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2009-12-26

西陣

そういえば、島田先生に、パチンコメーカー西陣って、京都ですか、と聞かれた。

ああ、あれは、京都のように思えますが、群馬県桐生ですよ、と答えた。

けど、あってるのかなと。京都じゃないというのは知ってて、というのは、自分も最初京都に関係あると思っていたから気になっていたのだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%99%A3_%28%E4%BC%81%E6%A5%AD%29

と、Wikipediaを見ると、本社は、東京千代田区とある。

しかし、支店・営業所が桐生にあるから、たぶん、そこ発祥でのちに本社機能東京移転ということだろうとあたりをつける。会社のページを見ていると、発祥は、桐生であっているようだ。

そもそも、桐生というのは、たまたまわたしの好きな作家坂口安吾が一時期逗留していたという意味では興味があるのだが、そもそもはわたしの土地勘の埒外で、そんな土地と関係があるというのを無関係に頭に入れているはずがないとは思ったが、まあ、一面の真実はあったので、よかった。

それにしても、それなりに規模のある企業ページとしては、やけに情報量が少ない。それに機種リストなどもまばらだ。サブカルチャー中のサブカルチャー(下部の下部という意味と、サブの中心という両義性)だから、メインカルチャー的には意味がないがわたしが記憶している程度の昔すら、もう歴史から消え果てているんだろう。

# 1992年 - 花鳥風月CRうちどめくん/パーラーキング(初のCR機

# 1993年 - CR花満開、春一番、春夏秋冬、オメデタブラザーズ

# 1994年 - CR球界

# 1995年 - CRチキチキドリーム

しょうがないので、Wikipediaリストでいくと、わたしがすきだったのは、このCR機(あとで簡略に言及)の導入切り替え時期に最後に残った非CR機最後の数機種だった。つまり、「花鳥風月」「春一番」「春夏秋冬」。

そして、それは、偶然というわけでもないのだなあと、いまさらながらに気付いた。

つまり、CR機というのは、業界脱税防止のために、売り上げ記録のためのカード型支払い方式の導入の義務化とともに、警察関係団体が業界ルールを先導する時代の幕あけとなったからだ。これが、パチンコの死をもたらしたというわけだ。つまり、賭場のテラ銭をさらにテラ銭として吸い上げる組織誕生だった。

ひとまず、機種の説明をすると、「春一番」というのは、パチンコ史上全体でもエポック的な機械となった。というのは、この機種に、比較的難解なテクニックを要するかわりに爆発的な出玉が出せる攻略法発見されたこと。しかも、それが体感機(機械が台の乱数テーブルの一巡のリズムを知らせる)などの特殊な機械なしで、身ひとつ人間五感とテクニックだけで可能だったこと。そして、最後に、それを使ったカリスマ攻略集団が現れ、業界マスコミをまきこんで売り込んだことにある。この3拍子そろった攻略のされかたは、空前絶後だった。

攻略法が明らかになってからの台の残り具合という意味でもよかった。わたしも攻略方法は知っていたが、かなりめんどい方法だし、明らかにトラブルを呼ぶので、使わなかったが、ワンポイント裏知識を知っていたので、台のひろい方、捨て方では多少期待値アップになったので、おそらく、わたしが一機種で収支がプラスになったのは、この機種を除くと、もう数機種ということになるだろう。それと純粋ゲーム性や演出がよかったというのもある。

そのワンポイントは、ばくち上の大切なポイントハードの出力に連結していたということで、これは、その後の「春夏秋冬」でも起こるのだが、詳細は略す。

しかし、その仕掛けというのが、いかにもばくち専業の世界でのディーラー側の工夫という感じがする。そういうのがつぶされたのが、業界規制警察が介入されて以降、つまり、CR機の導入とかさなるわけだった。つまり偶然ではない、警察介入前の最後のあだ花ということになる。

ばくちには、ディーラー専業の博徒というものがいる。つまり、それはヤクザの二源流の一だけども。かれらはかれらで、ばくちの遊ばせ方というのを、長年心得ているわけだった。客は生かさず殺さず長くあそばせなくてはならないから、それなりの流儀と体得したばくちの公理系に関する勘や哲学があったといえるだろう。ギャンブルはやっぱり、いつまでたってもお上とは対立概念なのであって、警察規制を開始してからはパチンコは緩慢にしかし後に急激にだめになった。おそらく20年たって、死屍累々業界が消え失せたということにもなりかねないのじゃないかなと思う。それくらい規制=寄生しつくしている。テラ銭をとってるところから、テラ銭をとってるから、テラの二重取りになるばかりか、機械ルールや規格、確率などにも積極的に介入。最初は少しだった公準の改変が、あるときカタストロフ的に公理の崩壊をもたらす。つまり、やっぱり、ばくちがわかってないのだった。ばくちがわかってないということは経済がわかってないということと同義だ。つまり、経済施策だって、ある種似たようなものだろう。

わたしの西陣の印象のひとつは、そういうようなところにあるのだが。

もうひとつは、羽モノと呼ばれるジャンル(これも警察関係団体が事実上死滅させた)が隆盛だったころ、そして、ファミコン隆盛時代でもあったころに、「スーパーブラザーズ」というマリオブラザーズぱくりもののパチンコを出していた。これが、わたしは好きだった。かわいさ、パチもの性、してやったり感、そして、また、マリオBGMを巧妙にパクってパチンコの曲にかえた手際、そして、マリオを型どった役モノの安物くささとかわいさ。どっかに、情報がないだろうか、あのBGMは、一回聴きなおしてみたい。わたしが西陣固有名詞認識し、好意を抱くようになったのは、スーパーブラザーズのせいだと思う。

最後にWikipediaから引用

所属する社員全員が本名ではなく、仕事用につけられた変名で活動することでも知られている。

これも深い意味ありすぎるが(^_^;)。

(その後)

なんでもあるねえ、インターネット(^_^;)。

スーパーブラザー

D

タイ語で、のっけから恋バナ

http://ninokazu.exteen.com/20051004/sv-12288-23888-12398-21109-21002-65281-65281-12288-65334-653

こりゃ、すごい(^_^;)。

おそらくは、日本語勉強しているタイ人のおんなのこ。それも、おそらくは、というか確実に「嵐」のファン、しかも、二宮なんとかさんの。というか、この予想がはずれるというのも、すごいが(^_^;)。

こういうネイティブ言語学習言語自分と逆のひとの勉強している過程は、それまた、自分にも役立つということがあるのだが、それにしても、こりゃ、すごいね(^_^;)。

「のっけから恋バナ」とか、すごい。もちろん、わたしだってネイティブだから意味はわかるが、自分辞書にはない言葉なのに!! たぶん、自分からは一生発声しない語彙だろう。

そんな言葉まで、けなげに勉強しているblogは、だから、自分にはすごい情報量だ。

島田英会話研究所 ワンコイン 500円英会話の島田裕之先生 来京(入洛) 英語の動詞から時空の認識を探る

というわけで、島田先生から電話があり、数時間ほどファーストフード店で会話。

ちなみに、「来京」というのは、京都に来る、というつもりだが、東京に来るという意味もある。

京都は、中国は洛陽の都をモデルにつくられたので、「入洛」という言葉もあるのだが、おそらく、京都人以外は知らないんじゃないか。「上洛」という言い方もある。もちろん、関西人にとっては、関西のほうが上方だからだ。

さて。

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著作「英会話革命」にサインをもらう。

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英語動詞の時制の概念哲学するの図1(by 島田先生)

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(人称)代名詞動詞現在形(+名詞の複数形)は、過去積分するの図2(by 島田先生)

まあ、英語から、社会情勢から、余談まで、いろいろ会話してきました。

が、やっぱり、最近先生の関心は、動詞とその時制のようです。

とくに、英語現在形における日本語との差異から、英語動詞時制による概念認識哲学あみだされようとしているようです。「動」詞というからには、変化のさまを捉えるということで、微分とのアナロジーを使用されていました。

just nowというのは、「今」ではなく、「今」に無限に近い過去なのだ、という話でした。Just nowと認識した瞬間には過去になってるということで。あるいは、Just nowでなければ、生死が判別しないシュレーディンガーの猫のように量子の状態がたたみこまれている状態というべきかもしれない(このへんは、わたしが帰ってから考えたレトリック)。

では、今というのはなにか。それは(人称)代名詞主語ならば、現在進行形であり、動きの変化率の微分的な一瞬ということみたいです。あるいは、動詞を原型で使えば、それは命令形であるわけです。動詞というのは、そもそも命令形が元なのではないか、というような話もちらほら。

そのへんが、「図1」にあたる。

では、(人称)代名詞主語の場合の動詞現在形というのはなんなのか、それは、過去積分されたものとしての、現在というべきものなのかな、と(積分は、後のわたしのレトリック)。

I sometimes go to Lowsons.

という例文がかかれている。

ときどき、ローソンに行く。そのローソンは複数形だ。というのは、近所に複数のローソンがあって、あちこち行ってるからだ。一回に行くときは、一カ所だが、「ときどき」行ってたあちこちのローソンが、go現在形の中で積分されて重ね合わされる。その複数のローソンの店々(日本語であえて複数形を強調すると変だけども。こんな言い方くらいだろうか)という重ね合わされたローソンイデアが、Lowsonsという複数形に凝縮していると捉えるわけだった。

このへんが、「図2」にあたる。

しかし、こういう話は、街中で捕まえた500円のお客には高級すぎて、逆に、はあ?何言ってるの?頭おかしいの?みたいなことになりかねない(^_^;)。もちろん、そんじょそこらのお客さんにはお出しできないシェフスペシャル裏メニューなのだが(^_^;)。

まあ、英語についてよくよく探求しているひとは、街中で島田先生をつかまえて。すんません、腕に覚えがあるので、裏メニューで勝負してくださいというオーダーをするのも粋かもしれない。

こんな高度な頭脳哲学を持った先生に、街中でひょいと500円で講義してもらったりする贅沢が、さて、いつまで続くかわからない。

http://blogs.yahoo.co.jp/shimadakakumei/MYBLOG/yblog.html

興味があれば、上の先生blog電話番号が載ってるので、どうぞっと。

さいきんは、東京が多いみたいだけど、まあまあ広い範囲で、東日本西日本を駆け回ってられるので、どっかで、つかまえることもできるだろう。