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餞驟窟誌

2017-06-12

【こよみ 平成29年06月06日(火)旧暦五月十二日(仏滅)中潮 仲夏芒種 】 25候 螳螂生 芒種初候 邦楽の日,楽器の日 おけいこの日,いけばなの日 ロールケーキの日 飲み水の日 補聴器の日 兄の日 恐怖の日 ヨーヨーの日 コックさんの日 かえるの日

2017.06.06(火)芒種 七十二候 芒種初候 25候 螳螂生 かまきり生ず
  螳螂が生まれ出る 06月05日(月)〜06月10日(土)

邦楽の日,楽器の日
昔から、踊りや邦楽などの芸事は、6歳の6月6日から始めると上達すると言い伝えられているところから設けられた。その道具となる楽器も、全国楽器協会の提唱により、この日を記念日としている。同様の主旨で「いけばなの日」「お稽古の日」でもある。

おけいこの日,いけばなの日
昔から、芸事は6歳の6月6日から始めると上達すると言われていることから。

ロールケーキの日
ロールケーキの「ロ」の音と、「6」の形がロールケーキの巻いている形状に見えることに由来。小倉ロールケーキ研究会の提唱により平成17(2005)年に制定。

飲み水の日
1990年(平成2年)に東京都薬剤師公衆衛生委員会が制定。世界環境デーの翌日。「薬だけでなく健康にかかわりあいのあるものに貢献していくのが薬剤師の仕事」として、東京水道水の水源である利根川などの水質検査を行なっている。

兄の日
姉妹型、兄弟型の研究で知られる漫画家畑田国男さんが提唱。双子座のほぼ中間日に当たる6月6日を記念日としたもの。

補聴器の日
1999年(平成11年)5月に全国補聴器メーカー協議会と全国補聴器販売店協会が制定。6を2つ向かい合わせにすると耳の形に見えることから。

恐怖の日
新約聖書の以下の一節に因みます。 また凡ての人をして、大小・貧富・自主・奴隷の別なく、或はその右の手、あるいは其の額に徽章を受けしむ。この徽章を有たぬ凡ての者に賣買することを得ざらしめたり。その徽章は獸の名、もしくは其の名の數字なり。智慧は茲にあり、心ある者は獸の數字を算へよ。獸の數字は人の數字にして、その數字は六百六十六なり。ヨハネの默示録13:16〜18。

ヨーヨーの日
ヨーヨーを世界的に有名にした立役者であるアメリカ人のドナルド・F.ダンカンの誕生日。4月4日にもヨーヨーの日があるが、こちらは語呂合わせ。

ックさんの日
「かわいいコックさん」の絵描き歌の中に「6月6日」が出てくることから。

かえるの日
1998年(平成10年)に「かえる友の会」の会員で作家の矢島さらさんが制定。かえるの鳴き声「けろ(6)けろ(6)」の語呂合わせと6月は梅雨と言うことから。

ほんわかの日
1995年(平成7年)に読売テレビが制定。1993年(平成5年)に人気番組「大阪ほんわかテレビ」が放送を開始したことから。ほんわかした空気を大切にし、もう一度家族の姿を見つめ直すことをコンセプトに家族にまつわる問題を取り上げていくという。日付け及び記念日名の制定者は、番組の主役、笑福亭仁鶴氏。

唐招提寺開山忌
唐の高僧で、日本に渡って日本律宗を開いた鑑眞の763(天平宝字7)年の忌日を記念して、その月遅れの月日を中心に行われている。

[諸外国の記念日]
戦没者慰霊日(Memorial Day)

(韓国)

▲長門に14万の軍勢で蒙古襲来弘安の役(1281)
出羽大地震で名勝・象潟が隆起し陸地に(1804)
高杉晋作奇兵隊を結成(1863)
労働団体友愛会が初めて婦人部を設ける(1916))
連合国軍ノルマンジーに上陸開始(1944)
▲日本初の女子アパートが東京・大塚に登場(1930)
東京の電話が50万台を突破(1958)
日本サッカーリーグ開幕。当時の人気選手に釜本邦茂杉山隆一など。 初年度優勝は東洋工業(1965)

誕生:ヴェラスケス(画家1599) プーシキン(詩人1799) 
   ロバート・スコット(南極探検家1868) 巌谷小波(作家1870) 
   トーマス・マン(作家1875) 新田次郎(1912) 大滝秀治(俳優1925) 
   篠沢秀夫(大学教授1933) 山田太一(脚本家1934) 内山田洋(歌手1936)
   中尾ミエ(歌手1946) 高橋幸宏(ミュージシャン1952) 
   ビヨン・ボルグ(テニス選手1956)

誕生花:黄しょうぶ(Yellow Water Flag)     花言葉:信じる者の幸福



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季語刻々 <坪内稔典>  2017.06.06(火)芒種

 夕焼や生きてある身のさびしさを

毎日新聞 2017年6月6日 東京朝刊


 ◆昔


  夕焼(ゆうやけ)や 生きてある身の さびしさを  鈴木花蓑(はなみの)  

解題



 昨日、私にあるのは友だち関係のみ、と言ったが、その友だち関係も実は淡い。長く教員をしていたので、いくらか師弟の関係があるのだが、私は教え子を若い学友として遇してきた。対等の付き合いが私にはいつも快適だった。対等にして淡交、それがよい。だが、時には孤独感に陥る。一人で夕焼け空を見上げているときなどに。<坪内稔典

 
語釈・晦渋語 &出典

 昨日、私にあるのは友だち関係のみ、と言ったが、その友だち関係も実は淡い。長く教員をしていたので、いくらか師弟の関係があるのだが、私は教え子を若い学友として遇してきた。

鑑賞

対等の付き合いが私にはいつも快適だった。対等にして淡交、それがよい。だが、時には孤独感に陥る。一人で夕焼け空を見上げているときなどに。<坪内稔典

俳人

鈴木花蓑


(すずき はなみの、1881年明治14年)12月1日 - 1942年(昭和18年)11月6日)は愛知県出身俳人大審院書記。本名は鈴木喜一郎(きいちろう)。半田市(当時は知多郡半田町)生まれ。半田裁判所で書記見習いをしていた時に「ホトトギス」の存在を知り投句。1909年には名古屋裁判所に移り、1915年に上京、大審院書記となる。この年初めて「ホトトギス」で入選。また東大俳句会を指導し、後の水原秋桜子や高野素十らの4S時代を築く礎となった。晩年は「あをさ」「百舌鳥」などの俳誌を創刊するも、戦時中の紙不足に巻き込まれ廃刊を余儀なくされる。60歳を迎えて日本俳句作家協会常任理事となるも、間も無くして病に倒れた。1942年11月6日、没。享年60。戦後の1947年に『鈴木花蓑句集』(笛発行所)が編まれた。
西山泊雲とともに大正末期の「ホトトギス」沈滞期を代表する作家であり、1922年から1926年まで巻頭を取り続け「花蓑時代」と称される。高浜虚子の提唱した「客観写生」を忠実に実践し、着実に対象を眺め、命を写し取ることこそがその神髄であるとして対象を凝視することで句を作った[1]。題材を見つけるとその前に坐りつづけ2時間も3時間も動かなかったといわれる(水原秋桜子『現代俳句手帖』)。山本健吉は、「全体としては客観写生風の低俗句の羅列であるが、その中に少数の感覚の冴えた、凝視の効いた写生句が混じっている」と書き、「薔薇色の暈(かざ)して日あり浮氷」「大いなる春日の翼垂れてあり」などを佳句として挙げている[2]。同時期に活躍した俳人に池内たけし・篠原温亭・嶋田青峰などがいる[3]。


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========= 仲夏 2017.06.06(火)芒種 (近頃の世情)) ============
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火論 100年の語り=玉木研二
毎日新聞 2017年6月6日 東京朝刊
 <ka−ron>

 昨年夏、101歳で亡くなったジャーナリストむのたけじさんと、同世代の報道写真家・笹本恒子(つねこ)さんが交差するドキュメンタリー映画「笑う101歳×2」(河邑厚徳(かわむらあつのり)監督)が生まれた。全国で順次公開されている。

 戦前・戦中・戦後といっても、大人として歩み、仕事も一貫している人はもうまれだ。今に通じるヒントとなる。

 秋田の貧しい小作農家に生まれたむのさんは、きつい荷運びで生計を立てる両親を見て育つ。「デモクラシー」をうたう大正時代も、農村の現実は矛盾に満ちていた。

 東京外国語学校を経て報知新聞記者に。翌1937年に日中戦争が始まった。戦死者の遺族取材。納戸で声を殺して泣く妻に「軍国の妻らしく記者に語れ」と説く声が聞こえ、衝撃を受ける。

 40年2月、民政党斎藤隆夫が議会で政府と軍部の日中戦争対処を「聖戦の美名に隠れ」と痛烈に批判した「反軍演説」は記者席で聴いた。斎藤は孤立無援で追い詰められる。むの記者は斎藤に取材し「どこに文明国の政治があるか」という談話を取るが、限界だった。大政翼賛会が発足し議会政治は空洞化した。

 新聞界は自主規制で自らを縛り、社内で3人寄れば当たり障りのない話をした。1対1ではなく、話し相手が2人だと、どちらかがここでの話を漏らしても特定できない。

 朝日新聞に転じ、翌41年に日米開戦。戦時記事を書いたが、45年8月、敗戦とともに退社した。今までと同じ場所、同じ活字、同じ紙で、これから全く別の報道をするなんておかしいと思った。

 秋田で週刊新聞「たいまつ」創刊。弱者の味方を宣し、戦争の「絶滅」を唱え、精力的に書き、説いて回った。

 一方、東京育ちの笹本さんは、画家を志したが、39年、写真協会にめぐり合い、日本初の女性報道写真家に。重い機材、難しい技術だけではなく、男社会の壁もあった。

 切り開いたのは才と度胸か。戦後占領期マッカーサー元帥夫妻を呼び止めて撮り直しをした時は、周囲が驚いた。声かけやポーズ要求はご法度の相手だった。

 隅っこでも歴史の現場に立ち、人間を記録してきた誇りがあるという。むのさんの戦後の姿勢に重なり合う。女性国会議員プロレスラー、皇族、作家、党首、炭鉱争議で鉢巻きの主婦……レンズに心を許した表情か、その目は多くを物語るようだ。

 2人に共通するのはよく笑うことだ。この生き方の「柔らかさ」こそ、継続する力の源だろう。(客員編集委員


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ブラジル大統領を使い倒す=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2017年6月6日 東京朝刊

 ブラジル労働党のルセフ大統領(当時)が汚職容疑で昨年8月に弾劾され、副大統領だった民主運動党のテメル氏が昇格した。2018年末までのルセフ氏の残り任期のみの大統領と自らを位置づけた彼には、「次の選挙」を考える必要はまったくない。

 ラテンアメリカ諸国に多いポピュリズムは、選挙公約のバラマキ政策の結果だ。前大統領への弾劾が、ルラ元大統領以来12年間のバラマキ政策の帰結としての急速な経済の落ち込みを覆す転機となる可能性を示した。「政治的景気循環」からの脱却だ。

 労働法制の自由化で雇用者の裁量の余地を広げ、一旦緩んだ労働規律を確立し、大甘の年金給付基準を切り下げることは「次の選挙」がない大統領にしかできない。国営石油企業ペトロブラスにかかわる相次ぐ汚職発覚によって、たまたまこうした新政治状況が生まれた。

 ブラジル経済の大底は見た、との見解はこれゆえだった。ところがテメル大統領にもペトロブラス関連の汚職容疑が5月17日に浮上した。この衝撃は大きかった。通貨レアルの対ドルレートで見ると、トランプ米大統領の当選によって3・2レアルから一挙に3・5レアル近くまで暴落し、その後は堅調となり、3・1レアルまで戻した。しかし大統領の汚職容疑報道により、3・31レアルと約6%の減価となる。5月22日には格付け機関S&Pがブラジル信用格付け見通しを引き下げた。ここで大統領に踏みとどまれるのかは、司法の判断、国会の情勢、そして世論の行方の三つが決める。

 「次の選挙」のない大統領を、ブラジル国民は「使い倒す」ことにより、政治軌道は確立するのか。3・24レアルまで戻したところから「政治的景気循環」からの脱却はありうるとみたい。

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理の眼 「専制政治」がひたひたと=青木理
毎日新聞 2017年6月6日 大阪夕刊

 少し前、あるシンポジウムで同席した米自由人権協会(ACLU)所属の米国人弁護士から、こんなアフォリズム(格言、金言)を教えられました。

 「人びとが政府についてすべて知っている、これが民主主義である。政府は多くのことを知っているが、人びとは政府のことを知らない、これは専制政治である」

 なるほど、と思います。人びとが政府の情報から遠ざけられれば、判断や思考の材料を持てなくなる。逆に政府ばかりが大量の情報を所持すれば、人びとは容易にコントロールされてしまう。そこには僕たちのプライバシー情報まで含まれるのですから。

 さて、最近の日本社会はどうでしょう。特定秘密保護法が施行され、政府は秘密保持の権限を大幅に強めました。いや、こんな法律以前の問題として、役所は情報を平気で隠蔽(いんぺい)しています。森友学園問題では財務省が国有地売却の関連文書を一切公開せず、南スーダンのPKO日報は防衛省が破棄したと強弁し(これは追及を受けて公開されましたが)、築地市場豊洲移転問題では東京都庁が「謎の地下空間」の設置経緯をいまも明かしていません。

 一方、役所による情報収集の権限は拡大するばかり。盗聴法通信傍受法)はすでに大強化され、いわゆる「共謀罪」法案も与党は強行突破の構えです。

 本欄で何度か書きましたが、共謀罪は広範な市民監視と密接不可分です。起きてもいない犯罪を事前に取り締まろうという以上、警察が日常的に監視の眼を光らせるのはむしろ必須不可欠です。

 では、そうして蓄積した情報を政府や警察はどう使うか。テロ対策に限られればいいのですが、そんな保証は一切なし。そういえば、政権にたてついた元官僚は最近、「いかがわしい店」通いが暴露されました。コワイコワイ! 誰だって縮みあがります。僕もそう。お前もあの秘密をバラすぞと脅されたら……政府批判なんて書くのはもうやめようかしら。

 いずれにせよ、この国は最近、政府の情報は隠され、政府の情報収集能力は増えるばかり。先のアフォリズムに従えば、それは「民主主義」から「専制」への道なのですが。(ジャーナリスト

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一点張り・論説室から 国家戦略特区と「砂場」の違い=福本容子
毎日新聞 2017年6月6日 東京朝刊

 加計(かけ)学園の獣医学部新設が問題になっている。半世紀以上も認められなかった新設だ。理事長が安倍晋三首相の親友だから、えこひいきがあったのではないかと疑念が持たれている。

 でも、首相の意向を反映させること自体、実は何の不思議もない。獣医学部ができる国家戦略特区とは、そもそもそういうものなのだ。

 特区は「総理・内閣主導」。首相官邸ホームページにも、はっきり書いてある。どこを特区にするか、どんな規制を外してあげるか、計画を作る諮問会議の議長は首相。計画を認定するのも首相。(ただ、友人の優遇可、とはない)

 既得権益の猛抵抗に遭う規制改革に、強いリーダーシップは不可欠だ。政治主導は正しい。

 問題は、特区を使うところにある。そこだけ規制の適用外にする、つまり一時的にせよ、えこひいきするのが特区だ。新たな既得権が生じ、それを与える裁量権首相周辺に集中する。

 獣医学部の設置で本当の規制緩和をするなら、参入を原則自由にするのが筋だ。大学間の競争が活発になり、教育の質が上がれば学生の役に立つ。最適な数を決めるのは官僚でも政治家でもなく市場。ただし、敗者の撤退に備え、学生を保護する手立てを整えておく必要がある。

 そんな荒療治ができないからまず特区で、ということなのだろうけど、では次はあるのか。

 今回の新設にあたり、関東、近畿といった広域エリア内に獣医学部がないこと、という新たな規制ができた。その結果、隣の大阪府獣医学部がある京都産業大学は外れた。該当は加計学園四国だけ。次はもうなさそう。

 特区を正当化できるのは、ドローンや完全自動運転のような全くの新技術を試す場合だ。お手本は、イギリス最先端の金融技術を対象に行われている「規制の砂場」。期間限定、顧客限定で、金融規制にとらわれずに新技術を使ってみる。狭い囲いの中は自由で安全な実験場。

 参加者は大企業から生まれたてまで幅広い。実験の第1陣に準備が間に合わない希望者は第2陣に参加できるなど、懐が深い。できるだけ早く砂場の外の社会全体に広げるのが前提だ。

 加計学園獣医学部新設は、砂場の外を目指した実験ではない。「国家戦略」「規制改革」とかいう冠に値する代物だろうか。

 「一点張り」は論説委員が交代で執筆します。

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