Hatena::ブログ(Diary)

ちいずのViva! Cinemaな日々をつれづれに♪

2017-07-01

Going in Style

邦題は「ジーサンズ はじめての強盗

ジーサンズ はじめての強盗

あらすじ

ウィリーモーガン・フリーマン)、ジョーマイケル・ケイン)、アルバートアラン・アーキン)は、平穏な余生を過ごしていた。ところが長年勤めた会社の合併により年金をカットされてしまい、平均年齢80歳以上の彼らの生活はお先真っ暗の状態に。追い詰められた彼らは、思いがけない行動に出る。 (シネマトゥデイより引用)



1979年の同名映画(Caper Movie)のリメイク

どこまでも善良なおじいちゃんたち3人の友情物語。

に、アメリカではちっとも珍しくもなんともないであろうM&Aによる労働者の権利はく奪=年金がさくっとナキモノにされてしまう社会事情が背景。

トランプ政権のラストベルトをなんとなく彷彿とさせるような。

でもそんな政治だの経済だのの色を感じさせない、軽妙なオスカー俳優の演技と脚本、セリフが秀逸。



途中の設定では思わず

「いやーそんなに世の中上手くはいかないだろ、モーガンフリーマン(笑)」ってつっこみたくなる場面はあれど。

この映画の裏テーマは、平凡だけれど善良なイチ市民が感じるシアワセってナンデショウっていうことなので。

ま、それは少なくともお金じゃないんだよね、っていう。

おじいちゃんたちに強盗なんてものを企たせておきながら、なんですが。

でも、それがいい。



あと、邦題について。

巷では非難ゴーゴーっぽいですが(笑)嫌いじゃない。

原題の Going in Style は 60年代の「明日に向かって撃て」の正統派強盗モノ(←そんなジャンルあったかな)があっての、まさに「Caper」なパロディ香りがする。(おれたち流にカッコよく行こうぜ、ずっこけだけど。的な)

でも、このリメイク版にはそういうパロディ臭よりは、もうちょっと軽めのヒューマニズム底辺にある感じがするので、どっちかっていうと「ジーサンズ」の方が合ってる気がする。っていうのはひねくれすぎか(笑)

あと、ラストシーンのモーガンフリーマンの立ち姿がいいんだよなー。

モーガンジーサン、やっぱカメラに対する、自分の魅せ方、知ってるねえ」みたいな。あのショット撮らせるために、この映画のオファー受けたんじゃないか?と勘繰りたくなるような(笑)

うん。やっぱり「ジーサンズ」に一票だ。



気楽に、クスッと笑って、長く生きるのも大変だけど悪くない(笑)って思いたいとき(?)に、オススメです。

2014-07-21

グランド・ブダペスト:ホテル

女性が好きそうな、ピンクの可愛いホテルでのお話、お話…


と、思っていると。ちょっと違うかな。

ユダヤ人ツヴァイクの小説にインスパイアされたとあって、第二次世界大戦ヒトラーによる暗黒時代を彷彿とさせる設定を軸に、ホテルのロビーボーイの視点で、自分を引き立ててくれた伝説の(?)コンシェルジュのおかしくも哀しい生きざまを、アンダーソン監督が上手く、かるーく、シニカルに料理して見せている。

結構、えげつなく死んでく人たちもいますので(笑)その辺が苦手な方はそれなりに心してご覧ください。


グランド・ブダペスト・ホテル(初回生産限定) [Blu-ray]

あらすじ

1932年、品格が漂うグランド・ブダペスト・ホテルを仕切る名コンシェルジュのグスタヴ・H(レイフ・ファインズ)は、究極のおもてなしを信条に大勢の顧客たちをもてなしていた。しかし、常連客のマダムD(ティルダ・スウィントン)が殺されたことでばく大な遺産争いに巻き込まれてしまう。グスタヴは信頼するベルボーイのゼロ(トニー・レヴォロリ)と一緒にホテルの威信を維持すべく、ヨーロッパ中を駆け巡り……。 (Yahoo映画より抜粋)


ホテルにとっては大事な顧客の、お金持ちおばあちゃんたちを手玉に取る、文字通りのヤリ手コンシェルジュレイフ・ファインズが演じて、はまり役。007のMにとってかわるキャラより、彼には色男がやっぱり似あう。


ツヴァイクは「ベルばら」の原案となった「マリーアントワネット」の

伝記作家、という程度の知識しかないけれど、この映画を観て「心の焦燥」を読んでみたいなと思った。悲恋モノ、のようだけれど。


ドミトリーを演じるエイドリアン・ブロディが激昂してたたき割る絵画はエゴンシーレ。「あーあ、それ割っちゃうって…」と思ったのはワタシだけではないと思います。ドミトリーは、絵の価値もわからないバカ息子の象徴

そんなちょっとした処に監督のこだわりというか、遊びゴコロがちりばめられた映画です。

一見おしゃれっぽいけど、毒があちこちにあって、ハッピーエンドかというと、そうでもない。クスっと笑えるけど、時々グロイ(笑)

だけどそのバランスが絶妙に収まっている、個人的には好きな映画です。

2014-05-04

誓ったはずの、永遠の愛が

夫婦モノ。

なんて、ジャンル。あったかいな。

2本続けて観たのですが、両方ともミドルエイジ(中年って言い方、キライ)の夫婦の「愛の変質」のオハナシ。


始まりはBoy meets Girl

恋して、愛になって、この人しかいないと思い、結ばれて、結婚する。

その後、愛は男女のそれから家族としての情に変わり、その過程ですれ違いやいさかい、もしくは相手への無関心を経て(平たく言えば夫婦の危機)、

気がつけば年をとっていき。もう別れるとかそんなパワーもないし(現実的にはお金も)、まあ最後まで面倒みあうならこの人しかないか…。


そんなとこですよね、大方のフツーのひとたちの結婚生活って。

(すみません、エラソーに)

それを映画にしようという。

しかも、一番キツイ時代を。そう、夫婦の危機の時代を、です。

独身だったら「まあ、結婚したって薔薇色ってわけじゃなさそうだしい」とか。リアルに夫婦生活に悩みを抱えているヒトであれば「隣の芝生じゃないが、ウチだけじゃないっていうのを知っとくのも悪かないか」的な

ノゾキ趣味で手が出てしまう素材かも、しれませんが。


ハッキリ言います。

10代、20代は見ない方がいいです。夢も希望もなくなる(笑)

特に恋愛に悩みを抱えたアラサーの女性はゼッタイだめ。

こんな映画観ちゃうと、道を踏み外します。って言いすぎか(笑)

ではぼちぼちご紹介をば。

(いずれもYahoo映画から引用)


「ブルー・バレンタイン

ブルーバレンタイン

ブルーバレンタインとは編集

あらすじ: 結婚7年目を迎え、娘と共に3人で暮らすディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)夫妻。努力の末に資格を取って忙しく働く妻シンディに対し、夫ディーンの仕事は順調ではない。お互い相手に不満を募らせながらも、平穏な家庭生活を何とか守ろうとする2人だったが、かつては夢中で愛し合った時期があった……。


ビフォア・ミッドナイト

ビフォア・ミッドナイト

ビフォア・ミッドナイトとは編集

  • Before Midnight2013年|アメリカ|カラー|109分|画面比:1.85:1|映倫:PG12|MPAA: Rスタッフ監督:リチャード・リンクレイター製作:クリストス・V・コンスタンタコポーロス、リチャード・リンクレイター、サラ・ウッドハッチ製作総指揮:リズ・グロッツ.. 続きを読む
  • beforemidnight-jp.com -  beforemidnight-jp.com
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あらすじ: パリ在住の小説家ジェシーイーサン・ホーク)と環境運動家のセリーヌジュリー・デルピー)は、双子の娘を伴いギリシャでバカンスを過ごすことにする。同時にシカゴジェシーの前妻と暮らす息子ハンク(シーマス・デイヴィー=フィッツパトリック)も呼び寄せる。彼らは共に海辺の町で夏休みを過ごした後、ジェシーはハンクを空港まで見送るが……。


その1.

ブルー・バレンタインは、救いがないです(笑)

過去の甘美な記憶と、現実の生活とのギャップたるや…。

それを観る側に実感させる、その映画の構成がうますぎる。

そう、うまいんです。いい映画なんですよ。

それこそ観終わった後に、なぜだかこっちの肩までがなーんか重たくなった気がする、みたいな感想を持つというか。そのくらい、離れてしまった夫婦の感情を見事に描き切っている。

いやーこれでもかと突き刺さってきますよー。

男と女って、そりゃ別々の人間ですよ。ですが、もう少しなんとかならないものでしょうか?などと、イケてないワイドショーのゆがんだ正義感を持ったエセ・レポーターみたいな気分にさせてくれるわけです。はい。

さまよえるアラサー女性に最も観て頂きなくない理由としては、この映画きっかけで現実逃避のあまり不倫に走ったり、結婚恐怖症になったりして、大事な時期をフイにしてはいけませんので。全くの余計なお世話ですが(笑)

実際に微妙な時期を迎えているご夫婦にも、オススメはできません。

もしくは過去にそんなコトがあって、今(どうにかこうにか)円満でいられているオットとツマもアキマヘン。ヘンなトラウマを起こしますから。

普遍的な毎日が続く、市井の人々の「ケ」の生活。その中でもきらめいていた時間はあって。それは結婚までの情熱的な時だったり、子供の出産だったり。でもそんな幸せな「ハレ」の瞬間は悲しいかな、日常の不満や小さなボタンの掛け違いから生まれる「性格の不一致」的な問題の前に、少しずつぼやけていって、いつかは不満や抱えている問題の方ばかりが大きくなってしまう。

そんなこたあ、いやってほどわかってるんだから映画くらい楽しく観させてよ。って言われる事を覚悟の上で、しかもドマラちっくでもなんでもない夫婦生活が破綻していく様を、あえて取り出して料理し、とーーーーても酸っぱく、むっちゃくちゃに辛く、胃にずしーーんと堪える素材を選び、料理しきった監督の力量には脱帽します。

ミッシェル・ウィリアムズ扮する妻シンディが、若いこ頃には苦手で(恐らく嫌っていた)居高丈で高圧的な父親のせいで、実は男性不信(その裏返しで多くの男と性行為を持つわけだが)だったにも拘わらず、今は夫との危機を回避するために父親を頼っている姿も、血は肉より濃いというか、夫婦は他人であり、親子の絆には勝てないという逆説的な比喩にもなっていて。

細かい設定にも手を抜かない演出・脚本が素晴らしいです。

今の自分の恋愛や生活と映画とをシンクロさせなることのない、強いつよーい客観性をお持ちの方のみ必見の映画です。ほめてんだか、けなしてんだかですが、すみません。


その2.

ビフォア・ミッドナイト。こちらもあぶなっかしい夫婦生活とはいえ、まだ多少の救いがある「創り」になってます。

よって現実を直視したうえでこれからの結婚生活を迎えようという潔い覚悟ができている20代の男女とか、壊れかけ・崖っぷちですがどうにか修復したいと模索中のミドルエイジのご夫婦にも、奏功するかも、しれません。

リアルな人生の特効薬になるかどうかなんて、映画作っている人からすれば

関係ないんでしょうけど。でも、案外悩み抱えた人間って、ナニきっかけで

変わるかわかりませんからね。映画で離婚回避?嘘でしょ。みたいな。

いってしまえば、夫婦喧嘩のお話です。それも思い出づくりの大切な一夜で、ドカンと勃発するわけですな。

別に夫婦じゃなくても、ただの恋人同士でも、割とあったりしますよね、このシチュエーション。漸くとれた休みに彼氏がサプライズだ!とばかりに頑張って取った宿。だけど蓋をあければイマイチ彼女の趣味にあわず気に入らないばかりか、旅の道中の(に、飽き足らず、さかのぼることこれまであった出来事の)小さなイライラが募り募って、他人から見れば大した事じゃなさそうなコトなんだけど、彼女が爆発してしまい…とか。

イーサン・ホーク扮する夫ジェシーは、その地雷をまんまと踏んでしまう。

わかっているのに、現実を見ようとしないから。それは自分の息子との関係性なんですけどね。息子はすでに離婚した父親との距離を冷静に受け止めることができるほどに成長しているが、ジェシーはそれを認めたがらず(男のプライドですね、これも)「息子の為」という理由で妻セリーヌに生活を変えたいと提案する。そこに女の鋭い嗅覚をもった妻セリーヌは「オットの都合のいいわがまま」を敏感に嗅ぎ取って、噛みつくわけです。まあ、その噛みつきっぷりもどんどんエスカレートしていって、若干女性特有の「あの時あなた、浮気してたわよね」的な暴露を促す「論点のすり替え攻撃」にもなっていくわけですが(笑)

この夫婦に関して言うと、どっちもどっちなんです。観てる側からすると。

特に前半から半ばにかけての展開は、「ふーん。こんなにウィットに富んだ会話ができる夫婦なら、危なくなんか、ないじゃんか」って思わされるくらい、二人ともよーく喋るんですよ。夫婦の危機って、無関心から始まると思っているワタクシからしますと、美しいギリシャの風景をバックに語りあっている時点で大丈夫じゃん!みたいな。だらしないシャツ姿のままで歩くイーサンホークも、お腹から腰回りがすっかりミドルエイジ体形のジュリーデルビーにしたって、そんじょそこらのオジサンオバサンからしたら全然イケてる美男美女にみえるし。(ジュリーデルビーの胸元や腕にシミ一つなくて太っても流石は女優だ!って友人に話したら、そんなもん修正してるにきまってるだろと一笑にふされて、そりゃそうか、ああこれぞまさに現実とか思いました。蛇足ですが)

でも。地雷ふんじゃってから後は、文字通り矢のようなゲキ飛ばしまくりの喧嘩の応酬で。これがいやはや、あるあるある…っていうセリフ、表情、シチュエーションに満ち溢れているんですね。あー、そこまで言うか。とか。

監督のアイロニーが凝縮されていて、イタかったり、ニンマリしたりします。


2本ともに共通して描かれていることは何か。

女はあくまでも現実に生き、男はロマンを大切にしようとし過ぎて逃げに入る。で、女はそんな男が許せない。判決を下す判事役は妻であるということ。

ライアン・ゴズリングイーサン・ホークも、あんなに女房から拒否されたり罵倒されたりするほど、悪い旦那だとは思えないんですけどね。ライアン・ゴズリングのディーンの若い時なんて、器量のデカイ、いい奴じゃないかって思うし。まあ、それを「若気の至り」とばっさりやるのが監督の意図するトコなんですけどね。あー切なすぎる(笑)

じゃあ女房側はどうなのかっていえば、こっちにだってずっとずっと我慢してきた事があるのよ、って。

壊れた関係を立て直すことなんてもう無理。あの頃の貴方はあんなにキラキラしてたのに。今の貴方なんて見る影もない。ぶっちゃけ、稼ぎも大したことないし。こんな生活、私望んでなかったわ…とか。

あの時には言えなかったけど、もう黙ってるわけにはいかない。知らないふりしてたけど、若い女と浮気してたくせに!そのくせ、いっつも私が悪いみたいに自分を正当化して、もうやってられないわ!…とか。

ミッシェル・ウィリアムズもジュリー・デルビーも既に自分の中で結論が出ちゃっている。女は強い。ありがちな切り口だけど、そこもまたリアル視点なんだろうな。そして女性の嫌な部分もチクリと観せられます。


次は、もうちょっとユメトキボウのある映画にしようっと(笑)

ダラス・バイヤーズクラブ

不治の病モノで、泣く。


そんな安易な方程式にあてはめてなるものか、という製作者側の意図が垣間見れる、最後まできっちりブレずに撮った作品です。


ダラス・バイヤーズクラブ

ダラス・バイヤーズクラブ [Blu-ray]

あらすじ: 1985年、電気工でロデオカウボーイのロン・ウッドルーフ(マシュー・マコノヒー)は、HIV陽性と診断され余命が30日だと言い渡される。アメリカには認可治療薬が少ないことを知った彼は代替薬を探すためメキシコへ向かい、本国への密輸を試みる。偶然出会った性同一性障害エイズを患うレイヨンジャレッド・レトー)と一緒に、国内未承認の薬を販売する「ダラス・バイヤーズクラブ」を設立するが……。

(Yahoo映画より引用)


ワタシ自身、ヒロイックな人間とその感動的な結末を描くお話自体は決して嫌いじゃないし、むしろそれを期待して映画館に足を運ぶタイプ。

ココロがササクレダッテいる時(ま、簡単にいえば仕事やなんかでストレスが溜まりまくっている状況)は、あえて「泣きに行く」為に映画を選んでいることだってあるし。

今回、いい意味で、そんな「やさぐれた」気分をこの映画が「ざらりと」フラットに均してくれました。

人間なんて、結局「自分の為」に生きている。

だけど、それが気がつけばなんらかの形で「他人の為」になっていて、そして最後には「自分が生きた証」になっている…。

自分に正直に生きるなんて大人になったらほぼ九分九厘無理。

しがらみに縛られ、建前を使い分け、いろんなことに気を配り、それでももつれたり、小さなもめごとや葛藤を抱えつつ、それを上手く見ないふりしていなきゃ、

日々の生活なんてできやしない。

だけど、もし。たった1厘の「自分へのわがまま」に対して共感してくれる人がいたとしたら。それが、結果的に共感してくれた人たちとのハッピーをわかちあえることになったら。自分の中の「見ないふり」をやめて、声に出したっていいんじゃないか。


そう。小さなさざ波が、BIG WAVEに変わる時。


ヒーロー、ですよね。それって。


「承認願望」とは自分の存在・あり方を認められたいという欲求であり、人間なら大なり小なり形は違えども、誰しもが持っている欲望だと思うけれど、この映画の主人公ロンがそれを具現化していく過程をこの映画はあくまでも淡々と描き切っています。ロン自身が、高尚な理想だの、人類愛(この映画のテーマだとさながら拝金主義製薬会社&コンサバ医療業界 VS HIV患者との戦い、でしょうね)を声高に語らない処が、いい。

現に、ロン自身自分がHIV患者でありながら、同じ患者であるレイヨンを「おれはゲイじゃねえ」といって差別する。汚いあの手この手を使い、自分に効く薬を手に入れようとするその露骨なまでの生に対する貪欲さたるや、主人公に「かわいそう」的なお涙ちょうだい感情移入を許さない男として描かれる。で、しかも症状が安定したと思ったら、結局は薬の横流しでお金儲け、だし。薬を買いに来た女性患者とはしっかりイタシテしまうし(笑)

だけど、そんな人間臭いロンが、レイヨンをひそかに受け入れ(本人の最後のプライドは「俺はヘテロとしての感染だ」という処なので、表だって認めてはいないのがなかなかチャーミングな描き方)、非合法でも本当に効く薬を患者たちに提供し、ひいては製薬会社・国の許認可をも覆す結果となる。

でもロンが望んでいた「承認願望」は、そんな大それたことではなかったんだと、ラストシーンで気づかされる。そこもまた、いい。


男って、プライドの塊で生きてる生物なんだって、わかります(笑)


だから逆に、レイヨンの生き方がせつない。

偏見、献身、犠牲。

そんなものを全て、濃い化粧の下にまとったまま、死んでいく。

当時のHIV患者の負の側面を、レイヨンという人物一人が全部背負っているような描き方も秀逸です。


ココロがざらついたときには、逆にそれをキリリと逆なでしてくれるような「ひっかかるお話」を観た方がいい時も、ある。

そんなことを発見できた映画です。

2014-03-01

立て続けに3本。どれも実話ベースの。

3本です。


仕事でむしゃくしゃしてると、まっすぐ自宅へ帰りたくない気分がMAXになる。おのずと足が映画館へ。

派手に買い物をして散財するよりはいいのだと自分に暗示をかけつつ。

暗闇に身を沈めて、自分の思考とか気分をなにかにぐるっとわしずかみにされることで、一瞬でも現実逃避できることを欲しているんだろうなと思う。

気分転換。気持ちの切り替え。



以下、全てYahooより引用。

「ラッシュ/プライドと情熱」

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あらすじ: 性格もレーススタイルも相反するF1レーサー、ニキ・ラウダダニエル・ブリュール)とジェームス・ハントクリス・ヘムズワース)が激しい首位争いを繰り広げていた1976年。ランキング1位だったラウダはドイツ大会で大事故に遭遇し、深いけがを負う。復活は無理だと思われたがわずか6週間でレースに復帰し、日本の富士スピードウェイでのシリーズ最後のレースに臨む。


個人的には、アイルトン・セナと若きシューマッハの時代、ある意味で世の中もスポーツレース界もバブルに沸いていた華のある頃に、深夜のテレビ中継のマクラーレンホンダ車がコーナーワークを回る音、「ウィイーーン」と唸るエンジン音を懐かしく思う世代なので(笑)、F1創成期ともいうべきその1代前のニキ・ラウダジェームス・ハントの存在はこの映画で知った。

ロン・ハワード監督でもあり、そこそこ期待していたのだが、人間ドラマとしては60点くらいの出来かな。主人公二人の確執も葛藤も、周囲の人間も、全てがフラットに描かれすぎている気がした。だから、泣きも感動もいまいち薄い。実話だからかなー、良くも悪くも実在の人物に気を使ってドロドロにできなかったっていう「配慮」を感じた。二人の男をそれぞれ支える美女二人も、もっとこう…なんていうか悪い女だったらよかったのに、とか(笑)そう、別にまずくはないけどあっさりのどごし、何も残らないコーヒーっていう感じの映画。もっとローストすれば苦くていい風味がでるだろう素材なのに、もったいないなという印象。

ただし。画像はよかった。期待して観た半分は「ウィイーーン」な音(笑)とかレーシングカーの飛ばしっぷりを大画面で堪能したい(そのくらい、ガツンとした刺激が欲しかった?)ので、その点では満足。




「ウルフ・オブ・ウォールストリート」

ウルフ・オブ・ウォールストリート

ウルフ・オブ・ウォールストリートとは編集

あらすじ: 学歴や人脈もないまま、22歳でウォール街投資銀行で働きだしたジョーダン・ベルフォート(レオナルド・ディカプリオ)。巧みな話術で人々の心を瞬く間につかみ、斬新なアイデアを次々と繰り出しては業績を上げ、猛烈なスピードで成り上がっていく。そして26歳で証券会社設立し、約49億円もの年収を得るまでに。富と名声を一気に手に入れ、ウォール街のウルフという異名で呼ばれるようになった彼は、浪費の限りを尽くして世間の話題を集めていく。しかし、その先には思いがけない転落が待ち受けていた。


いやー。レオ様、文字通り「ヤリまくり」ました(笑)

演じきって疲れて休みたいとボヤいてらっしゃる気持ちもわかります。

レオ様は、以前観たタランティーノの「ジャンゴ 繋がれざる者」でも思ったけど、悪役とかヘンな人間やらせた方が絶対いい。「やっぱりアンタ、本性はあんまりイイひとじゃないでしょ、ディカプリオさん(笑)」って。

他人を否応なしに惹きつける、詐欺的カリスマ性を持った男の話。

口先だけでぺらぺらと電話勧誘でカスのような株を売りつけては手数料で稼ぎまくり、客の損などお構いなし。

んー、金儲けで成金になる王道です、これ。イヤダイヤダだけど実はすごくヤッテみたい事。出しちゃやばいとわかっていてもつい、出してしまう手。観ちゃいけないけどホントは絶対に観たいモノ。金持ちになりたくないヤツなんて、いるもんか!そんな、人間のサガをくすぐってはほくそ笑み、巨万の富を得て行く悪魔のような男、ジョーダン・ベルフォートなる実在した人間の魅力を、レオ様はスクリーンの中で打ち上げ花火のごとくヤリ(演じ)まくりました。ま、ヤってるのはクスリも女も、ですが(笑)

これも、感動とかドラマとかを期待してはいけません。

いい年した大人が金・女・ドラッグで乱痴気騒ぎしてるだけの映画ですから(笑)

だけど、私はこれが人間だと思う。イヤラしくて、ばかばかしくて、でも誰だって一晩2億の金で、なあんにも考えずにぱあっと楽しく遊べますよ、如何?っていわれたら、遊ぶでしょ。

とはいえ、ジェットコースターも最後は下って止まるもの。物語はお決まりのコースをたどります。

だが、レオ様はタダでは転びません。そこがいい。

その、最後の最後までイヤラしく生きようとするジョーダンという男のしぶとさ。改心って言葉がコイツにはないんだろうかと思わせる、ある意味最低なヤツ(笑)

人間なんて、そんなに簡単には変われやしないんだ、というマーティン・スコセッシ監督らしい視点がある。

スコセッシの世界観が好きか嫌いかで、この映画の特にラストは、賛否両論わかれることだろう。

でも、好きだな。この「ハッピーエンド、くそくらえ」みたいな感じ。


同じ実在の人物を描いても前述の「ラッシュ/プライドと情熱」とは真逆です。

監督の趣向とか素材の調理方法で、かくも映画とは、映画の登場人物とは、違ってくるものなのかと。

比較してみるとこれもまた面白いです。




大統領の執事の涙

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あらすじ: 綿花畑で働く奴隷の息子に生まれた黒人、セシル・ゲインズ(フォレスト・ウィテカー)。ホテルのボーイとなって懸命に働き、ホワイトハウスの執事へと抜てきされる。アイゼンハワーケネディジョンソン、フォードなど、歴代の大統領に仕えながら、キューバ危機ケネディ暗殺、ベトナム戦争といったアメリカの国家的大局を目の当たりにしてきたセシル。その一方で、白人の従者である父親を恥じる長男との衝突をはじめ、彼とその家族もさまざまな荒波にもまれる。


アメリカ(の映画界)の今の空気って、「あの頃の振り返り」、ノスタルジーを求めてるんだろうか。

前述の2本の後、特にこの実在した執事inホワイトハウスの物語を観て、思った。

大統領がどの方たちもいい人ばかりで(笑)ちゃんと黒人差別へのメッセージや対策を、当時一番の影響力を持ってい

たテレビ媒体を使って国民にしっかりアピールしたりしてくれる。(どれも大して効果はなく、差別の実態は変わらないのだが) その様をそばで黙ってみている黒人執事、セシル。

全編を通じて一番印象的だったのは、セシルの執事としての働きぶりを認めてくれていると思っていたレーガンが、歴代の大統領の中で唯一、南アの黒人人種差別民族運動に対して南ア政府側(白人側)に立ち、黒人を擁護しない姿勢を取った時に、静かに、その表情だけで、セシルが初めて反旗を翻した一瞬の映像、かな。

白人に仕える執事としての矜持は、その瞬間の前後で大きく変化する。

敢えて言うなら、

「どうやって生き抜くか」(本意でなくても、食べていく為にはこれしかないと選択すること)

「どうやって生きていきたいか」(自分を偽ってまで、この仕事・生活にしがみつくことに意味はないと決断すること)

の二つの矛盾する自分自身の問いかけに対して、セシルはその時々で、正直に答えを出し、誠実に生きたということだろう。

息子や家族との確執も描かれてはいるが、セシル自身は悩みや苦しみから目をそむけ、蓋をしてきた人間だ。

酒におぼれたり、自暴自棄になることもない。私はそこに偽善的な無責任さ、気楽さを感じた。この映画にヒューマニズム的感動がないのは、その為だ。

前述の「ウルフ〜」のジョーダンが人間の暗部・恥部をこれでもかと体現させているのに対して、セシルはどこまでも清く正しい。自分の生き方に矛盾があるとわかっていても、だ。

私はそれも、人間だと思う。自分の中の偽善、矛盾に気づいていても、知らないふりをしなくては前へ進めない。

生きていくっていうのは、そういうことだと思うから。

仕事帰りで疲れていたせいか、「ま、そうだよな。そんなもんだよな」と、さらりと受け止めつつ駅に向かうと、そこは混雑した車両になんとか身体を滑り込ませて、家路を急ぐ人々であふれている。

映画の感想としては、セシルっていう「正しい選択をする人」に対してあまり感情移入ができなかったこともあり、そこそこなんだけれど、鑑賞した後の街の景色と、今の自分の立ち位置に一瞬セシル的なモノを重ねてみたりも、して。


たまたまだけど、実際にあった出来事、人物の物語が続いた。次はバリバリのフィクションを観ようかなー。

2014-02-09

オリンピックは関係ないけれど、ハッスル!

週末、30年ぶりの雪。

というのが話題になるたびに、フクシマ原発を語る時と同じ居心地の悪さを

自分に感じる。珍しがって、なんかごめんなさい。みたいな。だって雪国の方たちはこれ、日常だから。

だけど、次は30年後?とか思うと、根がミーハーなので、つい。

童心に帰るつもりでお外に遊びにいったはいいが、雪は冷たいし、公園で遊んでる子供が雪合戦の善し悪しを冷静に語っていたりとか、頭の片隅では「明日の出社は時間がかかるから早く家でなきゃ」と考えてたりとか。

「雪に遊ぶ純粋なジブン」に酔いたかったけど、やっぱこりゃダメだ。しょせんワタシなんぞは炬燵に潜って匠の技、ソチ五輪でも観賞させて貰うくらいがちょうどいいんだと思い直して早々に自宅へ。


スノボに感動し、クロカンに力が入り、スケートではまるで母のような気持ちで演技を見つめ、モーグルの点数に納得がいかずに悔し涙を流したり。

4年ごとに観る側の涙腺が弱くなっているのはさておき、絶対にそれだけじゃない。

4年間。毎日頂点目指して練習して。けがもある、体調不良もある、周囲の雑音。イヤだ、冗談じゃないと思うことも沢山あるにきまってる。それを乗り越えて、最高のパフォーマンスをこの一日、一瞬にもってくるモチベーション、努力。

こうしてさくさくと言葉にしてしまうことがものすごく薄っぺらく感じる。

みんなにメダル、あげたいよね。


…という流れと全く関係ないけれど。

久々に会社帰りに観た「アメリカハッスル

アメリカン・ハッスル

アメリカン・ハッスルとは編集

  • American Hustle2013年|アメリカ|カラー|138分|画面比:2.35:1|映倫:G|MPAA: Rスタッフ監督:デヴィッド・O・ラッセル製作:ミーガン・エリソン、チャールズ・ローヴェン製作総指揮:マシュー・バドマン、ブラッドリー・クーパー、ジョナサン・ゴード.. 続きを読む
  • 嘘と詐欺を考える american-hustle.jp
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解説: 1970年代後半のアメリカを揺るがした政治家などの収賄スキャンダル、アブスキャム事件を題材にしたサスペンスドラマ。自由と引き換えに、FBIが仕掛ける悪徳政治家検挙を狙ったおとり捜査に協力させられる詐欺師たちの姿を、スリリングに映し出していく。メガホンを取るのは、『世界にひとつのプレイブック』などのデヴィッド・O・ラッセル。『ザ・ファイター』などのクリスチャン・ベイルを筆頭に、ブラッドリー・クーパーエイミー・アダムスジェニファー・ローレンスら、実力派スターが結集してクセのある登場人物たちを熱演する。(Yahoo映画から抜粋)


和製英語で「ハッスル!」というと、レスラー体形の上半身裸のおやぢがオールブラックスの踊りを踊っているみたいなイメージだけど、意味合いが違うんですな、これが。

騙し合い。

結構ワクワクハラハラか?期待大。

ところが。正直、前半はキツかった。久しぶりに爆睡しました、劇場で。

セリフ劇なんで、感情移入する場面がなかったせいかも。

ジェニファーローレンスとエイミーアダムスの女の戦いが繰り広げられる中盤以降から目が覚めて、最後のオチ(どんでん返しというほどの伏線じゃないかなあ)までの後半はそれなりに楽しめました。

クリスチャンベイルの変身ぶりはあっぱれです。デニーロの登場しかり、女優二人の華(毒?)も含め、役者の演技に助けられたっていう感じアリ、の映画です。