ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

feel the wind このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-12-21

[]偶然の出会いには学ぶべきことが多かった 『サイゼリヤ革命―世界中どこにもない“本物”のレストランチェーン誕生秘話』 山口芳生


"サイゼリヤ革命―世界中どこにもない“本物”のレストランチェーン誕生秘話" (山口芳生)

 

先にこれは書いておいた方がいいかなあ。本当のことをいうと、この作品は間違って買っちゃったんだよね。「そんなこと・・・」といわれるかも知れないけど、電子書籍だとこれがある。だって、ほとんど中身を確認できる訳じゃないしね(一章だけ読めたり、目次を確認できたりするけど、面倒だからそんなことはしない)。でも、これこそ偶然の出会い、みんなにおすすめしたい良い作品だった。

 

僕の中で、サイゼリヤといえば今のようなファミレスみたいな形態のお店ではなく、学生時代に柏駅東口にあった「安価イタリアンを食べられるお店」で、特に夜中に食べた「コーヒーゼリーアイスクリームのせ」は最高の贅沢だった(今のコンビニようにいつでもスイーツが食べられるような環境ではなかったし)。

今でも近所にお店があるから僕はサイゼリヤのヘビーユーザでもあるけど、いつも注文するたびに「サイゼリヤって安いよなあ」って思う。その答えはこの本のほぼ最初に答えが書いてある。

「安くしようと努力し続けたから」である。

「はあ?」という声が聞こえそうだけど、その続きがまた凄い。

サイゼリヤのすごさは、その努力を1号店の時から40年以上にわたって続けていることにある。創業の時から「普通の人たちが日常的に食事ができる価格とはいくらであるべきか」「前菜からデザートまでのフルコースで食べても負担にならない単品の価格とはどうあるべきか」を考え続け、それに近づけようと努力しているのだ。

これがポーズじゃなくて、超が付くほど本気だから今のサイゼリヤなのだろう。「あきらめないこと」と「継続」が本気度を表していると思う。

 

ここでちょっと違う視点から。本書は所謂ビジネス書を多く出版している出版社のものではなく、柴田出版という「食に関する専門出版社」を前面に出している会社。さらに著者はその柴田出版在籍中に雑誌「月刊食堂」の中で「サイゼリヤ革命」を担当し、その後フリーライターになってもサイゼリヤを追い続けている記者。だから、上っ面でサイゼリヤを描いているのではなく、創業者である正垣氏、側近の人たち、そして会社の歴史などをインタビューと著者の考察で構成している。これが面白くない訳がない(実際にこれほど詳細に綴られる企業ノンフィクションは少ないと思う)。

 

創業者の正垣氏の理念は「お客さんが喜んでいる姿」だそうな。象徴的なインタビュー部分を抜粋してみよう。

’99年のメニューの価格改定で一番売れているミラノ風ドリアを290円にした(今は299円のはず)。

その時の正垣氏の言葉は、

ミラノ風ドリアを値下げした理由の説明として)

「なぜなら一番うれているから。その商品が売れるのは、それを食べたお客さんが喜んでいる証拠でしょ。一番売れるってことは、一番喜んでもらっているということだから、それを安くすればもっと喜んでもらえるってことじゃない。それ以外の理由はないですよ」

(中略)

「お客さんが喜ぶんだから、逆に最高なんだよ。お客さんに喜んでもらうことがチェーンストアのビジネスにおける優先順位の第一であって、利益を出すことは一番じゃないんだから」

普通に考えたら気が狂っているとしか思えない。普通はドラッグストアのように「客寄せの商品を用意して、他では利益を確保しますよ」的なビジネスモデルは存在しているけど、本当に客寄せではなく企業努力で利益を生み出す構造にしてしまうところがビックリなところ。

 

価値観という部分ではこの言葉が印象的。

「おいしさって何なのか。これを説明するのはすごくむずかしい。だから、何とか数値に置き換えたいと考えてきたけど、おいしさとは、客数が増えることではないというのが僕らのたどり着いた仮説。その商品に価値を感じるのならたくさん売れるし、そういう商品が揃っていれば客数が増える。簡単なことなんだよ」

いやいや簡単じゃないと思うけど・・・。

 

気になった部分はもっともっとたくさんあるんだけど、それを書いていると終わらないので、僕のレビューはこの辺にしておきますね。でも、読んだら間違いなくもう一度サイゼリヤに足を運んで違う目で店内を眺め、料理を味わうようになると思う。そういう僕はその通りの行動をとって、次は前菜からデザートまで一気にチャレンジするつもり。

2011-11-11

[]「心の中で感じる周波数が違う」 8人の作家によるアンソロジー『あなたに、大切な香りの記憶はありますか?』


"あなたに、大切な香りの記憶はありますか? (文春文庫)" (阿川 佐和子, 角田 光代, 高樹 のぶ子, 熊谷 達也, 重松 清, 小池 真理子, 石田 衣良, 朱川 湊人)

 

記憶は案外いい加減なもので過去の出来事は意外と自分に都合が良いように格納されていることが多い。複数の出来事がごっちゃになっていたり、時間的な前後が曖昧だったり・・・と。でも、香りと一緒に格納された記憶はかなり鮮明に、そして正確に記憶されていることにビックリする。それは恋愛かも知れないし、無二の親友との初めての出会いの時のことかも知れない。

 

僕は、毎年、沈丁花と金木犀の香りを感じた日を「今日から春(あるいは秋)」って決めている。このふたつの香りは本当に「今日から」って分かるぐらいに昨日との違いを感じさせてくれる。徐々に感じるんじゃなく、まるで申し合わせたように一気に香りを放つ。それらの香りが記憶のスイッチを押して、過去のいろいろな思い出を呼び起こす。それは毎年の年中行事みたいなものでもある。

きっと僕だけじゃなくて、みんな何かしらの香りの記憶があるんじゃないかな。記憶は鮮明なのに口に出して話そうとするとなかなかうまく話せなくて、結局はひとりごちて・・・。

 

そんな香りの記憶にまつわるストーリーが8つ、それぞれの作家さんのテイストが滲み出たアンソロジーがこの本。阿川佐和子石田衣良角田光代熊谷達也小池真理子重松清朱川湊人高樹のぶ子という超豪華メンバー。

少しだけ脇道に逸れて・・・アンソロジーの良さ。好きな作家ができるとその作家の作品ばかりを読んでしまう傾向がある(僕だけかな?)。でも、なかなか新しい作家の作品に手を伸ばすのはちょっとだけ躊躇する。せっかく買ったのに楽しめない、とか・・・。そんな時にはアンソロジーで新しい作家さんの味を試食してみると失敗がない。まあ、今回のようなメンバーであれば失敗はあまりないと思うけど。でも「心の中で感じる周波数が違う」ってことは体感できると思う。

 

8つのストーリーはどれも甲乙つけがたいんだけど、あえてひとつを・・・と言われたら熊谷達也の「ロックとブルースに還る夜」を押すかなあ。「香り」がテーマの作品に「音楽」も加えた反則技で挑んでいる。特に仙台それも国分町の土地勘があれば、きっとテキストが映像になって頭の中を駆け巡ると思う。作品の中では主人公がクラプトンのアルバムをリクエストするんだけど、もしこのストーリーを映像化した時のエンドロールのバックに流れる曲はこれ。

 

このアンソロジーの楽しみ方は電車の中で通勤や通学時に読むのではなく、それぞれのストーリーが似合う場所、Barであったりゆったりとしたカフェであったり・・・そして似合う音楽と合わせながら読んだら、それこそ本から香りを感じるよ、きっと。

2011-11-04

[]昭和な世界にようこそ! 『道徳不要 俺ひとり』 白川道


"道徳不要 俺ひとり (幻冬舎文庫)" (白川 道)

 

売上至上主義、効率重視な世知辛い世の中だからこそ憧れる白川道の世界。ヒリヒリするような毎日を過ごしながらも一本、筋が通ったような生き方。そんな世界が繰り広げられるのが彼の小説の特徴である。しかし、それを書いている作家も同じような生き方をしているかというと必ずしもそうとは言えない。現実はもっと泥臭く、人間味溢れる血が通った「生活」がそこにある。それは小説とは対局にある「日常」だ。だが、そこには同じ価値観で生き、時には自虐的な話で笑いを誘う、そんな白川道の姿を感じることができる。昭和な世界を「粋」に過ごす「素」の白川道を垣間見ることができるだろう。

 

ページをめくると八代亜紀の「舟歌」が似合いそうな白川道の写真が飛び込んでくる。さらにページをめくり、最初のエッセイを読んだら「笑い」とこころの中で頷く自分がいるはずである。ネットの世界だったら「激しく同意!」なんてテキストを自然に打ち込んでしまいそうなそんな文章がリズムに乗って目に飛び込んでくる。

「安けりゃいいのか」というタイトルで、のっけから白川節が炸裂する。

まず銀座の某クラブの某ママの一言。わたし本が大好きなの。休日にはたいてい小説を読んでいるわ。ほう、そりゃよかった、とわたし。小説離れが激しいと言われる昨今、うれしいじゃないか。喜んだのはここまでだった。涼しい顔で、近所の図書館で借りてきて読むの、ときた。耳を疑ったね。座っただけで何万もの金をふんだくり、挙げ句にシャンパンをねだったりするくせに、図書館で借りて読むのはネェダロー、っての。たかだか千なんぼの本ぐらい、買え、っつうんだよ。こちとらは難解な学術書を書いているんじゃない。以来、その店には二度と行かない、と心に決めた。だいたいが、いつから図書館は流行本の類を置くようになったんだ? 本来はもっと異なる目的があったんじゃないか。

たった300文字強のこの文章に銀座の店(とママ)、白川道の価値観、図書館に対する考え方が盛り込まれ、何よりも読んでいてそのリズムの良さについついページをめくるスピードが上がっていく。

僕の中には何人か天才だと思う作家がいるんだけど、白川道はその最高位にしたい作家でもある。彼の小説を知っていたら、このエッセイを読んだ瞬間に思わずニヤッとするに違いない。

 

エッセイならではの醍醐味はかなりの頻度で登場する中瀬ゆかり(エッセイの中では同居人という表現)との会話。白川道が何を言っても言い負かすことができない、いや、逆にケチョンケチョンにやられる姿を彼のペンが上手にトレースしている。

この本を読み終わった今、焼き鳥を食べながら酒を飲み、ペラペラとページをめくりながら読み返したい気分になってる。ただし、値段ではなくて仕事に筋が通った焼き手が焼いた焼き鳥であることが条件。

2011-10-22

[]ラーメンを食べようか、それともこの本を買おうか・・・悩む前に買った方がいいよ 『ラーメン愛国速水健朗

P1070551

今回はどんなテイストで書こうかちょっと悩んでる。前回のレビューは完全に本のテイストの延長だったので、今回同じように書くと結構堅めになってしまう気がする。そういう意味では「意識の変温動物」なのかも知れない。こんなことを書いているとまた前置きが長くなるから、とっとと本題に入ろうかな。

 

最初に断っておくと、本書は有名ラーメン店のうんちくや特徴のまとめなんかじゃなく(つまりラーメンおたくやラーメン通向けじゃないってこと)、ラーメンという商材を通して歴史、経済、政治をメディア視点で考察している非常にマジメな作品になっている。とは言っても、堅い話じゃないので多くの人が楽しんで読み進めることができるし、この本を教材として高校生ぐらいの子たちに授業をしても面白いと思う。それぐらい完成度が高い。

著者自身もまえがきでこう記している。

本書はラーメンについて書いた本であるが、ラーメンの歴史そのものに何か新しい項目を付け加えたりする性格のものではない。ましてや美味しいラーメン屋の情報などについても書いていない。日本の戦後のラーメンの普及、発展、変化を軸とした日本文化論であり、メディア史であり、経済史、社会史である。

著者のマジメな性格を感じる一文だと思うし、読み終わってみて間違いなくこの通りだったことを保証します。

 


"ラーメンと愛国 (講談社現代新書)" (速水 健朗)

5章構成のこの作品で半分弱を「1章 ラーメンアメリカ小麦戦略」と「2章 T型フォードとチキンラーメン」という内容に割いている。この本のキモはこの部分を多くのページで地道に積み上げていることだろう。表面的な事実の羅列だけではなく、日本人が持つアイデンティティに切り込み、その根拠を歴史的事実で説明(証明)する構造はまるで論文のようだけど、それを意図も簡単にやってのける(書いている著者が簡単だったかは知れないけど)技は読んでいて気持ちがいい。たとえば、日本人が持つ「米」に対する意識(特別なものとして感じるアイデンティティと言ってもいいかも知れない)を朝鮮半島での政策の一つとして稲作を強要したことを挙げ、民俗学の大御所である折口信夫柳田国男の言葉を引用しながら楔を打っていく。

2章ではもっと強烈な切り込み方をしていて、最初のパラグラフのサブタイトルを「技術より生産力が決め手になった太平洋戦争」と付けている。太平洋戦争の勝敗を分けたポイントがこの価値観の変化であることを説き、そんな中でチキンラーメンを生んだ安藤百福日清食品創業者)に注目している。それも技術的な目新しさだけではなく、決済システム、流通などを含めてチキンラーメンが世の中に与えた影響を紹介している。

そして、安藤百福チキンラーメンによって日本に、日本人に「ラーメン」という名称を浸透した。その結果、沖縄だけが「沖縄ラーメン」ではなく「沖縄そば」として現在に至っている。その理由が知りたい人は本書を最初から読んでくださいね。

なぜかと言うと・・・元々、友人の丹ちゃんがFacebookに書いた一言がこの本に導いてくれたので。

FB_ラーメンと愛国

 

ラーメンとは関係ないけど(これも2章に登場)サブタイトル「ポパイはなぜ缶詰のほうれん草で強くなるのか」はガツンと一発お見舞いされた感じだったなあ。ネタバレしたくないから内容は書かないけど、本書の真髄を表現した3ページかも知れない。

 

田中角栄を考察しながらも時代時代の風俗を押さえた文章はなかなか書けるものではないと思う。これが今時のラーメンよりも安く手に入るかと思うと微妙な心境になるのは僕だけじゃないでしょう。

2011-10-15

[]すみません、面白すぎてレビューで中身まで書けませんでした 『テレビは余命7年』 指南役


"テレビは余命7年" (指南役)

 

この書籍は『本が好き!』から献本いただきました。

 

そう、共感。作り手が志を持って、本気で取り組んだものは、必ずや視聴者の心に届く。

視聴率より志。いや、志のある作品は、そのうち視聴率もついてくる。今はソーシャルメディアの時代。評判のいい作品は、必ず人々の耳に伝わる。

これがこの本の根底に流れる考え方だろう。タイトルは若干ショッキングでインパクトを与える、キャッチーなタイトルになっているけど中身は本当にマジメにテレビ業界を言及している。

 

ちょうど僕らの世代はテレビと一緒に成長してきた世代だろう。物心ついた時には家にテレビがあり、テレビというハードウェアの進化と番組というコンテンツの進化がリンクして、テレビの情報が世論を作るといっても過言ではない時代を経験してきている。そんなテレビは映画を斜陽産業に追いやり、自身はメディアの王に君臨した後、今は逆にインターネット上のサービスに追いやられる羽目になっている。波乱万丈な生き方(?)だけど、YouTubeでついついはまるのは昔のテレビ番組だったり、はたまた古いCMだったりとその影響力は今でも根強いものがあると思う。

と、テレビ論の話じゃないんだ。そうそう、この本の話ね。

 

著者というか本書を書いている「指南役」というのはペンネームというよりもチームの名前で草場、津田、小田の3人。過去にも指南役の著書を読んでいるけど、文章は笑いと取りながらも非常にマジメに書かれているのが特徴。裏付けや確認作業などかなり地味な作業をしているはずなのに、「ドヤッ!」って感じは全くなく、淡々と書いている。ちなみにテレビ、テレビ業界、歴史、その裏側などのアウトラインをキャッチアップするなら本書を超えるのは難しい、ってぐらいよくまとめられている。広い意味で広告や企画の仕事に携わっている人であれば間違いなく読む価値がある、いや、絶対に読んでおいた方がいい。

 

よく言われる良書の特徴は、「はじめに」や「序章」が面白い本は内容も面白い、と。本書は「プロローグ」で

「テレビの終わり」の始まり

ってスタートする。そしてこう書いている。

この本は、衰退へ向かいつつあるテレビというメディアに、非常にもその余命を”宣言"した本である。

かなり挑戦的な語り口調。でも、読んだら分かります。決して批判的ではなく、愛情たっぷり、テレビが好きだからこそ余生(?)をどうすべきかを提言している。

じゃ、なぜ「7年」と具体的な時期を切っているのか。都市銀行の一つだった北海道拓殖銀行倒産は「不動産取引の総量規制」から7年後。話は違うけど、「不動産取引の総量規制」絡みは映画の「バブルへGo!」を観るといいですよ(この映画の企画にも指南役は関与しています)。そして、ペリーの黒船来航から井伊直弼暗殺までが7年。

どうです、興味をひかれませんか?


"バブルへGO!! タイムマシンはドラム式 スタンダード・エディション [DVD]" (馬場康夫)

 

本当の内容に入る前にこんなに書いちゃったよ。実はいっぱい付箋を貼って、書きたいことが山のようにあったのに・・・。じゃ、一つだけ。

「リモコンと視聴率至上主義」という部分が僕には刺さった内容で、「視聴率」中でも「毎分視聴率」が諸悪の元凶と説く。リモコンによってザッピング(チャンネルを切り替えて飛ばしていく行為ね)が増えた。要はその場にいながらチャンネルを変えられるので、CMのタイミングなどはチャンネルを切り替えられる絶好のタイミング。それを回避するために生まれたのが、「CMまたぎ」。いいところでCMになり、CM明けにCM前の復習のようなシーンが流れて、ようやく本題に入る(でもほとんどは大した内容ではない)。これも対毎分視聴率という指標があるがためにあみ出された技なのである。そして、その技はエスカレートし、テロップ、煽り、笑い声と盛り上げる手段の連続技というかオンパレード。でも、テレビのこちら側には冷めた視聴者しかいないという現実。

 

こんな内容が250ページ続く。

しかし、僕のレビューはここで終わるので、残りの部分は皆さんが実際に体験してください。