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トランスパラント・フットプリント このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-10-07 テンタティブ・テンタキュラ/ポスタリック・ポータル1

テンタキュラ・ウィズ・チョコレート/ティータイム



真田さんと愉快な仲間たち新章

え、文フリ? 知らん!




真田瑛子は薄暗い喫茶店にいた。二階にあるのに店内は暗く、二階にあるからか、昼間だからか、他の客は誰もいなかった。窓際のテーブル席からは外がよく見える。寂れた秋の空気が抜けていく住宅街。銀色の自転車が幼子を乗せて駆け抜けていく。

黒いセーラー服がお茶をするにはいささか不似合いな時間帯だった。

「瑛子さま、ここには?」

ーーいらしたことが、あるのですか? そう続くはずの言葉は途中で途切れた。片岡千代子は真田瑛子と同じ黒いセーラー服を纏っている。ゆっくりと運ばれてきた紅茶がその言葉を遮った。千代子は黙って両手を膝の上に乗せて待つ。触ると凍えそうな白い陶器のポット。そのフォルムに千代子は過ぎ去った日のことをふと思い出す。 熱を帯びたポットから、赤い宝石をとかした様な液体がまた白い器に流れ込んで白い湯気を立てている。なんて清潔な赤なんだろう。鼻腔をくすぐる香りにため息をついた。

「どうかな! この趣向は」

瑛子はマスターがカウンターに戻っていくと、身を乗り出して千代子に尋ねた。テーブルに両肘をついて紅茶の湯気が消えてしまうところで指を交差して親指に下唇を載せて、千代子に笑う。千代子はこくりと頷いて満足を表すと、右と左を確認してからカップの取ってに手を添えた。

水垢の気配すらしない器から、じんじんと熱が伝ってくる。唇を寄せていく。湯気を含んで唇が膨らむ。ルビー色の海がそこに沁みていく。舌の間にひとさじ大、転がり込んで溶けていく。

「どうかな」

「どう・・と仰られても・・」

何故か勝ち誇った様な笑顔でずるずると紅茶をすする瑛子。千代子はもう一度口をつける、舌を火傷しない程度の熱が流れ込んでくる。香気が鼻腔をくすぐる。しかし、味はやはりしない。紅茶なんてものはそのほとんどが香りに集約される嗜好品だ。それなのに、最終的な味覚としてそれが脳で処理されない。紅茶だと認識する能力はあるのに、それを「味」だと「食事」だと判断する要素がすっぽり抜け落ちてしまっているかの様なもの。自分が飲んでいるのが果たしてあの紅茶だったかがわからない。「味気ない」という言葉を漏らそうとして、飲み込んだ。

「あはは、チヨコは不満そうだ! キミは紅茶を淹れたことは? インスタントでカマわないのだけど! 三分を正直にハカって、ヒラきオドる葉の渦を一番したにオサえつけると、こうなるんだ」

「はい」

千代子は、そんなことくらいは知っている。けれど、瑛子も千代子が知っているのを分かったうえで解説をしているように思えたから、味気ないカップを口に付けたり離したりしながら、温もりだけを楽しんでいた。

「ボクはね、チヨコ。紅茶を淹れたことなんてなかった! ボクが知っているのは、麦茶の小袋をヤブかぬように、ガラスの円筒に押し込むことだけなんだよ! でも、ボクらはゾンじているよね、紅茶のなんたるかを。ボクは美味しいそれをクユらせたことはなかったから、ボクが指をクワえてナガめているのは、ただの香り付きの色水なんだ、キミもそうだろ?」

「ええ・・」

千代子はカップを置いて、瑛子を見る。悲しそうに演じる語調とは裏腹に悲しそうな顔でもない。今にも笑いだしそうだった。そして瑛子は口で言う割に楽しそうにこの温い色水を啜っている。そう、千代子と同じように瑛子も感じているのだ。味気ない無味の世界。普通の食事で栄養が取れない身体。汚れない服。曇らない眼鏡。魔法少女と瑛子が呼ぶ忌まわしいばけものの有り様、成れの果て。瑛子は楽しそうに舌なめずりして、ポットに残った紅茶を自分のに注ぎ足す。

「味、しないのでしょう?」

楽しそうに。

「あはは、キミのぶんはまだあるじゃないか! ただでさえアジわえることなんかないんだ、まだヌクもりをオビているうちに戴いてしまうのがホドきじゃないかな、チヨコ!」

静寂な茶色の店内の中、瑛子の声に赤い水面が鮮やかに揺れる。

「ええ、そうです。まだ・・残ってますものね」

カップに口を付け、だいぶ温くなった色水をいただく。それはやはり香り付きの色水だった。その香りすらも知識としての紅茶以上のものは与えてくれない。かつて、食事は千代子にとって忌まわしい行為で、摂らずにいられればいいのにと思っていた。だけど、こんな身体になってみれば、どこかあの生臭さが懐かしくもあった。千代子はふと、ポットの傍に添えられた銀色の容器に目がいった、ミクロの横線が幾重にも引かれ、そのてっぺんに木目の蝶番付き帽子が乗っかっている。手元に引き寄せて中を覗くと白かった。指を入れてみたくなるほど濃厚な白が波打ちながら破邪の銀色に囲まれている。かつて飲むことが出来なかったミルクを一筋、紅茶の中に落としてみる。白は勢いでカップの真ん中にとどまり、そこから自らが引き起こした渦に掻き回され拡散して行く。そこにはくすみ濁った赤でも白でもない色が残った。千代子はその様子を面白いと眺めていたけれど、やがてどこもかしこもその色になると、なぜだか、とりかえしのつかないことをしてしまったような気持ちになってしまった。

「あはは、残念そうだね。チヨコ!」

顔を上げると歯を見せて笑う瑛子がいた。瑛子は続ける。

「だいなしにするのは、タノしいかな! チヨコとタガって、ボクは、そのミルクティーってのもコノましいとオモうよ! 喉にカラむ往生際の悪さが、キミにはそぐわないだろうけどね! タメしてみたら? キミのソンじたものだから!」

「ええ、勿論です」

千代子はミルクティーとなり果てたものを口元に寄せる。この香りはどうだ。この香りはかつて、最も忌避していたもののはずだ。牛乳瓶をハンカチで包んで前のカゴにこっそりとしかし大胆に戻すと、男子たちがこぞってジャンケンをはじめた日々。野菜スープにそれをぶちまけられて卒倒した。

「まいります」

決意表明をして、ずずっと一口。

「・・」

「どうかな!」

味はしなかった。ただの色水だった。

「・・なにも、ありません」

「あはは、そうかぁ!」

片肘で微笑む瑛子の顔は悪戯ッ子のようだった。瑛子はカウンターの方に目をやると、なにやら電話の鳴る音がした。鳴る前にわかったのかどうかはわからなかったけれど、マスターは目礼をして、頭だけをバックに突っ込んだ。電話が鳴り止む。

瑛子は空いている手で千代子のカップを、掴んでいる腕ごと包む。

「あ」

身を乗り出した瑛子は、そのまま自分の口にミルクティーを含ませる。行儀の悪い瑛子はカップを置くと、両手で千代子の顔を掴む。頬の所に力を入れられると、特に噛み締めているわけでもない千代子の口はすうっと開いてしまう。さらに行儀の悪い瑛子は、テーブルに乗り出して膝をつく。太腿に押されたポットが揺れて砂糖壺と触れて音を立てる。空いたままの千代子の唇に、瑛子の唇が充てがわれ、ミルクティーが流れ込んでくる。

「ん・・ん、んっ・・」

舌を潤して、淫らを含んだ甘露がゆっくりと喉に落ちて行った。

「ぷぁっ、どうかな、チヨコ!」

「え、あ、あの・・」

いつものように、舌で口腔を蹂躙されたわけでもなく、ただ味のしない色水を流し込まれただけなのに、千代子の目はとろんとしていた。昨日の夜だって必要と欲求に迫られて二人は霧の中で蕩け惚けるような情事を交わした。それだのに、こんな些細な刺激で、千代子の全身は目覚めと死を連続再生させられているような恍惚を与えられてしまっている。

「とても・・その・・とても・・すごかったです」

「あはは、キミは本当に欲を貪るのに長けているから! それで、味はどうかな!」

「あ・・」

味。言われて千代子は気づく。今この時は、どこかに行ってしまっていたけれど。流し込まれたその瞬間。確かに味がした。忌まわしい肉の味でも、牛汁でも、絵の具でも、水でもなんでもない味だ。生きていた時に与えられた、わざとらしいあまたの味覚とは違うけれど、舌が楽しんでいたから、きっと味なのだと思う。そこに思い至ると千代子は思わず微笑んでいた。それを見て、佇まいを正した瑛子もいつもの様に微笑む。

「・・瑛子さま?」

千代子も乱れていた襟を正す。

「なんだい、チヨコ」

「もっかい」

千代子はテーブルに胸を付け、片方の人差し指の腹を瑛子に向けて、今の遊びをアンコールする。だって、いまのは不意打ちで。ちゃんと味わうことができなかったから。瑛子ちゃんは、いまの意地悪の責任をちゃんと千代子に対してとるべきなのだと、主張してやまない。

「あはは、あはははは」

瑛子はそれをみて一拍。目をまるくして笑う。お腹を抱えて笑った。

「でもだめだよ、おアズけだ」

「なぜです。あと一口残っているじゃありませんか。けち、けちけち」

「いけないよ、マスターがノゾいているからさ」

ひとしきり笑って落ち着いた瑛子が、半目で視線をカウンターにやる。千代子がそれを模してカウンターに目をやると、マスターの電話は確かに終わっているようだった。

「・・構わないじゃ、ありませんか」

千代子は不満そうに唇を尖らせる。

「そうはいかないさ、それにほら、ボクらは逃亡者じゃないか。こんなところで、お茶をキッしている余裕はないんだよ!」

瑛子が立ち上がり、千代子がそれを追う。差し出された右手を千代子が掴むと。鮮やかな緑色の光がふたりをじわりと包んで、静寂の中に溶かした。陶器の触れ合う音がして、両方のカップは空になっている。紙幣が一枚伝票立てに置かれていた。



「ーーいらっしゃい」

「コーヒー、ひとつ。ブラック」

妙な客の多い日だな、と広瀬光輝は今日の客に感想を浮かべる。時代はずれの山高帽なんかかぶって、片足を引き摺って入ってブラックときた。さっきだって女学生がふたり入ってきた。今日は平日のはずだし、今は昼前だ。あんな制服もこのへんでは見ない。修学旅行にこんななにもない街にくるはずもないのだ。故郷に錦、静けさを求めて20年前に脱サラして店をどうにかこうにか続けてきた広瀬は思う。収入は専ら、夜の常連客だった。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「はい、答えられることなら」

足を引きずりながらカウンターの端に座ったのは少女だった。不躾だが、素直そうな。取らない帽子のせいか、影と、追い詰められたごとくの狂気が見え隠れした。しきりと店内と入り口に目をやるのは、臆病か、追われているか。はたまた何かを、追っているのか。そこまで想像を巡らせつつ、平穏を装い、けして自分から疑問を口にすることはない。それがマスター広瀬のポリシーであり、常識だった。

「ねえ、最近黒いセーラー服来なかった?」

「いいえ?」

広瀬はそう答える。嘘ではない。

さっきの二人は、ミッション風のワンピースだった。

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