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ごあいさつ

燈明日記へようこそ!!

燈明日記の主なテーマは、以下の通りです。

そして、燈明日記へ来られたのも『私』と『あなた』の何かのご縁です。なので、どうぞごゆっくりご覧下さい!


2014/1/5(日)

[] 名前と苗字について

米国「慰安婦像の撤去」の署名手順で、ファーストネームを名前、ラストネームを苗字と書いてありました。


実は、これを見て頭が混乱してしまいました。

たとえば、「河野洋平」という名前なら、ファーストネームが「河野」で、ラストネームが「洋平」かな…とか。


結論から言うと、ファーストネームが「洋平」で、ラストネームが「河野」ですね。


まず、苗字は「河野」であることに間違いはありません。

また、苗字は姓名の姓とイコールです。


では、名前は、「河野洋平」、「河野」、「洋平」の3通りがあるのです。

今回は、「洋平」で、姓名の名とイコールです。


また、日本語では「姓」「名」の順で、英語では逆の「名」「姓」の順ですね。

で、ファーストネームが「名」で、ラストネームが「姓」なのです。知っている人には当たり前。


ちなみに、名前は、名の前なので「姓」とイコールだと思うのは、私だけでしょうか…。

しかし、今回の場合は、「名前」と「名」は、イコールなのです。


と言うことで、名前と苗字、名と姓、ファーストネームとラストネームの3つの意味で頭が混乱してしまいました。


ところで、皆様は、米国「慰安婦像の撤去署名」はお済でしょうか?

賛同される方は是非、署名をお願いします。

2011/8/24(水)

[][] 『大き目』はNG?

先日、警備日報に『巡回時、大き目の犬の糞を発見』と書いたら、『大き目』は『大きめ』で、この場合の『目』はダメだろと指摘されました。

たしかに、ネットで調べてみると、『大き目』は普通に使われてはいるのですが、辞書にはありませんでした。


たしかに、『大目にみる』と『大きな目にあう』は辞書にありましたが、『大き目』はありませんでした。


では、『大き目の犬の糞』を『大きめの犬の糞』としたら正解かというと…今度は、『(大きな犬)の糞』と解釈が可能になってしまいます。

ということで、『大き目の犬の糞』は『犬の大きめの糞』としなくてはいけなかったのです。


『大き目の犬の糞』では、目の使い方と修飾の位置で2重に間違っていたのです。日本語って難しい…。


とりあえず、「てにをはノート」をリンクしときます。

2010/7/26(月)

[][] 『悉く能く知らん』は、ことごとくよく知らないこと?

最近、いろいろあって、法華経をよく読誦しています。

妙法蓮華経 法師功徳品 第十九には、『xxx悉く能く知らん』というフレーズが13回で、『知らん』だけなら35回も出てきます。

  1. 是の法華を持たん者は 香を聞いで悉く能く知らん
  2. 無根及び非人を弁えざらん 香を聞いで悉く能く知らん
  3. 銅器の盛れる所 香を聞いで悉く能く知らん
  4. 波利質多樹 香を聞いで悉く能く知らん
  5. 衆の宝華の荘厳せる 香を聞いで悉く能く知らん
  6. 中にあって娯楽する 香を聞いで悉く能く知らん
  7. 来往行坐臥する 香を聞いで悉く能く知らん
  8. 周旋し遊戯する時 香を聞いで悉く能く知らん
  9. 入禅出禅の者 香を聞いで悉く能く知らん
  10. 初生及び退没 香を聞いで悉く能く知らん
  11. 或は人の為に説法する 香を聞いで悉く能く知らん
  12. 衆を愍んで説法したもう 香を聞いで悉く能く知らん
  13. 法の如く修行する 香を聞いで悉く能く知らん

読誦していると、嫌になるほど、『知らん』『知らん』と連呼になり、そんなに知らないのかと思えてきて・・・。


実は、法華経に出てくる『知らん』は、現代語では『知るだろう』という意味になるのです!

つまり、『知らん』ということは、これから『知るだろう』ということなのですね。


ということで、漢文『悉能知』の訓読み『悉く能く知らん』は、現代語では『ことごとくよく知るだろう』です!

2009/9/19(土)

[]『〜は』と『〜が』の違い

たとえば、以下の違いは、なんでしょうか…共に『私イコール小池啓仁』ですが…。


『私小池啓仁です』と『私小池啓仁です』


たとえば、自分を全く知らない人達の前では、いきなり『私が小池啓仁です』とは普通いいません。

この場合は、『私は小池啓仁です』ですね。


また、名前だけ有名になった場合、人達の前では、『私が小池啓仁です』ですね。

この場合は、『私は小池啓仁です』とは普通いいません。


これは、『〜は』は、『小池啓仁』が新情報で、『〜が』は、『私』が新情報なのです。

2009/5/19(火)

[] テレコとイレコ

イレコは入れ子で、ブロックの中にブロックが入るような構造化プログラムでは良く使います。

また、人形でいえば、次から次へと人形が出てくるロシア人形のような、重ね箱のような・・・そんな感じです。


では、テレコってなんでしょうか?

実は、つい最近までイレコの進化系だと思っていたのですが・・・全くの別物でした。

テレコの語源・由来

テレコは、「手を加える」という意味の「手入れ」に、接尾語の「こ」が付き変化した語。

元は、歌舞伎で二つの異なる筋を一つにまとめ、多少の関連をもたせて一幕おきに交互に展開することを「てれこ」と言った。

そこから転じて、互い違いになることを「てれこ」と言うようになった。

「こ」は「交互」の略と解されることもあるが、接尾語と考えたほうが自然である。

この言葉はカタカナ表記されることが多いため、「テープレコーダー」を略した「テレコ」が語源で、A面とB面を間違えて入れることから「あべこべ」の意味になったと言われることもあるが、「テレコ(テープレコーダー)」よりも古くからある言葉なので間違いである。

http://gogen-allguide.com/te/tereko.html

まぁ、人形でいえば、首の取れる2つの人形があって、首を別々の胴体に付け替えると・・・テレコになっている!って言うのかな・・・たぶん。

2009/3/31(火)

[] 立て板に水の如く

スピーチが上手い人のことを『立て板に水の如く』と称することがありますね。

『立て板に水』とは、大辞泉では『よどみなく、すらすらと話すことのたとえ』となっています。


逆に、詰まりながらしゃべるスピーチ下手な人を『横板に雨垂れ』と称するそうです。

前準備なしにいきなり振られると、誰でも『横板に雨垂れ』状態になりますね。


そういえば、前準備万端で臨んだ子供のバスケットの打ち上げの挨拶で、『横板に雨垂れ』どころでなく『メロメロ』状態で10分の1も話せなかったことを思い出しました(悲)。


ということで、『立て板に水の如く』話すには、話すことを前もって論理整然とすることはもちろん、人前で上がらない訓練が必要ですね。

2009/3/23(月)

[] 「負けず嫌い」は、実は「負けるのが好き」

たとえば、「食べず嫌い」は、「食べずに嫌い」と言う意味です。

食べずの「ず」は否定の「ず」ですね。


では、「負けず嫌い」は、「負けずに嫌い」と言う意味です。

「負けずに」ということは、「勝つ」ということです。

つまり、「負けず嫌い」とは、「勝つのが嫌い」で、結果的に「負けるのが好き」になるのです。


だから、「負けず嫌い」と言う場面は、本当は「負け嫌い」と言わなければならないのです・・・たぶん。