自衛隊の実力と課題 解説:佐藤常寛(元海将補)

ch_nippon2010-07-31

自衛隊の戦闘部隊としての実力とは?

Q:自衛隊の戦闘部隊としての実力については、どうお考えでしょうか?

A:第5回の「日本の防衛力の課題」で言及したとおり、自衛隊に欠落している「核戦力」と「敵策源地を遠隔攻撃する能力」を除けば、自衛隊の実力は高いと判断できます。

限られた防衛予算の中で、逐年整備してきた戦闘装備の数は少ないものの、最先端の兵器を揃えていると判断して間違いありません。

イラク戦争で明らかになったように、近代戦は最新・最先端技術を採り入れた兵器に対して、技術的に劣った旧兵器では対抗できません。この事実を認識した主要国は、軍装備の近代化に真剣に取り組んでいます。装備の近代化は、所要の国防費がなくては実現できないのも事実です。

こんなに強い自衛隊 (双葉新書)

こんなに強い自衛隊 (双葉新書)

SIPRIが公表(2010年3月)した主要国の国防費   ※緑文字はSIPRI推定値

国 名 2008年国防費 GDP(%) 2009年国防費
アメリ 6,160億7,300万米ドル 4.3% 6,632億5,500万米ドル
ロシア 583億米ドル 3.5% 610億米ドル
中 国 862億米ドル 2% 988億米ドル
イギリス 656億1,500万米ドル 2.5% 692億7,100万米ドル
フランス 660億900万米ドル 2.3% 673億1,600万米ドル
ドイツ 467億5,900万米ドル 1.3% 480億2,200万米ドル
インド 323億3,400万米ドル 2.6% 366億米ドル
日本 462億9,600万米ドル 0.9% 468億5,900万米ドル

日本とドイツの対GDP比がほぼ1%前後であるほか、米国を除いた中で推定値ながら中国の国防費が突出していることがわかります。特に注意を要するのは、中国の実際の国防費は、この推定値の約2倍だと見積もられる点です。

中国の軍事力増大に懸念を抱く諸国は、国防費の透明性を求めるのですが、中国がこの要求に応じない姿勢が問題です。一衣帯水の隣国が近年の経済発展を梃子に軍の近代化を促進しながら、わが国の領海を侵犯しては、外洋海軍への能力を拡大している現実は、海洋国として看過できない問題だと理解してください。

中国 静かなる革命

中国 静かなる革命

Q:日本の装備はどうやって調えられているのでしょうか?

A:わが国の装備のほとんどは、米国の最先端技術開発に基づいた、ライセンス生産、輸入、あるいは、技術供与による国産で占められます。

イージス護衛艦、P−3C対潜哨戒機、F−15戦闘機、SM−3ミサイル、ペトリオットPAC−3、等は最新鋭の能力を保持しています。

米軍が見た自衛隊の実力

米軍が見た自衛隊の実力

Q:武器だけでなく、それを使う「隊員」についてはいかがですか?

自衛隊の実力を支えている、いまひとつは「優秀な隊員」、すなわち人的資源です。最先端技術の結晶である新装備を支障なく操作する能力に長けた隊員は、米国との共同訓練、また、米国本土等での試験発射において好成績を収めています。

さらには国際貢献現場での無事故は、この優秀な隊員の厳正な「規律」、旺盛な「士気」によって達成されています。海上自衛隊が毎年派遣する遠洋航海での無事故記録も、外地で事故が多発する列国海軍からは羨望と感嘆の目で見られているのも事実です。

以上の検討結果からは、実戦の経験はないものの、優秀な隊員が支える自衛隊の近代装備による戦闘能力は高いと判断できます。

試練と感動の遠洋航海―海上自衛隊の「愛と青春の旅立ち」

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海の友情―米国海軍と海上自衛隊 (中公新書)

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自衛隊が抱える本質的な課題とは何か?

Q:自衛隊の本質的な課題についてはどのようにお考えですか?

A:本質的な「課題」は、自衛隊の地位、言い換えるならば、日本が選択している議会制民主主義体制の中での「位置づけ」を明確にすることです。自衛隊が「軍隊」であるか否か、他国から見れば大変奇異に感じられる論争が、永遠と56年間も続けられる政治風土こそが、本質的な問題です。

「国を守る」根本が、国民の生命財産であり、領域であり、そして、主権、すなわち、国民が選択している体制であるならば、守るべき体制を代表する政治こそが、自衛隊を正しく認知し、国民に「国防」の重要性を説いて然るべきなのです。

コミック国防の真実こんなに強い自衛隊

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国防入門

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Q:「核武装の必要性」を説く過激な意見がある一方、正反対の立場から「非武装中立」を叫び、「集団的自衛権」ひとつ取ってみても一向に深化しない不毛な議論が繰り返されています。しかし国防とはいまここにある現実、危機を冷静に見つめることが重要だと考える日本人も増えてきていると思いますが、いかがお考えですか?
A:平成21年(2009年)1月の世論調査の結果では80.9%の国民が「自衛隊に対してよい、又は、悪くない印象」を持っていることが明らかになっています。こうした国民感情を無視して、「通常の観念で考えられる軍隊とは異なるものと考える」組織として、自衛隊を位置づけている政治の現状こそが異常なのです。早急に見直しを図るべきです。

もし仮に「憲法九条」を隠れ蓑として、奇妙な解釈を今後も継続した場合、国内での地位に不安を抱く若者が、自衛隊への入隊を忌避し始めることが一番の問題です。口々に「平和」を唱え、周辺に実在する脅威には積極的に目をつぶる。そうした「無責任平和主義者」は、このような忌避事態こそ望むものだと小躍りするかもしれません。

しかし、そうした平和ボケした「無責任」な考えが蔓延し、ひとたび日本の権力の中枢に位置し、支配することになれば、日米同盟が大きく揺らぎ、結果として日本周辺の領空・領海で頻発する紛争や大規模な武力攻撃を抑止する軍事力が衰えることになります。

その結果、日本の領土周辺に軍事的な空洞、空白が増えることを待つ脅威国家に利することになるという事実すら理解していない。これは大問題です。直接間接を問わず武力による侵略が現実に起こってからでは、もはや後の祭りなのです。

集団的自衛権―論争のために (PHP新書)

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集団的自衛権とは何か (岩波新書)

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Q:自衛隊員確保という問題には少子化傾向も無視できませんね。

A:少子化は今後さらには進む傾向にあるでしょう。自衛隊の隊員確保が近い将来、より一層困難になることは避けられません。非婚化、未婚化、少子化は国家の大計を揺るがす問題です。こうした国力の低下が国際競争の現実の中で相対的な劣化につながることも憂慮されます。

少子化問題の専門家ではありませんが、安易なばら撒き福祉政策ばかりでは問題は何ひとつ解決しないのではないかと思います。いまの日本にとって最も重要な政策課題のひとつとして、安心して子どもを産み、愛情豊かに育てることができる環境、そのために必要なインフラ整備に取り組むべきではないでしょうか。

インフラといってもいわゆる「箱物行政」によるムダの多い行政サービスや新たな利権構造を作るのではなく、官民一体となった肌理の細かいサービス、インフラの充実が急務です。育児、介護、福祉サービスが競争原理一辺倒で激しい価格競争やサービスの質低下を招かないような施策も十分検討されてしかるべきです。
平成21年版 少子化社会白書

平成21年版 少子化社会白書

少子化をのりこえたデンマーク (朝日選書)

少子化をのりこえたデンマーク (朝日選書)

また家族のぬくもり、人の命の重さ、大切さを教え育む機会の創出にもっと真面目に取り組む必要があるのではないかと思っています。

これまでこの連載で再三取り上げてきた沖縄と普天間基地移設問題に関する記事の中でも申し上げましたが、老若男女を問わず、広く国民的議論を喚起したいと思っています。

まず政府はもっともっと情報を開示し、正しい知識を増やすことにつながる情報発信も必要です。胸襟を開いて話し合い、歴史を知り、痛みを分かち合うことの意義を議論すべきだと思います。こうした議論を丁寧に繰り返すことが命の尊さを知る絶好の教育機会につながるのです。

米軍再編の政治学―駐留米軍と海外基地のゆくえ

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Q:国防に関する議論は「関心が低く、票につながりにくい」と判断する政治家も多く、特に憲法改正に関する国会の議論もこれまで何度も腰砕けになっていますね。しかも文民統制(シビリアン・コントール)を司る立場にある内閣総理大臣防衛大臣はコロコロ変わる。現実をしっかり見据え、想定しうる限りの危機を検証し、それに対して十分な備えを日本は用意しているといえるのでしょうか?
A:「国防」を考えることなく平和に暮らせる理想の世界を実現することは、日本周辺の脅威の実情を見れば、現実問題として不可能です。夢や理想と現実を混同せず、リアリズムに徹することも「国防」を考えるうえで重要です。

軍事費の伸びをもとに脅威を煽るような単純な議論ではなく、国防を考えるときは、軍事費の増大が創り出す対象国の新たな戦力(能力)、その能力の運用目的(意図)を冷静に分析する必要があります。さらに対象国の国家軍事戦略、それを支える経済戦略など多角的かつリアルに現実を見据え、正確なデータを把握しなければなりません。

そして想定しうる限りの事態に正面から冷静に対応できる勇気、文字通り「抑止力」が機能するように、物心両面における「治にいて、乱を忘れず(備えよ、常に)」の姿勢そのものが、いまの日本に求められていると考えます。

私は「憲法九条」の見直しと「国防軍」としての自衛隊の位置づけを「憲法」に明記することが、自衛隊を希望する若者を勇気づけ、優秀な隊員確保を可能にすると考えています。人的資源の確保こそ、わが国の防衛体制をより確かなものにし、国防力の強化につながる重要課題なのです。

こうした本質的な問題を解決した後で、「専守防衛」の中で「遠隔攻撃力の保持」、米国の「核の傘」の下で「核問題」の解決に向けた現実的な努力を払うべきだと考えています。

憲法改正試案集 (集英社新書 (0442))

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憲法改正 大闘論―「国民憲法」はこうして創る

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Q:ありがとうございます。次回は核兵器について、詳しくお話をお聞かせください。よろしくお願いします。