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charisの美学日誌

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   こんにちは、charisです。本業は哲学屋。charisとはギリシア神話の優美の女神。私の座右の銘は、「ミューズよ、戦さ(いくさ)を退け、友なる我らと踊れよかし!」(アリストファネス『平和』)。 日誌の全タイトル一覧はここ。私の研究室HPはここ。私のアマゾン・レヴュー集(HN「お気に召すまま」)はここ。ツイッターは Follow @charis1756
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2009-08-04 濱口桂一郎『新しい労働社会』(1)

charis2009-08-04

[読書] 濱口桂一郎『新しい労働社会』(岩波新書 '09.7.22) (その1)


優れた本だったので、主要論点をまとめてみたい。さまざまな論点のうち、「大学はアカデミズムに偏向しており、もっと職業学校化すべし」という著者の主張は、形而上学が専門の哲学教師である私には頭の痛い問題であるが、この点も最後に考えてみたい。


本書の大きな特徴は、「派遣切り」「名ばかり管理職」「ワーキングプア」「製造業への派遣」といった、今ホットな話題になっている雇用問題を、個別的・表層的に捉えるのではなく、国際比較と歴史的パースペクティブという大きな構図の中で捉え返していることである。雇用の問題は、現にある制度や慣行をそれだけ見ていても、本当の問題がどこにあるのかが見えてこない。たとえば、定年までの長期雇用、年齢によって賃金が上昇する年功賃金制、企業別組合などは、日本的慣行だとよく言われる。それに対して、転職の多さ、同一労働同一賃金、産業別・職能別組合など、西洋諸国の雇用慣行が対比される。我々は両者を対比して、優劣を論じがちだが、こうした現存する制度や慣行をそれだけ見ていたのでは、問題の本当の所在は分らない。


著者によれば、本当の問題は、日本の雇用契約に「職務(ジョブ)」という概念が希薄なことにある。欧米では、特定の「職務(ジョブ)」を明確にし、その「職務」だけを行う労働を求めるのが雇用だが、日本では「職務」を決めずに一人の「人」を会社のメンバーとして雇う。長期雇用、年功賃金、企業別組合という三つの日本的特徴は、「職務(ジョブ)」が雇用の機軸をなしていないという根本命題から論理的に導かれるcorollarium(系)でしかない(p4)。というのも、「人」を確保しておけば、不景気などで特定の「職務」の必要性が減った場合は、社員を別の「職務」へ配置換えしたり、子会社へ出向させるという人事異動が行われるが、それはつまり、「人」がその会社のメンバーであり続けるということだからである(→長期雇用)。また、「職務」が一定しないから、「職務」の客観的遂行能力で給与を決めることはできない。残業、転勤、配置換えなどを厭わない会社への「忠誠心」「やる気」が評価され、勤続年数がそうした忠誠心の指標になるから、結局、年齢という尺度で賃金が上昇していく。そして日本の企業は、給与というものは生活に必要な額を与えるものという「生活給」の考え方に立つから、子育てや教育費のかかる年代には給与が増える代わりに、20代の単身者の給与は低い(→年功賃金制)。一方、「生活給」ではなく「同一労働同一賃金」制の西洋諸国では、子どもの養育や教育費用は、別に国などが手当てするから、中年社員の賃金が上昇しなくてもやっていける。また、労働が一つの「職務」に固定していないので、「職務」を単位に組合を作ることはできず、「人」が定年まで帰属する企業を単位とする組合になる(→企業別組合)。


このように、目の前にある雇用制度は、それを大きな構図で捉えないと、「なぜそうなっているのか」という必然性が理解できない。その必然性を理解できなければ、問題を解決するにはどこを変えればよいのかも分らない。「雇用システムは、法的、政治的、経済的、経営的、社会的などのさまざまな側面が一体となった社会的システム」(p障ノ)であるから、総合的に捉えなければならないのに、経済学者などは経済の論理だけから「明快な議論、解決策」を唱える傾向があり、常識はずれの議論がまかり通っていると著者は批判する。


著者は、国際比較と歴史的パースペクティブの二つの側面を重視する。国際比較は、主としてEU諸国との比較であるが、著者が提示する歴史的パースペクティブは貴重な指摘に満ちている。戦前からの労働と資本の争議から、さまざまな慣行が作り上げられてきたこと、戦後のさまざまな司法判断によって「解雇の正当性」が争われてきたこと等が、丁寧にフォローされている。ただし、かなり細かい話が多いので、若干読みにくいことも事実である。たとえば「非正規労働者の本当の問題は何か?」と題された第2章は、「偽装」「請負」「登録型派遣」「常用型派遣」といった各論と、それを裏付ける法律や法理が丁寧に語られるので、地べたを這うような印象がある。一方、第3章「賃金と社会保障のベストミックス」は、射程の大きなマクロ的な議論なので、見通しがよい。このあたりの叙述に、もう一工夫あってもよいかと思うが、政府の政策がどのようなコンテクストで、どのように決まったかという事実関係の分析も重要なので、これは、理念と現実の両方を平行的に論じるためにはやむをえない代償なのかもしれない。


著者によれば、現代日本の雇用問題の核心は、正社員+専業主婦という標準モデルの「正規労働」には手厚い保護があるのに対して、家計支持者の庇護のもとにある主婦と学生のアルバイトをモデルとした「非正規労働」には低賃金を押し付けるという構造が、昔は大いに合理的であったが、もはや現実に合わなくなった点にある。「非正規労働」だけで生活せざるをえない若者が大量に出現し、「ワーキングプア」化したからだ。また、労働政策は政府・経営者・労働者の三者の合議で決めるという「産業民主主義の伝統」こそ大切にすべきなのに、小泉改革以来、事態は反対に動いている。経済財政諮問会議や規制改革会議という名の「哲人政治」がまかり通り、ステークホルダー(利害関係者)を排除した「単純明快で威勢のよい議論」は、合理的決定のようで実はそうではなく、ポピュリズムに陥っているという著者の批判は鋭い(p210)。次回は、各論をもう少し具体的にみていきたい。(続く)

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