スラウェシ地域研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

京都大学東南アジア研究所:スラウェシ科研のサイトへ
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2005-07-19/Tuesday

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こちら(no title)に掲載されていた情報です。

http://blog.melma.com/00131162/20050719200715

アチェを訪れる機会があるかどうかわかりませんが、来月からのスラウェシ調査では、以前(id:celebes:20050421)にも少し書いたように、アチェの災害をインドネシアの他の地域の人びとがどのように受け止めたのかを、聞くことができればと思っています。

アチェ復興支援絵画・写真展@京都産業大学

20050719200715

京都産業大学外国語学部言語学科インドネシア語専修の学生は、スマトラ島沖大地震・インド洋巨大津波の被災地復興支援のために、様々な活動を行っています。

2005年1月〜3月 募金活動を実施

2005年2月から 現地紙記事を日本語に翻訳

2005年7月 アチェ復興支援絵画・写真展を開催

2005年7月から 阪神・淡路大震災の記憶をインドネシア語に翻訳

展示される絵画は、スランビ・インドネシア社員でもあるアチェの画家マフディ氏が、両親、弟、妹を失った悲しみを乗り越え、津波をテーマに描いた作品7点、そして、去る4月、全ナングル・アチェ・ダルサラム州において実施された小中高生による津波絵画コンテスト(詳細はインドネシア文化宮HPに掲載されています。)の入賞作品20点です。

さらに、地震・津波発生直後からのスランビ・インドネシアによる津波報道写真150点も展示されます。

京都産業大学オープンキャンパス

日時 7月31日(日)、8月1日(月)、8月2日(火)

時間 10:00 〜 16:30

場所 京都産業大学 神山ホール2階、12号館4階405教室

展示内容 アクリル画、子供たちの作品、報道写真等

展示点数 絵画約100点(予定)、写真約150点

スマトラ島沖大地震・インド洋巨大津波の被災地復興支援のために

http://www.kyoto-su.ac.jp/department/li/shien1.htm

関連記事

スマトラ被害伝えたい」

京産大生、現地紙翻訳しネット公開

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2005033100072&genre=G1&are=K10

インドネシア文化宮

http://www.harapan.co.jp/Indonesia/GBI/GBI_index.htm

2005-06-26/Sunday

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2004年12月26日の朝に起きたスマトラ沖の大地震と大津波から、半年が過ぎました。まだまだ復興には時間がかかりそうだとききます。

インドネシアだけでなく、地震と津波の被害にあった国は、いまなお、苦しい状況にあるともききます。経済的な援助やさまざまな復興支援とともに、「忘れないこと」を心がけることも大切です。

2005-06-23/Thursday

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こちら(no title)で、「学生ボランティア・通訳募集 @ 第6回国際的な遺児の連帯をすすめる」という案内が出ていました。→(http://blog.melma.com/00131162/20050623204226

「第6回国際的な遺児の連帯をすすめる交流会」

ヽ慇献椒薀鵐謄ア

参加条件は、開催期間中7月31日から8月16日までの17日間を通して参加できる方(応相談)で、現在、大学生の方となります

ヽ慇献椒薀鵐謄ア説明会

<関東>

・日時  2005年6月27日(月)、28日(火)17時〜18時

・場所  あしなが育英会東京本部 千代田区平河町1-6-8

     最寄り駅:有楽町線『麹町』駅、半蔵門線『半蔵門』駅、JR『四ッ谷』駅 ・問い合わせ ?03-3221-0888 担当 長尾 email: nagao@ashinaga.org

<関西>

・日時  2005年6月27日(月)、29日(水)19時〜20時

・場所  あしなが育英会レインボーハウス 神戸市東灘区本庄町1−7−3

     最寄り駅: JR甲南山手駅、阪神『深江』駅、阪急『芦屋川』駅

・問い合わせ ?078-453-2418 / 080-1470-2137 担当 北田 email: penguin712@hotmail.com

通訳募集

インドネシア語(バンダ・アチェの子どもたち)、シンハラ語(スリランカ)、グジャラート語、ヒンディー語(インド)、タイ語(タイ)、マレー語(マレーシア)、トルコ語(トルコ)、台湾語(台湾)、アルジェリア・アラビア語(アルジェリア)、アラビア語(イラク)、ペルシャ語(イラン・アフガニスタン)、スペイン語(コロンビア・エルサルバドル)、英語(ニューヨーク)

詳しくは、あしなが育英会のホームページをご覧下さい。

www.ashinaga.org

「第6回国際的な遺児の連帯をすすめる交流会」

http://www.ashinaga.org/main7_5_1.php

2005-05-28/Saturday

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日本文化人類学会のメーリングリストで流された情報です。

スマトラ沖震災・写真展とビデオ上映会>

●写真展:

2005年5月30日(月)〜6月4日(土)

9:30-18:00(最終日17:00終了)

神田外語大学 1号館-4号館2F連絡通路にて 入場無料

*マフディ氏の風刺漫画や被災児童絵画は、1号館2F異文研事務局にて展示

 (〜6月3日(金)17:00まで)

●ビデオ上映会:

2005年5月31日(火) 17:00-18:30

神田外語大学 ミレニアムハウスにて 入場無料

アチェ・コーヒーの試飲も予定しています。

【詳細】大学ウェブサイト 

http://www.kuis.ac.jp/icci/information/tsunami.htm

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<資料提供>

インドネシア文化宮(GBI)、『スランビ・インドネシア』紙、メトロTV

<協力>

神田外語大学国際言語文化学科教員・学生有志

<主催・お問い合わせ先>

神田外語大学異文化コミュニケーション研究所

(Tel&Fax)043−273−2324

icci@kanda.kuis.ac.jp 

2005-04-21/Thursday

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  • 昨日、アチェ関連の講演会やイベントの情報を掲載しましたので、関連する散文です。2004年11月25日から2005年1月24日まで、スラウェシで調査をしていた浜元聡子さんが書いています。

地域とフィールドと私と

地震が起きた日の朝、私は島からマカッサルへ出てきている。その時にいつものように日本の実家に電話をかけている。これがその後、「生きているときにかけた最後の電話」と思われてしまうことになった。地震が起きたのはその数時間後のことである。

その日の夜のテレビニュースでは、確かにアチェで地震が起きたことは報道されていた。しかし「まだなにも詳しいことはわからない」というのに等しいくらいの内容であったように思う。

翌朝、テレビをつけたとき、事態は一変していた。通常番組を放送している局もあったが、ほとんどのテレビ局ではかなり大きな規模の地震が起きたということを繰り返し伝えていた。ニューズスタンドで全国紙と地元紙を買ったが、後者の話題の中心はまだ地震のことではなかった。朝食後、インターネット屋に行き、ニューズサイトをチェックしてはじめて、事態が想像以上な規模であることを知る。津波の被害があったのは、インドネシアだけでなく近隣数カ国にも及ぶものであったとのこと。一通り、ヘッドラインだけを確認して、デンパサールからの朝便でマカッサル入りする田中耕司先生*1とKさんを迎えに空港へ向かった。先生に会って開口一番、「日本にすぐに連絡したほうがよい」と言われる。その割には、昼食を食べに出たままハサヌディン大学での打ち合わせに行ってしまったので、自宅に電話した時はすでに夕方になっていた。

「生きてたの!」と、普段は何事にも動じることのない母が叫んだことが、私をひじょうに驚かせた。すでに、学部時代の友だちや高校時代の部活の友だちが安否確認の連絡をしてきてくれたとのこと。母は、「昨日の朝、電話がかかってきたのが最後で以後、連絡はない」と「事実」を正確に伝えたらしい。。日本ではインドネシアの情報はほとんどなくて、タイやスリランカなど、比較的日本人が多く滞在していた地域の情報ばかりでね、とも言われる。インドネシアにおけるアチェの政治的位置付けは、国内的にこそ知られているとはいえ、インドネシア国外ではそう知られることでもなかったなと、今更ながらに思い出した。アチェには日本人観光客がいるはずがない。「スラウェシとスマトラって、おなじような名前だけどだいじょうぶなの」という母の声を聞きながら、これまで一体何度、インドネシアの地図を出してきて説明してきたことかと苦笑いしてしまった。

とりあえず、夕食までの短い時間に、もう一度だけインターネット屋に行ってみた。大学の事務関係からのメールが多数、幼なじみや親しい友人たちなどからの安否を問うメールが多数。ちなみにスラウェシ科研のメンバーからは一通もなし。スラウェシがどこにあるのかを正しく理解していること、そしてインドネシア語のニュースサイトを読めるということが、どれほど正確な情報を収集したり予測することを可能にするのかということを深く考えた。

島に帰ってから見聞きした、地震をめぐる人びとの考え方−たとえば、それがアチェで起きたことをめぐるあらゆる言説−は、また別の機会に書くことにしよう。地震に関する情報源が、新聞・テレビ(ほぼMetro TVというニュースチャンネル)・インターネットであったことが、私に奇妙な距離感を覚えさせる原因だったのかとも思う。悲惨な情報を現実のものとして頭に詰め込んで島に帰ってきたところ、現実のインドネシアに暮らしている人たちは、遠い場所で起こった出来事について別のとらえ方をしていることに気付いた。そのギャップをなんと説明してよいのか、また解釈したところでなにが言えるのか。おそらく、もう一度インドネシアに行って、私自身が「ポスト地震」を見なければわからないのかもしれない。アチェ地震に関するさまざまな観点からの考察が、学術的な場からもなされている。私が取り組むべき課題があるとすれば、それはおそらく、国内にいながらにして情報から離れたところに居た人びとにとっての「スマトラ沖大地震」なのかもしれないと思った。

*1:スラウェシ科研の研究代表者。

2005-04-20/Wednesday

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下記の講演会が、おこなわれます。

参加費等は無料ですので、お近くのかたはぜひお越しください。

アチェ講演会

日時: 2005年4月22日(金) 17:00-19:00

場所: 京都大学東南アジア研究所・東棟2階・E207 (ページが見つかりませんでした | Center for Southeast Asian Studies, Kyoto University)

発表者: シャフウィナさん(シアクアラ大学工学部講師、バンダアチェ)

テーマ: 私の故郷アチェ、津波前と津波後

概要:

 バンダアチェ生まれのシャフウィナさんは、現在、京都大学大学院農学研究科学生として在日中です。シャフウィナさんは、大学教員であると同時に、詩人、舞踏家でもあり、大学の講師になる前は、アチェ芸術会議のスタッフでした。

 シャフウィナさんは、北スマトラ沖大地震の後、アチェに行き、被災地を訪れて日本からの救援金を渡すと同時に、「立ち上がれアチェ」グループに入って、被災者とともに祈りをささげ、詩を読み、唄を歌う等の方法で、被災者を勇気ずけておられます。

 講演には、写真や詩の朗読を含み、また日本語も交えて話されます。

大学以外からの広く一般よりのご参加も歓迎です。

連絡先: 京都大学東南アジア研究所、水野広祐

電話:075-753-7351