燈明日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

ごあいさつ

燈明日記へようこそ!!

燈明日記の主なテーマは、以下の通りです。

そして、燈明日記へ来られたのも『私』と『あなた』の何かのご縁です。なので、どうぞごゆっくりご覧下さい!


2006/10/29(日)

[]

法華経ノート専用スレッドです。

法華経ノートに関して、ご感想、ご意見、間違え、その他、なんでもコメントをお待ちしています。

杉本真一杉本真一 2006/11/06 20:25 はじめまして。
唐突ですが、私、最近宗教活動を行なっている人に
一緒に入信して行ないましょうとさそわれました。
それは、法華経の『日蓮正宗』というものでしたが、
こちらを拝見し、道理は良く似たことを説法されていましたが
気になる点がいくつかございます。
 それはその法華経以外(真言宗、浄土真宗、キリスト教、イスラム教すべて)はまちがっているので、信仰してはならないということ、そして入会時にその文言があります。私はいまいち納得できないところがあるのですが・・・

chaichanPaPachaichanPaPa 2006/11/07 00:14 杉本さん、はじめまして!
佼成会では、他宗教を否定しません。逆に宗教協力(WCRP)を推進しています。宗教協力なくして、人類和平は実現できないという理念です。

杉本真一杉本真一 2006/11/08 07:46 ご返答ありがとうございます。
私も同感であす。同じ法華経ならそれを教え、正しく導くべきだと思います。

BEACHBEACH 2006/11/09 16:43 はじめまして。
貴殿のHP、拝見いたしました。お子様を亡くされるという大変辛いご経験をされたとのこと、私も子を持つ親の一人としてご心痛をお察し申し上げます。
法華経ノート、素晴らしいですね。私も庭野日敬氏の「新釈法華三部経十巻」を読ませて頂き、感動を頂いている一人です。開三顕一、仏の無量寿(本尊観)、常不軽菩薩の礼拝行(行法観)のあたりをもっと深められると、さらに充実するのではと思いました(なまいき申し上げすみません)。
もしよろしければ、小生のHP&ブログにもお立ち寄り頂けましたら光栄です。↓
http://www.alpha-net.ne.jp/users2/beach7/index.html
では、失礼いたしました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2006/11/10 00:31 BEACHさん、はじめまして!
アドバイス、ありがとうございます。
HP、少し拝見しました。
将棋と仏教がメインですね。
今度、時間がある時に、ゆっくり拝見させてもらいます。
では、今後もよろしくお願い致します。

顕本信徒顕本信徒 2007/05/11 02:23 (要文)
譬えば良医の智慧聡達にして、明かに方薬に練じ善く衆病を治す。その人諸の子息多し・・・事の縁あるを以て遠く余国に至りぬ。諸の子、後に他の毒薬を飲む。薬発し悶乱して地に宛転す。父、子等らの苦悩すること是の如くなるを見て、諸の経方に依って好(よ)き薬草の色・香・美味皆悉く具足せるを求めて、擣篩(とうし)和合して子に与えて服せしむ。而(しこう)して是の言を作さく、この大良薬は色・香・美味皆悉く具足せり。汝等服すべし。速やかに苦悩を除いて復(また)衆(もろもろ)の患いなけんと。その諸の子の中に心を失わざる者は、この良薬の色・香ともに好(よ)きを見て即ち之を服するに、病悉く除こり愈えぬ。余の心を失える者は、この好き色・香ある薬において美(よ)からずとおもえり。父この念を作さく、この子愍(あわれ)むべし、毒に中られて心みな顛倒せり。我れ今当に方便を設けて、この薬を服せしむべし。

即ちこの言を作さく、汝等まさに知るべし、我れいま衰老して死の時すでに至りぬ。この好き良薬を今留めて此に在(お)く。汝取って服すべし、差(い)えじと憂うることなかれと。この教を作しおわって復(また)他国に至り、使いを遣わして還って告ぐ、汝が父すでに死しぬと。自ら惟(おもんみ)るに孤露にしてまた恃怙(じこ)なし。常に悲感を懐いて心遂に醒悟し、即ちこの薬の色・香・味いの美(よ)きを知って、即ち取って之を服するに毒の病皆愈ゆ。その父、子悉(ことごと)く已(すで)に差(い)ゆることを得つと聞いて、尋(つ)いで便(すなわ)ち来り帰って咸(ことごと)く之に見えしめんが如し。

(現代語)
譬えば、処方と薬に熟達し、善く人々の病を治す賢明なる良き医者があるとしよう。その人には多くの子供があった。父が遠方の他国の用事を済ませて家に還った時に、その子供達は、他の毒薬を飲み、悶え苦しんで地に転がっていたのであった。父は子供等の苦悩するのを見て、諸の処方書に基づいて、色も香りも味も好き薬草を求めて、臼で擣き、篩(ふるい)にかけて調合し、子に与え服くさせて、このように言ったのである。「この優れた良薬は、色・香・味と皆具えている。汝等よ、服して速かに苦悩を除き、患いをなくせ。」と。その心を失わざる子供は、この良薬の好き色・香りを見て、直ちにこれを服し病を悉く除くことを得たのであるが、他の心の転倒してしまった者は、この好き色・香ある薬を気に入らず服さなかったのであった。そこで父は、方便を以て、次のように言ったのである。「汝等よ、当に知らねばならぬ。私は老いて衰え、死期が近づいている。この好き良薬を、今ここに留めておく。汝等よ、取って服せ。病の癒えぬことを憂うことなかれ。」と。このように教えた後、父は他国へ行き、使いを遣わして、こう告げさせたのである。「汝等の父は、すでに死んだ。」と。子供達は、自らはすでに孤児となり、そして頼りにするべき者もないことを知り、常に悲しみを懐いていた。しかし、その心は遂に醒めることを得て、この薬の色・香・味の良きことを知って服し、毒による病を癒したのであった。そして父は、子供達の癒えたことを得たと聞くと、直ちに帰って皆に見(まみ)えたのである。

(要義)
前の法説に譬喩を以て説かれた「良医治子の喩」です。ここに譬えられた父であり良き医者とは本仏釈尊のことであり、毒を飲んで苦しんでいる子供とは私たち一切衆生です。毒とは、迷いの元となる煩悩のみならず、邪な思想やカルト宗教をも指します。毒の少なかった者は、本心を失はざるが故に直ちに薬を飲んで病を治すことが出来たけれども、毒に中てられて心を失える者はこれを飲もうとしない。そこで、如何に薬を飲まそうとかと考え、父は余所の国に行って使いを遣わし、「汝が父すでに死しぬ」と告げて驚きを与えたのです。いよいよの時には助けてくれるはずの存在が既に無いことを知った子供達は、誰を頼りにすれば分からず、そして非常に悲しく寂しい思いに陥ります。この「常に悲感を懐く」ということが、毒の酔いから心が醒めるために至極大切なことなのです。煩悩の熱によって人生の富貴なり欲望に酔っていれば、あるいは怨みや憎しみに胸を焦がしているならば、人はけっして宗教に来ることは出来ません。子供が親を失ったように、頼るべきも無い、人生の危うさに衝撃を受けることによって初めて心は醒め、宗教的な覚醒に移るのです。そのような者が、そこで父なる釈尊が遺して置いた薬の色、香り、味わいの良きことを知ってこれを飲み、毒の病も癒えてやがて、本仏釈尊にもお会いすることが出来るのです。

この譬えの色、香、味というのは、大事なるものを全てこの中に含むということです。今は薬に譬えた故に、色も好し、香も好し、味も好しとなるわけですが、この法華経には仏教の三学とされる戒・定・慧、即ち道徳的な要求も、心理学的な要求も、哲学的な要求を含む、一切を包含していることが示されているのです。これを信念に移す時には唯だ「南無妙法蓮華経」と唱えるわけです。しかしながら、そこには常に仏の慈悲に感激を起こさなければなりません。「父、此処に在(いま)しなば」と父を想い起こして薬を飲みのであって、父を忘れて薬だけ飲めば良いというものでありません。本仏を忘れて題目だけを唱えるような、題目自体が万能であるかのような低級な観念は仏教にも日蓮聖人の教えにも断じてありません。信者を作ると言っても、ただ団体を大きくするために、題目の御利益を説いて数を増やせばよいというものではないのです。そのような世の文化の為にもならず、また法華経の教えを辱めるような間違った教えは、速やかに改善せねばならないものです。

毒に中(あ)てられる事の浅い者は、釈尊在世の時に直ちに救われたけれども、毒深くしてその救いに洩れた者、或いは後に生まれる者のために、釈尊は一切経の大事を纏めて法華経とし、法華経を纏めて妙法の五字とし、これを良薬として留めたのです。しかしながら、深く毒に中てられた者、色々な思想に囚われ迷いに囚われている者は、その良薬を詰まらぬものと見て飲もうとしない。そこで父である釈尊は一時身を隠し、そして使いとして遣わされたのが、日蓮聖人であるわけです。この薬を飲む以外に、苦しみより逃れんがための、頼るべき人も方法もない。そこで日蓮聖人は法華経の価値を力説し、本仏釈尊の有り難いことをお話になり、そこに様々なる驚きが起こって初めて法華経を信じることとなるのです。そうして、私たちは再び釈尊にお目に掛かることが出来るわけです。医者は本仏釈尊、薬は南無妙法蓮華経、使いは日蓮聖人、この仏法僧の三宝の関係を、この寿量品によってよくよく意識しなければなりません。日蓮聖人を信じることが、日蓮聖人を救済者として拝むことであったり、ただ南無妙法蓮華経を唱えていれば良いという事になれば、一切経の中には法華経、法華経の中には寿量品として、これを最高標準とされた日蓮聖人の教えとは懸け離れた異端な宗教となるのです。日蓮聖人が「法に依って人に依らざれ、等覚の菩薩法門を説き給うとも、経を手に握らざらんをば用べからず」と厳しく忠告されていることを忘れてはなりません。日蓮聖人が説かれた南無妙法蓮華経という薬を飲む信仰とは、毒に中てられた子供が薬を飲んで医者である父に再び相見(まみ)えることが出来るが如く、本仏と私たちの間に南無妙法蓮華経という唱え言葉が、絶対的人格者と我らを繋ぐ綱としてある、成仏のために本仏釈尊がその救いの綱を垂れ、日蓮聖人がその綱を指し示し、その綱を必死に私たちが掴んで離さないことにあるのです。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/
より抜粋

chaichanPaPachaichanPaPa 2007/05/12 23:03 顕本信徒さん、書き込みありがとうございます。
私は、日蓮聖人については、あまり興味がないです。すみません。

のぶらかん55のぶらかん55 2007/05/25 08:21 わたしも佼成会の末席にこっそりと参列させていただいています 今は大船教会で戒名・ご宝前のお役をさせていただいています
青年部時代から紆余曲折があり、昨年会社を早期退職し、ぶらぶらしていますが、皆の健康と幸せのため残りの人生を楽しく、明るく、元気に過ごしたいと考えています
興味のある方は以下のブログを見てください
http://cosmoheart.saloon.jp/
法華経についてもっと勉強したいと思っています
色々と教えてください
特にお釈迦様は法華経によって悟りを開かれたと第十二番に書かれています
では、どのようにして悟りを開くことが出来たのでしょうか?
お釈迦様は信じるのではなく、自分の目で見て悟りを実感して欲しいと言っています。
でも今はお釈迦様はいません
ではどうしたらお釈迦様のように悟りを開くことが出来るのでしょうか?それが私の命題でもあります
きっかけは「阿我捨」の語源をインターネットで調べていたら偶然に法華経の文字に惹かれて閲覧させていただきました
日蓮ご聖人は、開祖様も尊崇していますし、私も大好きな人です
少し情熱がありすぎて、他宗教を批判しているように思いますが
立正安国論では、正しい教えに拠って国を治めて欲しいという強い気持ちがあのような言い方になったと私は解釈しています
法華経の精神を当時の幕府に知って欲しいということが受け入れられず残念でしたが、その精神は開祖様の本尊観の確立でしっかりと具現されたのが大聖堂に安置されていますご本尊さまです
日蓮様の本尊観をしっかり継承し具現化した開祖様とこうしてご因縁を結んでいることは、私にとって最高の幸せであります
その幸せを多くの人にお伝えして行きたいと思っています
日蓮様のことも少しは興味を持ってください
きっと好きになると思いますよ
今後ともよろしくお願い申し上げます

chaichanPaPachaichanPaPa 2007/05/26 22:57 のぶらかん55さん、はじめまして!
こちらこそ、色々教えてください。
>特にお釈迦様は法華経によって悟りを開かれたと第十二番に書かれています
確かにそうですね。だとするとある意味、法華経は謎ですね。

のぶらかん55のぶらかん55 2007/05/28 10:55 私も毎日三部経を上げさせていただいています。
時々出来ない日もありますが。
法華経の成り立ちは必然だと思いますし、悟りの面からはその方法論が抜けています。殆んどの大乗仏教ではそうかもしれません。
でも不思議とパワーがあり、人類救済として完璧なものでもありますね。それは佼成会で立証されていますので説明は省略します。
しかし、奥様が欝であるという現実をどのように捉えていますか
実は、私の娘は、統合失調症という重い精神病にかかって4年が経過しました。まだ悪戦苦闘しています。
本当に親として将来不安でありますが、必ず治ると思っていますし、娘にもそのように伝えています。
ですから奥様も必ず治る日が来ます。楽しみに今の病気と取り組んでください。
必ず神仏のご加護があります。
今、私は現代レイキ&気功整体をしています。
交流会もありますので是非奥様と一緒に参加してみては
如何でしょうか
何か気づきがあるかもしれませんよ

chaichanPaPachaichanPaPa 2007/05/29 22:55 のぶらかん55さん、いつもありがとうございます。
家内も月2回整体にかかっています。
そこの先生もたぶんレイキだと思います。
レイキの新聞や小誌が沢山置いてありますよ。

鬱状態の時は、看病が本当に大変ですが、そのお陰さまで家内とは、すごく仲良しになれました。

みおみお 2007/08/30 21:43 楽しく拝見させて頂きました。日蓮宗の新興宗教団体はほぼみんあ同じ感じですよね、勿論日蓮上人が説いた事を説いて信心して行くわけですから当然の事かもしれませんが(創価学会は日蓮正宗なので別かと思われますが)
妙法蓮華経二十八品は、各念願祈願ごとにあげるお経があるとご存知ですか??体調不良の際は何品をあげると良いとか色々あるようです。もし貴方の新興宗教団体でもあるなら教えて下さい

chaichanPaPachaichanPaPa 2007/09/01 20:25 みおさん、はじめまして!
立正佼成会では、各念願祈願ごとにどの品をあげるとかは、ありません。
すべての品は、平等との立場です(K講師さん直伝)。

ただ、ローカルに教会レベルでは、病気の時は23、25。
神入れ時は20が多い。魔を切る時は26、28。
です。あくまでも、ローカルでの話しです。

みおみお 2007/09/02 05:40 有難う御座います。
私は病気の際に十二品を3回と伺った事があります。
信じるか信じないかは別としてローカルレベルでの23と25でも良いと思います。
しかし、業法経といっしょにあげるとよりよい結果が導かれますよ。何故なら、新興宗教は今は上層部の方に力があるので、お導きや支部長など役員になる事によって功徳や因縁を断ち切る様にする事が出来ますが、創始の時代は創始者達は力をつけるためにお経を読み分けて力を付けてきたのです。

あと、奥様の鬱の状態大変ですね。治療はされてるんでしょうか?私も一時同じような心の風邪を患いました。漢方薬によって救われました。特に「当帰芍薬」は直接的な漢方薬の効能に当てはままら無い様に感じマスが、女性に効果があります。後は「補中エキトウ」です。
ご縁かと感じ、差し出がましい事を申し上げた事、無礼お詫び申し上げます

常寂光土常寂光土 2007/12/12 10:01 良い事をしないのと、悪い事をするのと、結果同じでしょうか、違うのでしょうか。皆様方の忌憚の無いご意見お伺いしたく存じ上げます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2007/12/12 21:14 違うと思います。
しかし、よく考えると自信がないので、周りの人にも聞いてみます。

丈一丈一 2008/01/22 23:54 はじめまして、良い事をしないのと、悪い事をするのと、結果同じでしょうか、ぜんぜん違います、良い事をすれば良い因縁が出き、徳を積む事が出来ます、何もしなければ何も変わりませんが、その逆で、悪い事をすれば悪い因縁が出き、悪いカルマを積んでしまい、後々何でも無くても、次、生まれ変わった時には、そのカルマが付きまといます、結果、苦労する、悪い因縁でいやな思いをすることになるでしょう、そんな訳で、法華経には、そんな六道から離れるには、さとりの道に進まなければならない、道を求める心を起こせば、「さとりを求める者」になれると、仏さまに、如来、お釈迦様に、道を求めよと、如来、お釈迦様は、スーバーマンや特別な存在ではなく、我々と同じ存在であり人間であり、父であり、みんなはその子であるから、父と同じ最高にさとった者になれると、云われている、それに、お釈迦様は、みんなは死んだと思っているだろうが、実は死んでいない、死んだというこの死も、実は如来の方便なのだ、と、この世のことを説いている、つまり空の智慧を知り如来の智慧は奥が深く計り知れないが、いづれみんなは、それを知る者と成ると云っている、要するに、常に道を求めていれば、お釈迦様はところどころでそのさとりの段階に合ったさとりの気づきを与えるとおっしゃっているのではないでしょうか、ということで、さとりを求める者に成れと、おっしゃられていらっしゃるのでしょう。

丈一丈一 2008/01/23 14:34 さらに付け加えておきます、心は乱れやすいもの、行いの間違いやすいものである。また、欲が深いと、惜しむ心ねたむ心が強くなり、とかく障害が多ものとなってしまう。なので、心がもっとも欲しがる、財と色の誘惑にうち勝って、道に進まなければならない。強い誘惑である財と色は、決して永久の宝ではない。たださとりの道だけが、永久にこわれない宝である。強い者も病に犯され、若い者も老いに破れ、生は死に脅かされる。また愛する者と離れて、恨みある人と一緒にいなければならないこともあり、そして求めることも、とかく思うようにならない。これが世のならわしである。だから、この中にあってみんなの守りとなるものには、たださとりの道がある。急いでこれを求めなければならない。と云われています。法華経には、この心の状態、修めかたなどを、過去世、現世、未来世において説かれており、心を正しくたもち、正しく統一して、心を正しく修めていれば、そして、さとりを求める者になり、そうすれば、過去、現在、未来において、広く見える心がやしなえ、その心に合ったさとりを、仏は必ず与えてくれる、と、云われています。そして、後々には、最高のさとりを得た者となるであろう。と。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/01/27 11:35 丈一さん、はじめまして。有り難い書き込み、ありがとうございます。
私は、真の善悪(自然の摂理など)の判断は、人間ではわからないのでは...と最近思うようになっています。
だからこそ、仏さまの教えを学び実践していく・・・、すると神仏が善悪の判断を教えてくれる・・・とか思っています。

丈一丈一 2008/01/28 03:24 こんにちは、読ませていただきました、かなりよく解りやすい解説をされていますね、確かに現代語に訳さなければ我々の心に響かないし、漢文のまま読通されても内容を理解出来ないでしょう、ところどころのコメントも面白く読ませていただきました、しかし、ここが大事なのですが、この事は、この法華経は、誰かが創造した、ファンタジーや物語ではなく、本当の事、摩訶不思議ではなく、本当の真実真理と、理解でき、受け止められれば、かなりさとった方だといえます、ときに真理は言葉ではとても言い表せない、表現出来無いこともあるからです、と云われています、が、しかし、実際には、この三次元の狭い境地にどっぷり浸かってしまい、これが当たり前だと、常識的に思ってしまっている、認識してしまっている我々からしてみれば、到底理解しがたい世界です、ただ読んだのでは、ただの物語で終わってしまいます、そんな我々の狭い境地、今の知識で考える、智慧でもってしては、到底認識できない、今、まさにわからないが故に不思議、そういうような、広い世界に我々は存在している、存在したくなくても、しているのです、てみじかに話しますが、たとえば、今我々が、何気なくあたりまえに感じているこの、重力でさえ、ニューウトンが発見して以来、いまだに仕組みが解明されていません、もし解明され、応用されたならば、反重力装置によって、今の、吊り上げ式クレーンが重力クレーンに変わり、乗り物もだいぶ変わってくるでしょう、これだけでも、この乗り物がいきなり宙に浮いたという現象だけで、今の常識では考えられないような、世界が広がります、また、究極ではありますが、物語のハリーポッターの魔法の不思議な世界も仕組みがわかってしまえば不思議な魔法ではなくなります、この不思議が解れば今の常識という世界観が広がり、世間を見る目が変わってきます、また、今、当たり前に使っているコンピュウターにしても、出始めの頃、不思議な凄いもので、ひとりでに勝手に凄いことをしてしまうものと一般の人人々に、思われる事もありました、でも今では、プログラムを組んでやらなければ動かないし、プログラムを組むのも非常に大変という事も解ってきています、このように、真理の世界も解ってくれば、いま常識だと知り、考えられる智慧の世界も変わってきます、当然、善悪の判断も、行き当たりばったりでは無く、これをしたらこの先どうなるのか、と言うことが解るようになり、自分で判断出来るようになってきます、悪い事も悪いと解らないでしていたのでは、なかなかそこから抜け出せません、要するに解らないでした事も罪を繰り返すこととなり罪ということになります、自分で解ろうとしなければ、たとえ誰かが教えたとしても聞く耳を持たなければなかなかさとれません、おんなじことをただ繰り返すだけです、・・・・    というわけですが、どうしたんですか、なんか弱気ですね、人間ではわからないのでは、では無く、解ろうとしなければわかりませんよ、なんかあきらめているように聞こえますが、善悪の判断もして見て結果悪ければ良くしていけばよいのだし、自然の摂理だって解ろうとすれば解るのではないですか、かの研究者達は、自然の摂理を研究し、ただ一つのことだけを気の遠くなる程追い続けて或いは一生をささげて、やっと発見したというその有り難い恩恵を、今、我々は普段何気なく使わせてもらっている、そういう物が、身の周りに結構あります、と、同じように、この法華経も、お釈迦様のかなり昔の過去世において、気の遠くなるほど修行し、いろいろな如来につかえ、教えを学び、真理を見つめ、求め、そして追求され、やっとさとられたという、ほかの如来達も知らなかった究極の教えだそうです、しかも、昔も今もずうっと護られ、ボサツを教化させる法として、説かれている有り難いものだそうです、ということをよく理解して、お釈迦様が苦行をし、さとられたように、この経を、教えることを、苦行をしてさとらなければならない、とは、云われていない、同じようにしなければさとれないとも云われていない、ただ、この法華経を有り難がり、よく信じて、たとえ一遍でも保持し、記憶し、内容を解ろうとするならば、この者は、この法華経を知らないで、苦行してさとった者よりも、受ける功徳は計り知れないほどあるであろうと、云われています、さらに、この法華経を良く信じて有り難がり、また多くの疑惑をもつことなく、心に大歓喜を生ずれば、自分自身必ず仏となるにちがいないと知ってよろしい。と、云われています、どうですか、この法華経は神仏が教えてくれるのではなく、我々がみな、分け隔てなく、みな平等にさとりのだんかいを経て、お釈迦様のさとったさとりが得られるという、ボサツを教化するための究極の法だとお釈迦様みずからが゛おっしゃられております、このことを理解し喜び、崇め尊んで読通し、念じ、心にとどめるならば、このように測り知られぬ福徳が得られるであろう。と、云われています。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/01/28 22:37 了解しました。
先人の智慧を無駄にしないように、また、法華経を一遍でも保持して行きたいと思います。
ありがとうございました。

さくらさくら 2008/02/11 11:31 このように素敵なブログが世の中に存在しているのですね。
日本に生まれたことを仏さまに感謝しています。
ごあいさつがおくれました、さくらです、よろしく
お願いいたします。
さまよっていたわたしは、ミヤザワケンジのアメニモマケズが
(東西南北のくだり)シッダールタのことだったんだなあと
やっとわかりました。
わたし、ガンダーラにいってきました。
いまは、ムスリムの国です。
男尊女卑もまのあたりにし、カーストもあり、
女性には人権がまるでなく、
わたしは、仏さまはどのような気持ちで
ごらんになられているのだろう、とおもいました。
わたしにできることは、祈ること。
イスラムも本来はよい宗教なのです。
わたしは、宗教を学ぶことが、楽しいのです。
わたしの好きなお方は、仏さま。
仏さまはすべて、わかっていらっしゃるのだから、
わたしは安心して生きてゆけます。
意味不明で、ごめんなさい。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/02/11 13:07 さくらさん、こんにちは
>このように素敵なブログが世の中に存在しているのですね。
ありがとうございます。涙が出るくらいうれしいです。
ブログを書いていても、虚しくなることが、結構あるのです。
このように、言ってもらえると、本当にうれしいです。


>シッダールタのことだったんだなあと
さて、アメニモマケズですが、この中に出てくるデクノボウのモデルは、
法華経の常不軽菩薩だと云われています。

そして、実は、常不軽菩薩は、仏さまの前世なのです(法華経にしっかり書いてある)。
そう、さくらさんの言う通り、シッダールタこと仏さまのことだったのですね!

団長団長 2008/03/14 22:18 はじめまして、佼成会会員の団長と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
早いもので春のお彼岸の時期ですね。
教会によって日にちは違うと思います。
うちの教会は3月23日にさせて頂きます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/03/15 12:58 団長さん、はじめまして。
三鷹教会は、支部毎に行い、私の支部は、明日16日に「お彼岸会」行います。書き込みありがとうございました。

SEの端くれSEの端くれ 2008/03/21 22:29 HTMLについて検索しているうちに貴サイトにたどり着きました。
千葉布教区の某教会で細々と活動している者です。曾祖母が入会し私で四代目になります。
法華三部経二十八品の解説は大変参考になりました。法華経の解釈は人の数だけあるように感じ非常に難しく思われます。ときに屁理屈に聞こえることもあるのですが、心に落ちる解説をいただけたら有難いです。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/03/21 23:27 こんばんは!
>法華三部経二十八品の解説は大変参考になりました。
参考になれて、大変うれしく思います。
心におちる解説といえば、開祖さまの『新釈法華三部経10巻』でしょう!

SEの端くれSEの端くれ 2008/03/22 21:33 早速助言ありがとうございます。
10巻もあるのですか。読破できるかわかりませんがトライしてみます。
あとHTML,JavaScriptのページも参考にさせていただいております。J2EE等については門外漢ではありますが、少しでも研鑽を積んでいきたいと思っております。
申し遅れましたが、四人の子供がいる51歳の会社員です。
今後ともよろしくお願いします。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/03/22 23:27 こちらこそ、よろしくお願いいたします。
50代で、こども4人、大変ですね。
こちらも、同じような状況なのでお察しします。
お互い、子供達のために、頑張りましょう!

うっちんうっちん 2008/03/23 17:19 はじめまして。うっちんと申します。
私も某教会壮年部に籍を置かせていただいております。
今年から教務担当のお役を頂きましたので、本格的に法華経
を学びたいと考えています。というか教師教育で教えなければ
ならない立場になってしまいました。最近、開祖さまの新しい
法華経の解釈を読ませて頂くのですが、青年部時代には気づかなかったことが、新しく心に落ちていくのを非常に新鮮に感じさせ
て頂いています。一言、法華経は、ありがたくおもしろいという
感じです。
しかし。よくここまでコツコツ作成されましたね。すばらしい。
現代版、5種法師の修行ですね。私の願いは、自分がまず法華経
の教えを日常生活に落とし込んで実践し、そのすばらしさを実感することです。その実感を多くの方にお伝えしていきたいなあと
考えております。わからないことばかりですがいろいろ教えてください。よろしくお願いします。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/03/24 21:44 うっちんさん、はじめまして。
>教師教育で教えなければならない立場になってしまいました
大変ですよ! 頑張ってください。   
周りに講師の人がいて、大変そうにしています。
法華経でわからないことは、新釈十巻を読んでみてください。
とにかく、開祖さまは、素晴らしいご著書を残してくれましたね!

ちゃらんちゃらん 2008/05/04 23:08 こんな所も参考になります。「法華行者の会」
http://www5c.biglobe.ne.jp/~lotus/

佼成会は日蓮聖人の教えを捨てて、日敬教となったのでしょうか。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/05/04 23:41 ちゃらんさん、書き込みありがとうございます。
佼成会で日蓮聖人の行事といえば、年に1回の遠忌法要ぐらいですね。
お釈迦さま(15日)、開祖さま(4日)、脇祖さま(10日)の行事は毎月あります。
佼成会としては、釈尊の教えである法華経について、開祖さま(日敬)が噛み砕いて解説したものを中心に学んでいます。
ですので、佼成会は、日敬教でなく、まして日蓮教でもなく、まさに仏教です。

駿駿 2008/05/06 07:53  開祖さまのお言葉を励みに益々ご奮闘されますよう祈念します。「この恵まれている社会で、法華経の一句も説かずにいるのであっては怠惰の極みと言わなくてはなりますまい」。合掌

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/05/06 21:43 駿さん、励まし、ありがとうございます!
しかし、なぜか、虚しい気持ちになることがあるんです。
法華経と開祖さまのご著書で、なんとか、乗り切ってます。
そうそう、『開祖さまに倣いて』の本は、いいですね。ではまた!

gahagaha 2008/06/24 04:20 「虚しい気持ちになることがあるんです」
この言葉に引っかかりを感じました。気にかかっていたのですが、ちゃいちゃんぱぱさんのHPは、確かにすばらしいのですがどうも頭だけの理解で終わっているという感じがするのです。言い換えれば、観念論。もったいない気がします。このHPの中に、「手取り」の話しと「布教」の話が出てきません。例えば、野球でピッチャーが投げるカーブの打ち方を言葉で教えてもらっても実際には打てないように、現場で練習を重ねないと打てません。
言葉でどうこういうよりも、実際に打つという実践を行なってみて初めて、カーブを打つコツ、ポイントというものがわかる。やってみて初めてその勘所というものがわかる。いろいろな方の手を取らせて頂いてほんとうにその実感が持てて、そこからなるほどそうだ。ほんとうにそうだというところに行くと思われます。
なぜ、私がこういうことを申し上げるかといえば、かつて私も観念論が主だったからです。観念論では、ほんとうの感激・感動が薄いのです。自分自身が実践をし、手取り・導きをして始めてその仏教の説いている尊さが実感できる。お釈迦様が一番感じておられること。すなわち、お前は仏の子なのだということがストーンと腹に落ちる。納得できる。そこがわかると法華経の尊さが身に沁みてくるわけです。多くの方と、泣き笑い仏様の教えをお勧めして実践してもらい(やり切り・やり切らせ)感動を分かち合う。すばらしいです。
法華経、なかんづく庭野仏教(私はこのように受け取っています)のすばらしさは、縁を大事にするということです。縁から学ぶ。いいことは受け取れますが、悪いことはなかなか受け取れません。その悪いことをも「自らの学び」に変えていく、すなわち主体変容、16番の世界、受け止め方、すべて自分に必要だからあえて仏さまが自らを高めようとして出してくださる。それを反省し、感謝し実行する。そのことで出会いを学びに変えることができる。十如是の核心です。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/06/24 18:45 gahaさん、ご指摘ありがというございます。
>「手取り」の話しと「布教」の話が出てきません。
最近は、さっぱりです。支部の壮年さん達は、みな忙しく、日々生活の糧を稼ぐのが精一杯で、やっと月一回の法座だけ状態です。
なんとか、手取りで、私もgahaさんのような感動を分かち合いたいと思います。
コメント、ありがとうございました。
今後も、よろしくお願いいたします。

まぐまぐ太郎まぐまぐ太郎 2008/08/16 11:39 法華経ノートインデックスは素晴らしいサイトですね。
私も立正佼成会についてのサイトを作っているのですが、こんなによくできたサイトがあるとは思いませんでした。

とても参考になります。私もよいサイトを作りたいと思います。

なお、勝手ながら、リンクをさせていただきました。
http://www.miyu9.net/2008/08/post-4.html
もし、差支えがあればおっしゃってください。


私は港教会の会員です。
現在50代の後半で、妻1人子供は5人で、ちゃいちゃんのように1人が亡くなりました。


今後とも、よろしくお願いいたします。

chaichanPaPachaichanPaPa 2008/08/16 14:47 まぐまぐ太郎さん、はじめまして。
リンク、ありがとうございます。
長い間、佼成会の信者さんのこんなサイトを待ち望んでいました。

こちらも、法華経ノートに『新興宗教:佼成会と庭野日敬』をリンクさせてもらいます。
こちらこそ、今後もよろしくお願いいたします。

団長団長 2009/01/23 23:49 今晩は、明日寒修行で太鼓のお役を頂きました。
五百弟子受記品 第八〜見宝塔品 第十一までです。
一生懸命させて頂きます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/01/24 18:34 団長さん、こんばんは。
お役は、無事はたせましたか?(時間的に微妙な質問ですか・・・)
私も26日に次男三男と一緒に寒修行です。

団長団長 2009/01/25 22:54 今晩は、昨日無事にお役はたせました。
9番は、婦人部の方が導師をされました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/01/27 00:13 団長さん、こんばんは!
今、寒修行を終えて、食事して帰ってきました。ちょっと、遅くなりました。
次男・三男と3人でお役が出来て、有り難かったです。

おっさんおっさん 2009/06/20 18:51 はじめまして。
いつもはっと気づかされるお話を、ありがたく拝読しております。
私の両親はかつて立正佼成会に大変お世話になっておりました。
私自身も若い頃には学生部などに参加させて頂いておりましたが、就職後は土日の休みが取れない仕事ばかりだったので、いつしか足が遠のいてしまっていました。
時は流れて、壮年部のお役まで戴いていた父は4年前に他界、母は認知症を患い老人ホームに・・・。そして私自身も今大変厳しい状況に追い込まれています。

折角佼成会とのご縁があったのに、自分のことしか考えずに生きてきたことに対する戒めなのだなと最近思うようになりました。
ということでつい先日、地元の教会にご連絡し、再びご指導を戴けるようお願いしたところです。
今後は少しずつでも人のお役に立たせて戴くよう、教会の方にも足を運ばせて戴こうと思っております。
こんな気持ちになったのも、あの世で親父が導いてくれてるんだなと感謝しています。
こんな私ですが、今後とも宜しくお願いします。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/06/20 21:04 おっさんさんへ
私も両親を看取ったので、わがままな老人看護の大変さ身をもって知っています。
また、この大不況で、いつリストラされるかわからない状況での仕事、大変だと思います。

今回、佼成会とご縁になられたのは決して偶然ではないと思います。
きっと、見えないところで状況は、いい方向へ流れが変わり始めているのだと思います。

では、お互いご法精進して参りましょう!

イライザイライザ 2009/08/26 00:11 初めまして。
法華経を少し勉強しています。
法華経に記されている時間、距離等は数学ではとても考えられない規模ですが、いざ、宇宙の規模で考えると非常にマッチすると考えています。
地球上だけに現れる現象ではなく、仏になる地は宇宙にある他の星であると考えたり、量子論や光速度と時間、時空の関係等と組み合わせて考えてみると、法華経は宇宙を自由に行き来する命を人類に教えていると考えられます。釈迦の存在もキリストの存在もアッラーや他の存在も全て宇宙の中を法則に従って末法に現れた命と考えます。
連鎖した命は、ニルヴァーナに至るまで何度でも何かに生まれ変わります。どの宇宙に生まれても、どんな物に生まれても、宇宙の法則に逆らわない一生を過ごすことが修行なのではないのでしょうか?人類が考える宗教という規模で考えたら、法華経は難し過ぎます。
大変、空想的で笑われるかもしれませんが、法華経を読み返していると、そう思えてきます。
知識のある方には、既に当然の事かも知れませんが…

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/08/26 20:09 イライザさん、はじめまして。
イライザさんの書かれたコメント、すごく同感です。
法華経は、お釈迦様が亡くなって500年以上たってから、誰かが成立させたとのことで・・・。
その誰かが、気になるところで、また、確かに難信難解ですが、勉強しているとなんとなく、わかってくる感じです。

イライザイライザ 2009/09/02 21:48 弥勒菩薩と推察しております。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/09/02 22:07 こんばんは!
>弥勒菩薩と推察しております。
なるほど・・・。(確か、弥勒菩薩は実在したとのことでしたね)

イライザイライザ 2009/09/09 23:05 法華経に載っている如来菩薩またそれ以外全ては実在です。
非常に多く供のものがおりますが、仏になると予言されたものたち全てが仏になっても宇宙にはそれ以上に星は存在していますから、不思議はないのです。
地球の人間としての命が終わった後に、何千光年はなれた銀河のある星の、それこそ想像できないような生命体に生まれることも当然あります。
そこに現れる仏は、またそのような姿をして教えを説くのです。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/09/10 22:54 イライザさん、こんばんは!
全く同感です。
私もそのように思っていました。
でもこれ、ごく普通の人には、ちょっと言い辛いですね・・・。

イライザイライザ 2009/09/11 22:37 セミは7年間も地中で生き長らえ(苦)変態をし7日間で交配をし子孫(新しい命の宿る場所)を残して死んでゆきます。あれは、セミという姿で生きる正しい命の生き方です。生きることは苦しいことです。
良い原因を創る正しい生き方をすれば、それが修行として成り立つのです。何も出家して禁欲したり苦行するばかりが修行ではありません。人間として生まれた姿を正しく全うすれば、何回も生まれ変わらなくてもニルヴァーナには到達できます。
法華経の教えは宗教とか哲学とかではないのです。絶対的な法則とでも言いましょうか、宇宙を流れるリズムとでも言いましょうか。
これは、普通の人だけでなく何らかの仏教を信仰している人にも言い辛いです。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/09/12 13:37 >法華経の教えは宗教とか哲学とかではないのです。
>絶対的な法則とでも言いましょうか、
>宇宙を流れるリズムとでも言いましょうか。
よくぞ、ここまで悟られましたね!
全く同感です!
最近、法華経の勉強をさぼっているので、再開したいと思っているこのごろです!
イライザさん、ありがとうございます。

イライザイライザ 2009/09/12 19:32 こちらこそ、勝手に生意気を申しました。
失礼をお詫びするとともに、おつき合いいただいた御礼を申し上げます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/09/13 08:26 いえいえ、大変勉強になりました。
ありがとうございました。

金木犀金木犀 2009/10/14 23:13 大変参考になりました、有難う御座います。
(法華経についてもインターネットについても初心者なのにラッキーだと思います)

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/10/15 19:30 金木犀さん、はじめまして!
参考なれて、嬉しく思います!
しかし、まだまだ、法華経についてもインターネットについても、イマイチなので、これからも頑張ります!

イライザイライザ 2009/10/15 22:53 さらに、つけ加えさせていただきます。
ある面、野蛮で無秩序の世であった当時。
法華経の教えは、宗教というとらわれ方をしました。
しかし、法華経の教えるものは、宗教ではなく、
言わば、宇宙の心理、命の意味を教えていたのです。
当時の知識では、教えの心理を理解し難かったのですが、
現代のように、科学の力で小学生でも宇宙の存在を知るようになった今。
理解し易いと思います。
宗教という形になり、元来ひとつだった教えは、いくつにも分かれて、
お互いが排他的になり、憎しみや争いを生み出しました。
現世で生まれた今、私たちは、人類として、
また、そうでないものはそれなりに、修行として正しく命を全うする。
皆にとって必要なのは、それだけです。
宗教自体を私は無用なものと考えます。
ここまで言うと、さすがに宗教無用論のSF野郎と思われることでしょうね。
悟りを開いたものが、乞うものに教えを解くことは必要ですが、
教団を持ち宗教の名の基に力を持つ必要などあろうはずがありません。

イライザイライザ 2009/10/15 22:55 教えの真理を心理と書いてしまいました。すみません。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/10/16 21:58 私も宗教は、よくわかりませんが、法華経は、宗教に比べれば、よくわかります。
善い宗教と悪い宗教は、紙一重なので難しいです。

イライザイライザ 2009/10/28 07:50 人は宗教に何を求めているのでしょうか?
仏陀はけっして教団など望まなかったはずですが。
宇宙の真理を悟り、それぞれの生命体が、
正しく命を全うする。
それは、個の生命体で、個の責任で行うこと。
教団という組織体、そこに誤った強制力が働くので、
仏陀の教えには不要なはず。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/10/28 22:16 >人は宗教に何を求めているのでしょうか?
心の持ち方ですかね…。
>教団…仏陀の教えには不要なはず
難しいです。必要な気もしますが…わからないです。

イライザイライザ 2009/11/07 01:42 仏陀は個々に教えを説き、個々でそれを受けるようにしました。
たとえ、多くの者の前で説いても、個々で受けるようにです。
教団という組織にすると、自分を他人と比較し、甘えの心や慢心が生まれます。
だから、個で受け、個で実践しなければならない、非常に厳しい教えなのです。
仏陀の説いた阿含〜涅槃、中でも最高度の教えである法華経。
一人で説いて一人で悟りたいものだと思っています。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/11/07 10:02 一人の説法を一人一人が聴いて、一人一人が悟り、一人一人がまた説法して、結果的に大勢の人が悟る…そして世界平和実現へ。

イライザイライザ 2009/11/07 11:18 私はいつも考え悩み苦しんでいます。
新しく光明を見たと思うと、また疑問が湧き、現実の世がそうでないことに、
とても苦しむのです。
人にこうしてお話させていただきながら、まだ途上である自分に悩みます。
どこまでも続く苦悩の現世を地獄と悟ってからは、
以前に増して求め続けます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2009/11/07 23:29 素晴らしい求道ですね!
私はダメダメ信者で、結果的に困った時だけ求道しています。
この世は、確かに地獄に思える時もありますが、見る角度を変えると、天国に思える時もあるのです。
って、確か佼成会の開祖さまが仰っておりました。私も同感です。

木下千春木下千春 2010/05/13 13:53 はじめまして、私は岡山に住む41歳無職の女性です。このHPとの出会いに感謝します。私は、約5年前に創価学会の方に助けられ、入会しましたが・・・現在、事情があって、ここ2年くらい、家からほとんど出られず、人とのかかわりをなくしています。
ほとんど毎日、勤行はしていますが、自分が全然変わらずに、苦しんでいました。
入会してからは、精神面、現実に目で見える奇跡があまりにすごくて、驚いています。
パソコンで南無妙法蓮華経と、あるサイトに打ち込んだ後、このHPにたどりつきました。
それまで、なぜか、法華経の事を調べても、見ることができませんでした。
すごく、楽しくて、3日前から、一日中、見せていただいています。
ずっと、読んでいると、気持ちが変わり、今日、体がふるえるような感謝の気持ちになり、窓を開けると、あげは蝶が飛んできて、そばから離れませんでした。
入会した時にも、何千という黄色い蝶々が飛んだのを思い出しました。
入会の原因になったのは、不登校の子供でした。子どもが学校に行けるようになった時、毎日、目の前を蝶々が横切りました。
他にも、鳥が来る、鳥が横切るなど・・・。
家の周辺の空き地に花がたくさん咲きました。

これは、初めて南無妙法蓮華経と唱えた人、すべてにおこるのですか?
実は、お尋ねしたいことが他にもあります。
よろしいでしょうか?
お忙しいところ、厚かましい事書いて、すみません。

chaichanPaPachaichanPaPa 2010/05/13 20:50 木下千春さん、コメントありがとうございます。
私には、なんとも、わかりません。すみません。
でも、感じとしては、すべてかどうかは、わかりませんが、おこりますよ!

ilaiza009ilaiza009 2010/05/17 22:07 南無妙法蓮華経と唱えると、唱えた人の命が宇宙を流れるリズムと一致し共鳴します。

他の言葉を唱えても大丈夫な言葉があるとは思いますが、
日蓮大聖人は、言わば法華経を万人に対し、解り易く翻訳をしたと考えれば解り易いでしょう。(本当は、ちょっと違うんですけど)

法華経の教える大宇宙感とかいろんなことを、日蓮大聖人は「説明しても理解できないだろう」と考え、理解しなくても宇宙の真理に背かない、素直なリズムを備えられるように、南無妙法蓮華経を唱えなさいとおっしゃったわけです。

だから、唱えている人の命は、宇宙のリズム(広がったり流れたり)を取り込んでいると言えます。
奇跡が起こるのではなく、あなたの命が望んでいる現象が素直に起こっただけです。

また、あなたの命が、南無妙法蓮華経を唱えることで、その現象を感じる状態であると言えるでしょう。

イライザイライザ 2010/05/19 01:00 今の私は命を永遠と考えています。

いろいろな宗教で言われているように、輪廻転生のように生まれ変わりはあると思います。
命を宿している物、肉体等は寿命を持ち滅びていきますが、命は滅ぶ物から抜け出て、
宇宙を彷徨い、大宇宙のあるルールに従って、また誕生します。

地獄とか天国とかいう言葉があります。
誰が考えだしたのでしょう?

不思議ですよね。
世界中にそういう発想があるなんて。
誰かに記憶があったのでしょうか?
それとも、誰かが教えたのでしょうか?

私は現世を地獄と考えています。
罪を犯したり、迷惑な生き方をしたり、自殺したり。
すると、死後に生まれ変わった姿は、今より苦しみを伴うことになります。
人間の姿で生まれた今の人生を、人として正しく全うできれば、
次の生まれ変わりは、より楽な姿になります。
(人間ではないかもしれません)

苦しむために人生はあります。
いろんな立場での誕生があり、生まれる場所と時間を選べません。
望まれた誕生、呪われた誕生。
不公平きわまりない。

でも、人生はわかりません。
この地獄でいかに正しく生き、死を迎えるか。
これが、修行なのです。
苦しい修行なのです。
でも、逃げないで生きなければいけません。
逃げれば、今より厳しい修行が待っています。
より深い地獄が用意されているのです。

正しい生き方って何でしょう?
簡単です。
自分を必要としている他人、物、動物、自然等のために
その必要を見極め、してあげることです。

私は必要ないんじゃないかって思うことありますよね。
でも何も必要とされない人生はありません。
何をしてあげられるか見極めができないだけです。

そして、正しく命を全うした肉体の死とともに、命は飛び立ち、
次の物として誕生します。
でも、それは以前の姿より上級なものとなり、現世で味わう地獄の苦しみも
より軽くなっているのです。

それを繰り返し、最終的には生まれ変わりのない命として
存在だけのものになります。
これが天国と言われているものです。

長々と記しましたが無用ならば削除していただいて結構です。

ゆきゆき 2010/05/27 16:25 ありがとうございました。びっくり。すごい方がいらっしゃる。頭もよければ感性もすごい!私の能力では理解しきれないかもしれないけど、とにかくすごい!法華経に出会ってすべてが輝いて見える体験をした私はそれが忘れられずにいる。あれから30年近くたち、環境もかわり、心に波もある。我が家的にも普通ではなく周りの人には心配され、「よく笑っていられるね」といわれる始末…。でも法華経にであった喜び、感動が日々追加してくる。だから泣いたり笑ったりしながら幸せを感じてる。ありがとう。すごい人とすごい人に共感している人たちがこんなにいるし、このようにヒカリを発信してくれている。感謝。

木下千春木下千春 2010/07/05 11:25 みなさん、お返事をありがとうございました。
書き込みをさせてもらってから、しばらく、このサイトに来れないでいました。いろいろあって、落ち込んでしまって・・。

サイトをお気に入り登録していましたが、消されていて、なぜだか、法華経ノートという名前が思い出せませんでした。自分の脳がそうしていたのかも。

今日やっと、また、このサイトに来れました。

みなさんの、お返事を拝見して、すごくほっとしました。
ありがとうございました。
誰にもきいたことなかったんです。
私は、おかしいのかと悩んでいました。

それと、悩んでいた事があり、イライザさんが、その答えを教えてくれました。
ほんとにありがとうございます。

もうひとつ、お尋ねしてもいいですか?
子どもには、一緒に祈ってもらった方がいいんですか?
お願いして、祈ってもらう事もありますが、自分から祈りたいという気持ちになってからの方が、いいんでしょうか?
みなさん、どうされていますか?

自分勝手な事ばかり、長々と書いて、すみません。

ガラナガラナ 2013/06/20 13:13 はじめまして、ガラナと申します。
法華経というものに以前から興味はあったのですが、“法華経=日蓮=排他的”という偏見が頭から離れずあまり知る機会を持てずにいたところ、偶然にもこのページに辿り着きました。
私は、立正佼成会とは平和促進運動の関連でお付き合いがあります。
これからもちょくちょく閲読させていただきますね。

chaichanPaPachaichanPaPa 2013/06/21 10:28 ガラナさん、はじめまして。
法華経ノートは意図的に日蓮の記述を排除しています。
私も日蓮と日蓮系には、関わりたくないと思っています。

りずなりずな 2013/12/05 09:54 私は、親の代から立正佼成会会員です。
青年部で青年部幹部教育や色々な活動していたのですが、教えとは違う事をする教会長や幹部さんが嫌で、かかわっていませんでした。

1年ほど前から、今は素晴らしい教会長さんだからとイベントに誘われ、あ、この教会長さんなら大丈夫!と思い、婦人部セミナーなど参加させていただいてます。

今日、自宅でご供養を上げさせていただいたのですが、上げる時も心を込めてを意識していましたら、妙法蓮華経普賢菩薩かんぼっぽん第二十八あたりから、涙が止まらず、最後まで泣きながら上げました。

二十八になんか意味があるのか?と調べたら、ここにやってきました。

なんか、私がお勉強してる事に似てるなぁ?考え方が似てるなぁと思ったら、佼成会の方でビックリしました。

また、法華経を1から学び直してる所なので、読ませて頂きます。

六波羅蜜の実践!頑張ります!

chaichanPaPachaichanPaPa 2013/12/06 23:43 りずなさん、コメントありがとうございます。
開祖さまの「現代語の法華経」が凄く勉強になります。
三部経を読んでいて、理解不能の場合は、まず「現代語の法華経」をあたります。
では、お互い、六波羅蜜の実践!頑張りましょう!

合掌一年生合掌一年生 2014/03/28 15:26 はじめまして。

法華経ノート、有り難く書き写しさせていただきました。母にも見せたいと思っています。

最近、やっと、やっと手をつけ始めたお経本。
その存在を昔から知っていたのに、手にとってその意味が噛み締められるまでに、何十年とかかりました。
長かったなぁ。
まだ朝夕のおつとめが、不謹慎ながら面倒くさく思えて、どうしたらと思っているのです。

答えを求めるなか、ふと思ったのは、例えば(観世音菩薩普門品 第二十五)の、「二十五」があるならば、二十四や二十三...、というように、いくつまであるのかな?もっと知りたいことがあるし学びたい、きっとそこに、私の答えがあるんだ。
と、そう思い、目を閉じ、手を合わせ、素直に、観世音菩薩様にお願いし、検索したら、法華経ノートさんに出会い、しかも会員様であると知り、その存在に(お願いしたら、こんな身近に、手の中のスマホの中に仏様いたんだ)と、嬉しくなりました。

すべての人は、常に導いていただいているのだ。
この事が、我執に押さえられて見えず、我執の見識に苦しんでいるのです。
これは、ひとえに私の信心が足りないこと、を意味しているのだと痛感しております。

書き写しさせていただいたノート。
これから読み返し、読み返し、怠けぐせのある者、私自身の、その怠けの正体を、身を持って知ろう、と思っています。

短文のお礼のつもりが、思いがけず長くなりました。久々に涙しました。

すべての人が救われますよう。

ありがとうございました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2014/03/28 21:28 合掌一年生さん、コメントありがとうございます。
法華経ノートが良い縁になれて、嬉しく思います。
年初めは、結構、朝夕のおつとめをしていたのですが、我執が強いせいか、今は木阿弥で…。そろそろまた頑張らないといけないな…と思っています。
これからも、よろしくお願いします。

もももも 2014/07/24 14:23 はじまして。
法華経について内容を調べたいと思い、このページにつきました。

とっても分かりやすい解説で、時折笑わせてもらいながら楽しく理解させて頂きました。

感謝申し上げます。

縁覚(休み中)縁覚(休み中) 2014/08/16 00:55 はじめまして。
初めて法華経の全容を勉強するのに利用させていただきました。
とても分かりやすく、説明者の個人的思い込みが少なくて、
大変読みやすかったです、ありがとうございました。
後は自分の勝手な感想ですが、法華経は菩薩大量生産経と感じました。
声聞に対し諸行無常、諸法無我、涅槃寂静の基本真理、
これを理解した上での法師品第十(如来の座)。基本真理の
理解が出来たのだから十功徳品第三の行が可能でしょう?
という導き。結果菩薩に成れる。その目的が書かれているのが
第十六…と理解。その他奇想天外な事象は、装飾と個人的には思っている。

ちなみに涅槃寂静の自分の理解は、反論も多いと思いますが
完全なる完璧な世界への理解だと思っております。
完璧な世界とは、条件があってはならない…完璧だから。
つまり何か条件があってからの完璧は、完璧でない。
その条件に依存してしまうから。よって完全なる世界は、
出現したその時から、始まりから完璧。
世の中…少なくとも自分は完璧の意味、存在を認識している。
よってそれは存在する。
だから世界は完璧だと思う。しかし現実ではどうしようも
ない事、とても完璧とは呼べないもので溢れている。
それは完璧の半分。概念への半分。
それらが有る事で完璧を意識で出来、もう半分が存在する。
この二つをもって世界は完璧と言える。
まぁ〜詳しくは道教でも勉強すれば分かるかも。

以上、法華経に対する個人的意見でした。
とても良くできた教えだと感心しました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2014/08/16 10:25 縁覚(休み中) さん、はじめまして。
実は、ここ5年以上は、ほとんどサボっています。ご供養(法華経読誦)を。
なぜか、法華経に興味が無くなってしまいました。
そのうち、また興味がでるだろう・・・と、5年以上も経ってしまいました(^^;
>>
それは完璧の半分。概念への半分。
それらが有る事で完璧を意識で出来、もう半分が存在する。
この二つをもって世界は完璧と言える。
<<
面白い着想ですね。参考にさせて頂きます。
また、興味が出ますように・・・自分。

縁覚(休み中) 縁覚(休み中) 2014/08/16 22:09 chaichanPaPa さんへ
まぁ・・・自分も今の今まで法華経には興味なかったので、それはそれで良いと思います。
基本この世は自分対世界、その時その時に必要な事も必要な考えも起こると思います。
今の自分の法華経に対する考えも、道教や禅宗で学んだ結果起きた考えですし、指している物はどれも同じだと思えたので道順はどうでも良いと思いますよ。

後、個人的に読誦はあまり意味ないと思ってます(笑)
そんな事より世界にも自分にも良い影響が出る行動を心がけた方が
意味の有る事だと思っております。

後、遅くなりましたがご返信ありがとうございました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2014/08/18 22:45 >世界にも自分にも良い影響が出る行動を心がけた方が意味の有る事だと思っております

そうですね!
でも、出来そうで、なかなかできない・・・
コメント、ありがとうございました!

おっさんおっさん 2016/05/06 18:29 chaichanpapaさん、お元気ですか?
このホームページが今も残っていて、とても有難いことです。
papaさんの功徳のお陰です。
ありがとうございます。

chaichanPaPachaichanPaPa 2016/05/06 23:13 おっさんさんへ、お久しぶりです。
2009年以来のコメントですね!
私は、なんとか、まだ、生きています。
佼成会は、最近、ご無沙汰で、警備員を退職したら再開しようと思っているのですが・・・
おっさんさんは、お元気ですか、佼成会はやってますか・・・

おっさんおっさん 2016/05/09 23:55 返信、ありがとうございます。
本当に2009年以来の書き込みでしたね。
私はあの頃、父や姉を立て続けに亡くし、事業にも失敗し、死のうかとさえ考えていた所、それまでは、「絶対に頼るものか」と避けていた、我が家が信仰していた佼成会に最後の望みを賭けました。
支部長さん、主任さんのお陰で御宝前も整い、お陰様で、お金はないけど、新しい仕事にも付け、なんとか生活していける目処が立ち、今の嫁にも出逢うことができました。
その後、聖壇のお役もさせて戴いたり、法座にも顔を出させて戴きましたが、忙しくなると、ついついご法から離れてしまいます。
そんな今、私はうつを患い、会社を休職しています。
でも、周囲の人々のお陰で回復に向かっています。
悩み苦しんでいる時は、周りが見えませんが、一生懸命生きていれば、必ず御仏様は見ていて手を差し伸べて下さいます。
「深く因果を信じ、一実の道を信じ、仏は滅したまわずと知るべし」
こと一言に尽きると思います。
まだまだ、chaichanpapaさんに教えて戴きたいと思い、検索してこのhpホームページを見つけた時には、大変嬉しかったです。
ありがとうございます。
papaさんも色々ご苦労が多いと思いますが、法華経のことを、佼成会のことをもっともっとご教示下さい。
宜しくお願い致します。
合掌

chaichanPaPachaichanPaPa 2016/05/12 15:42 おっさんさんへ
欝は、なかなか治りませんね。
虎ノ門に龍医院という精神科があり、家内は10年間、通っています。
龍医院でもらえる薬を頼りに生きている感じです・・・家内は。
また、法華経のことを、佼成会のことは、いま遠ざかっていますので、何もいえません。いまは、日々暮らすのが精一杯って感じです。
でも、コメントが頂けて、有り難かったです。ありがとうございます!

konoyama0513konoyama0513 2018/06/05 18:09 このサイトに出会い大変興味深く拝読させて頂いてます。
ただ、このコメントが2016年で終わってますが。
その後はどのようになっているのか、不安で投稿させて頂きました。

chaichanPaPachaichanPaPa 2018/06/20 10:11 拝読、ありがとうございます!
警備員になって7年、その間、まったく法華経から遠ざかっています。
警備員の仕事が大変で・・・

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/chaichanPaPa/20061029/1162126019
リンク元