抵抗の合成によるものに過ぎない。本作の発売された2003年以降、エロゲー全体が、攻略されなかったヒロインを含むサブキャラクターの登用へ向かってゆくのは周知の事実だが、わき役的な登場ではなく、解決すべき人間関係の一部としてサブキャラクターを組み入れる作劇は、『君が望む永遠』を除けば純愛系では類を見ないものだった。また、『君望』のそれが作品独自のドラマを成立されるために要請された意味合いが強いのに対し、『天いな』の技法は従来的なエロゲーの延長線上に位置し、高い汎用性を供えている。

 それは、逆に言えばありきたりだということでもある。エロゲーにおいて、セックスシーンのないキャラクターは本質的に全て脇役といえる。セックスシーンのある「ヒロイン」同士の相互関係が描かれたのは、透子としのぶの間のみだった。それが『天いな』のひとつ限界だった。

 なにより、本作の最大の欠点は、面白くないことだった。こう言ってしまうと身も蓋もないが、プレイヤーに共感可能な体験を描くことに集中したわけでもなく、明るさも楽しさも盛り上がりもない『天いな』のシナリオは、『こみパ』にあったプリミティヴな魅力、願望充足装置としての能力を全く失っていた。いや、個人的には、バラ色の青春は非実在青春なので、透子との関係は、自分が送ることのできなかった「理想の灰色青春」として胸が熱くなるものがあったのだが、一般的には失敗作、いいとこ実験作と評価せざるを得まい。しかし、この失敗が、次回作で大きく花開くことになるのだ。

4.強能力者

 スタッフロールによれば、『ToHeart2』で三宅が担当したヒロインは姫百合珊瑚&瑠璃、ルーシー・マリア・ミソラ、『XRATED』で久寿川ささらだ。このうち、ぼくが最も重要と考えるのは、先述の通り、姫百合姉妹シナリオだ。従って本稿ではこれを中心に論じる。

 さて、『ToHeart2』だ。かつてLeafを一流ブランドに伸し上げた『ToHeart』の続編であり、シミュレーションゲームだ『うたわれるもの』を除けば、『こみパ』以来のアニメ化作品でもある。Leafが誇る原画陣(みつみ、甘露、なかむらに加え、カワタヒサシ)が一同に会し、東京・大阪両開発室が共同で開発した本作は、高橋・水無月退社後におけるLeafの総決算的作品といえる。

 その『TH2』で、三宅は『こみパ』と『天いな』で行ってきた試みにひとつの結論を見せている。それが、姫百合姉妹シナリオだ。webに発表した感想も併せてご一読いただきたい。(*20)

 三宅は、「恋愛ゲーム」において、恋愛以外の要素によって物語を成立させてきたシナリオライターだ。『こみパ』と『天いな』では恋愛と近接するテーマが語られてきた。『こみパ』では主人公自身の人生の達成に伴う恋愛の成立。『天いな』では肉体関係に基づく男女関係と、それにまつわる問題の解決だ。

 ならば、彼が『TH2』というまっとうな「恋愛ゲーム」たらねばならない作品で執筆するとき、そこには「恋愛の中の恋愛でないもの」が立ち現れてくるのではないか。その、彼の作品に欠落していたテーマが、幸福だ。

 繰り返し述べてきた通り、エロゲーの本質は答えを求めるゲームであり、その答えはヒロインごとに個別のものだべきといえる。多くのエロゲーでは、恋愛関係の成立、もっといえば両想いになることがその答えとして提示されてきた。いわゆる好感度システム、ヒロインの好意を得ることを目的とするゲームデザインからすれば妥当な作劇といえる。だが一方で、互いに愛し合っていながら幸福になれない男女を、我々は現実でも物語でも、いくらでも見てきたのではなかったか。

 『TH』の続編制作に当たって、主人公とヒロインの間に恋愛関係が成立することは前提条件と言ってよい。(*21)両者は両想いになる――それが可能なゲームデザインが行われる。しかし、それはそのまま、彼らが幸福になることを意味するのだろうか。

 ここで、姫百合ルートの内容を時系列で振り返ってみよう。珊瑚・瑠璃姉妹の幼少期、優れた頭脳を持ちながらも変わり者で周囲から浮きがちだった珊瑚を、瑠璃が守っていた。そのために「友達」がいなくなった瑠璃のために、成長した珊瑚は、瑠璃の「友達」たるべきメイドロボを開発する。かのHMX-12マルチの末裔だ、来須川エレクトロニクス製HMX-17モデルの3体。そのうち最初にロールアウトした長姉がイルファだった。使命に従い瑠璃に尽くそうとするイルファだったが、珊瑚に姉以上の感情を抱く瑠璃は、二人の関係に介入してくるイルファを拒絶する。ここまでが、主人公・河野貴明が介入するまでの、ヒロインたちの経緯だ。

 彼女たちは、互いを愛するがゆえに行き詰まっている。恋愛感情も含めた愛情で繋がっているのに、幸福からは遠ざかっている。道を誤っているのに、それを正す方法を見つけられないでいる。その答えを見つけることが、このシナリオにおける貴明の役割だ。

 貴明は、イルファが瑠璃への愛情を正しく表現できていないことを指摘し、イルファ(あるいは、彼女を生み出した珊瑚の思いやり)を受け入れられない瑠璃の苦しみを受け止め、珊瑚の家族全員への深い愛情を受け入れる。そして、自分自身を含めた全員が家族として、全員を愛しながらともに暮らしてゆくという、「たったひとつの冴えたやり方」にたどり着くのだ。

 ここで重要なのは、彼らの関係が、「両想い」の成立を、必ずしも前提としてはいない点だ。珊瑚は瑠璃に姉妹以上の感情を抱いてはいない。瑠璃はイルファを珊瑚ほど大切に思えない。イルファの瑠璃への感情は、メイドロボも「友達」も逸脱しており、姉妹を同等に扱うこともできていない。そして彼女たちは全員、一番大切な人が貴明ではない。貴明自身、彼女たちの「重さ」に釣り合うほどの愛情と覚悟を抱いているかといえば、はなはだ心許ない。

 それでもなお貴明は、ヒロインたちの幸福のために奔走し、形は違えども全員を平等に愛し、全員が幸福になれる方法を提示する。姉と妹、人と機械、二股三股という、一般的な倫理・恋愛観念からは逸脱した関係であっても、自分たちの個別の幸福のために必要であれば、彼はそれを肯定するのだ。

 貴明のこうした努力に対する物語の評価が、珊瑚の「すきすきすきー」=レベル3認定だ。元々、珊瑚にとって最大級の愛情表現だレベル3に該当するのは瑠璃とイルファ(と彼女の妹たち)だけであり、貴明は「すきすきー」=レベル2だった。貴明が姫百合家の問題を解決した後の段になり、ようやく彼は珊瑚の「最愛の人」になるのだ。

 これは、珊瑚たちのために奔走する貴明の姿に恋したからではなく、全くその功績を認めたものと解釈すべきだろう。この人を好きになってもよい――この功利的なまでの判断に、嫌悪を覚える向きもあるかもしれない。しかし、これが三宅の、エロゲーに対する回答なのだ。

 正しい答えだけが、人を幸福にする。愛が幸福なのではなく、理解が幸福なのだ。愛≠理解(*22)。そして、セカイの謎を見通し、自らが望む結末を提示することは、すべての主人公が本来持ちうる特殊能力だ。物語の焦点を主人公の「能動的推理」に集約させた作劇は、三宅が用意した、エロゲーへのひとつの回答だように思えてならない。

 そして、なにより素晴らしいのは、問題解決後の4Pセックスシーンだ。いや、その、単に4P最高という話ではなく、最高なのだが、物語の結末をちゃんとプリミティヴな快楽に結びつけているところが素晴らしいのだ。ややこしいストーリーの締めに、あまりにもシンプルかつ徹底した「ご褒美エッチ」。『こみパ』で描かれた男の夢が、ここに蘇ったのだ。これは、Leaf史上初の複数和姦だった。恐らく空前にして絶後となるだろう。

 ところで、このとき貴明は3人を相手にしたわけだが、後にはミルファシルファが控えている。従って最終的に姫百合家の夜は6Pまで発展するはずだ。6人での幸福な在り方、「たったひとつの冴えたやり方」を見いだしたとき、貴明はレベル5を超えてレベル6に至ったり(*23)するのかもしれない。してみれば、再びレベル1に戻るというのは、ちょっと受け入れがたい話だろう。姫百合シナリオの後に必要なのは、夢の6Pだけだ。(*24)だからこその『Another Days』なのかもしれないが。

 かように、姫百合姉妹シナリオは、既存のパターンをなぞってこそいないが、本質的には優れてエロゲーらしいエロゲーだ。ところが、逆に、流行りもの連鎖的パクリとタコツボ化で生まれた、本質的快楽に目を向けない、悪い意味でエロゲーらしいエロゲーシナリオも三宅は書いてしまっている。ささらシナリオだ。本稿は基本的に三宅を誉めそやすのが目的なので、ささらシナリオについては、三宅の「エロゲーとは何ぞや」という問題意識を示すもの、と指摘するに留める。(*25)

5.きれいなお姉さんは、好きですか

 本来なら『TH2』については姫百合姉妹の話しかしないつもりだったのだが、書いているうちにるーこの可愛さを思い出してなんともたまらん状態になってしまったので、るーこ・きれいなそらというエロゲー史上に残すべき(*26)ヒロインが誕生した素地についても書いてみたい。

 これまで書いてきた通り、三宅のシナリオにおいて、ヒロインとの恋愛関係の成立は主要な目的ではない。例外は『こみパ』の瑞希くらいで(それゆえ、瑞希自身の魅力は認めつつも、瑞希シナリオのストーリー展開はあまり高く評価できないのだが)、基本的に主人公は問題の解決をまず指向する。

 また、三宅の書くヒロインには、主人公とプレストーリー的な関係性を結んだ人物――端的には幼なじみや姉妹がほとんどいない。瑞希でよほど懲りたものか、明らかにメインライターという立場だったろう『TH2』で、三宅は「センター」(*27)だこのみ・環の執筆を避けている。主人公に好意を抱くべき理由がある人物、というところまで範囲を広げても、立川郁美が含まれる程度だろう。

 端的に言えば、三宅のヒロインは、サーヴィスシーンを提供しない。主人公への興味や好意を示すことによってプレイヤーを惹き付ける存在ではないのだ。三宅はむしろ、ヒロイン自身をいかに魅力的な人物として描くかに精力を傾けてきたと言ってよい。

 『こみパ』の三宅担当(と言われる)シナリオの中で高評価を得たものといえば、まずは詠美シナリオ、ついで由宇シナリオだろう。言うまでもなく『こみパ』で最も「濃い」二人だ。同時に、「女性的な魅力」に欠ける二人でもある。容姿の問題もあるが、生々しい女らしさが表現されていたのはむしろ南シナリオや彩シナリオだろう。

 『こみパ』における三宅キャラクターの最大の魅力は、コメディリリーフとしての性能や、ストーリーに対する牽引力であり、「美しさ」ではなかった。漫画版『こみパ』での南・彩の存在感の薄さも理解できよう。

 後から考えれば、『こみパ』発売後の三宅は女性らしさの表現を課題としていたのかもしれない。『天いな』では、若く未熟で、人間関係で失敗を繰り返す女たちが描かれている。そこには、萌え的なプレイヤーサーヴィスでも、ストーリー上のパフォーマンスでもない、「仕草の説得力」が表れている。

 例えば、しのぶは木田に平手打ちをする。この手の高慢ちきな女が男を叩くのは実にありきたりだが、なかむらが手がけた立ち絵の素晴らしい出来映えもあり、このシーンのしのぶにはぞくっとするような色気がある。夕暮れの教室でギターを弾く雪緒も然り。恵美梨のヒステリックな言動然りだ。誰でも反応できるご褒美ではなく、ストーリー上重要というほどでもないが、通じる人には通じる女の色気。これを、ポジティヴな人格に適用したらどうなるのか? その答えが、ルーシー・マリア・ミソラこと、るーこ・きれいなそらだった。

 るーこは、貴明になにもしてくれない。朝起こしにくることも、弁当を作ることも、手を繋いでデートすることもない。サーヴィスシーンらしきものの全くないキャラクターだ。その茫洋とした表情からは、貴明への好意すら容易に読み取れない。

 ルーシーシナリオでは、ひたすらにるーこ個人の多面的な魅力が描写されている。桜吹雪を浴びながら眠る神秘的な美しさ。喫茶店で衆目を集める芸者的なエロティシズム。見ず知らずの子供のために、希少な「るー」の力を遣う慈愛と覚悟。「るーこ・きれいなそら」という名前に込められた誇り。(*28)ポップでキュートなヴィジュアルデザインに反し、るーこは、どこまでも「いい女」だ。そのあり方は貴明にも重い責任を強いる。ルーシーシナリオの結末は、るーこと貴明が示した「崇高さ」に対する、「るー」の大岡裁きによって成立するハッピーエンドだ。そこでは、永遠の愛を象徴して、「結婚」という契約が重要な意味を持つ。

 ここでも、主人公とヒロインが愛し合うことは、すぐさま幸福に結びつくことはない。二人はその愛を試され、貴明はるーこに釣り合う男であるかどうかを試されるのだ。道具立てこそ具体・抽象両極端でセカイ系的だが、これは映画の作劇に近い。

 姫百合シナリオが「ポルノゲーム」に対する三宅の回答だとするなら、ルーシーシナリオは「ラヴストーリー」に対する三宅の回答といえまいか。美形の役者による、崇高な愛の表現。恋愛否定の末にたどり着いた、三宅らしい「恋愛ゲーム」の姿だ。

6.ふたたび、ロッテリアにて

 三宅作品は面白いのか。

 この問いに回答することは、なかなかに難しい。今回取り挙げたような練り込まれた作品がある一方で、評価がメタメタな作品も存在するからだ。

 おそらく、三宅がLeafを離れ、「看板ライター」となって成功することは不可能だろう。Leafが誇る原画陣の傘の元で守られてきた面は否定できず、また、原画の能力・存在を最大限に活かした作品を送り出してきたことも事実だ。少なくとも『ToHeart2』までの三宅は、Leafに課せられた使命を正しく遂行してきた。三宅は、どこまでも「Leafの三宅」だ。

 ならば、三宅が再び大きな輝きを放てるかどうかは、エロゲー業界において、「恋愛ゲームの雄」たるLeafが果たすべき役割が残されているかにかかっているのかもしれない。

 *1 2010年10月1日施行。

 *2 2010年11月7日、第7戦にて日本一決定。MVPは今江敏晃。

 *3 then-d’s theoria blog ver. http://d.hatena.ne.jp/then-d/

 *4 GODSGARDEN on USTREA http://godsgarden.jp/ 他、ニコニコ動画にもアップロードされている

 *5 『はじめの一歩』第86巻 Round821「猛獣の檻」

 *6 西尾維新表記。結局行き当たりばったりであることが多い。

 *7 RPGだし……。

 *8 今回ほどではないが、前回も相当ヤバかった。全作品プレイが不可能な程度には。

 *9 二桁。

 *10 というより、抜きゲーに偏っている。

 *11 『ToHeart2』は未プレイ。

 *12 前者は『銀色』、後者は『陵辱ファミレス調教メニュー』だと思われる。

 *13 『Pia♥キャロットへようこそ!!2』のメインヒロイン・日野森あずさシナリオでは、セックスシーンを通過するとバッドエンドとなる。

 *14 『臭作』における高部絵里脱ぐ脱ぐ詐欺については、ちゆ12歳に詳しい。 http://tiyu.to/permalink.cgi?file=news/02_12_19

 *15 葉鍵板年表 http://nippoudairi.2-d.jp/hakagi_ita/nenpyou/

 *16 神話の時代には、テキスト入力によって進行するゲームもあったと聞く。

 *17 性的な意味でも。

 *18 未だに信じられないが、設定上、透子は本当に不美人である。モテないのはわかるが。

 *19 『君が望む永遠』ですら、速瀬水月との肉体関係には恋愛感情が伴っていた。

 *20 過去の『ToHeart2 XRATED姫百合姉妹シナリオ言及まとめ - 猫拳@はてな http://d.hatena.ne.jp/catfist/20101114/1289746255

 *21 『ToHeart』の志保シナリオは、継承すべき伝統とは考えられていなかったはずである。

 *22 『ストーンオーシャン』Act.75雑誌掲載時アオリ文より。 http://atmarkjojo.org/aori/riyuu.html ジョジョを否定するつもりはないが、人間なかなかジョースターほど上等には生きられまい。

 *23 クローンを2万人殺せばレベル6になれるのだから、極上の美少女を5人同時に抱けば楽勝であろう。

 *24 ちなみに、ぼくが構想している姫百合シナリオアフターストーリーは、メイドロボ三姉妹がマルチと邂逅するエピソードと、姫百合姉妹と貴明の死後におけるメイドロボ三姉妹の人生を描いたものの二つがあるが、いずれも6P前提である。

 *25 ささらというヒロインが、後述の三宅らしさとは全くかけ離れていることは明らかであろう。

 *26 今からでも遅くない。

 *27 AKB48的表現。

 *28 ベジータという名前に匹敵するほど。

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