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2017-10-15

[]Spiegelさんへの回答。

Spiegelさんから、先日作成した論考、草薙素子は何人いるか? - Is a ghost countable or uncountable?についてのコメント今こそ「グリゴリの捕縛」を読め! または遍在する草薙素子をいただいた。Spiegelさん、ありがとうございます

そこで幾つか私が知らなかった、思いつかなかったことが記載されていたので、ここにメモしておく。

人工知能

私はあの論考を書く前に、人工知能の近況についてほとんど調べなかった。「たぶん人工知能ってこんな感じ」くらいの考えで人工知能「A」と「B」を作成した。私は人工知能について研究したことはなかったし、趣味でも仕事でも人工知能についての話を追いかけることを今までしてこなかった。だから、半端な知識で書くくらいなら、知っている知識、法哲学の側から書いた方が、より自分にとって正しい記述ができるのではないか、と思った。ただ、何も知らないのでは見当違いの文章を書いてしまう恐れもあったので、ロボット工学で有名なHod LipsonのTEDでの講演、自分で学習するロボット、は見ておいた。

Hod Lipson demonstrates a few of his cool little robots, which have the ability to learn, understand themselves and even self-replicate.

https://www.ted.com/talks/hod_lipson_builds_self_aware_robots

とは言っても、たとえば人工知能についていろいろと考えてきたSpiegelさんは、私の文章を人工知能の知識のある前提で解釈するのだから、内容についてどう判断してもらえるのかは、私の関与できることではない。だから、どう読解してもらえるかは不安があった。

スマートな機械」と「強い人工知能」

人工知能の領域では人工知能「A」は「スマートな機械」*1、人工知能Bは「強い人工知能」と表現することを知った。これで、今後、人工知能関係の話を書くときは、読み手に誤解を与えずに人工知能の設定を書くことができる。

「トロッコ問題

反省ができない人工知能「A」は、Spiegelさんが挙げたトロッコ問題も、倫理的価値判断はできないが、私は「トロッコ問題」という命題は知らなかった。これも勉強になった。

“non-human person”

“non-human person” の諸問題も知らない事柄だった。ただ、“non-human person” に人権を与えるかはそれぞれの国家が考えることであって、私たちがどうこう言っても仕方のない話ではある。

シンギュラリティ

どうやら、人工知能の領域でも、かつてのソーカル問題に似た状況が発生しているとのこと。それをシンギュラリティと呼ぶらしい。『そろそろ、人工知能の真実を話そう』という書籍には以下の記載があるとのこと。

シンギュラリティ仮説とは、二〇四五年あたりに AI能力人間を凌ぎ、機械支配が進んで世界のありさまが大きく変容してしまうという予測だ。

だから、人工知能関連の話題として、2045年キーワードになっている。「人間を凌ぎ」と「機械支配」の定義がよく分からない以上に、2045年はあまりにも遠すぎで、もっと早くそれは訪れるのではないか、というのが私の率直な感想。そして、これがソーカル問題のように自分で問題を作って自分で解決するような、Spiegelさんが言う「粉飾決済」ならば、それが何年に設定してあっても、実際のところそれはあまり大きな問題ではない。

タチコマ

これって寧ろタチコマ(フチコマ)を連想してしまうのだが(笑)

というコメントも頂いた。これはその通り。タチコマでもあの論考は成立する。草薙素子を選んだのは、映画版でバトーさんが何度も「素子ぉぉぉ」と叫ぶのだけど、毎回「その「素子」さんは別人かもしれないよ?」と私は映画を観ながらツッコミを入れてたので、可哀そうなバトーさんのためにあの論考を書くことにした、という背景がある。

Blockchain

Blockchainは金融の領域でも世界的な資金証券決済ネットワークの新しい方法として現在SWIFTも注目しているし、それ以外の手段でも研究が進んでいるので、概念は知っていたけれど、「人格」と「Blockchain」を接続させるアイデアは無かったので、Spiegelさんの以下の指摘は参考になった。

もしn人の草薙素子が統合されたひとつの人格を持っているのなら,彼女が何処にいるかという問いは意味を成さなくなる。 それは当初インターネットを(既存power の及ばない)分散ネットワークとして構築しようとした人たちが夢見たことだ。

遍在するということは誰にも(国家にも)所有されないということであり,言い換えれば「何処にもいない」ことと同義でもある。 国家が「個人」という概念を規定するのなら,遍在してしまった彼女は「個人」として規定できないことになる。

「どこにでもいて、どこにもいない」、偏在する人格を国家は「個人」として定義することはできるのだろうか。

*1:哲学的には「強い人工知能に」対置されるのは「弱い人工知能」とのこと。

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