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餞驟窟誌

2018-01-16

【こよみ 平成30年01月15日(月)小寒 旧暦十一月廿九日(先負)大潮 】 69候 雉始雊 小寒末候 小正月 上元(新暦)あずきがゆ どんど焼き 半襟の日 アダルトの日 イチゴの日

お菓子の日(毎月)

二十四節気雑節
雉始めて鳴く(69候)

七十二候の一つ。小寒末候 69候 雉始雊 雉始めて雊く 雄の雉が鳴き始める 01月15日(月)〜01月19日(金)

小正月
7日までの松の内を「大正月」と呼び、15日を「小正月」という。松の内に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、この日を「女正月」という地方もある。

上元(新暦)あずきがゆ
この日に小豆粥を食べるとその一年中の疫病が避けられると言われる。 7月15日を中元、10月15日を下元という。

半襟の日

京都半衿風呂敷和装卸協同組合が制定。 襟を正す正月であり、この日がかつて「成人の日」であったことから、和装に縁のあるこの日を記念日としました。

アダルトの日
1947(昭和22)年、日本初のヌードショーが開演されました。 東京新宿帝都座の5階劇場で、額縁に裸体の女性が現れる「額縁ショー」が上演され、人気を呼びました。裸体画に見たてたもので、出演した女性はただじっとしているだけでした。

警視庁創設記念日
1881年明治14年)のこの日、それまで内務省の一部局であった東京警視本署が警視庁として設置された。

いちごの日
全国いちご消費拡大協議会が制定。 「いち(1)ご(5)」の語呂合せ。


[諸外国の記念日]
キング牧師誕生日

(1月第3月曜日・アメリカ人種差別撤廃を訴えたキング牧師の誕生日。

源頼朝政所を開設(1191)
田沼意次が38歳で老中に就任(1772)
坂下門外の変(1862)
東京警視庁設置(1874)
治安維持法適用社会学研究会の学生検挙(1926)
▲日本がロンドン軍縮会議からの脱退を通告(1936)
双葉山が阿芸ノ海に敗れ、69連勝でストップ(1939)
地下鉄新橋渋谷間全通(1939)
▲初の成人式、各地で開催(1949)
▲給食に初めて牛乳登場(1958)
ニクソン大統領北ベトナムへの攻撃中止(1973)
松竹歌劇団浅草国際劇場で最終公演(1982)
ラグビー日本選手権新日鉄釜石が7連覇(1985)、神戸製鋼7連覇達成(1995)
釧路地震(1993)

誕生:モリエール(劇作家1622) 西條八十(詩人1892) 
   アリストートゥル・オナシス(実業家1906) 
   ジャメル・アブダル・ナセル(アラブ連合共和国初代大統領1918) 
   マーティン・ルーサー・キング(宗教家1929) 新珠三千代(女優1930) 
   河野洋平(政治家1937) コシノヒロコ(ファッションデザイナー1937)
   冨士真奈美(女優1938) 樹木希林(女優1943) 落合恵子(作家1945) 
   藤村美樹(1956) 宮崎緑(キャスター1958) 石原良純(俳優1962) 
   メアリー・ピアス(テニス選手1975)
   
誕生花:とげ (Thorn)     花言葉:厳格





季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.15(月) 小寒


 生海鼠にも鍼こころむる書生かな


毎日新聞 2018年1月15日 東京朝刊


 ◆昔


 生海鼠(なまこ)にも鍼(はり)こころむる書生かな 与謝蕪村
     

解題


 こころむるは試みる。医学生ナマコに鍼を打って、治療の練習をしている光景だろう。現代のしんきゅう師ナマコを使って練習をするのだろうか。それにしても、なぜナマコなのか。練習をした後には料理して一杯やるのだろうか。「生海鼠」は冬の季語、冬にことに美味だ。蕪村には傑作「思ふ事いわぬさまなる生海鼠かな」もある。<坪内稔典

 

語釈・晦渋語 &出典

こころむるは試みる。「生海鼠」は冬の季語、冬にことに美味だ。蕪村には傑作「思ふ事いわぬさまなる生海鼠かな」もある。<坪内稔典


鑑賞


医学生ナマコに鍼を打って、治療の練習をしている光景だろう。現代のしんきゅう師ナマコを使って練習をするのだろうか。それにしても、なぜナマコなのか。練習をした後には料理して一杯やるのだろうか。

俳人

与謝蕪村


(よさ ぶそん、享保元年(1716年) - 天明3年12月25日(1784年1月17日))は、江戸時代中期の日本の俳人、画家。
本姓は谷口、あるいは谷。「蕪村」は号で、名は信章。通称寅。「蕪村」とは中国詩人陶淵明の詩「帰去来辞」に由来すると考えられている。俳号は蕪村以外では「宰鳥」、「夜半亭(二世)」があり、画号は「春星」、「謝寅(しゃいん)」など複数ある。松尾芭蕉小林一茶と並び称される江戸俳諧の巨匠の一人であり、江戸俳諧中興の祖といわれる。また、俳画創始者でもある。写実的で絵画的な発句を得意とした。独創性を失った当時の俳諧を憂い『蕉風回帰』を唱え、絵画用語である『離俗論』を句に適用した天明調の俳諧を確立させた中心的な人物である。



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=========仲冬 2018.01.15(月) 冬至(近頃の世情)) ==========
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風知草  改元政治史山田孝男
毎日新聞 2018年1月15日 東京朝刊

 平成は来年4月まで。大嘗祭(だいじょうさい)(新天皇の最初の新嘗祭(にいなめさい))は同11月という。

 明治以来、改元前後から即位礼、大嘗祭にかけ、時代を決定づける内外の重大事件が起きている。日本憲政史の坂野(ばんの)潤治東大名誉教授(80)に聞いた。

      ◇

 −−改元は不思議と世界史の転換期にあたっていると思うんですが。

 「すっとんきょうなことを言うね。世界史の転換と改元、関係ないじゃん。でも面白い。キミと同じことを言った男がいたな」

 −−どなたです?

 「丸山真男政治学者)のお父さん、丸山幹治(毎日新聞のコラム『余録』筆者)サ。大正改元直後、雑誌にこう書いた。『(改元で)一線を画するは合理的にあらずとするも、何故ともなく新時代のけはひ(気配)を感ず……』」

 −−そうでしょう。

 「明治は、日露戦争に勝った後は、海外で調達した戦費の返済が重く、いいことがなかった。国栄えて国民は疲弊した。そこから憲政擁護、閥族打破を叫ぶ民衆運動が生まれた」

 −−いわゆる大正デモクラシーですね。

 「1912(明治45)年の明治天皇の死と大正天皇即位はこの動きを加速させた。13(大正2)年、長州閥の第3次桂太郎内閣が倒れる。大正政変だ。桂は憲政史上最長、通算7年11カ月も首相をやったけど、最後の第3次内閣は62日間で終わっちゃった」

 −−当時、世界は産業と兵器が急激に発達した。そこで第一次世界大戦(14〜18年)が起きる。

 「大正天皇即位礼は開戦後の15(大正4)年だった。日本経済は大戦景気で飛躍的に発展した。大正改元は明るいんだ。そこへいくと昭和の改元は暗い。改元からわずか3カ月後、金融恐慌が起きた。戦時バブルを放置したまま(金融緩和の)出口(政策)をやらなかったからね」

 −−今と似てるじゃありませんか。

 「同じサ。第一次大戦緊急避難金本位制を離脱した各国が大戦後、19(大正8)年のアメリカを皮切りに金本位制へ戻った。戻っておけば、いざ恐慌という時、金本位制を離れ、危機に対応できるが、日本はそうしなかった。日本は世界金融大恐慌まっただ中の29(昭和4)年11月になって復帰を決めたんだ」

 −−それで、恐慌失業に凶作も加わり、大混乱に陥ったわけですね。

 「いまだってね、イエレン(米連邦準備制度理事会議長)が金利を上げるのはイザという時に下げて制御するためだろう」

 「それにしてもこんな状況で、よく(自民党総裁選に対抗馬が出ると思うんだよ(笑い)。手を挙げてホントになっちゃったら大変だよ。異次元緩和とゼロ金利で走った人たちに後始末をつけてもらった方がいいと思うけど」

 −−昭和史に学んで出口政策をと?

 「当然だよ」

      ◇

 今の天皇陛下即位の礼大嘗祭は90(平成2)年11月に執り行われた。

 改元から大嘗祭までの間に、ベルリンの壁が崩れて冷戦終結イラククウェートへ侵攻した。

 以来28年。資本主義民主主義米国勝利かと思われたが、今やどれも揺らいでいる。世界は富者と貧者、右派左派など、さまざまに分断された。

 和解、協調促進が日本の役割に違いないが、油断は禁物。大嘗祭まで、まだ2年近くある。(敬称略)=毎週月曜日に掲載

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憂楽帳 水仙は冬の精?
毎日新聞 2018年1月15日 大阪夕刊 【戸田栄】

 この時期、花屋の店先に水仙が並ぶ。目にすると、買い求めずにはいられない。厳しい冬は、時に息をのむ美しい姿を見せる。水仙にその記憶がよみがえる。

 冬の日本海はうなり声をとどろかせて荒れ狂い、越前海岸に打ち寄せる。身を切るような寒風も音を立て、木々をも吹き飛ばさんばかりに吹きつける。福井支局に赴任していた頃、吹雪の日に行って、なんと恐ろしいところかと思った。

 そこに厳寒期、水仙が花開く。春を思わせる黄色い筒状の中心部を白い花びらが囲み、なんとも愛らしい。また、これほど香りのよい花もあまりないだろう。女優に例えれば、映画「ローマの休日」のあの人だろうか? それにしても、なぜ彼女が地の果てのようなここに? 奇跡的なことだ。冬の精なのだろうか。

 当時、春を前に東日本大震災が発生し、福島原発メルトダウンした。原発が国内最多の福井県ではひとごとではない。福島報道に注目する日が続いたが、苦境にある人々の中の美談などが伝えられると、どんな時にも光は差すものだと感心した。そして、私は水仙を心の片隅に思い浮かべたりしていた。【戸田栄】

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2018-01-14

【こよみ 平成30年01月14日(日)小寒 旧暦十一月廿八日(友引)中潮 】 68候 水泉動 小寒次候 タローとジローの日

2018.01.14(日) 七十二候 小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ 
地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)

十四日年越し
1月15日の小正月の前日にあたるため、この日は年越しの日とされていた。今では小正月の習慣があまり行われていないため、十四日年越しの習慣もすたれてしまっている。

タロとジロの日

南極昭和基地に置き去りにされたカラフト犬の「タロ」、「ジロ」の生存1959年(昭和34年)のこの日確認された。「愛と希望と勇気の日」ともよばれる。

額田王道後温泉で「熱田津に船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今はこぎいでな」という名歌を詠む(661)
岩倉具視が赤坂喰違坂で襲われ(1874)
▲史上初の長編アニメ白雪姫」封切り(1938)
ルーズベルトチャーチルカサブランカ会談(1943)
ホーチミンベトナム民主共和国の独立を宣言(1950)
中国北京アメリカ総領事館を接収(1950)
マリリン・モンローディマジオと結婚。同年離婚(1954)
▲やむなき事情で置き去りとなった南極観測隊のカラフト犬のタロー、ジロー 生存を確認(1959)
横浜マリンタワー、オープン(1961)
フランスド・ゴール大統領イギリスのEEC加盟拒否を表明(1963)
原子力空母エンタープライズ太平洋で火災事故(1969)
伊豆大島近海地震(1978)

誕生:新島襄(教育者1843) シュバイツァー(医師1875)
   ヒュー・ロフティング(作家1886) 福田赳夫(元首相1905) 
   三島由紀夫(作家1925) フェイ・ダナウェイ(女優1941) 
   田中真紀子(政治家1944) 萩尾みどり(女優1954) ルー大柴(タレント1954)
   石田純一(俳優1955) 亜蘭知子(タレント1958) 
   佐藤里佳(アナウンサー1967) 松居直美(タレント1968) 
   立河宣子(タレント1970) 北川悠仁[ゆず](歌手1977)
   新山千春(タレント1981) 上原多香子[SPEED](歌手1983)

誕生花シクラメン (Cyclamen)   花言葉:内気




季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.14(日) 小寒


 をみなら が きんのこのこを このみけり


毎日新聞 2018年1月14日 東京朝刊


 ◆今


   をみならが きんのこのこを このみけり    福島せいぎ 

   

解題


 「きんのこのこ」はキンコのコノコ。キンコは20センチにもなるナマコ宮城県金華山産のものが昔から有名だ。コノコはナマコの卵巣を干したもの。「自註句集 続福島せいぎ集」(なると俳句会)から引いたが、作者の祖母はキンコのコノワタが好きだったらしい。「あぶるとさらに香ばしく酒の肴(さかな)として珍重される」と作者の弁。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

「自註句集 続福島せいぎ集」(なると俳句会)から引いたが、作者の祖母はキンコのコノワタが好きだったらしい。「あぶるとさらに香ばしく酒の肴(さかな)として珍重される」と作者の弁。<坪内稔典

鑑賞

「きんのこのこ」はキンコのコノコ。キンコは20センチにもなるナマコ宮城県金華山産のものが昔から有名だ。コノコはナマコの卵巣を干したもの。

俳人

福島せいぎ


福島せいぎは「なると」主宰にして「万象」(主宰・大坪景章)同人

2018-01-13

【こよみ 平成30年01月13日(土)小寒 旧暦十一月廿七日(先勝)中潮 】 68候 水泉動 小寒次候 初虚空蔵 寒九 ピース記念日

2018.01.13(土) 七十二候 小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ 
地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)


寒九(かんく)
寒に入って9日目。冬の季語 寒入りは二十四節気小寒の日からです。
小寒は1/5か1/6頃ですから 寒九というと1/13か1/14頃と云うことになります。
寒は寒さがことのほか厳しい時期と云うことで辛い時期ですが、寒くて辛い だけの時期ではありません。 寒の時期には寒さと乾燥のために、雑菌の繁殖が抑えられるため、この時期 に汲んだ水は質がよく腐りにくいといわれます。ことに寒九の水は薬になる とまで云われたそうです。

咸臨丸出航記念日
1860年のこの日、江戸幕府軍艦咸臨丸」が日米修好通商条約を批准するために品川沖を出航したことにちなんで。勝海舟福沢諭吉ジョン万次郎らが乗船し、サンフランシスコへ。

初虚空蔵 虚空蔵縁日
毎月13日は虚空蔵菩薩の縁日で、一年最初の縁日は初虚空蔵と呼ばれる。

たばこの日,ピース記念日
1946(昭和21)年、高級たばこ「ピース」が発売されました。 当時、10本入りで7円で、日曜・祝日に1人1箱だけに限られていました。

[諸外国の記念日]
聖ケンティガーン(St. Kentigern)の祝日

イギリス・スコットランド中部の都市グラスゴー守護聖人

源頼朝死去。53歳(1199)
日本兵慶長の役の遠征軍)が朝鮮に上陸(1597)
玉川上水の工事開始(1653)
咸臨丸アメリカへ向けて品川から出航(1860)
東京で気温、マイナス9.2度を記録。ちなみに日本の最低気温は1902年1月25日、 旭川市でマイナス41度を観測(1876)
▲作家エミール・ゾラドレフュス事件についてフランス大統領に宛てた公開状を 新聞に発表(1898)
▲第1回国勢調査の結果が発表(1921)
ジャズなど英米曲のレコード発売、演奏禁止(1943)
三河地震M7.1。死者1180人(1945)
▲ピース(たばこ)発売。紙巻きタイプの第1号。10本入り7円(1946)
日劇ダンシングチーム初公演(1954)
美空ひばり塩酸をかけられる(1957)
国公立大学共通一次試験スタート(1979)
山形で中学1年生がいじめによるマット窒息死(1993)
東京多摩地区で、長男に「悪魔」という名前をつけて届けたが市役所
 受け付けられなかった父親が、東京家裁八王子支部に不服申し立て(1994)
▲初の女性判事誕生(1994)

誕生:狩野永徳(画家1543) シャルル・ペロー(作家1628) 
   ベルツ(内科医師1849) 阿刀田高(作家1935) 野沢那智(声優1938)
   相米慎二(映画監督1948) 伊藤蘭(女優1955) 太川陽介(タレント1959)
   SAM [TRF](1962) 秋本奈緒美(歌手・女優1963) 設楽りさ子(1968) 
   CHARA[YEN TOWN BAND](歌手1968) 長山洋子(歌手1968) 
   
誕生花水仙 (Narcissus)     花言葉:神秘




季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.13(土) 小寒


汐曇り鯨の妻のなく夜かな 


毎日新聞 2018年1月13日 東京朝刊


 ◆昔


  汐(しお)曇り鯨の妻のなく夜かな  大島蓼太 
        

解題



 汐曇りは、潮がさして来るときの水蒸気で空が曇ること。または、潮気のために海上が曇って見えること。以上、「日本国語大辞典」にある説明。謡曲などに用例があるようだが、この言葉、私はまだ使ったことがない。ともあれ、汐曇りの夜、鯨の妻が鳴いているというのが今日の句。夫を捜しているのだろうか。「鯨」が冬の季語だ。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

汐曇りは、潮がさして来るときの水蒸気で空が曇ること。または、潮気のために海上が曇って見えること。以上、「日本国語大辞典」にある説明。謡曲などに用例があるようだが、この言葉、私はまだ使ったことがない。「鯨」が冬の季語だ。<坪内稔典


鑑賞

ともあれ、汐曇りの夜、鯨の妻が鳴いているというのが今日の句。夫を捜しているのだろうか。

俳人

大島蓼太


(おおしま りょうた、享保3年(1718年) - 天明7年9月7日(1787年10月17日))は、江戸時代俳人。本姓は吉川。諱は陽喬、通称は平助、雅号は雪中庵、里席、宜来、老鳥、豊来、空摩など多数。与謝蕪村、加舎白雄などと共に中興五傑の一人。
信濃国伊那郡本郷村(現長野県上伊那郡飯島町)生まれ。幼時に一家江戸に出て、幕府の御用縫物師を務めた。
元文5年(1740年)雪中庵二世桜井吏登の門人となり俳諧を学ぶ。松尾芭蕉追慕の念から、寛保2年(1742年)『奥の細道』を吟行するため奥羽行脚に旅立ち、その翌年、郷里の飯島に立ち寄り、与田切川の河畔に現地の門人らと「雪塚」を建立した。
延享4年(1747年)雪中庵を継承し三世となる。芭蕉への回帰を唱えてその研究と顕彰に努め、三千余人の門人を有した。また江戸宗匠の旧態を批判し、一大勢力を築いた。


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土記 犬研究の今=青野由利
毎日新聞 2018年1月13日 東京朝刊
 <do−ki>

 今年は戌(いぬ)年。そこで今回は最近の犬研究の動向から。安直というなかれ。なにしろ進展著しい分野なのだ。

 たとえば「犬の起源」。「オオカミ祖先が飼い慣らされたんでしょ」というのが一般的な答えだが、問題はいつ、どこで、どんなふうに?

 科学者の間にも諸説ある。化石からみて1万5000年前なのか、3万5000年前なのか。人の残飯を食べるようになったのが始まりなのか、別の理由か。誕生したのは欧州か、アジアか−−。研究ライバル同士が「停戦」を宣言し、協力することにしたという話さえあったから、競争の激しさがうかがえる。

 そこに一石を投じたのが一昨年、英国チームが論文発表した「二つのルーツ」説だ。古代の犬と現代の犬、それにアイルランド遺跡から見つかった約5000年前の犬の骨のDNAを比較し、犬は1万4000年以上前に、東アジア欧州の2カ所で、別のオオカミ集団から生まれたのではないかと結論づけた。

 人類の「単一起源説」と「多地域進化説」のようで興味深かったが、昨年、今度は米国チームが犬やオオカミのデータを増やして「やっぱりルーツは一つで、2万〜4万年前」と反撃。論争は続いている。

 伴侶動物学が専門の麻布獣医学部菊水健史さんは、ここに日本犬の出番があるかもしれない、とみる。

 秋田犬や柴犬に代表される日本犬は大陸で生まれ、縄文人とともに日本列島に渡ってきた。彼らのDNAは洋犬に比べオオカミに近いことがわかっている。そこで、人とのコミュニケーション力の高さなどオオカミと犬を分かつ行動にかかわる遺伝子日本犬を使って見つけようとしている。犬を犬にした遺伝子がわかれば大きな前進だ。

 それにしても人と犬はどう出合ったのか。菊水さんが支持する仮説はこれだ。

 ある時、オオカミの中から社会的に寛容で他者を受け入れやすく、不安感や攻撃性が低い集団が草原に出てきて犬となった。怖がりで攻撃性の高いオオカミは森に残った。

 そして、同じ要素は人とチンパンジーの進化の分かれ道でも働いた。怖がりで攻撃性の高いチンパンジーは森に残り、社会的寛容性の高い人の祖先が草原に出てきた。そして、偶然犬と出合う−−。

 検証はこれからだが、見知らぬ他者をも受け入れる、寛容で楽観的な生き物同士が仲良く歩み、繁栄してきた道のりが浮かぶ。そして今、人間社会に必要なのも、こうした寛容性の高さではないかと思うのだ。(専門編集委員


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経済観測 現実を見据え歴史を振り返る=ベトナム簿記普及推進協議会理事長・大武健一郎
毎日新聞 2018年1月13日 東京朝刊
 東京証券取引所大発会で、株価が700円超値上がりし、日本経済は「バブル期以来の好景気」と浮かれたニュースが流れ始めている。しかし、そんな今こそ、少子高齢化が進む日本の現実を見据えて、もう一度歴史を振り返る必要があると思う。

 今年は明治維新から150年に当たる。私の祖母は1879年に商家の娘として東京で生まれ、96年に17歳で彰義隊の生き残りである武士の息子と結婚した。その頃、日本は日清戦争勝利し、社会が安定してきたように歴史には書かれているが、祖母の話では、不満を持つ元武士階級が毎晩のように集まり、刀を振り回して打倒明治政府を叫んでいたという。大正時代第一次世界大戦勝利したことで好景気に沸き、大正デモクラシーの時代と言われているが、祖母によると、庶民が好景気を実感したのはごく短い期間で、関東大震災経済恐慌生活どん底になり、庶民の側から景気回復のために大陸進出や軍需産業への期待が高まり、戦争への道を進んでいったと語っていた。

 ベトナムでは、1000年以上にわたり中国フランス米国と戦った経験から「歴史は戦いに勝った者が作る」と言われている。日本の明治以降の歴史も、太平洋戦争後の占領軍など戦争に勝った人たちが作った可能性がある。軍部が独走して戦争になったかのように歴史では語られているが、むしろ祖母の話のように、庶民が戦争へと導いた側面もあるように思われる。

 経済を優先する日本国民経済回復に踊り、人口減少と超高齢化の現実を見失っていないかが気になる。経済が減速した時に戦前の歴史を繰り返すことのないようにすることが重要だ。明治維新から150年の今こそ、中長期的に何をすべきか、歴史を改めて見直すことが必要だと思う。

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2018-01-12

【こよみ 平成30年01月12日(金)小寒 旧暦十一月廿六日(赤口)若潮 】 68候 水泉動 小寒次候 宮中歌会始め 桜島の日 スキー記念日(ミズノ1944) パンの日(毎月)

2018.01.12(金) 七十二候 小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ 
地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)


豆腐の日(毎月)


スキー記念日

1911年明治44年)のこの日、新潟県高田の陸軍歩兵連隊においてオーストリアレルヒ少佐が初めてスキー指導したことによる。


桜島の日

1914(大正3)年、鹿児島県桜島で、史上最大の大噴火が始りました。 35人の死者を出し、流出した熔岩によって対岸の大隅半島と地続きになりました。

パンの日
パン食普及協議会が1983(昭和58)年3月に制定。 1842(天保13)年4月12日に伊豆韮山代官江川太郎左衛門軍用携帯食糧として乾パンを焼いたのが、日本初のパンと言われています。この日を記念して毎月12日をパンの日としています。

後醍醐天皇、内裏造営(1134)
織田信長が瀬戸に焼き物の特権を与える(1574)
鹿児島で大火、64人が焼死(1680)
フランツ・リストウィーンでデビュー(1822)
板垣退助ら、日本初の政党結成(1874)
政府が、青森宮城酒田の3県に対して屯田兵募集の通達を出す(1875)
オーストリア将校レルヒ少佐が新潟県高田(現上越市)の陸軍歩兵連隊で日本軍青年将校に日本初のスキー指導。ストックは一本(1911)
酒田青森宮城の3県の士族を募り、北海道屯田兵に(1875)
桜島が大噴火し、死者35人。海峡が埋まり大隅半島と地続きになる(1914)
▲第1回全日本スケート選手権大会(1930)
▲NH K、大相撲ラジオ実況中継開始(1928)
ソ連がスパイ・反逆などの罪に対し死刑復活(1950)
文化財保護委員会平城宮址の発掘を開始(1954)
アガサ・クリスティー、没。75歳(1976)
▲これまで国・公立大学のみ参加が可能だった共通一次試験に代わり、私大も参加ができるようになった大学入試センター試験、スタート(1990)

誕生:ペスタロッチ(教育者1746) ジャック・ロンドン(作家1876)
   吉屋信子(作家1896) 加藤嘉(俳優1913) 三浦朱門(作家1926) 
   かまやつひろし(歌手1941)  三木たかし(1945) 村上春樹(作家1949)
   楠田江里子(司会者・エッセイスト1952) 中谷美紀(女優1976)
   
誕生花:にわなずな (Sweet Alyssum)   花言葉優美



季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.12(金) 小寒


 丸き背の鯨に添ひて眠りたし


毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊


 ◆今

   丸き背の鯨に添ひて眠りたし 吉行和子 
       

解題


 飛び切り寒い日などにこの句のように眠ったら快適だろうなあ。自分も鯨になって。この句、岸田今日子さん、吉行和子さん、冨士眞奈美さんの共著「わたしはだれ?」(2000年)から引いた。この3人、俳句好きな女優として知られるが、この本には3人で行った愉快な句会の記事もある。「地の底に冬眠といふ宴あり」も和子さんの傑作。<坪内稔典



語釈・晦渋語 &出典


この句、岸田今日子さん、吉行和子さん、冨士眞奈美さんの共著「わたしはだれ?」(2000年)から引いた。この3人、俳句好きな女優として知られるが、この本には3人で行った愉快な句会の記事もある。「地の底に冬眠といふ宴あり」も和子さんの傑作。<坪内稔典


鑑賞

飛び切り寒い日などにこの句のように眠ったら快適だろうなあ。自分も鯨になって。


俳人

吉行和子


(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト俳人
父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人吉行理恵。私生活では結婚・離婚を経験、子供はなし。

文筆の世界では、1983年にエッセイ集『どこまで演れば気がすむの』を出版し、1984年の第32回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。2000年の母の日に贈った五行歌は「朝日新聞」で大きく紹介された。
東京俳句散歩 (冨士眞奈美共著、光文社知恵の森文庫、2004年5月)




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=========仲冬 2018.01.12(金) 冬至(近頃の世情)) ==========
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社説 大飯1、2号機の廃炉決定 脱原発への新たな契機に
毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊

 脱原発依存を進める新たな契機となるのか、注目したい。

 運転開始から来年で40年を迎える大飯原発1、2号機(福井県)の廃炉関西電力が決めた。安全対策費がかさみ、再稼働しても採算が取れないと判断したためだ。

 2基はともに出力117・5万キロワットの大型原発東京電力福島第1原発以外で100万キロワット級の原発廃炉となるのは初めてだ。大手電力会社にとっても、老朽原発の維持は容易でないことが浮き彫りになった。

 福島の事故後、原発運転期間は原則40年と定められた。ただ、原子力規制委員会の審査に合格すれば、最長で20年間の延長が可能だ。

 大飯1、2号機は原子炉格納容器が狭い特殊な構造で、安全対策やその後の点検修理が難しい。関電は延長見送りの理由をそう説明する。

 「経済性は算定していない」と岩根茂樹社長は記者会見で述べたが、厳しい経営環境が今回の決定の背景にあることは間違いない。

 電力小売りの全面自由化や省エネの進展の影響で、関電の電力販売量はピーク時から2割減少した。

 関電は、存続を決めた7基の原発について少なくとも計8300億円の安全対策費を見込んでおり、更なる対策費の積み上げは重荷だった。

 他の大手電力も似た悩みを抱えているはずで、大型原発廃炉に踏み切るケースが今後も出るだろう。

 政府は2030年の発電量の20〜22%を原発で賄う方針だ。達成には30基程度の原発再稼働が必要だが、現状は4基にとどまる。下方修正が迫られるのは確実である。

 経済界や大手電力には、原発の再稼働に加え、新増設や建て替えを望む声が強い。だが、安全対策の強化に伴い、原発の建設コストは高騰を続けている。中国を除けば、世界の原発建設は退潮傾向にある。

 日立製作所英国で進める原発新設プロジェクトで、政府債務保証する方針だという。それほど、原発新設の事業リスクは高いことを示している。

 原発の再稼働を前提とした送電線の運用が、再生可能エネルギーの導入を阻んでいるという指摘もある。

 原発依存度を下げ、再生エネや省エネの拡大を図るために、政府が知恵を絞ることは多いはずだ。

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経済観測  社会・政治システムを現場から変える=経営共創基盤CEO・冨山和彦
毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊

 新しい年は、経済的には堅調な米中の経済と世界的な株高でなんとなく明るい雰囲気で明けた。他方、政治的には、欧米における自国第一主義勢力の拡大、北朝鮮情勢、中東情勢など、大きなリスク要因をはらんでいる。こうした状況に人工知能やロボティクスによる第4次産業革命の大波はどのような影響を与えるのか。

 産業革命と言われる破壊的イノベーションは、画期的な技術革新に先導される。大きな技術革新生産性を飛躍的に高め、新たなビジネスモデルを生み出して産業構造を一変させてきた。問題はこの先である。産業構造の大転換は、人々の働き方、生活のあり方を大きく変える。社会全体が豊かになる一方で、こうした大変化についていけない人々が増えるために社会的、政治的には不安定さが増す。科学技術の進歩スピード、産業的イノベーションのスピードに比べ、社会や政治のイノベーションはどうしても遅行的である。生活者としての生身の人間は不器用で情緒的、習慣的な生き物である以上、簡単には変われないのだ。

 20世紀前半の大きな戦争と大量虐殺の時代も、科学技術・産業イノベーションと社会・政治システムがバランスを失った時代であり、一時期、その解決仮説として、マルクス・レーニン主義全体主義が勃興したが、むしろそれで悲劇は増幅した。

 さて、そんな歴史を知っている私たちはどう生きるべきか。歴史の教訓は、インテリが頭で考えた「特効薬」的な解には懐疑的であれということだろう。現実の社会や政治のあり方を変えていく知恵の源泉は、やはり現場にある。市井に身を置いて、そこで起きている社会的な現象経済的な現象に対峙(たいじ)し、問題解決に忍耐強く取り組むことが原点なのだ

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憂楽帳  花園

毎日新聞 2018年1月12日 大阪夕刊 【辻中祐子】

 高校ラグビーの聖地・東大阪市花園ラグビー場は、のどかな風情のスタジアムだ。初めて観戦に訪れた頃は、バックスタンドが「土手」だった。1992年に完了した改修で土手はスタンドとなったものの、片側のゴール裏は、かつてオフの間に営業していたゴルフの打ちっぱなし場の跡がそのまま。グラウンドとは生け垣で仕切られ、段差に座ったり立ったりと、みな思い思いに観戦していた。

 今年度の全国高校ラグビー大会は2019年のラグビーワールドカップに向けた改修が進む中で行われた。ベンチスタイルだったバックスタンドは個別の椅子となり、スタンド全体に「HANAZONO」の文字。打ちっぱなし場は消え、スタンドが建設されている途中だった。

 立派なスタジアムに生まれ変わりそうだが、花園らしさが消えるのでは。そんな疑問に、市の花園ラグビーW杯推進室の奥井幸史総括主幹の答えは明確だった。「花園には、ここに来るまでのドラマを背負って戦う高校生たちの情熱が詰まっている。それは変わりません」。高校生たちが戦い続ける限り、花園は聖地であり続ける。【辻中祐子】

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2018-01-11

【こよみ 平成30年01月11日(木)小寒 旧暦十一月廿五日(大安)長潮 】 68候 水泉動 小寒次候 鏡開き 蔵開き 塩の日 1.11忌

2018.01.10(水) 七十二候 小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ
 地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)

鏡開き
その年の年神さまに供えた鏡餅を小さく割り、お汁粉などにして食べる行事。元々は武家社会の行事で、具足開き(鎧や兜に供えた餅を雑煮などにして食べた)といった。そのため、鏡餅は刃物で切ると切腹のようだと手や木槌で割り、開くようになったことから、鏡割りでなく、鏡開きという。

蔵開き

商売をする家では新年初めて蔵を開き、商売繁盛を祈る行事をこの日に行う。鏡開きのように鏡餅を割って食べる。

塩の日
1569年(永禄11年)に上杉謙信が宿敵武田信玄に塩を送り、「敵に塩を送る」という言葉のもとになったことから。新潟県糸魚川市長野県松本市間を結ぶ「塩の道・千国街道」によって塩が運ばれた。
1/11は、武田領の松本に塩が届いた日とされ、松本ではこの日(現在はその前後の土日)に塩市が開かれている(名称は江戸初期の頃より「飴市」に変わった)。

厚生省発足記念日
1938年(昭和13年)に国民の体力向上をはかるために厚生省が発足したことによる。2001年(平成13年)から労働省と統合され「厚生労働省」としてスタート。

[著名人の誕生日・命日]
1.11忌

路傍の石』等で知られる小説家山本有三の1974(昭和49)年の忌日。

カエサルルビコン川を渡りローマに入る(BC49)
イスラム教の祖マホメットメッカに入城(630)
▲日本初の自然銅を武蔵の国秩父郡が献上、元明天皇はこれを喜び、元号を「慶雲」から「和銅」に改元(708)
幕府、鉄砲づくりを開始(1615)
太平天国の乱(1851)
▲徳川一行、パリ万国博へ出発(1867)
伊豆七島静岡県から東京府に移管(1878)
イギリスで30歳以上の女性に参政権。ちなみにアメリカは2年後、日本は占領軍の指示で1945年(1918)
厚生省発足(1938)
東京でスモッグ警報、初めて発令(1965)
▲初のスキー特急「新雪」運行開始。走行区間は東京新潟・石打(1969)

誕生:伊能忠敬(地理学者1745) 鈴木善幸(元首相1911) 
   エラリー・クイーン(作家1915) 山岡荘八(作家1907) 岡田茉莉子(1933)
   古今亭志ん馬(落語家1935) 江利チエミ(歌手1937) 河原崎長一郎(1939)
   ちばてつや(漫画家1939) 連城三紀彦(作家1948) 氷室冴子(作家1957) 
   内海光司[(光GENJI)](1968) 松岡昌宏[TOKIO](歌手1977)
   深津絵里(女優1973) 持田真樹(女優1975)
     
誕生花:においひば (Arbor-Vitae)   花言葉:堅い友情



季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.11(木) 小寒


 水仙や藪の付きたる売屋敷


毎日新聞 2018年1月11日 東京朝刊


 ◆昔


  水仙や藪(やぶ)の付きたる売屋敷 浪化上人 
       

解題


 こんな家だと、「あっ、買いたい!」と私は思う。庭がやぶになった家、屋根が今にも崩れそうな家などになぜか強くひかれるのだ。西国街道沿いのわが家の近所にもこのところ空き家が急増、私好みの家が増えている。散歩の折、「この家、買いたいなあ!」を連発している。今日の句の作者は芭蕉門の俳人東本願寺派の僧だった。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典


西国街道沿いのわが家の近所にもこのところ空き家が急増、私好みの家が増えている。散歩の折、「この家、買いたいなあ!」を連発している。今日の句の作者は芭蕉門の俳人東本願寺派の僧だった。<坪内稔典


鑑賞

こんな家だと、「あっ、買いたい!」と私は思う。庭がやぶになった家、屋根が今にも崩れそうな家などになぜか強くひかれるのだ。

俳人

浪化上人


(ろうか、寛文11年12月17日(1672年1月16日)- 元禄16年10月9日(1703年11月17日))は、江戸時代中期の浄土真宗の僧・俳人。父は東本願寺14世法主琢如。幼名は正丸。名は晴寛。法名は応真院常照。俳号は自遣堂・応々山人・休々山人など。京都の出身。

1677年(延宝5年)7歳のとき得度して越中国井波瑞泉寺の住職となるが、京都との間を往来した。父も兄も北村季吟の門人であり、初め季吟に師事したが、のち向井去来に学んだ。1691年(元禄4年)に刊行された『卯辰集』ではじめて句が入集している。1694年(元禄7年)閏5月、去来を通じて京都嵯峨の落柿舎で松尾芭蕉に会い、芭蕉の門に入った。芭蕉の没後も芭蕉への敬慕の念が厚く、塚を立て、遺髪を得て黒髪庵を建立している。また芭蕉の門弟らと交流し、各務支考と親しかった。


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=========仲冬 2018.01.10(水) 冬至(近頃の世情)) ==========
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木語 習近平戦略と陽明学坂東賢治
毎日新聞 2018年1月11日 東京朝刊
 <moku−go>

 明治維新から150年。NHKでは大河ドラマ「西郷(せご)どん」が始まった。維新の功労者にもかかわらず、賊軍の将として散った西郷隆盛清朝末から1920年代にかけ、中国知識人の間でも人気を博していた。

 在日華僑作家の譚〓美(たんろみ)さんは「中国新時代に立ち向かう際の理想的なモデルとしてあがめられ、真の英雄として語り継がれてきた」(「中国共産党を作った13人」新潮新書)と評している。

 西郷は大塩平八郎吉田松陰らと共に日本の陽明学の系譜を代表する人物とも受け止められていた。明の儒学者の思想が明治維新に影響したという見方が改革を求める中国の人たちを鼓舞したようだ。

 辛亥革命清朝を倒した孫文(そんぶん)は革命前、東京で清からの留学生を前に「明治維新の諸豪傑は中国哲学の大家である王陽明(おうようめい)の知行合一説に夢中になっていた」と語っている。

 孫文の死後、中華民国の実権を握った蒋介石(しょうかいせき)は日本留学中、多くの日本人が王の「伝習録」を読んでいることに感銘を受けたという。台湾移転後には居を構えた台北市北部の山を「陽明山」と名付けた。

 毛沢東(もうたくとう)も若い頃に陽明学を学んだが、革命後は批判に転じた。唯物論を主張する共産主義者なら当然と思えるが、その共産党政権から陽明学を再評価する指導者が現れた。習近平(しゅうきんぺい)国家主席だ。

 就任以来、たびたび、王陽明に言及し、「中国伝統文化の中の精華」と持ち上げている。中国メディアは王が唱えた「知行合一」説を、理論と実践を統一し実践を重視する考えと解説している。

 三島由紀夫が「革命哲学」と呼んだ陽明学にはテロ反体制運動につながりかねない要素もあるとされる。だからこそ、明治維新の思想的背景になりえたのだろうが、なぜ習氏があえて評価するのか。

 昨年12月の米フォーリン・アフェアーズ誌でシドニー大のバボネス准教授が習氏の目指す「中華民族の偉大な復興」を理解するには「フランス人ならフランス革命、日本人なら明治維新を想起すればいい」と指摘していた。

 共産党指導力国民統合を図ろうとしているとの見方だ。習氏が明治維新を意識しているかは不明だが、改革志向が強いことは確かだろう。

 郷土の英雄である吉田松陰を信奉し、国会演説でも「知行合一」に触れてきたのが安倍晋三首相だ。今年は日中首脳の交流が期待されるが、習氏と陽明学論議を交わしてはどうか。習氏の戦略がより明確になるのではないか。(専門編集委員


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経済観測 競馬で養う分析力=三菱商事調査部長・武居秀典
毎日新聞 2018年1月11日 東京朝刊

 かれこれ20年近く、趣味と実益を兼ねて競馬を楽しんでいる。ただ、実益といってもお金ではなく、分析力を養うという意味だ。競馬の予想では、馬の血統、過去の成績、体重の増減の他、騎手や当日の馬場状態など、数多くの検討すべき要素がある。これらの要素と出走馬の情報などのデータを基に、1、2着馬、時には3着馬まで予想する。

 競馬でも、経済地政学などのマクロ環境分析と同様、数多くの検討要素の中から重視する要素を思い切って絞り込む。レースによって異なるが、得意な距離かどうか、騎手が誰か、天気が悪い場合には悪天候に強いか、などだ。検討要素が多過ぎると論理だった予測が難しくなり、絞り込みが的外れだと本質を見失う。マクロ環境分析でも、数多くの検討要素から、事象の変化に大きな影響を与える要素を見つけ出せるかが予測の精度を左右する。

 さらに、データだけを見て勝ち馬を予想するのではなく、どのようなレース展開になりそうか、想像力を働かせていくつかのシナリオを設定する。それらをデータなどに基づき検証し、シナリオ自体を直しながら絞り込む。シナリオを設定・検証する手法は、予測プロセスの効率と精度の向上に役立つ。

 なにより競馬は、マクロ環境分析と異なり、たった数分で結果がでる。外れることが多いが、自分の想定したシナリオとどこが違ったのか、すぐに検証(反省)できる。これは分析力を養う場としての大きな利点だ。ただ、競馬を的中させるのは本当に難しい。最も読みにくい馬のやる気も大きく影響する。ここに競馬の面白さがあり、世の中に通じるところもある。激変する内外経営環境で、いかなる要素に注目し、どのようなシナリオを描くか、今年もしっかり見極めたい。

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憂楽帳 宅配お国事情
毎日新聞 2018年1月11日 大阪夕刊 【岡田功】

 昨年、留学中の米国から次の留学先のロンドンへ、着古した服などを段ボール箱で送った。予定日よりかなり遅れて届いたのは肝心の荷物ではなく、日本の郵便局に相当する「ロイヤルメール」からの通知状。40ポンド(約6100円)を超す関税を払わない限り廃棄するか発送元へ有料で送り返す、とあった。

 航空便の送料で既に1万円以上かかっている。買い直す手間とコストを考えて渋々応じた。しかし、試練はここから。悪評高いロイヤルメールは不在が3回続くと有料で勝手に発送元へ送り返してしまう。配達時間は何時になるか分からず、配達日が守られないことも珍しくない。結局、受け取るまでにまるまる2日間が無駄に。アマゾンで買い物をした商品が2カ月たっても届かず、注文がキャンセルになったこともあった。

 米国やタイにも住んだが宅配事情は似たり寄ったり。時間指定もできる日本は奇跡としかいいようがない。ドライバーの人手不足に伴う料金値上げは頭が痛いし、正確無比に慣れ過ぎるのもどうかと思う。しかし、世界に誇るこのサービス、やはり手放したくない。【岡田功】


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【こよみ 平成30年01月10日(水)小寒 旧暦十一月廿四日(仏滅)小潮 】 68候 水泉動 小寒次候 十日戎(えびす)初金比羅 110番の日(警察庁1985) 明太子の日

LPガス消費者保安デー(毎月)

二十四節気・七十二候・雑節
泉水温をふくむ(68候)

七十二候の一つ。小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ 地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)

金比羅
金比羅様の初縁日

110番の日
1985年昭和60年)12月に警察庁が制定した日で、翌年の1986年(昭和61年)より実施している。110番通報の大切さとその適切な利用をアピールする日で、110番を日付にすると1月10日になることからこの日となった。

明太子の日
1949年(昭和24年)に創業以来研究を重ねてきた「明太子」をはじめて店頭に並べ、福岡名産「からし明太子」が誕生した。福岡の食品会社ふくやが制定したもの。

徳川綱吉、没。64歳(1709)
▲甘藷(サツマイモ)の栽培はじまる (1724)
江戸に大火がおこる(1794)
ロンドンに世界最初の地下鉄開通。6キロ(1863)
政府徴兵令を公布(1873)
クレオパトラの墓、発見(1890)
国際連盟が正式に成立(1920)
ロンドン国際連合の第1回総会が開催(1946)
公務員の勤務時間、冬33時間、夏39時間から週48時間制へ。出勤時間が 早まり、遅刻者が相次ぐ(1949)
▲NHK教育テレビが開局(1959)
シャネル没。87歳(1971)
▲日本唯一の講談寄席上野本牧亭閉鎖(1990)

誕生:島村抱月(評論家1871) 高山樗牛(評論家1871) 伴淳三郎(俳優1908) 
   三遊亭圓歌(落語家1929) 長門裕之(俳優1934) 雁屋哲(漫画原作者1941)
   嵐山光三郎(作家1942) 小松政夫(タレント1942) 
   ロッド・スチュワート(ミュージシャン1945) あおい輝彦(俳優1948)
   林あまり(1963) 財前直見(女優1966) 山口達也[TOKIO](歌手1972)
   AKKO[My Little Lover](歌手1973) 田中祐二[爆笑問題](1965)
   
誕生花:つげ (Box-Tree)     花言葉:堅忍


季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.10(水) 小寒


海遠し一輪挿しの水仙


毎日新聞 2018年1月10日 東京朝刊


 ◆今


  海遠し一輪挿しの水仙に 横山康夫
       

解題


 水仙は海辺に自生する花。この句の水仙は、海から遠い場所に生けられている。その一輪挿しの水仙は遠い海を思っている。もちろん、その思いは水仙を見ている人の思いだ。句集「往還」(書肆麒麟)から引いたが、1949年生まれの作者は大分県中津市に住む。「踏青や玄界灘の見ゆるまで」も同じような思いを詠んだこの句集の傑作。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

句集「往還」(書肆麒麟)から引いたが、1949年生まれの作者は大分県中津市に住む。「踏青や玄界灘の見ゆるまで」も同じような思いを詠んだこの句集の傑作。<坪内稔典


鑑賞

水仙は海辺に自生する花。この句の水仙は、海から遠い場所に生けられている。その一輪挿しの水仙は遠い海を思っている。もちろん、その思いは水仙を見ている人の思いだ。

俳人

横山康夫


横山康夫(よこやま・やすお)、1949年、大分県生まれ。



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=========仲冬 2018.01.10(水) 冬至(近頃の世情)) ==========
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水説 60年前の大発明=中村秀明
毎日新聞 2018年1月10日 東京朝刊
 <sui−setsu>

 世界中で毎日約3億食近くが消費されている食べ物がある。カップタイプも含む即席めんだ。

 世界ラーメン協会によると、2016年の消費量は975億食にのぼる。13年をピークに微減傾向だが、「国際食」の地位は健在である。

 世界に広まったメード・イン・ジャパンといえば高品質の自動車カラオケなどを思い浮かべるが、すべてを差し置いて即席めんというべきかもしれない。そんな画期的な発明が世に出て、今年で60年を迎える。

 大阪府北部・池田市の民家の裏庭に作った粗末な小屋で、即席めんは生まれた。

 家の主は台湾出身の安藤百福さん。理事長だった信用組合が破綻し、戦後に築いた事業や資産を失って借家の自宅だけが残った。

 幼いころに両親を亡くし、祖父母の手で育てられた。繊維事業で身を起こしたが、大阪にあった工場などは空襲ですべて焼失している。破綻の責任を問われた信用組合は、実業家としての信望を見込まれ、請われて引き受けた結果だった。

 彼はこの時、すでに47歳。しかし、「失ったのは財産だけやないか」と言い聞かせたという。

 そして、五つの要素を持った家庭でも食べられるラーメンの開発に取り組んだ。おいしくて飽きない、簡単な調理、長期の保存性、安全、手ごろな価格の五つだ。裏庭の小屋に早朝から深夜までこもり続けて約1年。試行錯誤を重ねて、「チキンラーメン」の誕生にこぎつけた。

 池田市横浜市にある安藤百福発明記念館には、世界の食を変えた小屋が復元されている。6畳ほどの板張りの作業スペースには、年季の入った製めん機や調理器具などが並び、研究に没頭した日々がうかがえる。

 日清食品を創業した安藤さんは後に「発明にたどりつくには、やはり48年間の人生が必要だった」と振り返っている。激しい浮き沈みの半生もまた糧となったのだ。

 幼いころに苦労した安藤さんの遺志を受け、池田市の記念館は入場無料、横浜市は高校生以下が無料だ。たくさんの子どもたちに発明・発見の楽しさ、ものづくりの面白さを伝えたいという願いが込められている。

 「転んでもただでは起きるな!」(中公文庫)に、こんな言葉を見つけた。

 「人生に遅すぎるということはない。50歳、60歳からでも新たな出発はある」

 多くの人を力づけ、奮い立たせる言葉だ。(論説委員

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経済観測 お正月のもちをめぐって=農業ジャーナリスト・青山浩子
毎日新聞 2018年1月10日 東京朝刊

 毎年「正月用に」と知り合いの農家がもちを贈ってくれる。今年に限り、開封前に小さなカビの生えたもちがあった。正月に親戚にその話をすると、「実は」と、過去におすそわけした別の農家のもちにもカビが生えていたなど、喉のつかえがとれたように親戚が話し始めた。話題が出なければ声なき声として終わっていただろう。農家に即座に伝える必要性を感じつつ、食品メーカーが製造する長期保存が可能な包装もちに慣れて、「もちにカビはつきもの」という感覚が希薄になったとも感じた。

 包装もちの生産量は年々増え、年齢別では20代の購入量が微増している。全国餅工業協同組合によると2016年度は約7万トンで40年間に倍増した。その分、自宅でもちをつく習慣は消えつつある。ましてやきねと臼でもちをつく家はごくわずかだろう。

 野村アグリプランニングアドバイザリーの調査によると、農産物や加工品を消費者に直販する法人の5割が「顧客からのクレームは年に数回のみ」と答え、4割が「ほとんどない」と答え、顧客からのクレームは意外と少ないと分析している。しかし、小売店農産物直売所などを通さず、農家と消費者が直接取引する場合は特に面と向かって苦情を言いづらく、何らかの問題をきっかけに購入を中止するサイレントクレーマーが相当数いるのではないかと感じる。

 こうした事情を知らないまま、気づけばもちの注文が減ったという事態は避けたい。昔ながらのきねつきもちを作って販売する農家もおり、味わいは格別だ。一方、消費者の信頼を失ってはならない。農家には、加工技術の向上や衛生管理の徹底が求められる。加工に携わる農家に対し、行政からの情報発信や啓蒙(けいもう)活動が欠かせない。

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憂楽帳 ネットの恵み
毎日新聞 2018年1月10日 大阪夕刊 【皆木成実】

 奈良県御所市の葛木御歳(かつらぎみとし)神社は、地域が支える小さな「村の鎮守」だ。正月に訪れる年神をまつる神社総本社という由緒を持つが、過疎地にあり、氏子の高齢化で荒廃していた。それが近年、女性宮司の手で再興を果たした。

 大学で環境生物学を学んだ「理系女子」の東川(うのかわ)優子さん(55)。活用したのはインターネットだ。ブログなどで支援を募るうち、由緒に関心を持った地域外の人々がボランティアで境内の整備に駆けつけた。刺激を受けた氏子も積極的になり、共に協力して本殿などを修復。交流の場となる“神社カフェ”も3年前、ネットで募った資金で併設した。

 「言霊(ことだま)がネットで伝わった」と東川さん。大阪出身で、縁あって宮司職を継いだ。当初は孤立無援だと思っていたが、再興を祈る言葉が遠方から会ったこともない味方を呼び寄せたと喜ぶ。

 ネットの普及は23年前、阪神大震災での情報ボランティアの活躍が契機といわれる。人の善意を運ぶための情報技術。神社再興にもその原点を感じる。ネットは年神のように人に恵みをもたらす。今年もそうあってほしい。【皆木成実】


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