武士の家計簿

会計処理の専門家、御算用者として代々加賀藩の財政に携わってきた猪山家の八代目・直之(堺雅人)は、「そろばん馬鹿」といわれるほどのそろばんに対して真面目な男。彼は、家業のそろばんの腕を磨き、才能を買われて出世する。

江戸時代後期、武家社会では出世するにつれ出費も増え続けるという構造的な問題があり、猪山家も同様だった。猪山家の家計が窮地にあることを知った直之は、家財道具を処分し借金の返済にあてることを決断、家族全員で倹約生活を行うことにする。


観賞日

2010年12月9日  

【80点】











まず、今作のアイディアに拍手したい。

実際の武士の家計簿と綿密に分析された歴史教養書として、もともとあった歴史学者磯田道史のベストセラー『武士の家計簿加賀藩御算用者」の幕末維新』。

それをホームドラマチックに解釈しなおすという企画にはそれだけで感服する。

ノンフィクションの家計簿を、台詞のあるものに直すというのは正直想像がつかないし、チャンバラの無い侍映画というのも珍しい、というか普通ありえない。



最近、漫画の安易な劇場化が多い中で、

ありえないを作り出せる「面白さ」が日本映画にあるというのがわかっただけで、今作は観ようと決めていた。
















思えば、最近映画業界あげての「時代劇」映画ラッシュでは、そんなに時代劇に興味の無い自分でさえもひきつけるパワーがあった。

男女逆転の『大奥』、超絶アクションの『13人の刺客』など、斬新さと懐かしさが同居する最近のものが刺激となっていた。

今作はその最たるものだ。


















今作は非常にゆったりとした映画だった。

家計簿から読み取ったであろう祭事や出来事がゆったりと描かれる。

そして基本的に物語は、猪山が勤める城の中と家、そして川原くらいのシーンで殆どが構成される。

そこからもこの映画が決して場面が転々と移り変わる冒険活劇ではなく、一つの家族を描くホームドラマであることが分かるだろう。





一つ残念だったのは、話の転換点で、段々暗転していくのだが、若干テンポが悪くなっていた点。もっとテンポの良い場面展開は無かったのだろうかと気にはなった。

ゆったりとした映画だから、なのかも知れないが。

空など背景が青空から夜空に変化していく様を捉えた転換させ方など盛り込めば時系列もわかりやすかったし、暗転以外の手法の新鮮さがあったかも。















そして、主人公・猪山直之には、「今」の日本人が共感できるようなところがある。

仕事一筋で、それ以外はからっきし不器用。

でも「数字が合わないのが嫌だ」という自分のポリシーを守り、
一芸を磨き上げ、それを用いて立派な役職まで上がるというのには見習うべきものを感じる。

「貫く」という強い意志があってこその直之の行動。それに終始驚かざるを得ない。





その役を堺雅人がやったのが、やはり良かった。

内に秘める情熱だったり考えだったりが時々垣間見えるという、彼の演技がとてつもなく渋く、深みがある。

あくまで普通の人でありながらも、「貫く」意志を持つ直之は彼のような役者だからこその適役。
















彼が働く御算用者(経理係)の場所も、なんだか現代のオフィスを思わせるような場所で、皆がそろばんをはじき、作業をしていく様は、パソコンに向かって作業する現代人と重なる。

昔からこんな感じなんだなぁと思わせられるシーン。しかも横領なども行われているから更に重なる。

江戸幕府も今の官僚的な組織と同じなんだなーと。

あんまり今も昔も変わらないと、何だか共感してしまう。
















そして、猪山家の家庭の困窮状況。

その状況に対して彼らが行っていく工夫は、まるで現代の節約家の家のようだ。

全ての要素が現代と絡まり、そして様々な笑えるユーモアたっぷりのエピソードがあることで今作の世界に我々は引きずり込まれていく。そして共感する。

心温まる家族の在り方に。


バブル期ならこの映画は正直共感されがたいものだったかもしれない。
むしろ、今だから、なんだか困窮しているように見える今だから観ておきたい映画だ。


今作はそんな、「安心」を提供する映画だ。