スラウェシ地域研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

京都大学東南アジア研究所:スラウェシ科研のサイトへ
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2005-06-09/Thursday

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こちら(no title)にて、ブルネイの「ブギス」と岩手「モコ」についてのエントリーがありました。→ no title

サバ州では南スラウェシ州出身者は、マカッサル人であっても、マンダール人であっても、そしてキリスト教徒であるトラジャ人であっても、自分のことを「ブギスだ」と説明する、という話をよく聞きました。南スラウェシ出身者=ブギス人、という括り方なのでしょう。コタキナバルで働いていたブギス人と、マカッサル市内で偶然、再会したことがあります。マカッサルで会ったときは、その人は自分のことをトラジャ人だと説明していました。トラジャ人だからお葬式や結婚式にはたくさんのブタや水牛を用意しなくてたいへん…という話でした。もちろんコタキナバルにいるときには、ムスリムだとばかり…こちらが思いこんでいたのでしょう。なぜならば、ブギス人はムスリムなのだから*1

向き合う相手によって、民族名を適宜使い分けることは、南スラウェシ出身の人でなくても、珍しいことではありません。その時々で、民族名が与える印象が多様であるからこそ、さまざまな場面を乗り切ることができるのでしょう。

それにしても、ブルネイではブギスが「お化け」の意味になっているとは、興味深いです。シンガポール地下鉄には、ブギスという駅があります。大きなショッピングセンターやマーケットなどがある賑やかな場所です。この地名としてのブギスには、今、どのような意味が与えられているのでしょうか。勇猛果敢な海の商人やフロンティアを切り開く農耕民としてのブギスを思い浮かべる人は、とても少ないのかもしれません。

ブギス・ジャンクションに行くたびに、無意識のうちにチョト・マカッサル屋*2を探してしまい、なつかしい気分になります。道を挟んで向こう側のアラブ・ストリートのほうを歩くと、モスクの前などで南スラウェシ出身の人に会うこともあります。いつか話を聞いたおじいさんには、マカッサル訛りのインドネシア語がひじょうに愉快だと笑われたことがありました。

*1イスラーム信仰していないブギス人も少数ではありますがいます。南スラウェシ州シデンレン・ラッパン県アンパリタには、「イスラームに改宗することを拒否してブギスの伝統を遵守しているトロタン」という人びとがいます[立本成文 地域研究の問題と方法―社会文化生態力学の試み (地域研究叢書) ]。

*2:チョト・マカッサルは、茹でた水牛の臓物を刻んだものを、さまざまなスパイスで煮込んだスープに入れたもの。クトゥパックという、パンダヌスやヤシ葉で包んだうるち米のごはんと一緒に食べる。南スラウェシの名物料理。

2005-04-11/Monday

celebes2005-04-11

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  • このカテゴリーでは、「スラウェシ科研」のメンバーによる散文を紹介しています。第一回目は、研究分担者・岡本正明さんから寄せられました*1。岡本さんは、南スラウェシ州の主要な人口を構成するブギス−マカッサルの人びとに混じり、地方行政・地方政治の最先端の現場で活躍された経験を持っています。*2厳しいオフィスワークの合間に、ほっと息抜き?をした風景なのでしょう。

丸刈りになったJICA専門家

人は思いがけず丸刈りになることがあるようである。

2002年、私が南スラウェシ州地域開発企画庁で地域開発政策のJICA専門家をしていた頃のある日曜日、私は散髪屋に行って丸刈りになった。そもそも、インドネシアの散髪屋では日本の散髪屋では味わえないスリルを感じることがしばしばである。例を挙げよう。「ヨピ・サロン」という全国展開している理髪店にはおかま*3が理髪師として働いていることがよくある。ある日、マカッサルにある「ヨピ・サロン」で私を担当したのは男らしいおかまであった。極度に女性らしくふるまうべく、腰を振りつつ鶏が羽を開いて歩くときのように両腕を水平に開いて上下に揺らしながら歩くような気持ちの悪いおかまではなかったので、ほっとしていた。にもかかわらず、やはり女よりも男が好きなようである。私に対して耳元で「今度、貴方の家に行って、全身マッサージをしてあげるわ」と囁いてきたのである。その耳元の誘いを受けてからは、できる限りはやく散髪が終わるのを願うのみであった。あるいは、私のインドネシア人の筋肉質系の知人(♂)に至っては、同じくマカッサルの「ヨピ・サロン」で散髪の間に突然、おかまの理髪師から胸に手を入れられて触られたそうである。マカッサルのおかまというのは、言語的にせよ、肉体的にせよ暴走するときにはかなりラディカルなのかもしれない。

 さて、こうした恐怖体験を経て、ある日、マドゥラ人の理髪店に行ってみた。ここにはおかまはいない。私を担当したのは、まだ30歳代の青年であった。「どういった髪型がいいのか?」と聞かれたので、「できるだけ短くしてくれ」と答えた。すると、理髪師は冷静に「分かった」と答えて、バリカンを右手に取った。一瞬のことであった。バリカンが右前方の頭部から入り、縦10センチ×横5センチほどの空間にあったはずの髪がほぼ消えた。理髪師は「できるだけ短くしてくれ」という私の言葉を聞いて「丸刈りモード」に入ったのである。私は別に熱烈な阪神ファンでもないし、その時には阪神は弱かったので虎刈りをするわけにもいかない。ここはインドネシア語で言う「パスラ」”Pasrah”しかなかった。「パスラ」とは神に全身全霊を委ねるという意味であり、私の場合はこの若い理髪師に全ての髪を委ねるということになる。

 もちろん、「おい、ちょっと」と言ってみたものの、後の祭りである。私のインドネシア語に問題があったのかと悩みながら、中学生以来、初めて丸刈りになってしまった。「口ひげはどうする?」と聞かれ、「短くしてくれ」と言うと、口ひげがなくなった。私の首から上は眉毛とまつげを残して髪はなくなった。

 全てが終わって抗議しようとも思ったが、その理髪師が私の髪を剃り終えたあと、私を見つめながら、まじめな顔をして「決まっている!」”Bagus!”と親指を立てて言うものだから、出鼻をくじかれほほえんでしまった。私の負けである。

 翌日、地域開発企画庁に出勤した。私のスタッフからは冷ややかな嘲笑や驚きの笑いをもらった。だが、驚いたことに、男女を問わず企画庁のスタッフからは、次々と、似合っているとのお褒めの言葉を預かったので満更でもなくなった。私にとって、インドネシアの理髪店とは、おかまに誘われ、丸刈りにもなれる奇異な空間なのである。

 

*1:岡本正明:インドネシア政治学・地域研究。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程認定単位取得退学、京大東南アジア研究センター(当時)非常勤研究員、JICA専門家、国立民族学博物館外来研究員を経て、京都大学東南アジア研究所助教授

*2:ブギス−マカッサルは、東南アジアの歴史史上、勇猛果敢な海の民として、さまざまの文献に登場してきた人びと。農業や農地開拓にも卓越した技術とパイオニア精神を発揮してきた。なおブギス人はブギス語、マカッサル人はマカッサル語を話す。両者の厳密な違いはさまざまに論議されるところであり、研究者の考え方も多岐に別れる。なお、シンガポールにある大繁華街「ブギス・ジャンクション」は、シンガポール建設以前から交易活動等によって移住していたブギスの人びとに由来してて名付けられている。アラブ・ストリートのあたりには、南スラウェシから移住してきた人の末裔も多く住む。

*3:インドネシア語では、ベンチョン。身体的には男性であるが、所作およびものの感じ方などが女性らしいと、自他共に認められている人のことをさす。南スラウェシには、歴代王国の宮廷に使えた第三の性としてのビッスbissuもいる。ビッスは天啓を受け、宮廷文化の継承を担ってきた男性である。