前田司郎さんの初オリジナル連続ドラマ「徒歩7分」のこと!



はじまったときの印象は、正直、拍子抜け、だった。
田中麗奈が綺麗すぎて親近感が湧かないという個人的なアレなのか、恋人もなく友達もなく仕事もなく後がない30代前半の主人公が、不安とうしろめたさと寂しさを抱えながらただただ、一人暮らしをはじめたばかりの一人の部屋で時間を貪るという姿、女優さんが振る舞うと美しいだけで、寝ながらクッキーを食べてボロボロに食べかすを落として、それが髪の毛につくのも気にせずうつろでいるシーンなんて、無機質な部屋の閉塞感よりもその手足の長さの美しさがまさってしまう。羨望の思いに気を取られてわたしは、その背後にゆっくりと確かに流れる時のタペストリーに気づけなかったんだと思う。なんにもない、起こらない、ゆっくりとのさばる時間のうつろいをただ退屈だ、と、感じてしまってた。


何も起こらないのだ、もともと、日常には。脚本じみた雰囲気言葉も吐き気がするほどのロマンチックも演出過多な大ストーリーもそう滅多にない。てかない。だってドラマとかみてたらやっぱ嘘の言葉だって思うもんな。もちろんフィクションだからこその強度ってあるし、それを武器に翻弄してくる作品なんて夢中になっちゃうし妄想が羽を伸ばして大いに喜んでしまう。でも、嘘くさい物語を取り繕うように説明されて、いかにもな正論を吐かれると、脚本は説明に挿げ替えられるものでも綺麗事の盾になるものでもないのになって思ってしまう。


だからとて何もない時間なんて一秒もない。毎日おなじ時間に起きて同じ時間に仕事に行って同じ時間に帰って、ご飯をたべてお風呂に入って、寝て、または毎日ただただ同じ部屋で時間の制限なくダラダラ過ごすとして、当たり前だけどそれでもわたしたちには一日とて、同じ日はやってこない。光だったり、風だったり、温度だったり、暑いと感じたりずいぶん涼しくなったな、とか感じたりこれからわたしはどうなってしまうのだろうかとか今日も無駄に過ごしてしまったとかとりとめのない思考の切れ端は常に頭のなかをぐるんぐるんと散らばってて、止むことなく、少しずつ蓄積されていく。わからないぐらいのはやさで、微量さで、わずかながら織り重なる日々の無駄が、気づかない間にわたしたちの人生だ。表面的にはなーんにも起こらないドラマなんかほど遠い、ただの日々の退屈。その裏に、確かに生のあしあとは空気を揺らしている。


徒歩7分」は、それを、その無駄が紡ぐわたしたちの日々のかけがえのなさを、見事に可視化してくれたような作品だった。
親元から逃げるようにひとり暮らしを始めたニートの女性とそのストーカー、隣に住むバツイチ子持ちの看護師の女性、彼らは駅から徒歩7分の場所で出会い、ただの時間をすれ違う。最初は嫌悪を、次第に好意を、いつの間にか友情を、時間が経過したぶんだけ、空気を揺らしていたただの時間は、意味のある時間へと彩られていく。


第6話、これぞ前田節!と言わんばかりの、すれ違ってはコロコロとあさってへ転がっていくマジカルな会話劇のひょんな思考回路から、3人は日曜昼にお餅つきをはじめる。いつか親が死ぬということ、おそろしく不安なわたしたちの人生はおそらくまだ続くということ、日常のはしっこにこびりつく不安を告白し合って重くなった空気を、あっさりと食欲が払拭してしまう、その脚本の鮮やかさといい演出といいそれに応える俳優陣の演技も抜群に素晴らしくて、この一連を封じ込めた長回しのシーンは「徒歩7分」のなかでも傑作の場面だ。ここへきて前田脚本が、俳優陣の身体にしっかりと根付いて息吹くような魅力を放っている。ずっとこの時間にいたい。永遠にこの場面が続けばいいのにとすら思ってしまった。
シーンの最後で彼らは、なぜか不自然に動きを止めてしまう。


実は、餅をつくスピードがどんどん速くなって田中圭さんと菜葉菜さんが笑いをこらいきれなかったのです。
それでも麗奈さんは芝居を続けたのですが、一旦ツボに入ってしまった2人はそのまま肩を震わせていました。
(スタッフブログより)

確かに、よく見直してみると彼らが下を向いて笑いをこらえているそのシーンまで、この映像のなかにはちゃんとおさまっている。物語上の3人が時間を育んできたように、役者さんたちの関係も擦り合って醸成されてきたのだ、と思う。その生々しい軌跡をもこの作品は、フィクションの煌めきとともに真空パックしてしまったのだ。そして、物語は急発進していく。あらかじめ不安が横たわる想像の未来へと、彼らは向き合う覚悟をする。歩き出してみないと、未来は過去に呑まれてしまうから。経験が可能性を闇にしてしまうから。


「最初『依子の冒険』という題で書いていた。小さくて胸躍らない個人的な冒険だけど、そういうものの積み重ねが僕たちの生活じゃないかと思ったからだ。依子は自分の未来が想像できる。未来があまりにもリアルに実感できてしまって恐ろしくなったのだろう。自分から迷子になってみないと駄目だと思ったのだ。実家を出るという、大したことのない一歩だけど彼女には大きなこと、冒険だった。良いタイトルだと思ってたけどボツにされたから、しばらくはタイトルなしで書いていたら、依子はずっと家に居るし、外に出たと思っても家の近くにしか行かない。僕の家から最寄の駅までだいたい徒歩7分で、依子の行動範囲も大体それくらいだろうと思った。家に居ても、嫌でもなんでも、僕たちは真っ暗な未来に向かって突き進んでいく。目に見えている未来は過去で出来た偽の未来で、未来は未来でしか出来ていない。依子と一緒に日常の冒険を楽しんでくれたら嬉しいです。」
(スタッフブログより、前田司郎さんが番組に寄せたコメント)

悲しいのか、喜ばしいのか、前へ進んだのか後退してしまったのかわからないラストだった。だけど、過ごしてきた時間はしっかりと愛おしさを残して心に積まれている。そうやって色づいていく日々こそがわたしたちの冒険の証なのだと思う。よくもまぁこの作品の枠をとってくれたNHKの中島由貴さんには感謝しつつついでに「徒歩7分」のDVD化を超切望します。祝向田邦子賞!ということで、前田司郎さんの連続ドラマ、今度は民放でもお願いしますよ〜。