わたしが猫に蹴っとばされる理由 〜雑食系中年男子の加齢なる読書日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2012-01-21

[]円城塔「松ノ枝の記」読了

 書くとは? 自分とは? 主体とは? 認識とは? 歴史とは? 人類とは? ……といった文学的・哲学的定義が本作の作品世界では危なっかしく揺らぎまくっている。世界はよくわからない。書くということもまたよくわからない。わからないとは、先が見えないということだ。それでも、希望の光は射す。それに向かって進む以外に道はない。

 そんなことを考えてしまった。円城作品はその奇妙さばかりがクローズアップされているような気がするが、スタンダードな前向きさも持ち合わせていると思う。

群像 2012年 02月号 [雑誌]

群像 2012年 02月号 [雑誌]

円城塔の作品はこちら。『これはペンです』はスゴかった!!

youyou 2012/01/28 01:03 何かひとつのことに集中しないとダメ。

芥川賞受賞作家さんも、結構きびしいことを書かれるんですね〜。
↓のサイトで、円城さんと田中さんの記事がありました。
http://www.birthday-energy.co.jp

円城さんに関しては、「何かひとつのことに集中」し、
「無欲で平坦なのが特色」なのだそうです。

じつは

>スタンダードな前向きさ

が大事って事みたいですね。

catkicker001catkicker001 2012/01/28 08:10 youさん、コメントありがとうございます。円城さんには文学を根底から変えてしまうような力があるのではないか、と期待しております。ぼくの場合、彼の作品はワクワクします。どこのドイツだ、眠いだのなんだの言ってるボケ老人は! って感じです(笑)

投稿したコメントは管理者が承認するまで公開されません。

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/catkicker001/20120121/p2