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名無しさんの弁明 RSSフィード

2010-11-21

「暴力装置」の起源と系譜

まずは下記の一連の文を読んで欲しい。

「執行権力」ならびにその官僚装置軍事装置の手直しや強化というプロセスも進んでいる。


また国家機構を支える官僚軍事装置もかつてなく増殖する。


抑圧のための特殊装置ないし特殊機構としての国家は依然として必要であるが...


なにしろ諸国家は、帝国主義的競争に直面して軍事装置の増強を余儀なくされ...


国家は特別な権力組織であり、何らかの階級を抑圧するための暴力組織である。

『国家と革命』(角田安正訳) 原著1917年

ここで引用したのはレーニンの著作『国家と革命』である。この本の中でこれらの語は


官僚官僚装置

 露 чиновничьего аппарата 英 bureaucratic apparatus

軍事力軍事装置

 露 военного аппарата 英 military apparatus

国家=暴力組織

 露 организация насилия 英 organization of violence

他には、国家権力の装置

 露  того аппарата государственной власти

 英 the apparatus of state power

というように使用されている

[参考URL]レーニン「国家と革命」 原文英訳



"аппарат"という語は

「装置」という意味でも、「組織」という意味でも訳せる語だ。

英語ではapparatusである。

この原著、英訳では「暴力装置

 露 насилия аппарата 英 violence of apparatus

という言葉そのものは含まれていないことに気をつけてほしい。

しかしながら、「装置」という性質は強く意識されていることはおわかりだろう。

暴力組織という場合は"организация"であり、"аппарата"ではない。

"организация"という語には、

装置という意味合いは含まれていないのである。

次に、この著作が日本の共産主義者の間でどう受容されたかを見てみよう。


国家は具体的な暴力装置、即ち常備軍、警察、監獄等によって構成され、階級独裁を強行すること。 同時にそれは一定の法律関係及び政治制度を確立し、その独裁権力を制度的にも合法化すること。さらに一定の租税体系を確立し被支配階級を搾取すること。したがって国家を論ぜんとする限り常備軍、警察、監獄等系統的暴力の組織独裁的本質を具体的に解明すると同時に、それらと政治制度及び、法律関係の関連、更に租税制度の本質と役割等々をも明らかにせねばならぬこと。かくて初めて、一定の階級関係の所産たる国家の、具体的姿と役割が明らかとなるばかりか、生まれるや否や住民の上に立ち、彼らを抑圧し搾取するところの、国家権力のたえがたき寄生的性質もまた明らかとなること。(この点については、レーニン『国家と革命』を参照のこと。)

神山茂夫『天皇制に関する理論的諸問題』 こぶし書房 p24-25 1946年

(文は現代かなづかいに改めた復刻版に拠る )

これは広く共産主義者の間で読まれた神山茂夫の1939年の著作、『君主制に関する理論的諸問題』を台本とした、1946年初版の『天皇制に関する理論的諸問題』第三章「国家理論の中心点」の一節である。このとおり、「暴力装置」という言葉が使われている。ここでは軍隊、警察、監獄を含めて「暴力装置」という言葉が使われていることに注意してほしい。しかしながら、国家に関しては「暴力装置」という言葉は使われてない。


国家が具体的な暴力の組織軍隊、警察及び監獄等であることを忘れてはならぬ。即ちその最も重大な点は、国家が直接の暴力の組織であるということだ。憲法その他の法律的・制度的なものは、この独裁権力の形式である。だから、われわれが常に注視していなければならぬ点は、その制度的・法律的なものではなく、むしろ直接の暴力の組織であり、形態であり、その行使者だということだ。

同掲著 p27-28

神山茂夫にとっては、レーニンを通して国家はこのようにして理解される。この著作の元となった『君主制に関する理論的諸問題』は共産主義者の間で回読されたようだ。初版序文にこうある。

本書は、一九三九年五月メーデーを記念しつつかいた小冊子「君主制に関する理論的諸問題」を台本とし、その後に書いたもの、特に第十一章を補足的に附けくわえ、その全体にすこし手をいれたものである。「君主制に関する理論的諸問題」は、獄死せる同志佐藤修一(豊多摩刑務所)、平山こと曹今同(福岡刑務所)等をはじめ、ニ、三の同志との戦略問題に関する論争を終結するために書き、偽装の表紙をつけた複写版として、多くの同志のあいだに回読された。 

同掲著 p6


さて、今度は、ヴェーバーを見てみよう。

そもそも強制手段として赤裸々な暴力に訴えることは、国外に対してだけでなく、国内においてもおよそ政治的団体の本質に属することがらである。いやむしろ、これこそが、われわれの術語規定にしたがえば、ある団体を政治的たらしめるものであり、 「国家」は、正当性をあたえられた暴力行使 legitime Gewaltsamkeitの独占を要求する、そうした団体だと定義するほかはないであろう。

宗教社会学論選』(大塚久雄・生松敬三訳) p118 1972年 原著1920-21年

近代国家社会学的に定義するためには、むしろ、結局、国家とあらゆる政治団体とに固有な物的暴力性という特殊な手段から出発しなければなりません。「あらゆる国家は暴力の上に基礎づけられている」とトロツキーは、当時、ブレストリトフスクで申しました。実際、これは正しいのです。もしも、手段としての暴力性と全く縁のない社会組織しか存在しないとしたら、「国家」という概念はなくなってしまったでしょうし、私たちが特別な意味で「無政府状態」と読んでいるようなものが現れて来たに違いありません。もちろん、暴力性が国家のノーマルな手段というわけでもありませんし、唯一の手段というわけでもありません――こういうことを問題にしているのではないのです──が、やはり、暴力性は国家特有の手段であります。とくに今日では、国家と暴力性との関係は格別に密接なものとなっております。過去においては、氏族をはじめとする実にさまざまの団体が物的暴力性を全くノーマルな手段として認めてまいりました。ところが今日では、私たちは次のように言わなければならないでしょう。すなわち、 国家とは、或る特定の地域――この「地域」ということが特徴なのですが――の内部で、正当な物的暴力性の独占を要求する(そして、それが成功した)人間共同体である。というのは、国家の側が自分以外のすべての団体または個人に許す範囲でしか物的暴力性の権利を認めないということ、つまり、国家が暴力性の「権利」の唯一の源泉と看做されているということ、これが現代の特徴だからであります。

『職業としての政治』(清水禮子、清水幾太郎訳) 河出書房『世界の大思想 23』 所収 p387-386 1965年 原著1919年

清水幾太郎訳自体は1939年に出版されている

ヴェーバートロツキーからこの考えを得たことがわかるだろう。しかしながら、装置という意味はまったくその暴力の独占という文脈上においてはないのである。以上のことから考えるに

暴力装置」という言葉は神山茂雄が初めて使用し広まった

というのが今まで僕が調べた結論である。もちろんこれは仮説にすぎない。神山茂夫以前に、「暴力装置」という語を考え、神山茂夫に影響を与えた人間がいるかもしれない。神山茂夫以前にヴェーバーレーニンを訳した際に「暴力装置」という語で訳した人間がいるかもしれない。

いずれにせよ、初期において神山茂夫が「暴力装置」という言葉を軍隊、警察に当てはめ、その概念を広めるのに一役買ったという点は間違いないように思われる。それ以降、全共闘世代や、政治学者の間で軍隊・警察=暴力装置、またあるいは国家=暴力装置とされて広まり、さらにはヴェーバーの国家による「暴力装置」の独占論として広まったものと思われる。たとえば戦後を代表する政治学者の福田歓一はその著作のなかで「暴力装置」という言葉を使用している。

しばしば、暴力装置ということばで呼ばれておりますように、軍事力と申しますと、それこそまったく物理的な力、physical powerというふうに見えるわけであります。ここでフィジカルとは、その語源から申しますと「自然の」という意味であり、そこから「物理的」「肉体的」という二つの意味をもつようになったことばであります。しかし、政治の世界におけるフィジカル・パワーは、はたして単に物理的な力でありましょうか。暴力装置といわれる軍隊、警察などというものは、「自然な」存在でありましょうか。根本的な問題は実はそれを問うことからはじまるのであります。 

福田歓一『近代の政治思想岩波書店 p6 1970年

どういう政治権力でも、さきに申しましたように、最後に暴力装置というものを持っているわけでありますが、この軍隊暴力装置中世の場合には、軍人階級というのはみんな地主で… 

同掲著 p72

国家による暴力装置の独占という通念にもかかわらず、民衆の武装は「圧制に対する抵抗」という基本権の保障と考えられました。コンミューンの武装や州兵制度がそれであって、その意味で古典古代の民主政治の伝統は引き継がれているわけであります。 

福田歓一『近代民主主義とその展望』 岩波書店 p193 1977年

ここではヴェーバーレーニンの言説ではなく、「通念」として取り上げていることがおわかりだろうか。

そしてその福田歓一の影響は保守派小室直樹にまで及ぶ。彼はタルコット・パーソンズに師事し、ヴェーバーも研究した人間である。たとえば軍隊と警察について論じた色摩力夫の『国家権力の解剖』で小室直樹は長い解説を書いているが、「暴力装置」として軍隊と警察を捉えている。


まず第一に、近代国家における暴力装置は、軍隊と警察であり、それらに限る。このことである。

色摩力夫 解説・小室直樹 『国家権力の解剖』 総合法令 p4 1994年

近代国家においては、暴力装置は国家によって独占される。前近代国家においては、暴力装置拡散的であった。前近代国家暴力装置を独占してはいなかった。例えば、エリザベス(一世)朝の英国海軍を思い出してもみよ。この時代、軍艦と商船との区別はなかった。当時の英国海軍といえば、いわば放し飼い海軍。平時は海賊をやって暮らす。一旦緩急あるとき、海賊船が集まって英国海軍となる。ブレイクのごとく、ドレイクのごとく、ウォルター・ローリーのごとく。このように、平時の海賊は有事海軍である。海賊船と商船の区別もなかった。ということは、商船といえども、武装していたのである。暴力装置をもっていたのである。暴力装置は国家の独占ではなかったのである。

同掲著 p4-5

おそらくこの「暴力装置」という言葉は福田歓一の影響であろうと思われる。上にみたようにヴェーバーの独占について述べた箇所には装置という意味合いは含まれていない。このようにして、「暴力装置」という神山茂夫の用語は、左派右派含め広まっていき、そして今や社会学用語集や政治学の教科書にまで掲載されるようになった、というわけである。



あー、疲れた。自分はここまで。あとは他の人お願いします。

ちなみに神山茂夫が初出という根拠は、Google書籍検索です。根拠としては少し薄いかもしれませんね。というわけでid:finalvent氏の国家=暴力装置論も、id:hokusyu氏の国家=暴力装置、軍隊=暴力装置論も違うんじゃないのかなあ、という結論になりましたとさ。ちゃんちゃん。

けんちゃんけんちゃん 2010/11/22 00:36 なるほどめがうろこなう

さ 2010/11/22 01:44 すげーw
乙です

あ 2010/11/22 02:06 しかし、レーニンの言ってることは鋭いな。
やっぱり、成功した革命家(天才的な極悪人とも言えるが)は違うね。

kanayVckanayVc 2010/11/22 06:02 ヴェーバーが引用しているトロツキーの発言(1918年)では実際に暴力装置аппарат насилияという言葉が使われていますよ。http://magister.msk.ru/library/trotsky/trotl630.htm

kanayVckanayVc 2010/11/22 07:51 ↑このことについてブログ記事を書きました。皆さんよろしければご覧いただければと。http://hisphyussr.at.webry.info/201011/article_2.html

kawa@親衛隊長kawa@親衛隊長 2010/11/22 08:50 素晴らしい。引用させてください。

sonesayaharusonesayaharu 2010/11/22 20:25  アタマの体操になりましたし、こういうものがタダで読める時代が来たかと、ネット世論の知的水準に敬意を評します。
 ただ、日本の論壇がオール左翼だった1980-2000年の言論空間を、それなりにかじった身としては、マルエン全集を引用するインテリたちを思い出さないでもないです。
 「余剰価値」や「生産手段」とはなにか? 評論の読み方の読み方が学生でも理解可能になったころには、共産国家が破綻しておりました。文革やポルポト派の悲劇はスルーされて。
 おうおうにして造語は、研究者が自分のイメージを説明するために、仮説的にあてはめ、発案者当人がちがった文脈でつかったり、研究者同士間で意味合いが変わっていくことは良くあります。
 知識とは、国民全般に学者としての資格をとらせるものでなく、意思をたちあげるサポート役ですので、文脈をはずさない限り、だいたいの理解でよいと思います。

tontyannnmtontyannnm 2010/11/23 21:50 思想に基づいて云々する人がおられますが軍隊、警察、消防など普段は危害目的でなく必要に応じて制圧する為の道具を持って又、それを行使するための権力を有する諸団体を暴力装置というのは何の問題も無い
今の日本は平和であるから暴力団だけを想起するから可笑しな考えになるだけだ 暴力の根源の意味を考えてください
 凶器という言葉もそうでしょう、包丁、果物ナイフ、バットなども普段は凶器とは言わないが危害を加える道具になれば凶器となります。 それと同じである

ぺ 2010/11/24 01:13 tontyannnmみたいな人の主張はわかるけど、「ウェーバーが定義した言葉」という部分が嘘ってのは認めないと。
包丁やナイフを「凶器」と呼ぶ背景には政治思想や政治哲学的な歴史背景は無いけど
「暴力装置」って言葉には様々な思想的背景、意味合いが含まれてる。
この違いがあるから揉めてる。

そこがわからず「暴力であるのは事実」「だから」「自衛隊は暴力装置とよんで問題ない」とか言うのは
この騒動の本質が全然見えてない、ピントのずれた解答だと思うよ。

sonesayaharusonesayaharu 2010/11/24 10:56  ピントがずれているのは、ぺさん。あなたですよ。
 仙谷が左翼方言を国会で話したから、ネトウヨとそのスポンサーが騒動しているのは、本質でもなんでもないのです。キチガイは国政とも国益とも無関係です。

 「自衛隊は暴力装置」と呼ばなくてはなりません。

 当事者である自衛隊員は、その自覚と覚悟を持たねばなりません。

 先日おきた北朝鮮の韓国攻撃があったから、でなく、そのうちおきるであろう自衛隊員の不祥事(笑)の謝罪のさいには、防衛省は実力組織(笑)として謝罪・責任をとらねばなりませんし、イージス艦が漁船と衝突して国民の命を奪うなどという「暴力装置」でしかできない事件の再発防止のためにです。
 頭が良く使命感のある国防関係者がいるなら、自分たちがイメージUPする愛称で呼ばれることより、特殊な立場である現実の行動を示すでしょう。
 そして有権者には、シビリアンコントロールを監視する責任があります。

ぺ 2010/11/24 14:48 >sonesayaharuさん
僕は引用の不正確さの問題を話してます。

「三権分立はデカルトが唱えた言葉で〜」とか言ったアホがいたとして
「いや、三権分立はデカルトじゃないよ」と訂正されたら
「いや、しかし近代国家に三権分立による権力の分散、相互監視が必要です」
とピントがずれた解答さてる感じです。

つまり、「余計な論点を勝手にもちこまんでくれ」と思。
複雑な問題だから論点は絞って話したらいいじゃないでしょうか?

シビリアンコントロールの必要性とか、言われんでもわかってるから
偉そうに無理矢理話を混ぜ込まんでくれ、と思います。

anan 2010/11/25 10:50 外野からですが、みなさん起源の特定頑張って下さい!いつの日かwikipediaにまとめられることを願ってます…

sovietsoviet 2010/12/15 02:10 起源が神山ってのはいまいち受け入れられないけど、一時「暴力装置」って言葉が左右問わず使われていたのは事実だよね。
それを、共産主義者起源だからけしからんってのはなんとも、頭悪い。他山の石とせねば
こちらの論証自体は面白いし、参考になりました。ちなみに2chから来ました。

のみのみ 2011/04/13 01:10 みなさん暑い^H^H熱い議論お疲れさまです。
日本において暴力装置という言葉がレーニンの意味で使われる場合とウェーバーの意味で使われる場合があるというのが事実だとして、仙谷がどちらの意味で使ったのかは議事録から前後の会話の流れを読んで想定するしかないでしょう。
それをせずにウェーバーが使っているのだから問題なし!と言うのはアホとしか言いようがない。

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