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餞驟窟誌

2018-01-31

【こよみ 平成30年01月30日(火)大寒 旧暦十二月十四日(先勝)大潮 】 72候 鶏始乳 大寒末候 孝明天皇祭 3分間電話の日

2018.01.30(火) 七十二候 大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく
 鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)晩冬)

みその日(毎月)

二十四節気・七十二候・雑節
鶏とやにつく(72候)

七十二候の一つ。大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく 鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)晩冬)

孝明天皇

1874(明治7)年から1912(明治45)年まで実施。 1866(慶應2)年12月25日(新暦1867年1月30日)、孝明天皇崩御した。

3分間電話の日

1970年(昭和45年)に公衆電話の市内通話料金が3分で10円になった日。

足利義昭信長討伐のために挙兵(1573)
京都大火発生(1786)
西南戦争勃発(1877)
ロンドン日英同盟調印(1902)
ヒトラー内閣成立(1933)
国際連合、第1回会議開催(1946)
ガンジー暗殺される。78歳(1948)
▲相馬ヶ原演習場で米兵、日本人農婦を射殺(ジラード事件)(1957)
第一東京バレエコンクール開催(1976)
▲プロサッカーの10チーム内定。チーム名には企業名を控え、本拠地名をつける
 (1991)
▲日本と朝鮮民主主義人民共和国、国交正常化のため第1回政府間交渉開始(1991)

誕生:勝海舟(政治家1823) F・ルーズベルト(アメリカ第32代大統領1882) 
   高見順(作家1907) 長谷川町子(漫画家1920) 
   ジーン・ハックマン(俳優1930) 熊倉一雄(俳優1927) 
   横山ノック(政治家・タレント1932) みつはしちかこ(漫画家1941) 
   ジョージ(歌手1948) フィル・コリンズ(歌手1951) 
   石川さゆり(歌手1958) 松本典子(1968) 加藤紀子(タレント1973) 
   吉村由美[PUFFY](歌手1975)

誕生花:りゅうきんか (Mash Marigold)   花言葉:必ず来る幸福



季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 2018.01.30(火) 大寒


雪嶺や先へ先へと犬の鼻


 毎日新聞 2018年1月30日 東京朝刊

 ◆今

   雪嶺(せつれい)や先へ先へと犬の鼻  石寒太(かんた)      

解題


 雪嶺が見える。先へ先へと行きたがる犬にも雪嶺が見えている感じ。この句、句集「風韻」(紅書房)にある。作者は1943年生まれ。20代のころからなにかと親しんできた私の俳句上の友人だ。今日の句、犬を連れているのが若者だと雪嶺は未来のシンボルか。老人だと雪嶺は若い日の思い出? 犬に引きずられて足元があぶないかも。<坪内稔典


 
語釈・晦渋語 &出典

この句、句集「風韻」(紅書房)にある。作者は1943年生まれ。20代のころからなにかと親しんできた私の俳句上の友人だ。

鑑賞

雪嶺が見える。先へ先へと行きたがる犬にも雪嶺が見えている感じ。今日の句、犬を連れているのが若者だと雪嶺は未来のシンボルか。老人だと雪嶺は若い日の思い出? 犬に引きずられて足元があぶないかも。<坪内稔典

俳人

石寒太



(いし かんた、1943年9月23日[1] - )は、俳人。本名・石倉昌治。静岡県田方郡生まれ。國學院大學文学部卒業[1]。1969年「寒雷」入会、加藤楸邨に師事。1989年、「言葉にも心にも片寄らず、炎のような情熱と人の環を大切にする」をモットーに「炎環」を創刊、主宰。毎日新聞社俳句αあるふぁ』編集長、毎日文化センター講師、NHK俳句教室講師、朝日カルチャーセンター講師。日本文芸家協会近世文学会、俳文学会、現代俳句協会会員。 句集に『あるき神』『炎環』『翔』『夢の浮橋』『石寒太句集』、評論に『山頭火』『宮沢賢治俳句』『わがこころの加藤楸邨』『「歳時期」の真実』『おくのほそ道 謎解きの旅』など多数。




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=========晩冬 2018.01.30(火) 大寒 (近頃の世情)) ==========
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火論 敬意を払ってこそ=玉木研二
毎日新聞 2018年1月30日 東京朝刊
 <ka−ron>

 敬意を欠いては心は交わらない。

 第72回毎日映画コンクールで外国映画ベストワン賞に選ばれた「わたしは、ダニエル・ブレイク」は英国ニューカッスルが舞台である。

 妻を亡くし、1人暮らしの大工、59歳。心臓を患い、医師から仕事を止められた。

 公的支援を受けようとしても、制度は入り組み、形式張った申請のアラを突くように役所にはね返される。パソコンで手続きしなければならないが、不得手だ。何度試みてもエラー音が出る。

 行き詰まった彼は紙に鉛筆でこう記す。「私は、怠け者でもたかり屋でも物ごいでも泥棒でもない。保険番号でもエラー音でもない。私はダニエル・ブレイク。人間だ」

 そして「当たり前の権利を要求する」。それは「敬意ある態度」だった。

 こちらは敬意も何もあったものではない。先週の国会沖縄米軍機トラブル続発をただす野党演説に「それで何人死んだんだ」とやじを飛ばした副内閣相が更迭された。名護市長選が迫っている。

 木で鼻をくくるような米軍側の一連の対応の中でも際だったのは、普天間第二小学校上空のヘリ飛来だ。窓落下事故から子供らが避難訓練をしたその日、避けるはずの上空を飛び、防衛省も確認した。威圧ととられても仕方がない無神経ぶりである。

 折しも先週92歳でなくなった元官房長官野中広務さんは本土復帰前から沖縄にかかわり、声を受け止めてきた政治家である。逸話は多い。

 1997年4月、駐留軍用地特別措置法を改め、期限切れ用地の暫定使用ができるようにする時だ。衆院本会議で行った委員長としての報告をこう締めくくった。「この法律沖縄を軍靴で踏みにじるような結果にならないよう、国会の審議が大政翼賛会のようにならないよう、若い人にお願いしたい」

 与党ながら、法案圧倒的多数の賛成で通過することにあえて違和感をにじませたかたちだが、委員長報告にあるまじき「私見」として議事録から削除された。

 大正末生まれの戦争体験者。初めて沖縄を訪れた時、タクシーがサトウキビ畑の前で止まり、運転手が体を震わせて泣き始めた。沖縄戦で妹がそこで殺された。やったのは米軍ではなかったという。

 この衝撃をその後も野中さんは繰り返し語っている。

 沖縄の精神的基層をなす悲痛体験を直視し、情理を尽くす。そうして「敬意」を払うことを抜きにしては、事は進まない。(客員編集委員



経済観測 欧州地球温暖化への危機感=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年1月30日 東京朝刊

 地球温暖化への危機感欧州米国の差を広げる。2015年の気候変動枠組みのパリ合意では、人為的なガス排出のない産業革命以前からの平均気温の上昇を2度未満、できれば1・5度までに押しとどめる努力目標に約200の国が参加したが、トランプ大統領米国は枠外に出た。

 アフリカ中東では気候変動が水資源に影響を与え、農業生産が打撃を受け、難民発生や都市治安の悪化に直結していることから、地政学的な欧州への跳ね返りが懸念され、アフリカ対応が急がれる。

 11年の「アラブの春」がシリア内戦の発端だが、06年から09年にかけての干ばつにより、農村から都市へと大量移民が発生し、都市部で若者の失業率が悪化したことが背景にあった。これが街頭でのアサド政権批判の活動につながったとの分析は、欧州では広く受け入れられている。

 イランでの地下水の枯渇も社会秩序の安定性を脅かす。1979年のイランイスラム革命後は、食料自給率の向上が掲げられた。安保上の考慮からだが、小麦栽培を刺激するため、安価の電力供給や高値での小麦買いとり政策が導入された。世界銀行の報告では、地下水系、川や湖沼などの水資源の25%が損なわれたという。降水量不足も続く。

 アラブ湾岸諸国は食料をもっぱら輸入に依存する。彼らの輸入食料のおよそ60%はスーダンエチオピアからだ。すでに不足しつつあるナイル川の水をめぐり、上流のスーダン下流エジプトとの間に紛争が広がる。

 欧州の立場に立てば、アフリカからの移民難民の急増は間違いなく欧州危機に他ならない。これに対して米国軍事や貿易面ではすでに摩擦を振りまき、欧州との距離を広げつつある。「米国の関与の縮減」の前提を欧州各国は問わざるをえないのだ。


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憂楽帳 足音
毎日新聞 2018年1月30日 大阪夕刊 【武井澄人】

 神戸市・JR三ノ宮駅、朝5時35分。下り一番電車から吐き出された乗客が、西口改札へ駆け下りていく。17日、「阪神淡路大震災1・17のつどい」が開かれている東遊園地へと急ぐ人の流れに、私もいた。改札から会場まで約800メートル。地震発生時刻の5時46分は迫っている。

 初めて同じ道順で「つどい」を訪ねた時、まだ暗い街には小走りに近い足音が響いていた。足音は歩道の右左から次々現れ、大きな流れとなって私を包んだ。揺れも恐怖も直接知らず後ろめたさを感じてきただけに「あなたは決して一人ではない」と背中を押された気がした。

 震災23年を前にして、犠牲者銘板が傷つけられ、鎮魂碑が黒塗りされる事件が続いた。遺族や被災者らの心を踏みにじることになる前に、行為の主にもあの足音が届いていれば、と胸が痛む。

 本降りの雨の中、「つどい」はあの日につながろうと願う人々の静かな熱で満ちていた。災害も戦争も事件事故も、忘れてはならない記憶のために記録を続けるのが、新聞の大切な役目と思う。「微力でもあきらめない」。黙とうしながら自分に言い聞かせた。【武井澄人】

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