スラウェシ地域研究メモ このページをアンテナに追加 RSSフィード

京都大学東南アジア研究所:スラウェシ科研のサイトへ
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2007-04-01/Sunday

バランロンポ島のバティック・プカロン

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久しぶりの投稿です。

しばらくジョグジャカルタに滞在しておりましたので、すっかりとスラウェシから遠のいてしまった感もありますが、まだまだスラウェシ地域研究は続きます。

ジョグジャカルタ滞在中に勉強していたジャワ語。ジャワ語の文法書の良書、TATA BAHASA JAWA MUTAKHIRの出版社、Kanisiusのような出版社がスラウェシにあればと思ったものでした。マカッサル市内にも、小さな出版社がいくつかありますが、たいていは重刷されません。見たときに買っておくしかありません。

Kanisiusは、全国的なベストセラーを出しているわけではありませんが、昨年のジャワ地震以降、家屋再建に自力で取り組む人の参考になるような良書を相次いで出版しています。

Kanisiusmediaで紹介されているベストセラー本、Seri Pengetahuan Lingkungan-Manusia-Bangunan PEDOMAN BANGUNAN TAHAN GEMPA / Heinz Frick & Tri Hesti Mulyani。9,000ルピア(約112円)ということもあって、建築を専門としない人でも気軽に買って読んでみようかと思える本です。内容も、手書きのイラストが多用されており、ぱらぱらと見ているだけで、視覚的に情報が入ってきます。グラメディアなど主要な大型書店では、建築書籍コーナーに並べられていますが、売れ筋の本なので、平積みされています。何冊か、バントゥル県の被災者のかたへのおみやげとして買いました。

Kanisiusからは、同書の著者ふたりによる、Seri Eko-Arsitektur 2 ARSITEKTUR EKOLOGISが出版されています。こちらも良書。初刷は、ジャワ地震の約2週間前。わかりやすいことばと、手書きのイラストのシリーズは、現在9冊ほど刊行されています。

2005-07-06/Wednesday

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And the Sun Pursued the Moon: Symbolic Knowledge and Traditional Authority among the Makassar / Thomas GIBSON, University of Hawai'i Press, 2005, 262p.

今回紹介する本は、ジャワ海を活動の場としていたスリヴィジャ、クディリ、マジャパヒト、マラカ、そしてマカッサルの王国が、略奪や交易、そして政略結婚などを通じてネットワーク圏を構築し、互いに繁栄を築き上げていた時代に焦点を当てています。17世紀初頭、南スラウェシがイスラームを受容します。それ以降、これらの王国の王権が、この地域にどのような象徴的な状況をもたらしたかを繙く内容とのこと。

本書の構成は、以下のとおりです。

  1. Introduction to South Sulawesi
  2. Toward an Anthropology of Symbolic Knowledge
  3. Androgynous Origins: Traces of Srivijaya in the Java Sea
  4. Incestuous Twins and Magical Boats: Traces of Kediri in the Gulf of Bone
  5. Noble Transgression and Shipwreck: Traces of Luwu' in Bira
  6. The Sea Prince and the Bamboo Maiden: Traces of Majapahit in South Sulawesi
  7. The Sea King and the Emperor: The Gunpoweder State of Gowa-Tallo'
  8. The Power of the Regalia: Royal Rebellion against the Dutch East India Company
  9. The Return of the Kings: The Royal Ancestors under Colonial Rule
  10. Knowledge, Power, and Traditional Authority
    1. Notes
    2. References
    3. Index

読み終えたら、書評を載せてみたいと思います。。

2005-06-05/Sunday

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f:id:celebes:20050521205303:image

写真は、2004年12月に、マカッサル海峡スプルモンデ諸島南部のコディンガレン島Kodinggarengで撮影したものです。マカッサル海峡地域の南部には、コディンガレン島のほか、バランロンポ島、バランチャディ島などに、華人墓地が残されていたとのこと。このうち、バランロンポ島の華人墓地は、1990年代初頭にハサヌディン大学海洋学部の研究施設が建設される際に、マカッサル市内の華人墓地に移動されたとのことです。それ以後も、島内に点在する墓地にマカッサル市内に住む華人系住人が島にお参りに来ます。彼らがお参りするのは、「島の祖先」の墓所。島内には5基が現存します。これらの墓所はすべて、ムスリムである先人が埋葬されていると伝えられますが、<島全体にとっての祖先>と位置づけされています。だから、マカッサル市内の華人系住人で、現在では他の宗教を信仰している人たちも、参詣に来るのでしょう。歴史的文献によれば、島嶼部地域に交易や地域商業の拠点を築いた華人商人は、島の女性と結婚した例が多いとのこと。今現在、ムスリムではない華人系住人は、自分たちの祖先にもあまねく慈悲を与えたもうた島の守り神に感謝するために、年に一度の墓参りをおこなうのかもしれません。

バランロンポ島のカンポン・チナ(華人集落)と今でも呼ばれる集落で、家系図の聞き取りをすれば、かならず2,3代前に、「弁髪の華人がいたよ。この人がそうだ」と言われる祖先が登場します。島に残った子孫は、ムスリムとなり先祖伝来の土地家屋を守ってきました。マカッサルへ出て、さまざまな商売に従事するようになった子孫は、今でも家族のつながりを大事にし、イスラームの行事がある度に島を訪れて、贈り物をしたりさまざまの儀礼に協力します。宗教や民族のあり方は実に多様です。また、南スラウェシ州内でもところが違えば、また別の関係のあり方が見えるでしょう。さまざまな事例からどのようなことがいえるのでしょうか。なにか結論めいたことがいえなかったとしても、大事なことは「インドネシア」という大きなことばで説明できることと、べつの括り方で説明できることの両方があることをわかることではないかなと考えています。べつの括り方としての「スラウェシ地域」がどのようなものであるのか、さまざまな観点から探ろうとしています。

コディンガレン島には、亀甲墓タイプのお墓が数基、残されていました。墓碑銘は、漢字表記のほかローマ字表記でムスリム名が併記されています。バランロンポ島に一基だけ現存する華人の墓碑銘では、漢字表記、アラビア語表記、マカッサル文字表記(ロンタラ文字)が使われていました。2004年から、マカッサル市内のラ・ガリゴ博物館(フォートロッテルダム砦内)の学芸員たちにより、島嶼部地域に残された歴史的遺物の修復・保存活動がおこなわれています。

写真の墓地に関する情報は、この本(The page cannot be found)では取り上げられていませんでした。

2005-05-08/Sunday

celebes2005-05-08

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1943年から2年間余り、現在の北スラウェシ州マナド市近郊の中学校で教鞭を執っておられた庄司栄吉さんの「セレベス追想 庄司栄吉スケッチ集」が刊行されたとのことです。

こちら(no title)経由の情報です。

「セレベス追想 庄司栄吉スケッチ集」

刊行日 平成17年4月11日

体裁: A4版変型 68ページ

収録作品: カラー55点 モノクロ7点

頒価: 2,500円

発行者: 実業之日本社/月刊美術

詳細:

no title

http://www.h4.dion.ne.jp/%7Ekoufukai/syoji_sketch.html

お借りした画像の子どものように、サロンを被って、じっと座っている子どもを、今でも街中や村の家屋の軒先で見かけます。60年間の間に、何が変わって何が変わらなかったのでしょうか。絵画や写真に残される風景をとおして、現在の風景もまた新しい目線で見直すことができるのかもしれません。