2006-11-08 (水)
■[競馬][ニュース] 名前しか知らなかった馬でしたが
ひたすらキングヘイローに肩入れしていたクラシックは何年だったかしら。
以後、めっきり競馬から離れてしまいながらに、デルタブルースという馬は気になっていた。
名前のかっちょよさ、ダンスインザダークの血、そしてステイヤー不遇の時代に、遠国に活路を見出すという生き方。いや、馬が選んだわけじゃないけど。
そして歴史的快挙。
http://www.netkeiba.com/news/?pid=news_view&no=16772&category=C
メルボルンカップって、ハンデ戦なんですね。とはいえ、デルタが7番人気、ポップロックが1番人気というこの記事は本当なんでしょうか。
しかし、マスコミの扱いのなんと小さいことでしょう。ほとんど無視に近い気が。ディープインパクトよりもよほど明るいニュースなのに。
競走馬ってのも辛いもので、走って、走って、1着になる以外に、生き残る術は(ほとんど)ない。
それなら、短距離でダメなら長距離で輝ける、くらいの選択肢があってもいいですよね。
それとも、今はあまりステイヤー不遇とは言わないのかな。
浦島状態で触れる昔の趣味というのもまた楽しく。
移ろいやすい性格というのも悪くはないですよ。
2006-04-22 (土)
■[リーマンとして][IT屋として] Passion For The Future 様 - LocatePC - ノート盗難対策ソフトウェア
マシンがインターネットに接続するたびに、IPアドレスその他を、所定のアドレスに自動的にメール送信するというもの。
ノートの紛失に怯える身としては、いいモノかも知れない。
つまり、休止状態で紛失し、アカウントロックを解除されてしまっても、ちゃんとメール送信されるというわけですね。実際に試してOKでした。
が、盗まれて即OSごとクリーンインストールされてはもちろん無意味なので、あくまで気休めにしかならないでしょうが。
メール送信される情報が、どの程度捜査の助けになるかも未知数ですし。
まあ、何もしないよりは、ということで試しています。
2006-03-19 (日)
■[日常][育児ゲーム] 4歳男児が5歳男児になりました
はや5歳……。
なお、1月後には6歳女児が7歳女児になるわけですが。
この年子はもう少し間違えると(6歳女児があと1月誕生日が早く、5歳男児があと1月誕生日が遅ければ)3学年違いになり得ていたというこの不思議。
家人がつぶやくまで、そんなことは思ってもみませんでした。
■[音楽] 浜松にコバケンが、上原彩子が。
浜松交響楽団第60回定期公演は、指揮に小林研一郎、ソリストに上原彩子という超絶ビッグネームでした。
上原彩子が5月には出産予定というニュースを耳にしたときは、おいおいこの演目はどうなる、と思わず口走りましたが、まったく普通にやっていますね。これを最後に産休でしょうか。
エグモント序曲から、はやパワー全開。初めて見る生のコバケン。いやあ、話どおりに踊る、跳ねる人。
格好良さとはほど遠い(失礼)指揮ぶりではありますが、やはりその熱気には圧倒されるばかり。
こういう人が海外で功成り名を遂げているのですから、クラシックも案外お堅いばかりのものでもないわけですよ。
そして、上原さん登場。おお、やはりそれとわかるお腹。
ピアノ協奏曲は、モーツァルトの22番変ホ長調。ほとんど知らない曲。そのための先入観もあってどうしても地味な音楽と聴こえてしまう。
上原さん(生で見たアーティストは、どうしても「さん」になってしまいますね)といえば、パワフルぶりが本領(と勝手にイメージづけていますが)。が、それは決して繊細な表現がダメだなどということではないわけで、2楽章3楽章では、しっかりとモーツァルトの歌を満喫しました。
彼女の出産予定の話題がどこかで触れられるのだろうかと思っていれば、モーツァルトのあとで、コバケンさんの口から発表。
笑顔がまぶしゅうございました。どうか元気な赤ちゃんに恵まれますよう。
そしてそしてメイン。「巨人」。
「交響曲第1番」に、とてつもない才を感じる作曲家といえば、やはりマーラーとショスタコーヴィチ。
そのマーラーだ。「第1番」にして、なんとよくできた曲。なんと「僕らがよく知っている、マーラー」になりきった曲、と、僕がずっと感じていた一曲。
2楽章に驚く。冒頭の低弦から、全開。こういうものなのか? そこからも次から次へと、迫力で押す演奏が続く。よくできた曲、と感じさせる構築美とは無縁だ。僕がこの曲に抱いていたものが、次から次へと崩されていく。
しかし、ああそこはそうじゃないよ、と不遜なつぶやきを漏らす暇も与えてはくれない。これは、CDじゃないのだ。
それでいて、フィナーレで1楽章の主題を回想する最初のところ。まるで9番の終楽章を聴いているような感覚にさせられる。この寂寥感。
いや、9番の終楽章、というのはさすがに言い過ぎか。9番の終楽章は、寂寥感、などという陳腐な言語化は許されない。この、「巨人」のフィナーレは、寂寥感、とあえて言い表してしまってもいいと思った。
もちろん、この演奏を貶めているんではない。何度も、何枚ものCDで聴いてきたこの曲に寂寥感を感じるなど、初めてだ。
拍手は鳴りやまない。楽団1人1人を立たせて、笑いも振りまきつつ、朗々と舞台挨拶を進めるあなたを見ていれば、ファンになってしまいそうな気持ちが抑えられないではないですかまったくもう。
久しく忘れていた、まったくタイプではない子に恋をする感じ。
本当は、「残念なことに聴衆のレベル低すぎ」という現実もあったんですが、そんなことより演奏を思い出すほうがずっと幸福ですね。まったくありがとうコバケンさん。
2006-03-14 (火)
■[音楽] MIDIに衝撃。投資はまだ要らない(してしまうかも知れんが)
ようやく、MIDIに対してシャッポを脱ぐ日が僕にもやってきたわけで。
長いこと、MIDIでの音楽なぞ、旧世紀のゲーム機程度のチープな電子音(まあ、これにはこれ独特のノスタルジーというものがありますが)によるもので。
第一、機械の演奏などでは、本来あるべき音楽的興奮は得られるはずもない。
そんな通りいっぺんの印象しかなかったわけですが。
「クラシック音楽界の青空文庫」という素晴らしい理念のサイトをたちあげておられるユングさんのご案内がある。
「少しでもMIDIをよい音で聞くために」
http://www.yung.jp/saisei/sound.htm
とりあえず、外部音源の導入に先立って、無料の内部音源を試す。
が、やはりシンセサイザーはクラシックにはそぐわないことをあらためて感じる。定評があるらしいソフトウェア・シンセの体験版を聴いてみても、やはりピンと来ない。
MidRadio Playerというフリーのプレイヤー。以前すでに入れていたが、単なるMIDIプレイヤーとしても使用できることを知る。
CLLASSICAL MUSIC ARCHIVES
http://www.classicalarchives.com/comps/
より、以前落としていたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(フィギュアスケートのBGMになってたり、のだめカンタービレに出てきたり、で、いっそう知名度がはね上がりましたね)の2台ピアノ版(以前はてなでもWANTEDされていたが、2台ピアノ版はCDが出ていないようなのだ)を聴いてみる。
衝撃。
冒頭のクレッシェンドが、続く2台のピアノのせめぎあいが、CDさながらの響きをもって聴こえてくる。
知って聴けば、機械の演奏であることは、まあ、わかってしまう。アルペジオやトリルに人間味を持たせるのは、このあたりが限度なのかも知れない。けれども、ピアノは、十二分に歌っている。
いや、聞いていた通り、MIDIは音源ひとつでここまで変わるんですね。ここまで立派に音楽になるのですね。外部音源はまだ試していませんが、とりあえずわかりました。
というわけで、MIDIの打ち込みを始めてしまいました。まだまだわからんことだらけです。

とりま一回3 万って事で約束してたんだけど、
色々オモチャ使ったりビデオ撮ってあげたりしたら
1 0 万 貰 え た 件 wwwwwwwwww
やりたい放題するほど報 酬増えるとかマジキチwwwwww
http://koro.chuebrarin.com/B480vQ1/