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餞驟窟誌

2018-02-27

【こよみ 平成30年02月27日(火)雨水 旧暦一月十二日(赤口)中潮】所得税確定申告(2/16〜3/16)  05候  霞始靆  雨水次候 新撰組の日

2018.02.27(火) 七十二候 雨水次候 05候  霞始靆  霞始めてたなびく
 霞がたなびき始める02月24日(土)〜02月28日(水)


新選組の日

1862(文久2)年、庄内藩郷士清河八郎提案で、事件が頻発している京都の警護に当る為に幕府江戸で集めた浪士組が「新選組」の前身となった。浪士組清河八郎と共に翌1863年の2月8日に江戸を出発2月23日に京都に到着した。しかし京都に着いた途端、清河が壬生浪士組の目的は尊皇攘夷だと言い出したため、浪士組空中分解した。まもなく幕府の帰還命令を受けて清河ら209名は江戸に戻ったが、近藤勇芹沢鴨土方歳三ら24名はそのまま京都残留し、「壬生浪士組」となり、京都守護職であった会津藩主の松平容保の配下に入って、8月に「新選組」と改称した。その後、約4年間にわたり、京都尊皇攘夷派・倒幕派弾圧を行った。新撰組の日は、壬生浪士組会津藩預りとするとする建白書の提出された、2月27日(1863)の他に、会津藩預りが正式決定した3月13日などがある。

[諸外国の記念日]
独立記念日

(ドミニカ共和国) 1844年、中米のドミニカ共和国隣国ハイチから独立しました。
大海人皇子即位し、天武天皇となる(672)
薬師寺が焼失(973)
豊臣秀吉が吉野の花見を開催(1594)
京都で「新撰組」の前身「壬生組」結成(1862)
▲日本、初めてパリ万国博覧会出展(1867)
▲江華条約調印、朝鮮鎖国が破れる(1876)
孫文中国の北伐を宣言(1922)
▲2.26事件で東京全市に戒厳令が布告される(1936)
▲放火で国宝松山城消失(1949)
横綱審議委員会設置(1950)
▲NHKテレビが総選挙開票速報を初めて放送(1955)
日本電気、国産初の大型電子計算機2206発表(1962)
人力飛行機、初飛行に成功(1966)

誕生:ロングフェロー(詩人・学者1807) ジョン・スタインベック(作家1902)
   長谷川一夫(1908) 君島一郎(ファッションデザイナー1929)
   白石かずこ(詩人1931) エリザベス・テーラー(女優1932) 
   夏木陽介(俳優1936) 高田賢三(ファッションデザイナー1939)
   大楠道代(女優1946) グッチ裕三[ビジーフォー](1952) 
   新沼謙治(歌手1956) 徳永英明(歌手1961)  富田靖子(女優1969)
   Marc Panther[globe](1970) 松岡俊介(俳優1972)
   
誕生花:おおあまな (Star of Arabia)   花言葉:純粋



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.27(火) 雨水

 
春めくや百済観音すくと立ち


毎日新聞 2018年2月27日 東京朝刊


 ◆昔


 春めくや百済観音すくと立ち 和田悟朗 
     

解題



 奈良法隆寺観世音菩薩(ぼさつ)立像は細身ですらりとしている。百済から渡来したと考えられ、それで百済観音と呼ばれている。作者は1987年まで奈良女子大学理学部教授であった。その関係で奈良にかかわる多くの秀句を残した。「わが摘めば人麻呂も来て土筆(つくし)摘む」「菜の花や法輪(ほうりん)法起(ほっき)法隆寺」「万緑や山もろともに渡来せる」など。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

作者は1987年まで奈良女子大学理学部教授であった。その関係で奈良にかかわる多くの秀句を残した。「わが摘めば人麻呂も来て土筆(つくし)摘む」「菜の花や法輪(ほうりん)法起(ほっき)法隆寺」「万緑や山もろともに渡来せる」など。<坪内稔典

鑑賞


奈良法隆寺観世音菩薩(ぼさつ)立像は細身ですらりとしている。百済から渡来したと考えられ、それで百済観音と呼ばれている。

 
俳人

和田悟朗


(わだ ごろう、1923年6月18日 -2015年2月23日)は、兵庫県出身の俳人、化学者。武庫郡御影町(現・神戸市東灘区御影町)出身、大阪大学理学部卒業。神戸大学理学部助教授奈良女子大学理学部教授を経て同女子大名誉教授(物理化学)。俳句1952年より始め、橋寮个痢崘魃蹇廚忙臆叩△里同人高柳重信の「俳句評論」、赤尾兜子「渦」同人を経て1992年より「白燕」同人代表。1977年現代俳句協会関西地区会議議長に就任。のち現代俳句協会副会長を経て、2004年3月より同顧問。2010年「風来」創刊・主宰。

1969年第16回現代俳句協会賞、2007年第7回現代俳句大賞、2013年句集『風車』により第64回読売文学賞詩歌俳句賞を受賞。他にも兵庫県文化賞、大阪文化芸術功労賞等を受賞している。時間、地球、宇宙、次元といった自然科学的な概念語を用いた大きな把握を持つ句が特徴[1][2]。1995年には阪神大震災により自宅が全壊、「寒暁や神の一撃もて明くる」の句を作った[3]。2015年2月23日、肺気腫により死去。91歳[3]。



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=========初春 2018.02.27(火) 雨水 (近頃の世情))=========
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火論 枝葉に果実あり=玉木研二
毎日新聞 2018年2月27日 東京朝刊
 <ka−ron>

 東京の朝は早いが、26日は雲が覆い、風が冷たかった。

 うっすらと天空がしらみ始めた午前6時過ぎ。渋谷区宇田川町にある2・26事件の慰霊碑には、すでに花が供えられ、1箱の「ピース」、なみなみと飲料をたたえたグラスが置かれていた。

 1936(昭和11)年2月26日未明、雪の中を陸軍皇道派青年将校らが約1500の兵を率い首相官邸などを襲撃、重臣らを殺傷した。

 私利私欲の権門におごり、国民を苦しめ国を危うくする君側(くんそく)の奸(かん)を倒し「昭和維新」を断行するという趣旨だったが、昭和天皇は激しく怒り、鎮定を命じる。

 そうすると、青年将校らの主張に共鳴するそぶりも見せていた将軍たちも態度を変える。事件は29日に収束、首謀者ら計19人が裁判のうえ、陸軍刑務所の一角で銃殺刑に処せられる。事件で落命した人々すべて含めた慰霊碑は、戦後その跡地に建てられた。

 結局、政界を震撼(しんかん)させたこの事件は軍部政治介入と専横をエスカレートさせる。

 と、教科書的にはここまでだが、事件をタネにさまざまな枝葉を伸ばす学習を試みたい。高校の次期必修科目案である「歴史総合」にこそそれはふさわしい。

 例えば、国民は事件をどう受け止めたか。さまざまな資料があるが、人気絶頂の喜劇役者、古川ロッパの日記(晶文社刊)をめくってみる。

 発生当日東京の砧(きぬた)で映画を撮っていた。報道管制のため最初は不確かな流言しきり。<無気味な気持のまゝ、撮影を続ける>(26日付)

 芝居や映画が続けられるのか不安が募ったらしい。29日に事件が収まるや、映画館に人々がどしどし入っていくのを見て<如何(いか)に人間が娯楽を求めるものか>を改めて知り、感心する。役者としての自信と誇りがにじむ。

 また、例えば。

 慰霊碑のある代々木丘陵一帯は練兵場だったが、敗戦の秋、米軍陸軍師団が野営地にした。豊富な食料、映画館など娯楽設備も。やがてそこは将校らの住宅団地「ワシントンハイツ」になり、外観や生活スタイルが日本人をうらやましがらせた。原宿ファッション誕生にも影響する。

 小田急線の車窓に見えたその「輝くアメリカ」を、ほろ苦く記憶する人もいる。

 64年、返還されたハイツは東京オリンピック選手村となり、それも去って今の光景へと変転していく……。

 歴史学習は一つの事象から枝分かれして学ぶ面白さ、新視点という果実をつけてくれるはずだ。(客員編集委員



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経済観測 ドイツ連銀のユーロ圏での役割=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年2月27日 東京朝刊

 米国金利情勢に大きな変化が生じ、世界の資金の流れの変調が懸念される。しかし、こうした資金流のグローバル把握とは別の次元の金融課題も、世界中に残ったままだ。ドイツは政策意向の一貫性、また見据える金融課題において明瞭な立ち位置を示す。

 ドイツ連邦銀行欧州中央銀行(ECB)の創設以降は、ドイツ経済の内部に視点を置きECBの政策に注文を付けてきた。債券株式の市場での動揺が始まってもワイトマンドイツ連銀総裁は、9月以降のECBによる債券買い取りの大幅な縮小を唱える。毎月300億ユーロ(約4兆円)の債券買い取りは9月までは続くが、その後は、たとえ金融市場の動揺が続いても、またユーロ高が持続しても、量的緩和からの転換を行うべきだと主張する。

 ドイツ連銀の調査は、昨年のユーロ圏経済回復にもかかわらず、共通通貨の流通ではなく保蔵が極端な水準だったことを示した。ECBに各国の商業銀行が預金すれば0・4%のマイナス金利だ。このため銀行でさえ現金の保蔵が基本となる。

 ユーロ圏内現金の約6割がドイツで発行される。昨年はドイツで現金需要、すなわち結果としての現金供給の伸び率は7%に達し、名目成長率の2倍だった。しかしその50%はユーロ圏外に流出し、それぞれにあって流動性資産となる。ユーロへの信頼がドルのそれに匹敵するからだ。40%相当はユーロ圏内で保蔵され、残りの10%が流通するにすぎない。

 これは金融量的緩和の空回りを意味する。現金から電子マネーに転換すれば、量的緩和が引き起こした「現金保蔵」は回避できるか。ドイツ連銀の調査ではドイツ国民の88%が現金選好という保守派に属するという。ここが眼目かもしれない。

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憂楽帳 チョウが消えた
毎日新聞 2018年2月27日 大阪夕刊 【山口圭一】


 モンシロチョウが消え、赤とんぼも激減した。耕されなくなった水田を外来の雑草セイタカアワダチソウが埋め尽くす。えさの草や産卵場所をなくした虫は姿を見せなくなり、タガメカエルもすみかを失った。

 東京電力福島第1原発事故で住民が避難した福島県阿武隈山地で何が起きているのか。自然写真家の永幡嘉之さんの絵本「原発事故で、生きものたちに何がおこったか」(岩崎書店)は、そんな里山の変化を写真で伝えている。

 7年前の東日本大震災直後、永幡さんと岩手県宮古市の沿岸部をともにたどった。希少種のチョウが産卵する樹木に津波が襲った跡。倒壊した家屋から生ゴミをあさるカラス。住居を失った人々が避難所にあふれているのにいいのだろうかと自問しながら、被災地の自然にカメラを向けていた。「でも、私が記録しなければ後世に残せない」

 その姿勢は「原発事故で……」にも貫かれている。声高に主張することはないが、野山の姿を丹念に追う。そこから見える人々と自然の移りかわりに失ったものの大きさを感じさせる。【山口圭一】

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2018-02-26

【こよみ 平成30年02月26日(月)雨水 旧暦一月十一日(大安)若潮】所得税確定申告(2/16〜3/16)  05候  霞始靆  雨水次候 脱出の日 二・二六事件の日 咸臨丸の日 パナマ運河開通記念日 血液銀行開業記念日

2018.02.26(月) 七十二候 雨水次候 05候  霞始靆  霞始めてたなびく
 霞がたなびき始める02月24日(土)〜02月28日(水)

ふろの日(毎月)

2.26事件の日
1936(昭和11)年、2.26事件が発生しました。 陸軍皇道派青年将校が、対立していた統制派の打倒と国家改造を目指し、約1500名の部隊を率いて首相官邸等を襲撃しました。内大臣大蔵大臣等が殺害され、永田町一帯が占拠されました。 当初、陸軍の首脳部は青年将校たちの行動を容認する態度をとっていましたが、海軍が鎮圧を要求し、天皇も同様の立場をとったので、29日に鎮圧を開始しました。飛行機から「下士官兵ニ告グ」のビラを撒いて帰順を勧め、「今からでも決して遅くはないから、直ちに抵抗をやめて軍旗の下に復帰する様にせよ」との投降を呼びかけるラジオ放送を行いました。形勢が不利になったと判断した将校たちは兵を原隊に帰し、2名が自決、残りの者が自首して、その日のうちに鎮定されました。

咸臨丸の日
1860年幕府派遣した使節団が、咸臨丸による太平洋横断航海を終えてサンフランシスコに到着した日。咸臨丸出港の碑が1960年(昭和35年)に日米修好100年を記念して建立されている。

脱出の日
1815年のこの日、エルバ島に流刑されていたナポレオンが脱出し、パリに向かった。

パナマ運河開通記念日
1914年(大正3年)のこの日、中央アメリカパナマ地峡を開削して太平洋大西洋を連絡するパナマ運河アメリカにより開通した。

血液銀行開業記念日

1951年昭和26年)のこの日、輸血に必要な血液を常に確保し、必要に応じて供給する血液銀行(現在の血液センター)が発足した。

[著名人の誕生日・命日]
良忍上人忌

平安時代後期の僧で融通念仏宗の祖・良忍の法要の日。 亡くなったのは1132(長承元)年2月1日ですが、法要はこの日に行われます。1773(安永2)年に聖応大師の諡号を贈られました。

▲分裂する天皇南北朝対立(1618)
島津家琉球出兵(1649)
江戸幕府農民支配を強化する「慶安御触書」を公布(1649)
▲日本初の顕微鏡使用法を徳川家斉に講じる(1802)
ナポレオンエルバ島を脱出する(1815)
▲米憲法画改正、黒人にも投票権が与えられる(1869)
▲「昭和維新」を目指す若手陸軍将校ら、高橋是清蔵相、斎藤実内大臣渡辺錠太郎教育総監を殺害(二・二六事件)(1936)
▲日本最初の血液銀行大阪に開業(1951)

誕生:ヴィクトル・ユーゴー(作家1802) ドーミエ(画家1808) 
   与謝野鉄幹(歌人1873) 岡本太郎(芸術家1911) 竹下登(政治家1924)
   五社英雄(映画監督1929) 山下洋輔(ミュージシャン1942) 
   土田よしこ(漫画家1948) 海江田万里(政治家1949) 渡辺和博(1950)
   桑田佳祐(ミュージシャン1956) 南美希子(タレント1956)
   三浦知良(サッカー選手1967)


誕生花福寿草 (Adnis)   花言葉:思い出





季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.26(月) 雨水 


空ばかり春めく底の信濃かな


毎日新聞 2018年2月26日 東京朝刊


 ◆今


 空ばかり春めく底の信濃かな  仲寒蝉(かんせん) 
   

解題


 「底」の読み方が問題だ。テイと読んで、ほどあい、程度の意味だとすると、空だけが春めく感じの信濃だなあ、という句になるだろう。ソコと読むと、空だけが春めく谷底の信濃だなあ、という意味に変わる。私としては後者の読みをしたい。春になった空のその底が信濃なのだ。作者は1957年生まれ、長野県佐久市に住む。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典


作者は1957年生まれ、長野県佐久市に住む。<坪内稔典


鑑賞

 「底」の読み方が問題だ。テイと読んで、ほどあい、程度の意味だとすると、空だけが春めく感じの信濃だなあ、という句になるだろう。ソコと読むと、空だけが春めく谷底の信濃だなあ、という意味に変わる。私としては後者の読みをしたい。春になった空のその底が信濃なのだ。


俳人

寒蝉


(なか かんせん 1957年6月7日 - )は、大阪府大阪市出身[1]の俳人、内科医。本名、仲元司(なか もとじ)。1983年、信州大学医学部卒。1996年、「港」に入会し、大牧広に師事。1997年読売俳句大賞準賞受賞。2001年、「里」創刊同人。2004年、第一句集『海市郵便』により第20回山室静佐久文化賞受賞。2005年、「小海線」50句で第50回角川俳句賞受賞。2015年、第二句集『巨石文明』で芸術選奨新人賞を受賞。「港」「里」「群青」同人長野県佐久市在住。佐久市立国保浅間総合病院勤務。




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=========初春 2018.02.26(月) 雨水 (近頃の世情))=========
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風知草 「皇居外苑再生」提言=山田孝男
毎日新聞 2018年2月26日 東京朝刊

 国際NGOイコモス(ICOMOS、国際記念物遺跡会議)の日本国内委員会が20日、「文化的景観としての皇居外苑の再生に関する提言」を発表した。

 日本の文化的景観の象徴たるべき皇居外苑が、今は内堀通りによって分断されている。これを人々の憩いの場に戻せないか。

 自動車経済優先の時代から、人間と文化を尊重する時代へ。転換の一歩として皇居外苑を再生させようという提案である。

     ◇

 問題の道路は、東京都千代田区の祝田(いわいだ)橋交差点から和田倉噴水公園まで。JRの有楽町東京駅間と並行し、皇居外苑を南北に切り裂いて走る約700メートルの直線コースである。

 日露戦争前、ここに道路はなかった。

 1904(明治37)年5月8日、皇居前広場へ向かう開戦祝勝行列の群衆馬場先門(撤去され、今は地名のみ)に殺到、21人が圧死、25人が負傷した(翌日の東京日日新聞=今の毎日新聞=による)。

 この惨事をきっかけに道を造り、日露戦争後、凱旋(がいせん)パレードの舞台になったことから、かつては「凱旋道路」と呼ばれた。

 はじめ歩道として整備された凱旋道路は、関東大震災後の復興過程で、極めて交通量の多い自動車道路へ変わっていった。それに伴い、外苑を元に戻せ−−という声も広がった。

 皇紀神武天皇即位を元年とする紀年法)2600年を翌年に控えた39(昭和14)年、政府東京市、学界挙げての外苑整備事業に凱旋道路の「地下道化」が盛り込まれた。

 だが、対中戦争拡大、対英米開戦も間近という時局柄、見送られた。じつは翌年、東京五輪が開かれるはずだったが、戦争で日本は開催を返上した。

 皇居外苑再生は、64(昭和39)年の東京五輪の準備段階でも検討された。この時も東京都内堀通り(凱旋道路)の「地下道化」を模索。当時は自動車排ガスによるクロマツの枯死が問題だったが、結局、日の目を見なかった。

     ◇

 皇居外苑の最新の再生提言は、イコモス日本国内委員会の「文化的景観小委員会」がまとめた。

 この提案の特徴は「地下道化」ではない。内堀通りの交通は、南側の皇居外苑バスレーンへ導く。ここは現在、観光バスの駐車スペースになっており、駐車場さえ確保できれば新しい内堀通りになり得る。

 内堀通り都道。バスレーンは環境省の管理地。道の屈曲による交通制御に課題はあるとしても、都と政府合意すれば、巨額な財政負担もなく、日露戦争前の姿に戻せる。

     ◇

 皇居外苑で最も目立つのはクロマツである。

 明治、大正を生きた地理学者、志賀重昂(しげたか)は日本的風景の神髄は白砂青松にあると説き、マツの魅力をこう書いた。「独り隆冬(りゅうとう)(さかんな冬)を経て凋衰(ちょうすい)(しぼみ、衰える)せざるのみならず、重量ある枝葉を負担しながら孤高烈風を凌(しの)ぎて扶持(ふち)(くらしを)自ら守り節操雋邁(しゅんまい)(信念の堅さは抜群だが)庸々(ようよう)たる(良い意味で平凡)……」

 内村鑑三志賀の「日本風景論」を近世の名著と称賛。皇居外苑の設計者たちが同じ感覚でクロマツを植えた記録が残る。

 戦争、震災、流血デモ。隆冬の歴史を経た皇居外苑を、19世紀の欧化政策の帰結である日露戦争より前の状態に戻すことには意義があると私は思う。=毎週月曜日に掲載

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憂楽帳 核と怪獣
毎日新聞 2018年2月26日 大阪夕刊 【北林靖彦】

 前から気になっていた展覧会を鑑賞した。東京国立近代美術館フィルムセンター(東京都中央区)で開催中の「SF・怪獣映画の世界」だ。展示品は1927年からの邦洋画のポスターやビデオ映像が百十数点。特撮作品を見て育った私にとってはお宝ぞろいで、古今変わらない製作者のあくなき創造力が伝わった。

 大戦後の複数の作品に共通していたのは核兵器との関わりだった。「宇宙人東京に現わる」(56年公開)は、ヒトデ形の宇宙人が原水爆開発を警告するために現れ、「スーパージャイアンツ」(57年)では故宇津井健さんが核実験をやめさせるため遊星から派遣されたヒーローを演じた。ゴジラガメラも核爆発がきっかけで目覚め、日本に原爆を投下し、核実験を先導した米国も「原子怪獣現わる」(53年)で核の恐怖を訴えていた。

 同様の作品が多く製作された50〜60年代は冷戦の真っただ中。だが昔話とは思えない。核実験を繰り返す隣国、新型核兵器導入を表明したトランプ政権の国、核兵器禁止条約を批准しなかった唯一の被爆国……その地に再び宇宙人や怪獣が出なければいいが。【北林靖彦】

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2018-02-25

【こよみ 平成30年02月25日(日)雨水 旧暦一月十日(仏滅)長潮】所得税確定申告(2/16〜3/16)  05候  霞始靆  雨水次候 天神縁日 夕刊紙の日 箱根用水貫通の日 北野天満宮梅花祭 茂吉忌

2018.02.25(日) 七十二候 雨水次候 05候  霞始靆  霞始めてたなびく
 霞がたなびき始める02月24日(土)〜02月28日(水)


夕刊紙の日
1969(昭和44)年、日本初の駅売り専門の夕刊紙『夕刊フジ』が創刊しました。

北野天満宮梅花祭
北野天満宮 2月25日(木). 梅花を添えた神饌を供え菅公の御遺徳を偲ぶ. 梅花祭 午前10時〜午前11時

天神縁日

天神様の縁日(毎月25日)

箱根用水貫通の日
1670年のこの日、芦ノ湖水を箱根山西の深良村へ引く、用水トンネルが貫通した。

[諸外国の記念日]
第11代アブダッラー首長即位記念日

(クウェート)

[著名人の誕生日・命日]
茂吉忌

精神科医アララギ派歌人斎藤茂吉の1953(昭和28)年の忌日。

契沖忌
江戸時代国学者歌人である契沖の1701(元禄14)年の忌日。

道眞忌
平安時代の学者・廷臣の菅原道眞の903(延喜3)年の忌日。

天武天皇律令の制定を命ずる(681)
菅原道真、59歳で病死(903)
カトリック教会、エリザベス1世を破門(1570)
箱根用水、完成(1670)
▲「旬刊朝日」が創刊される。後に「週刊朝日」になる(1922)
▲旧円と新円の交換が始まる(1946)
▲買い出しで満員の列車転覆。死者174人、負傷者800余人。 八高線列車転覆事件(1947)
歌人斉藤茂吉、没。70歳(1953)
▲タブロイド判、駅売り専門の「夕刊フジ」創刊。夕刊紙ブーム(1969)
フィリピンでアキノ新大統領の就任式。20年のマルコス政権崩壊。 マルコス夫妻はアメリカ亡命(1986)

誕生:蓮如(浄土真宗僧侶1415) 松方正義(政治家1835) ルノアール(画家1841)
   クローチェ(歴史学者1866) エンリコ・カルーソー(歌手1873) 
   市川歌右衛門(俳優1907) 黒岩重吾(作家1924) 植木等(俳優1927)
   ケーシー高峰(俳優1934) 森田公一(作曲家1940) 鹿内孝(俳優1941)
   ジョージ・ハリスン(ミュージシャン1943) 北大路欣也(俳優1943) 
   岡安由美子(女優1961) 寺脇康文(俳優1962) 
 
誕生花:じゃこうばら (Musk Rose)   花言葉:きまぐれな愛



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.25(日) 雨水 


どう置いても栄螺の殻は安定す


毎日新聞 2018年2月25日 東京朝刊


 ◆昔


  どう置いても栄螺(さざえ)の殻は安定す   加倉井秋を
   

解題


 荒い外海育ちだととげがあり、静かな内海育ちにはとげがない、と言われてきたが、外海育ちにもとげのないものがいる。とげの有無は環境と遺伝の両方に関係するらしい。それはともかく、「安定せざる栄螺の殻を座右にす」(中村和弘)という句もある。はたして、サザエの殻は安定しているのかいないのか。さて、どうなのだろう。<坪内稔典

語釈・晦渋語 &出典

「安定せざる栄螺の殻を座右にす」(中村和弘)という句もある。はたして、サザエの殻は安定しているのかいないのか。さて、どうなのだろう。<坪内稔典


鑑賞

荒い外海育ちだととげがあり、静かな内海育ちにはとげがない、と言われてきたが、外海育ちにもとげのないものがいる。とげの有無は環境と遺伝の両方に関係するらしい。


俳人

加倉井秋を


(かくらい あきを、1909年8月26日 - 1988年6月2日)は、茨城県出身の俳人建築家。本名は昭夫。日本画家加倉井和夫は弟。茨城県出身。東京美術学校(現・東京芸術大学建築科卒業。建築会社勤務を経て、1970年より武蔵大学教授(美術工芸史)。

代表句に「花茣蓙に母の眼鏡がおいてある」など。口語を生かした独特の発想をもつ句風で「秋を調」とよばれたが、晩年は古典美の追求を経て境涯的な叙情句を作るようになった[3]。

俳句1936年より、「あきを」の号で「馬酔木」に投句。1938年より「秋を」に改めて「若葉」に投句、富安風生に師事する[1]。1941年より「若葉」編集長。1946年、安住敦らと俳句作家懇話会を結成。のちに同人誌「諷詠派」創刊に参加。1948年、「若葉」第一同人1955年愛媛療養所の機関誌であった「冬草」の雑詠選者。1959年より「冬草」を東京に移管し主宰となる[2]。1984年、『風祝』で第24回俳人協会賞受賞。1988年、78歳で死去。

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=========初春 2018.02.25(日) 雨水 (近頃の世情))=========
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社説 仮想通貨をどうすべきか 本質論抜きの規制は誤る
毎日新聞 2018年2月25日 東京朝刊
 
通貨」という単語を含むため、円やドルといったお金の空気をまとっている。だが、その前に「仮想」とあり、何なのか理解しづらい。

 マンションや貴金属、有名絵画のように目で値打ちを確かめることもできない。仮想通貨とは、暗号化されたデータに過ぎないからだ。

 しかしその市場価値が数カ月で何十倍にも膨らんだとあって、もうけを狙う人々が群がった。ビットコインの誕生から9年。投機が先行する一方で、国や国際社会はつきあい方に苦慮している。そんな中で、仮想通貨一種、NEM(ネム)の大量盗難事件が発生した。

 不正アクセスを受けた交換業者コインチェックの管理体制が甘かったことは明らかだ。しかし、こうしたずさんな事業者が顧客基盤を拡大し、業界の主力プレーヤーにのし上がることができた背景にこそ、目を向ける必要がある。
「みなし業者」の抜け穴
 国内では、2017年4月に改正資金決済法が施行され、金融庁に登録した業者のみ、仮想通貨の取り扱いができることになった。免許制より緩い登録制を採用したのは、世界で日本が初だ。しかも規制には、大きな抜け穴があった。

 盗難に見舞われたコインチェックは、登録の手続きが完了しない未登録状態にある。にもかかわらず、合法的に業務を続けられた。制度開始前から交換業を営み、登録の申請が済んでいれば、「みなし事業者」として営業できる特例のお陰だ。同様の事業者は15社にのぼる。

 なぜこうした制度になったのか。

 制度の元となる報告書を、金融庁有識者会議(決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ)がまとめている。

 原案ができる前に、2人の参考人から意見聴取をしていた。いずれも仮想通貨交換業界の代表で「免許制は厳し過ぎるが、届け出制は物足りないので」と述べ、中間の登録制を要望した。間もなく登録制を盛り込んだ報告書がまとまった。

 その1年半前には、自民党委員会仮想通貨に関する中間報告を作成していた。仮想通貨を「新たなイノベーションを起こす大きな要素」と位置付け、「利用者の自己責任」「既存の規制で縛りつけることをできるだけ避ける」と書いている。

 業界の成長促進という産業政策的発想が、みなし事業者を認めたことも含め、規制の議論で貫かれた。

 日本は、インターネットフィンテックと呼ばれる金融技術分野で世界に後れをとった。盛り返しを図る上で仮想通貨は格好の武器と映ったのだろう。緩やかな規制が拙速にこしらえられた感が否めない。

 一方、国外では、政府中央銀行国際機関などから仮想通貨の根源的な問題や規制について、さまざまな議論が交わされている。
通貨要件満たさず
 「バブルであり詐欺であり環境破壊だ」。そう一蹴したのは「中央銀行中央銀行」と呼ばれる国際決済銀行(BIS)のカルステンス総支配人だ。環境破壊というのは、通貨創出に大量の電力消費を伴うコンピューター使用が必要だからである。

 現実の通貨と「交換」という接点がある以上、中央銀行の厳格な関与を求めている。

 英国のメイ首相は、犯罪組織などによる資金洗浄への懸念から、真剣に行動を起こす必要性を唱える。

 短期間に値打ちが倍になったり半減したりする仮想通貨は、そもそも経済的価値の保存手段となり得ず、「通貨」の要件を満たさないというのが、BISのカルステンス氏を含む経済専門家の見方だ。

 何より、仮想通貨には国、中央銀行のような後ろ盾がない。例えば1万円札は、日銀保有する同価値の資産国債株式など)に裏打ちされている。また、金融危機のように市場から資金の出し手が引き揚げる事態となれば、中央銀行資金を供給し不安解消の責任を担う。

 そうした性質を持たない仮想通貨存在感を増せば、銀行や法定通貨、さらに国家というものにどのような影響を及ぼし得るのか。本質的な議論があまりにも乏しかった。

 仮想通貨の規制は、来月、アルゼンチンで開かれる主要20カ国・地域(G20)の財務相中央銀行総裁会議で、主要議題に上る見通しだ。国境を超えた対応が急務となっている。グローバルな議論に備える上でも、まず国内で、仮想通貨との関わり方を一から問い直す必要がある。


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新・心のサプリ 年齢ストレス海原純子
2018年2月25日 04時01分(最終更新 2月25日 04時01分)

 最近「いかに若々しく年を重ねるか」というテーマで取材をうけることが増えた。医学的な一般論ではなく、私の個人的なライフスタイル取材なので、こうしたテーマで取材をうけること自体が実は「若くない」ということを示すものだと苦笑している。年齢の割に若くみえるらしいために、取材依頼がくるのだと思うが、記者にとっては「想定外」の答えが返ってくるようで、原稿をまとめるのに苦労した跡がみえてこれまた苦笑する。

 一般的に「若々しくある」ためには、たっぷりと睡眠をとり、寝る前の2時間は食事をせず、腹八分にする。そして無理をしないでしっかり休みをとる、というように思われている。もちろんそれはそれで正しいとは思うが、実際私が医師として診療していて、前述のように理想的な生活をしているにもかかわらず、すっかり老けこんでいる方もいるという現実がある。

 「若々しくいなければ」と常に年齢のことが気になっている人ほど、老けやすいのではないかと思ったりする。年齢のことを常に思いめぐらしている人は、意識の中に自分の年齢がしっかり刻みこまれている。年をとりたくないという思いや、若々しくいなければという強迫的な思いが、ストレスになることもあるだろう。年齢のことを考えるひまがないほど熱中することがあり、心の中から年齢についての思いが薄れ、年などどうでもよくなるような状態が大事なのではと思う。

 私は定期的にジャズボーカルのライブをしている。先日30代の東京大出身のピアニストと一緒にライブをした時、たまたま英語のベストセラー本の著者がライブをききにいらしていた。ピアニストは受験の時、何度もくり返しその本で勉強し、受験に成功したということで、著者の先生とそんな話で盛り上がっていたが、私は全く本のことを知らなかった。そこで「私も、その本を使ったら東大にいってたかもね」などとつぶやいたが、あとでよくよく考えたら、ベストセラーの著者と私はほぼ同年代。その本を使えるわけないのだった。にもかかわらず、全く自分の年齢のことについて認識がない、ということに気づいた。

 年齢についての認識は、「年だからもうダメ」という意識から自由になることかもしれない。年齢はどうでもいい。自分が集中し、熱中し、休みがなく疲れ切ったときに体の要求に応えて休む。それが心地よく年を重ねるのに大事なことなのではないかと思う。

 年をとることをおそれ、さまざまなことを制限してびくびく過ごすことは、かえってストレスになるように思う。もっとのびのび年のことなど考えず生きてみたら、などと言ったら「年齢相応にしなさい」という反対意見もありそうだなあ、とまたまた苦笑する。(心療内科医)

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2018-02-24

【こよみ 平成30年02月24日(土)雨水 旧暦一月九日(先負)小潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16)  05候  霞始靆  雨水次候 地蔵縁日 鉄道ストの日 地雷を考える日 クロスカントリーの日 大喪の礼 南国忌 不器男忌

二十四節気・七十二候・雑節
霞始めてたなびく(5候)

七十二候の一つ。 雨水次候 05候  霞始靆  霞始めてたなびく 霞がたなびき始める02月24日(土)〜02月28日(水)

クロスカントリーの日
1977(昭和52)年、原野・森林等にコースを設定して走る競技・クロスカントリーの、統一ルールによる初めての大会がイギリスで開催されました。

地雷を考える日
1995年(平成7年)にカンボジア地雷の根絶を訴える集会が開かれた。

鉄道ストの日
1898年(明治31年)に日本鉄道会社の機関士ら400人により日本初の鉄道ストライキが12日間にわたり行われ、労働者側が勝利した。その間、上野青森間の列車が運休するなど混乱した。

大喪の礼
1989(平成元)年の 2月24日に昭和天皇大喪の礼が行われた。

地蔵縁日
地蔵菩薩の縁日(毎月24日)

月光仮面登場の日
1958年(昭和33年)にラジオ東京(現在のTBS)で国産初の子供向けテレビ映画月光仮面」の放送が始まった。悪玉は、どくろ仮面。

インテリアの日
(毎月第4土曜日)

[著名人の誕生日・命日]
南国忌

大衆作家・直木三十五の1934(昭和9)年の忌日。代表作の『南国太平記』から「南国忌」と呼ばれています。 翌年、直木三十五の友人だった作家・文芸春秋社長の菊池寛が、純文学の「芥川龍之介賞(芥川賞)」とともに、大衆文学の分野の新人に贈る賞として「直木三十五賞(直木賞)」を創設しました。

丈草忌
江戸前・中期の俳人蕉門十哲の一人・内藤丈草の1704(元禄17)年の忌日。

不器男忌
27歳で夭逝した俳人・芝不器男の1930(昭和5)年の忌日。

後醍醐天皇が隠岐を脱出して京都に向かう(1333)
ローマ教皇グレゴリウス13世がユリウス暦を改正して制定(グレゴリウス暦) (1582)
ペリー一行、横浜で電信機の実験(1854)
幕府裁縫ミシンの講習会(1868)
天皇東京に滞在中は太政官東京に移すことが決まる(東京遷都)(1869)
明治政府キリスト教を解禁(1873)
イギリスで初のクロスカントリー選手権開催(1877)
日本鉄道会社の機関手ら400人、鉄道初のストライキに突入(1898)
日本平民党日本社会党に合流し、第1回大会が開催される(1906)
尾崎行雄らが政友倶楽部を結成(1913)
直木三十五、没。43歳(1934)
▲「月光仮面」放送開始(1958)
新宿御苑昭和天皇大喪の礼(1989)

誕生:カール5世(神聖ローマ帝国皇帝1500) 
   ウィルヘルム・グリム(弟)(童話作家1786) 山村聡(俳優1910)
   淡島千景(女優1924) シドニーポワティエ(俳優1924) 
   ミシェル・ルグラン(作曲家1932) 佐久間良子(女優1939)
   草野仁(キャスター1944) 秋吉久美子(女優1955) 
   アラン・プロスト(F1ドライバー1955) 飛鳥涼[CHAGE & ASKA](1958)

誕生花:つるにちにち草 (Periwinkle)   花言葉:楽しい思い出



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.24(土) 雨水 


女手に生きて焼かれる栄螺かな


毎日新聞 2018年2月24日 東京朝刊


 ◆今


  女手に生きて焼かれる栄螺(さざえ)かな   出口善子
   

解題


 サザエハマグリアサリアカガイマテガイサクラガイ、ニナなどの貝類はその多くが春の季語、春は貝の季節だ。今日の句、生きたままに焼かれているサザエを詠んでいるが、男でなく女の手で焼かれることを、サザエは喜んでいるのだろうか。サザエは雌雄異体、内臓(ワタ)の先の緑色なのが雌、白っぽいのが雄らしい。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

サザエハマグリアサリアカガイマテガイサクラガイ、ニナなどの貝類はその多くが春の季語、春は貝の季節だ。サザエは雌雄異体、内臓(ワタ)の先の緑色なのが雌、白っぽいのが雄らしい。<坪内稔典


鑑賞

今日の句、生きたままに焼かれているサザエを詠んでいるが、男でなく女の手で焼かれることを、サザエは喜んでいるのだろうか。


俳人

出口善子


(でぐち よしこ、1939年8月12日 - )は俳人。俳誌「六曜」代表。本名は由利善子。

大阪府大阪市生まれ。父は四天王寺第101代管長の出口常順[2]。大阪女子大学国文科卒業。
1972年、「七星俳句会」入会。1981年、「花曜」(主宰・鈴木六林男)入会。1983年、第7回花曜新人賞受賞、1987年、第16回花曜賞受賞。鈴木六林男の死去(2004年12月)にともない、2005年、「花曜」解散。同年4月、「六曜」を創刊[1]。

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=========初春 2018.02.23(金) 雨水 (近頃の世情))=========
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土記 ミカンの来た道=青野由利
毎日新聞 2018年2月24日 東京朝刊
 <do−ki>

 この冬、ミカンが高い。ありふれた果物なのに、とぼやきたくなるが、柑橘(かんきつ)類の長く複雑な歴史を知ると見方が変わるはずだ。

 たとえば今月、米国などの国際チームがネイチャー誌に発表した論文。60種の柑橘類のDNA解析を基に、現在の多種多様な品種の来歴や伝搬を分析している。

 そこから導かれた結論は、「約800万年前にヒマラヤの東南の山麓(さんろく)に共通祖先が存在した」。それが、800万〜600万年前に気候の変化にあわせてアジア各地に急速に拡散、400万年前にはオーストラリアに広がった。

 共通祖先からは「シトロン」「マンダリン」など祖先種10種が分かれ、これらの雑種としてレモンやライム、オレンジ、グレープフルーツなどが生まれていったという。

 壮大な物語が浮かぶが、では日本でおなじみの「温州(うんしゅう)ミカン」はどこから来たのか。

 昨年、温州ミカンの全遺伝情報を解読した農業・食品産業技術総合研究機構の清水徳朗さんらの分析によると親は「紀州ミカン」とインドシナ原産の「クネンボ」。クネンボの親も「紀州ミカン」とわかった。江戸時代には「種なしミカン」「李夫人」などと呼ばれていたが、明治初期に「温州ミカン」の呼び名で統一されたという。

 では「紀州ミカン」は? 中国から来たと考えるのが一般的だが、日本にも1000年以上前の栽培記録がある。詳しい由来やここから温州ミカンが誕生した過程には謎が残されている。

 もうひとつ興味深いのは、日本書紀万葉集にも登場する「タチバナ」だ。国際チームは、アジアマンダリンから200万年前に分かれ台湾沖縄、日本に渡ったという説を支持。今は独立した種に分類されているが、DNAの特徴からマンダリンの亜種とすべきだと提案する。

 一方、清水さんらの分析でタチバナは1種ではなく遺伝的に異なる3系統があることがわかった。日本古来のタチバナの来た道が、今後さらによくわかるかもしれない。

 酸味が強く食用の品種と無関係と思われてきたタチバナが日向(ひゅうが)夏(なつ)や黄金柑の親だったという意外な事実もわかっている。日本書紀に出てくる「非時(ときじくの)香菓(かくのこのみ)」の子孫?と思うと味わいも違ってきそうだ。

 柑橘類の分類には60年以上の国際論争がある。決着をつけるのに遺伝子解析はもちろん、日本の古い文献や日本の農学者が精力的に行った分類も貢献していると聞けば、「ありふれた果物」と言ってはいられない。(専門編集委員



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経済観測 日銀法改正20周年 金融政策の議論を=東短リサーチ・チーフエコノミスト 加藤出
毎日新聞 2018年2月24日 東京朝刊

 現行の日銀法が施行されてからこの春で20周年となる。

 旧日銀法は、太平洋戦争下の1942年に制定された。政府の軍事費調達を日銀が支えることが主目的の法律だったこと、中央銀行の独立性(自主性)を高める方が経済はうまくいくとの考えが90年代に世界的な潮流となったことなどから98年4月に現行法に切り替えられた。

 しかしながら、日銀の独立性はこの20年で実際高まったのかと考えると怪しい面がある。例えば、日銀が持つ長期国債と短期国債の合計額を、戦時中と現在で比較してみると皮肉な状況が見えてくる。

 戦時中の日銀は、急増する軍事費を賄うために国債引き受けを大規模に行っていた。ただし、日銀は引き受けた国債の大半を金融機関郵便貯金などに売却し、インフレの過熱を制御しようとした。日銀国債保有額の経済規模国民総生産=GNP)比は、敗戦前年の44年で13%となっていた。同年のインフレ率は10%台前半と高かったが、戦後には激化し、46年に500%台へと跳ね上がった。

 一方、今年度の日銀保有国債のGNP比は80%程度にもなる。この5年間、日銀は空前の勢いで国債を市場から買い、それを持ち続けているため、戦争末期をはるかに上回るすさまじい水準に達した。だが、政府と定めた2%のインフレ目標は達成できず出口に行けない状態だ。安倍晋三首相黒田東彦総裁の続投、および副総裁の一人に国債購入の一層の増額を提唱する若田部昌澄早稲田大教授を推すことを決めた。今の政府は日本経済にカンフル剤を大量投入することを重視している。

 しかし“ドーピング”のやり過ぎは先行きに大きな副作用をもたらす可能性が高い。日銀法改正20周年を機に金融政策の在り方をあらためて議論しなおすべきではないか。

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憂楽帳 エンディングノート
毎日新聞 2018年2月24日 大阪夕刊 【山崎征克】

 A4判48ページの冊子には「もしもの時に連絡してほしい知人」「葬儀についてしてほしいこと」といった質問が並ぶ。シニア世代でつくるボランティア団体「NALC(ナルク)」(大阪市)が発行する「エンディングノート」だ。

 「終活」という言葉がまだ一般的でなかった約15年前。会員から「子どもらに終末期医療や墓の希望を伝える手ごろな手段がほしい」と要望が寄せられ、メンバーの早野矢須男さん(78)らが製作した。累計発行部数は16万部を超える。

 年始に帰省した際、私の母(64)がノートを持っていることを知った。ただ、死に対する現実感がなく、「まだ一つも書いてない」と言う。うれしいことではあると思いつつ、早野さんを再訪すると「ノートを持っていても、書き込んでいる人はせいぜい1〜2割くらい」と教えてくれた。死への向き合い方は人それぞれ。ノートが、伝えたいことを考えるきっかけになればいいということか。

 「親は残される人に、迷惑をかけたくないと思うものですよ」と早野さん。次に帰省した時は、父母と少しばかり先の話をしてみよう。【山崎征克】

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【こよみ 平成30年02月23日(金)雨水 旧暦一月八日(友引)小潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16)  04候 土脉潤起  雨水初候 上弦 皇太子誕生日 税理士記念日 富士山の日 ふろしきの日

2018.02.23(金) 七十二候 雨水初候 04候 土脉潤起 土のしょう潤いおこる
 雨が降って土が湿り気を含む 02月19日(月)〜02月23日(金)

ふみの日郵政省、毎月)

二十四節気雑節
上弦

半月。月と太陽の黄経差が90°となる日。

皇太子誕生日
浩宮徳仁親王殿下が1960年昭和35年)に生誕された。

ロータリー設立記念日
1905年(明治38年)のこの日の夜、シカゴ市ディアボーン街127番地、ユニティビル711号室のガスタ−バス・ロアの事務所にて弁護士ポール・ハリスが友人ら3人とともに世界初のロータリークラブを設立したことを記念する日。

富士山の日

パソコン通信「NiftyServe」内のフォーラム「山の展望と地図のフォーラム・FYAMAP」が1996年(平成8年)元日に制定。「ふ(2)じ(2)さん(3)」「富士山」の語呂合わせと、この時期は富士山がよく望めることが日付の理由。

ふろしきの日
長い歴史を誇る風呂敷は繰り返し使えて環境保全に役立つエコマーク商品。その価値を広くアピールしようと「京都ふろしき会」が制定した。「つ(2)つ(2)み(3)」の語呂あわせ。

税理士記念日
現在の税理士法の前身にあたる税務代理士法が制定されたのが1942年(昭和17年)のこの日。それを記念して設けられた日で、各地で税に関する無料相談会などが行われる。

[諸外国の記念日]
共和国の日

(ガイアナ) 南米ガイアナ協同共和国ナショナルデー。 1966(昭和41)年、ガイアナイギリス連邦から独立しました。

▲畠の中で「漢委奴国王印」の金印発見(1784)
ペリー一行、蒸気機関車の模型を贈呈(1854)
近藤勇が、土方歳三ら壬生組結成(1863)
函館の娼妓坂井フクの廃業訴訟大審院で勝訴。廃娼運動のはずみに(1900)
▲日韓議定書調印(1904)
▲民家に侵入しては2時間ほど戸締まりなどについて説教をしていく「説教強盗」 逮捕(1929)
▲現在の税理士法の前身である「税務代理士法」制定(1942)
毎日新聞の「竹槍では間に合わぬ、飛行機だ」の記事に東条首相が激怒し、新聞を差し押さえる(1944)
プロ野球コミッショナー制導入(1949)
ローマ法王ヨハネ・パウロ2世初来日(1981)
川崎市が全国ではじめて指紋押捺を拒否した外国人を起訴しない方針を
 固める(1985)

誕生:ヘンデル(作曲家1685) ヤスパース(哲学者1883) 野間宏(作家1915)
   池田満寿夫(版画家・作家1934) 内海好江(1936) 
   ピーター・フォンダ(俳優1939) 大宅映子(ジャーナリスト1941) 
   北大路欣也(俳優1943) 宇崎竜童(音楽家1946) 月亭八方(1948)
   中島みゆき(歌手1952) 中嶋悟(レーサー1953) 野口五郎(歌手1956)
   浩宮徳仁(皇太子1960) 飯星景子(1963) 相田翔子(歌手1970)
   
誕生花:あんずの花 (Prunus)   花言葉:乙女のはにかみ



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.23(金) 雨水 


少年や六十年後の春の如し


毎日新聞 2018年2月23日 東京朝刊


 ◆昔


  少年や六十年後の春の如(ごと)し  永田耕衣 
    

解題


 今、目の前にいるのは少年である。その彼は、今から60年後の春の状態だ、という句。60年で生まれ変わる還暦の思想を背景にした句だが、目の前の少年は、60年後、果たして今のままであるかどうか。そういえば、私の俳句仲間の池田澄子は、「育たなくなれば大人ぞ春のくれ」と詠み、やや冷ややかに現実を見つめている。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

そういえば、私の俳句仲間の池田澄子は、「育たなくなれば大人ぞ春のくれ」と詠み、やや冷ややかに現実を見つめている。<坪内稔典

鑑賞

今、目の前にいるのは少年である。その彼は、今から60年後の春の状態だ、という句。60年で生まれ変わる還暦の思想を背景にした句だが、目の前の少年は、60年後、果たして今のままであるかどうか。


俳人

永田耕衣


(ながた こうい、1900年明治33年)2月21日 - 1997年平成9年)8月25日)は、俳人。本名軍二(ぐんじ)。別号、田荷軒主人。禅的思想に導かれた独自の俳句理念に基づき句作。また諸芸に通じ書画にも個性を発揮、90歳を超えた最晩年に至るまで旺盛な創作活動を行った。





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=========初春 2018.02.23(金) 雨水 (近頃の世情))=========
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金言 ラオスの潜在性=西川恵
毎日新聞 2018年2月23日 東京朝刊
 <kin−gon>

 インドシナ半島ラオスを1週間回った。5カ国(中国ベトナムカンボジア、タイ、ミャンマー)に囲まれた内陸国で人口650万、面積は日本の本州とほぼ同じ。大きな国際会議でもないと注目されないが、現地で取材するとなかなかの存在感だ。

 ラオスベトナムを「特別の関係」と位置づけ、緊密な協力関係にある。歴史的にも近しく、北ベトナムが1975年4月に「南」を武力統一すると、ラオスでも4カ月後に社会主義政権が誕生した。80年代半ば、ベトナムが改革開放、市場経済政策を採用すると、ラオスも程なく追随。ベトナムを兄として数歩後ろをついていっている。

 産業、社会基盤、教育などはベトナムより遅れているが、これは19世紀以降の仏植民地政策にある。仏はラオスを英勢力圏との緩衝地帯とし、投資ベトナムに集中。高等教育を受けるラオス人はベトナムに留学した。ベトナムでは激しい反仏闘争が展開されたが、ラオスでは小規模に終わった。ラオス識字率や教育レベルの低さも関係していたと仏研究者は指摘する。

 ベトナム戦争の時も割を食った。北ベトナムは「南」に兵士や武器弾薬を送るため、いわゆるホーチミンルートをラオス領内に張り巡らせた。このため米軍は戦争当事者ではないラオスに爆撃の雨を降らせた。投下された爆弾の30%が不発弾といわれ、いまも誤って触れて死傷する人が絶えない。不発弾の発見・処理に時間がかかり、地域開発が遅れる一因にもなっている。

 しかしいま、ラオス地政学的な負の要素がプラスに転化しつつある。インドシナ半島に広域経済圏が形成されたことで、内に閉じ込められ、陸の孤島だったラオスが、周辺5カ国を連結させる結節点の役割を持ち始めた。また森林、高地、水などの豊かな自然資源を生かし、電力はすべてダムで賄っているため安価で、しかも余剰電力をタイ、中国に輸出している。

 世界的な観光時代にあって、観光立国への潜在性も秘めている。世界遺産の古都ルアンプラバンは欧米や中国からの観光客であふれていた。あまり知られていなかった国への郷愁、自然の豊かさ、穏やかな国民性、政治の安定性と、条件がそろう。

 ラオスは伝統的な親日国。65年、青年海外協力隊が最初に派遣されたのもラオスだ。日系企業も2017年に136社と5年前から倍増し、この国の利点に気付き始めている。魅力的な観光先として日本人が見いだすのも近いかもしれない。(客員編集委員

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経済観測 日系人強制収容とカナダの見識=経営共創基盤CEO・冨山和彦
毎日新聞 2018年2月23日 東京朝刊

 冬季五輪となると際立って活躍する国が世界にいくつかある。そうした国々の一つが北米ウインタースポーツ大国、カナダである。

 昨年は太平洋戦争中の日系カナダ移民強制収容から75年であった。当地の日系人社会、州政府、そして両国友好に関わる人々のリーダーシップでさまざまなイベントが開催された。その焦点は10月、最大の強制収容所が置かれたタシュメの地の高速道路沿いにその歴史標示を設置するアナウンスイベントであった。

 現在、カナダ多様性豊かな移民社会であるとともに極めて穏やかで治安の良い国として知られている。しかしカナダにもかつては激しい人種差別があり、戦時中には敵性国出身の移民の中で日系人のみに財産没収と強制収容という厳しい措置が行われた。このコラムでも何度か触れたが、日系カナダ人の子孫として、私もいろいろな話を父や親戚から聞いてきた。

 しかし戦後、カナダ政府はいち早くこの問題を謝罪し、さまざまな補償を行ってきた。そして今日に至るまで、人種を問わず、草の根で「負の歴史」の記憶を若い世代に伝える努力を継続している人々がいる。じつは日系人自身は、いろいろなそんたくもあり、この歴史を自ら語りたがらなかった。タシュメには強制収容に関する博物館があるが、この創始者はライアン・エラン氏という白人の人物である。

 今、世界はいろいろな要因で分断化が進み、かなりきな臭くなっている。その中でエラン氏のような他者に対する共感力、理解力、異質なものに対する寛容さ、公正さが、社会に広く深く浸透していることが、カナダをして穏健で安全な国なさしめているのではないか。我が家にとって二つ目の祖国、カナダを誇りに思う次第である。

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憂楽帳 大阪“新”名物
毎日新聞 2018年2月23日 大阪夕刊 【野村和史】

 数ある大阪名物の一つとして、ひそかに推したいものがある。女子児童による「キックベース」という球技だ。野球サッカーの要素を組み合わせ、ボールを蹴り、三つの塁を回って本塁に生還すれば点が入る。子ども時代に遊び感覚で経験した人は各地に多いが、競技スポーツとしてはあまり知られていない。

 大阪市内は全国的にも盛んなようで、小学校単位でチームがある区も少なくない。大きな大会だと40チーム前後が参加。攻守に細かな戦術があり、実はなかなか奥が深い。大阪で人気が高い理由は関係者に聞いてもはっきりしないが、地元出身の女性からは「自分もやっていた」とよく聞くだけに、古くから地域に根付いていたのは間違いなさそうだ。

 私も長女が始めた縁で、チームの運営を手伝うようになった。驚いたのは10年、20年と監督を続けている人がいることだ。中学校の部活動にないため小学校限りの競技だが、培った体力や協調性が無駄になることはない。平昌冬季五輪での日本勢の活躍に沸くスポーツ界。その裾野を支えている人は、身の回りにもたくさんいる。【野村和史】

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2018-02-23

【こよみ 平成30年02月22日(木)雨水 旧暦一月七日(先勝)小潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16)  04候 土脉潤起  雨水初候 人日の節句(旧暦)旧七草  猫の日  世界友情の日  太子会  竹島の日  食器洗い乾燥機の日  夫婦の日  風生忌

2018.02.22(木) 七十二候 雨水初候 04候 土脉潤起 土のしょう潤いおこる
 雨が降って土が湿り気を含む 02月19日(月)〜02月23日(金)

夫婦の日(毎月)

人日の節句旧暦
旧暦の正月七日。七草の節句とも呼ばれる。新暦で祝われる地域が増えてきているが、旧暦日で祝う地域も多い。

太子会
622(推古天皇30)年、聖徳太子斑鳩宮で薨去した。聖徳太子ゆかりの広隆寺法隆寺(3月22日)・四天王寺(4月22日)等では聖徳太子の遺徳を偲ぶ法会が行われる。なお、推古天皇30年2月22日という忌日は『上宮聖徳法王帝説』に記述されている日附であり、『日本書紀』では推古天皇29年2月5日となっている。

世界友情の日
ボーイスカウト運動の創始者であるベーデン・パウエル卿夫妻の誕生日が同じというこの日を記念して制定された。彼はイギリス陸軍出身。

竹島の日
日本海の南西部に位置する無主地、竹島は1905年(明治38年)1月28日の閣議決定島根県所管とされた。この閣議決定を受け、島根県知事は同年2月22日に竹島島根県所管であることを告示した。島根県は2005年に、この告示から100周年にあたることを記念して条例によって、2月22日を「竹島の日」と定めた。

食器洗い乾燥機の日
食器洗い乾燥機によって食後のゆとりができることから。夫婦にっこり「ふう(2)ふ(2)にっ(2)こり」の語呂合わせ。日本電機工業会により制定。

猫の日
2月22日を猫の鳴き声「ニャン・ニャン・ニャン」ともじって決められた日で、猫の日制定委員会1987年昭和62年)に制定した。

夫婦の日
毎月の22日。「22」を「フーフ」にかけた語呂合わせによる。夫婦対話で明るいマイホーム作りをと1987年毎日新聞が提唱し、制定。

[著名人の誕生日・命日]
風生忌

俳人・富安風生の1979(昭和54)年の忌日。

厩戸(うまやどの)皇子(聖徳太子)、没。49歳(622)
天正遣欧使節ローマ教皇に謁見(1585)
スペインフロリダアメリカに割譲(1819)
フランス二月革命(1848)
幕府が、松前氏の居城附近を除く蝦夷地全体を直轄領とする(1855)
自由党の基礎となる愛国社が大阪で結成(1875)
西郷隆盛軍が熊本城を包囲(1877)
▲ベースボールの呼称、野球に決定(1895)
日本社会党が結社を禁止される(1907)
▲国民登録を実施(1944)
▲牛乳、自由販売となる(1950)
▲北炭夕張坑でガス爆発が起る。61人が死亡(1965)
▲連続女性殺人犯の大久保清被告死刑判決が下る(1973)
▲中3の男子の身長、大人を超える(1980)
佐賀県・吉野が里遺跡弥生時代後期の国内最大規模の環濠集落発掘(1989)

誕生:ジョージ・ワシントン(初代米大統領1732) ショパン(作曲家1810)
   高浜虚子(俳人1874) 三浦環(声楽家1884) 谷啓(俳優1934) 
   浅香光代(女優1931) 財津一郎(俳優1934) 大薮春彦(作家1935) 
   都はるみ(歌手1948) ニキ・ラウダ(元F1ドライバー1949) 
   イッセー尾形(俳優1952) 鈴木早智子(歌手1969) 菊地健一郎(俳優1972)
 
誕生花:むくげ (Rose of Sharon)   花言葉:デリケートな美




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.22(木) 雨水
 
老人は青年の敵 強き敵

毎日新聞 2018年2月22日 東京朝刊


 ◆今

  老人は青年の敵 強き敵   筑紫磐井(ばんせい)
  

解題



 「強き敵」でありたい、という希望の表現であろうか。作者は1950年生まれ、「定型詩学の原理」「伝統の探求」などの著書を持つ俳句評論家だ。俳人としては掲出したような無季の作を作るが、これを俳句と言えるかどうか。実は彼には「標語誕生!−大衆を動かす力」という名著がある。今日の句も現代の老人向け標語なのかも。<坪内稔典

語釈・晦渋語 &出典

作者は1950年生まれ、「定型詩学の原理」「伝統の探求」などの著書を持つ俳句評論家だ。実は彼には「標語誕生!−大衆を動かす力」という名著がある。今日の句も現代の老人向け標語なのかも。<坪内稔典

鑑賞

「強き敵」でありたい、という希望の表現であろうか。俳人としては掲出したような無季の作を作るが、これを俳句と言えるかどうか。

俳人

筑紫磐井


(つくし ばんせい、1950年1月14日 - )は東京都出身の俳人、評論家、文部科学官僚。俳誌「豈」発行人。本名は國谷実。

東京都豊島区生まれ。私立獨協中学校・高等学校を経て、一橋大学法学部入学。大学在学中の1971年「馬酔木」に投句し、1973年「沖」に入会、能村登四郎に師事。1974年に大学卒業した後は科学技術庁に入庁、官僚として勤めながら俳人俳句評論家として活動する(職歴参照)。1990年「豈」に入会、1991年より同誌編集人、2001年より同発行人を務める。

諧謔味の強い句風で、第一句集『野干』は「女狐に賜る位・扇かな」「みちのくに戀ゆゑ細る瀧もがな」といった、王朝文学の世界を素材とした擬古典的な句を収め、第二句集『婆伽梵』では同じ路線で万葉時代から昭和戦中期までの世界を表現している。これらは師の登四郎からよりもむしろ攝津幸彦、加藤郁乎といった前衛派の俳人から評価された。『筑紫磐井集』に書き下ろすかたちで発表された第三句集『花鳥諷詠』中には「もりソバのおつゆが足りぬ高濱家」「俳諧はほとんどことばすこし虚子」など近代俳句史をパロディ化したような一連の句を収めている。以上の句集と未発表作をおさめた『筑紫磐井集』で2004年加美俳句大賞スウェーデン賞を受賞。2014年の『わが時代』では、団塊の世代と呼ばれた自身の世代感覚を作品化した一連の句を収めた。

俳句評論家としては、1994年に『飯田龍太の彼方へ』で俳人協会評論賞新人賞、2001年に『定型詩学の原理』で加藤郁乎賞、2004年に『伝統の探求〈題詠文学論〉』で俳人協会評論賞を受賞。俳句表現をラディカルな視線で問い直す論考を多く発表している。


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=========初春 2018.02.22(木) 雨水 (近頃の世情))=========
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訃報2018  金子兜太さん死去 「存在者」生きた天寿 平和希求
毎日新聞2018年2月22日 大阪朝刊
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インタビューに答える金子兜太さん=埼玉県熊谷市で2015年6月15日、喜屋武真之介撮影

 南洋での戦争体験から平和を鋭く希求しつつ、晩年まで新しい表現を模索し続けた俳人金子兜太(かねこ・とうた)さん。急性呼吸促迫症候群のため20日、埼玉県熊谷市の病院で98年の生涯を閉じた。葬儀は近親者で営み、お別れの会を後日開く。喪主長男真土(まつち)さん。

 平和への強い思いを培い、戦後の社会に自由で個性的な表現を求めて俳壇を引っ張り続けた。「どう生きるべきか」を身をもって示し続けたその素顔をしのぶ追悼の輪が、俳壇の枠を超えて大きく広がった。

 戦後間もなく設立された現代俳句協会を「故郷」と呼んで愛した。そのバトンを引き継ぐ現会長の宮坂静生さん(80)は「金子さんは『存在者』という言葉を繰り返し使った。文学的に美しい言葉をいくら並べても偽りに過ぎない。生の人間が生の言葉を率直に語ることに意味がある。自分の存在そのものを見てほしいとの思いからだったのだろう」と振り返った。

 「平和」とは世間によくある表面的な平和ではない。補給線が切れた終戦後、餓死者が相次ぐ捕虜生活を経て絞り出された、血のにじむような「平和」だった。宮坂さんは「俳句が先にあるのではなく、金子さんが示したように生き方から俳句が出てくるという姿勢を大切にしなければ」と自らに言いきかせた。

 金子さんとの共著もある作家の半藤一利さん(87)は「きな臭い時代の中、平和への願いを力強い言葉で世の中に伝えてくれた。同志を亡くしたような気持ちだ」と打ち明けた。【高橋咲子、蒔田備憲、神保圭作、井上卓弥】

長崎で詠んだ被爆普遍性
 金子さんは1950年代後半、日本銀行長崎支店で勤務。当時、詠んだ句「彎曲(わんきょく)し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン」は代表作。長崎の爆心地でマラソンランナーたちの体がゆがみ、やけどを負って崩れていく映像が思い浮かび、それを詠んだとされる。活水女子大(長崎市)の教授で詩人の田中俊廣さん(68)は「原爆を単なるリアリズムではなく、時空を超えた普遍性を持って描いた句。原爆で焼けただれたさまざまな物を想像させる」と語った。田中さんは「金子さんは戦時中の体験から、戦後をどう生きるかという視点で作品を作った。俳句に社会性を持ち込んだ功績は大きい。石牟礼道子さんに続き、『巨星落つ』との思いだ」と述べた。

 被爆者で、長崎県被爆者手帳友の会の井原東洋一(とよかず)会長(81)は「近年も『アベ政治を許さない』と揮毫(きごう)するなど、権力に対峙(たいじ)する姿勢は、平和運動に携わる人たちの手本だった。残念だ」と話した。【遠藤孝康、加藤小夜】


社説 俳人金子兜太さん死去 命の尊さ詠み続けた生涯
毎日新聞 2018年2月22日 東京朝刊

 戦争の悲惨を胸に、命の尊さや、戦後日本への危機意識俳句に詠み続けた生涯だった。

 社会的な題材を取り入れ、俳句の革新運動をリードした金子兜太さんが亡くなった。金子さんには、創作の原点となった体験がある。

 東京帝国大を卒業後に入った日本銀行を辞め、志願して赴いたミクロネシアのトラック島で、仲間の死を目の当たりにした。「豊かになるなら戦争も悪いことだけじゃない」と血気盛んだった自分が嫌になった。

 戦争の罪滅ぼしがしたい。俳句への思いさえ失いかけたが、捕虜生活の中でも句は次々に浮かんできたと金子さんは述懐している。

 <水脈(みお)の果て炎天の墓碑を置きて去る>

 引き揚げの艦上から万感の思いを込めて詠んだ代表句である。だが、地元民に建設を託した墓碑は心の中の風景だった。彼らの食料を奪った日本人は恨まれてもいたのだ。

 戦後70年の2015年夏、戦争と俳句をテーマにした雑誌の対談で、金子さんは次のように述べている。

 「戦争のことを語るのが俺の唯一の使命だと思っています。もっとリアルに、もっと厳しいもんだということを皆さんに伝えておきたい」

 この年、安全保障関連法に反対するデモが広がった。参加者が手にした「アベ政治を許さない」のスローガンは金子さんの揮毫(きごう)だった。

 戦後の俳壇で伝統的な表現や情趣の革新を提唱した。復職した日銀では労働組合で活躍した後、10年間、地方の支店を転々とした。

 それでも、定年退職の際には地方を巡ったおかげで、俳句の種を随分養えたと言い放つような豪放な人柄だった。人間くさく、飾らない金子さんを慕う人の輪は絶えなかった。

 <みどりごのちんぼこつまむ夏の父>

 俳人坪内稔典さんは本紙コラムに、金子さんのこの句を選んだことがある。下品と言われそうでためらったが、「『つまむ』に父の微妙な思いがあるかも」と評した。父親の姿が初々しく、自分の命をつまんでいるように感じられたのだという。

 金子さんは「命の大切さに理屈などない」と戦争の愚かさを訴えた。ダイナミックな文体に込めたのは、人間の本能的な思いだった。

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木語 北京五輪北朝鮮坂東賢治
毎日新聞 2018年2月22日 東京朝刊
 <moku−go>

 中国神話伝承の世界を記録した「山海経(せんがいきょう)」。2000年以上前の中国戦国時代から前漢の時期に成立したとされ、「九尾の狐(きつね)」や「天狗(てんこう)」など日本にも伝わった妖怪怪物が登場する。

 この中に膝から下が毛で覆われ馬の蹄(ひづめ)で歩くという民族が出てくる。馬の蹄は古代のスキーとされる。中国新疆ウイグル自治区の山岳部には今も馬の毛皮を板に張り付けたスキーを操る民族がいる。

 中国でスポーツとしてのスキーが普及したのはごく最近のことだ。1941年に現在の吉林省で日本と旧満州国の対抗スキー競技会が開かれた記録が残るが、満州代表は全員が日本人だった。

 戦後の59年には旧ソ連の援助でジャンプ台も備えたスキー場が作られた。だが、国家的な選手育成や軍の訓練が主目的だった。観光客誘致を意識したスキー場が登場したのは90年代のことだ。

 96年冬季アジア大会開催のために整備された黒竜江省のヤブリスキー場中国初の本格的スキーリゾートと呼ばれた。同じ頃、吉林省北京郊外などに相次いで近代的なスキー場が誕生した。

 当時、吉林省スキー場では中国南方の方言である広東語ばかりが聞こえてきた。香港先進地域の広東省富裕層が中心で、地元住民にはまだまだ高根の花だったのだ。

 約20年で状況は一変した。今月公表された「スキー産業白書」によると、99年に約20万人だったスキー人口は昨年1750万人に、スキー場も20から703カ所に増えた。

 週末にはバブル期の日本を思わせるようなリフト待ちの行列ができる。雪質がよく、ほどよくすいた日本のスキー場人気は高い。今年の旧正月にも多くの中国人客がスキーを目的に訪日したようだ。

 平昌の次の冬季五輪は2022年の北京五輪だ。中国のスキー業界は五輪ブームでスキー人口がさらに拡大すると期待する。90年代前半からスキー人口が半減した日本にとっても大きな商機だろう。

 ただ、レジャーの活況は平和あってこそだ。スキー場が集中する黒竜江吉林など東北地方北朝鮮と近接する。北朝鮮の核・ミサイル開発をめぐる危機が続けば、北京五輪にも影を落とすだろう。

 22年は習近平政権の5年の任期が終わり、第20回共産党大会が開かれる年でもある。習近平氏にとって北京五輪は本来、重要な晴れ舞台のはずだ。今後4年間、中国にとって北朝鮮問題の解決がこれまで以上に重要な課題となってくるのではないか。(専門編集委員

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経済観測 地方創生地方分権三菱商事調査部長・武居秀典
毎日新聞 2018年2月22日 東京朝刊

 高度成長期以降、地方の活性化歴代政権の重要課題として位置づけられ、安倍政権も2014年、地方創生担当相を任命、内閣に「まち・ひと・しごと創生会議」を設置した。それから3年、政府資料では、地方創生成功事例も紹介されているが、全体として、閉塞(へいそく)感が否めない。何が問題なのか。

 目立たないが、安倍政権は、地方創生とともに地方分権も政策課題として掲げ、13年、首相を本部長とする地方分権改革推進本部を設置、現在まで11回の会合を開催している。ただ、地方創生地方分権は表裏一体、車の両輪のはずだが、バラバラ感があり、ここに問題の一端がある。

 地方創生では、国による切れ目のない情報・人的・財政支援が打ち出されている。特に財政支援では地方創生推進交付金地方創生拠点整備交付金など、多額の交付金予算計上されているが、地方が中央に陳情しなければ何もできない中央依存の仕組みは変わっていない。国と地方の役割分担という大きなフレームを変え、自治体が権限と責任をもって地域活性化を推進できるようにしなければ、持続性のある真の効果は期待できない。このフレームの変更が地方分権だが、地方分権改革推進本部での議論も数百件に及ぶ地方からの要望事項の対応に終始している。

 地方分権は長年にわたる懸案であり、明治以降に確立された中央集権体制の見直しは確かに難しい。ただ、ここに踏み込まず、国・交付金頼みの地方創生、地方活性化にはおのずと限界がある。人口減少、低成長時代に入った今、国民が真に豊かな生活を送れる社会とはどうあるべきか、そこには地方というキーワードが確実にある。今こそ、創生と分権の両輪で、国・地方のあり方を大胆に考えるべきだろう。

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憂楽帳 生かされて
毎日新聞 2018年2月22日 大阪夕刊 【塩路佳子】

 「見慣れた景色に、こんな美しい一瞬があるなんて」。ある映像を見た学生が驚いた。「ユーチューブ」で公開される「奈良時の雫(しずく)」は、雪に咲く福寿草や一斉に散るイチョウの葉などを映し、名もなき一本の桜、雑草までもがかけがえのない自然の一部であると教えてくれる。

 奈良県生駒市の映像作家、保山(ほざん)耕一さん(54)は、繊細な季節の移ろいをデジタルカメラで撮影する。2013年に直腸がんの手術を受け、15年に再発転移。リハビリを兼ねて奈良の景色を撮り始めたが、テレビカメラマンとして最新の機材を使い、世界30カ国を駆け回っていた昔の自分と比べ、今を否定した時期もあったという。しかし、3年以上撮り続けたからこそ見えたものも。「改めて奈良が好きになった」といった反響があり、映像をきっかけに郷土の誇りを取り戻した人もいた。「できることをやろう」と自分を肯定できるようにもなった。

 雲海に覆われた奈良盆地など美しい景色を目にした時、「撮るために生かされている」と感じ、「しんどいを理由に撮影をやめてはだめ」。心揺さぶる映像を見続けたい。【塩路佳子】

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2018-02-21

【こよみ 平成30年02月21日(水)雨水 旧暦一月六日(赤口)中潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16)  04候 土脉潤起  雨水初候 大師縁日 国際母語の日 日刊新聞創刊の日 食糧管理法公布記念日 泰忌

2018.02.21(水) 七十二候 雨水初候 04候 土脉潤起 土のしょう潤いおこる
 雨が降って土が湿り気を含む 02月19日(月)〜02月23日(金)

日刊新聞創刊の日
1872年(明治5年)のこの日、日本初の日刊新聞「東京日日新聞」が創刊された。後に毎日新聞に統合される。

大師縁日
弘法大師の忌日。真言宗の縁日となっている(毎月21日)

食糧管理法公布記念日
1942年(昭和17年)のこの日、国民食糧の確保および国民経済の安定を図るために食糧管理法が公布された。

国際母語の日
国際教育科学文化機関(ユネスコ)が1999年11月17日に制定。国際デーの一つ。1952年、当時はパキスタンの一部だったバングラデシュで、ベンガル語公用語として認めるように求めるデモ隊に警官隊が発砲し、4人の死者が出た。バングラデシュでは、独立運動の中の重要な事件の一つとしてこの日を「言語運動記念日」とした。(International Mother Language Day)

[著名人の誕生日・命日]
漱石の日

1911(明治44)年、文部省が作家・夏目漱石文学博士の称号を贈ると伝えたのに対し、漱石は「自分には肩書きは必要ない」としてこれを辞退した。


泰忌
俳人上野泰の1973(昭和48)年の忌日。

北条時頼、千人に勧進して、建長寺の梵鐘を鋳造する(1255)
朝廷が亡き家康神号として東照大権現を勅賜する(1617)
徳川吉宗、心中物を禁じる。当時、心中事件を扱った狂言が当たり、 男女心中が多発したため(1723)
▲日本初の日刊新聞「東京日日新聞」(現在の毎日新聞)創刊(1872)
▲日米新通商航海条約調印(関税自主権確立)(1911)
食糧管理法公布(1942)
ベルリンで世界平和評議会第1回総会開催(1951)
▲黒人指導者マルコムXが演説中にに射殺される。39歳(1965)
静岡県の寸又狭温泉金嬉老事件(1968)
ニクソン米大統領として初めて訪中(1972)
▲長寿記録保持者・泉重千代さん120歳で天命を全う(1986)
長野冬季五輪ショートトラック男子五百 西谷「金」植松「銅」(1998)

誕生:コスイギン(政治家1904) 大前研一(評論家1943) 前田吟(俳優1944)
   坂田明(音楽家1945) 井上順(タレント1947) 鮎ゆうき(女優1966)
   伊藤つかさ(1967)

誕生花ネモフィラ (California Blue-bell)   花言葉愛国心




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.21(水) 雨水 


紅筆に薄紅梅を染めて見ん


毎日新聞 2018年2月21日 東京朝刊


 ◆昔


  紅筆に薄紅梅を染めて見ん 正岡子規    


解題



 紅筆は口紅をつける筆。その紅筆で紅梅の絵を着色してみたい、という句だ。「いろいろに工夫して少しくすんだ赤とか、少し黄色味を帯びた赤とかいうものを出すのが写生の一つの楽しみである。神様が草花を染める時も矢張りこんなに工夫して楽しんで居るのであろうか」。以上は「病牀(びょうしょう)六尺」にある草花を写生する子規の言葉。<坪内稔典

 

語釈・晦渋語 &出典

「いろいろに工夫して少しくすんだ赤とか、少し黄色味を帯びた赤とかいうものを出すのが写生の一つの楽しみである。神様が草花を染める時も矢張りこんなに工夫して楽しんで居るのであろうか」。以上は「病牀(びょうしょう)六尺」にある草花を写生する子規の言葉。<坪内稔典

鑑賞

紅筆は口紅をつける筆。その紅筆で紅梅の絵を着色してみたい、という句だ。


俳人

正岡子規


(まさおか しき、1867年10月14日(慶応3年9月17日) - 1902年(明治35年)9月19日)は、日本の俳人歌人国語学研究家。名は常規(つねのり)。幼名は処之助(ところのすけ)で、のちに升(のぼる)と改めた。
俳句短歌新体詩、小説、評論、随筆など多方面に亘り創作活動を行い、日本の近代文学に多大な影響を及ぼした、明治時代を代表する文学者の一人であった。死を迎えるまでの約7年間は結核を患っていた。1895年明治28年)4月、近衛師団つきの従軍記者として遼東半島に渡ったものの、上陸した2日後に下関条約が調印されたため、同年5月、第2軍兵站部軍医部長の森林太郎(鴎外)等に挨拶をして帰国の途についた[1]。 その船中で喀血して重態に陥り、神戸病院に入院。7月、須磨保養院で療養したのち、松山に帰郷した。喀血した(血を吐いた)ことから、「鳴いて血を吐く」[2]と言われているホトトギスと自分を重ね合わせ、ホトトギスの漢字表記の「子規」を自分の俳号とした。1897年明治30年)に俳句雑誌『ホトトギス』(ほとゝぎす)を創刊し、俳句分類や与謝蕪村などを研究し、俳句の世界に大きく貢献した。



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水説 農業は甘くない=中村秀明
毎日新聞 2018年2月21日 東京朝刊
 <sui−setsu>

 「レタスが423円かあ。買えないわね」

 スーパーの野菜売り場で子どもを連れた母親のため息を聞いた。野菜の高騰が長引いている。台風被害と日照不足、その後の寒波が原因だが、背景には野菜農家の生産力の衰えがある。

 生育状況を回復させ、寒さから守るにはビニールで畝(うね)を覆う「トンネル被覆」などの対策がいる。就農者の平均年齢が66歳を超えた現場では、わかってはいても素早くできる作業ではない。

 葉物の野菜は植え付け、水やりなどの管理、収穫に人手がいって機械化がなじまない。消費者の野菜離れも進み、手間がかかる割にはもうけは少ない。都市近郊の兼業農家高齢者が「いつやめてもいい」と思いつつ、こつこつ作っているのが平均的な姿である。天候不順などで長く品薄となり、価格が安定しないのも無理はないのだ。

 企業の農業参入として注目されるハイテクの「野菜工場」ならば、問題を克服できるという考えもあるだろう。ところが、20年近くに及ぶ各社の試みは挫折が目立つ。

 制御機器製造のオムロンは1999年、北海道千歳市に海外の先端施設を持ち込んでトマト栽培を始めた。だが、3年で撤退した。

 東芝神奈川県横須賀市で2014年から、人工照明を使ってレタス水菜ホウレンソウなどを作ったが、2年後に施設を閉じている。

 04年創業ベンチャー企業「みらい」は、千葉県などで野菜工場を稼働させながら、千葉大との連携で工場栽培や環境制御の最先端技術を他社に提供していた。しかし、15年に民事再生法申請した。

 いずれも農業にまつわる「規制の壁」に阻まれたのではない。野菜は収益性が低いのに、工場生産するには設備や光熱費にお金がかかりすぎ、採算が合わなかったのだ。

 露地生産でつまずいたのが牛丼吉野家だ。09年、横浜市などで農地を借りて米やキャベツ、タマネギなどの栽培を始めた。だが、昨年に事業を縮小している。納入先からの要求を満たせない品質の作物もあったという。

 「大規模化と機械化」「法人化による効率経営」が農業活性化のカギと叫ばれるが、話はそう単純ではない。農業はたやすくもうかるものではないし、自然が相手なのでままならない面が多い。一方で、経験を積み重ね、知恵と勘を身につけた担い手の高齢化は止まらない。

 手ごろな価格でおいしい野菜は過去の話になりつつあるようだ。(論説委員


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経済観測 小さな町の大きな挑戦=農業ジャーナリスト・青山浩子
毎日新聞 2018年2月21日 東京朝刊

 農家の高齢化という大きな課題に立ち向かう自治体がある。宮崎県綾町だ。2016年7月に法人設立した綾町農業支援センターは、農家だけでは手に余る仕事を引き受けるという「お助けマン部隊」だ。同町とJA綾町が出資し、20人弱の職員が生産・販売の両面で支援している。農家が必要とする仕事を包括的に引き受ける組織は全国でも珍しい。

 卸売市場では規格外と見なされる野菜を買い取り、県内のホテルなどに納めることも業務のひとつ。形が不ぞろいだったり、サイズが大きすぎたりするが味に問題はない。市場では安値しかつかない野菜に農家自ら値付けでき、所得向上につながる。新鮮でおいしい食材が手に入ると、ホテルからの評判も上々だという。

 体力がいる農作業は、職員が積極的に引き受ける。綾町特産のかんきつ「日向夏」が害虫や鳥の被害を受けないように袋で覆う仕事、雑草防止等のために畑に「マルチ」といわれるフィルムを張る仕事など。こうして身につけた技術を生かし、将来は独立就農を目指すという頼もしい若手の職員もいる。同センターは生産技術の継承の場にもなっているのだ。

 同センターは、綾町へのふるさと納税の返礼品の発送業務を受託し、基礎的な収入を確保した上で、農産物の販売収入や農作業の受託料を稼ぎ出すなど、継続性ある事業にするための工夫もみられる。

 綾町は40年前より、町ぐるみで有機農業を振興しており、綾町産の農産物はブランド力がある。「あるもの」を最大限に生かしながら、「ないもの」を補っていく。人口約7300人の小さな町が設立した組織は、地域農業に大きな力となっていくに違いない。中山間地域農業を守ろうとする地元の人たちの熱い思いが伝わってきた。

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訃報 大杉漣さん66歳=俳優

毎日新聞2018年2月21日 20時51分(最終更新 2月21日 22時25分)
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大杉漣さん 66歳=俳優(2月21日死去)
 「HANA−BI」など北野武監督作品の映画からテレビドラマなどに幅広く出演、名脇役として活躍した俳優の大杉漣(おおすぎ・れん、本名・大杉孝=おおすぎ・たかし)さんが21日午前3時53分、急性心不全のため亡くなった。66歳。葬儀は近親者で営む。

 徳島県出身。舞台俳優からキャリアをスタート。長い下積み生活の後、北野監督の「ソナチネ」(1993年)のオーディションに合格、暴力団幹部を好演して知名度を高めた。「HANA−BI」(98年)、崔洋一監督の「犬、走る DOG RACE」(同)などで第53回毎日映画コンクールの男優助演賞を受賞。さまざまな役柄を演じ分ける実力派で映画、テレビドラマで欠かせぬ顔として活躍。「300の顔を持つ男」などの異名を取った。バラエティー番組などにも出演したほか、芸能界きってのサッカー好きとしても知られた。

 大杉さんは20日夜、連続ドラマバイプレイヤーズ」(テレビ東京系)のロケ終了後、ホテルの自室で不調を訴え、共演者に付き添われて病院に向かったという。21日放送の同ドラマ第3話は遺族らの意向で予定通り放送された。第4話以降については検討中という。

 共演する遠藤憲一さん、田口トモロヲさん、松重豊さん、光石研さんは連名で「あまりにも突然のことで、まだ現実を受け入れられないでいます。ドラマのリーダーであり、精神的な支柱でもあった大杉さんが突然いなくなるという喪失感は計り知れません。永遠に我々の目標であり、あこがれでもある漣さんを心から誇りに思います」と悼んだ。

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憂楽帳 夢の島
毎日新聞2018年2月21日 大阪夕刊 【土屋渓】

 雑草が生い茂る空き地に、ポツンと1軒のコンビニエンスストアが建つ。大阪湾岸の人工島で5年前から営業する唯一の店だ。だだっ広い駐車場には大型トレーラーがずらりと並ぶ。

 40代の男性オーナーは大阪市が作った夢洲のPR動画にひかれ、出店を思い立った。そこには島の大部分が近代的な物流・生産拠点となる様子が描かれていた。市は関連企業の誘致に向けてコンビニを出店させたが、計画万博と統合型リゾート(IR)の予定地に一変した。

 しかし、万博もIRも実現するかまだ定かでない。大部分の開発はストップし、コンテナターミナルが一部稼働するだけ。客は輸送トラックの運転手が大半で長時間の停車も珍しくない。オーナーは「正直、このままではしんどい。でも島の可能性は信じている。早く開発してほしい」と事態の進展を願う。

 万博誘致に熱を上げる大阪府や市。進出を狙う米大手IRは立派な計画や完成予想図を示す。かつては住宅地や五輪選手村にする構想もあった。行政財界に翻弄(ほんろう)される島で、コンビニ店の孤軍奮闘が続く。【土屋渓】
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2018-02-20

【こよみ 平成30年02月20日(火)雨水 旧暦一月伍日(大安)中潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 八戸えんぶり(2/17〜2/20) 04候 土脉潤起  雨水初候 普通選挙の日 歌舞伎の日 アレルギーの日 旅券の日 多喜二忌 鳴雪忌,老梅忌

2018.02.20(火) 七十二候 雨水初候 04候 土脉潤起 土のしょう潤いおこる
 雨が降って土が湿り気を含む 02月19日(月)〜02月23日(金)

水戸の梅祭り(偕楽園・2/17(土)〜3/31(土))

普通選挙の日
1928年(昭和3年)のこの日、普通選挙法の成立を受け、日本ではじめての普通選挙が実施された。投票率は80%程であったとか。

歌舞伎の日
1607(慶長12)年のこの日、出雲阿国江戸で初めて歌舞伎披露したことに由来する。

アレルギーの日
1966年昭和41年)のこの日、アレルギー性疾患の診断に大きく貢献したIgE抗体石坂公成博士によって発見されたことを記念して、財団法人日本アレルギー協会が制定。

旅券の日

外務省が1998(平成10)年に制定。1878(明治11)年、「海外旅券規則」が外務省布達第1号として制定され、「旅券」という用語が日本の法令上初めて使用された。それまでは、「御印章」「海外行免状」と呼んでいた。

[著名人の誕生日・命日]
愛媛県政発足記念日

1873年(明治6年)のこの日、廃藩置県を受け、石鐵県と神山県が統合されて愛媛県が誕生したことによる。

多喜二忌
蟹工船」などを著したプロレタリア文学作家、小林多喜二の命日。特高警察の拷問により警察署内で死亡。1933(昭和8)年。

鳴雪忌,老梅忌

俳人内藤鳴雪の1926(大正15)年の忌日。 別号の老梅居から「老梅忌」とも呼ばれる。

出雲阿国江戸歌舞伎踊りを演じる(1607)
江戸両国で、生きた鯨の見せ物出現(1734)
夏目漱石文学博士号を辞退(1911)
東京丸ビル完成(1923)
▲第1回普通選挙国税の納付額による選挙資格を撤廃し、25歳以上の男子に選挙権が認められ、この日の投票率は80%以上(1928)
プロレタリア作家の小林多喜二築地署で虐殺される。31歳(1933)
▲ナイロン・ストッキング、初売り出し。ニューヨークでデュポン社が 発売(1939)
ソ連が歯舞・色丹・国後・択捉の4島をソ連領に編入すると宣言する(1946)
東大ポポロ事件(1952)
アメリカで最初の有人宇宙飛行、成功(1962)
ルバング島で小野田元少尉を発見(1974)
▲第11回青梅マラソン大会、1万710人が参加(1977)

誕生:チェルニー(作曲家1791) 志賀直哉(作家1883) 石川啄木(歌人1886) 
   ブレヒト(劇作家1898) ユーベル・ド・ジバンシー(1927)
   黛敏郎(作曲家1929) 長嶋茂雄(野球監督1936) 山藤章二(1937)
   アントニオ猪木(プロレスラー1943) 志村けん(タレント1950) 
   ばんばひろふみ(歌手1950) 美内すずえ(漫画家1951) 
   かとうかずこ(女優1958) 迫文代(1959) 遊佐未森(歌手1964) 
   石野陽子(女優1968) 渡辺梓(女優1969)
   
誕生花カルミア (Kalmia)   花言葉:大きな希望



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.20(火) 雨水

 
汝が愛でし紅梅バラ科サクラ


毎日新聞 2018年2月20日 東京朝刊


 ◆今


   汝(な)が愛(め)でし紅梅バラ科サクラ属   冨士眞奈美    


解題



 紅梅を「バラ科サクラ属」と呼ぶと、なんだか紅梅が急に華やぐ。実際に(つまり事実として)紅梅はバラ科サクラ属なのだが。作者には「白梅の小枝を添へしオードブル」もある。紅梅、白梅という和風な花が、この大女優の手にかかるととてもモダンに洋風化する。見事な言葉のマジックだ。私の愛する句集「瀧(たき)の裏」から引いた。<坪内稔典


 

語釈・晦渋語 &出典


作者には「白梅の小枝を添へしオードブル」もある。紅梅、白梅という和風な花が、この大女優の手にかかるととてもモダンに洋風化する。見事な言葉のマジックだ。私の愛する句集「瀧(たき)の裏」から引いた。<坪内稔典


鑑賞

紅梅を「バラ科サクラ属」と呼ぶと、なんだか紅梅が急に華やぐ。実際に(つまり事実として)紅梅はバラ科サクラ属なのだが。


俳人

冨士眞奈美


(ふじ まなみ、本名;岩崎 真奈美、1月15日 - )は、女優・随筆家俳人。血液型はA型。アンテーヌ所属。

俳句坪内稔典らから高く評価されており、2008年から「俳壇賞」選考委員をつとめている。


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=========初春 2018.02.20(火) 雨水 (近頃の世情))=========
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火論 映像は訴える=玉木研二
毎日新聞 2018年2月20日 東京朝刊
 <ka−ron>

 1990年代、旧ユーゴスラビア武力紛争で、戦場の惨劇を目の当たりにした子供たちの絵が国を超え、無言で心の深手を訴えた。

 だが、今も世界各地の戦場で子供の受難は絶えない。

 内外の作品が集まる「恵比寿(えびす)映像祭」(25日まで)を開催中の東京都写真美術館で「ワンダーランド」を見た。シリアの戦場からトルコへ逃れた13歳の少年が映像に登場し、目に焼き付けた現実をカメラに向かって伝える。

 少年は耳が聞こえず、言葉を発しない。殺りくが繰り返されるさまを、全身を使った身ぶり手ぶりで表現する。

 機銃の連射。空襲。わずかな水を求める人々。伏せる人々を後ろから撃つ処刑。斬首。殺される瞬間に揺れる頭の動き−−。そうしたことを見る者に連想させる。

 痛ましい経験をしたね、気の毒に、ではすまない鋭い告発が、小柄な手足の激しい動きに表れているようだ。

 傷にはこんな表現もある。東京岩波ホールなどで公開中のジョージアグルジア)映画「花咲くころ」。90年代初め、内戦や対外戦争に苦しんだ時代の少女たちの物語である。女性監督は78年生まれ。少女期の体験や記憶によって脚本を書いたという。

 主役は14歳の2人という設定。弾む思春期の躍動感と重たい不安に満ちるころだ。国は貧しく、物は不足し、大人たちはいら立つ。いつ戦線に。少年たちは荒れる。

 酒におぼれ、妻をののしる父親。刑務所に投じられたままの父親もいる。少女たちは事情がわからない。ただ懸命に生きる。思いがけぬことから拳銃が手に入った……。

 戦闘シーンなどなく、ラジオニュースや学校教師の憎悪みなぎる発言、パン配給行列に銃を構えて割り込む戦闘服の男たちなど、さりげない描写が、すさみきった戦時の空気をリアルに伝える。

 少女が手にした銃が、ある決断と旅立ちをうながす。

 世紀が改まっても、世界各地に癒えぬ傷と憎悪の連鎖が続く。そして日本。

 近現代史の理解が足りぬと、文部科学省は高校の学習指導要領改定案で必修科目「歴史総合」を掲げた。今と、そこに近接した時代の国内外の動きを関連づけてとらえる。その言やよしだが、難しい。

 「正解」は一つではない。今脈打っている利害や憎悪・不信を看過しない。排他的な「正史」を覚えるものではない。それが肝要だ。

 傷ついた子供たちへの感性豊かな想像力こそ、そうした学びのカギとなるだろう。(客員編集委員



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経済観測 米家計部門の債務調整と金融政策=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年2月20日 東京朝刊

 米国経済の成長と金融政策とのつながりが従来型に移行する。2008年の大不況の到来と、その後負債圧縮を経て、調整完了後には家計部門の債務が増加した。

 2月13日にニューヨーク連銀から昨年10〜12月期の家計部門の負債統計が発表された。前期比の借り入れ増は住宅抵当で1・6%、自動車ローンで0・7%、クレジットカードローンで3・2%、奨学金ローンで1・5%だ。家計部門の債務残高は、底をつけた13年4〜6月期から17・9%増加した。08年7〜9月期をピークとして、債務残高は19四半期連続減少し、その後、14四半期連続の増加となった。

 黒田東彦日銀総裁の就任時が米国家計部門の債務水準調整の底で、その後は回復した。家計債務の構成は、70%弱が住宅抵当ローン、自動車ローンと奨学金ローンが10%前後で続き、クレジットカード・ローンが5%程度だ。債務水準全体は昨年1〜3月期に08年のピークを越えたが、住宅抵当融資だけをみると、ピークを4・4%下回る。債務調整未完了の州が残るからだ。

 ネバダフロリダアリゾナ各州は住宅価格も住宅債務残高もピークを20%程度下回る。東部州のコネティカットニュージャージーも住宅価格は20%近く、住宅債務残高は数%下回る。カリフォルニア州は住宅価格はやっとピークに戻したが、住宅債務残高は10%以上も下回る。

 対極はノースダコタテキサスコロラド各州などで、住宅価格は40%以上上昇し、住宅債務残高も膨らむ。背景はシェール革命だ。

 デレバレッジ債務削減)、そして調整完了後の回復過程をたどる米国家計部門は、賃金上昇と減税で、債務返済の余地が拡大する。金融政策は徐々に引き締めをたどろう。

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憂楽帳 お接待の心
毎日新聞 2018年2月20日 大阪夕刊 【伝田賢史】

 「あと3キロ、頑張れ!」。沿道を埋め尽くした人たちから浴びる声援に背中を押され、どうにかフィニッシュした。4日に松山市であった愛媛マラソン。一昨年までいた松山勤務の頃から、温かい応援の評判が気になっていて、初出場した。

 コース中の長いトンネル内では、サッカー部の男子高生たちが野太い声援を響き渡らせてくれた。地元企業や有志による私設補給所もちらほら。終盤の難所、500メートルほどで40メートル上る坂の途中には、冷却スプレーの提供まで。これも四国遍路で培ったお接待精神の表れなのか?

 「高橋尚子さんとか、大勢のランナーが『愛媛の声援はすごい』って褒めてくれるけん、また行こうと思ってしまうんよ」とは、毎年沿道に立つという友人の弁。何とも人が良い。人口約51万人の街ながら、観客は18万人に上ったという。

 日本陸連によると、今年度に全国各地で開催されるフルマラソンは、陸連公認分だけで100近い。都市間競争は激しいが、愛媛の人たちの温かさに触れられるこの大会ならば「集客」難とは無縁だろう。道後温泉で心地よい疲労感に浸りながら「また来よう」と誓った。【伝田賢史】

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2018-02-19

【こよみ 平成30年02月19日(月)雨水 旧暦一月四日(仏滅)中潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 八戸えんぶり(2/17〜2/20) 04候 土脉潤起  雨水初候 万国郵便連合加盟記念日 強制収容を忘れない日 プロレスの日 瓢々忌

トークの日(毎月)

二十四節気・七十二候・雑節
雨水

二十四節気の一つ 旧暦正月中気 雪や氷が解け雨となって降り注ぐ

土が潤い起る(4候)
七十二候の一つ。雨水初候 04候 土脉潤起 土のしょう潤いおこる 雨が降って土が湿り気を含む 02月19日(月)〜02月23日(金)

万国郵便連合加盟記念日
1877年明治10年)の今日、日本が万国郵便連合(UPU)に加盟したことを記念するもの。

強制収容を忘れない日
1942年(昭和17年)のこの日、ルーズベルト大統領の命令によって日系アメリカ人強制収容所へ転住させられた。

プロレスの日
1954年(昭和29年)に日本ではじめてプロレスの本格的な国際試合、力道山・木村組対シャープ兄弟の試合が開催された。

[諸外国の記念日]
ワシントン誕生日

(2月第3月曜日・アメリカ) アメリカ合衆国初代大統領ワシントンの誕生日。

[著名人の誕生日・命日]
瓢々忌

小説家尾崎士郎の1964(昭和39)の忌日。代表作『人生劇場』の主人公・青成瓢吉から瓢々忌と呼ばれる。

源氏平氏屋島で戦う。平氏敗北(1185)
江戸幕府が本田畑での煙草栽培を禁止(1667)
ウェストミンスター条約が締結。英蘭戦争終結し、イギリス制海権が確立(1674)
市川団十郎、舞台で襲われる(1704)
江戸石川島に人足寄場を設置(1790)
大阪町奉行所元与力大塩平八郎、門弟・近在農民らと共に決起。大坂船場豪商を襲撃する(大塩平八郎の乱)(1837)
彰義隊、結成(1868)
エジソン、蓄音機を発明(1878)
ケロッグコーンフレーク、誕生(1906)
アメリカ在住の日系人強制収容所へ転住させられる(1942)
▲部落解放全国委員会が結成(1946)
力道山、木村組対シャープ兄弟タッグマッチ(1954)
連合赤軍の5名、軽井沢の別荘に人質を楯に籠城(浅間山荘事件)(1972)
▲12日に冬のマッキンリー(6194m)単独登頂に成功した植村直己、消息を絶つ(1984)

誕生:コペルニクス(天文学者1473) アンドレ・ジード(作家1869) 
   リー・マービン(俳優1924) 藤岡弘(俳優1946) 財津和夫(歌手1948)
   藤島親方(貴ノ花)(1950) 村上龍(作家1952) 如月小春(劇作家1956)
   薬丸裕英(俳優1966) かとうれいこ(タレント1969)
   貴島サリオ(タレント1974) 森且行(オートレーサー1974)

誕生花:かしわ (Oak)   花言葉:愛想のよさ




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.19(月) 雨水 


ありく間に忘れし春の寒さかな 


毎日新聞 2018年2月19日 東京朝刊


 ◆昔

  ありく間(ま)に忘れし春の寒さかな 栗田樗堂(ちょどう)
        

解題


 「ありく」は歩く。歩いている間に心身がぽかぽかしてきて、春の寒さを忘れたよ、という句だが、この感じ、よく分かるなあ。むしゃくしゃした時、気落ちした時などでも、どんどん歩くと心身が温かくなってくる。特に春寒の候にそれは顕著。春寒の候は外に出て歩くべき候かも。樗堂は四国・松山で活躍した江戸時代俳人。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

「ありく」は歩く。樗堂は四国・松山で活躍した江戸時代俳人。<坪内稔典

鑑賞

歩いている間に心身がぽかぽかしてきて、春の寒さを忘れたよ、という句だが、この感じ、よく分かるなあ。むしゃくしゃした時、気落ちした時などでも、どんどん歩くと心身が温かくなってくる。特に春寒の候にそれは顕著。春寒の候は外に出て歩くべき候かも。


俳人

栗田樗堂


(くりた ちょどう) (寛延二年(1749)・8・21〜文化十一年(1814)・8・21 65歳))
松山市松前町酒造業豊後屋後藤昌信の三男として生れる。
 本名 政範、通称 貞蔵、俳号は、はじめ (えんしつ)室 ・ 蘭之(らんし)、のち 息陰・ 樗堂 と改めた。
荘子」の「樗」の寓話を引用して俳号を改める。 樗→役に立たない大木→人間の名利(欲)の世界を離れた存在という意味☆荘子の理想 樗の大樹の木陰でゆっくりと休息しながら、自然に暮らす→「息陰」→「樗堂」
樗堂が目指した俳諧空間
樗堂という号は「無用の大木、樗」にちなんだものであり、息陰という別号もまた、樗の木陰で憩うという意味をもつものです。また庚申庵に掛けられていた-「追善無益 塚しるし無益 追善無益」という言葉にも、樗堂の名利を捨てて風雅の誠を求めた生き方をしたいとの思いが込められています。それは、「庚申庵記」の末尾の句-「よしもなき名はただ曇れ秋の月」に吐露した思いでもあったのです。



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風知草 美女応援団をめぐって=山田孝男
毎日新聞 2018年2月19日 東京朝刊

 幕が上がった平昌冬季五輪、序盤の話題は北朝鮮の宣伝攻勢だった。

 独裁者の妹の微笑。美女応援団の一糸乱れぬパフォーマンス。「宣伝戦は北の完勝」と苦笑の向きもあるが、そうだろうか。

    ◇

 北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄せぬまま、対話志向の韓国政権にしがみつく融和攻勢に出た。

 資本主義メディアも、訪韓した「独裁者の妹」のソツない外交デビューを伝えたが、彼女の微笑で、世界が北朝鮮の脅威を忘れるわけではあるまい。

 北朝鮮は明らかに五輪を政治利用している。

 スポーツと政治の分離は近代オリンピックの理想に違いないが、国際政治の現実は厳しい。理想は常に踏みにじられてきた。

 史上最も政治に揺れた五輪冷戦下、旧ソ連アフガニスタン侵攻で、日本を含む西側の約50カ国がボイコットした1980年モスクワ大会である。

 84年のロサンゼルス大会は、米軍のグレナダ侵攻を背景として東側の14カ国がボイコットした。

 76年、カナダモントリオール大会は、南アフリカの人種隔離政策に対する批判などを背景として、アフリカ大陸を中心に27カ国がボイコットした。

 さらに−−。

 韓国の発展の節目となった88年のソウル五輪に先立ち、北朝鮮は大会阻止へ破壊工作を重ねた。

 ラングーン事件ミャンマー訪問中の韓国閣僚4人を含む21人爆殺。83年)や大韓航空機爆破事件(115人死亡。87年)が北朝鮮テロだったことは、今日では定説である。

    ◇

 平昌五輪の開会式で北朝鮮美女応援団は、白地に青の朝鮮半島に、あえて竹島日韓両国領有権を主張)を加えて強調した「南北統一旗」を振った。政治的影響の排除をうたう五輪憲章の根本原則に違反しており、日本政府が抗議したのは当然である。

 他方、幸いにも、応援団の宣伝は独裁者意向通りには浸透していない。

 美女は総勢230人という。スマホが行き渡り、報道の自由が保障された民主主義社会は、「日米の選手の活躍は黙殺韓国には声援、拍手」という見え透いた取り決めの、一瞬のほころびを映し出す。

 貪欲なメディア情報通信革命の奔流は、うっかり間違った拍手、独裁者のそっくりさんに出会った戸惑い、米国人の父子らしき観客との交流−−など、団員たちの素顔をとらえ、真実の一端を照らした。

 応援団の必死の工作に対し、自由社会側は力みがない。暴露映像に好奇の目を注ぐ一方、「帰国後、処罰されかねない。彼女にも人権はある」と過熱報道を戒める声さえある。

    ◇

 北朝鮮は94年、米クリントン政権との合意で核開発凍結を約束した。それが空文化した後の2005年、日韓米中露との「6カ国協議」で再び核開発放棄を誓ったが、これも破られた。北朝鮮は核・ミサイル開発を捨てず、むしろ加速させて今日に至る。

 米露英仏中以外の核兵器保有を禁じる核拡散防止条約(NPT)は不平等条約である。しかも大国核軍縮は停滞している。

 独裁者の核を認めぬ日本は、大国を巻き込む軍縮の推進者たり得る。

 美女応援団騒動をクールに見つめる日本の世論はバランスがとれており、そういう核外交を支える健康さがあると思った。=毎週月曜日に掲載


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ウラから目線 記録=福本容子
毎日新聞 2018年2月19日 東京夕刊

 舞台は1971年の米首都ワシントンベトナム戦争に異を唱える世論の声は大きくなるばかり。そのベトナム戦争に関する政府の最高機密文書ニューヨーク・タイムズ紙がスクープした。

 何としても続報を阻止しようと圧力をかけるニクソン政権。競争心丸出しのワシントン・ポスト紙もついに文書を入手するのだが……。

 スティーブン・スピルバーグ監督の話題作「ザ・ポスト」(邦題ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書)だ。主演はワシントン・ポストの社主役、メリル・ストリープさんと、編集主幹役のトム・ハンクスさん。今年のアカデミー賞作品賞主演女優賞の候補となっている。

 開き直ったメディア攻撃を繰り広げる大統領が登場した国で、正面から「報道の自由」を問いかけている。主人公はもちろんストリープさんとハンクスさんが演じるポスト紙の2人。でも陰の主役は最高機密文書そのもの、そしてそれを作らせたマクナマラ国防長官だろう。先日、試写会で見て、そう感じた。

 泥沼化する戦争のど真ん中にいる省庁のトップが、軍事介入に至った経緯から政権内で行われた戦況の分析まで徹底的に資料として残すよう部下に命じたのだ。

 「遠慮は無用」「どんな結論になっても構わない」。調査チームにそう指示したと、マクナマラさんの回顧録にある。

 こうして20年以上に及ぶ政権内の意思決定過程を7000ページにわたって記録したペンタゴン・ペーパーズが出来上がった。

 でもなぜ、歴代政権や自分自身への批判につながりかねない作業を彼はわざわざ命じたのか?

 失敗を繰り返さないためには、何を教訓とすべきか。将来の研究者が答えを探すための材料を残さねばならないと思ったからだという。

 文書なんかより、疑問のある戦争ならなぜ早くやめさせなかった。そんな批判も当然起きた。でも、事実の記録がなければ検証はできない。検証ができなければ同じ過ちがまた繰り返される。

 政府内の記録は「見つからない」「存在しない」「廃棄した」「廃棄が慣例」と言ってはばからない人たち、文書の廃棄を本気で怒らない人たちには、特に見てほしい映画だ。日本公開は3月30日。(論説委員

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憂楽帳 恥を忍んで
毎日新聞 2018年2月19日 大阪夕刊 【大原一城】

 恐るべき選挙不正が明るみに出た。昨秋の衆院選小選挙区開票で、滋賀県甲賀市選管白票を水増ししていた。数百票が足りず焦った末という。その数百票は開票の翌朝見つかったが、不正隠蔽(いんぺい)のため焼却されていた。

 不正の発表に驚くと共に、どきっとした。開票があったあの夜、大津支局で県や各市町からファクスで送られてくる速報をさばいた。最新状況を紙面に反映しようと必死だった。そういえば、甲賀市開票確定が妙に遅かった。

 「どうして遅れているのか。いつになるのか」。県選管や市選管に電話で問い合わせたが、納得のいく説明はなかった。票が確定したのは午前2時過ぎ。前回より2時間以上遅い。今思えば、さすがにおかしい。記者としての勘が働かなかったことを自省するしかない。

 「甲賀流忍者」の里だ。「忍者月間」の今月、市職員が忍者姿で働き、PRする予定だったが、この一件で中止された。あの時「票が見つからない」と正直に対応していれば……。清き票は灰とならず、忍者PRも盛大だったろう。恥を忍んでほしかった。【大原一城】

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2018-02-18

【こよみ 平成30年02月18日(日)立春 旧暦一月三日(先負)中潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 八戸えんぶり(2/17〜2/20) 03候 魚上氷 立春末候 エアメールの日 嫌煙運動の日 観音縁日 かの子忌

2018.02.18(日) 七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる
 割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

頭髪の日(毎月)


冥王星の日
1930(昭和5)年、ローウェル天文台米国)のクライド・トンボーが、1月23日(発見につながったこの日も「冥王星の日」と呼ばれることがある)と1月29日に撮影した写真の比較研究から太陽系第9惑星冥王星を発見した日。冥王星天王星の運行の乱れからその存在が予言されていたが、予想を遥かに下回る15等星という暗さのため発見が遅れた。その暗さから、ギリシア神話の冥府の神に因みplutoと名附けられた。近年になって冥王星の外側にエッジワース・カイパー・ベルト天体と呼ばれる小天体が多数発見されるようになり、冥王星はその中の最大級の天体と考えられるようになり、2006年のIAU 総会で惑星から dwarf planet準惑星) へ分類変更された。

エアメールの日
1911年(明治44年)にインドのアラハバードで開かれていた博覧会会場から、8キロ離れたナイニジャンクション駅まで6000通の手紙が初めて飛行機によって運ばれたことによる。

嫌煙運動の日
1978年(昭和53年)のこの日、東京で「嫌煙権確立をめざす人びとの会」が設立され、日本でも本格的な嫌煙運動がスタートした。

大統領の日
かつてはアメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンの誕生日(1732年2月22日)を祝う日であったが、現在は歴代大統領を祝う日に。

観音縁日
観世音菩薩の縁日(毎月18日)

[著名人の誕生日・命日]
かの子忌

画家の岡本太郎の母で、作家・仏教研究家である岡本かの子の命日。作品には『老妓抄』がある。東京生まれ

▲専修念仏を禁じ、法然親鸞が流罪になる(1207)
イタリアを支配するメディチ家に対する陰謀が発覚、マキアヴェリ連座して捕らえられる(1513)
マルティン・ルター没。65歳(1546)
ミケランジェロ没。88歳(1564)
▲日本最初の蘭和辞典「波留麻和解」俗称「江戸ハルマ刊行(1796)
幕府異国船打払令を出す(1825)
▲日本初、車内禁煙東京市電で実施(1904)
インドで世界初の航空郵便(1911)
美濃部達吉天皇機関説貴族院で攻撃される(1935)
私鉄阪急)、初の3複線工事完成(1959)
ハワイで初のトライアスロン大会開催(1978)
市民グループが「嫌煙権確立をめざす人々の会」を結成する(1978)

誕生:ボルタ(電気化学者1745) マッハ(物理学者1838) 
   フェノロサ(日本美術研究家1853) エンツォ・フェラーリ(実業家1898)
   越路吹雪(歌手・女優1924) 中村梅之助(歌舞伎俳優1930) 
   オノ・ヨーコ(芸術家1933) 中村敦夫(俳優1940) 奥村チヨ(歌手1947)
   松原千明(女優1958) マリアン(1962) 
   マット・ディロン(俳優1964)

誕生花:きんぽうげ (Butter Cup)   花言葉子どもらしさ


季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.18(日) 立春 


 春寒き死も新聞に畳まるる

毎日新聞 2018年2月18日 東京朝刊


 ◆今


  春寒き死も新聞に畳まるる  津川絵理子        


解題

 「春寒き」は「春寒」、つまり春になっても残っている寒さをさす季語。「死も新聞に畳まるる」は、死を報じる記事が畳まれること。春寒の候にがさがさと新聞を畳むと、その音が寒々と響くが、その音の中で、人の死もまた過去の出来事として畳まれてゆく。この世の無常早春の新聞を畳むようすに見いだした現代の秀句だ。<坪内稔典



語釈・晦渋語 &出典

「春寒き」は「春寒」、つまり春になっても残っている寒さをさす季語。「死も新聞に畳まるる」は、死を報じる記事が畳まれること。



鑑賞



春寒の候にがさがさと新聞を畳むと、その音が寒々と響くが、その音の中で、人の死もまた過去の出来事として畳まれてゆく。この世の無常早春の新聞を畳むようすに見いだした現代の秀句だ。<坪内稔典

俳人

津川絵理子


(つがわ えりこ、1968年7月30日 - )は、兵庫県出身の俳人

明石市生まれ。関西学院大学卒業[1]。1991年、「南風」入会、鷲谷七菜子、山上樹実雄に師事する。2006年、第一句集『和音』刊行。2007年、『和音』により第30回俳人協会新人賞、作品「春の猫」50句により第53回角川俳句賞受賞。第一句集上梓後に結婚。2012年、第二句集『はじまりの樹』を刊行。2013年、『はじまりの樹』により第4回田中裕明賞、第1回星野立子賞を受賞。「南風」副代表を経て、2014年に「南風」主宰に就任(村上鞆彦と共宰)。「サルビアや砂にしたたる午後の影」など、みずみずしい感性による有季定型の句で評価される[2]。俳人協会会員。




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=========初春 2018.02.18(日) 立春 (近頃の世情))=========
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時代の風 変われるか高等教育 「改革」、大学も企業も=長谷川眞理子総合研究大学院大学
毎日新聞 2018年2月18日 東京朝刊


 日本の国立大学の財政は、国から支給される運営費交付金と、学生からの授業料など自己収入、そして競争的資金でまかなわれている。運営費交付金は、国立大学が法人化されてから10年、一貫して毎年1%ずつ削減されてきた。その影響で、大学では定年教授の後任不補充、若手を中心に任期つきポストへの転換などが続いている。

 大学政策策定には、有識者会議という集まりが大きな発言力を持っているようだ。そこでは「日本には大学が多すぎる」「大学の経営努力が足りない」などという意見が非常に強く表明され、「さらなる大学改革を」という掛け声一辺倒である。内閣府文書には「大学の運営から大学の経営へ」という言葉も出てくる。

 しかしながら、私が見る限り、有識者会議提案は、いろいろと多角的なデータで国際比較などをした結果として提案されているようには見えない。そこで、OECD(経済協力開発機構)の統計を基に、自分なりにいろいろと調べてみた。

 日本の大学は本当に多すぎるのか? 日本の国立大学は86、私立大学を入れると780ぐらい。一方、アメリカの大学数は2629。これを人口1億人当たりの大学数に換算すると、日本は598、アメリカは848。同様に韓国は848、ドイツは451、イギリスは269となった。ただし、単純比較は難しい。各国の大学制度も大学のあり方も、社会での受け入れられ方も千差万別だからだ。欧州では、実務的な職業訓練にかかわる教育が、いわゆる大学と並行して整備され、どちらも高等教育の受け皿だ。実務訓練校が大学より下に見られるということもない。

 大学進学率も、公表されている数字には問題がある。OECDでは、入学者の人口に占める割合を年齢区分ごとに出しているが、そこには留学生も含まれているので、たとえば留学生が非常に多いオーストラリアは94・9%となる。同じ計算法で日本は49・7%。逆に、25〜34歳人口における大卒者の比率を見ると、日本は60・1%、オーストラリアは49・3%となる。

 興味深いのは、大学に初めて入学した人に占める25歳以上の割合だ。2012年時点で最高はイスラエルの34・9%。スウェーデンが25・9%、アメリカが23・9%、イギリスが18・5%と、欧米では20〜25%が主流である。一方、日本は断然低く、文部科学省の資料によると1〜2%にとどまる。働きながら学ぶ、いわゆる「パートタイム学生」も、欧米では30〜50%存在するのだが、日本ではどうだろう?

 国立大学の経営努力が足りない(から政府支出を削る)と言うが、政府支出における大学への公的教育費の割合(14年)は、ニュージーランド5・4%、スイス4%、アメリカ3・5%、イギリス3%、ドイツ3%に対して日本は1・8%である。もっと一般に、公的教育費の国内総生産(GDP)比を15年で比べると、イギリスの5・7%、アメリカの5・4%、スイスの5・1%に対して、日本は3・6%とこちらも低い。

 一方、企業なども含めた研究開発費を15年のGDP比で見ると、日本は3・3%で、イスラエル韓国に続いて多い。研究者1人当たりの研究開発費という項目でも日本は17位に入っている。

 データから見えてきた結論の一つは、日本は、研究開発にはそれなりに支出しているが、高等教育には国がお金をしぶる国だということだ。もう一つは、日本の大学進学率はそこそこ高く、学士号取得者も多いが、高等教育のレールが1本しかない。つまり大学とは18歳で入学し、22歳で卒業して、二度と戻って来ない場所ということだ。

 首相官邸に「人生100年時代構想会議」が作られ、一生学び直しのできる社会にしようと掲げられているが、このままでは、それは無理だ。

 変えるには、「新卒」を一括して4月に採用し、途中で抜けたり復帰したりすることはまず無理、という企業の採用方針や働き方を、何よりも改革しなければならない。現状では、海外の大学を10月に卒業した人や、途上国で働いていた人なども不利になる。働きながら学ぶのも普通ではない。大学改革はもちろん必要だが、大学改革が生きるには「大幅な働き方改革、企業改革」が必須である。=毎週日曜日に掲載

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走り続けて 患者の頑張り原動力 臨床から研究の道へ=山中伸弥
毎日新聞 2018年2月18日 東京朝刊

 先日、京都大iPS細胞研究所が発表した論文の一つについて、研究者の一人が研究データの改ざん捏造(ねつぞう)をしていたことが学内の調査で分かりました。所長として、このような不正を防ぐことができなかったことに大きな責任を感じています。おわび申し上げます。今後は研究不正防止に向けた取り組みを強化し、失った信頼を取り戻したいと考えています。

 今回の件では、多くの方から叱咤(しった)や激励のメッセージをいただきました。改めてiPS細胞の臨床応用に期待を寄せていただいていることを痛感しました。臨床応用を一日も早く実現するという思いもより強くなりました。

 もともと私が研究者を志したのは、治療法のない病気に対して、新しい治療法を開発したいと思ったからでした。約30年前、整形外科の研修医だった私が最初に担当したのは、リウマチで長く入院している患者さんでした。私が担当になってからも病状が悪化しました。その結果、首の骨がずれ始めてしまい、髪の毛をそって、頭の骨にねじで直接固定する装具を着けなければならないほどでした。当時は有効な薬がなく、何もできない自分を歯がゆく思いました。

 そんなとき、C型肝炎が原因の肝硬変で父を亡くしました。当時はC型肝炎の有効な治療法はありませんでした。せっかく医師になったのに父を治すこともできなかったのです。患者さんに何もしてあげられなかった無力感が、研究者になった理由の一つです。

 その後の研究によって、リウマチにもC型肝炎にも良い薬ができました。私はどちらの病気の治療法の開発にもかかわっていませんが、iPS細胞を使った研究を通してまだ有効な手立てがない病気の治療法を開発し、さまざまな病気を克服することに貢献したいと強く思っています。

 基礎研究に取り組むため、大学院に進んでからは、患者さんと実際に接することはほとんどありませんでした。しかし、iPS細胞を開発し、臨床応用に向けた具体的な研究が始まると、再び多くの難病患者さん、そしてそのご家族にお会いするようになりました。患者さん自身の苦しみはもちろんですが、看病や介護をされている周囲のご苦労は計り知れません。

 例えば、全身の筋肉に骨ができてしまう難病「進行性骨化性線維異形成症(FOP)」は、命にもかかわる重い病気です。その患者さんとお会いしたとき、一緒に写真を撮影する際、人さし指を立てて「1」を作るポーズをしてほしいと言われました。意味を尋ねると、「1日も早く治療法を見つけてほしいという意味です」と。身が引き締まる思いがしました。昨年からは、FОPの治療薬候補について治験が始まりました。

 大変な状況にある方たちから、研究環境や研究者の健康にまで気遣っていただくこともあり、思わず涙が出てきます。患者さんたちが頑張る姿、そして患者さんたちの「1日も早く治療法の開発を」という願いが、今の私たちの原動力なのです。(京都大iPS細胞研究所所長、題字は書家・石飛博光氏)=次回は3月25日掲載
 ■人物略歴
やまなか・しんや
 1962年大阪府生まれ。87年神戸大卒大阪市立大、米グラッドストーン研究所、奈良先端科学技術大学院大などを経て2004年に京都大教授、10年から現職。12年にノーベル医学生理学賞を受賞。


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2018-02-17

【こよみ 平成30年02月17日(土)立春 旧暦一月二日(友引)大潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 八戸えんぶり(2/17〜2/20) 03候 魚上氷 立春末候 西大寺会陽 祈年祭 天使の囁きの日 安吾忌

2018.02.17(土) 七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる
 割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

八戸えんぶり(2/17〜2/20)
 国の重要無形民俗文化財八戸えんぶり」は、八戸地方に春を呼ぶ豊年祈八戸えんぶり enburi_slider01願の郷土芸能。その名は田をならす農具「えぶり」や、「いぶり」(ゆすぶり)に由来すると言われ、冬の間眠っている田の神をゆさぶり起こし、田に魂を込める儀式とされています。
 えんぶりの一番の見どころは、太夫(たゆう)と呼ばれる舞手が、馬の頭をかたどった華やかな烏帽子(えぼし)を被り、頭を大きく振る独特の舞。その舞は、稲作の一連の動作である、種まきや田植えなどの動作を表現したものです。

西大寺会陽 
国の重要無形民俗文化財。「はだか祭り」とも呼ばれ、日本三大奇祭としても全国的に有名。
厳冬の深夜、西大寺観音院の本堂御福窓(ごふくまど)から投下される2本の宝木(しんぎ)をめぐって、約10,000人のまわしを締めた裸の男たちが激しい争奪戦を繰り広げます。そのさまは、圧巻で勇壮そのもの。この宝木を取った者は、福男と呼ばれ、福が得られると言われています。

祈年祭
神道の祭祀の一つ。その年一年の五穀豊穣を祈る予祝行事である。現在は2月17日に行う神社が多い(統一されているわけではない)。

ノアの洪水の日
旧約聖書で「ノアの洪水」が起きたのがノアが600歳の時の第2の月の17日となっています(創世記第7章)。 40日間雨が降り続いてすべてが水没し、1年後の第2の月27日に地が乾きました(創世記第8章)。

天使の囁きの日
1978年(昭和53年)のこの日、北海道幌加内町(ほろかないちょう)の母子里の郷で国内最低気温(非公式)のマイナス41.2℃を記録。このことより、同町の住民が寒さを体験するイベント「天使の囁きを聴く集い」を開催している。天使の囁きとは、ダイヤモンドダストのことである。

雪の特異日

東京で雪の降る確率が高い日。 1981〜87年の7年間で70%の確率で雪が降っています。

いなりの日(毎月)

日本の食文化の中で多くの人に親しまれているいなり寿司を食べる機会を増やすきっかけを作ろうと、いなり寿司の材料を製造販売している株式会社みすずコーポレーションが制定。日付はいなりのい〜なで毎月17日に。

国産なす消費拡大の日(毎月)
4月17日の「なすび記念日」の17日を、毎月なすの消費を増やす日にしようと、冬春なす主産県協議会が2004年2月9日に制定した。

同窓会の日(毎月 第3土曜日)
懐かしい再会と感動の場である同窓会により多くの人々に参加してもらおうと、Web同窓会「この指とまれ!」などを運営する「株式会社ゆびとま」(当時)が制定。日付は連休になる確率の高いことから毎月第3土曜日とした。

[著名人の誕生日・命日]
安吾忌

「白痴」「堕落論」などを著した作家、坂口安吾の命日。新潟市生まれ。

マドリード支倉常長の洗礼式(1615)
ハイネ没。58歳(1856)
▲歌劇「蝶々夫人」初演(1904)
▲東京帝大が聴講生の規定を制定し、女子の入学を許可(1920)
エジプト考古学者カーター、ツタンカーメンの墓を開ける(1923)
▲新聞に初の選挙広告、登場(1928)
日蓮宗の改革を唱える「死なう団」(日蓮会)が皇居前などで集団割腹(1937)
▲金融緊急措置令(新円を発行、預金封鎖)(1946)
イギリスが水爆製造開始を表明(1955)
マラソン、日本人初の世界新記録(1963)
三里塚少年行動隊結成(1970)
堀江謙一(54)が、足こぎボート「マーメイド」でハワイ−沖縄の110日の単独横断を達成し沖縄沖に帰還する(1993)
▲長野冬季五輪、ジャンプ団体 日本「金」(1998)

誕生:マルサス(経済学者1766) シーボルト(医学者1796) 
   島崎藤村(詩人・作家1872) 梶井基次郎(作家1901) 
   中村鴈治郎(歌舞伎俳優1902) 岡本喜八(映画監督1924) 
   坂口征二(元プロレスラー1942) 竹脇無我(俳優1944) 吉澤一彦(1955)
   有村かおり(1959) 服部まこ(タレント1961) 早坂あきよ(1962) 
   奥居香(歌手1967) 舞の海(力士1968) YUKI[JUDY AND MARY](1972)
   
誕生花:野の草 (Wild Flowers)   花言葉:自然のなつかしさ



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.17(土) 立春 


 春の雲 人に行方を 聴くごとし


毎日新聞 2018年2月17日 東京朝刊


 ◆昔


  春の雲人に行方を聴くごとし   飯田龍太   


解題



 昨日は球春の雲の句を紹介したが、青春はしばしば雲にたとえられてきた。小説では、たとえば「浮雲」(二葉亭四迷)、「雲は天才である」(石川啄木)などがその例。夏目漱石の小説「三四郎」でも雲は<迷える子(ストレイシープ)>と呼ばれ、あてどない青春の比喩になっている。さて、今日の句の春の雲にあなたはなんて応じる?<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

小説では、たとえば「浮雲」(二葉亭四迷)、「雲は天才である」(石川啄木)などがその例。夏目漱石の小説「三四郎」でも雲は<迷える子(ストレイシープ)>と呼ばれ、あてどない青春の比喩になっている。

鑑賞

昨日は球春の雲の句を紹介したが、青春はしばしば雲にたとえられてきた。さて、今日の句の春の雲にあなたはなんて応じる?<坪内稔典> 

俳人

飯田 龍太


(いいだ りゅうた、1920年大正9年)7月10日 - 2007年(平成19年)2月25日)は、山梨県出身の俳人。飯田蛇笏の四男で、蛇笏を継ぎ俳誌「雲母」を主宰。戦後の俳壇において森澄雄とともに伝統俳句の中心的存在として活躍した。
山梨県東八代郡五成村小黒坂(旧境川村、現笛吹市境川町小黒坂)に生まれる。父・武治(蛇笏)、母・菊乃の四男。父の蛇笏は早稲田大学英文科を中退し、境川の自宅(「山盧(さんろ)」)において農事のかたわら句作を行い、1930年昭和5年)には排誌『雲母』の発行所を山盧に置いた。龍太の産まれた1920年大正9年)には境川でも電灯が灯り、1923年大正12年)9月1日の関東大震災では飯田家でも若干の被害が出ている。
龍太は幼少期には病弱で、祖母により育てられる[1]。1927年(昭和2年)には境川尋常小学校(現在の笛吹市立境川小学校)へ入学し、1933年昭和8年)に甲府市の旧制甲府中学校(現山梨県立甲府第一高等学校)に入学し、バス通学する[1]。中学時代にはトルストイを読み[1]、中学一年時には火災予防標語で入賞、四年時には帝国軍人後援会山梨県支会の標語募集に応募し、2点が入選している[2]。
1938年(昭和13年)に甲府中学を卒業するが、高等学校受験に失敗し、上京して予備校に通い、東京麹町三番街の次兄・数馬宅で浪人生活を送る[1]。このころには神田の古書店街にも通い、文芸書に親しんだ[1]。1940年昭和15年)、教鞭をとっていた折口信夫に惹かれ、國學院大學文学部国文科に入学する[1]。大学在学中より句作をはじめ、父・蛇笏の主宰する俳誌「雲母」の句会「青光会」に所属する。1941年(昭和16年)4月、右肺浸潤のため一時休学し帰郷する[1]。同年6月には兄の数馬が病死している[1]。翌年4月に復学するが、右肋骨にカリエスが発症したため、1943年2月にふたたび帰郷し手術。病気のため兵役免除となる。戦中から戦後間もなくまでは境川村で農業に専念、牛二頭を使って一町歩あまりの耕作地を耕した。また戦後間もない時期に馬鈴薯増産法の懸賞論文に応募し、農事試験場長や大学教授などを差し置いて一等を取っている[3]。
この間、次兄が1942年病死、長兄がレイテ島で、三兄が外蒙古で戦死。1947年昭和22年)、國學院大學を卒業、卒業論文は「芭蕉の悲劇性の展開」。7月に帰郷し「雲母」編集に携わる。1949年、第2回山梨県文学賞受賞。1951年より、山梨県立図書館に3年間勤務。この間、1952年に俳句作家として立つ決意を固める。また1953年には、講演のため山梨に来ていた井伏鱒二に会い、以後長きにわたって交友を深める。
1954年、第一句集『百戸の谿(たに)』を刊行。以後、生前あわせて十冊の序数句集を刊行する。1956年、第1回山日文学賞受賞。1957年、第6回現代俳句協会賞受賞。1960年、「雲母」に龍太選の「作品」欄創設。
父・蛇笏は戦後には境川の自宅を拠点に『雲母』を刊行しつつ、俳句創作活動のほか各地での句会に参加するなど活動を行っていた。蛇笏は1962年昭和37年)に死去し、龍太は300年続く大庄屋飯田家の家督を継ぐ。「雲母」主宰を継承、また毎日新聞俳句欄選者に就任。
1966年、蛇笏の遺句集『椿花集』を編集刊行。1969年、第4句集『忘音』で第20回読売文学賞受賞。1981年、日本芸術院賞恩寵賞受賞。1983年、紫綬褒章受章。1984年日本芸術院会員。1976年より2004年まで蛇笏賞選考委員。郷土山梨での文芸活動にも携わり、やまなし文学賞山梨県立文学館の創設、山梨日日新聞の文芸欄の選者などを務めた。1992年8月、「雲母」を900号をもって終刊。主宰自らの決断で伝統ある俳誌の幕引きを行ったことで俳壇に衝撃を与えた。この終刊以後、句の発表がなくなり事実上俳壇から退く。2007年(平成19年)2月25日、肺炎のため甲府市内の病院で死去。享年86



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=========初春 2018.02.17(土) 立春 (近頃の世情))=========
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土記 再び「送電線の怪」=青野由利
毎日新聞 2018年2月17日 東京朝刊
 <do−ki>

 工学やITの世界でよく使われる「冗長系」という言葉がある。

 「あなたの文章は冗長。もっとすっきり書けないの?」という時の、あの「冗長」だが、意味はちょっと違う。

 たとえば小惑星探査機「はやぶさ」。イオンエンジンを4基積んでいたが、1基は故障に備えた予備。姿勢制御の機器も余分に積んでいた。これが「冗長系」で、宇宙の旅には欠かせない。

 ところが地上では今、送電線の「空き容量」の議論でこれが混乱のもとになっている。

 先日、この欄で、送電線の平均利用率は1〜3割で再生可能エネルギーをつなぐ余裕はある、という京大チームの分析を紹介した。すると、大手電力関係者から「利用率は最大でも50%ですよ」と言われた。経済産業省も昨年来、同じ主張をしている。平均3割でも余裕はないと言いたいようだが、この話の背景にあるのが冗長系だ。

 送電システムは1回線が故障しても停電しないよう1ルートを2回線以上で構成し、1回線分を空けておく。2回線あっても実際に使えるのは1回線分。経産省の定義では予備まで含めた2回線分が「設備容量」、実際に使える1回線分が「運用容量」。従って「設備容量」に対する利用率なら確かに最大50%だ。

 しかし、京大チームが算出したのは「運用容量」に対する利用率だ。大手電力会社が公表している「運用容量」を分母に置いたと明示している。とすれば、最大利用率は100%。実際の利用率が3割なら、余裕はあるはずだ。

 どういう行き違いなのかと思っていたら、今週、「電力広域的運営推進機関(広域機関)」が、あっと驚く情報を公表した。電力会社の中に「運用容量」と言いつつ、「設備容量」を報告していたところが複数あったというのだ。それとは別に不適切な運用容量も公表されていたという。

 言い換えれば、電力会社が公開していた数値は前提も信頼性もばらばら。これでは、共通の土俵で議論できない。

 広域機関は今回、基幹送電線の最大利用率も公表した。分母を「運用容量」にしたため6〜9割が中心だが、これだけで「やっぱり満杯」とはいえない。経産省は今、実態に即した送電線の有効利用の検討を進めている。そこで「予備の回線を常に空けておく」という考え方自体も見直すことになる。

 「はやぶさ」は冗長系も次々とダウンし、最後は、あるものをうまく使う工夫で乗り切った。送電線も「空きがないから自前で増設して」と再生エネ事業者に迫る前に、工夫する余地はたくさんある。(専門編集委員

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経済観測 生命を序列化しない社会を=中央大教授・宮本太郎
毎日新聞 2018年2月17日 東京朝刊

 旧優生保護法のもとで、強制不妊手術を受けた女性が、1月30日に国を提訴した。「不良な子孫の出生を防止」することを掲げた同法のもとで、障害があることなどを理由に1万6000件以上の不妊手術が本人の同意なしにおこなわれたといわれる。国の責任は重大だが、他方で生命の選別をすすめる優生思想の根は深く、過ぎ去った過去の話ともいえない。

 障害者などの強制不妊手術を認める断種法は、20世紀前半に各国に広がった。1907年にインディアナ州で制定されてからアメリカ各州に広がり、33年にナチス・ドイツが導入した断種法はカリフォルニア州の法律をモデルにしたとされる。すでに戦前期から出産・子育て支援をすすめていた福祉国家スウェーデンでも、34年に「人口政策」の一環として断種法がつくられ、強制不妊手術がおこなわれた。

 こうした生命の選別を、過去の出来事とすることもできない。むしろ生殖技術の発展で、出生前に障害の有無などを調べる方法は格段に高度化している。日本産科婦人科学会は最近、胎児の染色体異常を調べる新型出生前診断を一般診療として認める方向を決めたという。近未来を描いた映画「ガタカ」は、医師が両親にどんな子どもを産みたいか尋ねる場面から始まる。遺伝子情報を駆使して生命をデザインしていくというのは、決して空想の話ではない。

 生殖技術自体が優生思想の源というのではない。だが、津久井やまゆり園で起きた障害者殺傷事件が象徴する空気とつながることは怖い。障害をもって生まれても誰にでも出番があり、家族も過度な負担を負うことがない社会を構築していくことが必要だ。皆が生き難さを抱える時代だからこそ、生命の序列化を繰り返してはならない。



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将棋 藤井五段が史上最年少棋戦優勝 六段昇段も
毎日新聞 2018年2月17日 16時31分(最終更新 2月17日 16時44分)


 将棋の中学生棋士・藤井聡太五段(15)は17日午後、東京都千代田区で指された朝日杯将棋オープン戦決勝で広瀬章人八段(31)に勝ち、史上最年少の15歳6カ月で棋戦初優勝を飾った。これまでの記録は、加藤一二三九段(78)の15歳10カ月。同日付で六段に昇段した。六段昇段も、加藤九段の最年少記録(16歳3カ月)を更新した。

 藤井五段は、準決勝では羽生善治竜王(47)に勝ち、決勝に進んでいた。

 広瀬八段は、名人戦順位戦トップクラスのA級に所属し、王位1期のタイトル獲得歴を持つ。【丸山進】
 藤井聡太六段の話 
終わったばかりで実感は湧いてこないが、全棋士参加棋戦優勝という大きな結果を残せたことは自信になった。まだまだ足りないところ多いかと思っているが、優勝したことを励みにこれからも頑張っていきたい。
(短期間での昇段は)自分でも思っても見なかったことで驚いている。どの棋戦でも優勝目指して戦っているので、一つ優勝できたことはうれしく思っている。

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憂楽帳 タチアガレ!
毎日新聞 2018年2月17日 大阪夕刊 【田中謙吉】

 ボーカル教室を営むボイストレーナーの石川麻奈さん(29)に最近誘われ、アマチュア歌手らが集うライブイベントに顔を出した。大阪市内のライブハウスで、石川さんの生徒や本格的なバンドが次々にマイクをつないだ。お酒を飲みながら聴いていると、白いつえを握って隣に座っていた若い女性が歌の準備を始めた。

 石川さんの生徒で、視覚障害者の出葉(では)絵梨奈さん(25)。大勢の前で歌うのは初めてで、ステージに立つと、緊張した様子で客席に語り始めた。「昔は人間恐怖症だったが、歌を習って変わった。歌手になりたい」

 選んだ曲はアニメソングの「タチアガレ!」。白いワンピース姿の出葉さんは、メロディーに合わせてスイングしながら熱唱し、喝采を浴びた。「明けない夜はないから 明日の笑顔 信じるんだ♪」。前向きな歌詞が心に残った。

 出葉さんは昔から歌手になりたいと心に秘めていたそうだ。人見知りで内気な性格だったが、勇気を出してボーカル教室に通い、2年以上習ってステージに立った。これからも歌い続けて、夢をかなえてほしい。【田中謙吉】

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日銀 黒田総裁続投 2%目標でいいのか=経済部長・塚田健太
毎日新聞 2018年2月17日 東京朝刊

 達成できない方が居心地のいい不思議な目標がある。物価上昇率を2%に引き上げるという日銀の目標だ。

 黒田東彦日銀総裁は就任当初「2年程度で実現」と断言していたが、6回にわたる先送りの末、達成できないまま次の任期に突入する。

 国会や記者会見で責任を問われ、原油価格の下落などを理由に挙げつつも「残念」と釈明。2%に向け、「強力な金融緩和を粘り強く続けていく」と繰り返している。

 でも、2%上昇していなくて困っている人が、日銀幹部以外にどれほどいるのだろうか。

 アベノミクスの1番打者である「大規模な金融緩和」以降、行き過ぎた円高は修正され、企業業績は急速に回復。株価は上昇している。何より雇用情勢の改善が明るさをもたらした。消費者はモノやサービスの値段が安い方がありがたい。目標が達成されない限り、日銀は国債を大量に買い続けるので、政府としても低コストで借金できる。物価が下がり続けては困るが、わずかしか上昇しない状況に居心地の良さを感じている人は多いはずだ。

 好景気でも、日銀は2%達成に全力を尽くすべきなのか。バブルを引き起こしたり、財政健全化が遅れたりといったマイナス面が、金融政策の効果を上回る恐れはないのか。黒田総裁は「出口戦略の検討は時期尚早」としているが、2%になるのはしばらく先だ。それまで議論も説明もなしとするには、大規模すぎる緩和だ。

 1年目に黒田日銀は、大音量を伴うバズーカで市場を動かした。その効果はすでにフルに出ている。次の任期に求められるのは、サプライズではなく、静かに、粘り強く、国民と対話し、説明を続けていく姿勢ではないか。

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【こよみ 平成30年02月16日(金)立春 旧暦一月朔日(先勝)大潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 03候 魚上氷 立春末候 新月 天気図記念日 正月(旧暦)閻魔縁日

2018.02.16(金) 七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる 
割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

二十四節気・雑節等
新月

朔。月と太陽の黄経差が0°となる日。旧暦ではこの日が暦月の朔日となる。

正月(旧暦)

旧暦の元日。地方によっては旧暦の日付を重視する地域もある。中国(国の)では「春節」として、祝日化している(但し、「春節」と日本の旧暦正月朔日とは希に異なる場合があるので注意)。

天気図記念日
1883(明治16)年、ドイツ人気象学者エリヴィン・クニッピングの指導のもと、7色刷りの日本初の天気図が作成されました。 天気図は1日1回発行されることになり、8月23日からは新橋と横浜の停車場に掲示されました。

閻魔縁日
死者の生前の行いを判定して賞罰を与えるといわれる閻魔大王の縁日(毎月16日)

全国狩猟禁止
11月15日の解禁日まで北海道以外の全国で狩猟禁止。 北海道は2月1日〜9月30日。

[著名人の誕生日・命日]
西行忌

新古今和歌集』などで知られる平安時代の旅の歌人、西行の命日(文治6年2月16日)。生前、釈迦入滅の2月15日に自らも死にたいと願ったことから、2月15日を西行忌とすることもある→2/15参照

▲西行法師、大往生。73歳(1190)
一休宗純が大徳寺の住職となる(1474)
▲幕府、国絵図の改製を命じる(1696)
水野忠邦、没。58歳(1851)
▲東京気象台が日本初の7色刷りの天気図を1日1回発行(1883)
北海道拓殖銀行設立(1900)
河野広中が最初の普通選挙法案を衆院に提出(1902)
郵便貯金法・実用新案法各公布(1905)
▲ナイロン、特許をとる。アメリカのデュポン社で開発(1937)
▲旧ソ連、樺太、千島領有宣言(1946)
朝鮮民主主義人民共和国、成立(1948)
ロッキード事件第1次国会証人喚問。一様に共通した証言者の言葉、「記憶にございません」が大流行(1976)

誕生:日蓮(宗教家1222) 荻生徂徠(儒学者1666) 大隈重信(政治家1838) 
   大岡信(詩人・評論家1931) 高倉健(俳優1931) こまどり姉妹(歌手1938)
   金正日(政治家1942) 逸見政孝(司会者1945)
   多岐川裕美(女優1951) ジョン・マッケンロー(テニス選手1959)
   中村由真(タレント1970) 相川七瀬(歌手1975) 中村俊介(俳優1975)
   佐伯日菜子(女優1977)
   
誕生花:月桂樹 (Victor's Laurel)   花言葉:名誉



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.16(金) 立春

 
球春や青春いつも雲ひとつ


毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊


 ◆今


  球春や青春いつも雲ひとつ   塩見恵介 
       

解題



 「球春」は2月、3月、つまりプロ野球キャンプが始まり、センバツ高校野球があり、サッカーのJリーグが開幕し、球技への関心が高まる早春の候だ。私見では、この季語の発祥源は本紙のスポーツ欄あたり。私は全国紙4紙に目を通すが、「球春」を早くから見出しなどに使ってきたのは本紙、近年でも本紙の使用例が目立つと思う。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

私見では、この季語の発祥源は本紙のスポーツ欄あたり。私は全国紙4紙に目を通すが、「球春」を早くから見出しなどに使ってきたのは本紙、近年でも本紙の使用例が目立つと思う。<坪内稔典

鑑賞

 「球春」は2月、3月、つまりプロ野球キャンプが始まり、センバツ高校野球があり、サッカーのJリーグが開幕し、球技への関心が高まる早春の候だ。
 
俳人

塩見恵介


(しおみ けいすけ、1971年8月15日 - )は、日本の俳人。文学修士(専攻・近現代俳句)。「船団の会」副代表(2014年 - )。
大阪府羽曳野市生まれ、兵庫県芦屋市育ち。1990年、「船団の会」入会、坪内稔典に師事。1996年、甲南大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同年より甲南中学校・高等学校国語科教諭。2004年、第7回俳句甲子園にて甲南高校監督として優勝に導く。
句集に『虹の種』(2000年 蝸牛新社)、『泉こぽ』(2007年 ふらんす堂)、アンソロジーとして『現代俳句100人20句』(2001年 邑書林)、『関西俳句なう』(2015年 本阿弥書店)に参加している。『お手本は奥の細道 はじめて作る俳句入門』(2013年 すばる舎リンゲージ)や『俳句のえほん』(2013年 くもん出版)の解説など、初学者や児童向けへの俳句理論を多く手がけている。2014年4月より「朝日小学生新聞 春夏秋冬楽しく俳句」選者と執筆。




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=========初春 2018.02.16(金) 立春 (近頃の世情))=========
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社説 8期連続のプラス成長 カンフル剤はもう要らぬ
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊

 景気回復が続いている今こそ、目先の刺激を優先して将来につけを残す政策から抜け出す時でないか。

 2017年10〜12月期の実質国内総生産(GDP)は8四半期連続のプラス成長だった。16年から丸2年に及び、1980年代後半のバブル期以来28年ぶりの長さである。

 この間の景気は主に世界経済の拡大に引っ張られた。消費が弱く、外需頼みという課題を抱えたままではある。とはいえ日本経済が全体として底堅さを保っているのは確かだ。

 5年以上に及ぶアベノミクスは積極的な財政・金融政策を続けてきた。短期的には景気を押し上げるが、借金の山を残すなど長くなるほど副作用も大きい。この2年は本来、カンフル剤頼みから脱却する好機であったが、政府の動きは逆だった。

 高齢化に伴う社会保障費の増大などで国と地方の借金は1000兆円を超す。それなのに安倍晋三首相は消費増税を先送りしたうえ借金返済に充てる予定だった増税の使途も変え財政健全化目標を棚上げした。

 借金漬けでは将来の返済負担が重くなる。消費の停滞は若い世代の将来不安が解消しないためとの指摘は多い。だが、安倍政権は危機的な財政を直視せず、高齢化社会を乗り切る抜本的対策も示していない。

 金融政策も日銀が大規模緩和を続け、円安・株高をもたらしてきた。

 強力な緩和は正常化する過程での反動も大きい。代表例が、利上げを進めている米国が震源となった最近の世界的株安である。日銀の緩和は米国より長期で大規模だ。反動も深刻になる事態が懸念される。

 ところが日銀は緩和の出口に向かう道筋すら示そうとしない。首相も国会などで「大胆な緩和の推進を期待する」と繰り返すだけである。

 しかも日本経済の実力を示す潜在成長率は1%程度とアベノミクス前からほとんど変わっていない。従来の財政・金融政策が底上げに結びついていないことを示すものだ。

 足腰を強めるには、遅れている構造改革に本腰を入れる必要がある。

 日本は人口が減少し、活力低下が心配されている。少子化対策が急務だ。人工知能の開発など第4次産業革命を後押ししたり、規制緩和を推進したりすることも欠かせない。取り組むべき政策はたくさんある。

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金言 テト攻勢の衝撃=西川恵
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊
 <kin−gon>

 商都ホーチミン市に来ている。南ベトナム時代の首都サイゴン旧正月の真っただ中だが、今年は祝祭が重なっている。ベトナム戦争の転換点となった1968年のテト(旧正月)攻勢から50周年なのだ。

 街角にはテト攻勢の時の写真が張られている。1月末には共産党幹部が出席して祝典が持たれ、テト攻勢をテーマにした歌劇も演じられた。ただ興味深いのは、党情報局発行の「ベトナム通信」2月号での扱いは3番手。政府の経済状況報告と隣国ラオスとの政府間交流のニュースの後だった。

 テト攻勢は、米軍のベトナム戦争への本格介入で劣勢に立たされた南ベトナム解放戦線が、巻き返しを図った乾坤一擲(けんこんいってき)の作戦だった。解放戦線を支援する北ベトナムのグエン・ザップ将軍は犠牲が大きいと、作戦に難色を示したが、最後は承認した。

 68年1月30日、テト休戦の隙(すき)をついて解放戦線は「南」で一斉蜂起し、サイゴンなど主要都市や基地を攻撃。米大使館も一時、占拠されかけた。解放戦線の犠牲は小さくなかった。

 しかし映像は世界に流れ、「戦争は間もなく終わる」と教えられていた米国民の衝撃は大きく、これを機に全米に反戦運動が広がっていく。

 翌69年に登場したニクソン大統領ベトナムからの名誉ある離脱へと動き、72年に訪中し、米中接近を実現した。北ベトナムの後ろ盾となっている中国を北ベトナムから切り離し、同時に冷戦を争うソ連に対して優位に立つ一石二鳥の一手だった。翌73年にはパリ和平協定に基づき、一時は50万を超えた米軍は「南」から全面撤退。75年、「北」と解放戦線はベトナムを武力統一した。

 テト攻勢の意味は、ベトナム戦争終結を早めただけでなく、米ソ二極に代わる米中ソ三極構造を国際政治に持ち込んだことである。これは結果として米中の対立・協調を軸とした21世紀の世界に道を開くことになった。

 その過程で米越関係も敵対から友好協力へと変容した。いまや対中けん制で米艦船がベトナムに寄港する。テト攻勢50周年の祝祭がどこか抑制されているのもよく分かる。

 改めて感じるのはベトナム戦争のような世界的に影響の大きい出来事において、一つの事象が国際政治構造に与えるインパクトである。ベトナム以外では記憶のかなたとなったテト攻勢のポスターを見ながら、この50年の国際政治の流れを思った。(客員編集委員

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経済観測 「学ぶ機会」を担保すること=気仙沼ニッティング社長・御手洗瑞子
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊

 宮城県気仙沼市で手編みものの会社を経営している。東日本大震災後に、誇りをもって働ける新しい仕事をつくろうと設立した会社だ。まだまだ小さく至らぬことだらけだが、ここまで会社を育てる中で、学ぶことは多くあった。

 編み手の仕事は出来高制で、自宅で自分のペースでできるように設計している。会社をつくる際、地域でいろんな人に話を聞くうち、仕事はしたいが介護や育児などで家を離れるのが難しいという人が多いということを知ったためだ。

 最初のうちは、地域の編み物上手な人に声をかけ、編み手になってもらっていた。しかし、漁師町で編み物の文化的土壌があるとはいえ、最初からプロの力量を持つ人はそう多くはない。より幅広い人が参加できるよう、編み物のトレーニングコースをつくった。無料で編み方を学ぶことができ、商品のクオリティーで編めるようになると仕事を受ける。やってみて、人は何歳からでも学ぶことができると知った。76歳から始めたある人は、いまや一番力量のある編み手の一人だ。

 近年フリーランス型の仕事が注目される。雇用ではなく契約をベースとした働き方だ。そうした形でないと働けない人もいるかぎり、この働き方は今後きっと増えていくだろう。ただ、それにつれ企業が「人を育てる」ことを放棄し、即戦力の人に仕事を発注するだけになれば、社会として人材育成への過小投資になる可能性がある。人の力が弱まることは、人口減少と技術革新が進む時代に、きっとなによりのリスクだろう。それに、一度も学ぶチャンスに恵まれなかった人は、ずっとそのままになってしまう。

 働く人と企業の関係が変化する中、いかに社会として「学ぶ機会」を担保するかが、大きなチャレンジなのだろう

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憂楽帳 おひな様事情
毎日新聞2018年2月16日 大阪夕刊 【山口敬人】

 おひな様は、どうなったのだろう。3月3日の桃の節句を控え、どうも気になる。昨秋まで単身赴任で家を離れていたため、もう何年も目にした記憶がない。家人に確認してみると「毎年飾ってるよ、一応」。一応、も気になる。

 今はともに成人した2人の娘それぞれに、妻の両親が贈ってくれた。住まいが奈良市内とあって、地元の伝統工芸で知られる一刀彫の人形だ。美しい色合い、力強い彫り。何より女びなと男びなの2体1セットで、出したり片付けたりするのが楽でいい。

 かつて、ひな人形といえば三人官女や五人囃子(ばやし)など15体そろった七段飾りが売れ筋だったという。確かに子供のころ、親戚や友達の家には、それがどーんと鎮座していた。ところが人形専門店に聞くと「売れません。住宅事情もありますが、出し入れが面倒だと言われます」。

 今の主流は、娘のおひな様のような手間いらずタイプ。加えてわが家は2セットあるうちの1セットしか飾らない。だから「一応」。でも、不心得とは思わない。子の幸せを願う形は時代に即し、人それぞれであっていい。【山口敬人】

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2018-02-16

【こよみ 平成30年02月15日(木)立春 旧暦十二月丗日(大安)大潮 】 03候 魚上氷 立春末候 涅槃会 春一番名付けの日

2018.02.15(木) 七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる 
割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

お菓子の日(毎月

涅槃会

釈迦三大法会のひとつ。釈迦の入滅した日。宗派により供養の仕方は違うが、民間では炒り豆やあられ、団子を作って寺に詣でる。現在は月遅れの行事とされることが多い→3/15参照

春一番名付けの日
はじめて「春一番」という言葉が使われるようになったことを記念する日。暖かい南からの強風が、春を呼ぶかのように吹くもので、気象庁が毎年発表する。

マージャンの日
(毎月第3木曜)

[著名人の誕生日・命日]
兼好忌

徒然草」の作者として知られる歌人随筆家兼好法師(俗名・卜部兼好)の1350(正平5)年の忌日。

西行
新古今和歌集』などで知られる平安時代の旅の歌人の忌日。実際の命日は2月16日→2/16参照

元明天皇、新京造営の詔を出す(708)
清原夏野養老律令の注釈書「令義解」完成(833)
藤原清衡平泉中尊寺を建立(1105)
▲猿若(中村)勘三郎猿若座(のちの中村座)を興し、歌舞伎興行を行う (江戸歌舞伎のはじめ)(1624)
オーストリアプロシアの7年戦争終結(1763)
西郷隆盛が挙兵し鹿児島を出発。西南戦争始まる(1877)
徳富蘇峰が「国民之友」を創刊(1887)
全日本スキー連盟創立(1925)
日本軍シンガポールを占領、ジャワ攻略作戦、開始(1942)
▲世界最初の真空管電子計算機の完成式(1946)
▲婦人警官、誕生(1947)
▲初の人間国宝指定(1955)
東京日劇ミュージックホールのさよなら公演。半世紀の歴史を閉じる(1981)
▲国際科学技術財団が創設した顕彰事業、第1回日本国際賞、決定(1985)
フィリピン大統領選挙開票結果に50万人抗議(1986)
長野冬季五輪、ジャンプ・ラージヒル 船木「金」 原田「銅」。
 スピード男子千 清水2個目のメダル「銅」(1998)

誕生:ガリレオ・ガリレイ(天文学物理学者1564) ルイ15世(仏国王1710)
   ヘンリー・スタインウェイ(ピアノ製造家1797) 瓜生岩(社会事業家1829)
   井伏鱒二(作家1898) 松谷みよ子(児童文学者1926) 白土三平(1932) 
   わたせせいぞう(漫画家1945) 近藤正臣(俳優1942) 清水章吾(俳優1943)
   立川志の輔(落語家1954) 浅田美代子(タレント1956) 畑恵(1962)
   堀ちえみ(1967) 森脇健児(タレント1967) 山崎邦正(タレント1968)
   
誕生花:杉の葉 (Ceder)   花言葉:君のために生きる



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.15(木) 立春 


中年やバレンタインの日は昨日

 
毎日新聞 2018年2月15日 東京朝刊

 ◆昔


  中年やバレンタインの日は昨日   小西昭夫 
   

解題


 今日を詠んだ句だが、チョコがもらえなかったのか。中年は哀(かな)しいのだ、とぼやいているみたい。作者は昨日の東君の仲間、私の仲間でもある。この欄の「昔」に取り上げるのは故人が原則だが、今回は禁を破った。バレンタインをめぐる仲間たちの悲哀を話題にしたかったから。私だって今はチョコを食べない。痩せていたいから。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

作者は昨日の東君の仲間、私の仲間でもある。この欄の「昔」に取り上げるのは故人が原則だが、今回は禁を破った。バレンタインをめぐる仲間たちの悲哀を話題にしたかったから。私だって今はチョコを食べない。痩せていたいから。<坪内稔典

鑑賞

今日を詠んだ句だが、チョコがもらえなかったのか。中年は哀(かな)しいのだ、とぼやいているみたい。

 
俳人

小西昭夫


1954年愛媛県生まれ。愛媛大学在学中に俳句を始める。『子規新報』編集長。



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=========初春 2018.02.15(木) 立春 (近頃の世情))=========
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木語 対称を好む中国人坂東賢治
毎日新聞 2018年2月15日 東京朝刊
 <moku−go>

 中国人対称性シンメトリー)を好むという。陰陽二元論の影響もあるとされるが、確かに北京故宮など中国建築物には見事に左右対称に配置されたものが多い。

 作家の陳(ちん)舜(しゅん)臣(しん)はエッセー集「日本人と中国人」(祥伝社)で文章でも左右の対称性を重視する中国人の特徴を取り上げ、唐代の詩人杜甫(とほ)の詩を例に挙げている。

 緑垂風折筍(じゅん)(緑の垂るるは風が筍を折りしもの)

 紅綻雨肥梅(紅の綻(ほころ)ぶは雨が梅を肥やししもの)

 緑と紅、風と雨、筍と梅が見事に対をなしている。

 旧正月春節)や結婚式では左右一行ずつの文章を書いた紙を門や壁に張り付ける。これが「対聯(ついれん)」で春節のものは「春聯」とも呼ばれる。

 16日の旧正月を前に中華圏では「春聯」の飾り付けが始まっている。神戸横浜中華街にも飾られるから見たことがある方もおられよう。

 「百花迎春香満地 万事如意喜臨門」「新春新景新気象 多福多財多平安」。それぞれ一対の春聯だ。字を見るだけでも対称性やおめでたさが伝わってくる。

 風刺を込めた対聯もある。清代に腐敗した地方高官が「愛民如子 執法如山」(子のように民を愛し、山のように厳格に法を執行する)と書いた春聯を飾り付けた。

 すると一夜の間に「金子銀子皆吾子也(金も銀もわが子だ) 銭山靠(こう)山為其山也(銭の山も後ろ盾も山だ)」と皮肉る文が加えられたという。

 「二三四五 六七八九」。謎解きのような対聯は右に一がなく、左には十がない。それぞれ中国語では同じ発音の衣、食がないに通じる。物資の欠乏を皮肉ったものだ。

 インターネットの時代だ。本来ならもっと気の利いた対聯が作られても不思議ではないが、習近平政権発足以降、ネット規制が強化され、面白い対聯を見なくなった。

 一方で対聯を自動生成するサイトがひそかな話題だ。人工知能(AI)を使ったとみられ、共産党の消滅を意味する「党亡」と入力すると、「民安(民は安らか)」と答えが返ってくる。このサイトの閉鎖も時間の問題だろう。

 陳舜臣はさまざまな利害が絡み合う大陸で生き残るために中国人にバランスをとる才能が養われ、対聯の名人にもなったと分析している。

 政権風刺する対聯もある意味で庶民の不満をガス抜きする中国伝統文化ではないか。抑え込むだけでは社会全体の安定を維持するバランスが崩れてしまいかねない。(専門編集委員


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経済観測 城崎温泉にて=国家公務員共済組合連合会理事長・松元崇
毎日新聞 2018年2月15日 東京朝刊

 先月、京都大学で講義を頼まれた機会に家内を誘って城崎温泉に足を延ばしてきた。城崎は、志賀直哉短編小説で有名。きれいな湯につかりながら、この季節ならではのカニ料理を堪能した2泊3日は命の洗濯そのものだった。

 昭和初期に整備された趣のある川沿いの街並みには、いくつもの立派な外湯が整備されている。そんな外湯めぐりでは、中国東南アジア、さらには欧米からの多くの泊まり客に出会う。インバウンドがここまで及んできていることを実感させられた。

 その城崎温泉でも、週末のにぎわいに比べて平日の宿泊客は少ない。日本のリゾート産業の問題点として指摘される連休や週末以外の集客が少ないことの例に漏れないのだ。そこで、お湯につかりながら考えたのが、インバウンドならぬ、シルバーバウンドといったこと。今や、3500万人にもなっている65歳以上の高齢者への着目だ。

 日本人は、江戸時代俳句や菊づくりといった多くの高齢者が親しむ文化をはぐくんできた。温泉めぐりという文化は、人生100年時代を迎える今日の高齢者にふさわしい。城崎には、島崎藤村をはじめとした多くの文化人の歌碑があり、投句ポストも設けられている。温泉につかりながら高齢者が一句というのは絵になる。少子高齢化が言われる中、少子化対策社会保障の持続可能性ばかりが注目されるが、65歳から100歳までの35年間をいかに充実させるかを忘れては幸せな人生はまっとうできまい。

 そんなことを言っても、先立つものがと言われそうだ。しかしながら、探せば特に平日は相当安く泊まれるところも多い。今回泊まったのは、私が理事長を務める国家公務員共済組合連合会の宿だったが、連合会の宿も高齢者を歓迎している。



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憂楽帳 平昌雨森芳洲
毎日新聞 2018年2月15日 大阪夕刊 【萱原健一】

 平昌五輪に全国の外国語大学7校から学生が通訳ボランティアで参加する。開幕前、そんな記事を読んで思い出した。「雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)は江戸時代の外大人」。恩師が、外大で学ぶ者の目指す姿として冊子で紹介していた言葉だ。

 芳洲は江戸時代対馬藩に仕えた儒学者。当時の東アジアの国際語といえる漢文だけでなく、朝鮮語を学習し交流や交渉にあたった。言語の習得が眼目ではない。言語を通して文化や風俗、考え方を理解し、漢文では伝わらない意思の疎通を図るのが芳洲の方法だった。

 平昌の学生通訳は英語や韓国語中国語スペイン語など9言語に対応するという。異国の地で言語によって平和の祭典を支えようという学生たちを、元外大生の一人として頼もしく思う。きっと350年前に生まれた「外大生」芳洲も喜んでいることだろう。

 ただ、読み進めた記事の中に母校の名前はなかった。仕方がない。今は国立大学の一外国語学部になっている。うれしさと一抹の寂しさ。時代が変わっても、せめて芳洲の意志は後輩たちが受け継いでいると信じたい。【萱原健一】


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2018-02-15

【こよみ 平成30年02月14日(水)立春 旧暦十二月廿九日(仏滅)大潮 】 03候 魚上氷 立春末候 あばしりオホーツク流氷まつり(2/10〜2/14)バレンタインデー ネクタイデー チョコレートの日 煮干の日

二十四節気雑節
魚氷にあがる(3候)

七十二候の一つ。七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる 割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

聖バレンタインデー
女性から男性に向かって恋を打ち明けてもよい日とされ、日本では女性が愛の印にチョコレートを贈る。この習慣は1958年(昭和33年)にメリーチョコレート東京新宿伊勢丹で販売促進を目指してキャンペーンを展開したのが始まり。ヨーロッパでは、愛の日としてケーキや花などを贈り合うという。

チョコレートの日
バレンタインデーギフトアイテムとして使われるチョコレートを、更にPRしようと日本チョコレートココア協会などが制定したもの。

ネクタイの日
バレンタインデーに便乗したもの。別に10/1にもネクタイの日がある。

煮干の日
全国煮干協会が制定。「に(2)ぼし(14)」の語呂合わせ。

[著名人の誕生日・命日]
祇王

平家物語』に登場する、平清盛の寵愛を受けた白拍子祇王(妓王)の忌日。

▲聖バレンタイン、殉教す(270)
聖武天皇国分寺建立を命じる(741)
藤原時平左大臣菅原道真右大臣に就任(899)
平将門平貞盛藤原秀郷らに討たれる(940)
日蓮が許されて佐渡から鎌倉へ帰る(1274)
▲将軍家光、奉書船以外の海外渡航などを禁止(1633)
▲郵便マーク、丁から〒に(1887)
アメリカ・ハワイ併合条約調印(1893)
▲「主婦の友」創刊(1917)
箱根駅伝初めて行われる(1920)
ドイツ戦艦ビスマルク号が進水(1939)
▲日ソ友好同盟援助条約モスクワで調印(1950)
キューバ米州機構より脱退(1962)
イギリスの外科医団、腎臓移植に成功(1963)
外国為替、変動相場制となる(1973)
イランホメイニ師、「悪魔の詩」の著者のイギリスの作家ラシュディ(42)に イスラム教への暴涜であるとして死刑を宣告(1989)
羽生善治7冠制覇(1996)
長野冬季五輪、スピード女子五百 岡崎銀メダル(1998)

誕生:モネ(画家1840) 豊田佐吉(実業家1867) 広田弘毅(政治家1878)
   花菱アチャコ(俳優1897) 鮎川哲也(作家1919) 大坂志郎(俳優1920)
   ビック・モロー(俳優1932) 林与一(俳優1942) 秋野太作(俳優1943)
   海老名美どり(1953) マルシア(歌手1969) 酒井法子(女優1971)
   山口紗弥加(タレント1980)

誕生花:かみつれ (Chamomile)   花言葉:逆境に負けぬ強さ



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.14(水) 立春 



 ゴミ箱につまずくバレンタインの日


毎日新聞 2018年2月14日 東京朝刊


 ◆今


 ゴミ箱につまずくバレンタインの日    東英幸      



解題


 この句の主人公はなさけない。これでは誰からもチョコをもらえないのではないか。もしかしたら、この主人公は老人なのかも。作者は私の若いころからの俳句仲間だが、先年、脳梗塞(こうそく)で倒れた。リハビリの効果があって、今では句会に参加できるようになった。今日の句は東君の自嘲かも。さて、東君に今日、チョコが届いた?<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

作者は私の若いころからの俳句仲間だが、先年、脳梗塞(こうそく)で倒れた。リハビリの効果があって、今では句会に参加できるようになった。今日の句は東君の自嘲かも。さて、東君に今日、チョコが届いた?<坪内稔典


鑑賞

 この句の主人公はなさけない。これでは誰からもチョコをもらえないのではないか。もしかしたら、この主人公は老人なのかも。


俳人

東英幸


爽やかに負けてつるんと茹で卵    (季語/爽やか)
 「船団」80号より。作者は松山在住の船団会員。
 選挙速報を見過ぎて、寝不足である。最近の世の中は分かりやすい、と感じるのは 僕だけだろうか。勝ち負けは時の運、とも言うが、勝負事で大事なのは負けた後。つ るりと茹で卵の気分で負けられる人は人生の達人だ。負けん気の強い僕なので、その 難しさをひしひしと思う今朝である。そういうことを、時にさらりと教えてくれるの は、長説教ではなくて、短い俳句形式だ。(塩見恵介 2009年8月31日)



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=========初春 2018.02.14(水) 立春 (近頃の世情))=========
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水説 あるスーパーの願い=中村秀明
毎日新聞 2018年2月14日 東京朝刊
 <sui−setsu>

 バレンタインデーが迫った1日、日本経済新聞に高級チョコレートゴディバの広告が載った。

 女性ではなく、男性に向け「日本は、義理チョコをやめよう」と訴え、「儀礼ではない心からの感情だけを大切にしたい」と呼びかけた。社会への問題提起というよりも、義理チョコとして買われることの少ないブランドのイメージ戦略だろう。

 同じ日、兵庫県のあるスーパーが「もうやめにしよう」の見出しを掲げた折り込みチラシを地元に配った。姫路市加古川市などで8店を展開するヤマダストアーである。

 こちらは恵方巻きだ。

 売れ残って捨てなくてもいいように前年実績に基づいて作り、大量に用意しないので「欠品の場合はご容赦ください」と伝えた。チラシには「売上至上主義、成長しなきゃ企業じゃない。そうかもしれないけど、何か最近違和感を感じます」とも書いてある。

 ヤマダによると、節分の3日夕方には3店で欠品が出たが、苦情を言う人はいなかった。逆に店長らに激励の言葉をかける人もいて、社内は安堵(あんど)し喜んだという。

 関係者が驚いたのは、インターネットなどを通じて事情を知った全国の人から応援や支持が届いたことだ。とりわけ、似たような規模の食品小売店チェーン店経営者から「共感しました」という声が多く寄せられ、勇気づけられたという。

 思い切った決断は、これが初めてでない。

 昨年3月、瀬戸内イカナゴ漁が例年の10分の1という歴史的な不振になった。「春を告げる」と言われ、阪神から播州地方にかけての家庭が「くぎ煮」を作るのに欠かせない。近年の漁獲増による資源減少が原因とみられた。

 その時、ヤマダの鮮魚担当者は決断をした。「水揚げが減っている中で大量販売を続ければ、資源の枯渇に拍車をかける」とイカナゴの販売中止に踏み切ったのだ。

 3月の鮮魚販売の多くを占める目玉商品を失う。小さなスーパーがやめても大勢に影響はないかもしれない。だが、「できる範囲で何かするのが大事だ」と考えた。

 ヤマダは今、「称賛されるべきは理解し支えてくれる地元のお客さんだと知った」と語る。そこで全国の消費者に、あるお願いをしている。

 「地元の農家や近所の魚屋や肉屋、パン屋などの一番身近な小売店応援してください。真の意味で豊かさを与えてくれるのは、皆様の一番近くにいる人たちです」と。(論説委員



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経済観測 デフレ脱却と賃上げの関係=リコー経済社会研究所常任参与・稲葉延雄
毎日新聞 2018年2月14日 東京朝刊

 デフレ脱却ができないので賃上げ率が低いのか、それとも、賃上げが足りないのでデフレから脱却できないのか。

 前者は、賃上げ率が低い言い訳で、産業界がよく口にしてきた。後者は、最近日銀が2%物価目標を達成できない言い訳に使っている。メディアも「思い切った3%ベースアップデフレ脱却を」と言っているところを見ると、後者の立場になったらしい。

 両者の見解は因果関係が逆なので聞いている方は戸惑ってしまうが、最近では後者の方が優勢である。実際、賃上げで家計需要が増せば、経済の拡大テンポも多少は高まるはずだ。それなのに現実の賃上げ率は企業収益の伸びより低く、労働分配率は低下している。企業収益が必ずしも賃上げに向かっていないという人々の直観は正しい。

 しかし企業の多くは、そこまで言われても3%ベースアップには消極的である。では、なぜ企業は大幅賃上げに慎重なのであろうか。

 それは、企業としても長期的に生産性が伸び悩みそうな中で、将来の収益変動に備えて賃金をあらかじめ低めにするという保険をかけているからである。この点は、非正規社員より正規社員の賃上げを抑制していることにもよく表れている。つまり、ことは過去を引きずるデフレの問題ではなく、将来にわたる収益懸念に根差す問題なのである。

 実はデフレの経験のない米欧企業でも、同様のことが観察されている。生産性の伸び鈍化のもと、伝統的な職種を中心に賃金が抑制されている結果、中間層の喪失や格差拡大が顕著だと言われている。

 この問題は、企業の覚悟や勇気で解決できるようなものではない。企業自身、生産性の十分な向上のため投資を効果的に行い、少々の経済変動にも耐えられる強固な収益体質を構築することが先決だ。



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憂楽帳 撮影秘話から
毎日新聞 2018年2月14日 大阪夕刊 【林由紀子】

 「飛鳥美人」で知られる高松塚古墳奈良県明日香村)の壁画発見から、3月21日で46年になる。石室を解体し、壁画を取り出した2007年、担当記者として一部始終を取材した。以来、古墳壁画の行方が気になるのだが……。

 先月、発見時に壁画を撮影した便利堂(京都市中京区)の元カメラマン、大八木威男さん(84)の話を聞く機会に恵まれた。これまでほとんど表の場に出なかった大八木さんだが、京都文化博物館であった同社の創業130周年記念展に合わせて来館、撮影秘話を披露した。

 石室内は狭くて身動きできず、脚を半分に切った三脚発電機を使用。カメラの画像ものぞけず、会社のロッカーから外して持ち込んだ鏡に映し、ピントや画角を合わせた。特に苦労したのは星宿図(天井)の撮影で、棺(ひつぎ)の残骸を含んだフェルトのような堆積土(たいせきど)に寝転ぶと「被葬者の気持ち」になったという。

 まさに、貴重な文化財を写し取る「一期一会と一発勝負の世界」。臨場感あふれる秘話に触れ、遺物や遺構だけでなく、生きた証言もまた、重要な文化財活用の資源になると感じた。【林由紀子】

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2018-02-13

【こよみ 平成30年02月13日(火)立春 旧暦十二月廿八日(先負)中潮 】 02候 黄鶯睍察 立春次候 あばしりオホーツク流氷まつり(2/10〜2/14)虚空蔵縁日  苗字制定記念日  地方公務員法施行記念日  銀行強盗の日

2018.02.13(火) 七十二候 立春次候 02候 黄鶯睍察,うこうけんかんす 
うぐいすが山里で鳴き始める 02月09日(金)〜02月13日(火)

苗字布告記念日
1875年明治8年)のこの日、明治政府の「平民苗字必称義務令」という太政官布告により国民はすべて姓を名乗ることが義務づけられた。

地方公務員法施行記念日
1951年昭和26年)のこの日、地方公務員法が施行されました。

虚空蔵縁日
虚空蔵菩薩の縁日(毎月13日)

銀行強盗の日
1866年(慶応2年)にアメリカジェシー・ジェイムズが世界初の銀行強盗に成功した。

▲「続日本紀」が完成(797)
▲千手堂、悲田院、焼ける(1168)
鎌倉寿福寺建立。臨済宗の祖である栄西が開山(1200)
王政復古名誉革命イギリスで権利宣言(1689)
樺太開拓使設置(1870)
地方公務員法施行(1951)
▲平民に姓を強要。13万種ほどの苗字、誕生(1875)
作曲家ワーグナー没。69歳(1883)
▲都教育庁が「赤い教員」246人に対して退職勧告を行う(1950)
地方公務員法施行(1951)
フランスサハラ砂漠原爆実験に成功(1960)
ソ連が作家ソルジェニーツィン国外追放(1974)
▲「風俗営業等の規則及び業務の適正化等に関する法律(新風営法)」施行(1986)
リクルート事件江副浩正前会長ら逮捕(1989)
▲気象協会スギ花粉の飛散状況の予報を開始(1990)
日本新聞協会皇太子妃報道の一定期間の差し控えを協定(1992)

誕生:渋沢栄一(実業家1840) 内村鑑三(評論家1861) シャリアピン(歌手1873)
   宮本百合子(作家1899) ジョルジュ・シムノン(作家1903) 
   フランキー堺(俳優1929) エマニュエル・ウンガロ(1933) 
   長嶺ヤス子(スペイン舞踏家1936) 小林千登勢(女優1937)
   森本レオ(俳優1943) 佐藤B作(俳優1949) 南こうせつ(歌手1949) 
   竹宮恵子(漫画家1950) 中島梓(栗本薫)(作家1953) 
   矢野顕子(音楽家1955) 南原清隆[ウッチャンナンチャン](1965) 
   ヒロミ[B21スペシャル](タレント1965) 生田智子(タレント1967)
   
誕生花:カナリーグラス(くさよし)(Canarry Grass)   花言葉:辛抱強さ

季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.13(火) 立春


 
 大試験山の如くに控へたり


毎日新聞 2018年2月13日 東京朝刊


 ◆昔


  大試験山の如(ごと)くに控へたり 高浜虚子     


解題


 昨日、大学の受験生は親から自立すべきだ、と書いた。親も子にかまわないで自立するのだ。そういう一つの区切りが大学入試であってもよい。親がついて来ない受験生は有利になる、そういう大学が現れないかなあ。「大試験」は学年末試験入試をさした戦前の季語。この言葉が生きていた時代、親はまだ受験について来なかった。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典


昨日、大学の受験生は親から自立すべきだ、と書いた。「大試験」は学年末試験入試をさした戦前の季語。この言葉が生きていた時代、親はまだ受験について来なかった。<坪内稔典


鑑賞

親も子にかまわないで自立するのだ。そういう一つの区切りが大学入試であってもよい。親がついて来ない受験生は有利になる、そういう大学が現れないかなあ。

俳人

高浜虚子


(たかはま きょし、旧字体高濱 虛子、1874年明治7年)2月22日 - 1959年昭和34年)4月8日)は明治・昭和期の俳人小説家。本名は高浜 清(たかはま きよし、旧字体高濱 罅法ホトトギス理念となる「客観写生」「花鳥諷詠」を提唱したことでも知られる。
俳句は伝統的な五七五調で詠まれるべきであると唱えた。また、季語を重んじ平明で余韻があるべきだとし、客観写生を旨とすることを主張し、「守旧派」として碧梧桐と激しく対立した。そしてまた、1927年(昭和2年)、俳句こそは「花鳥諷詠」「客観写生」の詩であるという理念を掲げた。1937年昭和12年芸術院会員。1940年昭和15年)日本俳句作家協会(翌々年より日本文学報国会俳句部会)会長。1944年(昭和19年)9月4日、太平洋戦争の戦火を避けて長野県小諸市疎開し、1947年昭和22年)10月までの足掛け4年間を小諸で暮した。
1954年(昭和29年)、文化勲章受章。1959年昭和34年)4月8日、脳溢血のため85歳で永眠。忌日の4月8日を虚子忌、椿寿忌(ちんじゅき)という。生涯に20万句を超える俳句を詠んだ。




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火論 雪と秋入学=玉木研二
毎日新聞 2018年2月13日 東京朝刊
 <ka−ron>

 試練の雪などと、ともすれば季節の風物詩のように報じられる。当の若者らにはたまったものではない。

 毎年のように1、2月、雪国の受験生を圧迫する寒気と大雪は入試公平性を損ねているといっても過言ではない。時期を改めるべきだ。

 今に始まった話ではない。特に、大学入試空前の大規模試験である共通テスト(共通1次試験、現大学入試センター試験)が1970年代末に導入され、全国一斉に1月中旬に実施されるようになって、雪はより深刻な悩みのタネになった。しばしば交通機関がマヒし、時間の繰り下げなど混乱が繰り返される。

 先週、衆議院予算委員会自民党石崎徹議員(34)が「何もこんな時期に行わなくても、というのが雪国の声」と訴え、実施時期変更や回数について問うた。新潟出身センター試験世代だ。

 林芳正文部科学相は、2024年度以降に年複数回実施が可能か検討すると答弁。安倍晋三首相も「大学に行く時に1回の試験だけで全てが決まるというのは、ほかの先進国でもほぼ例がない」「大雪に遭ったり体調が悪かったりしたら、自分の人生が相当決まってしまうということにもなる」と述べ、「一発勝負」に否定的な見方を示した。

 だがコトは容易ではない。

 センター試験に代わる20年度からの新共通テストでは、中央教育審議会が既に「年複数回実施」を提言している。ところが文科省はなかなか設計図を引けない。1月より時期を早めると、高校側が授業を侵食されると反発、1月より後にすると大学の個別試験などとぶつかる……。24年度以降に棚上げ、先送りした。

 どうする。あえていえば、実現するには「秋入学」に踏み切るしかあるまい。

 諸外国と制度を合わせ、国際交流を活性化させる秋入学は長く論議されてきたが、何度か立ち消えになった。

 会計年度とのずれ、就職や公務員試験の時期との整合性など「宿題」は山ほど。「入学式は桜の季節でなければ」という伝統的感情も無視し得ない根を張っている。

 7年前には東京大学が全学部の一斉秋入学移行案などを打ち上げたが、異論も多く、事実上見送りになった。

 しかしである。大学入試の新共通テストに複数回のチャンスを与え、気候もいい条件で実施したいというなら、秋入学制がふさわしい。

 この積年の宿題を改めて棚から下ろし、厳冬受験生の苦難を解消する視点を契機に、秋入学論議を再燃させてはどうか。(客員編集委員

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憂楽帳 ささやき
毎日新聞 2018年2月13日 大阪夕刊 【山口圭一】

 火星での仕事から久々に地球に帰ってきた男がパーティーに誘われた。宴席での作法が分からないと悩んでいると、ある機械を紹介された。耳に取り付けると無線で指示してくれるという。機械がささやく通りに振る舞い、会話を交わす。座は盛り上がり、男は大満足−−。

 SFショートショートの旗手、星新一の短編「ささやき」だ。最近、先端技術のニュースに接する度、まるで星新一のSF小説を読んでいる気になる。

 スマートフォンに代わる次世代の機器として、イヤホンのように耳に取り付けるヒアラブル端末の開発が進んでいる。利用者の位置情報や会話などから行動を先読み。おすすめの店などを音声で導いてくれるのだという。

 星新一が亡くなって20年。その先見性に驚かされる。軽やかなユーモアで料理された現代文明への警鐘に今こそ耳を傾けるべきだろう。

 冒頭の小編。参加者全員が同じように指示を受けていたのだと明かされ、男は嘆息する。この話の舞台は2020年7月。その頃、我々はパーティーを心底楽しめているだろうか。【山口圭一】


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2018-02-12

【こよみ 平成30年02月12日(月)立春 旧暦十二月廿七日(友引)中潮 】振替休日 02候 黄鶯睍察 立春次候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日) あばしりオホーツク流氷まつり(2/10〜2/14)ペニシリンの日 ボブスレーの日 ブラジャーの日 菜の花忌

パンの日(毎月)

豆腐の日(毎月)

祝日・休日
振替休日

祝日法の改正により1973年(昭和48年)年4月から設けられた休日

ペニシリンの日
1941年(昭和16年)にイギリスオックスフォード大学附属病院が世界ではじめてペニシリンの臨床実験に成功したことによる。

ボブスレーの日
1938年(昭和13年)に札幌で全日本ボブスレー選手権大会が開かれたことを記念する日。

パンの日
パン食普及協議会が1983(昭和58)年3月に制定。 1842(天保13)年4月12日に伊豆韮山代官江川太郎左衛門軍用携帯食糧として乾パンを焼いたのが、日本初のパンと言われています。この日を記念して毎月12日をパンの日としています。

ブラジャーの日
1913年(大正2年)にアメリカ人女性マリー・フェルブ・ジャコブによりブラジャーが発明された。これにより女性が体を締付けるコルセットから開放された。この日は特許をとった日。

[諸外国の記念日]
リンカーン誕生日

アメリカ合衆国16代大統領エイブラハム・リンカーンの誕生日で、アメリカ30州では法定休日。

青年の日
(ベネズエラ)

リンカーン誕生日
(2月第2月曜日・アメリカ) アメリカ合衆国第16代大統領リンカーンの誕生日。

[著名人の誕生日・命日]
菜の花

小説家司馬遼太郎の1996(平成8)年の忌日。好きだった花に因んで「菜の花忌」と名附けられた。 3月12日の詩人伊東静雄の忌日も「菜の花忌」と呼ばれている。

興福寺衆徒東大寺を襲い、放火(1255)
徳川家康(62)が征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開く(1603)
徳川慶喜江戸城を出て上野寛永寺に移る(1868)
▲矢野文雄・尾崎行雄犬養毅らが東洋議政会を組織する(1882)
ニューヨーク・パリ間のレースがスタート(1908)
宣統帝愛新覚羅溥儀)が退位、清朝297年の歴史が終わる(1912)
ソ連人工衛星から有人金星ロケット発射に成功(1961)
シャープ、液晶LSI使用の電卓「マイクロコンペット」発売。 10万円を切る(1970)
▲ドル10%切り下げ、円は変動相場制へ移行する(1973)
熊本市が全国で初めて、重度サリドマイド被害の女性を公務員に採用(1980)
▲植村直巳、マッキンリー冬季単独登頂に成功。しかし下山途中行方不明(1984)
▲「かい人21面相」が脅迫状つきの毒入りチョコをばらまく(1985)

誕生:チャールズ・ダーウィン(生物学者1809) リンカーン(米16代大統領1809)
   直木三十五(作家1891) 佐分利信(俳優1909) 
   山口淑子(女優・政治家1920) 木村太郎(ジャーナリスト1938) 
   植村直巳(登山家1941) 伊丹幸雄(1955) 岡田奈々(女優1959)
   
誕生花:きつねのまご (Justicia Procumbes)   花言葉:可憐美の極致




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.12(月) 立春


 
 受験子の母や帰帆を待つこころ



毎日新聞 2018年2月12日 東京朝刊


 ◆今



  受験子の母や帰帆を待つこころ     佐藤郁良
     

解題


 「帰帆を待つこころ」は少し古典的だが、母の心の比喩としては広々とした感じがあってすてきだ。もっとも、母は受験生を待たなくてもいいのではないか。特に大学の受験生を持つ母は、子どもを放り出しておくべきだ、と私は思う。その時期から、受験生はすべてを自分の責任ですればよい。要するに、親も子も自立するのだ。<坪内稔典

語釈・晦渋語 &出典

特に大学の受験生を持つ母は、子どもを放り出しておくべきだ、と私は思う。その時期から、受験生はすべてを自分の責任ですればよい。要するに、親も子も自立するのだ。<坪内稔典

鑑賞

 「帰帆を待つこころ」は少し古典的だが、母の心の比喩としては広々とした感じがあってすてきだ。もっとも、母は受験生を待たなくてもいいのではないか。

俳人

佐藤郁良


(さとう かおる、1968年9月24日 - )は、日本の俳人

東京都生まれ。1981年、開成中学校高等学校入学し、同校では生徒会長を務めた。1987年に卒業。東京大学文学部入学。現開成中学校高等学校国語科教諭。 2001年句作開始。2003年「銀化」入会、2006年同人、2010年副編集長。2007年、第一句集『海図』で第31回俳人協会新人賞を受賞。開成高校俳句部を率いて、俳句甲子園に14年連続出場。優勝8回、準優勝3回に導く。教え子には山口優夢、村越敦、福田若之など。




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風知草 逆走の理由=山田孝男
毎日新聞 2018年2月12日 東京朝刊

 トランプ米政権が「核態勢見直し(nuclear posture review NPR)」を発表した(2日)。

 核軍縮に逆行する内容だが、背景にロシアの核政策がある。核軍縮を実現するために、核兵器の現状への理解が欠かせない。

     ◇

 NPRは5年から10年先を見据えたアメリカ核戦略の指針である。

 冷戦終結後、クリントン政権の1994年に策定され、以後、大統領交代ごとに改定。2002年のブッシュ、10年のオバマに続いて4回目になる。

 この間、米露協調で核軍縮が進んだ。オバマNPRはその頂点で核廃絶の理想に彩られていた。

 ところが−−

 トランプNPRは逆の方向へ進み出した。

 (1)新たに小型核兵器と核巡航ミサイルを導入

 (2)「核攻撃を受けた時のみ、核で反撃」という従来方針を改め、非核攻撃にも核で反撃を−−

 というのである。

     ◇

 本紙報道によれば、トランプ政権を逆走へ駆り立てたものはロシアである。ロシアは昨秋、欧州国境で軍事演習を実施、核兵器搭載可能な新型ミサイル発射を試した(4日朝刊)。

 世界の核兵器冷戦末期の80年代、6万発を超えたが、今は1・5万発。米露約7000発ずつで9割以上を占める。核軍縮の焦点は今も米露である。

 米国ブッシュ(父)政権以来、戦術核(局地的攻撃に使う核兵器)の大幅削減を進めた。他方、冷戦に敗れ、通常戦力で突き放されたロシア戦術核の使用権にこだわった。

 ロシア戦術核使用のハードルを下げ、ニラミを利かせつつ、14年、ウクライナクリミアを併合。核は使わなかったが、使ったとしても、米国大陸間弾道弾で局地戦に介入することはできなかった。

 つまり、全面核戦争を招く大型核兵器は「どうせ使えない」たぐいであり、地域の軍事バランスを左右するものは小型核−−。これが、米国が小型核の使い勝手をよくしようと方針転換した理由である。

 NPRには「同盟国への脅威を抑止、撃退する」という文言があり、河野太郎外相は「高く評価する」と歓迎した(3日)。

 「被爆国の外相なのに高く評価はおかしい」と野党批判すると、外相は「この状況をもたらしたのはロシアだ」と反論(8日、衆院予算委)。ロシアは反発した(9日、露外務省報道官の記者会見)。平昌冬季五輪報道の陰で、そんな攻防が続いている。

     ◇

 核兵器をめぐる米露対立と日米協調で思い出すのは83年、米ウィリアムズバーグ・サミットにおける欧州配備合意である。

 当時、ロシアソ連)は中距離核ミサイル欧州向けに配備。NATO(北大西洋条約機構)も中距離核の欧州配備を探ったが、NATOを離脱中のフランスなどが反対した。

 この時、「ソ連核ミサイルの極東配備阻止」を念頭に関与した中曽根康弘首相が「西側の結束優先」を主張、対ソ中距離核の欧州配備が決まった。

 被爆国、平和国家にあるまじき−−と中曽根は国内で批判されたが、87年には米ソ中距離核全廃条約が成立。NATOの欧州配備は「冷戦終結に最も貢献した戦略的決定の一つ」だとキッシンジャーは言っている(「外交」下巻)。

 現実を見なければ理想に近づけない。(敬称略)=毎週月曜日に掲載



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詩歌の森へ 花月の中にいる=酒井佐忠
毎日新聞 2018年2月12日 東京朝刊

 奈良吉野山の山中で頂上に近い「上(かみ)千本」を目指していた。花びらが地から空へ舞い上がるように浮遊する。大峯あきらさんを中心とした吟行の最中である。花の中で大峯さんの表情は真剣そのもの。ひたすら思索と感覚感受の世界にひたっていた。

 <花咲けば命一つといふことを>。「人生は一度きりだから命を愛惜しようという意味ではない」。この句に対する誤解を心を込めて語る表情が真に浮かぶ。そうではない。そう思うのは「俗界」での解釈だ。「どんなに多くの個体の命があっても、命そのものは個体を超えてただ一つ。その一つの命をみんなが生きている」と大峯さんはいう。舞いちる桜や名もなき花がそう教えてくれる。

 <迷ひたる如くに花の中にをり>。句集『群生海(ぐんじょうかい)』(毎日芸術賞)の中の一句。これも「上千本」での作。花の中での迷いをむしろ楽しんでいるようだ。

 西田幾多郎ドイツフィヒテ研究で知られる宗教哲学者にして俳人。しかも浄土真宗の僧侶でもある。吉野のご自宅を訪れた際、阿弥陀如来像の頬笑みの下で対話をした時間を思い出す。人間は自我の内にあるのではない。自我よりも広大な世界の中にいる。俳句における人間は「季節内存在」なのだと主張した。大峯さんの急逝は寂しいが、まさに自著の書名通り『花月コスモロジー』の中にまだ存在している。(文芸ジャーナリスト

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2018-02-11

【こよみ 平成30年02月11日(日)立春 旧暦十二月廿六日(先勝)若潮 】建国記念の日 02候 黄鶯睍察 立春次候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日) あばしりオホーツク流氷まつり(2/10〜2/14)文化勲章制定記念日 万歳三唱の日 干支供養の日 

祝日・休日
建国記念の日

建国をしのび、国を愛する心を養う。1967年(昭和42年)から実施されている国民の祝日。この日はかつて紀元節として奉祝されてきたが、戦後廃止されていたもの。建国の日ではなく、あくまでも建国を記念する日としたのも紀元節のイメージを抑えるためとされる。

紀元節
1873(明治6)年から1948(昭和23)年まで祝日とされ、四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つとされていた。日本書紀による神武天皇即位の日・紀元前660年1月1日を新暦(グレゴリオ暦)に換算した2月11日を祝日と定めた。当初は1月29日だったが、翌年から2月11日に変更された。戦後、日本国憲法の精神にそぐわないとして廃止されたが、昭和41年に「建国記念の日」として復活しました。1873(明治6)年11月15日、紀元前660年を元年として「皇紀○年」という年の数えかたが作られたが、現在ではほとんど使われていない。

文化勲章制定記念日
1937(昭和12)年、文化勲章令が定められ、文化の発展に優れた業績をあげた各界の人に文化勲章が贈られることになった。
 1937年、第一回受賞者は本多光太郎(物理学)、幸田露伴(文学)ら9名。

万歳三唱の日
1889(明治22)年、帝国憲法発布の記念式典で、初めて万歳三唱が行われた。

干支供養の日
干支置物等を製作している陶磁器メーカー・中外陶園が制定。 立春の直後で、十と一を組み合わせると「土」になることから。一年間大切に飾られ厄を払ってくれた干支置物に感謝し、元の土に還す日。

[諸外国の記念日]
イスラム革命記念日

(イラン)

青年の日
(カメルーン)

平清盛太政大臣に(1167)
▲堀部{中山)安兵衛、高田馬場の仇討(1694)
ナポレオンオーストリア皇帝フランツ1世の娘マリー・ルイーズと再婚(1810)
大日本帝国憲法発布、皇室典範制定(1889)
▲森有礼文相が国粋主義者に刺され、翌日死去。43歳(1889)
神戸新聞創刊(1898)
▲森下南陽堂が「仁丹」を発売(1905)
▲東京−横浜間で速達郵便が始る(1911)
トンボ鉛筆発売(1913)
▲初の字幕つきアメリカ映画「モロッコ」封切り(1931)
文化勲章が定められる(1937)
▲第2次大戦後処理を決めたヤルタ会談終わる(1945)
▲国産初の人工衛星おおすみ」打ち上げ成功(1970)
マーガレット・サッチャー(当時49歳)、英国政党初の女性党首に(1975)
▲南アでネルソン・マンデラ釈放、28年ぶりに自由の身に(1990)
▲上野・不忍池で「矢ガモ」保護(1993)
▲長野冬季五輪、日本女子初、里谷「金」 モーグル女子決勝。 ジャンプ・ノーマルヒル、船木、銀メダル(1998)

誕生:トーマス・エジソン(発明家1847) 折口信夫(歌人・国文学者1887)
   池部良(俳優1918) マリー・クワント(ファッションデザイナー1934)
   バート・レイノルズ(俳優1936) 小野ヤスシ(俳優1940) 
   唐十郎(作家1940) セルジオ・メンデス(ミュージシャン1941)
   クロード・チアリ(1944) 清水紘治(俳優1944) 松岡きっこ(1947)
   益田由美(1955) リロイ・バレル(1967) 緒川たまき(女優1972)

 
●世界の発明王・エジソン誕生
 1847年、米・オハイオ州で誕生。クイズ・キッズと呼ばれ、「なぜ」と質問しすぎて小学校を3カ月で退学させられたが23歳の時に発明家として独立。10日にひとつの発明を目指し、84歳で息を引き取るまで蓄音機、白熱電灯、映画など1300もの特許を取った。「天才は1%の霊感と99%の汗である」は彼の有名な言葉。


誕生花:メリッサ (Balm)   花言葉:同情

季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.11(日) 立春 


目の前に大きく降るよ春の雪 


毎日新聞 2018年2月11日 東京朝刊


 ◆昔


目の前に大きく降るよ春の雪 星野立子

       

解題



 「大きく降るよ」という言い方が童心というか、子どもの生き生きとした表情を想像させる。もちろん、この句の作者は大人だが。私には「牡丹雪(ぼたんゆき)ぼくもあなたもかりんとう」「水中の河馬(かば)が燃えます牡丹雪」「牡丹雪頭突きのブッチャーまた頭突く」「牡丹雪内気な家は金魚飼う」などがある。ある時期、私は牡丹雪に凝っていた。<坪内稔典


 
語釈・晦渋語 &出典

私には「牡丹雪(ぼたんゆき)ぼくもあなたもかりんとう」「水中の河馬(かば)が燃えます牡丹雪」「牡丹雪頭突きのブッチャーまた頭突く」「牡丹雪内気な家は金魚飼う」などがある。ある時期、私は牡丹雪に凝っていた。<坪内稔典


鑑賞

「大きく降るよ」という言い方が童心というか、子どもの生き生きとした表情を想像させる。もちろん、この句の作者は大人だが。


俳人

星野立子


(ほしの たつこ、1903年明治36年)11月15日 - 1984年昭和59年)3月3日)は、昭和期の俳人。高浜虚子の次女。虚子に師事し、初の女性主宰誌「玉藻」を創刊・主宰した。虚子一族で特に評価の高い人物。女性俳人では同時期に活躍した中村汀女・橋本多佳子・三橋鷹女とともに四Tと称された。
東京府麹町区富士見町(現・東京都千代田区)に生まれる。高浜虚子、母いとの次女。7歳のとき鎌倉に移る。1924年東京女子大学高等学部卒業。1925年に作家で『文学界』主宰星野天知の息子、鎌倉彫職人の星野吉人と結婚、「ホトトギス」発行所および文化学院に就職。1926年3月、虚子の薦めで作句をはじめる。1930年2月、長女早子(のちの星野椿)誕生。6月、虚子の慫慂により、初の女性による主宰誌「玉藻」を創刊。1932年、「ホトトギス」同人。
1953年、3月より2ヶ月半にわたり北米・ブラジルを訪れる。1956年4月、政府文化使節としてインドヨーロッパを1ヶ月間訪問。1959年4月、虚子の死没により朝日俳壇選者を継承。1969年4月、妹の高木晴子とともにふたたび北米・ブラジルを訪れる。1970年10月、脳血栓により倒れ、翌年3月まで入院。このため1983年7月まで晴子が「玉藻」の代選をした。1975年、勲四等宝冠章受章。1984年3月3日、直腸癌により死去。鎌倉の寿福寺に葬られ、「雛飾りつゝふと命惜しきかな」自筆句碑もここに建てられている。
2001年、ゆかりの鎌倉市二階堂に鎌倉虚子立子記念館が開館。
2012年、上廣倫理財団により立子の名を冠した星野立子賞が設立された。



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=========初春 2018.02.11(日) 立春 (近頃の世情))=========
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時代の風  事実に反する“イメージ” 流されてはいけない=藻谷浩介日本総合研究所主席研究員
毎日新聞 2018年2月11日 東京朝刊


 筆者はブログフェイスブックツイッターなどの、いわゆるSNSに手を付けない。一番の理由は、思い込んだままにうそを書くのを避けるためだ。新聞や雑誌への寄稿、それにきちんとした出版社からの出版であれば、校閲がファクトチェックをしてくれるので、文字での発信はもっぱらそっちに絞っている。

 しかるに世間には、ファクトチェックなきネット言論の形成する“イメージ”を信じ、それに反するマスコミの記事を「マスゴミ」呼ばわりする本末転倒の傾向が見受けられる。事実に反する“イメージ”がいかに根を張っているか、つい先日も身をもって体験したので、ご紹介したい。

 某大手出版社から久々に出す単著のあとがきに「日本は2016年、中国(+香港)から3兆円の経常収支黒字を稼いだ」と書いたところ、校閲から編集者経由で「政府統計等の裏付けを見つけられませんでしたので修正させてください」との知らせがあった。「中国+香港です。再度確認ください」と返信したら、「中国の統計(香港経由を含む)では対日赤字ですが、日本側では日本が対中赤字と言っています」と返って来た。「この校閲係は原数字を見ていないな」と気付き、財務省ホームページにある「国際収支状況」のアドレスを示して、ようやく先方の確認を得たのだ。

 それにしても「日本経済は中国に圧倒されている」という世の“イメージ”と正反対の事実を書いただけで、原数字の確認もなしに筆者の方が間違っていることにされたのは勉強になった。16年は、日本の経常収支黒字の最大の源泉は米国、2番目が中国であり、国内総生産(GDP)世界3大国の中では日本が独り勝ちだ。さらに日本は、韓国、台湾、英国、ドイツなどからも、大枚の黒字を稼ぎ出している。だがこうした事実は、「ダメな日本経済」という“イメージ”に反するからなのか、国民にまったく認識されていない。

 ちなみにこれは3度目だ。「日本は対中赤字」と語るエコノミストに「対香港の収支を加えれば日本が黒字ですよ」と指摘したら、「中国に香港を足すなんて考えたこともない」と言われたのが最初である。人民元香港ドルが別通貨なので対中と対香港の収支は別々に出るが、香港は中国の主要貿易港の一つであり、日本から中国へ輸出する製品の相当数が香港経由だ。だから対中と対香港の収支を足さないと実態は分からないと、以前にある商社マンから教えていただいたのだが、忠告をお裾分けしたら逆切れされてしまった。

 2度目は昨年、自民党のある参議院議員(教養も見識もある方)が、「藻谷さん、中国は対日黒字ですよ」と語るので、「香港を足さなくては」と指摘したら、スマホで数字を確認して納得されていた。しかし政治家の多くはそういう確認もせず、「日本は中国に負けている」という自虐的“イメージ”にのっとって、バイアスのかかった政策判断を下したりしているのではないだろうか。

 沖縄県名護市長選で、辺野古沖海上への軍用滑走路新設反対を明確にした現職が、「経済活性化」を掲げた新人に敗れた。これだけ聞くと「名護の景気はさぞ悪いのだろう」と感じられる。だが実際には同市の人口増加率(10年→15年、国勢調査準拠)は、人口5万人以上の全国522市町の中で上から64番目、3大都市圏を除いた296市町の中では22番目であり、「これが“不振”なら“活性化”とは何か」と聞きたくなる。人口増加の原動力は、沖縄県内最大級のリゾートホテル集積であり、米軍基地の市内での増強は、こうした滞在型観光地としての経済活性化の未来に真正面から水を差すものである。

 付け加えれば、新設予定の海上滑走路は大地震の巣・沖縄トラフに正対する。「津波リスクのある沖縄東岸の洋上に、軍用滑走路を設けるのは無謀だ」と指摘しているのは筆者だけではないが、なぜか大きな話題になったことがない。航空自衛隊松島基地航空機28機が、東日本大震災の津波で失われたという事実も、「辺野古沖が最適」という根拠不明の“イメージ”の前に、すっかり忘れられてしまっている。だが筆者は今年も“イメージ”に反する事実を書き続ける。「事実は提示されたが“イメージに負けた”」という事実だけでも、後世に残すために。=毎週日曜日に掲載

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訃報 作家の石牟礼道子さん死去 90歳 「苦海浄土
毎日新聞2018年2月10日 03時27分(最終更新 2月10日 12時46分)

 人間の極限的惨苦を描破した「苦海浄土(くがいじょうど)」で水俣病を告発し、豊穣(ほうじょう)な前近代に取って代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説や詩歌の主題にすえた作家の石牟礼道子(いしむれ・みちこ)さんが10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市介護施設で死去した。90歳。葬儀は近親者のみで営む。喪主は長男道生(みちお)さん。
公害告発の端緒
 石牟礼道子さんは1927年、熊本県宮野河内村(現・天草市)に生まれた。家業は石工。生後まもなく水俣町(現・水俣市)に移り、水俣実務学校(現・水俣高)卒。代用教員を経て、58年、谷川雁らの「サークル村」に参加。詩歌中心に文学活動を始めた。

 59年には、当時まだ「奇病」と言われた水俣病患者の姿に衝撃を受け、「これを直視し、記録しなければならぬ」と決心。69年、水俣病患者の姿を伝える「苦海浄土」第1部を刊行。70年、第1回大宅壮一ノンフィクション賞に選ばれたが、辞退した。同書は日本の公害告発運動の端緒となるなど戦後を代表する名著として知られる。74年に第3部「天の魚」を出し、2004年の第2部「神々の村」で「苦海浄土」(全3部)が完結した。

 水俣病第1次訴訟を支援する「水俣病市民会議」の発足に尽力する一方で、水俣病の原因企業チッソとの直接対話を求めた故・川本輝夫さんらの自主交渉の運動を支えるなど、徹底的に患者に寄り添う姿勢とカリスマ性のあるリーダーシップから「水俣のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。患者らの怒りを作品で代弁して「巫女(みこ)」に例えられるなど、水俣病患者・支援者の精神的支柱となった。

 73年、「苦海浄土」などの作品で「アジアノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞。93年、「十六夜橋」で紫式部文学賞。03年、詩集「はにかみの国」で芸術選奨文部科学大臣賞。04〜14年、「石牟礼道子全集・不知火」(全17巻・別巻1)が刊行された。

 03年ごろから、パーキンソン病を患い、人前に出る機会は減ったが、口述筆記などで執筆活動を継続した。句集を出版するなど書く意欲は衰えなかった。
水俣病
 熊本県水俣市のチッソ水俣工場の排水を原因とし、メチル水銀で汚染された魚介類を食べた人に起きた神経系の中毒症。言語障害や運動障害などが起こり、対策の遅れで被害が拡大した。1956年に公式確認され、68年に国に公害と認定された。日本の「公害の原点」とされる。公害健康被害補償法に基づく認定患者は熊本、鹿児島両県で計2282人(昨年3月末現在)、存命の患者は373人(昨年4月現在)。95年には未認定患者救済の政治決着が図られた。昨年8月、水俣病の原因となった水銀の使用や輸出入を規制する水俣条約が発効した。



社説 石牟礼道子さん死去 問いつづけた真の豊かさ
毎日新聞 2018年2月11日 東京朝刊

 心は本当に満ち足りているのだろうか。亡くなった作家、石牟礼道子(いしむれみちこ)さんが改めて私たちに問いかけているような気がする。

 石牟礼さんの代表作「苦海浄土(くがいじょうど)」は鋭く繊細な文学的感性で水俣病の実相をとらえ、公害がもたらす「人間と共同体の破壊」を告発した。

 1969年刊行の同書は高度経済成長に浮かれる社会に衝撃を与え、公害行政を進める契機ともなった。

 56年、熊本県水俣市で原因不明の病続発が保健所に通報され、水俣病は公になる。だが、チッソが海に流す排水の有機水銀による魚介類汚染が疑われても行政の動きは鈍く、ようやく68年に公害病と認定された。

 この間の放置で被害がどれだけ拡大したかわからない。公害を大きな問題にすると経済成長ブレーキになりかねないという政府内の消極姿勢、世論の無関心もあった。

 公害がむしばむのは自然と健康だけではない。差別と対立。家族、集落の絆も断たれ、生活や人生そのものが否定される。「苦海浄土」はそれを克明に、患者一人一人と向き合うようにして描き、全国の読者の心を動かした。そこには公害行政の草分けとなった人々も含まれる。

 遠隔の大都市圏などに「地方」の情報が十分届いていなかった。石牟礼さんは「この事態が東京湾で起きたら、こうはならなかったろう。幾度もそう考えた」と書いている。公害に限らず今も問われる課題だ。

 公害は、あくなき発達と利益追求文明の落とし子でもある。

 石牟礼さんは、60年代、初めて上京した。その時抱いた深い違和感と疑問を後に本紙にこう語っている。

 「朝異様な音に目が覚めた。もの皆をひき砕く轟音(ごうおん)と感じました。車や工場やいろんなものが出す音が織り成す。このような凶暴な音に包まれた文明とは何でしょう」

 「苦海浄土」の中で老いた漁師が語る。「魚は天のくれらすもんでござす。天のくれらすもんを、ただで、わが要ると思うしことって、その日を暮らす。これより上の栄華のどこにゆけばあろうかい」

 天の恵みの魚を要るだけとって日々暮らすような幸福。今は幻想とも思える、そんな充足感をどこかに失ってしまった現代を、石牟礼さんの作品は見つめ続ける。



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【こよみ 平成30年02月10日(土)立春 旧暦十二月廿伍日(赤口)長潮 】 02候 黄鶯睍察 立春次候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日)ニットの日 ふきのとうの日 左利きの日 ふとんの日 観劇の日 海の安全祈念日 キタノ記念日

LPガス消費者保安デー(毎月)

観劇の日
1911年(明治44年)に日本初の洋風劇場である帝国劇場(帝劇)が完成したことによる。

海の安全祈念日
全国水産高校長協会が2003(平成15)年に制定。 2001(平成13)年、愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、ハワイ沖で米国の原子力潜水艦に衝突されて沈没し、教官や生徒ら9人が亡くなった。

ニットの日
1988年(昭和63年)に、神奈川県の編物学校などで組織された「横浜手づくりニット友の会」が制定した日。2月10日はニットの語呂合せからで、ニットの普及キャンペーンを行う。

キタノ記念日
芸人・映画監督ビートたけし(北野武)を記念する日。 CS放送の番組『チャンネル北野』が2002(平成14)年に制定。「ツー(2)ビート(10)」の語呂合せ。

ふきのとうの日
「ふ(きの)」「とう」と「2」「10」の語呂合わせから宮城県古川市ササニシキ資料館が制定。

左利きの日
Japan Southpaw Clubが2001(平成13)年に制定。 「レ(0)フ(2)ト(10)」の語呂合せ。既に8月13日が世界的な「左利きの日」となっていたが、日本ではお盆の時期に当りイベント等を開催するのが難しいため、別の日が制定された。

ふとんの日
1997年(平成9年)に全日本寝具寝装品協会が制定。「ふ(2)とん(10)」の語呂合わせから。

永享の乱で、鎌倉公方足利持氏倒れる(1439)
今川義元武田信虎の娘を妻とし、北条氏と絶交する(1537)
裁判所構成法が公布(1890)
▲日本がロシア宣戦布告日露戦争開戦(1904)
▲初の洋風劇場、帝国劇場完成(1911)
▲日本プロレタリア作家同盟が結成(1929)
▲GHQ、沖縄の恒久的基地建設を開始と声明(1950)
▲F・ジョリオとI・キュリー、わずか1ページの人工放射能に関する科学論文でノーベル賞(1934)
北九州市誕生。門司・小倉・若松・八幡・戸畑の5市が合併(1963)
東京駅八重洲大地下街、完成(1969)
ファミコンソフト「ドラゴン・クエスト3」発売。東京・池袋では1万人を 越す行列(1988)
▲平成元号の新貨幣、打ち初め式(1989)
▲長野冬季五輪、スピードスケート男子五百で清水が金メダル(1998)

誕生:新井白石(儒学者・政治家1657) ラム(エッセイスト1775) 
   平塚らいてう(女性解放運動家1886) パステルナーク(作家1890) 
   ベルトルト・ブレヒト(劇作家1898) 田河水泡(漫画家1899)
   ロバート・ワグナー(俳優1930) ミッキー安川(音楽家1933)
   ロバータ・フラック(歌手1940) 赤座美代子(女優1944) 
   高橋秀樹(俳優1944) 芹沢博文(棋士1958) 知久寿焼[たま](1965)
   
誕生花:じんちょうげ (Winter Daphne)    花言葉:栄光



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.10(土) 立春 



探し物してゐるうちに牡丹雪 

 
毎日新聞 2018年2月10日 東京朝刊

 ◆今


 探し物してゐるうちに牡丹雪(ぼたんゆき) 蓬田紀枝子
     

解題


 ふと気づくと雪になっていた。ふわふわと舞う牡丹雪に。今の時期にありそうな光景だ。立春以後、季語の世界では雪も風も雨も寒さも春のものである。水分が多くてまるで牡丹の花びらのように降る牡丹雪春の雪の代表だ。この句の情景は人の一生の縮図みたい。何かを探し求めていると、いつのまにか牡丹雪に覆われる、人は。<坪内稔典

 
語釈・晦渋語 &出典

立春以後、季語の世界では雪も風も雨も寒さも春のものである。水分が多くてまるで牡丹の花びらのように降る牡丹雪春の雪の代表だ。

鑑賞

ふと気づくと雪になっていた。ふわふわと舞う牡丹雪に。今の時期にありそうな光景だ。この句の情景は人の一生の縮図みたい。何かを探し求めていると、いつのまにか牡丹雪に覆われる、人は。<坪内稔典

俳人

蓬田紀枝子


昭和5年2月仙台市生まれ。昭和20年阿部みどり女に師事、「駒草」入門。昭和45年駒草賞受賞。昭和50年宮城県芸術選賞受賞。平成6年二代目主宰八木澤高原の死去に伴い「駒草」主宰継承。平成15年主宰引退、顧問となる。評伝『俳人阿部みどり女ノート「葉柳に…」』で平成12年度俳人協会評論賞。俳人協会名誉会員、日本現代詩歌文学館評議員、日本文藝家協会会員






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=========初春 2018.02.10(土) 立春 (近頃の世情))=========
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土記 スペイン風邪100年=青野由利
毎日新聞 2018年2月10日 東京朝刊
 <do−ki>

 この冬、世界各地で季節性インフルエンザが猛威をふるっている。

 A型は、2009年にパンデミック(新型による世界的大流行)を起こしたH1N1型と1968年にパンデミックを起こしたH3N2型の子孫の2種類。B型は山形系統とビクトリア系統の2系統。

 日本ではA型とB型の同時流行、米国ではH3N2型が突出しているようだが、米疾病対策センターの分析によればウイルス自身に際だった変化がみられるわけではない。

 むしろ気になるのは新型の脅威を人々が忘れているように思えることだ。

 今年は史上最悪と言われる「スペイン風邪」のパンデミックから100年。確かにこの1世紀で対策は進んだ。ただ残念ながら人間が勝利を収める兆しは見えない。

 たとえば以前はなかった抗インフルエンザ薬。種類は増え、今春には国内で新薬も承認される見通しという。しかしいずれも根治薬ではない。

 09年に世界保健機関(WHO)の「必須医薬品」リストに収載されたタミフルも、昨年の改定で「中核薬」から、重症患者を対象とする「補完薬」に降格された。症状のある期間を1日短縮する程度で、期待されたほどの効果がないことが確認されたからだ。

 ワクチンも苦戦が続く。今は鶏卵を使う昔ながらの方法でウイルスを培養・増殖しているが、時間がかかる上、ウイルスが変化しやすい。これがワクチンの「はずれ」につながる。特にH3N2型は変化しやすく、国によっては今季のワクチン有効率は1、2割ともいわれる。

 この冬、日本のワクチン供給が遅れた理由もここにある。当初、鶏卵でも変化しにくい株で培養を始めたら思うように増えず、昨シーズンと同じ株に戻したからだ。

 そもそも望ましいのは、どんなインフルエンザウイルスにも対応でき、1回接種ですむ「万能ワクチン」。世界で開発の試みがあり、期待は高いが、これもまだゴールは見えない。

 というわけで、今できるのは、いつか必ずやってくる次のパンデミックも念頭に、季節性に対応することだろう。

 たとえば抗インフルエンザ薬は高齢者や妊婦など重症化の危険がある人には必要な場合がある。一方、健康で軽症の大人が薬を求めて病院に殺到するとどうなるか。感染を広げないため「家で寝て治す」は大事な選択だ。

 これが新型だったらどうか。09年にうまくいかなかった対策を再考するきっかけにもなる。(専門編集委員

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経済観測 超高齢社会、実物給付に特化を=ベトナム簿記普及推進協議会理事長・大武健一郎
毎日新聞 2018年2月10日 東京朝刊

 「超高齢化社会システムデザイン研究会」という組織がある。10年近くにわたり大学病院の医師や地方自治体職員、経済学者、IT専門家などが参加し社会保障に携わる人たちの意見を聞き、社会保障制度について研究してきた。

 日本は2020年に75歳以上の人口が65〜74歳を上回り、25年には2000万人を超えて、その後4人に1人が75歳以上という状態で安定する。こうした中、現在の社会保障制度を維持することは不可能と思われる。

 ところが、現場を回ると自分の将来を全く考えない人たちも多い。私がボランティアをしてきたカンボジアでは「よく働いた現地従業員に激励のため余分にお金を渡すと翌日から休んでしまい、金を使い果たすとまた出勤してくる」という話を経営者からよく聞いた。日本でも江戸時代には「江戸っ子は宵越しの金は持たない」と言われ、一般庶民には将来の備えという発想はなかったようだ。今も生活保護を受けている高齢者の中にはお金をもらうとパチンコなどに使ってしまう人がいる。その一方で、老い先短いのに年金を貯蓄している100歳近い人もいる。

 こうした現実をかんがみて、私は、4人に1人が後期高齢者となる時代には今の年金や生活保護の所得給付はやめて、実物給付にすべきだと考えている。これからは人口減少で一層空き家が増える。しかもITの発達とマイナンバーの活用で、生活保護申請者の資力調査を実施しやすくなる。そこで貧しい高齢者には空き家と食料を提供し、医療と介護は一体化して実物給付とサービスに特化する。個人の可処分資金は貯蓄や積み立て年金、自ら得る報酬でまかなう。超高齢社会でも成り立つ制度を国民に提示し、現行制度の抜本的見直しに早急に着手することが求められる。



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憂楽帳 食堂運営の原動力

毎日新聞 2018年2月10日 大阪夕刊 【山崎征克】

 市営住宅の6畳二間に香ばしい匂いが広がる。食卓にはボランティアが作った野菜炒めやみそ汁。大阪市西成区の「にしなり☆こども食堂」は約20人の母子が集い、活気に満ちていた。

 昨秋、取材で訪ねたのを機に立ち寄るようになった。子どもらと過ごすと元気をもらえる。こども食堂は地域のつながりの場として各地に広まったが、食材や場所の確保など苦労は尽きない。「にしなり」も食材は寄付が頼りだ。

 運営者の川辺康子さん(52)の原点は15年前の後悔にある。児童館で働いていたが、いつも来る男の子は腹を減らしているのか、水道の水ばかり飲んでいた。職を離れてもその姿が頭から離れなかった。「何もしてやれなかった。どんな環境で育った子にも向き合いたい」。そう決めて5年前に食堂を始めた。

 関わった親子は100組以上。18歳のシングルマザー人間不信に陥っていた女性(24)とは一緒に就職先を探した。今や女性は会社で頼られる存在になり、「今度は支援する側に回りたい」と話す。彼女の笑顔に、川辺さんの元気の源を見た気がした。【山崎征克】

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2018-02-09

【こよみ 平成30年02月09日(金)立春 旧暦十二月廿四日(大安)小潮 】 02候 黄鶯睍察 立春次候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日)福の日 風の日 肉の日 ふくの日 服の日 漫画の日

二十四節気・七十二候・雑節
うぐいす鳴く(2候) 

七十二候の一つ。立春次候  02候 黄鶯睍察,うこうけんかんす 鶯が山里で鳴き始める 02月09日(金)〜02月13日(火)

風の日
「ふ(2)く(9)」(吹く)の語呂合せ。

肉の日
「に(2)く(9)」の語呂合せ。

ふくの日

2月9日の語呂合せで「ふく」。河豚の本場、下関の業者1980年(昭和55年)に制定した日で、「ふぐ」と呼ばず「ふく」と発音し、縁起の良い魚とPRに努めている。

服の日

2月9日の語呂合せ「ふく」。衣類への関心を高め、服を着る楽しみを広げようと全国服飾学校協会などが1991年平成3年)に制定した。

漫画の日

漫画本専門古書店まんだらけ」が制定。 漫画家手塚治虫の命日。

福の日
「ふ(2)く(9)」の語呂合せ。

ドストエフスキー死去。59歳(1881)
東京中央放送局(現在のNHK)日・英間で初のラジオ国際中継に成功(1930)
井上日召血盟団員が前蔵相井上準之助を射殺(1932)
▲日本プロ野球初試合開催、東京巨人名古屋金鯱/10:3で金鯱の勝ち(1936)
ガソリン不足で三菱重工が木炭自動車の製造を開始(1936)
▲米で8時間労働制を実施(1943)
衆議院原水爆実験の禁止を決議(1956)
アメリカ原子炉発電を開始(1957)
▲ジャンボ・ジェット、初飛行(1969)
逆噴射操作で日航機が墜落。死者24人(1982)
▲計算通りにハレー彗星、出現(1986)
手塚治虫死去。60歳(1989)
NTT株が初めて上場するが初値がつかず2日目ストップ高の160万円(1987)
アルベールビル冬季五輪開幕(1992)

誕生:井伊直政(武将1561) 江藤新平(政治家1834) 原敬(政治家1856) 
   A・ベルク(作曲家1885) 八木重吉(詩人1898) 双葉山(第35代横綱1912)
   庄野潤三(作家1921) 織本順吉(俳優1927) ハナ肇(タレント1930) 
   広岡達朗(元プロ野球選手1932) ミア・ファロー(女優1945) 
   あだち充(漫画家1951) 名高達郎(俳優1951) 小林麻美(1952) 
   真野響子(女優1952) ラモス瑠偉(サッカー選手1957) 愛染恭子(1958)
   楠瀬誠志郎(歌手1961) 諏訪内晶子(バイオリニスト1972) 
   田中美里(女優1977) 安西ひろこ(タレント1980) 知念里奈(歌手1981)
   鈴木あみ(歌手1982)
   
誕生花:ぎんばいか (Myrtle)   花言葉:愛のささやき



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.09(金) 立春 


 臘梅を老梅と書く花屋は駄目 


毎日新聞 2018年2月9日 東京朝刊


 ◆昔


 臘梅(ろうばい)を老梅と書く花屋は駄目 藤田湘子
     

解題


 私もそんな花屋では買いたくない。臘梅はロウバイ科の落葉低木。梅とはそもそも品種が違う。歳時記では冬の花扱いだが、早春の花と見てもよい。湘子には「臘梅や奈良にしあればほとけ雨」もある。臘梅に降る奈良の雨を、これは仏のもたらす雨だとありがたがっている。このような湘子が「老梅」に立腹するのはもっともだろう。<坪内稔典

 
語釈・晦渋語 &出典

私もそんな花屋では買いたくない。臘梅はロウバイ科の落葉低木。梅とはそもそも品種が違う。歳時記では冬の花扱いだが、早春の花と見てもよい。

鑑賞

湘子には「臘梅や奈良にしあればほとけ雨」もある。臘梅に降る奈良の雨を、これは仏のもたらす雨だとありがたがっている。このような湘子が「老梅」に立腹するのはもっともだろう。<坪内稔典
 
俳人

藤田湘子


(ふじた しょうし、1926年1月11日 - 2005年4月15日)は、神奈川県出身俳人水原秋桜子に師事。俳誌「鷹」を創刊・主宰。本名・良久。
神奈川県小田原町(現、小田原市生れ)、父源太郎、母ミネの長男。1942年、中学在学中に水原秋桜子を知り、「馬酔木」に投句、秋桜子に師事、石田波郷に兄事。1945年、工学院工専(現工学院大学)を中退、東部第八七部隊を経て鉄道省に勤務。1947年、「馬酔木」4月号で巻頭。1948年、馬酔木賞を受賞、翌年より「馬酔木」同人1951年、「馬酔木」第1回新樹賞受賞。1955年、第4回新樹賞受賞。同年「馬酔木」編集次長就任。1957年、「馬酔木」編集長就任、第4回馬酔木賞受賞。1958年国鉄本社広報課勤務、以後22年間在職。
1964年秋桜子の了承を得て、「馬酔木」の衛星誌として同人誌「鷹」を創刊。1967年、「馬酔木」編集長辞任。1968年、「馬酔木」からその活動が認められなくなったことで他の「鷹」発起同人が「鷹」を去り、湘子は「馬酔木」同人を辞退、「鷹」を自身の主宰誌とする。1981年から1983年まで現代俳句協会副会長。1985年、蛇笏賞選考委員。1986年、俳句研究賞選考委員。2000年、句集『神楽』で第15回詩歌文学館賞受賞。2005年4月15日胃癌により横浜市青葉区の自宅にて死去。79歳。



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=========初春 2018.02.09(金) 立春 (近頃の世情))=========
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金言 日仏外交の同調=西川恵
毎日新聞 2018年2月9日 東京朝刊
 <kin−gon>

 日本の政治英国イタリアドイツと比べられることはあってもフランスとはまれだ。しかしこのところ、日仏の外交が国際政治舞台で興味深い同調を示している。安倍晋三首相マクロン大統領が多国間主義、開放体制法治主義の擁護者として存在感を強めているからだ。

 先月下旬、日本を含む環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参加11カ国は、協定の署名式を3月にチリで行うことで合意した。1年前、トランプ米大統領が就任早々にTPP脱退を表明した後、日本は残る10カ国を糾合してここまでこぎつけた。多国間主義、開放体制というリベラル国際秩序を守っていく上でその意義は大きい。

 フランスにとって日本のTPPにあたるものは、温暖化問題のパリ協定(2015年末合意)だ。トランプ大統領はパリ協定からの離脱も表明したが、マクロン大統領は同協定を21世紀の多国間協力、開放体制のモデルとする。

 日本と欧州連合(EU)は昨年12月、経済連携協定(EPA)の交渉妥結を確認し、今年半ばに署名する。トランプ政権米国第一主義に抗するように、日欧は多国間主義の強化へ動いている。それを主導するのが日仏だ。

 リベラルな国際秩序を理論化した著名な米プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授は、昨年のフォーリン・アフェアーズ誌(5・6月号)で、リベラル国際秩序のため各国指導者の奮起を促し、その中で「多くが安倍首相メルケル首相の肩にかかっている。リベラル国際秩序を支えるため残された重要な2人である」と指摘した。

 この論文メルケル首相総選挙指導力を失う前で、現在に置き換えると安倍首相マクロン大統領となる。

 世界を飛び回る2人の外交手法は似ている。トランプ大統領と親密な関係を持ち、その懐に入ることで米国の政策を変えさせようとしている。最近来日したルドリアン外相は記者懇談で「政策が違っても正しいと思うことを直言し、溝を埋めようとしている」と、米大統領と密に接触するマクロン大統領を説明した。

 ロシアトルコなど権威主義的な指導者ともいい関係を保持するのも似ている。米国一辺倒でなく、米国とそれ以外の国とのパイプ役も果たすというスタンスをとる。

 国連安保理常任理事国フランスと、そうでない日本の重みは異なる。それでもリベラル国際秩序の擁護で日本は世界第3の経済力に見合う外交を進めていると見るべきかもしれない。(客員編集委員


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経済観測 下落局面 忘れていいのか=インターネットイニシアティブ会長・鈴木幸一
毎日新聞 2018年2月9日 東京朝刊

 金融市場は何度でも同じことを繰り返す。資産の運用は必ずリスクがある。リスクをコントロールする高度な手法が生まれても、リスクなしに利益を生む資産運用はない。

 2年間も平和で上昇局面が続いた米国株の急落を受けて、6日の日本市場日経平均株価が1000円を超す暴落となった。歴史的な低金利にも支えられ、世界経済回復基調にあり、2017年10〜12月期は約80%の米企業の業績がアナリストの予想を上回った。日本企業の業績も極めて堅調である。株価ばかりでなく、ほとんどのリスク資産が高水準という状況における急激な暴落である。

 このところ高値更新を続ける米国株式市場に対しては、当初危ぶむ見方も強かったが、いつの間にか慣れてしまい、下落局面を忘れるほどになっていた。下落局面を忘れるとなれば、個人投資家が陥るように資産の急騰を支えるレバレッジ借入金)が拡大する。レバレッジが拡大している局面で急激な下落になれば、レバレッジを利かせているほど、売りを強いられることになる。短期的に見れば、堅調なファンダメンタルズ経済の基礎的諸条件)と関係なく、急落が急落を招くことになる。

 それにしても、資産運用は下落局面の市場を想定しながらするのが基本だが、同じような繰り返しを重ねるのが金融市場のようだ。アルゴリズム取引などの自動売買が、市場の動きを増幅させることは言うまでもないが、上昇局面が長く続くと、下落局面を忘れるというメカニズムだけは変わることがないようだ。

 世界経済回復しつつあり、ファンダメンタルズも堅調である状況においては、今回の株価下落をより深刻な事態の前触れとは思えないのだが、そんな見方もまた楽観的に過ぎるのかもしれない。


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憂楽帳 母娘関係
毎日新聞 2018年2月9日 大阪夕刊 【北林靖彦】
 
「お母さん、娘をやめていいですか?」「明日の約束」「過保護のカホコ」。成人した娘に過干渉する母を描いたドラマが昨年、相次いで放送された。なぜ、このテーマなのか。番組プロデューサーは「虐待のような支配的な母娘関係より、一見問題がなさそうでも、その底にゆがみや闇を抱えた関係の方が現代的」「母娘の問題がネットで言えるようになったのがきっかけ。娘への愛し方が間違っていることを伝えたかった」という。

 ドラマは社会を映す鏡だ。大阪市内で相談室を開く臨床心理士によると「冬彦さん現象」と呼ばれたマザーコンプレックスの息子と母の関係より、母娘に関する相談が増えたのは10年余り前から。背景には少子化や女性の高学歴化で母が果たせなかった夢を同性の子供に託そうとする傾向が強まったこと、父親存在感の低下がある。「あなたのためよ、とゆがんだ愛情で縛る。そんな時、娘に予期せぬ彼氏ができたりしたら、一体感が崩れたと感じて過干渉になる」

 ドラマは子離れで一件落着したが、現実は甘くない。男の私も家族を持つ身、人ごとにはできない。【北林靖彦】

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2018-02-08

【こよみ 平成30年02月08日(木)立春 旧暦十二月廿三日(仏滅)小潮 】 01候 東風解凍  立春初候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日)下弦 薬師縁日 事始め、針供養、〒マークの日、ロカビリーの日、節忌

2018.02.08(木)七十二候 立春初候 01候 東風解凍  はるかぜこおりを解く
東風が厚い氷を解かし始める 02月04日(日)〜02月08日(木)

米の日(毎月)

二十四節気雑節
下弦

半月。月と太陽の黄経差が270°となる日。

事始め
一年中の「農の事始め」がこの日にある。

針供養

縫い針を休め、折れた針を供養する日として、古くから行われている行事。豆腐やコンニャクに古い針を刺して川や海に流したり、折れた針を紙に包み、神社に納めたりする。場所によっては12月8日に行うところもある。

〒(郵便)マークの日
1887年(明治20年)に逓信省(郵政省の前身)のマークが逓信の「テイ」に合わせて甲乙丙丁の「丁(てい)」に決定したが、万国共通の郵便料金不足の記号「T」と紛らわしいことがわかり、6日後の14日に「テイシンショウ」の「テ」を図案化した「〒」印に変更した。

薬師縁日

薬師如来の縁日(毎月8日)

ロカビリーの日
1958(昭和33)年、有楽町日劇でウェスタンカーニバルが開かれた。

[著名人の誕生日・命日]
節忌

歌人小説家長塚節の1915(大正4)年の忌日。

新羅使節派遣(584)
フランス王妃スコットランドの女王メアリー・ステュワートが断頭台で処刑される。44歳(1587)
新聞紙刊行条例を制定して新聞の発行を許す(1869)
開拓使を廃止。北海道函館札幌根室の3県を置く(1882)
逓信省のマークが逓信の「テイ」に合わせ、甲乙丙丁の丁と決定(ところが万国共通の郵便料金不足の「T」と紛らわしいことがわかり6日後の14日、カタカナの「テ」に改め、それを図案化した「〒」印に変更)(1887)
アメリカボーイスカウト運動始まる(1907)
▲日本本土からアメリカ地上軍の撤退が完了(1958)
▲第1回「日劇ウエスタンカーニバル」開催、ロカビリー旋風が吹き荒れる(1958)
関西電力の黒部トンネル貫通(1959)
イラクバース党クーデター(1963)
▲ホテル・ニュージャパンで火災、死者33人、重軽傷29人(1982)
▲男子高校生の平均身長、170cm大台に(1983)

誕生:ラスキン(芸術評論家1819) ジュール・ベルヌ(1828) 
   フェノロサ(美術研究家1853) 久米明(ナレーター1924) 
   ジャック・レモン(俳優1925) ジェームズ・ディーン(俳優1931) 
   やまもと寛斎(服飾デザイナー1944) 三遊亭楽太郎(落語家1950)
   本田博太郎(俳優1951) 山田詠美(作家1959)

誕生花ゆきのした (Saxifrage)   花言葉:切実な愛情



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.08(木) 立春 


蝋梅やシルクロードの荷をほどく

  
毎日新聞 2018年2月8日 東京朝刊


 ◆今


 蝋梅(ろうばい)やシルクロードの荷をほどく 若森京子 
    

解題


 蝋梅の開いたようすが「シルクロードの荷をほどく」なのだろうか。あるいは、蝋梅のそばでシルクロードに旅した荷物をほどいているのかも。どちらにしても、蝋梅とシルクロードの取り合わせが夢をふくらませる。作者は兵庫県三田市に住む。若い日からの私の俳句仲間である。「すこし濡(ぬ)れて馬の匂いの春炬燵(ごたつ)」も京子の秀作。<坪内稔典

語釈・晦渋語 &出典

作者は兵庫県三田市に住む。若い日からの私の俳句仲間である。「すこし濡(ぬ)れて馬の匂いの春炬燵(ごたつ)」も京子の秀作。<坪内稔典

鑑賞


 蝋梅の開いたようすが「シルクロードの荷をほどく」なのだろうか。あるいは、蝋梅のそばでシルクロードに旅した荷物をほどいているのかも。どちらにしても、蝋梅とシルクロードの取り合わせが夢をふくらませる

俳人

若森京子


 私が西宮市から、九鬼藩三万六千石の城下町で人口三万余りの三田市昭和44年に移り住んでもう45年経ちました。その間兵庫県ニュータウンを建設し、現在の人口は5年連続人口増加率日本1位になり4倍強に増えました。農村地域、旧市街地、ニュータウンが、他市と違った文化を展開しています。

 市内に約600基の古墳があり、6世紀から7世紀にかけて、現在の青野ダム周辺では須恵器すえきと呼ばれる焼物の生産が始まり、それ以来三田焼に至るまで1300年以上もの間各時代の先端技術を導入した焼物の産地でした。三田盆地が静かな湖であった頃に積った良質の粘土を原料とした三田焼も有名です。この地質や地形が祖先の営みと三田の特徴ある歴史・文化を育んだのです。

 100年前、帝国博物館の創設に尽力した男爵九鬼隆一が開設した日本初の私設博物館三田博物館でした。そして三田市ゆかりの一級美術、工芸品などを展示しましたが、戦争の影響で30年足らずで閉鎖しましたがそれに代わる担い手として多彩な文化活動があります。

 日本に初めてビール・マッチ・写真機を発明した化学者川本幸民氏をはじめ、白洲退蔵、数学者の元良勇次郎など沢山の偉人を排出しました。天才彫刻家、天岡均一も三田出身です。大阪中之島難波橋に鎮座する4頭のライオンの制作者です。

 私はこの豊潤な土壌の三田市生活をして特に俳句に関わり、金子兜太の結社「海程」同人ですが、現在三田俳句協会の三代目会長として15年経ちました。

 第1回の昭和43年11月の文化祭は、忠魂堂にて行われました。俳句同好者が一堂に会したのはこれが初めてと思われます。1代会長川本水仙先生と2代会長岸本亮史先生をもとに互選で行われたと記録に残っております。この年迄は俳句同好者は個々に結社や新聞等に投句されていたようですが人数は定かではありません。

 平成2年6月に三田俳句協会設立総会があり、青葉俳句会、花菜句会、しぐなる句会、茜草句会、春水句会、若緑俳句会、海程俳句会の7グループ約85名で協会設立しました。この年の6月に第1回神戸三田国際公園都市交流俳句大会が開催され、秋の文化祭と春の交流俳句大会(神戸新聞社後援)の年2回の俳句大会が続けられています。

 又、俳句協会会報「俳句」がこの年に創刊され、年に1度発行され23号になりました。

 昨年の6月の国際交流俳句大会は第24回を迎え、11月の文化祭俳句大会は第46回を迎えました。

 私の記憶では、外部からの選者の変遷は多々ありましたが吉本伊智朗、小泉八重子、板谷芳浄先生は初期よりお世話になっており、中井之夫、土肥幸弘先生も長く、高橋可子、古川起与先生にも大変お世話になっております。

 これからも可能な限り継続していかねばと思っております



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=========初春 2018.02.08(木) 立春 (近頃の世情))=========
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木語 30億人の大移動=坂東賢治
毎日新聞 2018年2月8日 東京朝刊
 <moku−go>

 中国や日本で長く使われた旧暦太陰太陽暦だ。日付は月の満ち欠けに基づくが、1太陽年を24等分した立春夏至などの二十四節気と組み合わせて運用された。

 二十四節気は季節を正確に表すが、旧暦では毎年、日付が変動した。立春旧正月の前後約15日の間に来る。新年を迎える前なら年内立春、年明け後なら新年立春と呼ぶ。

 2月16日に旧正月を迎える今年は年内立春だ。古今和歌集に「年のうちに春は来にけりひととせを去年(こぞ)とや言はむ今年とや言はむ」と年内立春を詠んだ歌がある。

 二十四節気では立春が1年の起点だが、日付でいえば旧正月が1年の始まりだ。立春から大みそかまでは去年なのか今年なのかという「おかしみ」が込められているそうだ。

 日本では1873年から西暦を採用し、旧暦季節感は徐々に失われた。中国も1911年の辛亥革命後、西暦を採用したが、旧正月を祝う習慣はなくならなかった。

 孫文に代わって大総統の座についた袁世凱(えんせいがい)は旧正月を「春節」と名付け、祝日とすることを決めた。孫文は不満だったが、「春節」が定着していった。

 その後も国民党が西暦への全面移行を目指して春節の廃止を打ち出すなどしたが、反発が大きく、失敗に終わっている。共産党はむしろ、春節擁護派だったという。

 日本でも旧正月を祝う習慣は地方を中心に長く残ったが、国民的行事ではなくなった。今も旧正月を祝う中国朝鮮半島ベトナムとの違いはどこにあるのか。比較文化論として興味深い論点だ。

 日本では西暦採用などの「脱亜入欧」が近代化に成功した要因と考えられてきた。しかし、中国韓国経済発展に成功したことを考えると、再考が必要かもしれない。

 中国では春節をはさんだ2月1日から3月12日までの40日間を「春運」と呼び、延べ約30億人が帰省などで移動する。人類の周期的な移動としては世界最多だそうだ。

 公休日は2月15日から21日までの1週間。この間、約650万人が海外にでかけ、約1兆7000億円を消費すると推定されている。日本はタイに次ぐ第2の人気旅行先だ。観光地には中国人旅行客がどっと押し寄せるだろう。

 もし、中国人新暦の正月を祝うようになっていたらどうなっていたことか。日本人も正月休みに宿を取るのにもっと苦労したのではないか。近代化の過程で日中両国の進む道が違ったことが幸いしたといえなくもない。(専門編集委員

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経済観測 インフルエンザにかかって=東洋大学国際学部教授・横江公美
毎日新聞 2018年2月8日 東京朝刊

 インフルエンザA型にかかった。前日からの空せきが治まらず、熱はないが体の関節がどんどん痛くなる。翌日の仕事を考えて、日曜夜診療を受けた。この経験から、行政に二つのお願いができた。

 一つは、受診が早過ぎて陰性と出ても医師が明らかにインフルエンザだと判断できる場合の処方箋である。私の場合、検査は陰性だったが、医師は「症状を見る限りインフルエンザなので、今後、熱が出たらすぐに病院に行ってください。今の段階で薬は出せません」とのことだった。その後、どんどん調子が悪くなり、3時間後に体温を測ったら39度近い。翌日の仕事をすべてキャンセルした。

 翌日、水も飲みこめない、立ち上がるのもつらい状況で、雪が舞う中、近所の医院に行った。結果は陽性。処方された2本の吸入薬を使ったら、まるで別人のように楽になった。薬の威力に驚いた。前日のうちに薬がもらえたら楽だったのに、と考えてしまった。

 後日、新たな問題が発生した。日曜診療のお釣りだ。診察を受けた時、支払いは1万円で「1週間以内にお釣りを取りに来てください」という紙を渡された。インフルエンザは完治にほぼ1週間かかる。そうなると家族がいない人はいつ取りにいけるのか。

 知人らは「町医者の日曜診療の支払いはそんなものですよ」と口をそろえる。日曜診療だから1万円と決まっていてそれを承知でいけば、納得する。だが、これから1人暮らしが増えることを考えると、1週間規定を変更すべきではないかとまで考えた。

 10日たって病院に行ったら、すぐに7000円と領収書を返してくれた。ほっとしたが、日曜夜間診療の支払い基準はわかりやすい決まりがあってもいいのではないかと思う。



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憂楽帳 涙をふいて
毎日新聞 2018年2月8日 大阪夕刊 【野村和史】

 二十数年ぶりに、かつての学び舎(や)を訪れた。今春の選抜高校野球大会の21世紀枠候補校だった高知追手前。昨年末、記者になって初めて母校を取材する機会に恵まれた。

 卒業後は数回足を踏み入れただけだったが、敷地内の多くは在校時のままに見えた。野球部の練習量や礼儀正しさは当時から際立っていたことを思い出すと同時に、並以下の選手ながらサッカー部でボールを追っていた自身の記憶もよみがえった。候補校になったことで久々に連絡をくれた旧友もいた。多くの人が出身校の甲子園出場に盛り上がるのは勝敗はもとより、球児たちの姿に自身の高校時代を重ねたり、人の輪が広がる喜びもあったりするからだと改めて感じる。

 先月26日の選考委員会で、同校に吉報は届かなかった。「候補校になったのは自分たちの力だけでない」と口をそろえていた選手たちの涙には、周囲の期待に応えられなかった無念さもあっただろう。だが、過剰に背負い込む必要はない。71年ぶりの大舞台に迫った彼らの努力そのものに、勇気づけられた人はたくさんいる。【野村和史】

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2018-02-07

【こよみ 平成30年02月07日(水)立春 旧暦十二月廿二日(先負)小潮 】 01候 東風解凍  立春初候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日)初午 初午大祭 北方領土の日 長野の日 瓜人忌

2018.02.07(水)七十二候 立春初候 01候 東風解凍  はるかぜこおりを解く
東風が厚い氷を解かし始める 02月04日(日)〜02月08日(木)

初午(はつうま) 初午大祭
2月最初の午(うま)の日(2018年は2月7日)。 本来は、農作業が始まる旧暦の2月に行われていました。 711年(和銅4年・奈良時代)のこの日に、稲荷社の本社である京都伏見稲荷大社稲荷大神が鎮座されたといわれています。 この日をしのび、伏見稲荷大社をはじめ、愛知豊川稲荷佐賀祐徳稲荷神社など、全国の稲荷神社で盛大にお祭り(初午大祭)が行われます。

長野の日(オリンピックメモリアルデー)
1998年(平成10年)に長野冬季オリンピックの開会式が行われたことを記念して日本青年会議所北陸信越地区長野ブロック協議会が制定。開会式は午前11時にスタート。長野市南長野運動公園で行われた。

北方領土の日

1981年(昭和56年)に閣議決定されたが、その由来は1855年のこの日(旧暦安政元年12月21日)日露通商友好条約が締結され、北方四島が日本固有の領土として認められたことから。

福井県ふるさとの日
福井県が1982(昭和57)年に制定。 1881(明治14)年、石川県滋賀県から越前・若狭を分離して福井県が設置された。

[著名人の誕生日・命日]
瓜人忌

俳人・相生垣瓜人の1985(昭和60)年の忌日。

花久忌(はなきゅうき)
誹風柳多留の出版元、花屋久次郎(文化14年1月30日(1817年3月17日)没)を偲ぶ法要が東岳寺で行われる。

源義経が一ノ谷のひよどり越えから坂落としの奇襲作戦を敢行して平家を破る (一の谷の合戦)(1184)
参勤交代の従者の人数を制限(1653)
湯島聖堂昌平坂学問所が完成(1690)
▲山脇東洋らがわが国初の人体解剖(1754)
日露和親条約締結で北方領土が日本固有の領土として認められた(1855)。 北方四島とは、国後、色丹、択捉、歯舞
明治政府、日本古来の習慣“あだ討ち”を禁止(1873)
▲中学校令・実業学校令・高等女学校令を公布(1899)
大正天皇大喪の礼が行われる(1927)
太平洋戦争日本軍ガダルカナル島戦に敗れ撤退完了(1943)
▲米軍機が北ベトナムのドンホイを初めて爆撃(1948)
東京の電話局番が3桁に(1960)
ビートルズアメリカ上陸(1964)
スペースシャトル「チャレンジャー」の2飛行士命綱なしの宇宙遊泳に成功(1984)
長野冬季五輪開幕(1998)

誕生:トーマス・モア(政治家1478) チャールズディケンズ(作家1812) 
   S・ルイス(作家1885) 愛新覚羅溥儀(清朝第12代皇帝1906) 
   津島恵子(女優1926) ジュリエット・グレコ(歌手1927) 
   バーブ佐竹(歌手1935) 阿久悠(作詞家1937) 小林稔侍(俳優1943)
   青島美幸(エッセイスト1959) 有村かおり(アナウンサー1959) 
   香坂みゆき(女優1963) クリスティン・オットー(水泳選手1966) 
   
誕生花:わすれな草 (Forget-Me-Not)   花言葉:私を忘れないで



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.07(水) 立春 


栃木にいろいろ雨のたましいもいたり 
 

毎日新聞 2018年2月7日 東京朝刊


 ◆昔


 栃木にいろいろ雨のたましいもいたり 阿部完市
       

解題



 昨日、「栃木かな春の焚火(たきび)を七つ見て」(西村麒麟(きりん))を話題にしたが、麒麟はこの完市の句を踏まえているかも。今日の句、栃木にいろいろと雨の魂がいる、というのだが、雨の魂とは何か。なんだか呪文の一節みたい。でも、栃木に行って、雨の魂に会ってみたい気になる。完市の句は1973年の無季の句。当時、俳壇で広く話題になった。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

 昨日、「栃木かな春の焚火(たきび)を七つ見て」(西村麒麟(きりん))を話題にしたが、麒麟はこの完市の句を踏まえているかも。完市の句は1973年の無季の句。当時、俳壇で広く話題になった。<坪内稔典

鑑賞

今日の句、栃木にいろいろと雨の魂がいる、というのだが、雨の魂とは何か。なんだか呪文の一節みたい。でも、栃木に行って、雨の魂に会ってみたい気になる。

俳人

阿部完市


(あべ かんいち、1928年1月25日 - 2009年2月19日)は、俳人精神科医東京生まれ。金沢医科大学付属医学専門部(現金沢大学医学部)卒。1950年より勤務先の病院の俳句グループで作句をはじめる。1951年、日野草城の「青玄」入会、1952年西村白雲郷の「未完」入会、1953年高柳重信の「俳句評論」入会。1962年金子兜太の「海程」4号より入会、同人1965年第2回海程賞、1970年第17回現代俳句協会賞。1974年より「海程」編集長。現代俳句協会、国際俳句交流協会日本ペンクラブ会員。現代俳句協会では1997年から2008年まで副会長を務めた。句集に『無帽』『絵本の空』『純白諸事』『軽のやまめ』など、評論に『俳句幻形』『俳句心景』など。2009年、81歳で死去。




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=========初春 2018.02.07(水) 立春 (近頃の世情))=========
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社説 米金利上昇で世界株安 新たな局面へ覚悟が要る
毎日新聞 2018年2月7日 東京朝刊

 急激過ぎた株高の一時的反動か、それとも潮目の本格的変調か。

 ニューヨーク株式市場大幅続落が日本を含め世界に波及した。東京市場日経平均株価が2日間で計1600円超の値下がりである。

 注目すべきは、急落のきっかけだ。米国の雇用統計で、賃金上昇率が高水準になったことである。

 本来、経済にとって良い話題のはずだ。ところが、史上最大の株価下落につながった。

 景気改善が進めば米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げのペースが上がる可能性がある。それを見越し長期金利が上昇した。金利上昇は株高への終止符とならないか。不安が広がった。

 裏を返せば、これまでの株高や資産価格全般の高騰が、いかに低インフレ、低金利政策に依存したものだったかということだ。

 FRB議長に就任したその日、株価の記録的下落に見舞われたパウエル氏には、厳しい船出となった。市場の動揺を気にし過ぎて利上げが遅れると、本格的なインフレバブルを招きかねない。反対に利上げが投資家の不安心理をかき立て過ぎると、景気全体にも悪影響が及ぶ。

 こうした試練は、FRBをはじめ主要国の中央銀行が、リーマン・ショック後、大規模な金融緩和に踏み出した時点で懸念されていた。劇薬のように強い刺激策は、出口政策に向かうと、市場の反動に見舞われるという逆説である。

 これは、FRBより過激金融緩和を、より長期間実施している日銀にとって、示唆に富む事態といえそうだ。

 日銀黒田東彦総裁は4月初めに5年の任期が満了を迎える。異次元緩和と称される前例のない大規模緩和を導入した張本人だが、続投となっても交代となっても、市場は従来の政策からの変化を過敏に嗅ぎ取ろうとするだろう。

 実際、黒田総裁がやや楽観的な物価見通しを示しただけで、円高が進んだ。政策の目標達成が最大の不安材料になるというのが、異次元緩和に内在する矛盾なのである。

 いずれにせよ、「今まで通り」の継続を想定できない局面に入ったということだろう。市場関係者も政策担当者も覚悟が必要だ。

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経済観測 地域包括ケアとCCRC=ローカルファースト研究所代表取締役・関幸子
毎日新聞 2018年2月7日 東京朝刊

 国立社会保障・人口問題研究所は、2030年に東京神奈川埼玉千葉の1都3県の65歳以上の高齢者人口が989万人に達すると予測している。いわば首都圏は、12年後に1000万人もの高齢者を抱える「老いた地域」となる。さらに、その6割を75歳以上の後期高齢者が占め、要介護の領域に入るという厳しい社会が待っている。

 こうした中で23区などの高齢者急増自治体では、地域包括ケア制度を導入。要介護状態でも住み慣れた地域で最後まで暮らせるよう、住宅・医療介護・予防・生活支援を一体的に提供できる仕組み作りを急いでいる。特養ホームやサービス付き高齢者住宅などの施設整備、見守りサービスなどを拡充し、高齢者を誰一人、地域から出さない囲い込み政策をとっている。

 一方で、人口減少地域では、高齢者自体の減少に伴い、医療介護などの需要も減少し、施設などに余裕が出てきている。国は、こうした都心と地方の高齢化需要の差をうまく利用して、首都圏高齢者が、自らの希望で地方に移り住み、健康でアクティブな生活を送り、医療介護が必要な時には継続的なケアを受けられる地域づくりとなるCCRC事業(Continuing Care Retirement Community)を進めている。

 元気なうちに移住した高齢者が、地方で積極的に就労や社会活動に参画することにより、地方の活性化にも期待が寄せられている。30年には、筆者も1000万人の高齢者の中の一人となる。首都圏高齢者全員を地域内で介護することは非現実的でお金もかかる。CCRC制度も活用した柔軟な対応が求められている。全国を訪問する中で、ひそかに住んでみたい地域のランキングを作成している。最後どこで暮らすのか、そろそろ真剣に考えているところだ。

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憂楽帳 GSの看護師
毎日新聞 2018年2月7日 大阪夕刊 【塩路佳子】

 奈良県北部にあり、高齢化率が44%に達する山添村。村内に数少ないガソリンスタンド(GS)の一つに毎週、若い女性看護師が現れる。訪れる人がいると積極的に声を掛け、体調を尋ねたり、インフルエンザへの注意を呼び掛けたり。

 看護師横浜市出身の荏原優子さん(31)。地域住民と日常的に接し、病気の早期発見や病院への橋渡しにあたる「コミュニティナース」として活動するため昨春、村に移り住んだ。「さまざまな世代が立ち寄る」と拠点に選んだのがGS。ふらっと訪れたお年寄りが農作業の話をしながら「体、しんどいねん」と漏らすことも。「病院にはないコミュニケーションがある」とほほ笑む。

 かつて総合病院の救命救急センターで日々、死と向き合った。「身近に相談できる人がいて、早く医療行為を受けられていれば」。その悔しさが、活動の原点にある。村では住民と一緒に流しそうめん会を開くなど地域活動にも参加し、少しでも溶け込もうと躍起だ。

 人は、集い、交われる場があってこそ元気でいられる。高齢化の村を変える潤滑油になってほしい。【塩路佳子】

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2018-02-06

【こよみ 平成30年02月06日(火)立春 旧暦十二月廿一日(友引)中潮 】 01候 東風解凍  立春初候 さっぽろ雪まつり(札幌市、2/5―12日) 海苔の日 抹茶の日 句仏忌

2018.02.06(火) 七十二候 立春初候 01候 東風解凍  はるかぜこおりを解く
東風が厚い氷を解かし始める 02月04日(日)〜02月08日(木)

抹茶の日
愛知県西尾市茶業振興協議会が西尾茶創業120年を記念して制定。 茶道で釜をかけて湯をわかす道具「風炉」から「ふ(2)ろ(6)」の語呂合せ。

海苔の日

1967年(昭和42年)に、全国海苔貝類漁業協同組合連合会が制定した日で、海苔の需要拡大を目指したPRデー。701年の(大宝元年)制定の大宝律令で、海苔が年貢のひとつに指定されたことに基づき、翌年の律令施行日が2月6日だったため、この日になったという。

[著名人の誕生日・命日]
句仏忌

東本願寺23代法主俳人の大谷光演(彰如)の1943(昭和18)年の忌日。
フランスアメリカ合衆国承認(1778)
▲ワイタンギ条約締結でニュージーランド、英領に(1840)
日本政府ロシアに国交断絶を通告(1904)
ワシントン海軍軍縮条約中国に関する9か国条約が調印(1922)
▲パリで極右ファシスト団体が警官隊と衝突(1934)
▲帝劇第1回ミュージカル開催(1951)
▲週間新潮創刊(1956)
札幌オリンピックの70メートル級ジャンプで笠谷、金野、青地の3人が金・銀・銅のメダルを独占(1972)
パレスチナ・コマンド、在クウェート日本大使館占拠(1974)
▲米上院で、ロッキード社より日本政府高官への現金贈与が証言されロッキード事件の発端となる(1976)
ブラックホール発見(1979)
レバノン内戦勃発(1984)

誕生:アン女王(1665) 松浦武四郎(北海道と命名した探検家1818) 
   ベーブ・ルース(プロ野球選手1895) 亀井勝一郎(文芸評論家1907)
   ロナルド・レーガン(第40代米大統領1911) やなせたかし(漫画家1919)
   寿美花代(女優1932) フランソワ・トリュフォー(映画監督1932) 
   ナタリー・コール(歌手1950) 春風亭小朝(落語家1955) 
   キャシー中島(タレント1952) ミミ萩原(1956)
   大槻ケンヂ[筋肉少女帯](歌手1966) 福山雅治(歌手・俳優1969) 
   坂井泉水[ZARD](歌手1969) 遠藤愛(テニス選手1971) アンパンマン
   
誕生花:いわれんげ (Horse-Leek)   花言葉:家事に勤勉





季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.06(火) 立春 


 栃木かな春の焚火を七つ見て 


毎日新聞 2018年2月6日 東京朝刊


 ◆今


  栃木かな春の焚火(たきび)を七つ見て 西村麒麟(きりん) 
   

解題


 ここはいかにも栃木だなあ。春のたき火を七つも見たよ、という句。今日、たき火は一般的には禁止されており農業関係などで許されているのみ。だから、普通は、七つもたき火を見ることがないのだ。この句、たき火が残る栃木をたたえているのだろう。句集「鴨(かも)」(文学の森)から引いた。作者は1983年大阪市生まれ。川崎市に住む。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

句集「鴨(かも)」(文学の森)から引いた。作者は1983年大阪市生まれ。川崎市に住む。<坪内稔典

鑑賞

 ここはいかにも栃木だなあ。春のたき火を七つも見たよ、という句。今日、たき火は一般的には禁止されており農業関係などで許されているのみ。だから、普通は、七つもたき火を見ることがないのだ。この句、たき火が残る栃木をたたえているのだろう。

俳人

西村麒麟


(にしむら きりん、1983年8月14日 - )は、俳人大阪市に生まれ、18歳まで広島県尾道市で育つ。2002年高知大学入学。2005年「古志」入会、長谷川櫂に師事。2009年、第1回古志新人賞、第1回石田波郷新人賞受賞。2013年12月、第一句集『鶉』を私家版で出版。2014年、第4回芝不器男俳句新人賞にて大石悦子奨励賞、『鶉』で第5回田中裕明賞受賞。句風は「飄逸」「現代の隠者」風などと評されており[1][2]、関悦史は「嫁がゐて四月で全く言ふ事無し」などの句について「安寧自足がそのまま俳諧的ずらしにつながる機微」を指摘する[3]。芝不器男賞の選評では先人の名を詠み込んだ句も評価された[4]。「古志」同人



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=========初春 2018.02.06(火) 立春 (近頃の世情))=========
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火論 龍馬が泣く?=玉木研二
毎日新聞 2018年2月6日 東京朝刊
 <ka−ron>

 今の高校歴史教科書は「知識」を詰め込み過ぎ、半分に減らそうという。高校、大学教員らがつくる「高大連携歴史教育研究会」が提起した教科書本文の用語精選案が話題だ。会はこの案に意見を募っている。

 概念、制度、事件など用語は多様だが、坂本龍馬吉田松陰クレオパトラら歴史ドラマのスターたちの退場に関心は傾く。武田信玄上杉謙信もさらば、となることに驚く人も少なくないようだ。

 大きな歴史の流れ、変化に照らし、その役割や新たな評価などを反映した。だが、人物の棚卸しが目的ではない。高校の歴史科目を「受験のための暗記物」からどう脱却させるか、そこが肝心だ。

 研究会の会長、油井大三郎東京大学名誉教授は「暗記に費やす時間を、調べ、思考し、討論するような学習に回してほしい」と言う。

 現在主な教科書に載る歴史用語は各3400から3800程度で、1950年代に比べ3倍近くに。大学入試に出ると上乗せしてきたからだ。暗記が負担で歴史科目離れする生徒も多いという。

 日本史で1856語、世界史で1835語に絞った今回の精選案は、この悪循環を断ち、これを入試で問う基本的な知識と想定する。教科書会社の協力が必要だが、何より、思考力を導き出す教員にかかるところが大きい。

 大学入試。暗記知識の多寡でふるいにかけるなら「優劣」がはっきり出て、ミスも起きにくいが、加えてもっと思考力を問うには相当に入念な準備と見極めの力がいる。

 また実際に暗記知識量を減らすとなると、「学力低下」を懸念する声も上がる。なじみの歴史上の人物が教科書本文から消えれば「今学校はこんなことも教えていないのか」といぶかるだろう。暗記より難しい学習をしている、と説いても通用するかどうか。

 かつて「ゆとり教育」をめぐり円周率を3・14ではなく3と子供に教える」などという誤解が独り歩きしたことを思い起こす。

 こういう指摘もある。

 ヒット作が多い映画監督が当たらなかった若者向け時代劇(自作品中興行収入が最低だったという)についてぼやいた。「学校の教育が悪い。きちんと基本的な歴史を教えていないからセリフの意味や時代背景がわからない」

 テレビ、映画で時代劇づくりの低迷がいわれるようになって久しい。要因はさまざまだろうが、監督の弁、八つ当たり半分としても、これも興味深い問題提起である。(客員編集委員

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経済観測 シェール革命とトランプ=国際公共政策研究センター理事長・田中直毅
毎日新聞 2018年2月6日 東京朝刊

 トランプ米大統領の登場で、米国政治の可視性は大幅に損なわれた。各省の主要ポストには空きが多く、孤立主義保護主義、また国際的な制度設計思想を欠く2国間交渉主義が横行する。では、米国経済の安定性はどう説明するのか。

 ジョージ・W・ブッシュ政権では、原油輸入依存度が高まり、エタノール生産のためのトウモロコシ栽培農地が拡大した。しかし、その持続性は疑問で、ブッシュ大統領ブラジルサンパウロこそが世界市場、と一歩譲った。

 オバマ政権の下ではシェール革命が進んだ。2014年後半に中国経済の減速が明らかになると、14カ国からなる石油輸出国機構(OPEC)はサウジアラビアの主導のもと、むしろ増産に転じた。原油価格の40ドル割れは、シェールオイルに打撃を与えるはずで、OPECの主導権再確立のためだった。

 ところが米国では、一部のシェールオイル掘削業者撤収は出たが、技術革新やコスト削減はむしろ進んだ。OPECの戦略は失敗に帰した。

 国際エネルギー機関(IEA)の18年予測は米国原油生産は日量1000万バレルを超え、サウジを上回り、ロシアに迫る。中期的にみれば、なお増産の余地があり、リビアナイジェリアイランベネズエラなどでの政治変動さえも吸収できよう。トランプ政権にはシェール革命の恩恵という巡り合わせがある。

 エネルギー省は、非伝統的原油の掘削にあたって、海洋における高温、高圧での掘削時の油漏れ防止策やパイプラインの被覆などに資金助成を行う。エネルギー自立から、世界への供給余力の確保までをにらむ。トランプ大統領の「横着」が世界的不安定要因とならなかったひとつの理由はシェール革命だ。

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憂楽帳 足湯でつながる
毎日新聞2018年2月6日 大阪夕刊 【土屋渓】

 大阪府大東市の大手携帯電話ショップが、待ち時間などに足湯につかってもらうサービスを始めたと聞いて行ってみた。入り口にかけられたのれんには「ふっとばす」の文字。スマートフォンの修理や待ち時間のストレスは、Foot bath(フットバス=足湯)につかって吹っ飛ばして、という意味らしい。

 絶妙なネーミングにつられてか、昨年末のオープン以降、親子連れなど4組に1組の割合で利用する。若い女性にも人気という。まさか店内に湯があるとは思わないから、店のスタッフも積極的に勧めてくれる。入ってみると、日ごろのストレスも吹っ飛ぶ心地よさ。身も心も温まり、私の中の携帯ショップのイメージを一変させるインパクトがあった。

 店長は「地域とのつながりを大事にしたくて」。通信業界は店舗を持たない格安スマホが参入し、大手から乗り換える人も多い。ただ、操作方法など直接聞きたいことは結構ある。特に使い慣れない高齢者は多く、気軽に立ち寄れる店舗は貴重な存在だ。今後は足湯スマホ教室も開きたいそう。電話も人もつながる温かい場所になりそうだ。【土屋渓】

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2018-02-05

【こよみ 平成30年02月05日(月)立春 旧暦十二月廿日(先勝)中潮 】 01候 東風解凍  立春初候 長崎二十六聖人殉教の日 プロ野球の日(職業野球連盟設立の日)たまごの日

2018.02.05(月) 七十二候 立春初候 01候 東風解凍  はるかぜこおりを解く
東風が厚い氷を解かし始める 02月04日(日)〜02月08日(木)

長崎26聖人殉教の日
1597年のこの日、豊臣秀吉がフランシスコ派の宣教師6名と日本人信徒20人を長崎で磔の刑に処した。なお、この「日本26聖人殉教地」は1950年(昭和25年)、ローマ教皇ピオ十二世によってカトリック教徒の公式巡礼地に指定された。ヨハネ・パウロ2世も訪問。

聖アガタの祝日
キリスト教聖人アガタは、自己の信仰のためにシチリアの王に嫁ぐことを拒否し、そのために乳房を切取られたと言われます。

たまごの日
毎月5日。日本養鶏協会、日本卵業協会など関係団体が制定。

プロ野球の日
1936年(昭和11年)に全日本職業野球連盟が結成され、プロ野球が誕生した。当時の加盟チームは「東京巨人軍」「大阪タイガース」「名古屋軍」「阪急」「セネタース」「大東京」「名古屋金鯱軍」の7球団。


[諸外国の記念日]
憲法発布記念日

(メキシコ)


聖徳太子蘇我馬子らとともに「天皇記」「国記」を編纂(620)
興福寺東金堂が焼失(1089)
豊臣秀吉の命により、長崎フランシスコ会宣教師6人と、日本人信者2人を 1596年の12月、処刑(1597)
リンカーンが最初の政府紙幣を発行(1862)
政府、新貨鋳造を決め、造幣局設置(1869)
▲日本初の乗合自動車登場(1905)
早稲田慶応義塾私立大学として初めて認可(1920)
八幡製鉄所職工24000人がストライキ(1920)
インターポール創設(1923)
東京航空輸送会社、初のスチュワーデス採用試験。当時の呼称はエアガール(1931)
▲日本職業野球連盟結成。巨人軍ほか7チームが参加(1936)
アメリカアポロ14号月面軟着陸成功(1971)
▲全国の銀行、完全週休2日制に(1989)

誕生:ダンロップ(発明家1840) 寺内正毅(政治家1852) 若槻礼次郎(政治家1866)
   朝永三十郎(哲学者1871) 大河内伝次郎(俳優1898) 尾崎士郎(作家1898)
   美濃部亮吉(経済学者・元東京都知事1904) 山田五十鈴(女優1917) 
   西郷輝彦(1947) ナタリー・コール(歌手1950) 後藤次利(作曲家1952)
   ハンク・アーロン(プロ野球選手1953) 大地真央(女優1956) 
   竹内都子[ピンクの電話](1964) 川上麻衣子(女優1966) 
   森脇健児(タレント1967) ボビー・ブラウン(歌手1969) 藤原理恵(1970)
   
誕生花:しだ (Fern)   花言葉:愛らしさ



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.05(月) 立春 

  新聞休刊日 休載




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=========初春 2018.02.05(月) 立春 (近頃の世情))=========
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ウラから目線 ハーバード東大=福本容子
毎日新聞 2018年2月5日 東京夕刊

 アメリカ南部ルイジアナ州に住むアイルトン・リトル君(16)は、昨年12月、突然有名人になった。

 理由は彼の動画。投稿後、たちまち何百万回も再生され、主要メディアが次々と報道した。

 話題の動画とは−−。ハーバード大学合格をインターネット上で知った瞬間、激しく跳び上がり、大歓声の仲間たちにもみくちゃにされる、という内容だ。

 これ以上ない喜びぶりもさることながら、16歳の若さで超難関の名門大に受かったこと、彼や仲間の多くが黒人であること、貧しい母子家庭に育ったこと、なども感動を膨らませたのかもしれない。

 そのハーバード大入試。当然、読み、書き、数学の共通テストの点は大事だけど、満点でも4人に1人が落ちるとか。高校の成績に加え、課外活動や旅行の経験などもアピールする。先生2人からもらう紹介文も人となりを伝える重要資料だ。

 有利になると判断すれば、追加で作文を書いてもいいし、自慢の絵画や映像の提出もOK。地元で面接を受けるもよし。加点式なのだ。

 選考過程には人間味がにじむ。有望な逸材を掘り起こそうという意欲からだろう。共通テストの追加科目を経済的理由で受けられない人は、免除される。合格を祝福するツイッターには、「アイルトン、おめでとう」の後にクラッカーの絵文字も。

 時間もかける。通常入試の場合、出願から結果通知まで約3カ月。受験生1人につき、4人以上で1時間議論するそうだ。合格通知の後も、「他校の結果もあるだろうから」と、入学手続きを待ってあげる。

 さて、我らが東京大学は? センター試験7〜8科目に2次試験が5科目。2次試験から合格発表まで2週間足らずなのに、受験料は1万7000円とハーバードの2倍以上。しかも、銀行振り込み限定で、ゆうちょ銀行郵便局お断り、って。

 「いかなる理由があっても変更を認めません、返却しません」と「いかなる理由……」のオンパレード。合格通知から5日以内に入学料28万2000円を払わないと、「入学を辞退した者として取り扱う」って。

 「世界的視野をもった市民的エリート」の育成が使命というなら、まず試験をする側が世界的視野をもった方がよさそう。(論説委員

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憂楽帳 熱きくノ一
毎日新聞 2018年2月5日 大阪夕刊

 驚くほど、よく走るチームだった。女子サッカーなでしこリーグの「伊賀FCくノ一」。複数の選手が連動して相手陣深くまでボールを追い、奪取してはチャンスを作る。低予算のクラブチームだが、2012年は皇后杯で4強入りした。

 当時の監督は、元日本代表の大嶽直人さん(49)。10年の就任当初から「プレッシングサッカー」を掲げ、走力を重視する厳しい練習を課した。「応援してくれる人の心を動かすには、自分たちの“熱”を伝えなくては」との思いからだ。

 今季、大嶽さんが6年ぶりに監督復帰した。チームは昨季の低迷で2部リーグからのスタートだ。大嶽さんは昨年末、J2・京都サンガヘッドコーチを退任。他のJクラブからも声が掛かっていたが、古巣からのラブコールに「1年で1部に復帰させる。目標が明確でやりがいがある」と快諾した。以前と同様、選手たちにピッチで躍動してもらうつもりだ。

 チームの特徴が明快で、ひたむきさを感じさせるサッカーは面白い。リオ五輪出場を逃し、実力、人気ともにかつての輝きを失っている女子サッカーに、くノ一が熱い風を吹かせてほしい。【伝田賢史】


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2018-02-04

【こよみ 平成30年02月04日(日)立春 旧暦十二月十九日(赤口)中潮 】 01候 東風解凍  立春初候 西の日 みかんの日

二十四節気・七十二候・雑節
立春

二十四節気の一つ 旧暦正月節気 初めて春の気配が現れてくる

東風凍を解く(1候)
七十二候の一つ。立春初候 01候 東風解凍  はるかぜこおりを解く 東風が厚い氷を解かし始める 02月04日(日)〜02月08日(木) 

大石忌
1703(元禄16)年、前年に吉良邸に討入り主君の仇を討った大石内藏助以下赤穂浪士46人に幕府切腹を命じました。
死没 元禄16年2月4日(1703年3月20日)

銀閣寺の日
1482(延徳元)年、足利義政銀閣寺(東山山荘・慈照寺)の造営に着手しました。 当初、金閣寺(鹿苑寺)に倣って銀箔を貼る予定でしたが、実現されませんでした。

みかんの日
毎月第1日曜日

西の日
「に(2)し(4)」の語呂合せ。 この日に西の方へ向かうと、幸運に巡会えるとされています。

[諸外国の記念日]
スリランカ独立記念日

1948年のこの日、イギリス自治領セイロンとして独立した。1978年にはスリランカ共和国として、完全独立する。

中国の唐時代の僧・鑑真、入京(754)
平清盛死去。64歳(1181)
大石良雄らの赤穂浪士46人が切腹(1703)
ワシントンアメリカ合衆国初代大統領に(1789)
鉱毒問題で足尾銅山暴動始まる(1907)
ヒトラーがドイツ軍隊の統帥権を握る(1938)
▲米英ソ3巨頭、ソ連のヤルタで会談ソ連の対日参戦密約(1945)
全日空ボーイング機、東京湾に墜落。133人全員死亡(1966)
アメリカラオス侵攻作戦の開始を宣言(1971)

誕生:レジェ(画家1881) 伊藤深水(日本画家1898) リンドバーグ(飛行家1902)
   福田繁雄(グラフィックデザイナー1932) 加藤剛(俳優1938) 
   黒沢年男(1944) 森ミドリ(1947) 泉アキ(1950) 喜多郎(作曲家1953)
   山下達郎(作曲家・歌手1953) 時任三郎(俳優1958) 石原真理子(1964)
   中島恵利華(1965) 小泉今日子(1966) 草野満代(キャスター1967)
   佐々木蔵之介(俳優1968)
   
誕生花さくら草(赤) (Primrose)   花言葉:顧みられない美




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.04(日) 立春 


 はきはきと物言ふ子供春立ちぬ



毎日新聞 2018年2月4日 東京朝刊


 ◆昔


 はきはきと物言ふ子供春立ちぬ 山田みづえ
     

解題


 この句のような子どもだと、立春らしい快さをまわりに与えるだろう。残念ながら、私はそうではなかった。ぐずぐずして物をあまり言わない子だった。だから、言葉数の少ない俳句にひかれたのかもしれない。ともあれ、はきはきもぐずぐずもいて今日は立春だ。いよいよ春が始まった。「少年がもたれ二月の桜の木」は私の句。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

ともあれ、はきはきもぐずぐずもいて今日は立春だ。いよいよ春が始まった。「少年がもたれ二月の桜の木」は私の句。<坪内稔典


鑑賞

この句のような子どもだと、立春らしい快さをまわりに与えるだろう。残念ながら、私はそうではなかった。ぐずぐずして物をあまり言わない子だった。だから、言葉数の少ない俳句にひかれたのかもしれない。

俳人

山田みづえ

(やまだ みづえ、1926年7月12日 - 2013年5月18日)は、日本の俳人宮城県仙台市生まれ。国語学者山田孝雄の次女[1]。兄に山田忠雄山田俊雄らがいる。宇治山田高等女学校(現・三重県立宇治山田高等学校)卒。1957年石田波郷に師事。俳誌「鶴」を経て、1979年に「木語」を創刊、主宰。同誌は2004年に終刊。門下に石田郷子、本郷をさむなどがいる。1968年、「梶の花」50句で第14回角川俳句賞、1976年、句集『木語』にて第15回俳人協会賞受賞。他の句集に『忘』『木語』『手甲』『草譜』『昧爽』『中今』などがある。2013年5月18日、老衰の為に他界[2]。86歳没。




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=========初春 2018.02.04(日) 立春 (近頃の世情))=========
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時代の風 平昌オリンピック 政治と祭典、矛盾直視を=京都大教授・中西寛
毎日新聞 2018年2月4日 東京朝刊


中西寛(ひろし)
 平昌冬季オリンピックパラリンピックが間近に迫っている。ゲームが始まれば、人々はアスリートの活躍に胸を躍らせ、感動するだろう。

 しかし今回のオリンピックほど、オリンピックという仕組みが抱える矛盾を示している大会はかつてなかったと言ってよいだろう。国際オリンピック委員会(IOC)が定めた憲章では「スポーツと選手を政治的または商業的に不適切に利用することに反対する」と謳(うた)われている。しかし現実のオリンピックが政治やビジネスと持っている関係が適切とは言い難い。

 まずビジネスの面から見てみよう。1970年代には巨額の開催費用負担で行き詰まり、アメリカデンバーが冬季大会を返上するまでになった。その後IOC会長となったサマランチ氏の下でオリンピックの商業化に踏み切り、IOCが全ての権利を独占することで財政を立て直した。この方式になった当初はIOCにも開催都市にも選手にも利益がもたらされた。

 しかし巨額の資金が動く商業化が利権や腐敗を生むのも必然だった。その批判を打ち消すため、IOCは高邁(こうまい)な道徳に訴えることにした。特に冷戦終焉(しゅうえん)し、世界が自由と繁栄と平和を謳歌(おうか)するかに見えた潮流にも後押しされて、オリンピックは文化的多様性や平和への貢献といった使命を打ち出すことになった。

 だが、多様性の強調は大会の更なる大規模化を招き、採算性の枠を超えるようになり、地元は巨額の費用負担を求められるようになった。平昌から東京北京と3大会連続で東アジア諸国での開催が続くのは、これら諸国ではオリンピック人気が比較的強いのに対して、それ以外の地域では国内世論のハードルが高まり乗り越えがたくなってきたことを反映している。しかし大会運営の鍵となるメディアが支払う放映権料についてはアメリカが抜きんでており、アメリカでの放送に合わせた期間や時間設定が必要となっている。気候や時差を考えるとアスリートや地元民にとって負担が大きい。

 平和との関係ではさらに矛盾が大きい。そもそも各国のオリンピック委員会が選手を派遣する仕組みそのものが、ナショナリズムと親和的な性質を持つ。聖火リレーなど今日に残る象徴を考え出したナチス時代のベルリンオリンピックや、冷戦期の社会主義諸国による「ステート・アマ」(国家が身分を保障するアマチュア選手)、ドーピングといった問題を改めて持ち出すまでもないだろう。ロシアによる組織的ドーピング疑惑は、ソ連時代を懐かしみ、スポーツに国威発揚の機会を求めたいプーチン政権の姿勢を考えればありうることだろう。

 しかし極限まで発達した現在のスポーツで、何らかの国家的支援なくして勝利できる注目競技はあるだろうか。そして公的支援を受ければ、選手にはメダルを獲得し、国民を喜ばせる道徳的義務が生じてしまう。

 こうしてスポーツを通じた友愛精神の促進とナショナリズムの高揚という矛盾を調停することは、近代オリンピックの課題であり続けてきた。加えて冷戦後には、IOCは古代ギリシャで行われた「オリンピック休戦」の故事を強調し、オリンピックと平和を直接に結びつけた。国連と関係を強化し、最近では2年ごとに国連総会オリンピック精神に基づく平和を求める決議が採択されている。

 研究者によると古代オリンピックで休戦が存在したのは確かだが、それは開催地を紛争に巻き込まず、選手や観客の通過の安全を保証するといった限定されたものだったらしい。そもそも古代オリンピック競技は戦場での格闘を念頭においた競技も含まれ、戦争を否定するものではなかった。

 今年に入って北朝鮮平昌オリンピックへの参加の意向を表明し、韓国政府もIOCも急転直下でその意向を受け入れた。南北軍事境界線から至近の場所で開催される大会において、北朝鮮選手の参加は期間中の平和を保証する最も有効な手段であることは間違いない。しかしその経緯は、オリンピックが平和を創りだすのではなく、平和がオリンピックを可能にするのだという現実をあからさまに示した。アスリートたちが与えるであろう興奮と共に、オリンピックの現実からも目をそむけないようにしたい。=毎週日曜日に掲載

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新・心のサプリ 心地よい生き方=海原純子
2018年2月4日 04時04分(最終更新 2月4日 04時04分)

 都心から電車で数時間の距離にある地方都市で、週に1回仕事をする機会がある。毎回駅からタクシーにのって30分ほど走るので、運転手さんと話をするが、年配の方や女性の運転手さんが多く、話がよくはずむ。

 大雪が降った数日後、駅からのったタクシーの運転手さんによると、その土地は周囲を小高い山に囲まれているので、雪はそれほど多く積もらなかったということだった。気候もよくて物価も安く住みやすいですよ、と話してくれた後で「でも、お金持ちがいてもお金をためこむだけで使わない土地柄」だと続けた。だから商売にはむかなくて、大型のスーパーも閉店するような状況なのだという。ご自分でも定年のあと商売をなさったが、よくなかったらしい。話の内容としてはあまり明るいものではないが、70歳近いというその運転手さんは声にはりがあり、表情も明るい。

 元気な方だなあと思っていたら、今はまっているという野菜作りの話をしてくれた。農家の知り合いが病気になったため、土地をかりて野菜作りを数年前から始めたということだった。法律のことはよくわからないが、農地をそのまま荒れ放題にしておくと税金がかかるそうで、無料で知人に貸し、手入れしてもらう方がいいということらしい。

 その方は4日連続でタクシーを運転し、あとの3日の休みを利用して野菜作りをしているとのことだ。「仕事というのは人間関係で嫌なことがありますよね。でも畑で土をいじっていると無心になってすーっとするんですよ」

 運転手さんの声は明るく澄んでいる。まわりには人のうわさ話をしたりして盛りあがっている人たちもいるけれど、なるべく自分はそういう人たちとは距離をおいていたいということだった。「できた野菜をたくさん仲間に配って、よろこばれるとうれしいしね」

 野菜は種をまいて、なるべく農薬を使わずに育てるけれど、害虫がつくのを防ぐのが大変なのだと話してくれた後で、最近は家族が畑仕事に興味をもってくれてうれしいということだった。「かみさんは最初、畑仕事なんてとんでもないといってたんだけど、孫が土いじりが好きで夢中になるので、今では一緒に草むしりやってますよ」。笑いながら話す運転手さんから、家族の姿が想像できた。

 運転手さんがマインドフルネスや禅やマズローの本を読んだかどうかはわからない。しかし、畑仕事をして雑念を払い、野菜を作って人にわけ与え、喜ばれ、家族のコミュニケーションを良好にするすべをごく自然に実践しているのである。おそらく、生活の中で自分がどのようにしたら心地よく生きられるかを体験から学び、実行してきたのだろうと思った。人と比較せず、かっこつけるわけでなく、自分の生き方を貫く人生をかいまみた気がして、うれしくなった。(心療内科医)


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2018-02-03

【こよみ 平成30年02月03日(土)大寒 旧暦十二月十八日(大安)中潮 節分 】 72候 鶏始乳 大寒末候 冬土用明け 冬土用の間日 のり巻きの日 ジュディ・オングの日 

2018.02.03(土) 七十二候 大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく
 鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)晩冬)

二十四節気雑節
節分雑節のひとつ。季節の移り変わる時。立春の前日 まめまき) 
「季節を分ける」ことから節分という。本来は春夏秋冬全てに節分があるが、現在は春の節分だけを「節分」と呼ぶようになった。かつては大晦日的な意味合いもあり、「鬼やらい」の行事が行われ、「節分の豆まき」として現在にも伝わっている。

のり巻きの日
1987年昭和62年節分の日に 全国海苔貝類漁業協同組合連合会 が制定した。節分の夜に恵方に向かい太巻きを食べると幸福になるという言い伝えからこの日が生まれた。太巻きはひとりで1本食べきるまで誰とも話してはいけないとか。その年の恵方は西暦年の末尾1桁が、0,5なら西南西、1,3,6,8なら南南東、2,7なら北北西、4,9なら東北東となる。

大岡越前の日
1717(享保2)年、大岡越前守忠相が南町奉行に就任した。「大岡裁き」と呼ばれる名裁判で有名だが、19年間の在任中の裁判は3回だけで、そのうち忠相が執り行ったのは1回だけ。8代将軍吉宗の信頼が厚く、享保の改革に協力。後に寺社奉行等を経て、大名(一万石)にまでなった。

[諸外国の記念日]
聖女スヤ・パの日

(ホンジュラス)

ジュディ・オングの日
歌手で女優のジュディ・オングが文化の架け橋として活躍したと、1990年平成2年)にアメリカネバダ州が制定。

[著名人の誕生日・命日]
光悦忌

書家工芸家の本阿彌光悦の1637(寛永14)年の忌日。 寛永14年2月3日(1637年2月27日

鶴岡八幡宮が焼失(1296)
▲普請奉行大岡忠相江戸南奉行に抜擢され、官職名を越前守と改める(1717)
トルコから独立、ギリシア王国が成立(1830)
ジョン万次郎、10年ぶりに帰国 (1851)
幕府アメリカ軍艦の見物を禁止(1854)
▲出口ナオ、京都府綾部で大本教開教(1892)
福沢諭吉、死去。66歳(1901)
マッカーサー元帥憲法原則をGHQ民政局に指示(1946)
ケネディ大統領が対キューバ全面禁輸を指令(1962)
ソ連無人探査機「ルナ9号」人類初の月面軟着陸成功(1966)
札幌で第11回冬季オリンピック開催(1972)

誕生:メンデルスゾーン(作曲家1809) 河竹黙阿弥(劇作家1816) 
   西周(思想家1829) 二葉亭四迷(作家1864) スタイン(作家1874)
   ノーマン・ロックウェル(画家1894) 壇一雄(作家1912) 
   阿部兼章(服飾デザイナー1954) 根岸季衣(女優1954) 
   烏丸せつ子(女優1955) 川合俊一(1963) 松本小雪(タレント1966)
   
誕生花:あわなずな(たねつけばな) (Cardamine)   花言葉:君に捧げる



季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 2018.02.03(土) 大寒 節分 


 青空を知らぬ小鳥を飼ひて冬


毎日新聞 2018年2月3日 東京朝刊



 ◆今


  青空を知らぬ小鳥を飼ひて冬    鷹羽狩行 
    

解題



 一度も大空を飛んだことのない籠の中の小鳥、それが「青空を知らぬ小鳥」だ。小鳥は空にあこがれているのかも。今日は節分、暦の上では冬の最後の日だ。明日から春と思うと、小鳥の青空を飛ぶ夢はさらにふくらむかも。句集「十八公」(角川書店)から引いた。「青空が庭まで下りて梅ひらく」もこの句集にある見事な青空の句。<坪内稔典



語釈・晦渋語 &出典


今日は節分、暦の上では冬の最後の日だ。明日から春と思うと、小鳥の青空を飛ぶ夢はさらにふくらむかも。句集「十八公」(角川書店)から引いた。「青空が庭まで下りて梅ひらく」もこの句集にある見事な青空の句。<坪内稔典



鑑賞


一度も大空を飛んだことのない籠の中の小鳥、それが「青空を知らぬ小鳥」だ。小鳥は空にあこがれているのかも。


俳人

鷹羽狩行


(たかは しゅぎょう、1930年昭和5年)10月5日 - )は、山形県出身の俳人日本藝術院会員。山口誓子に師事、「狩」を創刊・主宰。本名・盒狭塒此
山形県新庄市生まれ。父は土木技師1943年、旧制尾道商業高校入学1946年、同校の教師新開千晩の教えを受け、校内俳句雑誌「銀河」で俳句を始める[1]。1947年より佐野まもる「青潮」に投句。1948年山口誓子の創刊の言葉に共感し「天狼」に入会。1949年尾道商業を卒業し中央大学法学部入学1951年青潮同人1953年中央大を卒業、プレス工業株式会社入学。加藤かけい主宰の「環礁」に同人として参加。
1954年、秋元不死男が創刊した「氷海」に同人参加、上田五千石、堀井春一郎らと氷海新人会を結成。1958年結婚。1959年、前年の結婚を機に、誓子から本名をもじった「鷹羽狩行」の俳号を貰い、以後これを用いる[2]。同年より「氷海」編集長。1960年、第11回天狼賞受賞、「天狼」同人1965年第一句集『誕生』を上梓し、第5回俳人協会賞を受賞。1966年俳人協会幹事。1968年スバル賞(「天狼」同人賞)受賞。草間時彦、岸田稚魚らと超結社「塔の会」結成。1975年、句集『平遠』で第25回芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1976年、毎日俳壇選者。1977年、会社を退職し俳句専業となる。1978年、俳誌「狩」を創刊、主宰。2002年、句集『翼灯集』『十三星』で毎日芸術賞受賞。同年俳人協会会長に就任。2008年、句集『十五峯』で第42回蛇笏賞および第23回詩歌文学館賞受賞。2009年、神奈川文化賞受賞。2015年日本芸術院賞受賞[3]。同年、日本藝術院会員。
「狩」門下に片山由美子など。俳人協会名誉会長、日本文藝家協会常務理事日本現代詩歌文学館振興会常任理事、国際俳句交流協会顧問。





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=========晩冬 2018.02.03(土)節分 大寒 (近頃の世情))=========
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土記 送電線「空きゼロ」の怪=青野由利
毎日新聞 2018年2月3日 東京朝刊
 <do−ki>

 電気を送る送電線は全国に張り巡らされている。火力でも水力でも原子力でも、発電所から電気を消費者に届けるには送電線につながなくてはならない。

 今、そこに風力や太陽光などの再生可能エネルギーをつなごうとすると、送電線を持つ大手電力会社から「もう満杯で入らない」と断られるケースが相次いでいる。つなぎたいなら、巨費を負担して自前で送電線を増強して、と言われるらしい。

 ところが、今週、東京で開かれたシンポジウム京大再生可能エネルギー経済学講座の安田陽さん、山家公雄さんのチームが公表した分析によると各地域の送電線は「ガラ空き」状態。この食い違いはどこからくるのだろうか。

 問題は、送電線の「空き容量」をどういう視点で考えるかにあるようだ。

 安田さんらは大手電力10社の基幹送電線399路線について公開データから年間最大運用量を求めた上で、「実際に流れた電力量(実潮流)」の割合を計算し、送電線の平均利用率をはじいた。

 その結果、最大は東京電力の27%。最低は東北電力の12%。裏を返せば7〜9割程度は空きがあることになる。一方、各社の「空きゼロ」情報を基に「満杯路線率」をはじくと、東北7割、北海道5割など。空きはそんなにない。

 食い違う理由として京大チームが挙げるのは、従来の日本の送電線運用の基本的な考え方だ。停止中の原発も、計画中の発電所も含め、接続契約済みのすべての電源が最大出力で発電する場合を想定し、その分の空きを確保する。

 高速道路に例えるなら、ある地域に保有されている車が一斉に走っても渋滞しないよう、入り口で制限し常に道路を空けておくようなものだ。

 だが、今やこれは現実に即した使い方ではない。「欧州は実際の利用に基づき送電線を運用している」と京大チームは指摘する。需要も再生エネの出力も予測し、細かく調整する。そうすれば本来の空きを有効利用でき、再生エネはもっと入れられるはずだ。

 東北電力九州電力の違いも興味深い。京大の分析では送電線の利用率は大差ないのに、各社の情報を基にした「満杯率」は東北が7割で余裕なし。九州は5%以下で余裕あり。理由はわからない。

 そういえば以前この欄で、九電電力需給をうまく調整し再生エネをたくさん導入した成功例を紹介した。「満杯」と言っている電力会社は調整能力が足りない? こうした情報もわかりやすく公開してほしい。(専門編集委員



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経済観測 土地改良区の体制をめぐる課題=資源・食糧問題研究所代表 柴田明夫
毎日新聞 2018年2月3日 東京朝刊

 どのように折り合いをつけたらよいのか。農地制度のことである。1965年に600万ヘクタールあった日本の農地は、足元では450万ヘクタールを割り込んでいる。農地の54%は担い手(認定農業者)によって耕作されているが、政府は2023年度までにこの比率を8割にする方針だ。とはいえ、なかなか容易ではない。

 農業水利施設などの整備・管理を行うことで、地元農業者を中心に農地の保全を行っているのが土地改良区である。これまで全国の農業水利施設は約40万キロにおよび、全農地面積の3分の2に当たる約300万ヘクタールに安定的にかんがい用水を供給している。

 しかし、農林水産省がまとめた「今後の土地改良区の在り方について」によれば、土地改良区は合併などによりこの40年で半減し16年末で4585地区となっている。組合員数も359万人まで減少。土地改良区の組合員の構成をみると、地域によって差はあるものの自作地が6割強で貸借地が4割弱となっている。問題となるのは土地持ち非農家の所有地だ。土地持ち非農家は、土地改良事業への関心が薄く、耕作者の負担が増す恐れがある。負担は金銭面だけではなく、農道の舗装、水路の泥上げ・見回り、水田ののり面の草刈りなどの夫役も伴う。

 耕作者がみずから農地を所有していた時代はこうした問題は生じなかった。しかし今後、日本の農業が少数の担い手(大規模企業農家)と兼業を含む多数の小規模農家に二極分化していくとすると、問題は複雑化・多様化することが予想される。前者は市場メカニズムを基礎に経営を拡大するのに対し、後者には地域共同体的な性格が残るためである。農地・水という農業生産基盤の脆弱(ぜいじゃく)化を防ぐには、両者がどこかで折り合いをつける必要がある。


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ゆをめぐる物語 通い学生、地域に溶け込み
毎日新聞 2018年2月3日 大阪夕刊 <文・相原洋>

 学生の街・京都市。賃貸物件を調べてみた。あった。我があこがれの部屋が。湯主が学生向けの下宿や賃貸マンションを営み、借り主は自宅の風呂のように銭湯に入れる。週3回浴場をピカピカにすれば家賃無料、銭湯に入り放題の学生寮も。

 三十数年前に風呂なし部屋に下宿した身。月々の銭湯代は負担だったから、「番台フリーパス」は大いなる魅力。空きがあったら、入居しようと頑張ったろうなあ。

 「あこがれ物件」へ行ってみる。脱衣所で、じいちゃんが服を着ながら学生に話しかけている。

 「何回生?」

 「4回生です」

 「就職か?」

 「内定はもらったんですけど」

 「嫌か?」

 「自分に向いているかよく分からなくなって」

 開湯から30分。じいちゃんは一番風呂が習慣なのだろう。純朴学生は地方からの下宿生か。部屋に風呂がなく、銭湯通いなのか。それとも、湯に入り放題のここの入居者?

 「そうか……」。ぼそり、ぼそりと進んだ2人のやりとりは、じいちゃんのこの言葉で途切れた。孫のような青年の行く末を案じ、気の利いた言葉をかけようと考え込んだか。

 こんな言葉のキャッチボール、自分の学生のころにもあったなあ。たまに湯で顔を合わせるおっちゃんと一言二言。それだけだったが、地方出身者としては、地域に少しは受け入れてもらっているように感じた。この学生も、今日の会話をいつか思い出すのかも。

 再び脱衣所。「引っ越すのか?」。じいちゃんの問いに、学生は「今の所に住みます。好きな街なので」。

 靴下に足を入れていたじいちゃん、顔を上げることなく笑みを浮かべた。よそから来た若者がこの街を好きだと感じている。また湯で話をすることがあるかもしれない−−。うれしい心の内が伝わってきた。

 歩幅小さく、じいちゃんが歩き出す。このまま行ってしまうのか。いや、向き直った。学生を手招き。はっきり聞き取れなかったが、多分こう言った。「頑張りなはれ」<文・相原洋>


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憂楽帳 クロウサギの子育て
毎日新聞 2018年2月3日 大阪夕刊 【大原一城】
 暗闇の茂みでそれは動いた。「あっ」と声を出し、慌ててシャッターを切る。ピントは甘いが、丸い生き物が写っていた。国の特別天然記念物アマミノクロウサギ。休暇で鹿児島県奄美大島を訪れ、観察ツアーで出会った。

 独特の子育てをガイドの男性が解説した。1度にほぼ1匹しか産まない赤ちゃんを、茂みに掘った巣穴に入れ、草花や土でふたをする。親は2日に1回訪れ乳や餌を与えるというが、不安はないのか。疑問に思ったが、理由があった。親はハブに襲われにくいが、赤ちゃんは時に捕食対象。巣穴をのぞくと、教えられなければ気がつかないほど小さい。それはハブから子を守る策だった。

 翻って少子化が深刻な人間社会。厚生労働省によると、昨年の出生数は推計94万人で過去最少だった。にもかかわらず、親や保護者による児童虐待は増加の一途。南の島で懸命に子育てをするあのつぶらな瞳にはどう映るのだろう。

 クロウサギは原始的形質を残す種で、あまりピョンピョンと跳びはねないらしい。暗中模索でも、地に足を着ける姿を見習おうか。【大原一城】


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2018-02-02

【こよみ 平成30年02月02日(金)大寒 旧暦十二月十七日(仏滅)大潮 】 72候 鶏始乳 大寒末候 国際航空業務再開の日 交番設置記念日 夫婦の日 バスガールの日

2018.02.02(金) 七十二候 大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく
 鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)晩冬)

聖燭節(キャンドルマス・聖母マリアの清めの日)
聖母マリアが天使ガブリエルから受胎告知を受けた日。教会でミサの始めに蝋燭を持った行列を行うため、「キャンドルマス」と呼ばれています。この日でクリスマスシーズンが終わり、クリスマスツリー等を燃やす。

交番設置記念日
1881(明治14)年のこの日、1つの警察署の管内に7つの交番を設置することが定められた。町の中に交番の建物を置き、そこを中心に制服の警察官が活動するという交番の制度は、1874(明治7)年に東京警視庁が設置した「交番所」が世界初のもの。当初は、建物はなく、街中の交差点等に警察署から警察官が出向いていたが、1881年より常設の建物を建てて警官が常駐する現在のような制度になった。1888(明治21)年10月に全国で「派出所」「駐在所」という名称に統一されたが、「交番」という呼び名が定着し、国際的にも通用する言葉になっているということから、1994(平成6)年11月1日に「交番」を正式名称とすることになった。

二日灸,如月灸
この日に灸をすえると効果が高いと信じられている。もとは旧暦2月2日の行事。

頭痛
慢性頭痛に悩む人たちで結成した「頭痛撲滅委員会」が2001(平成13)年に制定。「ず(2)つう(2)」(頭痛)の語呂合せ。 慢性頭痛に悩む「頭痛持ち」の存在をアピールし、社会に理解の輪を広げる日。 これとは別に、頭痛薬「タイレノール」を販売しているジョンソン・エンド・ジョンソンも2001(平成13)年に制定。どちらも現在は実施されていない。

夫婦の日

姫路市特定非営利活動法人コムサロン21(http://www.com21.or.jp/)が1997(平成9)年に制定。「ふう(2)ふ(2)」の語呂合せ。

国際航空業務再開の日
1954年(昭和29年)のこの日、戦後禁止されていた日本の航空機が再び世界の空を飛び始めた。

バスガールの日
1920(大正9)年、東京の乗合自動車に初めてバスガールがお目見えした。初任給35円という、当時としては高給の待遇が話題になった。

[諸外国の記念日]
カンデラリアの日

(ボリビア)

東大寺大仏造営の僧行基没(749)
神聖ローマ帝国成立(962)
中国で史上最大の地震発生(1556)
アメリカが対メキシコ戦争勝利(1848)
ヘルツ電磁波を検出(1882)
▲日本初のバスガール登場(1920)
ジュネーブ軍縮会議開催(1932)
アメリカ裁判で初めて嘘発見機使用(1935)
大日本婦人会誕生(1942)
スターリングラード全域でドイツ軍降伏(1943)
▲戦後、禁止されていた国際航空業務が再開され、日本航空の初の国際線、 東京ホノルルサンフランシスコ線が就航(1954)
▲米ヴァージニア州で黒人と白人の共学が実現(1959)
原水爆禁止国民会議が結成(1965)
▲元陸軍軍曹・横井庄一さん帰国(1972)
▲第11回冬季オリンピック札幌で開催(1972)
▲超能力者のユリ・ゲラー来日し、民放テレビ各社の番組に出演(1974)
▲「徹子の部屋」放送開始(1976)
▲7桁新郵便番号制度導入(1998)

誕生:江藤新平(維新の志士1834) 橋本左内(尊王攘夷派の志士1834) 
   ジェームズ・ジョイス(作家1882) 小泉喜美子(作家1934) 
   ファラ・フォーセット(女優1947) ちわきまゆみ(タレント1963) 
   寺尾(力士1963) 田口恵美子(1966) 馬渕よしの(1966) 
   HISASHI[GLAY](1972)

誕生花:ぼけ (Chaendmeles)   花言葉:平凡



季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 2018.02.02(金) 大寒


地を搏つて雀あらそふ春隣


毎日新聞 2018年2月2日 東京朝刊



 ◆昔



 地を搏(う)つて雀(すずめ)あらそふ春隣(はるとなり) 堀口星眠       

解題


 「搏つ」にははばたく、たたくなどの意味があるが、この句では羽で地をたたいているようすだろう。2羽のスズメがもつれあい、地上に落ちると、羽で地を搏って飛びあがっているのだ。もちろん、交尾をしている。交尾を意味する「鳥交(さか)る」は春の季語だが、春が近づきスズメたちの求愛活動が活発になっている。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

交尾を意味する「鳥交(さか)る」は春の季語だが、春が近づきスズメたちの求愛活動が活発になっている。<坪内稔典
 
鑑賞

「搏つ」にははばたく、たたくなどの意味があるが、この句では羽で地をたたいているようすだろう。2羽のスズメがもつれあい、地上に落ちると、羽で地を搏って飛びあがっているのだ。もちろん、交尾をしている。

俳人

堀口星眠


(ほりぐち せいみん、1923年3月13日 - 2015年2月2日)は、群馬県出身の俳人医師。本名・慶次。安中町(現・安中市)生。旧制新潟高校を経て1942年に東京大学医学部入学1943年より「馬酔木」に投句し水原秋桜子に師事。1947年、大学を卒業、東大付属病院物療内科入局。1949年軽井沢に友人と共同で「森の家」と称する家を借り、翌年より大島民郎、相馬遷子、岡谷公二らと句会。「馬酔木」に新風を吹き込み馬酔木高原派と呼ばれた。1952年「馬酔木」同人1955年、郷里の安中市にて開業。1958年馬酔木賞。1976年句集『営巣期』で第16回俳人協会賞。1981年に秋桜子が没してのち、秋桜子の指名で「馬酔木」主宰を継承するが、1984年に「橡」(とち)を創刊・主宰し「馬酔木」の主宰を退く。俳人協会顧問。特に高原で詩想を得た野鳥の句に優れた。句集には他に『火山灰の道』『青葉木菟』『樹の雫』『祇園祭』などがある。2015年2月2日死去[1]。91歳没。

2018-02-01

【こよみ 平成30年02月01日(木)大寒 旧暦十二月十六日(先負)大潮 】 72候 鶏始乳 大寒末候 二月礼者 重ね正月,一夜正月 テレビ放送記念日 ニオイの日 碧梧桐忌

2018.02.01(木) 七十二候 大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく 
鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)


省エネルギーの日(毎月)

二月礼者
正月に年始回りをできなかった人が、2月1日に回礼にまわる風習。

重ね正月,一夜正月
数え年では正月に年令がかわりますが、この日は正月後最初の朔日であることから2度目の正月として、厄年の人に仮にひとつ歳をとらせ、早く厄年をやり過ごそうとする風習が広く行われていた。

テレビ放送記念日
1953(昭和28)年、NHK東京放送局が日本初のテレビの本放送を開始した。1953(昭和28)年2月1日午後2時、東京・内幸町の東京放送会館から「JOAK-TV、こちらはNHK東京テレビジョンであります」の第一声が放送された。当時の受信契約数は866台、受信料は月200円。その年の8月には日本テレビ、翌1954(昭和29)年3月にNHK大阪名古屋、1955(昭和30)年4月にラジオ東京(現在の東京放送(TBS))でもテレビ放送が開始された。

ニオイの日
P&G「ファブリーズ暮らし快適委員会」が2000(平成12)年に制定。 「に(2)お(0)い(1)」の語呂合せ。

生活習慣病予防週間
がん、高血圧、心臓病などは生活習慣との関連が深く、予防を重視していこうという目的で設けられた。1959年(昭和34年)から厚生省(現在の厚生労働省)が成人病予防週間という名称で実施していたものを1997年(平成9年)から「成人病」を「生活習慣病」と呼称を変更したのに伴い、週間名も変更。平成14年(平成13年度)の標語は「確かめよう、からだがくれるメッセージ」。

省資源・省エネルギー月間
2月は暖房など家庭のエネルギー消費がピークになる時期のため、1976年(昭和51年)3月に経済企画庁と「資源とエネルギーを大切にする運動本部」(現在の省資源省エネルギー対策推進会議)が決定。1977年(昭和52年)からキャンペーンを展開。

[諸外国の記念日]
首都制定記念日

(マレーシア)

[著名人の誕生日・命日]
碧梧桐忌,寒明忌

俳人・河東碧梧桐の1937(昭和12)年の忌日。

推古天皇、三宝興隆の詔を出す(594)
▲前年に制定された大宝律令が施行される(702)
▲ゾラ、モーパッサンらを集めた、パリのゴンクール邸での文学サロンが 開かれる(1885)
▲「国民新聞」が創刊(1890)
東京〜大阪間電話開通(1899)
韓国統監府開庁、伊藤博文が初代総監に (1906)
日本ビクター、洋楽レコードを発売 (1928)
▲日本共産党機関紙「赤旗」が創刊(1928)
日本軍ガダルカナルより撤退(1943)
▲ラジオ番組「英語会話」始まる(1946)
▲NHKテレビ本放送開始。番組内容は、午後2時「道行初音旅」、3時半 「オペラよもやま話」、6時半「四つの星座」、7時半「今週の明星」、8時 「漫才」、8時15分「現代舞踏」。初放送当日の受信契約数は868、受信料は月 額200円。大学卒の初任給が8000円くらいの時代に国産の14インチTVは17万 円(1953)
マリリン・モンロー初来日。元ニューヨーク・ヤンキースジョー・ディマジオ と新婚旅行。同年10月には、精神的虐待を理由にジョーと離婚すると発表(1954)
エジプトシリアアラブ連合共和国となる(1958)
日本教育テレビ(のちのNET、テレビ朝日)が開局(1959)
東京丸の内に日本初の地下駐車場開設(1960)
中央公論社社長邸が右翼少年に襲われる(1961)
浅間山爆発(1973)

誕生:児島惟謙(裁判官1837) 子母澤寛(作家1892) 
   ジョン・フォード(映画監督1895) クラーク・ゲーブル(俳優1901) 
   沢村栄治(プロ野球選手1917) ボリス・エリツィン(政治家1931) 
   渡辺貞夫(ジャズアルトサックス奏者1933) 今井通子(登山家1942) 
   吉村作治(大学教授1943) 山本譲二(歌手1950) 井沢元彦(作家1954) 
   中村雅俊(俳優1951) 黒田アーサー(俳優1961) 布袋寅泰(歌手1962)
   磯野貴理子(女優1964) 島田奈美(タレント1971)

誕生花さくら草 (Primrose)    花言葉:若い時代と苦悩





季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 2018.02.01(木) 大寒


うす口の醤油三滴春隣


毎日新聞2018年2月1日 東京朝刊


 ◆今


  うす口の醤油(しょうゆ)三滴春隣(はるとなり) 岡清秀      


解題


 季語「春隣」は春がすぐそばに来ている感じを言う。暦の上では3日後の4日が立春、今はまさに春隣だ。今日の句、その春隣の日に薄口しょうゆ3滴をたらしたのだが、サワラ(鰆)の刺し身、それともシラスと大根おろし? なんだか酒がおいしそうだ。作者は大阪府茨木市に住む私の俳句仲間。新刊「僕である」から引いた。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

 季語「春隣」は春がすぐそばに来ている感じを言う。暦の上では3日後の4日が立春、今はまさに春隣だ。作者は大阪府茨木市に住む私の俳句仲間。新刊「僕である」から引いた。<坪内稔典


鑑賞

今日の句、その春隣の日に薄口しょうゆ3滴をたらしたのだが、サワラ(鰆)の刺し身、それともシラスと大根おろし? なんだか酒がおいしそうだ。


俳人

岡清秀


大阪府茨木市に住む



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=========晩冬 2018.02.01(木) 大寒 (近頃の世情)) ==========
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木語 米国帰りの経済軍師=坂東賢治
毎日新聞2018年2月1日 東京朝刊
 <moku−go>

 今年は中国の「中興の祖」ともいえるトウ小平が改革・開放政策を始めてから40年になる。この政策は海外の投資を呼び込むだけでなく、中国人が世界に出るドアを開いた。

 「留学生を増やせ」「何千何万と派遣せよ」。トウ氏の指示で第1陣となる52人の国費留学生米国に向けて出発したのが、米中国交正常化直前の1978年末だった。

 その後、私費留学も増え、78年から2016年末までの留学生総数は458万人に達した。昨年末では500万人を超えたとみられる。

 近代以降、孫文や蒋介石周恩来トウ小平ら海外留学を経験した中国指導者は少なくなかった。しかし、清末から78年まで約100年間の留学生総数は約13万人という。

 それをはるかに上回る500万人の半数以上は帰国し、さまざまな分野で中国社会に影響を与えている。昨年10月の第19回共産党大会では留学経験者が政治局入りした。

 国際政治学者出身で最高指導部の常務委員になった王滬寧(おうこねい)氏(62)と、経済専門家で3月の全国人民代表大会で経済担当の副首相に選出されるとみられる劉鶴(りゅうかく)氏(66)だ。

 王氏は88〜89年、劉氏は92〜93年と94〜95年に米国に留学し、劉氏はハーバード大行政学修士を取得している。共に江沢民胡錦濤習近平という3代の国家主席に仕え、国家戦略や経済戦略について提言してきた経歴を持つ。

 北京出身の劉氏と習氏は少年時代からの知己ともいわれる。習氏は米国高官に「私にとって重要な人物」と紹介したこともある。王氏が政治面での頭脳として習氏を支える存在とするなら、劉氏は「経済軍師」ともいえるだろう。

 その劉氏がスイスダボス会議で中国代表として演説し、習氏が提唱する広域経済圏「一帯一路」の宣伝に努める一方、「国際社会の予想を超える」改革の推進を表明した。

 昨年は習氏が自ら参加して注目を集めたが、劉氏への関心も高かった。ニューヨーク・タイムズ紙は「ダボスの真の主人公はトランプ(米大統領)ではなく中国」と報じた。

 1990年代に「剛腕」で改革を推し進め、中国の世界貿易機関(WTO)加盟を実現した朱鎔基(しゅようき)元首相と劉氏を重ねる見方も多い。

 政治面では習氏への権力集中が目立つ中国だが、劉氏の重用は経済面では改革を緩めることはないという習政権の意思の表れともいえる。

 習体制の行方を占う意味でも国政に関わるようになった海外留学組の動きから目が離せない。(専門編集委員

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経済観測 ミャンマーの国造り=三菱商事調査部長・武居秀典
毎日新聞2018年2月1日 東京朝刊

 昨年12月、ミャンマーを訪問した。5年前まで最大都市ヤンゴンに駐在していたが、街並みは大きく変わった。当時、日本人が安心して利用できるホテルは数軒しかなかったが、今や外資系の近代的なホテルが建ち並ぶ。ショッピングモールには、欧米の一流ブランド店が入り、驚いた。

 ミャンマーでは、2011年に就任したテインセイン大統領民主化と経済改革を進め、15年の総選挙を経て、アウンサンスーチー氏率いる国民民主連盟(NLD)政権が誕生した。国政経験のない同政権を不安視する声もあったが、大きな混乱はなく、ここまでは順調だ。

 ただし、正念場はこれからだ。国際的な批判が高まるロヒンギャ問題への対応には、国際社会との連携が不可欠であり、長い軍政下で弱体化した外交力の立て直しが急がれる。更に重要な課題は、経済基盤の整備だ。途上国では、輸出産業が経済発展の推進力となるが、ミャンマーにはめぼしい輸出産業がない。海外からの投資も内需狙いが多く、輸出産業に向かっていない。これらの投資も、国内の雇用と所得を増やし、足元の消費拡大につながってはいるが、内需目当てだけでは、いずれ息切れしてしまう。持続的な経済成長の基盤として、安定的に外貨を稼ぐ輸出産業の育成が必要だ。

 ただ環境は厳しい。グローバル化自由貿易の進展は長い目で見れば各国共通の利益となるが、産業が未成熟な途上国では海外から何でも入ってきてしまうため、国内の産業育成がますます難しくなっている。AIやIoTの進展で、途上国の強みである安価な労働力が生かせなくなる可能性もある。成長の鍵は、適切な産業政策とそれを着実に実行する強い政治的リーダーシップしかない。国造りに向けたNLD政権に期待したい。

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憂楽帳 裏方からのエール

毎日新聞 2018年2月1日 大阪夕刊 【山口敬人】

 「人それぞれの甲子園。自分の甲子園を見つけてほしい」。星稜高校野球部OBの谷村誠一郎さん(56)は、春夏の甲子園大会が近づくといつも思う。

 星稜といえば、メジャーリーガーだった松井秀喜さんらで知られるが、谷村さんはマネジャーだった。箕島高校と延長十八回を戦い敗れた1979年夏の甲子園は、高校3年生。ネット裏でスコアをつけつつ、後に伝説となる名勝負にしびれながら「再試合になったら、あすの起床時間は……」などと考えていたという気配りの人だ。チームを率いた山下智茂監督(現名誉監督)が「歴代最高のマネジャー」と評するのもうなずける。

 内野手だったが、肘を壊しマネジャーに転身した谷村さん。あの夏、グラウンドにいなかったことが人生を決めた。「いつかは甲子園に立ちたい」。石川県で高校の教師になり、野球部の監督も務めた。ただ、夢はかなわなかったが。

 「記録員でもボールボーイでもアルプスからの応援でも、何でもいい。懸命にやれば、得るものはきっとある」。試合に出ることのない多くの球児に、先輩から贈る言葉である。【山口敬人】


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【こよみ 平成30年01月31日(水)大寒 旧暦十二月十五日(友引)大潮 】 72候 鶏始乳 大寒末候 満月  晦日正月,晦日節  生命保険の日  愛妻感謝の日  京都市電開業記念日 路面電車の日

2018.01.31(水) 七十二候 大寒末候 72候 鶏始乳 鶏始てとやにつく
 鶏が卵を産み始める 01月30日(火)〜02月03日(土)晩冬)

そばの日(毎月末日)

二十四節気・雑節等
満月

望。月と太陽の黄経差が180°となる日。天文学的満月。旧暦の十五夜とは一致しないことが多い。

晦日正月,晦日節
正月最後の日。 この日に、松の内に年始回りをしなかった家を訪ねる地方もある。

生命保険の日
1882年(明治15年)のこの日、受取人第一号が現れたことによる。当時の保険料は30円支払われた保険金は1000円だった。日本最初の生命保険会社が設立はこの年の前年1881年(明治14年)であった。11月1日の生命保険の日とは別のもの。

愛妻感謝の日
愛妻感謝ひろめ隊(http://ai31.jp/)が制定。1/31を1(アイ)31(サイ)と読み、この日とした。「愛妻感謝を通じて夫婦愛を深め、そして関わる人達すべてを"HAPPYにする活動"を広げよう」がスローガン。また1/31〜2/12を愛妻感謝期間とすることも提唱している。

京都市電開業記念日 路面電車の日
1895年(明治28年)のこの日、日本初の路面電車となる京都電気鉄道が京都駅前-伏見間で開通した。通称は「チンチン電車」。

生命保険金の受け取り人の日本第1号がでる(1882)
▲陸軍練兵場跡地、日比谷公園に(1893)
▲『文学界』創刊(1893)
▲日本初の電気鉄道、京都電気鉄道が開業(1895)
マニラで第1回東洋オリンピック大会が開会(1913)
スターリングラードドイツがソ連に降伏(1943)
▲GHQが2・1ゼネストの中止を命令(1947)
▲中共軍が北京に正式に入城(1949)
イタリアのコルチナダンペッツォで開かれた第7回冬期オリンピック猪谷千春が日本初のメダルを獲得(1956)
アメリカ初の人工衛星打ち上げ成功(1958)
アラビア石油、油田開発に成功(1960)
東京、世界一の一千万人都市へ(1962)
日本赤軍とPFLPのゲリラがシンガポールの石油精製所を爆破する(1974)
鹿児島で初の五つ子誕生(1976)
江川卓が阪神入団、巨人小林繁と即日トレード(1979)
マクドナルドモスクワに開店(1990)
東急百貨店日本橋店閉店。336年の歴史に幕を閉じる(1999)
ジャイアント馬場、死去。61歳(1999)

誕生:シューベルト(作曲家1797) アンナ・パブロワ(バレリーナ1882) 
   小暮実千代(女優1918) ノーマン・メイラー(作家1923) 
   大江健三郎(作家1935) 成田三樹男(俳優1935) 伊藤孝雄(俳優1937)  
   東野英心(俳優1942) フィル・コリンズ(1951) 石野真子(女優1961)
   石黒賢(俳優1966) 香取慎吾[SMAP](歌手・俳優1977)
   
誕生花サフラン(黄色) (Spring Crocus)  花言葉:青春の喜び




季語刻々 <坪内稔典> 晩冬 2018.01.31(水) 大寒


雪嶺よ女ひらりと船に乗る


毎日新聞 2018年1月31日 東京朝刊


 ◆昔


   雪嶺(せつれい)よ女ひらりと船に乗る  石田波郷     


解題


 雪嶺の見える渡し場か港の風景だろう。「ひらり」と跳んだ女の軽快な動作が、遠くの空できらりと光る雪嶺と照応している。私はふと室生犀星の詩を連想した。「したたり止(や)まぬ日のひかり/うつうつまはる水ぐるま/あをぞらに/越後の山も見ゆるぞ/さびしいぞ」。詩集「抒情小曲集」(1918年)にある「寂しき春」の第1連だ。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

私はふと室生犀星の詩を連想した。「したたり止(や)まぬ日のひかり/うつうつまはる水ぐるま/あをぞらに/越後の山も見ゆるぞ/さびしいぞ」。詩集「抒情小曲集」(1918年)にある「寂しき春」の第1連だ。<坪内稔典

鑑賞

雪嶺の見える渡し場か港の風景だろう。「ひらり」と跳んだ女の軽快な動作が、遠くの空できらりと光る雪嶺と照応している。

俳人

石田波郷 
 

(いしだ はきょう、1913年大正2年)3月18日 - 1969年昭和44年)11月21日)は、愛媛県出身の俳人。本名は哲大(てつお)。水原秋桜子に師事、「馬酔木」に拠ったのち、「鶴」を創刊・主宰。初期の青春性のあふれる叙情句からはじまり、自己の生活を見つめる、人間性に深く根ざした作風を追求、加藤楸邨、中村草田男らとともに人間探求派と呼ばれた。昭和戦前に流行した新興俳句運動を批判し、韻文精神の尊重を説き切れ字を重視。戦中には結核を発病し、戦後は病と対峙する自身の生活を題材とする境涯俳句を詠み続けた。



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水説 なぜ教材を作ったか=中村秀明
毎日新聞 2018年1月31日 東京朝刊

 <sui−setsu>

 「優しい祖母がなぜ変わったのか、どうすればいいのか。何もわからず、誰も教えてくれなかった」

 鹿児島市開業医、浜田努さん(39)は小学生の時、祖母に起きた異変を忘れられない。困惑し不安をおぼえ、そして悲しかった。医師だった親の口は重かった。「30年前は、今と違ってぼけとか痴呆とか呼んでいました。子どもが知る場や問う機会はなかった」と振り返る。

 この体験が浜田さんの今につながる。小学生に認知症を知ってもらう出前授業を地元の喜入(きいれ)地区で3年前から始めた。先日は一倉(ひとくら)小学校に出かけ、大手製薬会社エーザイが開発したばかりのDVD教材を初めて使った。

 ドラマ仕立てのDVDは、物忘れやふさぎ込むような症状が表れる祖母と小学5年の男子が登場する。浜田さんの経験に似ている。ドラマの家族は戸惑い、イライラし現実を否定したがる。父親が「認知症だとは言われたくなかった」とうつむく姿もある。

 なぜ、エーザイは教材を作ったのか。

 約20年前、エーザイ認知症の進行を抑える薬「アリセプト」を開発した。世界的に評価された新薬は会社の業績を支えているが、薬を広める中で患者や家族、臨床の現場に接する機会が増えた。そこで生まれたのは「認知症には薬に限らず、さまざまな面での対応が欠かせない。社内に蓄積したものを、もっと社会に生かせないのか」という問いかけだったという。

 一つの答えとして、認知症と共生する町づくりを支援する活動を始め、100を超える自治体などと連携を続ける。DVDもその延長上にある。身近に当事者がいて、特別な思いを抱えて制作にかかわった社員もおり、1年かけて販売にこぎつけた。

 ドラマのポイントは「おばあちゃんは自分が自分ではなくなってしまう怖さを感じている。誰よりもつらい思いをし、悲しいのだ」と小学生の男の子、そしてDVDを見ている人が気づくことだ。

 浜田さんの先日の授業は、小規模校の特性を生かし、教師や保護者、集落の住民も参加した。DVDを見ながらグループに分かれ、「おばあちゃんの気持ちを考えようか」などと活発な議論だったという。帰宅し、家族で話し合った子もいたはずだ。

 認知症への理解と知識が深まり、当事者や家族への支えが広がれば、誰にとっても住みやすい社会になる。エーザイのDVDにも浜田さんの実践にも、そんな願いが込められている。(論説委員


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経済観測 野菜高騰への対応策見直しを=農業ジャーナリスト・青山浩子
毎日新聞 2018年1月31日 東京朝刊

 2017年11月ごろから本格化した野菜の高値がいまだに続いている。同年秋の台風、長雨による野菜の生育不良が尾を引いている。農水省の青果物卸売市場調査(東京都)によると、18年1月中旬のダイコンの卸売価格は、前年同期の約2・8倍。白菜とキャベツは約2倍だ。

 生活費に占める食費の割合を示すエンゲル係数が、05年を底に上昇している。食料品の値上がりが一要因といわれる。野菜まで値上がりし、食費を切り詰めている家庭にとっては悩ましい問題だ。それでも、果菜類や芋類などいつもと変わらぬ価格の野菜もあり、賢く摂取するための選択肢はある。

 一方、野菜がふんだんに使われている総菜や弁当、レストランのサラダバーなどの価格は高騰以前から変わっていない。このため、野菜の値が上がると、総菜を買い、外食する回数をいつもより増やす消費者がいるという。

 中食・外食業者は、食材やメニューを容易に変更できず、家庭内の消費に比べて自由度が低い。その分、出回り量の少ない野菜をめぐって原料を調達するにあたり苦慮しているはずだ。野菜を納めている問屋や生産者の悲鳴も聞こえてきそうだ。調達コストの上昇分は業者間で交渉し、痛み分けしているのだろう。

 中食・外食で使われる「加工業務用野菜」は、需要全体の57%(15年農林水産政策研究所調べ)を占め、その比率は年々増えている。

 メディアは「野菜が高くて困る」という消費者の声を強調しがちだが、加工業務用野菜のこう着的な価格も深刻な問題だ。異常気象が当たり前ともいえる今、高騰時には中食・外食における価格やメニューに柔軟性を持たせることも含めて対応策を考える必要がある。業者間の痛み分けだけではいつか限界が来る。

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憂楽帳 しめしめの声
毎日新聞 2018年1月31日 大阪夕刊 【戸田栄】

 編集局でインフルエンザが大流行している。30年もここで働いているが、これほどの流行は覚えがない。

 あの人もこの人もと、次々に。感染者数が一定の割合を超えると、もうどうにも止まらない感じだ。これはすごいと眺めているうち、自分の体も熱を発し始めた。薬を飲んで寝ていれば治る程度だからいいが、もっと重い病なら新聞社は存亡の機だったかもと、大航海時代新大陸原住民社会を思ってみたり……。

 ジャレド・ダイアモンド人類史の名著「銃・病原菌・鉄」を読むと、病原菌はあくどい。当初の梅毒菌は一気に人命を奪ったが、それでは病を広げる間がないと、じわじわ悪化する性質に変わったとか。インフルエンザウイルスも次々に形を変え、人体の防衛網を突破してくる。

 都市化などで集団生活の密度を高めてきた人類の歩みが、感染症には好都合だったとも。だが、経済性の重視から、今も都市中心部は人口密度を高め続けている。災害のみならず、疫病にも弱い都市構造なのに改められる気配はない。熱に浮かされながら、しめしめと喜ぶ悪いやつらの声を聞いたような。【戸田栄】

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