Hatena::ブログ(Diary)

餞驟窟誌

2018-02-17

【こよみ 平成30年02月16日(金)立春 旧暦一月朔日(先勝)大潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16) 03候 魚上氷 立春末候 新月 天気図記念日 正月(旧暦)閻魔縁日

2018.02.16(金) 七十二候 立春末候 03候 魚上氷 魚 氷をはいずる 
割れた氷の間から魚が飛び出る 02月14日(水)〜02月18日(日)

二十四節気・雑節等
新月

朔。月と太陽の黄経差が0°となる日。旧暦ではこの日が暦月の朔日となる。

正月(旧暦)

旧暦の元日。地方によっては旧暦の日付を重視する地域もある。中国(国の)では「春節」として、祝日化している(但し、「春節」と日本の旧暦正月朔日とは希に異なる場合があるので注意)。

天気図記念日
1883(明治16)年、ドイツ人気象学者エリヴィン・クニッピングの指導のもと、7色刷りの日本初の天気図が作成されました。 天気図は1日1回発行されることになり、8月23日からは新橋と横浜の停車場に掲示されました。

閻魔縁日
死者の生前の行いを判定して賞罰を与えるといわれる閻魔大王の縁日(毎月16日)

全国狩猟禁止
11月15日の解禁日まで北海道以外の全国で狩猟禁止。 北海道は2月1日〜9月30日。

[著名人の誕生日・命日]
西行忌

新古今和歌集』などで知られる平安時代の旅の歌人、西行の命日(文治6年2月16日)。生前、釈迦入滅の2月15日に自らも死にたいと願ったことから、2月15日を西行忌とすることもある→2/15参照

▲西行法師、大往生。73歳(1190)
一休宗純が大徳寺の住職となる(1474)
▲幕府、国絵図の改製を命じる(1696)
水野忠邦、没。58歳(1851)
▲東京気象台が日本初の7色刷りの天気図を1日1回発行(1883)
北海道拓殖銀行設立(1900)
河野広中が最初の普通選挙法案を衆院に提出(1902)
郵便貯金法・実用新案法各公布(1905)
▲ナイロン、特許をとる。アメリカのデュポン社で開発(1937)
▲旧ソ連、樺太、千島領有宣言(1946)
朝鮮民主主義人民共和国、成立(1948)
ロッキード事件第1次国会証人喚問。一様に共通した証言者の言葉、「記憶にございません」が大流行(1976)

誕生:日蓮(宗教家1222) 荻生徂徠(儒学者1666) 大隈重信(政治家1838) 
   大岡信(詩人・評論家1931) 高倉健(俳優1931) こまどり姉妹(歌手1938)
   金正日(政治家1942) 逸見政孝(司会者1945)
   多岐川裕美(女優1951) ジョン・マッケンロー(テニス選手1959)
   中村由真(タレント1970) 相川七瀬(歌手1975) 中村俊介(俳優1975)
   佐伯日菜子(女優1977)
   
誕生花:月桂樹 (Victor's Laurel)   花言葉:名誉



季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.02.16(金) 立春

 
球春や青春いつも雲ひとつ


毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊


 ◆今


  球春や青春いつも雲ひとつ   塩見恵介 
       

解題



 「球春」は2月、3月、つまりプロ野球キャンプが始まり、センバツ高校野球があり、サッカーのJリーグが開幕し、球技への関心が高まる早春の候だ。私見では、この季語の発祥源は本紙のスポーツ欄あたり。私は全国紙4紙に目を通すが、「球春」を早くから見出しなどに使ってきたのは本紙、近年でも本紙の使用例が目立つと思う。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

私見では、この季語の発祥源は本紙のスポーツ欄あたり。私は全国紙4紙に目を通すが、「球春」を早くから見出しなどに使ってきたのは本紙、近年でも本紙の使用例が目立つと思う。<坪内稔典

鑑賞

 「球春」は2月、3月、つまりプロ野球キャンプが始まり、センバツ高校野球があり、サッカーのJリーグが開幕し、球技への関心が高まる早春の候だ。
 
俳人

塩見恵介


(しおみ けいすけ、1971年8月15日 - )は、日本の俳人。文学修士(専攻・近現代俳句)。「船団の会」副代表(2014年 - )。
大阪府羽曳野市生まれ、兵庫県芦屋市育ち。1990年、「船団の会」入会、坪内稔典に師事。1996年、甲南大学大学院人文科学研究科修士課程修了。同年より甲南中学校・高等学校国語科教諭。2004年、第7回俳句甲子園にて甲南高校監督として優勝に導く。
句集に『虹の種』(2000年 蝸牛新社)、『泉こぽ』(2007年 ふらんす堂)、アンソロジーとして『現代俳句100人20句』(2001年 邑書林)、『関西俳句なう』(2015年 本阿弥書店)に参加している。『お手本は奥の細道 はじめて作る俳句入門』(2013年 すばる舎リンゲージ)や『俳句のえほん』(2013年 くもん出版)の解説など、初学者や児童向けへの俳句理論を多く手がけている。2014年4月より「朝日小学生新聞 春夏秋冬楽しく俳句」選者と執筆。




================================================================
===============================================================
=========初春 2018.02.16(金) 立春 (近頃の世情))=========
===============================================================
================================================================

社説 8期連続のプラス成長 カンフル剤はもう要らぬ
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊

 景気回復が続いている今こそ、目先の刺激を優先して将来につけを残す政策から抜け出す時でないか。

 2017年10〜12月期の実質国内総生産(GDP)は8四半期連続のプラス成長だった。16年から丸2年に及び、1980年代後半のバブル期以来28年ぶりの長さである。

 この間の景気は主に世界経済の拡大に引っ張られた。消費が弱く、外需頼みという課題を抱えたままではある。とはいえ日本経済が全体として底堅さを保っているのは確かだ。

 5年以上に及ぶアベノミクスは積極的な財政・金融政策を続けてきた。短期的には景気を押し上げるが、借金の山を残すなど長くなるほど副作用も大きい。この2年は本来、カンフル剤頼みから脱却する好機であったが、政府の動きは逆だった。

 高齢化に伴う社会保障費の増大などで国と地方の借金は1000兆円を超す。それなのに安倍晋三首相は消費増税を先送りしたうえ借金返済に充てる予定だった増税の使途も変え財政健全化目標を棚上げした。

 借金漬けでは将来の返済負担が重くなる。消費の停滞は若い世代の将来不安が解消しないためとの指摘は多い。だが、安倍政権は危機的な財政を直視せず、高齢化社会を乗り切る抜本的対策も示していない。

 金融政策も日銀が大規模緩和を続け、円安・株高をもたらしてきた。

 強力な緩和は正常化する過程での反動も大きい。代表例が、利上げを進めている米国が震源となった最近の世界的株安である。日銀の緩和は米国より長期で大規模だ。反動も深刻になる事態が懸念される。

 ところが日銀は緩和の出口に向かう道筋すら示そうとしない。首相も国会などで「大胆な緩和の推進を期待する」と繰り返すだけである。

 しかも日本経済の実力を示す潜在成長率は1%程度とアベノミクス前からほとんど変わっていない。従来の財政・金融政策が底上げに結びついていないことを示すものだ。

 足腰を強めるには、遅れている構造改革に本腰を入れる必要がある。

 日本は人口が減少し、活力低下が心配されている。少子化対策が急務だ。人工知能の開発など第4次産業革命を後押ししたり、規制緩和を推進したりすることも欠かせない。取り組むべき政策はたくさんある。

================================================================

金言 テト攻勢の衝撃=西川恵
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊
 <kin−gon>

 商都ホーチミン市に来ている。南ベトナム時代の首都サイゴン旧正月の真っただ中だが、今年は祝祭が重なっている。ベトナム戦争の転換点となった1968年のテト(旧正月)攻勢から50周年なのだ。

 街角にはテト攻勢の時の写真が張られている。1月末には共産党幹部が出席して祝典が持たれ、テト攻勢をテーマにした歌劇も演じられた。ただ興味深いのは、党情報局発行の「ベトナム通信」2月号での扱いは3番手。政府の経済状況報告と隣国ラオスとの政府間交流のニュースの後だった。

 テト攻勢は、米軍のベトナム戦争への本格介入で劣勢に立たされた南ベトナム解放戦線が、巻き返しを図った乾坤一擲(けんこんいってき)の作戦だった。解放戦線を支援する北ベトナムのグエン・ザップ将軍は犠牲が大きいと、作戦に難色を示したが、最後は承認した。

 68年1月30日、テト休戦の隙(すき)をついて解放戦線は「南」で一斉蜂起し、サイゴンなど主要都市や基地を攻撃。米大使館も一時、占拠されかけた。解放戦線の犠牲は小さくなかった。

 しかし映像は世界に流れ、「戦争は間もなく終わる」と教えられていた米国民の衝撃は大きく、これを機に全米に反戦運動が広がっていく。

 翌69年に登場したニクソン大統領ベトナムからの名誉ある離脱へと動き、72年に訪中し、米中接近を実現した。北ベトナムの後ろ盾となっている中国を北ベトナムから切り離し、同時に冷戦を争うソ連に対して優位に立つ一石二鳥の一手だった。翌73年にはパリ和平協定に基づき、一時は50万を超えた米軍は「南」から全面撤退。75年、「北」と解放戦線はベトナムを武力統一した。

 テト攻勢の意味は、ベトナム戦争終結を早めただけでなく、米ソ二極に代わる米中ソ三極構造を国際政治に持ち込んだことである。これは結果として米中の対立・協調を軸とした21世紀の世界に道を開くことになった。

 その過程で米越関係も敵対から友好協力へと変容した。いまや対中けん制で米艦船がベトナムに寄港する。テト攻勢50周年の祝祭がどこか抑制されているのもよく分かる。

 改めて感じるのはベトナム戦争のような世界的に影響の大きい出来事において、一つの事象が国際政治構造に与えるインパクトである。ベトナム以外では記憶のかなたとなったテト攻勢のポスターを見ながら、この50年の国際政治の流れを思った。(客員編集委員

================================================================

経済観測 「学ぶ機会」を担保すること=気仙沼ニッティング社長・御手洗瑞子
毎日新聞 2018年2月16日 東京朝刊

 宮城県気仙沼市で手編みものの会社を経営している。東日本大震災後に、誇りをもって働ける新しい仕事をつくろうと設立した会社だ。まだまだ小さく至らぬことだらけだが、ここまで会社を育てる中で、学ぶことは多くあった。

 編み手の仕事は出来高制で、自宅で自分のペースでできるように設計している。会社をつくる際、地域でいろんな人に話を聞くうち、仕事はしたいが介護や育児などで家を離れるのが難しいという人が多いということを知ったためだ。

 最初のうちは、地域の編み物上手な人に声をかけ、編み手になってもらっていた。しかし、漁師町で編み物の文化的土壌があるとはいえ、最初からプロの力量を持つ人はそう多くはない。より幅広い人が参加できるよう、編み物のトレーニングコースをつくった。無料で編み方を学ぶことができ、商品のクオリティーで編めるようになると仕事を受ける。やってみて、人は何歳からでも学ぶことができると知った。76歳から始めたある人は、いまや一番力量のある編み手の一人だ。

 近年フリーランス型の仕事が注目される。雇用ではなく契約をベースとした働き方だ。そうした形でないと働けない人もいるかぎり、この働き方は今後きっと増えていくだろう。ただ、それにつれ企業が「人を育てる」ことを放棄し、即戦力の人に仕事を発注するだけになれば、社会として人材育成への過小投資になる可能性がある。人の力が弱まることは、人口減少と技術革新が進む時代に、きっとなによりのリスクだろう。それに、一度も学ぶチャンスに恵まれなかった人は、ずっとそのままになってしまう。

 働く人と企業の関係が変化する中、いかに社会として「学ぶ機会」を担保するかが、大きなチャレンジなのだろう

================================================================

憂楽帳 おひな様事情
毎日新聞2018年2月16日 大阪夕刊 【山口敬人】

 おひな様は、どうなったのだろう。3月3日の桃の節句を控え、どうも気になる。昨秋まで単身赴任で家を離れていたため、もう何年も目にした記憶がない。家人に確認してみると「毎年飾ってるよ、一応」。一応、も気になる。

 今はともに成人した2人の娘それぞれに、妻の両親が贈ってくれた。住まいが奈良市内とあって、地元の伝統工芸で知られる一刀彫の人形だ。美しい色合い、力強い彫り。何より女びなと男びなの2体1セットで、出したり片付けたりするのが楽でいい。

 かつて、ひな人形といえば三人官女や五人囃子(ばやし)など15体そろった七段飾りが売れ筋だったという。確かに子供のころ、親戚や友達の家には、それがどーんと鎮座していた。ところが人形専門店に聞くと「売れません。住宅事情もありますが、出し入れが面倒だと言われます」。

 今の主流は、娘のおひな様のような手間いらずタイプ。加えてわが家は2セットあるうちの1セットしか飾らない。だから「一応」。でも、不心得とは思わない。子の幸せを願う形は時代に即し、人それぞれであっていい。【山口敬人】

================================================================

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/chiakiy1999/20180217/1518850149