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2015-02-25

そこは変えたらいかんでしょう。「花燃ゆ」第8話「熱血先生、誕生」

22日の夜にtwitterのTLが騒ぎになっていたようだが(放送を見ていないから無視していたが)、こういうことだったのか。

放映日

2月22日(日)

出演

  • 高良健吾(高杉晋作)
  • 富田佳輔(玉木彦介、玉木文之進の長男)
  • 内野謙太(松浦亀太郎、魚屋の子)
  • 芳本美代子(吉田イク、稔麿の母)

公式サイト

粗筋

久坂玄端は貧しい藩医だが日本の現状に人一倍危機を感じ、猛烈に勉学に励んでいる。読むべき本を探し、熊本藩士の宮部鼎蔵にまで会いに行くが、宮部からは、長州藩には吉田寅次郎という傑物がいると教えられる。さっそく国防に関する自身の考えを述べ寅次郎に手紙を書くが、寅次郎からは痛烈な批判の返事が届く。激昂した久坂は、何度か激しい手紙のやりとりをしたのち、(文の口車に乗って)寅次郎に会いに行く。寅次郎からは「僕が教えることは何もない。共に学びましょう」と言われる……。ちなみに、久坂玄端はこの時16歳だ。

雑感

野山獄での様子を見、「分かち合う」ことの大切さを知った文は、兄・寅之助に私塾を開くことを提案する。蟄居を命じられているため、外出はできない代わりに、家に人を呼べばいいだろうと。生徒がいないという寅之助に対し、「人は私が集めます!」と言い、さっそく入江九一・野村靖・吉田稔麿らに勧誘して回る……のだが、吉田寅次郎をバカにするのもいい加減にしろと言いたい。寅次郎は、文に言われなければ何もできない間抜けだったのか。そうではないだろう。重要な人物がしばしば主人公の引き立て役になって割を食うのはよくある話だが、やっていいことと悪いことがある。そんなことをしなくたって、文を引き立たせることはできるはずだ。

文が寅次郎の使いで久坂の家に行き、久坂が手紙を読んでいる間に「なんて書いてあるのだろう」と気になって後ろから覗き込むシーンもあったが、これも言語道断。こんなはしたない真似は現代でも通じないが、当時の武家の娘の振る舞いとしてはあり得ない話である。また、久坂を兄に合わせるために文が取った方法は失礼極まりないもので、目的がどうあれ、あとで謝って済む類のものとは思えない。こういうことをさせちゃいかんだろう。

寅次郎と久坂の手紙のやりとりは、なかなか迫力があって面白かっただけに、残念である。

今日の百合之助

獄から出てきて帰宅した寅之助に対して、かけた言葉は「風呂に入れ」。

今日の梅太郎

子が生まれる。原田泰造や久保田磨希の顔を見ているとずいぶん遅い出産だと感じてしまうが、梅太郎は28歳です。

今日の椋梨藤太

先週、伊之助に理解を示した(ふりをした)のは、政敵である周布政之助の力を弱めるために、周布派閥に属する伊之助を自分の派閥に鞍替えさせようとした、ということか。椋梨藤太の世話係を任じられた伊之助は、周布政之助から裏切り者とののしられる。あれで周布派はばらばらになるだろうと椋梨はほくそ笑む。

今日の寿

椋梨美鶴に招かれ遊びに行く。集まっていた武家の奥様衆から、着るものの良し悪しもわからず化粧の仕方も知らない田舎娘とバカにされるが、椋梨美鶴からは可愛い子と言われ舞い上がる。さらに着物までもらってしまい有頂天に。伊之助は苛立ち、そんなものをもらうなと怒鳴るが、事情を知らない寿は意に介さない。

今日の玉木文之進

自分の息子を厳しく教育するも、寅次郎に比べてあまりにも物覚えが悪いため、憤慨する。久しぶりに登場したと思ったらギャグパート担当だった。いやギャグじゃないんだけど。ギャグじゃないんだけどさ……。

今日の高杉晋作

遊女との色事の真っ最中に「つまらん。つまらなくて死にそうだ」とつぶやく。

配役

  • 高杉晋作の高良健吾、杉敏三郎の森永悠希は、初回にもチラと映ってはいたが、実質的には今回が初登場。いや、高杉晋作の本格的な登場は来週か。
  • 入江久一、野村靖、吉田稔麿、再登場。今回から常連になるか。入江すみ、吉田ふさも再登場。

1856年における満年齢(役者の年齢は放映日を基準とした)

役柄 役者 
杉文13井上真央27
杉寿17優香34
杉百合之助52長塚京三69
杉梅太郎28原田泰造44
吉田寅次郎26伊勢谷友介38
久坂玄瑞16東出昌大27
高杉晋作17高良健吾27
吉田稔麿15瀬戸康史26
入江九一19要潤34
野村靖14大野拓朗26

リンク

2015-02-24

吉田松陰の怒りを説明する

「あずみ」という小山ゆうの漫画作品がある。江戸時代初期、幕府方の暗殺集団の一員であるあずみという少女を描いたもので、単行本は全48巻で完結している。その後、続編として「AZUMI」が描かれた。やはりあずみという少女の刺客を描いたものだが、舞台は幕末に飛んでいる。昨年完結した。単行本は全18巻。二人の「あずみ」に何か関係があるのか、作品中では明らかにはされていない。実在の人物がたくさん出てくるが、むろん架空の物語である。

小山ゆうのちゃんばら好きは有名で、本作も、第一にはあずみが特殊な武芸を用いて並み居る屈強の男たちを瞬殺していくアクション漫画である。また小山ゆうのユーモアのセンスは超一流であり、随所に盛り込まれたコミカルなシーンは本当に笑える。そのため、殺戮者を描いていながら、全体としてはあまり悲惨にならず、明るい話に仕上がっている。

しかし何よりも、時代劇である。それは舞台が江戸時代だから、ではない。その時代の空気(社会情勢とか人々の考え方とか)が非常によく描けているからである。たとえば「AZUMI」においては、長い間、身分制度の枠にとらわれた社会の中で、身分の低い者ほど理不尽な思いをすることが多く、それを(身分が低いから)当然のことと受け止めはするけれど、やり場のない怒りを澱のように腹の中に溜めている。だからこそ、超法規的なあずみの存在価値があるのである。

だから、背景となる時代のことをある程度知らないと、面白さがわかりにくいだろうが、そこは随所に説明がなされている。決して、歴史のお勉強をするようにくだくだしい解説があるわけはない。が、知らない人はなるほどそうかと思うだろうし、知っている人もそうそうと納得する、簡潔でわかりやすい説明である。それが小山ゆうの巨匠たるゆえんであるが。

「AZUMI」の物語が始まる時には、既に吉田松陰は死んでいる設定だが、序盤で、高杉晋作が新平という若い長州藩士に、松陰の教えを説く場面がある。そのセリフをまるごと引用してみる。

新平「どうして各藩の武士たちは横浜にいる夷敵どもを襲撃に行って追い出さないのでありますか」

晋作「新平は、そうしたら異人どもは降参して逃げ出していくと思っているのか?」

新平「日本の武士が夷敵どもに負けるはずがありません!」

晋作「新平は……でっかいインドや清国が西欧列国の植民地に、つまりは奴隷国にされちまっていることは知っているな?」

新平「はい。だからこそ攘夷をしなくては」

晋作「だが、残念ながら新兵……西欧列国と全面戦争などしたら、悔しいが日本もかなわない」

新平「えっ!?」

晋作「武力も国力もはるかに上なんだ。敵の方が……」

新平「えーっ、う、嘘でしょ? ……そ……そんな……」

晋作「嘘ではないんだな、これが。だが、それでも攘夷はしなきゃならないんだ。奴隷国にされないためにはどうすればいいか……僕たちの師・吉田松陰先生の叫んだ攘夷とはどういうものかを説明してやるからよーく聞け、新平!」

新平「はいっ」

晋作「わかりやすく国を人にたとえて……新平、おまえが日本国で僕が西欧列国だとしよう。『おう、日本国さんよう、ええかげん開国をしろよ! 条約を結べってんだこのやろう』と、こうやってきた。そうしたら幕府である新兵は、『ああーっ、僕は戦いませんから攻撃はしないでね。条約を結びますからどうか仲良くしましょうね。わはははははーっ』と、こうやっちまった……。だから奴らは、『よーしよし、殴ったりしないからいい子にしろよ。子分にしてやろう。まずは金を出してもらおうか』そうして、奴らが儲かって日本だけが損をする、不平等条約を結ばされちまったってわけだ。奴らこれから、日本を奴隷国にしていくつもりだからな」

新平「うぬーっ……」

晋作「なら、どうすべきなのか? 奴らがこうきた。そうしたら新兵は、『おう! なめるんじゃねえ! それほど条約を結びたいなら結ばんでもないが、なめた条約結ばせようってんなら、刺すぞこら! とことん抵抗して戦いまくってやるから命捨てる覚悟で来やがれ!』と、牙を剥かんとだめだ。そうすりゃ奴らだって傷を負いたくはないから、『まあまあそう怒るな……俺たちは貿易をしたいだけだ……とりあえず条約を結ぼうぜ』と……ちょっと腰が引ける。無論、結局は植民地にするつもりは変わらんが、対等な条約さえ結べりゃあ時を稼いで、その間に日本を大急ぎで強い武力を持つ国に変えていける。いいか! ハッキリ言えることは……弱腰で降参して結ぶ条約と、とことん戦うぞ! という気概を見せて結ぶ条約とでは、天と地の隔たりがある! ということだ!」

新平「……(感激してうなずく)」

晋作「僕たちの師・松陰先生が、命を懸けて……『日本の若者たちよ立ち上がれ!』と叫んだのは、『不平等条約を撤廃するためには……弱腰政府など倒してしまえ! 日本中の若者たちが立ち上がって、一つになって、夷人ども! 日本の侍は奴隷などには絶対ならないぞ! と牙を剥け! 百年後、二百年後の日本人のために、今!! 若者たちよ立ち上がれ! 狂え! 狂気を見せろ!』それが松陰先生の叫んだ……攘夷なんだ……」

漫画ではちょうど10ページ。ちょっと長く感じるが、全18巻のうちの10ページだからほんのわずかである。しかし、日本の危機的状況と松陰の問題意識がよくわかる。文章だけだとわかりにくいが、漫画では高杉晋作が素晴らしい演技を見せるため、とてもわかりやすい。これがあるから漫画が生きるのである。

上記をそのままドラマでやったとして、せいぜい10分程度だろう。その10分の時間がないとは言わせない。ここ数年、伝え聞くところによれば、大河ドラマの制作スタッフは、「わかりやすい作品を」「視聴者のみんながみんな歴史に詳しいわけではないから」ということを言っているらしい。みんなが詳しいわけではないのは事実だろうし、わかりやすい作品を目指すことそれ自体は賛成である。しかし、やり方が間違っている。わかりやすい作品とは、歴史的状況の説明を避けることではない。わかりやすい説明を適宜はさむことなのだ。

「花燃ゆ」の制作スタッフは、今からでも遅くない、「あずみ」「AZUMI」を全巻入手し、その巧みな技を学ぶべきだ。

AZUMI?あずみ?(1) (ビッグコミックス)

AZUMI?あずみ?(1) (ビッグコミックス)

AZUMI?あずみ?(2) (ビッグコミックス)

AZUMI?あずみ?(2) (ビッグコミックス)

AZUMI?あずみ?(3) (ビッグコミックス)

AZUMI?あずみ?(3) (ビッグコミックス)

2015-02-22

肝心なことをちゃんと描いてほしい。「花燃ゆ」第7話「放たれる寅」

なんだかもういいや、という気になって、放映日には見ず、脱落しかけたが、やっぱりせっかくなのでと思い直し、タイムシフトが消える前に慌てて視聴。

悪くない。50回の中にこういう回が一度や二度あっても、悪いことはない。しかし、いいところも見当たらぬ。

出演

  • 若林麻由美(椋梨美鶴、藤太の妻)

公式サイト

粗筋

文は、なんとか寅兄を獄から出してあげたいなあと考えている。

寅次郎は「福堂策」という建策書を執筆し梅太郎に預ける。梅太郎は囚人が政に口をはさむなど言語道断と、握り潰すことに。が、文はこっそりその内容を書き写し、伊之助に見せる。中を読んだ伊之助は、寅次郎は長州藩に欠かせぬ人物だと改めて考え、それを桂小五郎に見せる。恐らく桂から水戸のご老公に渡り、水戸では「長州藩は、幕府が許した人物をなぜいつまでも獄につないでおくのか」という疑問の声があがっているとの噂が伝わる。ついに寅次郎は出獄を許され、自宅にて蟄居を命じられることとなった。

が、肝心の寅次郎は終生獄で暮らす考え。「福堂策」は「獄でさえ改めれば人を善に導く福堂となすことができる」と説いたもの、そう説いた本人がここを出ては論が絵空事になってしまうというのだ。当初、出獄を促すために訪れた家族に対し「寅次郎を連れて行くな」と騒ぎ立てた囚人たちも、寅の決意を聞いて、彼はいつまでもここにいるべき人間ではないと悟り、「獄囚が真に更生したかどうかは、獄を出なければ分からん。ここを出てここで学んだ事が世に活かされて初めて、この獄は福堂であったといえるのではないか」(大深虎之丞)と言って寅次郎を送り出す。

獄を出た寅次郎は、迎えに来た伊之助と文に対し、自分は21回猛々しいことをすると宣言。「脱藩し、建白書を送り、密航を企て、まだ足りんのか?」と呆れる伊之助に、「それで3回だな、あと18回だ」と答えるのだった。

今日の梅太郎

寅次郎の面会に行くたびに、美貌の高須久子が気になって仕方ない様子。しかしそんな気持ちは妻の亀にすっかり見抜かれていた。

今日の寿

夫に「なぜ兄上のためにそこまでされるのですか?」と尋ねると、伊之助は「あいつを見ていると、わしも頑張ろうという気持ちになるんじゃ」と答える。寿は「旦那様には私がおります。この子もおります」と詰め寄る。

椋梨藤太

もともと吉田寅次郎のやることに批判的で、今回も厳しい処分を下すべきだとする派の中心人物だったはずだが、伊之助の減刑嘆願運動に気づいていて、やり方を遠まわしに示唆したりする。またダイレクトには描かれなかったが、最終的に敬親に減刑を進言したのは椋梨藤太だったと思われる。実はいい人だったのか? 何か裏があるのか?(伏線ぽくもあり、そうでなさそうでもあり)

雑感

寅次郎を獄から出すまでの経緯は悪くなかった。まあ、梅太郎の浮気心も伊之助・寿の夫婦関係の描写もいらないし、殿が自宅蟄居を命じているのに獄から出ないというのも変だが、そのあたりは片目をつぶってもいい。

今回の肝は、寅次郎が娑婆に戻ってきたことである。その寅は、過去の行為を反省するどころか、あと18回も同様の行為を繰り返すと恐ろしいことを宣言しているのである。では、寅次郎はなぜ、命の危険を顧みず、家族に迷惑をかけてでも、こうした「猛々しいこと」をしようとしているのか? これが大事なのに、そのことに関する説明が全くなかった。

本当は、ここに至るまでに十分な説明がなされているべきである。なぜ黒船がやってきたのか。なぜ黒船を見て、多くの人が大慌てしたのか。黒船に対して、幕府はどういう対応をしたのか。西欧列強は、今後日本をどうしようと考えているのか。これまでに成されていれば、今回くどく繰り返すには及ばない。が、初回から今回に至るまで、これに関してまるで説明がない。だから寅次郎の怒りや焦りが全く伝わってこないのだ。物語の前年に日米和親条約を締結したことが、伊之助の桂小五郎への手紙の中でさらりと触れられていたが、それだけ。どういう経緯で結ばれた、どういった内容のものかはスルー。

だから伊之助が「長州藩にも反射炉を作り、西洋船を作らなければならない。そのためには洋学校が必要だ」と叫んでも、寿ならずとも、この人なに一人で熱くなってるの? そもそも反射炉ってなんなの? 莫迦なの? 死ぬの? としか思えないのである。

別にホームコメディをやっても、学園ドラマをやってもいいと思う。しかし時代劇である以上、その時代の事情を視聴者にきちんと伝えた上での話だろう。ここをしっかりと描かないと、これから先長州藩が倒幕活動を開始しても、単なるテロでしかないことになってしまう。まあ、どんな大義名分があったってテロはテロなんだけれども。

1855年における満年齢

役柄 役者 
杉文12井上真央27
杉寿16優香34
杉百合之助51長塚京三69
杉梅太郎27原田泰造44
吉田寅次郎25伊勢谷友介38
小田村伊之助26大沢たかお46
毛利敬親36北大路欣也71

少子高齢化はここでも深刻なのだった。

その他

  • 野山獄では、吉村善作の音頭で句会が開かれる。寅次郎だけは知らされていなかったが、今回のテーマは「別れ」であった。順番に詠まれる歌を聞いている途中でその意図に気づいた寅が立ち上がって演説を始めるが……、みんな一人一人作品を作ってきたんだろうから、中断せず最後まで発表させてやれよ、と思った。
  • 文が「福堂策」を伊之助に見せ、それが回りまわって毛利敬親のところに届く、という手法はアリだと思った。4年前の大河なら、主人公ちゃんが殿様に会いに行っていただろうから。すべてを文の手柄にする必要はないが、このくらい趣向が凝らされているなら受け入れられる。

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2015-02-08

今回もビミョー。「花燃ゆ」第6話「女囚の秘密」

今回は井川遙の回。ヒューマンドラマとしては面白かったが……

出演

  • 川島海荷(高須糸、久子の娘)
  • 品川徹(大深虎之丞、野山獄の囚人)
  • 日野陽仁(吉村善作、野山獄の囚人)
  • 土平ドンペイ(志道又三郎、野山獄の囚人)
  • 村松利史(河野数馬、野山獄の囚人)
  • 小浜正寛(井上喜左衛門、野山獄の囚人)
  • 渡部遼介(弘中勝之進、野山獄の囚人)

公式サイト

粗筋

高須久子は、亡くなった父の遺品を貰い受けたいと、寅次郎に面会に来た梅太郎を通じて文に頼み、高須家へ使いに行ってもらう。が、何度訪ねても高須家では文の話を聞くことを拒絶。やがて娘の糸が野山獄へやってくる。「この者は母ではありません。この女は夫が死んだ寂しさから、気に入りの三味線弾きを夜な夜な家に引き入れた挙句、密通に及んだのです」。

しかし文は悟った。久子は遺品がほしかったのではない。しつこく使いを送れば、怒った糸が拒絶を宣言するためにわざわざ獄へ会いに来るだろうと思ったのだ。そうでもしなければ、娘に会う方法はなかったのだ。母の気持ちを知らされた糸は、「私は生涯あなたを憎みます。憎んでいる者のことは忘れないでしょうから……」と言って去る。

寅次郎から送られてきた荷物の中に達筆の手紙があった。その文字に感銘を受け、かつ、使っている筆の先が磨耗していることに「気づいた文は、その文字の主(富永有隣)に筆をプレゼントする。贈り物に感激した富永は、他の囚人に向かい、望む者がいたら書の手ほどきをしてやってもよいと告げ、多くの囚人が富永に書を習うようになる。それをきっかけに野山獄では、互いに互いの知識や技術を伝え合う勉強会が始まった……

雑感

井川遙の名前はかねがね知っていたが、演技を見るのは初めてだ。その美貌に加えてセリフ回しも、娘に対する思いのあふれた深みのある演技も、見事であった。ただし、ひとつだけ惜しかったのは、あの喋り方は現代劇のそれであり、時代劇のものではなかったことだ。ともあれ、娘との再会と別れは、ドラマとしては見事。

一方、野山獄が勉強会に発展していくそのきっかけは文が作ったことになっている。いやはや。いくらなんでもそれはないだろう。文はただの語り部で、本人は何者でもないのだから、何もしなくていいんだよ。傑物であったはずの寅次郎が、文の前ですっかり霞んでいる。歴史ドラマとしては(この作品を歴史ドラマというなら)大きなマイナスだろう。

(2015/2/22 記)

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2015-02-03

幕末ばかりやる大河

頻繁に大河ドラマに出演する俳優さんがいる。いわゆる端役の場合は気にならない。また、「江」で徳川家康を演じた北大路欣也が「花燃ゆ」で毛利敬親を演じても、さほど混乱することはない。問題なのは、同じ時代の作品に、それなりに印象に残る役で出てきた役者が再登場した場合だ。どうしても前回のイメージがかぶってしまい、混乱してしまう。ちょっと気づいただけでも、下記の人がいる。

クロスオーバー大河

役者花燃ゆ八重の桜龍馬伝篤姫
伊勢谷友介吉田松陰-高杉晋作-
奥田瑛二玉木文之進佐久間象山-
原田泰造杉梅太郎-近藤勇大久保利通
要順入江九一-沢村惣之丞-
北大路欣也毛利敬親--勝海舟
本田博太郎富永有隣-小曽根乾堂-
高橋英樹井伊直弼--島津斉彬
若村麻由美椋梨美鶴--観行院

でも、よく考えると、これは何度も登場する役者が悪いわけではなく(同じ役者を起用するプロデューサーが悪いわけではなく)、この8年で4回も幕末を舞台にしている大河ドラマの設定自体が大問題だということだ。

これまで何度か書いたが何度でも書く。僕は大河ドラマに代表されるNHKのドラマが視聴率を気にするのはナンセンスだと思っている。実際、10〜15年くらい前は、参考にはされても、今ほど数字をうるさく言われることはなかったように思う。が、ある時期から視聴率至上主義に変わってきたように感じている。

そんなに視聴率を気にするのなら、一年おきに幕末と戦国をやればいいじゃん、と毒づいたことがある。人気があるのはその二つの時代なんだから、視聴率がすべてだというなら、そうすればいい。もちろん、そんなことはできないでしょう、つまり視聴率よりも大事なことがあるじゃないですかという意味で言っていたのだが、近年は本当に「戦国か幕末か」になってしまった。これでは、かぶりまくるのも致し方ない。

(2015/2/8 記)