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餞驟窟誌

2018-01-12

【こよみ 平成30年01月12日(金)小寒 旧暦十一月廿六日(赤口)若潮 】 68候 水泉動 小寒次候 宮中歌会始め 桜島の日 スキー記念日(ミズノ1944) パンの日(毎月)

2018.01.12(金) 七十二候 小寒次候 68候 水泉動 しみずあたたかをふくむ 
地中で凍った泉が動き始める 01月10日(水)〜01月14日(日)


豆腐の日(毎月)


スキー記念日

1911年明治44年)のこの日、新潟県高田の陸軍歩兵連隊においてオーストリアレルヒ少佐が初めてスキー指導したことによる。


桜島の日

1914(大正3)年、鹿児島県桜島で、史上最大の大噴火が始りました。 35人の死者を出し、流出した熔岩によって対岸の大隅半島と地続きになりました。

パンの日
パン食普及協議会が1983(昭和58)年3月に制定。 1842(天保13)年4月12日に伊豆韮山代官江川太郎左衛門軍用携帯食糧として乾パンを焼いたのが、日本初のパンと言われています。この日を記念して毎月12日をパンの日としています。

後醍醐天皇、内裏造営(1134)
織田信長が瀬戸に焼き物の特権を与える(1574)
鹿児島で大火、64人が焼死(1680)
フランツ・リストウィーンでデビュー(1822)
板垣退助ら、日本初の政党結成(1874)
政府が、青森宮城酒田の3県に対して屯田兵募集の通達を出す(1875)
オーストリア将校レルヒ少佐が新潟県高田(現上越市)の陸軍歩兵連隊で日本軍青年将校に日本初のスキー指導。ストックは一本(1911)
酒田青森宮城の3県の士族を募り、北海道屯田兵に(1875)
桜島が大噴火し、死者35人。海峡が埋まり大隅半島と地続きになる(1914)
▲第1回全日本スケート選手権大会(1930)
▲NH K、大相撲ラジオ実況中継開始(1928)
ソ連がスパイ・反逆などの罪に対し死刑復活(1950)
文化財保護委員会平城宮址の発掘を開始(1954)
アガサ・クリスティー、没。75歳(1976)
▲これまで国・公立大学のみ参加が可能だった共通一次試験に代わり、私大も参加ができるようになった大学入試センター試験、スタート(1990)

誕生:ペスタロッチ(教育者1746) ジャック・ロンドン(作家1876)
   吉屋信子(作家1896) 加藤嘉(俳優1913) 三浦朱門(作家1926) 
   かまやつひろし(歌手1941)  三木たかし(1945) 村上春樹(作家1949)
   楠田江里子(司会者・エッセイスト1952) 中谷美紀(女優1976)
   
誕生花:にわなずな (Sweet Alyssum)   花言葉優美



季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.12(金) 小寒


 丸き背の鯨に添ひて眠りたし


毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊


 ◆今

   丸き背の鯨に添ひて眠りたし 吉行和子 
       

解題


 飛び切り寒い日などにこの句のように眠ったら快適だろうなあ。自分も鯨になって。この句、岸田今日子さん、吉行和子さん、冨士眞奈美さんの共著「わたしはだれ?」(2000年)から引いた。この3人、俳句好きな女優として知られるが、この本には3人で行った愉快な句会の記事もある。「地の底に冬眠といふ宴あり」も和子さんの傑作。<坪内稔典



語釈・晦渋語 &出典


この句、岸田今日子さん、吉行和子さん、冨士眞奈美さんの共著「わたしはだれ?」(2000年)から引いた。この3人、俳句好きな女優として知られるが、この本には3人で行った愉快な句会の記事もある。「地の底に冬眠といふ宴あり」も和子さんの傑作。<坪内稔典


鑑賞

飛び切り寒い日などにこの句のように眠ったら快適だろうなあ。自分も鯨になって。


俳人

吉行和子


(よしゆき かずこ、本名 同じ、1935年8月9日 - )は、東京府(現:東京都)出身の女優、エッセイスト俳人
父は作家の吉行エイスケ、母は美容師の吉行あぐり。兄は作家の吉行淳之介、妹は詩人吉行理恵。私生活では結婚・離婚を経験、子供はなし。

文筆の世界では、1983年にエッセイ集『どこまで演れば気がすむの』を出版し、1984年の第32回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞した。2000年の母の日に贈った五行歌は「朝日新聞」で大きく紹介された。
東京俳句散歩 (冨士眞奈美共著、光文社知恵の森文庫、2004年5月)




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=========仲冬 2018.01.12(金) 冬至(近頃の世情)) ==========
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社説 大飯1、2号機の廃炉決定 脱原発への新たな契機に
毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊

 脱原発依存を進める新たな契機となるのか、注目したい。

 運転開始から来年で40年を迎える大飯原発1、2号機(福井県)の廃炉関西電力が決めた。安全対策費がかさみ、再稼働しても採算が取れないと判断したためだ。

 2基はともに出力117・5万キロワットの大型原発東京電力福島第1原発以外で100万キロワット級の原発廃炉となるのは初めてだ。大手電力会社にとっても、老朽原発の維持は容易でないことが浮き彫りになった。

 福島の事故後、原発運転期間は原則40年と定められた。ただ、原子力規制委員会の審査に合格すれば、最長で20年間の延長が可能だ。

 大飯1、2号機は原子炉格納容器が狭い特殊な構造で、安全対策やその後の点検修理が難しい。関電は延長見送りの理由をそう説明する。

 「経済性は算定していない」と岩根茂樹社長は記者会見で述べたが、厳しい経営環境が今回の決定の背景にあることは間違いない。

 電力小売りの全面自由化や省エネの進展の影響で、関電の電力販売量はピーク時から2割減少した。

 関電は、存続を決めた7基の原発について少なくとも計8300億円の安全対策費を見込んでおり、更なる対策費の積み上げは重荷だった。

 他の大手電力も似た悩みを抱えているはずで、大型原発廃炉に踏み切るケースが今後も出るだろう。

 政府は2030年の発電量の20〜22%を原発で賄う方針だ。達成には30基程度の原発再稼働が必要だが、現状は4基にとどまる。下方修正が迫られるのは確実である。

 経済界や大手電力には、原発の再稼働に加え、新増設や建て替えを望む声が強い。だが、安全対策の強化に伴い、原発の建設コストは高騰を続けている。中国を除けば、世界の原発建設は退潮傾向にある。

 日立製作所英国で進める原発新設プロジェクトで、政府債務保証する方針だという。それほど、原発新設の事業リスクは高いことを示している。

 原発の再稼働を前提とした送電線の運用が、再生可能エネルギーの導入を阻んでいるという指摘もある。

 原発依存度を下げ、再生エネや省エネの拡大を図るために、政府が知恵を絞ることは多いはずだ。

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経済観測  社会・政治システムを現場から変える=経営共創基盤CEO・冨山和彦
毎日新聞 2018年1月12日 東京朝刊

 新しい年は、経済的には堅調な米中の経済と世界的な株高でなんとなく明るい雰囲気で明けた。他方、政治的には、欧米における自国第一主義勢力の拡大、北朝鮮情勢、中東情勢など、大きなリスク要因をはらんでいる。こうした状況に人工知能やロボティクスによる第4次産業革命の大波はどのような影響を与えるのか。

 産業革命と言われる破壊的イノベーションは、画期的な技術革新に先導される。大きな技術革新生産性を飛躍的に高め、新たなビジネスモデルを生み出して産業構造を一変させてきた。問題はこの先である。産業構造の大転換は、人々の働き方、生活のあり方を大きく変える。社会全体が豊かになる一方で、こうした大変化についていけない人々が増えるために社会的、政治的には不安定さが増す。科学技術の進歩スピード、産業的イノベーションのスピードに比べ、社会や政治のイノベーションはどうしても遅行的である。生活者としての生身の人間は不器用で情緒的、習慣的な生き物である以上、簡単には変われないのだ。

 20世紀前半の大きな戦争と大量虐殺の時代も、科学技術・産業イノベーションと社会・政治システムがバランスを失った時代であり、一時期、その解決仮説として、マルクス・レーニン主義全体主義が勃興したが、むしろそれで悲劇は増幅した。

 さて、そんな歴史を知っている私たちはどう生きるべきか。歴史の教訓は、インテリが頭で考えた「特効薬」的な解には懐疑的であれということだろう。現実の社会や政治のあり方を変えていく知恵の源泉は、やはり現場にある。市井に身を置いて、そこで起きている社会的な現象経済的な現象に対峙(たいじ)し、問題解決に忍耐強く取り組むことが原点なのだ

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憂楽帳  花園

毎日新聞 2018年1月12日 大阪夕刊 【辻中祐子】

 高校ラグビーの聖地・東大阪市花園ラグビー場は、のどかな風情のスタジアムだ。初めて観戦に訪れた頃は、バックスタンドが「土手」だった。1992年に完了した改修で土手はスタンドとなったものの、片側のゴール裏は、かつてオフの間に営業していたゴルフの打ちっぱなし場の跡がそのまま。グラウンドとは生け垣で仕切られ、段差に座ったり立ったりと、みな思い思いに観戦していた。

 今年度の全国高校ラグビー大会は2019年のラグビーワールドカップに向けた改修が進む中で行われた。ベンチスタイルだったバックスタンドは個別の椅子となり、スタンド全体に「HANAZONO」の文字。打ちっぱなし場は消え、スタンドが建設されている途中だった。

 立派なスタジアムに生まれ変わりそうだが、花園らしさが消えるのでは。そんな疑問に、市の花園ラグビーW杯推進室の奥井幸史総括主幹の答えは明確だった。「花園には、ここに来るまでのドラマを背負って戦う高校生たちの情熱が詰まっている。それは変わりません」。高校生たちが戦い続ける限り、花園は聖地であり続ける。【辻中祐子】

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