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窓の向こうに このページをアンテナに追加

2013-12-16

登場人物 落穂拾い

「八重の桜」の登場人物でこれまで書きもらしていた人をここでまとめて記載する。

出演

  • 中島亜梨沙(西郷眉寿(みす)、西郷頼母の妹):慶応4年8月23日、西郷頼母邸にて一族21人で自刃。26歳。辞世は「死にかへり幾度世には生きるとも ますら武雄となりなんものを」
  • 玄里(西郷由布(ゆう)、西郷頼母の妹):慶応4年8月23日、西郷頼母邸にて一族21人で自刃。23歳。辞世は「武士の道と聞きしをたよりにて 思いたちぬる黄泉の旅かな」
  • 久松夕子(西郷律、西郷頼母の母):辞世は「秋霜飛兮金風冷 白雲去兮月輪高」

あの一瞬だけのモブ役だと思ったけど、それなりの人物が配役されていたようだ。中島亜梨沙は元宝塚・月組の娘役スター。なんとTOEIC870点だとか。

  • 山崎銀之丞(江藤新平)

2013-12-15

NHK大河第50回「いつの日も花は咲く」

公式サイト

http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/

粗筋

日清戦争始まる。八重は従軍篤志看護婦として負傷兵の看護に勤める。これまで戦場は男の世界であり、看護婦といえど女がいることを露骨に嫌がる人も少なくなかったが、八重は澄ました顔で「道は私たちが作ればいい」と他の看護婦を励ます。そして叙勲。民間人の女性として初の叙勲は会津の人間だった。

佐久、登美(ジョーの母)、久栄、山川浩が死ぬ。

日清戦争の戦勝に沸く日本では、日露戦争に向けて好戦ムードが高まっていた。率先して大衆を焚き付けていたのは徳富蘇峰らであった。八重は徳富蘇峰を呼び、大きな力は、未来を切り開くために使わなければいけないと説教する。

雑感

何はともあれ、50回を一度も休まず見たので、お疲れさまでしたと言いたい。まあ大河ドラマはこれで4年連続で完走してはいるのだが、感想文を50回分一度も休まず書いたのは今年が初めてであり、我ながらよくやったと思う。

そのような意味でそれなりの感慨もあるにはあったが、ドラマの内容は言っちゃナンだが支離滅裂で、感動しようのないものだった。twitterなどで他の人の感想を読むと、感動した、最高だったという人も多かったので、自分だけの感じ方かも知れないが……と一応お断わりしておく。

八重の叙勲はニュース価値が高い。民間人の女性として初、という点もそうだし、八重自身にとっても、山本覚馬や新島ジョーのアシスタントではなく、自分自身の活動が世間に認められたものであり、彼女の人生のハイライトになるはずである。しかしそこに到る過程がほとんど描かれなかった。今回、15分くらいそれらしい描写があっただけ。これだけ見ても、とても叙勲に値する活動には思えない。最終回に叙勲したことから遡って全50回を俯瞰すると、会津戦争で活躍したことが叙勲の対象だったかと思ってしまうくらいだ。

八重「初めての事には、いつでも反対する人がいんだし。やってみせんべ。道は私たちが作ればいい。誇りを持って働いてくなんしょ」

その15分の描写もよくわからない。最初は戦場に(つまり中国に)病院が建っていたのかと思ったが、舞台は広島陸軍予備病院だそうだ。それなら戦場ではない。それなのになんで「戦場は男の世界だ」と言い出す人がいるのだ? また敵味方分け隔てなく手当てをしたのは立派だが、なんで清国人がいるのだろう。傷ついた清の人をわざわざ海を渡って広島まで運んできたのは誰なんだ?

日清戦争後、茶道を始めた描写があった。これまで男の世界だった茶の道は、現在ではむしろ女性の嗜みごとというイメージが強いが、変わったきっかけは八重だそうである。それは番組後の解説(紀行)で知った。そういう大事なことはドラマの中で描こうよ。

徳富蘇峰への説教の内容も単純にうなずけるものではない。会津戦争を通してさんざん辛い目に遭った八重は、戦争はできれば避けるべきだ、人が死ぬのを見たくない、という気持ちが強いのはわかるが、日清戦争にしても日露戦争にしても、そこに踏み込まざるを得ない事情が日本にはあったわけで、そうした事情を知らぬはずのない八重がナントカのひとつ覚えのように戦争反対を叫ぶのは納得が行かない。

ラストで空に向かって銃を撃つシーンが何を意味しているのかもわからない。いつもハイカラな洋装をしていた八重が、今回は一転して地味な和装だった理由も不明。いろいろと説明不足の多い回だ。

頼母「八重、にしゃ桜だ。花は散っても、時が来っとまた花を咲かせる。何度でも、何度でも、花、咲かせろ」

結局、これが制作陣の言いたかったことなのかもね。福島の復興を掲げて始まった今年の大河は、最後に諦めないで頑張れと言うメッセージを送ったということなんだろう。

2013-12-08

NHK大河第49回「再び戦を学ばず」

公式サイト

http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/story49/

粗筋

山本覚馬、大殿様が息を引き取るの巻。日清戦争が勃発。

雑感

今さらドラマとしての出来栄えを云々してもはじまらないのでそれは言わない。ただ、結局このドラマは何が言いたいのか? という点で、前半と真逆になってきたのでびっくりした。

もともと多くのドラマや小説その他に描かれる「幕末」は、薩長史観に基づいている。徳川幕府は統治能力を失い、国際感覚がなく、将来を見据えることができず、有能な人材*1を育成するどころか軒並み罪をかぶせて排除した……そんな彼らに代わって、薩長の人たちが世の中を一新し、明治大正を通じて世界の列強に連なる国に引っ張って行ったんだと。会津は最後まで徳川に味方して抵抗したから滅ぼされて当然なのだと。

登場する幕臣は、勝海舟などごくごく一部の人間を除いてみな愚鈍に描かれ、諸外国の事情に通じ真に国の未来を憂える志士はみな外様である。譜代のはずの土佐藩も新政府側についた。徳川宗家も最後はあっさりと万歳をしたのに最後まで抵抗した会津は世の中の動きが全然わかっていない人たちだった。

新選組はそれなりに人気があり、カッコよく描かれることが多いが、これとても、己の信念に命を賭け、最後は負けるとわかっている戦いに敢えて進んでいく「滅びの美学」が日本人の感性に妙にマッチしているからだろう。人を殺せば世の中が変わるわけではないし、内部分裂を繰り返し、敵に殺されたより味方に殺された人数の方が圧倒的に多いなど、決して賢い人たちだったと認知されているわけではない。彼らのような人斬り集団を養っていたことも、また会津のダークな側面として紐づけられている。

こうした風潮の中、珍しく(太河としては初めて)一貫して会津の立場に立ち、上記は薩長の一方的なプロパガンダであって、「会津にも義はあった」、会津人にも山本覚馬を初め憂国の士はいた、というのを描いたのが本作の会津編だったと思うのである。薩長の人間が必ずしもすべてに正しかったわけではなく、自分たちの立場を守るために会津に犠牲を強いたのだと。こうした会津(福島)の犠牲の上に成り立つ中央の繁栄という構図は、現在でも変わっていないじゃないかということをきちんと描いていたところに価値があったと思うのだ。

それがなんですと? 「薩長にも義はあった」ですって? 「会津は別の道を選ぶこともできたはずだ」ですって? 

要するに、前半で会津を徹底的にageてきたのに、なんでここで掌を返してsageちゃうんですか!? ということですよ。おかしいじゃん。

こういうのを見せられると、やっぱり会津編がどこかの偉い人の逆鱗に触れてしまったんじゃないかという「陰謀説」が、自分の中で再燃してしまう。そのような横槍が入ったがために制作陣がすっかりやる気をなくしてしまったのが明治編だと。そう思えばあの内容(ドラマとしてのレベルの低さもそうだが、政治に全く触れずに家庭内・学校内騒動ばかり描いていたこと)にも納得できる、というか、そうとでも思わなければ納得できない。

再び「京都守護職始末」が登場した。川崎尚之助の意思を継いで、この草稿を山川兄弟が完成させるのだそうである。以前も書いたが、どうして山川兄弟の偉業をこんな風に貶めなければならないのだろう。この点も納得がいかない。

*1林子平とか高野長英とか吉田松陰とか

2013-12-01

NHK大河第48回「グッバイ、また会わん」

公式サイト

http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/story48/

粗筋

ジョーが息を引き取るの巻。

雑感

臨終の場面でのオダギリジョーの演技は見事だったし、それなりに感涙を誘うシーンではあった。しかし、これまで何度も「今回でジョーが死ぬのか?」と思わされた挙句だったから、ようやく死んだか、とほっとしたというのが正直なところ。思わせぶりなタイトルで引っ張るのは、視聴率が思わしくないことも理由のひとつかも知れないが、これでは「死ぬ死ぬ詐欺」である。詐欺の被害に遭うと、遭った側は非常に不愉快になる。こうしたことを制作側はどのように総括しているのだろうか。

2013-11-24

NHK大河第47回「残された時間」

公式サイト

http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/outline/story47/

粗筋

ジョーの命が長くないことを告げられるの巻。

雑感

毎回毎回、言いたいことはたくさんあるのだが、突っ込む気力もないというか、そういうレベルの作品になっちゃったんだなあという倦怠感が先に立って、まあ文句を言わずにおとなしく見ていましょうという結論である。

しかし今回の、「大学は他の人でも作れる」には心底、驚いた。これだけは聞きたくなかった。

「大学なんかいらねえ! 一年でも一日でも長く生きようと、なぜ思ってくれねえのですか? 私は襄を失いたくねえ。同志社は大事だ。日本は大事だ。だけんじょ、この世のどんなことも襄の命とは引き換えにはできねえのだし。大学は他の人でも作れる。襄でなくとも」

ジョーが大学設立のために命を削って奔走しているのを見て、少しでも長生きしてほしい、そのために無理をしないで安静にしていてほしいという気持ちからの言葉であるのはわかる。それにしたって言い方というものがあるのではないか。もし自分だったら、「大学は他の人でも作れる。襄でなくとも」と聞いた瞬間、これまでの人生はなんだったんだと絶望して心臓が止まってしまうだろう。

しかも、それをもっとも身近で、最大の味方だと思っていた人の口から聞かされるなんて。「同志社はジョーでなければ作れなかった」とどんなにか言ってほしかっただろうに……。いや、ジョーはそういうモチベーションで仕事をしているわけではないのかも知れないが、視聴者はそういうセリフを聞きたかっただろうに……。

尚之助はなんで死んだのか。いや、死ぬ前になんと言ったのか。人間の「誇り」は命より崇高だということを、オマエは尚之助から学んだのではなかったか。これでは尚之助も浮かばれないし、ジョーも浮かばれない。

もし自分が八重の立場だったら、「同志社はジョーでなければできなかった。ここまでやってこれたのはみんなジョーの力だ。でも、もうこの辺で人に任せてもいいのではありませんか。そうでなければ人は育ちませんよ」と言う。経験的に、優秀な人ほど自分でなんでもやりたがる傾向にあり、「それでは後進が育たない」という言葉は案外効く。

演出も脚本も、これが精一杯というなら仕方がないが、能力がないわけではないだろう。会津篇ではあれだけのものが作れたのだから、力はあるのだ。大河ドラマの方向性が途中からぶれてくる、というのはありがちだが、そして当初の構想が崩れると、あちこち話は破綻するし、スタッフのモチベーションも下がり、結果、ドラマの質に影響を及ぼすというのも考えられるが、ここまで落差がすごいのは空前絶後ではないだろうか。

いったい何があったのか、いつか知りたいものだ。10年ぐらい経ったら、誰か関係者が語ってくれないだろうか。「八重の桜」が崩壊したわけを。