2007-07-12
■[NOTE]はてなスターは民主主義の敵か
別に思想的意味はあまりないのだが、ここに書いてあった方法ではてなスターは消す方向で*1。
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はてなスターリリース直後からコメント欄にて様々なご意見を頂きありがとうございます。
コメントの中に、☆を消したい、というご要望を多く頂いておりますが、当面☆を削除する機能はつけずにいこうかと思っています。
ブログのエントリーは次々に流れていきますし、挨拶のようなものであるとお考え頂ければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/hatenastar/20070711/1184152733
とあるように、削除する機能も無いし、機能それ自体を無効化する選択肢も与えられていないようなサービスを使う気にはなれない。これを機にはてなダイアリーから他のサービスに移行するか、自分でサーバーを立てることを検討してしまうかも、な。
はてなブックマークとはてなスターの違いがよくわからない。いや、わかるんだが、どうしてそうしたのかがわからない。
はてなスターでは基本的に他人を褒めることしかできません。コメントをつけるにはともだちになる必要があり、ブログを読む人の9割が「面白い」と感じているのに、実際に目に見えるのは残りの1割の人の批判的な意見ばかり、というような事は起こりにくくなっています。また、オープンな空間に部分的な閉鎖空間を偏在させることによって、良質なコメントのやり取りができるようになると考えています。
http://hatena.g.hatena.ne.jp/hatenapress/20070711/1184150234
人を褒める重要性については以前「貧困、下流、自尊心」にも書いたし、同意する。だが、その仕組みの実装方法としてはどうだろうか。まだDiggやSlashdotのようにスコアを付ける方法の方が受け入れられやすかったかもしれない。
以前Cass Sunsteinの"Republic.com"という本を読んだ時、そこに書かれていたgroup polarizationという言葉に魅かれた(→読書録)。邦訳では集団分極化と訳されたその現象は、インターネット上で自分と嗜好の合う人たちだけでタコツボ的なコミュニティーを形成しそこに閉じこもり、しかもその内部で先鋭化した意見が共有されていく傾向を表現したものだった。確かにインターネット上でコミュニケーションにはそういう傾向は多々あると思う。
Sunsteinは表現の自由を実現するための制約条件として2つを挙げていた。
- 自分が最初から意欲的に選ばなかったものにも接触すること
- 市民はさまざまな共有体験をもつべき
以前Open Tech Pressで書いた「インターネットは民主主義の敵、ではない」から引用する。
彼は、予期せぬ思いがけない出会いから自身の選択ではない見解や話題にさらされることが民主主義の中核であり、そして、混合型社会では共有体験がなければ社会の分裂を促し問題の増加に繋がってしまうと述べている。
また、インターネットが集団分極化(group polarization)を助長するからこそ危険だとも論じていた。集団分極化は同じような考え方をした人たちが集まって議論を行う場合、以前から考えていたことをより過激なかたちで考えるようになる現象のことであり、インターネットがこの傾向を助長させ高度の分裂化が起きているのではないかと危惧している。
集団分極化が進行し、議論の幅が狭まり議論プール(argument pool)が縮小することを彼は危惧する。また、市民の立場で求める政策や目標と、消費者の立場から求めるそれとは立場が異なることについても指摘していた(p.116)。
ここまでの議論の流れを受け、以下の3点が重要な課題となる(p170)。
- 本来であれば選択しなかったであろう資料、話題、立場に出会う必要性
- 幅広い共有体験の価値
- 政策や原則への本質的な問いと、そうした問いへの幅広い回答に出会うことの必要性
そして、この状況を打開するために以下の6つの案を提示している(p172)。
- 議論の場の創造
- 情報通信の制作者が関連情報を公開すること
- 自発的な自己規制
- 公的助成を受けている番組やウェブサイトを含めた資金助成
- リンク形式での「掲載義務」ルール。人気サイトに特定のリンク・ポリシーを義務づけ、一方的ではないさまざまな問題に目を向けさせることが目的
- 非常に党派制が強いウェブサイトを対象にしたリンク・ポリシーの義務付け。反対意見のあるリンク先のコンテンツを通じて閲覧者に違った見解も学んでもらうことが目的
インターネット出現以前は、自由は国家により保障されるものだった。何故なら自由は様々な場面で(専ら国家によって)拘束されることが多々あるからだ。しかし、インターネットはその状態を変えてしまった。インターネット上では自由が先行している。上記6つの案では、国家が一定の規制をかけることにより、インターネット上での議論の場の大きさを確保していこうと提言している。
(Open Tech Press「インターネットは民主主義の敵、ではない」より)
要は、今まで自分が知ることがなかったさまざまな異なる意見に出会うことこそが、民主主義の健全な発展につながるはず、なのだ。
もちろんはてなブックマークで誹謗中傷に合いそれが理由ではてなダイアリーから撤退してしまったり、或いははてなブックマークの存在そのものに嫌悪感を持っている人もいるだろう。けれども、それはコミュニケーションという手段がもつ根本的な欠陥、「僕が考えていることと同じことをあなたは考えてはいない」を具現化しているに過ぎない。コミュニケーションは発話された当初から根源的に相手にはその意図は伝わらない*2。
民主主義の健全な発展、なんて抽象的な次元でなくとも、自分がこれまで想定していなかった意見に出会うことの重要性は敢えて説明しなくても分かるのではないか。一時期流行った*3「セレンピディティ」(serendipity)と言い換えてもよいかもしれない。研究社のリーダーズ英和辞典第2版に掲載されているserendipityの定義は
思わぬ発見をする才能;思いがけいないものの発見;運よく発見したもの
となっている。ちなみにserenpidityの語源は、Horace Walpoleが1754年に書いたおとぎ話"The Three Princes of Serendip"で、Serendipとはセイロン(今のスリランカ)の旧称。
coined by Horace Walpole, suggested by The Three Princes of Serendip, the title of a fairy tale in which the heros "were always making discoveries, by accidents and sagacity, of things they were not in quest of."
(The New Oxford American Dictionary Second Editionより)
Wikipediaの"The Three Princes of Serendip"のエントリには物語の内容の説明もある。
In the camel story, the Three Princes use trace clues to precisely identify a camel they have never seen (lame; blind in one eye; missing a tooth; carrying a pregnant maiden; bearing honey on one side and butter on the other). This result of abductive reasoning is not what is meant by serendipity (the discovery of something not sought). Because of their cleverness and sagacity, they are accused of stealing the camel and are about to be put to death by Bahram Gur. Suddenly and without anyone seeking him out, a traveler steps forward to say that he has just seen the missing camel wandering in the desert. Bahram spares the lives of the Three Princes, lavishes them with rich rewards and appoints them as advisors. These rewards are the unsought (serendipitous) results of their sagacious insights.
There are other examples of the Princes receiving unsought rewards (marriage to a beautiful princess, kingdoms, wealth, etc.) from their accidental discoveries. The fact that they can make clever or accidental discoveries and breakthroughs is a result of their intelligence, wisdom and reasoning. The unsought rewards come later. Thus, stumbling upon a captive slave girl in a forest is a serendipitous occurrence. Deducing that the slave girl they rescued is actually a princess is not the serendipitous moment – rather, this occurs later when they receive lavish gifts as a reward.
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Three_Princes_of_Serendip
ちなみに、serenpidityという言葉に明確な定義はない*4。「偶然からモノを見つけだす能力―「セレンディピティ」の活かし方 (角川oneテーマ21)」でその由来について語られており、情報考学 Passion For The Futureに書評もある。
そもそもそのスターにはどのような意味が付与されているのかをスターそれ自体は何も表してくれない。
はてなスターは民主主義の敵か。はてなスターの機能を使いたくなければ使わなければ良いだけの話でしかないし、はてなスターだけがはてなにおける評価システムではないのだから、この機能自体が民主主義の敵なのか、と言われても、否と答える*5。が、問題ははてなスターの機能は「強制的」にはてなダイアリーに追加されたものであり、ユーザー側にその機能を外す権限が与えられていない点にある。
しばしば「はてな村」という言葉に喩えられるように、はてなはそのコミュニティ・ライクなところがその特徴であり良さであった。そのようなコミュニティ的な側面をより強調したかったのであれば、はてなははてなスターの実装前にその仕様を公開して機能の是非を問うなりして「はてな村」の意見を聞いても良かったのではないか。
はてな側の言い分は「これがはてなの考え方だから、この考え方を受け入れることのできる人たちだけが私たちのサービスを使ってください」なのだろうか。
企業がそのサービスを正当化する方法としてそれは間違っていないのだが、はてなスターは「はてな村」的雰囲気を破壊してしまう態度をはてな側が示した行為として印象付けられるかもしれない。
*1:消す理由が無くなってしまったので、はてなスターは表示するようCCSを元に戻しました。なぜ元に戻したかは別にエントリを書きました。
*2:これについては以前書いた「ことば」というエントリもあります
*3:これが一過性のタームなのか、それとも学術的なタームとして確立しているかは知らないけれど……
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