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餞驟窟誌

2018-01-16

【こよみ 平成30年01月16日(火)小寒 旧暦十一月丗日(仏滅)大潮 】 69候 雉始雊 小寒末候 籔入り 念仏の口開け 初閻魔

2018.01.16(火) 七十二候 小寒末候 69候 雉始雊 雉始めて雊く 
雄の雉が鳴き始める 01月15日(月)〜01月19日(金)

籔入り

住み込みで働く人達が実家へ帰ること。もっとも現在では週休制が当たり前で、この言葉も死語となりつつある。その起源は藪深い里へ帰ることからとか、宿下がりの意味があるとか諸説ある。この日と7月16日だけ実家に帰ることが許されていました。

念仏の口開け
年が明けて初めて、仏様を祀って念仏をする日。 正月の神様(年神様)が念仏が嫌いであるということから、12月16日の「念仏の口止め」からこの日までの正月の間は念仏は唱えないこととされています。

初閻魔,閻魔賽日,十王詣
正月16日と7月16日の閻魔賽日(地獄の釜の蓋が開いて鬼も亡者も休むとされる日)に、寺院で十王図や地獄相変図を拝んだり、閻魔堂に参詣したりすること。 十王とは地獄にいて亡くなった人の罪を裁く10人の判官のことで、特に閻魔王のことを指します。

閻魔縁日

死者の生前の行いを判定して賞罰を与えるといわれる閻魔大王の縁日(毎月16日)

禁酒の日
1920年(大正9年)にアメリカ禁酒法が施行された。清教徒(ピューリタン)の影響が強かったアメリカではアルコールに対する強い批判があった。

晴れの特異日
晴れる確率の高い日。

▲鑑真、遣唐使の帰国とともに来日(754)
▲イワン雷帝、ロシア初の専制君主となる(1547)
▲大分に初の神学校開校(1581)
▲東蝦夷地を幕府の直轄とする(1799)
アメリカペリー軍艦7隻を率いて再来港(1854)
アメリカ禁酒法の実施(1920)1933年12月5日に廃止
日本政府が「国民政府を相手にせず」と声明(1938)
▲大日本青少年団が設立(1941)
大日本翼賛壮年団が結成(1942)
全学連羽田闘争(1960)
▲石油第2次消費規制が始まり、都市のネオン消える(1974)
▲米、英、仏などの多国籍軍イラクに対して攻撃を開始(バグダッド空襲)。
 湾岸戦争に突入(1991)

誕生:鳥羽天皇(1103) アンドレミシュラン(実業家1853)
   伊藤整(作家1905) 神山繁(俳優1929) 藤田敏八(映画監督1932) 
   堀内恒夫(投手コーチ1948) 池上季実子(女優1959) 
   田村英里子(タレント1973) 宮前真樹[CoCo](タレント1973)

誕生花ヒヤシンス(黄) (Hyacinth)   花言葉:勝負





季語刻々 <坪内稔典>  晩冬 2018.01.16(火) 小寒


悴んで髪の先まで尖りけり 


毎日新聞 2018年1月16日 東京朝刊


 ◆今


 悴(かじか)んで髪の先まで尖(とが)りけり 山田佳乃(よしの)
     

解題


 「かじかむ」「かじける」は冬の季語、寒さのために手足などが思うように動かなくなることを言う。時には心までもかじかむ。今日の句、髪の先がかじかむというのがいかにも女性の感覚か。そういえば「罌粟(けし)ひらく髪の先まで寂しきとき」(橋本多佳子)があるが、こちらは夏の句。佳乃さんは1965年大阪府生まれ、「円虹」を主宰する。<坪内稔典

 

語釈・晦渋語 &出典

そういえば「罌粟(けし)ひらく髪の先まで寂しきとき」(橋本多佳子)があるが、こちらは夏の句。佳乃さんは1965年大阪府生まれ、「円虹」を主宰する。<坪内稔典


鑑賞

「かじかむ」「かじける」は冬の季語、寒さのために手足などが思うように動かなくなることを言う。時には心までもかじかむ。今日の句、髪の先がかじかむというのがいかにも女性の感覚か。

俳人

山田佳乃


大阪府生まれ

稲畑汀子・稲畑廣太郎・山田弘子に師事

母・山田弘子逝去後「円虹」主宰を継承

平成20年ホトトギス同人

平成22年 第21回日本伝統俳句協会賞受賞



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=========仲冬 2018.01.16(火) 冬至(近頃の世情)) ==========
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火論 近現代史の教材=玉木研二
毎日新聞2018年1月16日 東京朝刊
 <ka−ron>

 昨年の衆議院選挙で主に野党陣営で演じられた離合集散劇は、「政党」に倦(う)む空気を生んだ。戦前の苦い教訓を思い起こさせる。

 日本の政党は、議会の多数党が組閣する「政党内閣」へ進展したが、1932年、犬養毅首相(政友会)が海軍青年将校らに暗殺された5・15事件で終わる。陸軍青年将校らがクーデターを図った36年の2・26事件も経て、軍部の独善的な政治介入と圧力は強まった。そして国内外に行き詰まり感が広がる中で37年、近衛文麿(このえふみまろ)(1891〜1945年)が登場する。

 天皇に近い「五摂家」筆頭家出身の政治家。長身、貴族的な物腰、教養豊かな聞き上手で信望を集めた。国民、思想界の左右両派、軍部にも期待感と人気が広がった。

 のぺっと満遍なく広がるような人気にロクなことはない。内閣発足後の日中戦争は対応に失敗し、3次まで続く近衛内閣にのしかかる。

 40年、第2次組閣を前に近衛は「新体制」を表明。従来の政党政治を超えた挙国一致体制を築くとしたが、人気のある近衛が「新党」を結成すると思い込んだ政党もあって、次々に自ら解党し、有利な地位を得ようとした。恐るべし。最近見たような光景だ。

 新体制は大政翼賛会となる。しかし軍部を抑えきれず、対米交渉も不調で、近衛は41年、政権を投げ出し、陸相東条英機に組閣の大命が下る。対米開戦は間もなくだ。

 退陣後の近衛は戦局悪化と共産革命の可能性を憂え、終戦の道を探る。自身の責任をどう突き詰めていたろう。側近の細川護貞(もりさだ)(細川護熙(もりひろ)元首相の父)が残した「細川日記」によると、敗勢で東条を代えるという案について、こんな異論も示したという。

 「せっかく東条がヒットラーと共に世界の憎まれ者になっているのだから、彼に全責任を負わしめる方がよいと思う」。44年4月である。

 45年の敗戦後、近衛は進駐したマッカーサー元帥から憲法改正を託されたと受け止めていたが、戦犯に指名され、収監の前に服毒した。法廷で多くを語るべきだった。

 今、高校の歴史教科書本文で用語を削減する案が出、坂本龍馬が消えるか、などと話題だ。歴史を暗記ではなく、流れとしてとらえる思考力を育てたいという。

 だが、近現代史は用語数以前に、授業を飛ばしたり、打ち切ったりすることが珍しくないままきた。

 「今」は常に「前」の時代に用意されている。近現代史はより身近で、豊かな教材の宝庫だ。(客員編集委員

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経済観測 タイ経済の早熟な日本化=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年1月16日 東京朝刊

 タイ酒類大手のタイ・ビバレッジはベトナムビール最大手サイゴンビールを昨年末買収した。これを知って昨年秋のタイの経済学者との議論を思い出した。

 「タイ経済のあまりにも早熟な日本化」である。かつての9%成長経路から3%程度への減速のなか、成長を遂げたタイの企業群は主に東南アジア諸国連合(ASEAN)域内への資本進出に忙しい。国内市場の成長鈍化のなか、海外進出を急ぐ姿が、日本とタイで重なるという。

 建設、セメント、繊維、食品などにおいて、軍事政権下のタイでの市場展望に積極的になれない企業が増え、ベトナムのほか、カンボジアラオスミャンマーなどの投資先が浮上する。

 主権国家の内部経済を深く耕し、成長の種を探す手法は、日本の高度成長期に特徴的だった。しかし水平移動で、一旦確立した企業モデルをそのまま外国に持ち込み、てっとり早く稼ごうとする早熟な横展開は、経済成長の種を広域的に広げるものの、一旦成長軌道を確立した国の成長スピード鈍化は避けられない。

 「早熟」は民主主義的発展が阻まれたゆえなのか。軍事政権は今年11月に総選挙を予定し、2014年のクーデター以来の悪印象からの脱却を急ぐため、首都バンコクから東南部にあたる「東部経済回廊」プロジェクトのもり立てに躍起となり、日本企業の誘致にも積極的だ。

 高速鉄道高速道路、また国際空港や国際港湾の整備計画が目白押しだ。国内投資を再度盛り上げるため、この経済回廊への国際社会からの投資には15年間の法人税適用免除の特典、またここで勤務する外国人には一律15%の所得税率の適用があるという。「早熟な日本化」を何とか押しのけようとする試みは果たして成功するのか。



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憂楽帳  光ともす人へ
毎日新聞2018年1月16日 大阪夕刊 【武井澄人】
 
約束の時間をメモしても忘れるのが怖くて、大きな用事は1日1件と決めている。右目の視野の右半分は回復していない。紛争地や被災地を取材してきた写真家で僧侶の岸野亮哉さん(43)=京都市左京区=は昨年4月、脳出血で倒れた。後に高次脳機能障害と診断されたが「なぜだかすぐ受け入れられたんですよ」。

 7年前の3月、ありったけの物資を車に積み込んで、大津波が襲った岩手県沿岸に駆けつけた。以来おおむね月1回、現地を訪ねて犠牲者を弔い、被災者の話に耳を傾けてきた。リハビリ入院の日々に思い起こしたのが、自宅を流された中途失明の女性の言葉だった。

 人生はつらく悲しいことばかり。でも先が分からないなら夢もあるじゃないですか−−。今だから思う。何でしつこく通って話を聴いてきたか。自分がこうして救われるためでもあったんだ、と。

 誰かの役にと、病を得た事実は公にした。「2年は控えて」と医師に告げられた車の運転も「希望、捨てたくないんですよね」。処分するつもりだった車の車検は昨秋済ませた。明日への光を自らにともせる人はまぶしい。【武井澄人】


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