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餞驟窟誌

2018-03-03

【こよみ 平成30年03月02日(金)雨水 旧暦一月十伍日(先負)大潮 】所得税確定申告(2/16〜3/16)  06候 草木萠動  雨水末候 満月 上元(旧暦)ミニの日 中国残留孤児の日 遠山の金さんの日 亡羊忌

2018.03.02(金) 七十二候 雨水末候 06候 草木萠動 草木めばえいずる
草木が芽吹き始める03月01日(木)〜03月05日(月)

二十四節気・雑節等
満月

望。月と太陽の黄経差が180°となる日。天文学的満月。旧暦十五夜とは一致しないことが多い。

上元(旧暦
1月,7月,10月の15日をそれぞれ上・中・下元とし、これを三元と言った。新暦で計算されることも多いが、ここでは旧暦の月日によった。

遠山の金さんの日
1840年(天保11年)に遠山の金さんこと遠山左衛門尉影元(通称・金四郎)が北町奉行に任命された日。遠山景元天保の改革を行った老中・水野忠邦に近い人物として重用された。

中国残留孤児の日
1981年(昭和56年)のこの日、初めて中国から残留日本人孤児47人が肉親捜しのために来日。うち26人の身元が判明した。

ミニの日
小さいもの、ミニチュアものを愛そうという日。「3」と「2」の語呂合わせから。

[諸外国の記念日]
グアム島発見記念日(Guam Discovery Day)

(アメリカ合衆国グアム)

テキサス独立記念日
(アメリカ合衆国テキサス州)

[著名人の誕生日・命日]
亡羊忌

昭和期の詩人・村野四郎の1975(昭和50)年の忌日。 詩集『亡羊記』に因み、「亡羊忌」と呼ばれます。

▲日本最古の日蝕、記録(628)
▲蝦夷征伐のための兵糧を多賀城に運ぶ(788)
遠山金四郎景元(遠山の金さん)、江戸北町奉行となる(1840)
徳川慶喜明治天皇に謁見を許されて宮城の門をくぐる(1868)
日本三大名園のひとつ、後楽園が一般に開放(1884)
帝国大学令公布(1886)
北海道旧土人保護法を公布(1899)
野球用語、前面日本語化(1943)
▲英フックス隊が史上初の南極大陸横断に成功(1958)
コンコルド、初飛行(1969)
▲中国残留日本人孤児47人が肉親探しのため初めて正式に来日(1981)
弥生時代の重要遺跡、佐賀県吉野ヶ里遺跡のかめ棺内から柄付きの 銅剣が見つかる(1989)

誕生:ラブレー(作家1496) スメタナ(作曲家1824) オパーリン(生化学者1894)
   藤木悠(俳優1931) ミハイル・ゴルバチョフ(政治家1931) 
   高橋たか子(作家1932) ジョン・アービング(作家1942)
   ルー・リード(ミュージシャン1943) カレン・カーペンター(歌手1950)
   吉沢京子(タレント1954) 剣幸(女優1954) 島崎和歌子(タレント1973)
   魚住理英(アナウンサー1972)
  
誕生花:花きんぽうげ (Butter Cup)   花言葉美しい人




季語刻々 <坪内稔典> 初春 2018.03.02(金) 雨水 


三月や酒進むこと進むこと


毎日新聞 2018年3月2日 東京朝刊


 ◆今


 三月や酒進むこと進むこと 稲畑廣太郎
       

解題


 3月は卒業や転勤などで飲む機会が多い。では、井伏鱒二の「厄除け詩集」から「勧酒」を引こう。唐代の詩人、于武陵(うぶりょう)の漢詩を井伏流に翻訳したもの。「コノサカヅキヲ受ケテクレ/ドウゾナミナミツガシテオクレ/ハナニアラシノタトヘモアルゾ/『サヨナラ』ダケガ人生ダ」。最後の部分の原作は「人生足別離」(人生 別離足(た)る)。<坪内稔典


語釈・晦渋語 &出典

では、井伏鱒二の「厄除け詩集」から「勧酒」を引こう。唐代の詩人、于武陵(うぶりょう)の漢詩を井伏流に翻訳したもの。「コノサカヅキヲ受ケテクレ/ドウゾナミナミツガシテオクレ/ハナニアラシノタトヘモアルゾ/『サヨナラ』ダケガ人生ダ」。最後の部分の原作は「人生足別離」(人生 別離足(た)る)。<坪内稔典

鑑賞

3月は卒業や転勤などで飲む機会が多い。

 
俳人

稲畑廣太郎


(いなはた こうたろう、1957年5月20日[1] - )は、俳人稲畑汀子の息子で、高濱虚子の曾孫にあたる人物。

兵庫県芦屋市生まれ。1982年甲南大学経済学部を卒業。幼少時より母汀子について俳句に親しんでいたが、大学卒業後、合資会社ホトトギス社入社により本格的に俳句を志す。1988年「ホトトギス」同人、同誌編集長。2000年虚子記念文学館理事、2001年日本伝統俳句協会常務理事。2005年「ホトトギス」雑詠選者及び副主宰。2013年10月、汀子より引継ぎ「ホトトギス」主宰に就任。クラシック音楽の愛好家で俳句にも音楽を詠み込んだ句がある。句集に『廣太郎句集』『半分』『八文の六』、著書に『曽祖父虚子の一句』。



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=========初春 2018.03.02(金) 雨水 (近頃の世情))=========
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金言 東南アジア蓄電池=西川恵
毎日新聞 2018年3月2日 東京朝刊
 <kin−gon>

 先週この欄で、インドシナ半島内陸国ラオスが電力を100%水力発電で賄い、余剰電力をタイなどに輸出していると書いた。周辺国が火力発電や原発に走る中、ラオスの大きな優位性だが、自然エネルギー立国へと導いたのは一人の日本人だ。

 首都ビエンチャンから北方65キロのナムグムダム。水平線まで満々と水をたたえ、奥行きは見えない。面積は福岡市に相当し、湖面に無数に島が浮かぶ。日本三景の松島を雄大にした風景だ。貯水量約70億立方メートル。福島県奥只見ダム(約6億立方メートル)と比べその大きさが分かる。

 ダムは5号発電機まであり、現在、6号発電機の設置工事を日本が進める。ダムを稼働したままコンクリート堤体に穴を開け、水圧管を通して発電機を据える難工事。チームリーダーの日本工営(本社・東京)の堀洋喜氏(68)は「堤体にひびを入れては大変で、爆薬は使いません。日本が蓄積した技術です」と語る。

 ナムグムダム計画の始まりは1958年。スファヌボン殿下(当時は国家計画相、後に元首)はラオスに来ていた日本工営社長の久保田豊氏に「電力不足解消にアイデアはないか」と相談した。首都では停電が頻繁に起き、石炭火力発電所建設の話も出ていた。

 久保田氏は山が多く、水も豊富なラオスには水力発電がいいと進言。殿下の了解を得て調査に乗り出した。当時68歳。自らメコン川流域を踏査し、小型飛行機で上空から調べ、場所を特定した。「地盤は砂岩でダム建設にもってこい。地形的にもよくこんな理想的な場所を見つけたものです」と堀氏。ダム付近は狭く奥行きは広いから、小さな堤体積で巨大な水をためられる。

 ナムグムダムの堤体積は奥只見ダムの5分の1、貯水量は11倍強だから、いかに効率的か分かる。久保田氏は資金集めにも奔走し、世銀からも融資を取り付けた。当時、ラオスは内戦状態だったが、政府軍反政府軍は「国にとって大切」と建設現場一帯を中立地帯にした。ラオス最初のダムは71年に完成し、久保田氏は81歳になっていた。

 これ以後、ラオスはダム建設に注力し、現在約90カ所。総発電量の80%をタイ、中国など周辺国に輸出、「東南アジア諸国連合(ASEAN)のバッテリー」と呼ばれる。

 ダムは水産資源や観光資源開発、へき地振興にもつながっている。国の将来を見据えて進言し、先頭に立って自然エネルギー立国への扉を開いた久保田氏。一つのダムがラオスにもたらした意味は計り知れない。(客員編集委員


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経済観測 事業のアイデアと資金の集め方=インターネットイニシアティブ会長・鈴木幸一
毎日新聞 2018年3月2日 東京朝刊

 余剰資金がだぶつき、超低金利の続く日本だが、IT起業家の状況を見ると、米シリコンバレーはもちろん、アジアベンチャー企業と比較しても、事業のアイデア、資金の集め方がいかにもつつましい。ベンチャー企業の大半は、真面目ではあるけれど、小さな思いつきばかりが目についてしまう。海のものとも山のものとも分からない起業家に、理屈が付かない資金が流れるよりは健全なのかもしれないが、大化けが期待できない起業ばかりと、老いて枯れ始めている国には、そんなエネルギーしかないのかと、寂しい思いがするのである。

 先日、インドネシアの知人のご子息が、多額の資金を集めて始めたベンチャー企業の話を聞き、オフィスを訪ねてみた。日本のメディアでも紹介されているウーバーのバイク版といった企業である。ウーバーが人を運ぶのに対し、その企業は、人はもちろんレストランの料理から日常品、マッサージ師に至るまで運べるものはすべて即座に運び、決済まで行い、バーチャルネットワークバイク便によってつくり上げてしまおうという試みである。現在は50万人ほどの登録ドライバーを今年中にも100万人にする計画という。町では、その企業がドライバーに提供しているジャンパー姿のバイクが至る所で目についた。

 「まだ大赤字なのに、有力なファンドから2000億円近くも集めている。事業を展開する速さ、事業の大きさには驚くほかない。私などの世代には思いもつかないやり方だ」と、著名な事業家である知人は半ばあきれている。なけなしの資金で通信業を始めた私ですら、驚くような起業の仕方である。インドネシアは100万人ものドライバーをすぐにも集められる国なのだ。超高齢化、人口減の日本では無理な話ではある。


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憂楽帳 「海の男」との再会
毎日新聞 2018年3月2日 大阪夕刊 【山口敬人】

 40年近く前、胸躍らせた小説がある。海洋冒険小説の名作「海の男 ホーンブロワー・シリーズ」だ。

 英国海軍に入った主人公がナポレオン戦争の中で立身出世を遂げていく−−。読んだことさえ忘れていたが、ふいに思い出した。

 京都文化博物館で開催中の「ターナー 風景の詩(うた)」展で、風景画の傑作が並ぶ中、帆船を描いた作品を見たときのこと。「あっ、ホーンブロワーの世界だ」と。キャプションを読むと「ターナーが画家としての研鑽(けんさん)を積んでいた頃、イギリスフランスと戦争状態にあり、その紛争の主な戦場は海であった」とある。時代は一致する。我ながら鋭い。

 そういえば、シリーズの表紙絵は決まって帆船だった。ひょっとすると、表紙絵を手がけた画家の山野辺進さん(79)に尋ねてみた。答えは「ターナーは好きだけど、参考にはしていないなあ」。

 「鋭い」は取り消すとして、記憶のかなたから「ホーンブロワー」なんて名前を引っ張りだしてくる絵の力に驚いた。ターナーの縁。旧友に会うようなつもりで、書店に足を運んだ。【山口敬人】

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