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2016-03-06

2016-02-21

滝川一益退場か「真田丸」第7回「奪回」

公式サイト

出演

  • 石井愃一(木曽義昌)
  • 前川泰之(春日信達、元武田家家老・香坂弾正の次男)
  • 山西惇(板部岡江雪斎、北条家家臣)

2016-02-14

えっ、松が……!?「真田丸」第6回「迷走」

公式サイト

出演

  • 細田善彦(北条氏直、氏政の息子)
  • 谷田歩(森長可)
  • 小日向文世(羽柴秀吉)

粗筋

そうでなくても、昌幸があっちについたりこっちにつく素振りを見せたりと複雑なのに、一ヶ月も経つ(見てから感想を書くまでに)からいろいろと忘れてしまっているでござるよ……

今日の松

信繁、三十郎、茂誠らは女性陣を連れて安土城を逃げ出すが、元より着物を着た妙齢の女性を連れてさくさく逃げ出せるわけもなく、中には乳飲み子を抱えた女もいて、たちまち見つかってしまう。絶体絶命……そこへ佐助が合流。いったんは押し戻すものの、いかんせん多勢に無勢。戦場できれいな女子を見つけたら男の考えることはひとつ。それを拒否する松は崖から身を投げる。茂誠は、せめて松のそばにいたいと、この地で暮らすことを決意する。

今日の昌幸

信幸は、われらは織田についたのだから、信長が死んだからといって裏切るのはおかしい、ここは滝川一益とともに明智を討つべしと主張、昌幸もその意見を容れて滝川一益を説得。そして国衆にも協力を要請するが、前回は信長亡き後は上杉につくといっていた昌幸の言い分を誰も信用せず、北条につくという。氏政の息子、氏直は、信玄公の孫だからだ。仕方なく昌幸も北条につくという。

昌幸の真意は、今の段階では誰につくか決めず、時間を稼いで様子を見たいと思っているのだ。

今日の信繁ときりと梅

信繁は、人質奪還に失敗し姉を失ったことを激しく悔いる。「兄より才があると思っていたが、自分は役立たずの次男坊だ」と梅に激白。

きりは「そんなことないって言ってほしいんでしょ」と痛いところを突く。まさにその通りだったのだろうが、ますます嫌われる(信繁にも、視聴者にも)ことになる。

梅は、「何か言ってくれ」との信繁に対し、こう答える。「もし真田の里に何かあった時は、必ず私をお助け下さりませ」と。つまり、自信をなくしている信繁に対し、あなたの力を信じている、あなたを頼りにしていると訴えかけたのだ。案の定、この梅のセリフで信繁は自信を回復する。

今日の信尹(のぶただ)

上杉から急遽戻され、今度は北条へ交渉に。滝川一益がここを動けないと明智を討つのを渋っているのは、いなくなった途端に北条が攻めてくるのを恐れているのだ。信尹は、滝川が動いても北条は攻めない、という約束を取り付けることに成功。氏直はなんでそんな約束をするのかと氏政に疑問を投げるが、氏政は、こう約束して滝川が動いたら約束を反故にして攻め取ればよいと不吉な笑いを浮かべる。

今日の人質

真田は今度は滝川に人質を差し出さなければいけないことに。薫は断固拒否。とりが「私が行きましょう」と告げる。身の回りの世話をしていたきりとともに人質へ。

今日の出浦昌相

松を失った失意の信繁が信濃に戻る途中、森長可に随行していた出浦昌相に会う。信繁が「明智が天下を取るのでしょうか」と訊くと、こう答える。

「どれだけ味方を増やせるか。主人を不意打ちで襲う人間に、与するものは少なかろう」

「素っ破(忍びの者)は目先の損得では動かぬ。一度家臣と決めたからには、最後まで尽くすのが我らの流儀。乱世なればこそ、我らの流儀に値打ちが出る。素っ破は戦では死なぬ。素っ破が死ぬ時は、信用を失った時」

カッコよかった。これまでを通じて最高の名セリフ、と言いたいところだが、これをなぜこのタイミングで出浦が言うのかは不思議。国衆の中では出浦が一番真田昌幸を買っているようだが、昌幸の行動は出浦の理念とはかけ離れていると思うのだが……

今日の秀吉

羽柴秀吉がチラリと初登場。ここまで全く登場していないというのもすごい使い方だ。滝川や家康がぐずぐずしている間に明智は秀吉が討ち取ってしまった。となると、この後は秀吉の発言権が急速に強くなるだろう。滝川についてもいいことは何もなくなってしまった。いったいどうすればいいのか悩んだ昌幸は、岩櫃城と沼田城を真田の手に取り戻す決意を固めるのだった……

感想

松を失ったことに対し、三十郎は「どうしようもなかったのです。お気の毒でしたが、松様のことは忘れましょう」と信繁に告げる。信繁は、自分の力が足りなかった、なんとかできたのではないかと考えるのだが……

松一人なら、馬にも乗れるし、助かる可能性はあっただろう。しかしあんな女子どもをぞろぞろ引き連れて敵の目を逃れられるわけがない。信繁の失策は、松から「みんなを助けて」と言われた時に、「ダメです。姉上のみお助けいたします」ときっぱり言えなかったことだろう。

そもそも、人質になっている女子衆は、これから明智が味方を増やすにあたって大いに利用価値があるわけで、意に添わぬ使われ方とはいえ、人質に危害を加えるとは考えにくい。むしろ大事に取り扱ってくれたはずだ。しかし、戦場の末端の兵隊に囲まれれば手荒な扱いとなろうし、命の危険も出てくる。仮に襲われなくても、ろくな食料も着替えもなく何日も旅を続けるのはそれだけでも命がけだろう。つまり、あの人質たちは逃げる必要はなかったのだ。

その辺りの状況判断が瞬時にできなかったところが、若い信繁の甘さだったということになろうか。

(2016/3/14 記)

2016-02-07

穴山梅雪退場「真田丸」第5回「窮地」

信繁は混乱する安土城から松を救おうとするが……。徳川家康は「伊賀越え」を敢行。

公式サイト

出演

  • 村上新悟(直江兼続)
  • 浜谷健司(服部半蔵)
  • 栗原英雄(真田信尹(のぶただ)、昌幸の弟)

粗筋

本能寺の変が勃発し、信長・信忠死す。天下を狙う信長+抵抗勢力、という雰囲気だった戦国の地図が一気に塗り換わることになる。武田から織田に乗り換えて一安心と思った真田も窮地に立たされる。

家康は、京にとどまっているのは危険だが、逃げても追われるだけ、どうしたものかと思案を重ねる中、服部半蔵の協力が得られることになり、伊賀を越えることにする。ただし半蔵の手配も完璧ではなく、途中、何度か危うい目に遭う。穴山梅雪も家康に同行していたが、ここで家康と心中したくないと腰痛を理由に別行動を取ることに。が、結局穴山梅雪は襲われ殺され、家康は助かって岡崎城に戻る。

昌幸の元に本能寺の変の知らせが入る。信じられない話だがどうやら事実のようだ。このまま織田につくか、改めて上杉、あるいは北条につくのか。迷う昌幸。とにかく松の身が心配なので、佐助を急ぎ安土へ急行させる。

松についていった信繁は、本能寺の変の情報をつかむや、松を連れて安土を逃げ出すことに。が、安土には松だけでなく大勢の女子衆が囚われている。皆を連れて行きたいという松の強い意見に信繁も矢沢三十郎も小山田茂誠も断わりきれず、大勢を連れて逃げる羽目になった……

昌幸は上杉につくことを決意。さっそく弟の信尹(のぶただ)を上杉景勝の元へ送る。しかし上杉の返事は、受け入れはするが織田を叩くことはしない、というものであった。戦が長引き、上杉には織田に攻撃を仕掛ける余裕はなかったのだ。

今日の昌幸

明智光秀からの、味方につくようにという書状を持った使者がやってくる。使者は、これから信濃の国衆を順に回るというが、昌幸は使者を軟禁。それから国衆を集めて事態を説明し、この書状が自分のところへ来たということは、光秀は自分を小県の長と考えている、と話す。策士というか、こずるいというか。

今日の滝川一益

まだ信長の事件は伝わっておらず、昌幸や信幸相手に呑気に信長の話をするのだが、その話は「圧倒的な力を持つ者がいれば、戦を起こす意味がなくなる。そうすれば世の中から戦がなくなる。信長様が望んでいるのはそういう世だ」というもので、このセリフは心を打つ。誰もが自分の領地を守るため、より裕福になるため、戦は避けられないものと考えていた戦国時代に、こんなとんでもない理想を掲げていたとは……と、昌幸・信幸の目から鱗が落ちる。

のちに家康がそういう世を実現するわけで、誰だって戦いくさの世の中より命を落とす心配のない世の中の方がいいに決まっている。けど、そういうことを戦国時代の大名たちは、本当に意識していなかったんだろうか? 誰が、いつからそういうことを考えるようになったのだろうか?

感想

戦国の一大事件「本能寺の変」がナレーションによる説明とほんの1〜2分の絵で終わってしまったため、ネットなどでは「ナレ死」などと喧伝されているようだ。しかしこれは当たり前だ。真田昌幸、繁信らに取って本能寺の変とは、「せっかく織田について一安心と思ったら、また混迷の戦国の世に逆戻り」という点が重要なのであって、戦そのものは関係のない話。関係ないことはさっさと済ませないと焦点がぼける。「お江」の時に関が原をあっさり片付けたのとは違う。この判断は正しいと思う。

信長死すの情報が拡散する様子(伝わらないことも含めて)の描き方が面白い。現代では、テレビやネットで事件は瞬時に伝わるが、文や口頭で伝えるしかなかった時代は、当然のことながら温度差がある。織田直下の家臣でありながら情報の伝わらない滝川、しかしその滝川から信長の野望を語られるなど……

伊賀越えは、大河史上に残る画期的なシーンとなった。なにしろ、ここまで臆病で小心者の家康が、かつていたであろうか! ここまで間抜けな服部半蔵がいたであろうか! でも現実は案外こんなものだったのではないだろうか。批判する向きもあろうが、自分には面白く感じられた。

(2016/3/14 記)