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2007-06-18

[]著作権問題を「創る」

ここ最近業務に忙殺されていて、6月15日著作権保護期間延長問題を考えるフォーラムの第3回公開トークイベントも出席することができなかった。茶会の人たちからそのときの白田先生の講演が熱かったという話は聞いていたけど、その雰囲気をそのままテキストにしたような投稿が増田にあって、いろいろと考えさせられた。

平成十九年六月十五日白田秀彰演説記録

そういえば以前、「著作権法は創造性のためにあるんじゃない、お金のためにあるんだ!」というエントリで上記と同じような意見を書いたことがあった*1

白田先生に「最近は、茶会のメンバーですら、私の書いた記事にコメントくれなくなった」と言われ実際その通りなので反論できないのが申し訳ない。文章を書く中で負荷が高いのは「自分にとっては当たり前だと思っている内容を文章化すること」。こういった内容を定期的に形式知化して文章にし、アウトプットとして外に出すのは難しい。もちろんそれを理由に怠惰を貪っていたのでは仕方ないのだが。

自分の常識は必ずしも他人の常識とは限らない。自分が知っていることを、他の人にも同じように認知してもらうことで、それまでは問題とされていなかったことが問題として可視化されてくる。デューク大学法科大学院教授のJames Boyleは"A Politics of Intellectual Property: Environmentalism for the Net?"という文章のなかで、環境保護運動の最大の功績は、環境問題を「創った」ことにあったと述べている。

In one very real sense, the environmental movement invented the environment so that farmers, consumers, hunters, and birdwatchers could all discover themselves as environmentalists. Perhaps we need to invent the public domain in order to call into being the coalition that might protect it.

("A Politics of Intellectual Property: Environmentalism for the Net?"より引用)

ここではパブリックドメインについて指摘されているけど、著作権保護期間延長問題を考えるフォーラムは著作権保護期間延長問題を元に著作権問題を可視化させている、と言える。

著作権問題、と一言で言ってもその対象とするものは様々で著作権法に関する知識の少ない人たちにとってその内容を理解することは難しい。だから、それを一般の人たちが分かるように噛み砕いて説明し、彼らも著作権問題に関わる利害関係者の一人なんだ、という認識を持ってもらう必要がある。この白田先生の演説記録を読むことで、一人でも多くの人が問題を問題として可視化できることを切に願う。

一人一人に出来ること、は確かに少ないかもしれない。けれども、それはロージナ茶会にしても同じことだった。そもそもお茶飲み会くらいの勢いで始まったロージナ茶会が結果として政府のパブリックコメントに名を連ねるようになるなど、茶会を創めた2002年頃は考えてもいなかった。二階建て制度が文章としてネットに登場したのは2004年1月にロージナ茶会とも交友があったバーチャルネット法律娘 真紀奈17歳*2執筆したIT@RIETIのコラム著作物の利用を促進するための制度の形とは?」が最初だと思うが、これも今は政府内で議論がされるようになった。

また、著作権法以外の分野でも、たとえば林紘一郎先生や白田先生がずっと主張してきた包括メディア産業法*3についても、日本経済新聞2007年6月14日の記事「通信と放送、融合へ新法・総務省方針」によれば、

 総務省の「通信・放送の総合的な法体系に関する研究会」が来週まとめる中間報告が14日、明らかになった。ブロードバンド(高速大容量)通信やデジタル放送の普及で通信と放送の垣根が低くなってきた現状をふまえ、電気通信事業法や放送法などの法律を一本化。2011年に「情報通信法(仮称)」を制定する方針を盛り込んだ。技術革新に対応した多様な新規参入を促すと同時に、有害番組規制基準なども統一する狙い。

http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070614AT3S1302914062007.html

とあり、私案どころではなく実際に法律として動き出す可能性が出てきた。明日6月19日に中間報告が総務省から発表されるとのこと。

その一言が世界を変える。日本人が好むのはそういった衝撃的なアイデアなのかもしれない。そして、そういうアイデアが出てくるのを待っているのかもしれない。でも、現状をより良い(と思われる)方向へ変えて行く意見、というものは、往々にして日常の些細な状況の改善から始まるのではないだろうか。そういう些細な状況の改善の集大成が、結果として社会の在り方そのものを変革していくきっかけになっていくのだろう。長期的視野を持つ重要性はたぶんそこにある。今日始めた何気ない行為が、10年後には当初考えていたこととは全く別の意味で重要になっているのかもしれない。ロージナ茶会に対してほんの少しの貢献しかできなかった私だが、そこで目の当たりにしたのはこういった小さな議論の集まりが結果として政府の政策レベルにまで反映され、実際に日本のコンテンツ政策の在り方を変えていくきっかけの一つになっていた、という現実だった。

今回の平成十九年六月十五日白田秀彰演説記録と同じくらい感動させられた白田先生の投稿文がslashdot.jpにもある。ちょっと長いけど引用。2004年6月2日に書かれた文章。

ネットワークは、知識と理解の増大に貢献すると期待されてきました。でも、すくなくとも日本のエンドユーザーは、遊戯としての使い方を主としていたと思います。ファイル共有などでは、ろくでもない使い方が一般化してしまったように思います。でも「それで何が悪いのか!」と怒り出す人がいるので、謝っておきます。ごめんなさい。貴方は自由なのですから、法に触れない限り何をしてもよいのだろうと思います。

私には「こうなったらいいのにな」という夢があります。でも夢を語ると「そんなのは嫌だ!」と怒り出す人がいるので、謝っておきます。ごめんなさい。貴方は自由なのですから、法に触れない限り何を考えてもよいのだろうと思います。

もし、ファイル共有システムでまじめな政治的言論が多数流通していたら、まじめな学術的な文章が多数流通していたら、ファイル共有システムを抑圧することは言論表現の自由に関わる問題だと認識されていたでしょう。でも、そういう使われ方をしていなかった。47氏逮捕に追い込んだのは、もしかすると私たちなのかもしれません。

blog2ちゃんは、「便所の落書きだ」とマスコミから叩かれます。でも、あれほどたくさんの人たちがたくさんの意見を交わしているメディアが馬鹿にしつづけられるのも不思議です。それは、すなわちネットワーカーがおおよそ一般的にバカだということでしょうか。私は、blogの中には立派な論説になっているものが多数あると思います。また、2ちゃんの文法や規範がとても独特で面白いので好きです。けど、真面目で偉そうなひとたちを唸らせるような言説がなかなか出てこないのも事実です。無視されてるだけかもしれませんけど。

私には夢があります。

日ごろフザけたことを書いている人たちが、重大な問題に直面したとき、恥ずかしさを棄ててマジレスし始めること。他人の足を引っ張ることしかできないと思われていた人たちが、他人の意見の美点をちゃんと誉め始めること。面白おかしい作品を作っていたFlash職人さんたちが、難しいできごとや考え方をわかりやすく説明する作品を作りはじめること。ウヨとかサヨとか呼ばれる人たちが、掲示板上で礼儀正しく血がほとばしるような舌戦を繰り広げること。クラッカーが、セキュリティ破りではなくて、もっと込み入って複雑で隠されている政治や社会の裏側の問題を、合法的にクラックし始めること。政策に関連する公文書や資料がファイル共有システムで誰にでもアクセスできるようになること ...

リアルの住人とネットの住人は同じ「人」だから、区別するのは無意味だと言われても、リアルで力を持ってる人の声ばかりが大きいのなら、ネットで力を持ちうる人が別の利害と論陣を掲げてもいいはず。ネットという壷のなかで互いに食いつきあい、足を引っ張りあっているのを楽しく眺めているのは誰なんでしょう。

政治や学問プロフェッショナルの独占物ではなくて、大抵の人たちが片手間にできるあたりまえのことになること。言い換えれば、私たちが片手間でできる範囲の小さな仕事の巨大な集合が、立派な一つの仕事になるようなシステムができあがること。そんななかで、社会の小さな部品にされていたひとたちが、人として浮かび上がってくること。そんな状況がしっかりした成果を結ぶ中で、リアルで力を持っている人たちも、ネットを認めざる得なくなること。

ネットでは「祭」がおこりますよね。不満があるなら、憤っているなら、いたずらみたいなネタを仕掛けるよりも、政治に働きかけてみたらどうでしょう。投票を呼びかけることは立派なことだと思います。次の選挙で突然投票率が急上昇したりしたら、リアルで力を持っている人たちでもネットの力を認めざる得なくなるでしょう。誰にも投票したくないなら、白票でもいいはずです。白票が総投票数の無視できない量を占めたとき、政治的なメッセージになるでしょう。すくなともタシロ氏を1位にするよりは有意義な気がします。

(http://slashdot.jp/comments.pl?sid=184488&cid=561409&threshold=-1より。)

できることはある、と思う。何ができるか、は人によってそれぞれだろうし、各々が持つ影響力は小さいかもしれない。でも、始めから無理だと諦める必要はないのではないか。最後に、私が感銘を受けた小学校時代の先生の言葉を引用しておく。

努力は必ず報われるなんて思っちゃいけない。

報われない努力はこの世に幾らでもある。でも、

努力することを止めちゃいけない。

http://d.hatena.ne.jp/ced/20060917/1158457161

*1:ここに書いた内容は著作権法の特徴の一面を強調しただけのものだから書き方に問題はあるのだけど、自分のものの考え方は基本的はこんな感じ。「もう一つの著作権の話」からもかなり影響を受けている。

*2ロージナ茶会真紀奈17歳と共同で作成したレッシグ教授へのインタビュー記事もある。

*3:詳しくは白田先生の「「包括メディア産業法」への私案」などを参照のこと。

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