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2014-03-27

#434 ウクライナの人々の声

ウクライナの人々の声

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↑(「マイダン」(独立広場)の様子)

 日本でもウクライナ関係の報道は多いのですが、欧米とロシアの陣取り合戦といった側面を強調するものが多く、普通のウクライナの人々がどんなことを考え、動いているかを伝えるものは少ないようでした。

 チェチェン問題も似ていて、「ロシアからコーカサスをもぎ取ろうとするアメリカネオコンチェチェンを支援している」と描写して、大国間のパワーゲームの解説にひたる識者もいます。それも分析かもしれませんが、やむにやまれず独立を求めたチェチェン人の歴史や、その心を知ることも大切だと思うのです。

 そんな思いもあって、今号では、ウクライナを仕事で訪れたAさんに寄稿をお願いしました。ウクライナの人々の生の声をお伝えします。(発行人)

●「キエフは落ち着いているよ」

 キエフについたのは、ちょうどクリミア半島での住民投票の日(3月16日)だった。

 政治情勢に関する評論はもう世の中にごまんと出回っているし、そんな論評めいたことを書ける情報力も洞察力も持ち合わせない。ここでは、自分がこの数週間、特にキエフ滞在の3泊4日の間に接した人々の発言やら同行先やらを紹介することで、ウクライナの実情理解の一助としたい。紹介する発言内容は、あくまでも自分が聞いた内容で、必ずしも事実と一致しない場合もあるかもしれない。

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↑(マイダンにて。「みなさん、よく考えてくれ」と大書されている)

 キエフ中心部の「マイダン」(独立広場)の抵抗勢力による占拠から武力衝突に発展して、死者が出る状況になってしまったのが2月18日。その約2週間後、知人に電話してみると、「キエフ市内は落ち着いているよ。みんな平常の市民生活をしているから。来るなら歓待する」とのこと。

 クリミアロシア軍と思われる「自警団」が現れて(これが日本語訳の定番になっているようだが、元のロシア語は、日本の自衛隊ロシア語に訳するときのсамообороны〈自衛〉だ。自分なら「自衛部隊」と訳すか?その方が実際は「軍」であるというイメージが強い日本語になるように思うが)から数日後、仕事の相手、そして20年来の知り合いに電話すると、「これはプーチンの終わりの始まりだ」と同じ台詞が返ってきた。また、クリミア首相になった人物はプーチン傀儡なのだそうだ。

ウクライナ国民の覚悟

 電話で「歓待」を表明してくれた知人は、「ウクライナ軍への動員も始まっていて、軍人経験のある人が自ら進んで再登録をしているよ。もちろん俺も、万が一の事態になったら自分の命を犠牲にする覚悟もあるし」と、あまり深刻なトーンにならないように気配りながらも、はっきりと口にする。

 そういった発言から今のウクライナ国民の覚悟のようなものを感じながらも、やはり存在する不穏な空気も感じ、自分の中ではキエフ入りに対して少し気後れが生じていたような気がする。チケットを購入した旅行代理店の人、そして航空会社に、「変更不可」の条件のチケットで入国した場合、どのような状況下になったら変更が許されるのかを確認する(外務省渡航情報の危険レベルが最高の第四段階になった場合に限られるらしい)。

 そうこうするうちに3月16日、キエフに入る日となった。乗り換えのウィーンの搭乗口、乗客の間に緊迫感のようなものは感じられない。ヨーロッパ系の人々もチラホラ見受けられる。機内も満席ではなかったものの、それなりに埋まっている。「平常通り」だ。

 到着後のパスポート審査もまったく通常通り、「ロシア語話せるの?仕事ですね?」に二つともダー、ダー、と答えてそれだけ。ただ為替レートは、半年前1ドル=8グリブナだったのが、9.7グリブナと、20%のグリブナ安(日本円も1年でそのくらい下落しているし、お隣のベラルーシ・ルーブルは2年前、ひと月で1/3に下落したりしていることを考えると、それほど劇的な暴落とも言えないような気はする)。

●マイダン(独立広場)で献花する

 迎えに来てくれている友人は笑顔だが、「毎日嫌なニュースばかり見させられて、軽い鬱状態かもな」という。「でも、先週は仕事でウィーンに行ってたし、生活はほぼ元通りだよ。車の量も変わらなくて、渋滞も、まったく減ってない、どころかマイダンが閉鎖されているせいで中心部の渋滞はひどくなってるかもな。ところでFacebookであったろ、サハリン住民投票して1945年の国境に戻すってヤツ、クリル諸島(「北方四島」のこと)でも住民投票をやって日本に返したらいい!(笑)。俺らから言えば、クリミアが惜しいわけじゃない。ロシアがそんなにほしけりゃ、くれてやっていい、でも、どうして軍隊を侵攻させる必要がある!?〈自警団〉?笑わせてくれる!」

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↑(マイダン。献花が列になっている)

 等々と話をしながら、途中で花を買ってマイダン(独立広場)に着いた。まず献花くらいはさせてくれ、という希望を聞いてくれたのだった。クリシャーチク通りが始まるところで手作りバリケードに出迎えられる。バリケードの手前にも、亡くなった方々の写真が飾られ献花できるところがある。バリケードの一部が開けられて通路になっている部分にはひっきりなしに人の往来がある。一般の人たちが訪れている様子だ。友だち同士、恋人同士、家族連れ、小さい子供もたくさん見受けられる。友人も3歳になる男の子を平気で連れて歩く。

 20代後半のこの友人は、あの日のことについて「最高会議や地域の党本部を占拠したりしたのは、煽動に違いない、でも、誰がどう煽動したのかまだよくわかってないんだよな」という。彼によれば、マイダンを長期占拠していた人の大半がウクライナ西部からわざわざ出て来た人たちだそうだ。西部出身でキエフ在住のこの友人の交友範囲でも、大学時代の同級生、そして妊娠8ヶ月だった友だちの夫の二人が命を落としている。

 花はいたるところに手向けられている。とてつもない量だ。広場のど真ん中あたりにはステージが設けられていて、何人かの中高齢の男性たちがマイクを持って一生懸命なにかを話しているが、基本ウクライナ語なので、残念ながらよくわからない。ステージ前の人だかりは、せいぜい150人というところか。回りを散歩?しているその他大勢の人々は、その集会を尻目に写真を撮ったり、散策を続けたり。まだ焼け跡がそのままになっている広場中央部の角の建物が痛々しい。

●「ロシアから、たくさんの扇動家が来ていた」

 滞在先の家庭に着く。一軒家に三世代、三家族で住んでいるという、首都キエフでは珍しい生活環境。それぞれが活動的なので休日の昼に全員が揃うことは滅多にないのだが、日本からの客人のためか、それとも少し活動を控えているのか、孫4人を含めた10人が一同に揃っている。今の政治状況を話し始めたら止まらなくなるかと思っていたが、そうでもない。とはいえ、様々な話を聞く。

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↑(クリシャーチク通り(この先が独立広場)。すでにお土産スタンドのようなもの(一応「愛国的な」モノが主なようだが)も出始めている)

 「マイダン占拠の長い期間、たくさんの人たちを家に泊めたよ。マイダンまで出向いて自分たちの電話番号を配って回ったの」「でも、キエフの人もたくさんマイダンに行っていた」「ウクライナ政権中枢には、たくさんの元ロシア国籍政治屋がいたんだよ。諜報機関でさえもそうだから、重要な情報はロシアに筒抜けさ」「マイダンの武力衝突の前後、ロシアからたくさんの扇動家がキエフにも来ていて危なかったから、市民がパトロールをしてたのよ、この中心から遠いエリアで、私たちも」「チモシェンコが、プーチン対話できる唯一の候補だとか言って、大統領に推す動きもあるけれど、チモシェンコが当選したらまた元通りよ。基本、もう彼女を信じている人は多くないと願ってるけど」などなど。

 翌日、仕事上のカウンターパートと打合せをし、夜は彼の友人たちと飲んだ。彼らは自分たちの通信を確保するためにトランシーバーを購入して、使い方の確認をしていた。すでに安い4チャンネルや6チャンネルのトランシーバーは大量に出まわっていて、万が一の場合、回線が塞がる可能性が高いということで、彼らは16チャンネルのものを入手していた。さらに、念のために妻子を西の方に明日連れて行く、という人もいた。あくまでも、起こる可能性は低いであろう最悪の事態にも備えておく、ということのようだ。

●「スラブの兄弟だと思っていたのに・・・」

 ある運転手はこんなことを言っていた。「クリミア住民投票は、普通にやっても多分過半数がロシアとの合併に賛成しただろうに。自警団だかなんだか知らないけど送りこんでおいて『俺たちの軍じゃない』、そんなバカな話が通じる訳がない。スラブの兄弟だと思っていたロシアが、ウクライナに対してまさかこんなやり方をするなんて。この遺恨は、数年とかって単位じゃ消えないよ・・・」。

 ちなみに、この住民投票においては、セバストーポリ特別市の賛成票数が住民数の125%に当たる数になってしまっていたそうだ。そんなデータに接しても、ウクライナ人の大半が「少し粉飾を大げさにしすぎたんだろ」という感じで、投票結果の不正は当たり前で、この現実の前では取るに足らない、というムードだった。

 クリミア併合の調印式の前のプーチンの演説。ある友人は「もう聞いてるだけで吐き気がしてきた」という。「何回も拍手が鳴り響いて、ソ連に戻ったようだった」と。

 プーチンの演説を放映したウクライナ国営テレビの社長に、政党「スバボダ」の有力議員が暴力で無理矢理辞表を書かせた、という動画も出回った。友人は呆れた顔で、「こういうバカな連中がいるから、ロシアに『ウクライナファシスト政権』と宣伝する材料を与えるんだ」と言う。せっかく民主的な政権に移行しようと、希望を込めて現状を見守り行動しろうとしている市民の一般的な反応だろう。

 3月19日の朝、同じ友人の家に電話があったそうだ。「プーチンは少なくとも21日まではタイムアウトを取ることにしたらしい(少なくとも軍事行動には移らない、ということだそうだ)。それまでには子どもは西部に連れ出しておいた方がよさそうだ」と。その根拠は定かではないが、おそらく様々な情報が飛び交っているのであろう。幸いこれを書いている25日現在、まだ戦火は広がっていない。

●「人生、生き急げよ」

 ある組織の所長は、ヤヌコービッチ大統領の豪華な私邸が公開された時「ロシアツァーリでさえもあんな贅沢はしていなかったはずだよ」と言っていた。

 今回の大衆蜂起の原因はそこにあるのだろう。ヤヌコービッチが政権に付いた瞬間から、どれだけその政権の腐敗についての不満を聞かされてきたか。

 僕がキエフを出発する直前に会った時、その所長は、今の情勢を一通り嘆いた後、ふと僕の目をじっと見て「人生、生き急げよ」と言った。いまだにその言葉の真意を探っている。

 帰国後、ウクライナどうだった?と聞かれると、とりあえず「キエフは平穏だよ」と答えてから、こう付け加えることにしている。「少なくとも表面上は」。

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↑(クリミアは世界的にはほぼ無名だが、コニャック(旧ソ連では「コニャック」の名称をまだ平気で使っている)の産地。ポケットボトル付きのコニャックを見つけてしまって、買わずにはいられなかった。

ウクライナ民主政権が現れ、ロシアが〈脅し〉を諦めた時にこれで祝杯をあげるか。Акцiя=Action>「行動を!」?と思ってしまうかもしれないが、単に「ボトル付きのキャンペーン」ってこと)

ウクライナへの軍事介入の中止を求める、ロシア大使館あてファックスアクションにご協力ください。くわしくはこちら: http://d.hatena.ne.jp/chechen/20140303/1393811785

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