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餞驟窟誌

2018-01-23

【こよみ 平成30年01月23日(火)大寒 旧暦十二月七日(赤口)小潮 】 70候 款冬華  大寒初候 冬土用の間日 電子メールの日 八甲田山の日 冥王星の日(撮影日) ワンツースリーの日 真白き富士の嶺の日

2018.01.23(火) 七十二候 大寒初候 70候 款冬華  ふきのはなさく
 ふきのとうがつぼみを出す 01月20日(土)〜01月24日(水)

土用の間日(まび)
土用の期間中土を掘り起こしてはいけないとなると、いろいろと支障が出てきそうですね。でもご安心あれ。土公神が天上に行き、地上にいなくなる「間日(まび)」が設けられているので、この日は作業をしてもいいとされています。
土用の間日:寅・卯・巳の日
 ※2018年は1月22日・23日・25日、2月3日

ふみの日郵政省、毎月)

府民の日(京都府、毎月)

八甲田山の日

1902年(明治35年)に冬の八甲田山へ軽装で雪中行軍に出かけた兵士210名が遭難したことによる。本来は冬の重装備が必要だが、指導部の無謀な判断で遭難し199名の命が失われた。

冥王星の日(撮影日)

1930年1月23日および29日にローウェル天文台米国)で撮影された写真から後日、冥王星が発見されたことを記念したもの。冥王星の発見は同年2月18日で、こちらも「冥王星の日」とされている。

ワンツースリーの日
1月23日を「123」で「ワンツースリー」とよむ語呂合わせ。人生に対してジャンプする気持ちを持とうとい明るい希望の日。

真白き富士の嶺の日
1910(明治43)年、神奈川県逗子開成中学の生徒12人が学校のボートで乗り出し、七里ヶ浜で遭難して全員が死亡しました。 この遭難は社会的事件として新聞で大々的に扱われました。この悲報に接した鎌倉女学校の教諭・三角錫子が「七里ヶ浜の哀歌」を作詞し、この歌は全国で愛唱されました。

電子メールの日
1994年(平成6年)に電子メッセージング協議会(JEMA・現Eジャパン協議会)が制定。「1(いい)23(ふみ)」の語呂合わせから。

[著名人の誕生日・命日]
羅山忌

江戸時代儒学者林羅山の1657(明暦3)年の忌日。

三十三間堂本尊、造立(1254)
織田信長足利義昭に五か条の意見書を出す(1570)
幕府が諸大名に大坂城の修築を行わせる(1620)
版籍奉還。版は土地、籍は人民。これらを朝廷に返上したことにより藩主政府の地方官へ(1869)
八甲田山、死の雪中行軍開始。25日になり210人中197人の死亡確認(1902)
七里ヶ浜逗子開成中学生のボート転落、小学生一人を含む13人死亡(1910)
シーメンス事件(海軍収賄事件)(1914)
▲日ソ漁業条約が調印(1928)
石原慎太郎太陽の季節」で芥川賞受賞。「太陽族」生まれる(1956)
北朝鮮が米情報収集艦プエプロ号の捕獲発表。米朝関係が緊張する(1968)

誕生:マホメット(イスラム教開祖570) スタンダール(作家1783) 
   マネ(画家1832) ハンフリー・ボガート(俳優1899) 
   湯川秀樹(物理学者1907) 白井義男(元ボクサー1923) 
   ジャンヌ・モロー(女優1928) 鈴木健二(元NHKアナウンサー1929) 
   ジャイアント馬場(プロレスラー1938) 千葉真一(俳優1939) 
   吉田照美(1951) 坂東八十助(歌舞伎俳優1956) 
   
誕生花:がま (Bullrush)     花言葉:従順


季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 22018.01.23(火) 大寒

枯草と一つ色なる小家かな

毎日新聞 2018年1月23日 東京朝刊


 ◆昔


   枯草(かれくさ)と一つ色なる小家(こいえ)かな 小林一茶      

解題


 枯れ草の中に枯れ草色の小さな家があるだけの情景(イメージ)だ。野の一端を切り取っただけのこの情景は、現代美術に近いのではないか。その情景がいったいなんだ、と首をかしげる人もいるだろうが、分からないのもまたいかにも現代美術。要するに、野にあった一軒の粗末な家を展覧会場に置いた、それが今日の一茶の句。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

要するに、野にあった一軒の粗末な家を展覧会場に置いた、それが今日の一茶の句。<坪内稔典


鑑賞

 枯れ草の中に枯れ草色の小さな家があるだけの情景(イメージ)だ。野の一端を切り取っただけのこの情景は、現代美術に近いのではないか。その情景がいったいなんだ、と首をかしげる人もいるだろうが、分からないのもまたいかにも現代美術

俳人

小林一茶


(こばやし いっさ、宝暦13年5月5日(1763年6月15日)- 文政10年11月19日(1828年1月5日))は、江戸時代を代表する俳諧師の一人。本名を小林弥太郎。別号は、圯橋・菊明・亜堂・雲外・一茶坊・二六庵・俳諧寺など
宝暦13年(1763年)信濃北部の北国街道柏原宿(現長野県上水内郡信濃町大字柏原)の中農の長男として生を受ける。3歳の時に生母を失い、8歳で継母を迎える。継母に馴染めず、安永6年(1777年)、14歳の時、江戸奉公に出る。
25歳のとき小林竹阿(二六庵竹阿)に師事して俳諧を学ぶ。
寛政3年(1791年)、29歳の時、故郷に帰り、翌年より36歳の年まで俳諧の修行のため近畿四国九州を歴遊する。
享和元年(1801年)、39歳のとき再び帰省。病気の父を看病したが1ヶ月ほど後に死去、以後遺産相続の件で継母と12年間争う。父の発病から死、初七日を迎えるまでの約1ヶ月を描いた『父の終焉日記』は、私小説の先駆けと言われる。



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=========晩冬 2018.01.23(火) 大寒 (近頃の世情)) ==========
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火論 青春の消耗=玉木研二
毎日新聞 2018年1月23日 東京朝刊
 <ka−ron>

 後方の年寄りが指揮して前線に若者たちが累々と倒れている。戦争のこの不条理を映画「花筐/HANAGATAMI」(大林宣彦監督)は突くようだ。

 原作は檀一雄(だんかずお)(1912〜76年)の初期短編である。日中戦争が始まる前、きな臭くなる時代を背景に、放胆、あるいは純粋に生きようとする若者たち。映画は41年の日米開戦前後に設定を変え、緊迫度や不安を高めた。

 架空の海辺の町が舞台だが、大林監督が生前の檀に会った際、佐賀県唐津を勧められた。松原、砂浜、岬。なるほど、ぴったりだ。

 戦場に動員された若者たちの悲劇と無念を描いた映画は数多い。

 例えば、戦前は第一次世界大戦を舞台にドイツ若者たちを描いた「西部戦線異状なし」(30年、米作品)。そっとチョウに手を伸ばしたために、狙撃されて落命するシーンは今も語り伝えられる。

 日本では敗戦後の50年、今井正監督の「また逢う日まで」がある。戦争で引き裂かれる運命の恋人たちが、窓ガラス越しにキスするシーンは今もあせない。

 この作品で若者は「僕は死なない……死ぬもんか! こんなばかげた人殺しに引きずり込まれていくのはいやだ! きっと生きて帰ってくる!」という内心の叫びを残し、死地に送られる。

 「花筐」には「青春が戦争の消耗品だなんてまっぴらだ!」というカギになるセリフがある。それは、38年生まれの元「軍国少年」大林監督の言葉でもあり、この映画の最大のモチーフである。

 映画には、檀と同時代を生きて交流もあった太宰治中原中也らの名も出てくるが、とりわけ兵役で28歳の若さで戦病死した監督・山中貞雄への思い入れは深いようだ。

 遺作は「人情紙風船」。傑作の誉れ高いが、本人は戦地の陣中日誌でそれを「チトサビシイ」と書き、映画づくりの現場復帰を渇望していたがかなわなかった。

 「花筐」は第72回毎日映画コンクール日本映画大賞に選ばれた。大林監督はがんと闘いながら「戦争と青春」を見すえ、この映画に深く時代へのメッセージを込め、さまざまな映像美も追い求めた。

 そして唐津という舞台。20年前、映画館が消えたこの市で、映画上映会の活動が市民の支えで続き、「花筐」の製作計画にも力を合わせた。内外の寄付は総計1億円を超え、エキストラなどにもボランティアが大勢参加した。

 消耗ならぬ大きな実りがあった。(客員編集委員

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経済観測 「アラブの春」から7年=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年1月23日 東京朝刊

 市民がインターネット交信による情報をもとに、特定の時間帯に決められた場所にくり出した政府批判活動で、独裁政権が相次いで崩壊した「アラブの春」から7年が経過した。共産主義政権東欧で倒れた四半世紀以上前は「ビロード革命」、7年前のチュニジアは「ジャスミン革命」と呼ばれた。ところが今年1月14日のベンアリ政権崩壊の記念日には、再び政府批判のデモが発生した。

 「アラブの春」に身構えた国のひとつがイランだった。その2年前の2009年には、大統領選挙に不正を感じた市民が緑の旗で抗議を繰り返した。政権構造の中心に僧侶の最高指導者による「神権主義」という民主主義にはなじまぬ部分があるイランは、街頭での市民抗議には神経質だ。チュニジアでの抗議活動は今年に入ってからだが、イランでのものは昨年の12月からだ。

 15年の核合意は、イランへの経済制裁解除となるはずだったが、米国ウラン濃縮の制限だけでなく、ミサイル発射などを取り上げ、ドル決済からしめ出す方針を崩さず、イランは核合意後も意味あるほどの投資を受けられない。ここから「神権主義」の側からのロウハニ大統領批判の呼びかけが開始された気配がある。しかし各都市で市民が街頭に出始めると、最高指導者ハメネイ師への批判にもなった。政治路線の違いが統治体制内部でも明確になった。

 もともと「アラブの春」はシリアの内戦が代表例だが国連世界貿易機関(WTO)などの国際機関が役割を果たしにくいところだった。

 そして、この7年間の経過で、国際機関だけでなく、欧米の関与さえも限定化されたものになりつつある。

 中東における経済秩序の骨格の見通しはさらに困難なものになりつつある。

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憂楽帳 ラグビーの種
毎日新聞 2018年1月23日 大阪夕刊 【石川裕士】

 和歌山市内の小学校で、タックルの代わりに腰につけたタグを取る「タグラグビー」に親しむ児童が増えている。

 「鬼ごっこ」に似たこのスポーツ。人気のけん引役は、県内の強豪・県立和歌山工業高ラグビー部によるタグラグビー教室だ。2016年秋に始めると、体同士のぶつかり合いのない安全さや、経験豊富な和歌山工の選手から指導を受けられるとあって人気が出た。部員たちは依頼があった各校を月1回ペースで訪ねて教室を開く。「教えることで学ぶこともある」と部員を割り振り、3校別々に同時開催したこともある。

 ラグビーが盛んな近畿にあって、県内では小中学生のラガーマンは多くない。地域のクラブは数えるほどで、中学校に部があるのは1校だけだ。そんな状況を反映してか、県勢は全国高校ラグビー大会で近畿6府県で唯一、いまだ3回戦進出がない。今大会で23回目の出場だった和歌山工は初戦で姿を消した。

 山下弘晃部長(54)は「和歌山の子供たちにもっとラグビーを知ってほしい。タグラグビーがその種まきになれば」。普及の先に、夢を描く。【石川裕士】
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