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2010-03-04 あしたのきおく #30-1-3

エヴォケイション・フロム・ケイブ3

 

 登校中にきもちなおした! じかんのゆうこうかつよう!

 ほにゃー。


 眩しくて起きた。

「なに……? イクストラオーディナルコンボ……?」

 続いて、音量があった。

「起きんの?」

「なに……誰……俺? ……何時?」

「10時」

「じゅうじいッ! いいっ!? いっ――いいい……い、いい……」

 布団から上半身を起こす。

 起こしながらエンジンに酸素を送る、俺の曖昧な体内時計は確かに「たっぷり寝ました!」的な満足感と、それにともなう倦怠感を訴えている。

十時。それはデスクで寝ぼけたコーヒーを一杯飲み終え、塵芥のごときメールのチェックを終えている頃合いではなかろうか。それをよもや布団のなかで過ごそうとは偉くなったものだな貪欲なるハンニバルさんよ。

「……いや。どうせ今日土曜だろ」

「なんだよ、気づいてたんだニバさん」

 少年がいる。幼さの残る顔立ち。実は名前も知らない少年。誰だ。こいつは俺のことを、口に出すとこっぱずかしいプレイヤーネーム「貪欲なるハンニバル」――をもじってニバさんと呼ぶ。

起きて、誰かがいる。

「そりゃ、昨日は金曜だったし、あーでも焦ったァ……おまえふざけんなよ。追い出すぞ」

 少年は後ろ姿だった。イクストラオーディナルコンボ的な光は少年が座っているテレビから発せられていたようだった。どうやら、俺の寝床と居間を塞ぐ襖が開け放たれたから眩しかったらしい。少年の傍らにはヘッドホンがある。それが外されたから、小刻みなポップビートが予期せぬ土曜の目覚ましに化したらしかった

「起こすなよなあ」

「だってもう十時だぜ」

「……企業戦士は寝て溜めておかなきゃならねえんだよ……英気というか……忍耐力ゲージを……」

「まだ寝てる? 何本?」

「なにが、何本、ゲージの話?」

「ヤクルト」

 それは命の水の名である。

「……なんでヤクルトの本数聞かれるの? 飲んでいいよ」

「いや、冷蔵庫の中さ、そればっかだったから。朝飲むのかなって、どんくらい!?」

「飲む、飲むけど別に一度に何本も飲むもんじゃない。あのな――」

「一本なの?」

 子犬のような目だ。しっぽがあればそれを振っているようなはしゃぎよう。もう俺にはそんな元気はない。土日はぐったりと突っ伏して、日曜の夕方にようやく外にでる元気が出て、ゲーセンでもいこうかなと思ったら流し台の惨状が目に入り、ふかくため息をつく。そんな生活をしているのだ。

「一本だ……何本飲んだ」

「えっ!?」

 なんだそのジトりと滲ませた汗は。

「――五本以上飲むなよ。俺は朝と夜にそれを飲む。だから週に十四本消費する。昨日届いたばかりだからいっぱいあるように見えたかもしれないが、あれは俺のアクア・ウィタエなんだ。……おい、何本飲んだ」

「さ、三本」

「よろしい、で、何で起こしたの」

「起こすつもりはなかったんだけど、さっきチャイム鳴ってたから」

「……あ、そう」

 土曜の午前に何の来客だろうか、ネットショツプか、それとも母親の来襲だろうか、だとしたらこの状況はあまりうまくないような気がする。嫁の登場ーーというよりは孫の登場を待ち望んでやまないあの老婆の前に説明が難しい、友人と説明するには、いかにも年が離れていすぎた。

「ーー誰だった?」

「出てるはずないじゃん、なにいってんの。まだ寝てるの?」

 少年は画面に釘付けだった。この少年は木曜の夜にこの家に転がり込んできた。たしかに時計は十時で、俺の部屋の臭いがする。画面には俺が放り出しっぱなしのRPG。主人公のレベルが昨夜オチる寸前にみたそれの三倍になっていた。

「……どんくらい進んだ?」

「そんなに、昨日ニバさん死ぬ前にでてきたいかにもカマセな大公が謀殺されて、すげー悪そうな奴の手先の暗躍を追ってる」

「把握。で、誰がきた?」

「みてねーしー。えー、だって、出た方がよかった? うわ、また逃げられた! うぜえ! このギミック作った奴バカじゃねーの!?」

「それ、こだわらずに進んだらいいんじゃねえの?」

 目に入る光がまだまぶしくて、枕を半分目にあてがったままの俺が、適当なアドバイスを吐く。

「うん」

言ったはいいが、そんなの気づいてるだろうとおもっている。まあその上でやって進みたいんだろうと思う。

「あっ、いけた。ニバさんすげー」

「よかったね」 

 だんだんと目が覚めてくる。 

 この部屋に昨日転がり込んだ奴がいきなりインターフォンに出て「はい、貪欲なるハンニバルです」などと応答された日には、近所の視線が俺を石に変えるだけでは飽きたらず一七回くらい殺す魔力を持つに違いあるまい。

俺は畳を踏む。

「顔、洗ってくるわ……」

「あ、二バさーん、歯ブラシ借りたー」

「……は?」

 ボクサーパンツ一枚で洗面所に向かおうとする俺の動きが止まる。

「口ん中気持ち悪くてさー」

「俺、歯ブラシの買い置きなんかしてたっけ?」

「出てたの借りた」

「ええっ……それって」

 俺は露骨にいやな顔をする。そりゃそうだ。たとえこいつが俺好みのかわいらしい少女だったとして、それが夜はベッドをともにする相手だったとしても、だ。それにしたって歯ブラシを共有するとか考えられないことだ。ーーっていうかお前この数日歯ァ磨いてなかったのかよ。

「おまえ、さあ、これ、俺が毎日使ってる奴なんだけど?」

「……なにいってんの?」

 俺がなにか戸惑っているのを察知してか、居間からキッチンへと視線をくれる。最初は洗面所でやっていたが、寝床から近いキッチンがいつのまにか定位置になってしまった。

「なに言ってんの、とはどういう意味だ」

「いや、そこに歯ブラシがあって、別に毛先もフツーだったし、コップもあったからそりゃニバさんが使ってるんでしょ」

「……はい。そうですが」

「掃除用じゃないでしょ? あーたしかに掃除用だったらやべー! よかったぁー!」

「いや、そうじゃなくてさ、気持ち悪くないの?」

「なんで?」

「……もういいや」


ーーーー

 とどこおりなく朝のヤクルトをキめたころ、チャイムが鳴った。カメラが作動していない、ということは玄関の客だ。

ピングラスの向こうに、夫婦らしきものがいる。

「はい」

「カナイともうします」

「どなたでしょうか」

「お休みのところ失礼いたします」

「はい」

「さきほどもおうかがいしたのですが、お休みのようでしたので」

「朝弱いもので、こちらこそ」

 笑顔をつくりながらも、俺はチェーンを外すのをためらい、外さないことを選ぶ。エントランスのインターフォンを素通りしてきたことを警戒したからだった。

「男の子を――息子を探しているんです!」

「はい?」

「あ、あなた知りませんか!?」

「あの」

「ちょっとオマエは黙っていなさい。話がややこしくなる、だから黙っていろといった」

「でも、あなた」

「あの?」

「すみません、家内が」

 カナイ? この人の名字じゃないのか? ……ああ、家内、ね。 すみませんって、あんたの反応も相当下品だったぞ。

「はあ、それでご用件は」

「恥ずかしながら、家出をした息子を捜しています。この写真の子に見覚えはありませんか?」

写真が二枚、そして名前が横に書かれたA4が、中空クリアファイルの中に挟まっていた。

「……」

 まさか――というよりはやっぱりという印象だった。想像よりもだいぶ、早い。

「わかりませんねえ」

「そうですか……よくみてください……なにか……覚えはありませんか?」

「あの、あのゲームセンターですとか! そういったいかがわしいばしょに! あの子が」

「黙っていろッ! 私が話をしているッ!!」

 片眉が上がるのを止められなかった。ドアの影に隠れていればありがたい。これがあいつの母親で、これがあいつの父親なのか。ああ。と思った。

「……失礼、お恥ずかしい。あの、ほかの方に聞いたのです。あなたと息子が同じゲームセンターの常連であると」

「なるほど、それで、そういわれればこの――写真の子もいた気がします。しかし僕も社会人なので、学生さんとはあまり時間的にも接点がありませんので……」

「そうですか……」

「お力になれ――」

ドアを閉めようとする。うんざりしていた。

しかし、ドアがしまらない。下をみると、婦人もののくつが挟まっている。

ため息がでる。

「あのッ! ほかにその……ゲームセンターの方で名前や住所を知っている方はいらっしゃいませんか?」

 ――この父親が嫌がるのもわかる。しつこい、こういうときは仕切り直しをするべきなのに。

「ぼくの名前と住所、どこから聞いたんですか?」

「ええ……それは……あの……」

 俺はなんどかゲーセンの大会で優勝していている。だから、メーカーに大会結果を知らせるためになんどか名前や住所を書いたことがあった。だから、そこからたどってきたのだろうと想像はついた。

 しかし、今日び個人情報のいろいろはめんどくさいことのはずで。警察の力ででもないかぎり、そんなことは知り得ないはずだ。

「あの、これは内緒にしておいていただきたい、私たちも必死なのです」

苦笑が入る。アタマのユルい店員の顔が数人浮かんで消える。今度締め上げてみる必要ができた。

「それはあなた方の都合でしょう、ぼくは見ず知らずのかたに名前や住所を知られて困惑しています。その上、ゲーセンの常連客の住所氏名を教えろと? このご時世に?」

不愉快を隠さずに言い捨てる。

 まだチェーン越しのやりとりだった。なにを言っているのだ。子を見失った親が必死になるのは世間的にはまあまあ当然のことだろう。人に気を使えないまでに錯乱し、原因を押しつけあう彼の両親の姿に哀愁を感じた。

「お恥ずかしい……すみません。おやすみのところにおじゃまをして……」

 おやじさんもお袋さんも、チェーンを開けたら踏み込んでくるのだろうか。いないことを確認して安心と落胆を抱え、また次の手がかりを探しに行くのだろうか。

「……それで、金井恭一くんをみつけたら、どこに連絡すれば?」

 すうと、いまにも首を吊りそうだった老夫婦の年齢が、二十年ほど巻き戻った。そりゃそうだ。中学生の親なんてともすれば俺と十ほどもかわらない、ハゲ部長よりも年下かもしれないんだ。

「よろしく……よろしくおねがいします!! 何か思い出したら……警察は頼りにならない……!」

 チェーンロック越しにメモを渡される。それではと手を振ってドアを閉めた。

 覗き窓をのぞく。母親はしばらく、ずっとこちらをみている。まるで、息子を隠された鬼子母神のごときだと思った。

 二人の必死さもわからんでもない。しかし、タンカを切ってしまった以上、俺の後ろからひょっこりあいつに出てこられると、俺の立場はちょっとヤバいものになる。そうでなくてよかった。

ーーーー

金井恭一はずっと、テレビの前にいた。音量はいつのまにかゼロになっているようだった。

「……言わなかったんだ」

「なんだ、窓から逃げたりしなかったのか」

「うん」

「なんで」

「ニバさんを信じてたから、かな」

「――オマエそれ、言ってみたかっただけだろ」

「そんなことねーよ、でもさ、よかったの?」

「どういうことだよ」

「だって、さ。未成年を家に連れ込んでさ、これって誘拐じゃね?」

 少年が笑っている。後ろ姿だけどわかる。RPGのエンカウントロード画面。黒いバックにドットキャラが走っている。だから、その黒バックに金井恭一の顔が映っている。

はにかむような、困ったような、肩透かしを食らったような。

「帰れよ……」

「なんでよ、いさせてよ」

「おまえは失礼だ」

「でも、ニバさんもうハンザイシャじゃん。それとも自首する? オレをあのキチガイな両親に突き出す? ニバさんだってさ、オレがあいつらのとこにいたくないの、わかったからなんでしょ?」

「……かってにしろ」

 知るか、だ。

 中学生はきっとすぐに飽きる、オレがそうだった。ゲームにもネットにも退屈な学生生活にも飽きた貪欲な少年が、自由を、そんなものなんかないけれどそれを満喫してみたいと願っただけなのだ。世の中によくありふれていそうな理由だ。

 だから、飽きたら、恋しくなったら自分のいるべき場所に帰るはずだ。きっともう、押せば押すほどにこいつはかたくなになるにちがいないのだ。

「いいだろ? もうちょい休んだって平気だよ」

「そうかよ」

 口の中が気色悪かった。二本目のヤクルトをあおると、老人の口臭じみた味がした。歯磨きをしていなかったことを思い出して、口を濯ぎ、歯ブラシを再びくわえる。

「あ」

 そこで思い出した。

 キッチンの向こう、けして広くないリビングから、勇者キョーイチのレベルがまたひとつあがった音がする。

「あがった、ね、次、どこいけばいいんだっけ」

能天気な声が、ファンファーレに混ざっていく。

2010-02-26 あしたのきおく #30-1-2

エヴォケイション・フロム・ケイブ2

 BL臭がするナニ。

 前回の終わりの部分をもうちょい。矛盾とか気にするなよこまかいことさ!



 ジャージに着替えた少年を家に上げた。その少し前に名字がバレた。その前にきょろきょろとマンションエントランスのカメラに向かってブイサインなんかしようとしてる。あとで叱っておかなきゃならない。

 玄関の電気を付けると、部屋が眠りから覚める。まだ若い俺の城だ。

「女の子上げたことだってねーんだぞ」

「まーじー? じゃあオレいっちばーん」

「二番目、だ」

「えーうそっだー」

「なにがウソなんだよこのやろう」

「あーわかった、自分入れてんだろニバさん。ナシ、それなーし」

「入れてねえよ、なんでそんな見栄はらなきゃいけねーんだよ死ね。お袋が引っ越し手伝ってくれたんだよ」

「あー、そっかー」

 なにが、そっかだ。

 ベッドが音を立てる。いつもは俺がため息をつきながら座る場所だ。少年はとりあえず特に広くもない――おそらく二人で暮らすには手狭なこの城の中でもっとも居心地のいいと見抜き、そこに座ることを決めてしまったようだった。

 だから俺は立ったままため息をつく。ネクタイをはずして埃を吸った服を脱いでいく。ゲーセンでニコチンを吸ったスーツはプレスに放り込んで、シャツを洗濯かごに入れる。

「わー、なに脱いでんだよーう」

「脱いじゃまずいかよ、シャツ貸せ」

 トランクス一つのまま、少年の横に手をつく。すると床におかれたスポーツバッグごと少年が横にずれた。

「なんだよ」

 俺は丸まった布団の中に埋もれた部屋着を取っただけだ。なのに、少年は俺から身体ひとつ分距離をとって、きゅっと体を丸めている。

「――うん」

 なにが「うん」なのかわからない。少年はきょろきょろとまわりを見渡す。テレビ、出しっぱなしのゲーム機、目立たないようになったフスマ、俺をすっ飛ばしてあるのか微妙な廊下、中の見えるキッチン。簡単な作りだ。廊下の先には玄関と水まわりがあるだけだ。

「……ねえ、こっちなに?」

 少年は和室を指している。

「何もないよ――いちおう寝室のつもりだったけど」

 そう、最初は寝室のつもりだった。布団を敷いて寝るつもりだったし、最初はそうしていたのだ。だけど、テレビの前で二日連続で寝落ちし、明らかに首の骨を痛めた日の帰りにソファーベッドを注文したのが運の尽きだった。

 押し入れの中には布団がひと組ある。だから、こんな急な来客にも対応できるというわけだった。

「どっちで寝る?」

「えっと……こっち」

 少年は腰でジャンプして、ベッドにもう一度着地した。俺は苦笑する。そこは家主に気を使って和室に布団だろ。

「ゲームしたいからかよ。素直だな」

「えっ、違うよ!」

「なんで」

「だってさ、ニバさん朝早いでしょ、オレは夜起こされたってどうでもいいけどさ、オレが夜起きててニバさん寝てるの邪魔したくないしさ」

「はァ」

「なんだよ、オレは聞かれたのに答えただけだよ。ニバさんどっちがいいんだよ」

「ああ」

 ――それもそうだ。答えにけちをつけるくらいなら「どっちがいい?」なんて聞かなければいい「おまえの寝床こっちな」にすればよかったのだ。

「悪かった。……じゃあ、おまえの寝床そっちな」

「え、いいの」

 俺は少年の顔が輝いたのをみて苦笑する。こいつやっぱり夜中ゲームする気だ。

「いいよ、今朝まで俺が寝てたんでよければな」

「へへー」

 少年は足を放り出して横になる。そんなこと気にしねえよ。といわんばかりだ。

 俺はその様に自分に思いを馳せる。自分が少年くらいのころはどうだっただろうか。つまらない、つまらないと日々を過ごして、結局こんなつまらない人間になった。

 この少年は、こんなに楽しそうだ。

 ――いつ、帰るつもりだ?

 そんなこと聞いても仕方ない。ホームシックになどかかりそうもない顔だ。はじめての家出だろうし、まったくなんの準備もしていないんじゃなかろうか――。

「なんだそのバッグ」

「えー、はずかしいよ、見んなよう」

「バカか」

 好奇心もあったし、自分の身を守るためにちょっと強引でも知っとけばならないことであると信じてやった。少年は、甘ったるい恋人同士のお約束のように口で「やめてくれ」というばかり。簡単にバッグは俺の支配下になった。

「――ンだ、これ」

 ろくなものが入っていない。洗面用具すらない。下着が三組くらい、さっき着替えてブチこまれ、くしゃくしゃになった服。

「ったく、これ早くよこせってんだよ」

「……ああ……。だって、それ、ニバさんが汚したんじゃん」

「俺は悪くねーよ」

「――なのに泊めてくれんの?」

 それには答えない。おあつらえ向きに声が小さかった。独り言といって差し支えないボリュームだったからだ。俺は少年のバッグをもう一度ひっくり返す。

 革靴が出てきた。

「革靴?」

「遭難したら煮て食えるんだ」

「――あ、そう」

 突っ込んでいるとまったくキリがなさそうなので、次の検品へ。そしてその言葉を裏付けるように仕分け板の奥には手鍋が入っていた。鍋の中にはレトルトカレー、インスタントライスがそれぞれ三食分。そして反対側にはうっすい寝袋。こんなの冬の公園で使ったら凍死しかねないスッカスカなやつだ。

「もはやキャンプだな」

「さいしょは、柳川の河川敷にいくつもりだったんだ」

「へえ」

 ――その方がよかったかもしんねえな。くじけることができて。

 俺は無遠慮にスポーツバッグの中に手を差し入れて出てきたものを並べていく。ろくなものが出てこない。結局、生き残るために役に立ちそうなものはナイフの一本も――チャッカマンならずとも、ライターのひとつすら――でてきやしなかった。

 そこで、もうひとつの違和感に気づく。充電器が一つ。これは携帯ゲーム機のそれだ。ベッドとテレビの間の狭い空間に並べられた彼の私物を眺める。バッグのあいている隙間にいちいち手を突っ込んでみる。

「――ないな」

「なに探してるの?」

 答えずに残りのポケットを探す。まさか、だ。しかし彼を拾ってからこっち、確かに少年がそれをいじっているのを一度もみていない。

 おそるおそる尋ねる。

「――ケータイは?」

「おいてきた」

 けろり。

 ――背筋が寒くなる。俺がこの少年位の頃はまだ、ケータイなんてものは出始めだった。クラスで半分持っていればいいほうで、なによりも授業中に使うもんになってなかった。みんなマンガを読んだり、デジタルゲームに興じたり、ノートの切れ端にメッセージを書いて人づてに渡したりしてた。

「マジかよ、すげーな」

「だろ、すげぇっしょ?」

 しかし、今生きている彼らにとって、そういった役目はいまやケータイが負っていることくらい、個人のより所があの小さな端末にあるだろうことくらいわかっていた。すべての情報は、そこでやりとりされる。しゃべるよりもはっきりと伝わり、残る。

 つまり、そこに電波が届けばいる。

 電波が届かなければ――いない。

 ――いいのかよ?

「――あんまり使わないのか、ケータイ」

「うーん? バリ使う。かーちゃんキレるくらい使う。だから置いてきたんだ。あると帰っちゃいそうだし」

「そっか」

 想像力はなくとも、勢いや勘で運命の方から歩いてくるような人間を、意外と世間は好んだりする。そんなことは社会に出てから気づいた。いや、世間ってやつがもう運命みたいなもんなのか。

「――強いな」

「……なにが?」

 特に考えナシに口に出した言葉だった。出すつもりのない言葉だった。それを説明すると、弱みを与えてしまうと思った。目を泳がせて、何かを探す。おあつらえ向きに時計があった。気にすると時計はカチカチと俺の貴重な睡眠時間を削っていっている。

「なんでもねえ、寝る――」

「え、もう?」

「朝早いんだ、言ったろ?」

「だっけ」

 俺は和室に移動すると、押し入れを開けて布団をなだれさせた。軽く埃が積もっていたので、ベランダ――とはちょっと形容しがたい非常通路を開けてばたばたとはたき、畳の上に敷く。

「寝るの?」

「そりゃ、布団敷いたんだから寝るだろ。こっち閉めるぞ」

「オレ、寝ていいの?」

 俺はもう寝るモードだった。久しぶりに対戦やって、人と話して、人をもてなして、ひどく頭が疲れていた。だから、少年が何を言いたいのかわからなかった。

「……寝なくてもいい、ゲームしてていいよ。俺、六時に起きるから」

 襖を閉めると、居間の光条が和室に差してくる。

 その線が顔に当たらないように身体を傾けると、すぐに俺はオチていった。四時間半は、寝られるはずだ。


 ――――

 朝起きて、畳と埃の臭いがした。その後に目覚ましが鳴った。のそのそと起きあがる。畳と埃の臭いの先に、油の香りがあり、目覚ましの音を止めると、油のはねる臭いがした。そうだこれ、望んだ光景だ、帰ってきて、起きて、誰かがいる光景。愛する人が自分の部屋にいて自分より先に起きて自分のためになにかをしてくれている光景。

 なんだ、たった一晩で手に入れられるくらい簡単なものだったのか。

 ずりずりと布団を動かしながら上半身を朝の空気の中に溶かす。彼女はどんな顔だっけ、どんな声だっけ。思い出せない。困った主人だな。

「――うわ、焦げ、焦げた!」

 そう、幼さの残るこの声。たまりませんな。

 いわゆるドジっこ属性ってやつも完備。フリーラジカルだって栄養素になるよ、心のね。いくらだって甘くしてやるよ、おいいくらドジッ子だからってそれはやりすぎ、おまえの掴んでいるのは醤油じゃなくてキャラメルソースだよ――。

「あ――……ッ!」

 声と共に夢想が霧散していく。

「あ、ニバさん起きた?」

 わかってるんだ、寝る前のことを忘れるくらい物覚えが悪い訳じゃない。テレビはつけっぱなしで、なにかイベントの途中でポースがかかっていた。

 明らかに少年の声だって、わかっているんだ。

「――んなァ。火、強すぎるんだよ」

 キッチンは狭い、少年とはいえ男子二人ではもはやキツい。

「ああ、そうか……食べる?」

「おまえ、一人で三つ食う気だったの?」

 テフロンの飛んだ焦げやすいフライパンの上には、三つ目の――うちのひとつはあきらかに失敗した目玉がいる。

「え? ま、まさかー、ニバさん用だよ。そろそろ起きるのかなって」

「ああ……そう。そうだ、おまえ今日、どうすんの?」

 ――どうすんの。

 とはどういう意味だ貪欲なるハンニバル。ほら少年止まっちまったぞ。

 どうするもこうするもねえだろう。みただろあの貧弱な鞄を、こいつはなんにも考えてないクセに、決意だけはいっちょまえなんだ。こいつは自分から家には帰りゃしないんだ。無駄な事を聞くんじゃない。

 しかしそんなこといってもだ。

 わかったよハンニバル。これをやれ、今なら間に合う、だからさあ口に出せ。イッシュクイッパンの恩義なんてクダラネエものはみやげにくれてやれ。このナメたガキに早く絶望を申し渡せ。『この世に貴様の味方はいない』をかみ砕いていってやれ

 ――俺が今日、帰ってくるまでにでてってくれよな。

 そう、そうでなければおまえは自分の家に馬の骨の巣を作ることになるんだぞ――。おい、カッコがついてないぞハンニバル。カッコだ。いままで三十年格好を付けてこなかったからっていまもつけなくていいってわけじゃない。むしろいまお前がつけなければいけないのは格好だ。カッコもだ。わかるな。教師になればいいんだ。ハンニバルじゃない。

「え、っと。どう……って?」

 さあ、こいつが戸惑っている内に死刑通告を突きつけろ、笑顔で、おまえに見捨てられたって、川辺で風に吹かれながらレトルトカレー片手に火と水を捜し求めたあげく泣きながら家に帰るだけなんだ! 黙ってろ!

「ええ、どうも……しないけど」


 目玉焼きの焦げる匂いがする。無言でガスを止め、一番形の悪い奴をひとつ。他のを別の皿に取り分け、それを少年にくれてやる。

 

 そうだ、じゃあなんで昨日家に上げたんだよ。だろ?

 ――だめ? みたいな顔が見上げてくる。少年は見知った他人の家とばかり、プラスチックの杓文字と茶碗を戸棚から二つ取り出し、炊き立ての飯をよそいはじめた。

「ちゃんとかきまぜてからよそえ」

「えっ?」

「いいから、そうしろ」

「あ、ありがとう!」

 少年は納豆が嫌いだった。

 俺は納豆だけで生きていける。

 予備の鍵を渡さずに、俺は家を出る。

「――いってらっしゃい」

 

 ――マジかよ。

 駅に着くまでにこの崩れた顔が治るかどうか賭けよう。

 なんだ、賭けになりゃしない。

 

2010-02-19 あしたのきおく #30-1

エヴォケイション・フロム・ケイブ1


 ちょっとBLぽい要素(リーマン×中学生)を含めて書いてみようその1であり、とりあえず今回のところまでは直接的なナニはひとつもないので一般の方も安心。

 とりあえず出かける時間になってしまったので上げてしまおうみたいなかんじ。


 あまりまちがってないようならちゃんとそっちの方向に進む準備がある。

 心構えはできていない。

 

 以下。


 ――三本目だった。

 奴は飛び込みに入ってきた。ならば選択肢は三つ、しかし、取るべき選択肢は一つだ。愚の骨頂の手だ。その後の返しのことを考えれば、取るべき方法は自ずとたったひとつに絞り込まれる。そこにあるのは定石と裏切り、台の向こうにいるやつの程度を知れば、易い。

 そう、既に布石は打たれている。

 本来、分が悪い戦いなのだ。キャラの相性と性能を覆す為には、面倒だがやっておかなければならない。自分の行動にパターンを作る。相手の行動に束縛を与える。具体的に言えば「こいつこの技よく出してくるな」と「あ、これ出すと痛い目みるからやめとこう」だ。一戦目と二戦目はそれに費やした。二戦目の最初にいいのをもらってしまったから、うまく布石と割り切れた。

 こんな駆け引きはそうそうやりはしない、めんどくさいからだ。派手な技をぶちかましあって「先に当たった方が勝ち!」みたいなヌルヌルと脳から汁を撒き散らすだけのゲームも時には悪くない。

 この日の俺はイラついていた。イラついているのに頭だけは妙にハッキリしていた。久しぶりに来た駅前のこのゲーセンが、来月にもなくなっていそうな空気を隠しもしていなかった。百円玉を入れたらクレジットが二つになった。スーツを脱いで膝にかける鞄を足下に転がす。レバーのクセとボタンのシズミを確認しながらCPUをデクにしていく。ノーミスでクリアしたことは数えるほどしかない。

 クリアする前に、誰か乱入してくるからだ。

 でも、この日はそんなことはあるまいと思っていた。それはこのゲーセンを取り巻く状況も悪かったし、それなりに遅い時間だったし、なによりこのゲームはとっくに遊び尽くされたと世間では思われており、今になってプレイするような酔狂な奴は残っていなかったからだ。俺だって久しぶりだった。

 

 だから乱入されたときは「おっ」と思った。数回のやりとりでその高揚感はすうっときえていった。対戦台の向こうの相手は、明らかに俺のクセを知っている動きをしてきたからだ。俺にもなんとなくその動きに覚えのようなものがありはしたけれど、それは「どこにでもありそうな、しかしこなれていない動き」のように見えた。

 

 ――なんだてめえ、それとしって挨拶もなしにこの"貪欲なるハンニバル"様の対戦台に座りやがったのかよ。じゃあいいぜ、今日はサービスだ。ここぞでしか出したことのないやつで「なんで負けたのかわからない」って言わしてやるよ!

 そう思った。

 そして、三本目の最後だった。布石は打ち終わっていたから、俺の中でとっくに対戦相手は死んでいたのだ。三択に見えるけれど択一の技が来る。最善手に見える死を、向こうから「手が勝手に」出してしまう。俺は、そこに、ダメージが大きいけれど隙が多くコマンドも複雑であるがゆえに思考の外に出てしまう技を入れる。この技をこの試合が始まってこのかた出してはいない。してやったりだ。さあ接待は終わりだ、貴様の思考の埒外、リングの外から差し込まれた刃に刺されてクソッタレなライフゲージをゼロにしろェ――――――ッ!

「あれ」

 レバーがずれたわけでも、ボタンがすべったわけでも、あまつさえゲーセンが停電したわけでもない。技はちゃんと出ている。俺の自キャラは重力と着地を無視したアクロバティックでスタイリッシュな体勢で、"空気との摩擦により発生させたオゾン臭のする紫色のプラズマを纏ったまま"中空に膝を突き刺している。

 しかし、そこに敵キャラの姿はなかった。

「わ」

 

 バレていた。それしか考えられなかった。アクロバティックでスタイリッシュな自キャラのしたにヤツがいる。賭に負けた俺の下で、空中コンボをブチ込むための予備動作が発動していく――。

 意地で勝った。

 

――――


「家出」

「あっ、そう」

 少年の言葉は少しばかり高らかに聞こえた。俺のウガチのせいかもしれなくて、学生なんてものはこういう反骨精神とか「ころす」とか「やってやる」みたいな閉塞した空間への不満をぶちまけるもんだ。という思い込みだった。

「なんだよ、その気のない反応!」

 

 気取られてしまうくらい素っ気ない反応をしたつもりはなかったけれど、彼は感づいた。こりゃずいぶんナイーブな生まれだな、そこまで判断したところだ。

 幼い顔立ち、おおきな緑のスポーツバッグ。シャンプーの臭い。雨も降っていないのに濡れた髪は、男子にしては少し伸び始めている。

「髪、伸ばす主義?」

「――伸ばしたい」

「めんどくさいだけだろ」

「ちげーよ!」

 鼻息荒く反応する彼に、今度ははっきりと気の乗らない風に「ふぅん」と放って、手元のコーヒーを啜る、猫舌の俺にはまだ熱かった。カップだけを掌で包んで、まだ外の冷気が残る手をあたためる。

「どうやったの」

「なにが」

「いえで」

「どうやったのって、なんだよ」

「なんで家出したの? とか聞かれたくねーだろ?」

「――うん、まあ」

 少年は家出少年になっていた。高校生を前にしたこの冬の日にゲーセンにいた。思い返せば彼はよくゲーセンの対戦台の向こうにいた。彼がいなくなった夏の日から、俺は対戦相手をひとり失っていたのだ。顔と、負けたときのふてくされた声だけを知っていた。

 

「――玄関から」

「ああ、まだ家出じゃないんだ」

「いやいやいや、家出だし!」

 当時は話したこともなかったけれど、話してみると不思議に懐かしさがある。

 だから、久しぶりに彼をゲーセンで見たとき「死んだ戦友の幽霊を見たような」気持ちになった。いつもは制服、エンカウントのタイミングは俺の仕事が終ってから、学生服が追い出されてしまうまでのわずかの間だ。

 でも、今日の少年は学生服じゃなかった。幽霊だったら、きっと学生服ででてくるべきだと思った。

「――いいじゃん、生きてるんだし」

「なにそれ、どういうギャグ?」

「なんでもねーよ、ひとりごと。ほら、カレードリア来たぞ」

「あんた食わないの?」

「あんたよばわりかよ」

「――だって、名前しらねえし」

「店舗大会の時、対戦表に名前書いてあるし、壁にハンドル書いてあんだろ」

「いや――それは知ってるけどさ。貪欲なるハン……ニバルさん……とかこういうとこでいうのはずくね? マジはずくね?」

「――うっわ。俺も今言われてヒいたわ。貪欲な……って、俺はどこの英雄サンですか」

「ヒくような名前つけんなよ!」

「ん、じゃあ。ハンニバルさん。とかでいいよ」

「じゃあニバさんで」

「なんだそれ、柳刃俊郎みたいだな」

「それギバさんだよ」

「歴史小説の大家は?」

「え……あ、それはシバ!」

「はいはい、よくできました」

 ノってやって落とすと、少年の眉間にみるみる皺がよっていく。めんどくせえけど面白い。そして礼儀知らずで怖いモノ知らずだ。俺がこのころは世の中の全てが怖かった。大人は全部なにからなにまで子供を食い物にするんだと信じていた。社会に出るとわかる。大人は子供を食い物にしてなんかいない。人間としてみてなかっただけだ。

 どうでもいいんだ。そしてめずらしい、わからない、宇宙人が日本語を喋ったら楽しい。その延長だ。

 

「なんで、俺なの?」

 きょとんとした目がカレードリアから顔を上げる。黄色く染まった飯粒が左の口元についている。俺が自分の左口元を指すと、少年は右の口元を差した。

「ニバさん、やさしそうだから」

「――はァ?」

 素っ頓狂な声が出た。隣の席、スポーツ新聞で顔を隠して寝ていたオッサンが、ぬるりと起きて辺りを窺うほどだから、大した声量ではないけれど。

「なんだ、それ」

 やさしそうな自分を演じた覚えなんてないし。対戦台に座った彼を完膚無きまでにたたきのめしてきた。

「だってさ、六月の雨の日さ、バージョンアップ前の50円のとき、俺、鞄蹴っ飛ばされて中身ぶちまけたとき、待ってくれたじゃん」

「――そんなの、あったっけ?」

 ――照れ隠しなどではなく、本当に覚えていなかった。ただ、確かに六月の終わりにバージョンアップはあったし。そんな事が台向こうで起きていて、相手のプレイが止まってたら。俺もプレイをしばし留めるくらいのことはすると思った。だって中身に人間の入っていないデクをたたいてもクソつまんねえわけだし。

「あったよ」

「へえ。やさしいね」

「なんだよ、他人事みたいに」

「だって、なあ。それがマジで俺だったとしてもなあ。それってやさしいのかなあ」

「いいよ、俺はやさしいとおもったわけだし」

「あーそうな、メシおごってくれるくらいにはやさしいだろうな」

「そんなつもりじゃないよ、金払うよ」

「――ハァ?」

 それをきいて、腹の底から不愉快な声が出た。

「……え、なに。なんか俺、まずい事言った?」

 少年が怯えている。ムカつく目だ。何が正解か探してる奴の目をしている。この対戦台、少年が搭乗する機体。定石から外れたことをしたときに見せるおびえと驚き。それを相手に気付かれたらこのゲーム負けなのだ。なんだってそうだ。

「家出、ねえ?」

「なんだよ……なに怒ってんだよ、急に」

 ――それがわからずに「家出」と言ったのか。

「ごめんなー、でもお前、さっさと帰ったほうがいいよ」

「なんでだよ」

「家出ってどんくらいすんの」

「ずっと――ッつぁっ!」

 ずっと。まで聞いて、反射的に飲んでいたコーヒーをぶっかけてやる。

「あーあー、服が濡れちまったな。早く帰って洗剤付けないとシミになんぞ」

「っめー、なにすんだよ!」

 さすがは学生血気に流行っている。しかしまだ背も伸びきって無いような彼は、俺の胸ぐらさえも掴むことは出来ない。そんな蛮勇も、そこでヘラヘラと笑う卑屈さもなくして。

 ――どのツラ下げてッ!

 その言葉は飲み込む、コーヒーカスの沈殿したカップの中身と一緒に飲み干す。ダメだ、そこにいるのはこの少年じゃない。愚かで矮小で無邪気で純粋で、それ自体が罪であることを知らないかつての俺だ。

「殴っていいかな」

「や、やだよ、痛いし。それ、俺のセリフじゃねえの」

「じゃあ、殴れば?」

「――やだよ。俺ヘタレだし」

「っ、ははッ! わかってんじゃん! はっ!」

 布巾をもってやってきたウェイターが困惑している。読み込むときに壊れた音楽データみたいに「あの……あの……」と不快なだけのスクラッチ繰り返している。俺は心底不愉快そうに聞こえる舌打ちをひとつして、いかにも態度だけは済まなさそうに一礼すると伝票と荷物を持ってレジへ立つ。

「あ、ニバさん!」

 ――コーヒーぶっかけられてまださん付けかよ。

 

 足を止めてなんかやらない――そのつもりだったけど、会計はしないといけない。レジで足止めされる「アノーアノー」とどうやら日本人でないさっきのウェイターは、小走りになるでもなく上目遣いでゆっくりとやってくる。アンノーンなのはてめーの国籍だ、殴りたい。

「んだよ、はやくかえんねえとな。怒られるってんならなんか一筆書いてやろうか? カネ添えてさ」

「俺の分払う」

「……じゃあ、家帰るんだな?」

「やだ。何怒ってんのかわかんねーから、やだ」

「――それはな。まあいいや、とりあえず会計する」

「あ!」

「うるせえ、レジ煩わせたくねえんだよ」


 ――結局。家出少年は俺のアパートにいる。風呂はあるがきったねえし、こいつのコーヒーのシミを抜いてやれるような器用な水場はない。だのに、ついてきた。他に行く場所がないと言わんばかりに。友達に迷惑はかけたくないとか抜かす。――じゃあ、俺ならいいってのかよ

「だって、大人じゃん」

 子供の世界に、他人はいない。心許せる場所なんて、どこにもない。そうやって絶望する。だから、少しやさしくされればついてくるってことか。

 六時のアラームで起きる。こころもち部屋が明るい。

 俺のシャツを来た見知らぬ学生が、ディスプレイ相手にレバーで会話してる。

「あ。なにすんだよ」

「ニュース」

「……」

 寒くなるでしょう。世界は平和でしょう。あの国ではテロで五十人しにました。消防隊が迷い猫をたすけました。待ちに待ったあのRPGの新作。俺は納豆をかき回し、家出少年は画面を前にして船を漕ぎ始める。

 

 今日も晴れるでしょう、全国的に晴れるでしょう。ところにより、一時雨でしょう。

「じゃ、行ってくる」

「うん」

 返事があるのが怖ろしい。

 しかし、悪くは無い。