Hatena::ブログ(Diary)

CHEEP!! さえずり喫茶 β版 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-08-18

[][]はてな年間100冊読書クラブ 二期目 28冊目〜32冊目 はてな年間100冊読書クラブ 二期目 28冊目〜32冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 を含むブックマーク はてな年間100冊読書クラブ 二期目 28冊目〜32冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 のブックマークコメント

ひさしぶりにまとめてどーん!です。読んだらすぐ書こうね、自分……。引用多めで長いのでたたみます。

パーク・ライフ

パーク・ライフ

実に淡々としていて、さらっと読めてしまった。日比谷公園舞台なのですが、こういう感覚は分からないでもないし、情景も浮かぶ。リアルにあってもおかしくないような、なんだろう、誰かの日記とかブログを読んでいるかのような日常感。特に何が起きるわけでもないのですが、偶然の男女の出会いによるちょっとしたわくわく感はあったかもしれない。まあ、違和感なども特に感じずさらっと読めました。もうひとつの「flowers」の方はもうちょっと人間くさいかんじ。元旦は、身近にいたら多分気になる存在だけど、関わったら関わったで面倒が起こるタイプのヒトかもしれない。

いづみ語録

いづみ語録

ずいぶん昔に買って本棚にあったのだけれど、ちゃんと読んでいなかった、或いはしみこまなかったかで、中身の記憶がなかった一冊。

読んでいて、すごく共感できる部分もあれば、まったく共感できない、むしろ腹が立つ、ぐらいのこともあったのですが、ともあれ、上のとは違って、さらっと読み流せるようなものではなかったかもしれません。良くも悪くも。

まあ、語録なのでね、気になった言葉をいくつか抜粋しておきます。

生きがいとは、陽の光とか、陽が沈むところを見ているとか、そういう感覚的なものだよ。その瞬間、瞬間を体験するために生きているんだなあと思う。

同意します。

女らしい女には、たいていの場合、理解力がない。それよりもっと他人のなかへ侵入できるものがそなわっている。

これまた同意します。

ことばが世界だ。自分自身からいったん離れて対象をみつめなおす冷静さがないと、ことばを扱うことはできない。わたしには、ことばの世界意識が明瞭である世界に生きていたい、という願望がある。わけがわからなくはなりたくない。

ことばを扱う人の、ことばに対しての考察を読むのが好きです。

わたしは、自分には過去がない、とおもっている。二十歳以前、というのがまるでなかったような気がする。そのころの記憶はあるのだが、感情をともなってこない。感情があったとしても、感情そのもののなまなましさはなく「あのとき、ああ感じたのだ」という、記憶でしかない。

二十歳以前、ではないけど、14歳以前、かな私は。これと同じかんじだ。

感受性が鋭くてしかも元気でいる、というのはむずかしいもんだね。

そうなのかもしれませんね。

ひとは、自分のもっているものしか、もっていないのだ

今の世の中で才能あるって言われるのはね、音楽やるにしても映画やるにしても、モノ書きにしてもさ、その分野の才能そのものよりも、むしろ政治的な才能に富んだ人なんじゃない?政治的にね、巧い人なんだよ…現代で才能ある人というのは

そう思います、ホントに。

死をおそれず、なんて不可能だ。わたしは死ぬのがこわい。死にたくない。死をおそれず、ではなく「死をおそれつつ闘う」のではないだろうか、と愚考する。暴力はいつだっておそろしい。ある暴力的な行為を「ばかばかしい」とかたづけるのは簡単だ。だが、そういうひとはどんな方法で、この世界にたいする恐怖心をのりこえているのだろうか。

死ぬのはこわい。まったくそうだ。初めてのことはいつだってこわい。ましてややり直しきかないし、さ。

死ぬという、そのこと自体は、じつにあっけないものだ。その現場にたちあえば、他人がおもうほどすごいことでないのは、すぐわかる。ひとは簡単に死ぬのだ。だれかの死がおもい意味をもつのは、その不在によってである。不在によって、死ははじまる。

こわい!!ぶるぶる。

私は客観性ということに神経質になった。思春期特有の、自分を大げさに考えるあの自意識が大きらいだ。だが、ひとりよがりになりたくないという思いの極端さは、自意識過剰の裏返しでもある。

そうなんだと思う。とても思う。

相手を信じきるという行為は、大変な偽善だと思い込んでいる。信じられる方は、全面的に頼られるのと同じだから、疲れるに決まっている。

ちょっと極端だなあとは思うけど、わからなくはないです。というのは、そんなつもりはなかったのに、「裏切られた!」て言われたときの気持ちを思い出すからです。

さして必要もないのに美容院へ行きたくなる時って、自分魔法をかけたい時みたいね。魔術的思考って、未開人ばかりじゃなくて、いまの私たちにもとりついているみたいね。

あるあるあるあるー。ちょっとしたリセットだよね、美容院って。

どうしてわたしは、こんなふうにいいかげんなことばが吐けるんだろう。すらすらと口からでてしまうのだ。リズム感さえよければ。意味は二の次だ。テンポリズムが問題なのだ。あとは全部、口からでまかせ気分しだい。

ああ、すんごい分かるそれ。テンポリズムポイントだよね。最近はもうちょっと考えて文章書くようになってきたけど。

わああ。いっぱいになっちゃってすいません。削れよって話ですが、メモしとかな忘れてまう!ごめん。

バカポジティブ

バカポジティブ

関根さああああああん!ポジティブです。たしかにポジティブです。前半は、正直、自己啓発本……??とか思ってしまいましたが、読み進めてゆくとやはり関根さんの優しさがしみてくるのでした。でも文中に「(笑)」とか入れるのはそろそろやめた方がいいと思います。すみません。せっかくいいこと、おもしろいこと書いてても、なんかそこで醒めてしまうのだわ。ブログとかならまだいいんだけど、印刷物だとなんかね…。個人的な感想ですけれども、ホントすいません。でも関根さんへの好意は変わりません!変わりませんとも!

ここで僕は、世の亭主族に考えてほしいことがあります。それは、「毎日家にいて、子どもと四六時中接しているのは奥さんなんだよ」ということ。毎日家事子育てをがんばっているのに誰からも褒められず、夫からないがしろにされ続けている奥さんの欲求不満や憤りが、子どもに向けられる可能性は大いにある、ということに気づいてほしい。そして最悪の事態として「虐待」にまでつながることだってあり得る、ということを。

(中略)

本当に子どもが大事で、健全に育ってほしいと望んでいるのなら、一日の大半を子どもと過ごしている奥さんの欲求不満を、少しでも緩和させてあげる努力をすることが先決なんじゃないかと僕は思うんです。家事の手助け、足裏マッサージイタリア式抱擁……それができたら最高だけど、でももっとカンタンな方法がある。それは「感謝一言」を口に出して言うことです。

ええ旦那さんやな〜。

穂村さんの、恋愛エッセイ。相変わらずおもしろい。妄想が山盛りだし、実話らしきところもいちいちおもしろい。おもしろいよ、ほむほむ!

グラスなどの底に必ず1センチほど飲み物を残す癖のある穂村さん、「どうして、きちんと飲めないの、いつもいつも、ちょっとだけ残して!」とフラれてしまったり会社の内線電話がどうしても使えなかったり、車の運転に難ありでうまく駐車ができず、横浜に行くときも銀座に行くときも、東京駅近くにある駐車場に停めて電車で向かったりとか。ふわふわしているかのように見えて、そこまで自分を貫けるこのひとはむしろつよいひとだとおもう。

穂村さんは文中で「ワイルド」って表現をしてるけど、ワイルドというか、わけのわからないふしぎな人っているよね。そういう人にふわふわと近づいてしまうという穂村さん。わーかーるー。なんっか気になっちゃうんだよねー。引力があるんだよねー。ムフフ

ワイルドでわけわかんない男のトラブルに関わって振りまわされる方が、優しくてわけわかる男に夜御飯を奢ってもらうより、ずっと楽しいのだ。いや、楽しいというのともちょっと違って、胸がきゅーんとなるのであろう。知ってるよ。そんなこと。行きなさい。行きなさい。行って雨にうたれて血と泥にまみれて罵って平手打ちして泣きじゃくって抱き合って、一度きりの命を燃やしてくるがいい。

ふいた↑。

人生を歩け!

人生を歩け!

町田康いしいしんじが二人で思い出の地をぶらぶら歩きながら対談していた。いしいさんも大阪出身なのね。二人のかけあいが案外おもしろいです。

いしいさんが、着ぐるみを着て、当時住んでた浅草の町を練り歩いたという話がおもしろかった。着ぐるみを着ることによって、周りの反応が変わるそうな。そらそうだろうなあ。気安く近寄りたくもなるよねきっと。

いしい:しかし、着ぐるみを着ていると、いろんな出来事が勃発するようになるんです。着ぐるみを着ているだけで、その周囲の状況がまるで変わってしまう。

町田自分の外面を変えると、自分を見ている外側の世界が変わる。それだけで世界が一変するということやね。

いしい:そうです。本来、周りを変えるというのはえらい労力が必要なはずなのに、着ぐるみを着ただけで、それができてしまう。

ただのおもしろ話としても聞けますが、ちょっと興味深い話です。

いしい:町田さんは、大人になっていくプロセスについて、なにか強く実感を持っていることはありますか?

町田:俺の場合は、ともかく、自分言葉が誰にも通じていなかった。通じていないことが、まったくわかっていなかった。ははははははッ。自分頭が悪いからなのか、それとも周りの頭が悪いからなのか。それすらもわからなかったんやけど、自分言葉が通じないことを認めたときから、大人への道を歩んでいたような気がしますね。

(中略)

でも、俺は、通じないということはきっちりと認めて、そのままにしておくべきなんだと思いますね。むしろ、いろいろな問題は、認めたがらないところから起きるんだと。

まだそこまで悟れないけど、言ってることは分かるような気がする。うん、気が、する。

とりあえず、言葉が通じてない方に関しては、この本文にもあったような気がするけど、言葉周波数が合う人・合わない人ってのはいるよね、うん。

町田:(前略)人間って、成功したいものだと思う?

いしい:成功って、たとえば、お金持ちになるということですか。

(中略)

町田自分日常のなかにプチ成功をちりばめておきたいという気持ちは?

いしい:そういう願望はあるかな。めしがうまいとか。

町田:そういうこと、そういうこと。

いしい:たとえば、コンタクトレンズを落とす。でも、洗面台のはしっこに、かろうじてひっかかっていた。「おおー、オレは神に好かれている!」

町田:おおーッ、グッドラック

いしい:「オレって、めっちゃ神様に好かれてるんちゃうーん」

なんだそのテンション。おもしろかった。

当たり前の価値観にたいする軽蔑というのは、いまでも残っているな。自分の発想の自由をたもっていたいというか、自由に発想できる自由をたもっていたいというか。それは、どんな場合でもどんな場所でもいける発想を持っていたいということやと思う。で、なにから自由になりたいのかといったら、なんか、いまあることや。自分のなかにある恐怖とか不安とか、そんなもんから自由になりたいわけや。

ああ、そうなのか。そういうことなのか。ここではないどこかへ行きたい、みたいな願望がずっとあったけど、それってそういうことだったのかな。今はそんなでもないけど。

浅草時代、吾妻橋のマンションスペイン人が遊びにきたんです。どうせなら典型的日本料理を食べさせてやろうと思って、それふうのものをふるまってあげた。納豆なんかはテーストに合ったらしくて、ダーッと食ったんですけど、たたみいわしを目にした途端、表情を凍りつかせて、「ノーッ!ジェノサイド大量虐殺)!」って。わっはっは。涙目で。

わらった。大量虐殺て。

文章をメチャクチャにすると、明らかに発想が変わりますよ。文章から逆算される発想というのがあるから。音楽で、リズムを変えるとまったくノリが変わってくるのとおなじやね。

いしい:落語の話って、古典落語場合は、何度も聴いて知ってるわけじゃないですか。それでも、おもろい人とおもろない人がいる。

町田:それはもう、その人の人間力でしょうね。おなじ曲でも、ミュージシャンによって間合いが強弱がぜんぜんちがう。演奏には、譜面上にあらわれていない部分がいっぱい出てくるわけでしょう。そこにあるのは、体質のちがいというか精神のちがいというか。やっぱり、人間力のちがいとしかいいようがない。

どちらも町田さんの言葉ですが、やはり音楽に例えるのね。分かりやすい。

子供は、うまくいかないことがあると、全世界自分を拒んでいるような気になるでしょう。確かに、全世界は基本的にうまくいってない。まちがったまま運営されている。でも、そこで怒るのか滅入るのか。それとも笑うのかで、生き方は大きくちがってくると思うんです。

単なるおしゃべり対談かと思いきや、意外と深いことを話し合っていましたよ彼ら。軽い話もたくさんあるんだけどもね。重さと軽さがちょうどいいバランスで読めました。しかし、成増てそんな町なの……?気になってきたー。

2010-05-20

[][]はてな年間100冊読書クラブ 二期目 27冊目 はてな年間100冊読書クラブ 二期目 27冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 を含むブックマーク はてな年間100冊読書クラブ 二期目 27冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 のブックマークコメント

ずいぶん、ご無沙汰してしまったこのカテゴリ。全然本読んでないし!66冊、絶対むりいいいい!どうしよ。そろそろ読書再開しなくてはね…。

どうして書くの?―穂村弘対談集

どうして書くの?―穂村弘対談集

対談集というので、気軽に読めるものなのかと思っていたらこれがなんというか、中身が濃すぎた。言葉についてとても真摯な人々による話し合いなので、発言がいちいち深い。そこらの小説よりもずっと読みがいありました。

高橋源一郎氏との対談は、正直難解すぎて、一度読んだだけではちんぷんかんぷん。さすが大学教授高橋さん、たしかやってますよね…?)。二人が意気投合して話してるようなことが、さっぱりなんのことやらわからず。二度読んでようやくおぼろげに、というかんじでした。

昔の人と今の人の同じ年代の顔を見比べると、昔の人のほうが厳めしい顔をしている、表現に含まれた迫力が違う、とかね。昔は生きていくのも大変だったんだろうなあとかいう想像はたやすくできますけれども。今の方が断然寿命も延びてるし、もちろん医学だって進んでるしで、昔の人は今よりも断然、死が近かったんだろうなあ。

一青窈さんと山崎ナオコーラさんとの対談が一番すんなり入ってきました。女性だからなのかな?一青窈さんとの対談の中で、歌については、歌詞だけじゃなく、誰がどんな声で歌うかということも非常に重要だ、というようなことが書かれていたのですが、これはとっても同意。ただ情景を描写しただけのような歌を聴いていて、涙が出そうになったことがあるよ。歌には、声には、そんな力があるのですね。

さて、気になった文章を抜粋。たくさんあってごめんなさいなので、畳みます。

近代特質は、先行者の否定なんですね。なぜなら、先行者を否定しないと、自分存在価値がなくなってしまうからです。影響を受けているから、そして影響を受けているからこそ、否定しないと存在できない。アイデンティティーオリジナリティーもその否定を通して獲得できるものですし。

穂村弘×高橋源一郎

そういうもんなんでしょうか?

よくわからないですけど、自分正当化するために他を批判・否定するのってなんか違和感です。別にそれはそれでいいし、これはこれでいいし。って思いますけどもね。みんなちがってみんないい、ですよ。とはいえ、近代特質ってことなんで、当時の時代性とかいろいろあったのかもしれませんけれどもね。

こんな恥ずかしいものに感動するわけないって思う言葉に感動する、あの敗北感……(笑)。その感動は、彼が自分作詞作曲して、それを自分で歌うというところからくるんだろうけど、やっぱり歌ってすごい”ナマモノ”なんですね。

穂村弘×一青窈

上に書いた歌について語ってる部分。ちなみに、甲本ヒロトの歌について語ってます。

インターネット危険ですよね。インターネット上でのある種のコミュニケーション自己表現には、変な言い方だけどセクハラに似たリスクを感じることがあります。つまり、セックスしたければセクハラをしてはいけないでしょう。女性に対してセクハラをするとその人とセックスできる可能性はゼロなっちゃう。もちろんセクハラをしないからといってその人とセックスできる可能性は一〜二%かもしれませんけど、それでもゼロと一は違いますよね。

(中略)

風呂に水を溜めていて膝までしかないのに待ちきれずに入ってしまう感じかな。昔ながらの根性とかシステムをそのまま肯定するつもりではないのですが、安易に表現できてしまうことの危険性はあると思います。

穂村弘×長嶋有

ああ…なんか分かるなあこれ。自分の中に溜まったものを、小出しに出してしまうことによって表現欲求が薄まってしまうというか。そこで満足してしまうというか。そういうのはあると思うなあ。まあ別に、そこで満足できちゃえばそれでいい気もするけれどもね。

詩歌は無名性、生まれたての若い感覚と相性がいい。現実の体験や人間への微妙感情を身につけることで詩歌が深まるかというと、かなり怪しいです。それはむしろ小説に居するものですよね。例えば漫画家なんかでは、最初の一作が最高傑作であることはまずないですけど、詩人歌人最初の一冊が最高傑作である率が非常に高いんです。つまり、だんだん書けなくなる。

穂村弘×長嶋有

なるほどなるほど。これはバンドにも言えるような気がする。特にパンク系な。

言葉には自発性がありますよね。自分意図とは別に、言葉そのものが転がったり変化したりする。

穂村弘×中島たい子)

あるある。昔日記書いてるときによくあったわ。個人的には、狐憑き状態って呼んでたわ。

私が描いた世界をほかの人がどう受けとめて、どんなふうに返してくれるだろうっていう、そこが楽しみなんですね。感覚で反応してもらえることが。

(中略)

ドキドキしますよ。予想外のことが起こるから。

穂村弘×一青窈

これまた、バンド活動みたいだ。バンドそのものの楽しさだ。

言葉の渦巻きに)ものすごく流される人、とても踏ん張れない人が、詩歌を描くんだと思う。ある程度踏ん張れる人は散文を書けるし、言葉に対してめちゃくちゃ支配的になれる人はエンターテインメントも書ける。

穂村弘×山崎ナオコーラ

実感から言うと、歳をとるとどんどん経験自分を強化していくんです。かつて思春期息もできないくらい圧倒された、苦痛の根源でありアイデンティティでもあったセンスのようなもの……それが渦巻きにつながると思うんだけど、その渦巻きがどんどん弱まって自分が強くなっていく。

穂村弘×山崎ナオコーラ

いいと思う基準を人に合わせると必ず「一歩手前」みたいな作品になっちゃうんですよね。

穂村弘×山崎ナオコーラ

要は文体の有無なんだと。小説を書けるか書けないかというのは、小説の文体が見つかるかどうかだから、見つかった時が書ける時だって。

穂村弘×川上弘美

そうなんだ!?

2010-02-01

[][]はてな年間100冊読書クラブ 二期目 22冊目〜26冊目 はてな年間100冊読書クラブ 二期目 22冊目〜26冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 を含むブックマーク はてな年間100冊読書クラブ 二期目 22冊目〜26冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 のブックマークコメント

羊をめぐる冒険 (上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険 (上) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)

羊をめぐる冒険 (下) (講談社文庫)

最初、オシャレっぽくまわりくどい比喩や言い回しに若干の時代を感じて、ちょっぴりとっつきにくかったのだけれども、中盤に差し掛かり物語が進み始めてからは、そう気にせずにストーリーに集中して読むことができました。

運転手の爺さんが好きだなあ。神様電話してみたい。

耳モデルのガールフレンド。それほどまでに完璧な耳っていったいぜんたいどんな耳。想像だにできないよ。

最後、主人公はすべてをなくしてしまうが、どうしてか絶望的な印象は抱かなかった。それはきっとこういうことなのかもしれない。

「僕はいろんなものを失いました」

「いや」と羊博士は首を振った。「君はまだ生き始めたばかりじゃないか」

「ねえ、十年って永遠みたいだと思わない?」

先を見ているときはそう思うけど、振り返ってみるとあっという間なものだよ。

三面記事小説

三面記事小説

実際に新聞記事になった事件を元にしたフィクション。たしかにそういう事件って、いろいろ想像したりしちゃうし、だからこそ週刊誌の記事になったりもするんだろうけども、小説にしちゃうとはまた斬新な発想だなー。

ぱっと見、なんでこうなった??っていう疑問を抱いてしまうような不可思議な事件を、きっちり日常生活に当てはめて心理を分析して、まるで見てきたかのようにリアルな展開に仕上げてしまう手腕がすごすぎる。

登場人物の気持ちが理解でき過ぎて怖いよ。読みながらけっこうへこんだわー。犯罪なんて特殊な人が起こすもんじゃない、すぐそこに存在し得るものなんだって言われているようで。

最後の「光の川」は実にやるせなくて悲しかった。

よるねこ

よるねこ

軽いオカルト(世にも奇妙な物語的な)短編集。この作者の作品は「ツ、イ、ラ、ク」シリーズしか読んだことなくて、そちらの文体がわりと特殊なかんじだったもので、こういうシンプルな文体でも書いてたんだなあとか妙なところで感心。

オカルトと言っても、一人でトイレに行けなくなるいわゆるホラーなかんじではなく、ユーモアも交えたかんじで書いてあるので怯えずに読めます。「心霊術師」が好きだったかもしれない。めぐまれない環境にある少年少女のために、はるばる木星からやってきたという心霊サービス。ある時は仙人風の姿で、ある時は保険のセールス風に現れて、お望みの幸せを与えてくれるのだ。

その他の物語も、ネットで見つけた悪魔の捕まえ方という文章を実行して、歯ぐきから毛が生えるという奇病にかかってしまう少年の話とか、寄宿舎で夜中に青い猫を見たために魂を抜かれ、情緒に欠けた女になってしまった母親の話とか。

おもしろかったです。

生者であるかぎり、死は体験できません。この世に生きている者はだれひとり、死を知らないのです。未知なるゆえに、みな、死をおそれるのです。死に対する感情はすべて、生者の側にたつものです。

膝小僧の神様 (新潮社)

膝小僧の神様 (新潮社)

小学生の女の子目線の短編集。特にドラマチックでもない日常のひとコマばかりなのだけど、なぜこんなにも子供の気持ちがリアルにわかるんだろうかーと感心。そうそう、小学生ぐらいの頃って、大人が思ってるよりも計算高いんだよね。ムフフ

運動会の鼓笛隊の地位を獲得する苦労、台風の日の怖いけどどことなくわくわくしてしまう気持ち、デコレーションケーキへのときめき、誕生日会に誰を呼ぶかっていう悩み、どれもこれもプスプスと笑えて、懐かしい気持ちになりながら読めた。

さえさえ 2010/02/02 06:40 お久しぶりです!
読書クラブ楽しみにしてます(>ω<)
三面記事小説の描写はすごいですよね…。
黒角田さんヒイイとなりました。
光の川は私も泣きました。

cheepscheeps 2010/02/04 02:15 わあい。楽しみにしてくれてる人がいるなんて!ありがとうございますー。
いつもけっこうひいひい言いながら書いてますw一気に書くから内容おさらいしたりしてw
三面記事小説はへこみましたわ〜。なんというリアルさ。光の川のやるせなさはすごいですね。将来が不安になっちまうほどだったぜ…。

2010-01-13

[][]はてな年間100冊読書クラブ 二期目 19冊目〜21冊目 はてな年間100冊読書クラブ 二期目 19冊目〜21冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 を含むブックマーク はてな年間100冊読書クラブ 二期目 19冊目〜21冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 のブックマークコメント

レキシントンの幽霊

レキシントンの幽霊

「沈黙」が、非常に印象深い。

私は「いじめ」と言うほどひどくはないのかもしれないが、似たような目にあったことがある。相手は団体ではなくて一人の同級生の女子で、他のクラスメイトたちは私に手を差し伸べて、助けようとしてくれていた。当時の私には、そのせっかくの救いの手に応えることができなかったのだけれども。でもだから、昨今よくある、いわゆる団体による陰湿ないじめよりははるかにマシだったと思う。それでも、状況が落ち着いた後もしばらくは、人間不信のようなものや、軽い言語障害(というか酷い人見知り。慣れていない人と対峙すると思うように言葉が紡げない)に陥った。それでも、この経験によって得たものはあって、それは今の自分にとって重要なものだと感じる。

でも僕が本当に怖いと思うのは、青木のような人間の言いぶんを無批判に受け入れて、そのまま信じてしまう連中です。自分では何も生み出さず、何も理解していないくせに、口当たりの良い、受け入れやすい他人の意見に踊らされて集団で行動する連中です。彼らは自分が何か間違ったことをしているんじゃないかなんて、これっぽっちも、ちらっとでも考えたりはしないんです。自分が誰かを無意味に、決定的に傷つけているかもしれないなんていうことに思い当りもしないような連中です。彼らはそういう自分たちの行動がどんな結果をもたらそうと、何の責任も取りやしないんです。本当に怖いのはそういう連中です。

氷男は怖かった。誰とも心が通じていない場所で、そこから逃げ出せないという状況。静かな絶望。閉じ込められたりするとそれだけで呼吸困難になりがちなので、考えたくもないよ。

百万円と苦虫女

百万円と苦虫女

映画の方も以前観たけど、映画だけ観て読みとれなかった細かい事柄が分かってすっきりしてみたりした。映画の配役でシーンを思い浮かべることができてスルッと読めたけど、そんな読み方なので感想映画と変わらず。

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

麦ふみクーツェ (新潮文庫)

素晴らしかった。登場人物はどこかへんてこな人たちばかり。童話的なストーリーなのだけれども、夢うつつで終われない。いしいさんの作品はいつもそうだけれど、どこか生ぐささがある。何か生命力を感じるのかなあ。

喜び悲しみ、いろいろな事件が起きるのだけれども、すべて受け入れているかんじがすてき。

吹奏楽の楽団が話の中心に据え置かれているのだけれど、生活の中にあふれているすべての音が音楽になり得るっていう意見には激しく同意。時折、出勤の際にいつも聞いていたヘッドホンを外してみることがあった。そうすると、何か生活音がすごく新鮮に耳に入ってくるんだよね。電車の音、人の足音、話し声、車が走る音。すべての音は一音ではなく、和音なのだと気づかされる。調子っぱずれの和音って気分が悪くなったりするもんだけど、生活音は案外そうならない。そう考えるとなんというか、うまくできてるな、世の中!とか思ってしまったりして。

「へんてこってさ、あつまってくるもんなんだよ」

「もうがっこうへさ。ばいしゅんやどへさ。いなかのサーカス、いんちきなしばいごやとか、やくざもんばっかのオーケストラへさ。あつまらなくっちゃ、生きていけないって、そうおもってさ」

「生きてけない?」

「当たり前だろ。めだつからな」

「へんてこはひとりじゃめだつ。めだつからぼんやりふつうにいると、ひとよりひどいめにあう。森に、ハトがたっくさんいるとすんだろ、で、なかにいちわだけ、まっしろいのがいたらさ、まっさきにワシにねらわれんのは、まちがいなくしろいハトだろ。ほかのなんばいもでっかいりんごがあったとしたら、リスやらキツツキやらは、とにかくそのりんごにかじりつこうとすんだろ、な、そういうもんなんだ、へんてこってだいたい、まっさきにひどいめにあう」

「へんてこでよわいやつはさ、けっきょくんとこ、ひとりなんだ」

「ひとりで生きてくためにさ、へんてこは、それぞれじぶんのわざをみがかなきゃなんない」

「そのわざのせいで、よけいめだっちゃって、いっそうひどいめにあうかもしんないよ。でもさ、それがわかっててもさ、へんてこは、わざをさ、みがかないわけにいかないんだよ。なあ、なんでだか、ねこ、おまえわかるか」

「それがつまり、へんてこさに誇りをもっていられる、たったひとつの方法だから」

でたらめなこの世の騒音は、たったひとつリズムがきっかけで、目の覚めるような音楽となる。

私は昨夜の公演により、音楽についてまったく基本的な、しかし本質にかかわることを改めて教えられた。それは、

「合奏は楽しい

ということである。冗談ではない。音楽をきくよろこびはたしかに大きい。ただ、いつのまにか私は、楽器を鳴らすよろこびを忘れていたのである。

(中略)

なにかにつながっていること、それをたしかめたい、信じたいがために、音楽家はこれまで、そしてこれからも、楽器を鳴らしつづけるのかもしれない。

たったひとつの「ひどい音」、一瞬の音とそのこだまが、あらゆる吹奏楽の音色、それまで過ごした生活のすべての彩りを、真っ暗に塗り替えてしまうってことが、この世ではまちがいなく起こり得るのだ。

最後のこれは、まるで人生みたいだ。どんなに楽しい人生を送ってきたとしても、死にざまが酷ければ、どこか可哀そうな印象がぬぐえないんじゃないかって考えたことがある。事件に巻き込まれて…とかさ。そしてそういうことはたしかに起こり得るんだろう。それまで積み上げてきた楽しい時間をぶち壊す一撃というものは十分存在するのだろう。人生はこわい。

いやいや、ホントはそんな締め方したくないんだけどな…まあいいや。

cheepscheeps 2010/01/19 02:34 こちらこそ今さらながら、今年もよろしくお願いします。
夜逃げ、存じておりましたよ〜。え、追われたの??w
ぺろさま、相変わらずやんちゃ盛りですのよ〜。Mちゃんもそろそろやんちゃの目覚め時期か……。床にポイポイは未だにやるよ〜。拾いまくりの毎日です。
いしいしんじ、良いよねー。耳鳴り、私も一時期あったけど最近少なくなったかも。お話の中には音から逃げたい人も出てきたよ〜。ぜひぜひご一読ください。
映画的ドラマチックな人生は楽しそうだけど疲れそうだねえ。穏やかに暮らしていきたいですwしかしコキカ氏は、そこそこ刺激的な人生を送っていそうですけれどもそうでもないのかしらw

cheepscheeps 2010/01/24 01:09 頼まれ夜逃げ!新しいジャンルですね。逃げてーーー!て言われて逃げるのはでもなんかドラマチックな絵かもしれぬ。
刺激的ではないのですね。聞いてる分には十分刺激的なかんじがするのだけれど。アラフォー!アラフォーではまだないっしょ!同じ年なのだから、認めませんよおおおおー!w

オザケンの話は知っていたけど、コーネリアスのは知らなかったー。グラミー賞とかすげえし!DMC観てて、根岸くんの着メロがばりばりフリッパーズなのに微笑んでしまったけれども、二人ともまだまだ現役だね!!

2009-12-20

[][]はてな年間100冊読書クラブ 二期目 14冊目〜18冊目 はてな年間100冊読書クラブ 二期目 14冊目〜18冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 を含むブックマーク はてな年間100冊読書クラブ 二期目 14冊目〜18冊目 - CHEEP!! さえずり喫茶 β版 のブックマークコメント

にょにょっ記

にょにょっ記

にょっ記よりはパンチが弱かった気がするけど、単純に慣れてしまっただけかもしれない。でも相変わらずニヤニヤできた。

脈がぴょこぴょこするユミコちゃんの話が印象深い。ちんじゃおろーすと中国っぽく発音しながら太極拳の動きをするテストはぜひ真似してみたいものだ。(多分やらないけど)

ユニコーン再結成についても触れられていて、好きな人たちがリンクしたかんじでちょっとウフフってなった。バスローブの着方への疑問点については激しく同意した。昭和初期の雑誌とかを読んでみたくなった。あと、私の携帯電話の履歴も非常に地味だと思う。

友人に聞いた話を思い出す。バスの中で母親に尋ねられたのだという。

「タカオって誰?」

母が指さした先には紳士服の広告があった。

「エレガントなスーツを貴男に」

実家近くの区民ホールで中学生の演劇を観る。遭難したボートの上で三人の男女が嵐に巻き込まれる、という話だ。最初はお互いに励まし合っているのだが、やがて不安や恐怖から少しずつ自分勝手になって、とうとう喧嘩を始める。

(中略)

そのとき、演じる役者たちの背後に全身黒タイツの三人が現れた。「心の闇a」と「心の闇b」と「心の闇c」だ。

遭難した三人のやりとりとともに、それぞれの内面の葛藤を、無言のまま激しい動きで表現している。

(中略)

舞台上の罵り合いの激しさがピークを迎えたとき、「心の闇b」がバック転をした。

おおっと客席がどよめく。

すると、気をよくしたらしい「心の闇b」はさらに連続バック転。

電車の前面に「あいつ」の文字をみて、びくっとする。

電車なのに「あいつ」って…。

「あいづ」か。

現実入門

現実入門

ほむほむ二連発。あったまゆるゆるになっちゃーうね!てかこれは、ホントにいちいち爆笑しながら読んでたわあ。不惑を過ぎても未経験のことが山盛りな穂村さんが、いろんなことを初体験してレポートしたエッセイ集。献血やらモデルルーム見学やら一日お父さんやら。

こういったレポートものをおもしろく書ける作家さんはなんだか信頼できるなあ。おもしろい作品書くんだろうな、とかそういう信頼。たしかに、穂村さんは世間知らずなのかもしれないけれども、なんだかんだ言って、現実がよく見えてる人なんじゃないかなあと思う。しかし、どこまでが現実だったのだろうかしら?

ラストの落とし方にすごくビックリした。ちょっと泣いてしまった。ていうか、今読み返してそこだけ読んでも泣けたわ。

蠅男

蠅男

短編集。どれもこれも、濃い設定だなあとか思う。でもついつい夢中で読んでしまうのだわ。

「海猫の庭」と「鍵穴」が印象深かった。「鍵穴」は幼児虐待の話で、読んでてけっこうつらかったけど。「海猫の庭」は新宿ゴールデン街が舞台。ゴールデン街、以前から気になる土地ではありますが、むやみに足を踏み入れる勇気はないなあ。あんた一流よ、なんて言ってくれるオカマちゃん、ちょっといいよねー。

「ああ、どうしてこんなに悲惨なのに、こんなにくだらないんでしょうか」

「過剰だからよ、過剰って滑稽なの」

破滅の石だたみ

破滅の石だたみ

日記エッセイ、書評(というか読書感想文というか)にコンピュータ雑誌に掲載されたMacについてのエッセイやら、盛りだくさんなエッセイ集。「告白」についてのエッセイも載っていたし、興味深い話が多かったかも。その後、マックの伊八とは仲良くできているだろうか。

身近なところや、好感を持っていた著名人が亡くなることが多かった今年、「どうしたらよいのか」という、他界した人々について書かれたエッセイが心に残った。この虚無感。でもまったくその通りなのだ。

何十年か後には私も消滅するが、その後、どうなるのかは実感として分からないし、私が知っていた人たちがどうなったのかもわからない。どうしたらよいのかわからない。小説を書いてもどうにも、なににもならない。

やはり読書というのは自分に抵触しないと駄目なんだな。自分を動かさない読書は駄目で、読んだ後はやはりどうにかなってしまいたい。読む前と違う人間になりたい。

人間が、音楽を聴いたり、本を読んだりするのは、頭がいいと思われようと思ったり、役に立ったり立たなかったりすることではなくして、ただただ、頭脳をシャッフルする・されることをひたすら求めているにすぎぬ、ということ

ときに著者は「これだけは言っておく。ブルースを忘れない方がいい」とか、「ユーモアが大切だ」或いは、「戦争はやめよう。平和に生きよう。そしてみんな平等に暮らそう」といった一見、教え諭すようなことを言う。しかしいろんな意味で間違えてはいけない。これは忌野清志郎の祈りであり切実な告白だ。彼は瀕死だ。でも瀕死の状態で吐かれた言葉こそが、イエイ、切実なのである。

イナカノコ

イナカノコ

おおたうにさんて小説も書いていたのですねえ。たまたま図書館で見かけて借り。

挿絵は入ってないのだけれど、キャラクターのイメージがおおたうにさんのイラストで浮かんだ。

海里は完ぺきすぎる。草は嫌だなあ、なんか。あたしゃこういう子は苦手だよ。佐和はキライじゃないよ。実のところ、漫画にした方がいいんじゃないかなーと思った。せっかく素晴らしい絵心がありますのに。文章だけだと、何か美意識というか自意識というか、そういうところばかりが垣間見えてしまう気がした。いや、キライじゃないんですけどもね。

でも、主に二つの家族について書かれていると思うのだけれど、そのへんについては、とても状況が見えやすかったように思います。母親と娘の関係について、ちょっと考えてしまった。自分はたぶん、自分子供に対して、親子と言うよりはむしろ、一人の人としてしか接することができないかもしれないと思った。良くも悪くも。

mint87mint87 2009/12/26 16:17 こちらでは、はじめまして!
おおたうにさんが小説を書いておられたなんて知りませんでした。
ここでみかけて私も図書館で借りてみました。
おもしろかったので、びっくりでした。

それにしても今年は、いろんなミュージシャンが亡くなってしまいましたね・・
わたしはまだ清志郎のことを引きずってますが、その後も次々と・・

cheepscheeps 2009/12/28 02:59 どうもどうも!コメントありがとうございます!
おおたうにさんが小説書いてたの、私も初めて知りましたー。図書館で偶然見つけて借りてみました。わたしもけっこう夢中で読んでしまいました。海里完璧すぎじゃないですかー?でもおおたうにさんのイラストで一番ビジュアルが浮かんだキャラでした☆絵付きで見てみたいものです。

そうそう、ホント今年は残念な訃報が多かったですよね……。清志郎さんはいなくなってからホント存在のでかさを改めて感じたし、ミッシェルのアベフトシもショックだったなあ…。そして、フジファブリックの彼の件もびっくりでした。こんな年の瀬に…若いのになあ…。