ちゃずけのきろく

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2007/11/12 (月) ネットの不思議。

なんか消えてしまった人にさらに消えてしまったことで文句言うのって、どうよ?

結局、太宰治でも、「セカチュウ」だか「いまあい」だか、

(私は1回読んで「うーん、ハートカクテル」と思ったが。すみません、当然ほめてません)

問題になったエントリは各人が自分の好きじゃない文体に似てる、と言うことになってるようだが

消えてせいせいした、とまで書く人もいて(まーほんま、この人の「寛容」は私のとは違うわぁ)

どないせーっちゅーんじゃ、と書いたご本人さんだったら思うわな。

消したら騒がれ、魚拓とられてるんだし、消してもしょうがないか、と復活させたらまたしかられ、

それで完全に消えたら、またそのことで文句たらたら、なーんじゃ、そら。書いていいんか、悪いンか。

とにかく、消えたことをどうこう言うのはやめにしたら?書いた本人が消すのに文句を書くのが私には納得出来ん。

と言って、私は自分の日記を消したことはないが、別に消したっていいとは思う、本人の書いたものだもの、

なんの不都合があるもんか、そういうことまで非難の対象にするのはどこかおかしい。

私は例によってよく知らんが「徳保さん」とか言う有名人がこのはてなには存在するらしく

その人が「日記は残しましょう」運動を展開しているようだ。

基本的には日記は消すような種類のもんではないと思うがそれでも日記を焼く行為が法律で禁じられてるわけじゃなし、

何でまた個人で好き勝手書いてる「日記」を消したのでそんなに文句言われなきゃいかんかね、

しかも「消したのはこういう人だから、どーのこーの」って、あのですね、アホみたいですよ?

今更そんなこと書いてなんになるんですか。消したら消したで、ああそうですか、残念でしたね、となんでならんかね。

アホなブコメ、書くのも自由、たらたら個人の事情を書くのも自由、

くだらん日常書きっぱなしで1回も消さないのも、こりゃー消えねばならんか、と全部消すのもすべて自由。

消してもここまで書かれるか、死者につばをはきかけてるみたいだな、いや、趣味の問題でしょうな、

私はしませんが、したい人はたくさんいるんですな、なーんで、消した後でもこうも言われるンか、そんなに悪いことをしたんか。

はてなはひょっとして不幸自慢の日記なのか、不幸だけしか書いたらいかんのか、これもこれでまた気持ちの悪い世界だよな。

前々からなんでここはこんなに騒ぎが多いのか、どうにも不可思議だ、と思っていたら、

最近になっておお!と、割と「板出身」って人が多いんだね。と言って、私は「板」ってよくわからんかった、ダーリンにきくと

それは多分「2チャンネル出身」ってことじゃないかと、ほぉ、なるほど、ぽん、と、好きなんだね、あれこれ話し合うのが。

そうか、はてなは2チャンネル日記だったか、ああ、だから「はてなにいながら、、」って発想が生まれるのか、

やっとわかった。ほんで「過去ログがどーのこーの」となるのか、ほぅほぅ。(ってなにが?)

まあ、それはさておき、個人が日記を消したことまであれこれ非難するのはちょっとね、と私は思うのでした。

とにかくわからんことが多すぎで、私はなんでフナムシはしごたんと呼ばれるのか未だにわからんな。

わからんのに口を出すな、と言われるのもわかってるけど、わかってなくても口を出す、そしてわからんと書く、

これもやはり個人の日記ならではのことですな。

私は自分の日記は消しませんが、他人が消しても別にかまわない派、です。それで非難するのは変です。

フナムシのところが読めなくなっている。(今朝、8時現在)基本は何書いてもいいはずなのに、これはこれで変だな。

他のところを拾い読みした限りでは、あのね、他人の目から見てこれ見よがしなまでに幸せそうな人間

実はそれほど幸せじゃない場合が多いんですよ、それからはち切れんばかりの幸せに持続力はないですな。

幸せにそれほどの体力はない。なにを書いたのか、見えたらいいんだけどね。

個人の日記が「発禁」になるってのも不可思議だ、はてなで書いたら?

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