Hatena::ブログ(Diary)

しあわせは日々のなか

2010-01-31 日

[]もうすぐ6年になる

 はてなダイアリーを始めて、もうすぐ6年になります。

 元々は、はてなダイアリーキーワードに「荻原規子」が無いのはなんでなの! というのが不満で、作ろうと思ってはてなに登録して、でもキーワードを作成するには、はてなダイアリー市民にならなきゃいけないというのを知って日記を書き始めたのでした。
 以来、毎日書いたり間が空いたりしつつ、こうして続けている今に至ります。

 それまで自分しか見ないノートに書きつけていたようなことを、ここに書くと、「誰か」に読んでもらえて、好き、とか共感した、という言葉をもらえて、それが嬉しくて、「その人」に読んでほしくてまた書いて……という風に、読んでほしい「誰か」はだんだん「特定の誰か」に変わっていきました。

 今は……どうだろう。「これは、あの人には共感してもらえるかも」ってぼんやり想定しながら書いていることもあるけれど、「読んでほしい」よりも、いかに自分が納得いく言葉自分の書きたいことを書くか、の方が上位に来ている気がする。

2010-01-30 土

[]Twitter にて

 消したPostに限って反応があって嬉しくて消したことを後悔するから、むやみに消さないこと!! ……って何度思ったかわからない、が、つい消しちゃって、その後にリプライもらって、またちょっと後悔するんだよねえ……うむむ。

2010-01-29 金

[][]口述試験

 卒論を読んだ先生からどんなツッコミをされるのかと、ものすごく緊張しながら口述試験を迎えたのだけれど、思いがけなくお褒めの言葉らしきものをちょうだいしてしまった。嬉しい!

2010-01-27 水

[]最近男性にときめいた瞬間

 じいっとこっちを見つめて話を聞いてくれてる幼稚園児の男の子が、目が合いそうになると照れくさそうにそっぽを向いたとき。
 あと、ファミレスで近くの席にいた穏やかそうな年配の男性が、「はい」じゃなく「ええ」ってウエイトレスさんに返事してたとき。

2010-01-24 日

[]自分の声が大嫌いだけど

 絵本読み聞かせをすることや、ストーリーテリング(昔話や創作童話などの、お話を覚えて語ること)が好きなのは、「お話を覚えて語る」って過程を経ることで、普段は嫌いな自分の声が濾過される感じがするから、だと思う。
 自分の声や話し方が、普段ほんとに嫌いなのだ。誰かと喋ってる途中で、自分の声は耳障りだなあって、嫌になることもある。人への媚びへつらいが含まれていて、耳につく黄色い声で。でもそういう、普段は含まれている嫌いな成分が、覚えたお話を語る時の声からは抜け落ちてる……気がする。

 「素朴に語る」ことが求められ、大げさすぎる演技はむしろ諌められる点も性に合ってるんだろうな。お話を語るのは「自分」だけれども、あくまで「お話」が主役、「自分」は単なる語り手でわき役、なのが落ち着く。歌や演技*1ほど自分を押し出さなくていい……ような気がする。

 自分を「見せる」のが苦手、見られる側に立つのが苦手だと、その手のことからは小学生の時から逃げ続けているわたしはもちろん人前で話すのも苦手だけれど、絵本読み聞かせたり「覚えたお話を語る」ことは、苦にはならない(緊張はしますけどね)……その理由はそのあたりにあるんだろう、と考えたら、納得がいった。

[]しゃべりたくないな

 「軽々しくこんな言葉を使いたくない」「こうはしたくない」ってものごとがたくさんありすぎて、うっかりそれを自らやってしまった時すごくへこむ。
 自分の発する言葉が、あんまりにも薄っぺらくて薄汚くて嫌になってしまう。「しゃべった後自分の言葉も声も汚く思えてしゃべった事実を消したくなる」のはおなじみの感覚だけれど、今日は特にそれで落ち込んでいる。
 たぶんもう少ししたら、平気でへらへら笑ってきゃいきゃい喋ることができるようになるとは思うけど。

*1:これらに、本格的に取り組んだことはないから的外れなことを言っているかもしれないけれど

2010-01-23 土

[]自分の声と話し方と笑い方が嫌い

 時々自分の声や話し方が嫌になって喋りたくなくなる、そんな自分の取り扱いが面倒で消えたくなる。
 自分容姿性格への嫌悪は近年和らいだというか諦めついてきたけど、笑い方話し方への嫌悪はなかなかとれないな。耳障りで嫌になる。

[]小さなしくじり・気づかないしくじり

 訊けば大抵「え、そんなの気にしてなかったよ」と言われるような小さなしくじりをいつまでも気にしてる。
 自分が気づいて気にしてることは大抵たいしたことなくて、他人に本当に嫌な思いをさせてるとしたら自分では気づいてもいないところなんだろうって、考えると怖い。

2010-01-21 木

2010-01-20 水

[]痩せたことについて

 高校生の頃痩せたい痩せたいと騒いでいろいろ試しながらもほとんど変化がなかったのが嘘のように、去年すとんと痩せた。といっても手足の太さは変わっていないから、ぱっと見はそんなに変化していないと思うのだけれど。お風呂に入っている時や着替える時に、「あれ私こんなに肋骨浮いてたっけ……」とびっくりすることがある。
 身長の伸びは中学入学前にほぼ止まり、以後体重もずっと変化していなかったから、「体型が変化する」体験は久しぶりで、なんかへんな感じ。

 ……こんなこと書くと「ちゃんと食べてるの?」って心配されるので付け足しますが食べてますよ……! 今日ツナじゃがいもグラタン(参考:http://www.kikkoman.co.jp/homecook/search/recipe.php?numb=00002774)作ったよ!!

2010-01-19 火

[]しつこくひきずる自分

王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法

王国 その2 痛み、失われたものの影、そして魔法

 私は、ああ、そういうものなんだと思った。こんなにも嬉しくて、すっきりとした状況で、これまでよりは希望がある将来が予測できて、生命力に満ちた女の人が自分のそばで愛してくれているとしても、過去の重みが体から抜けていくまではずいぶんと時間がかかるのだ。たとえどんな面白くない過去であっても(pp.42)

 過去のことは過去のこととさっぱり割り切ることがなかなかできない自分に、罪悪感がわいて息苦しくなる時に、この本のこの箇所だけを読みたくなる。このままじゃいけないと思ってるけど、ほんとはどこかで「このままでいいよ」と言って欲しくて、それを叶えてくれる言葉を求めてる、ってことかな多分。

 忘れなきゃいけない、ひきずってちゃいけないと思い詰めていた時より、「そういうものなんだ」という言葉で少し楽になれる。罪悪感がきれいに消えてなくなるわけじゃないけれど。

[]自分の容姿を、自分の身体を

 自分の身体(の一部分)を褒められた時の嬉しさって、すごい。自分のしたことできることについて褒められても「私程度の人いっぱいいるし代わりきくし」って思ってしまうのに、髪さらさらだねーとか細いねーとか言われると自分にも存在価値あるんだ!って勢いで嬉しい。身体の美しさこそ、私程度の人も私以上の人もわんさか存在するのにな。

 だからわたしもがんがん周りの可愛い女の子を褒めていきたいのですが、なかなか上手に褒め言葉を口にのぼらせることができず口惜しいのです。むむむのむー。

2010-01-18 月

[][]大好きな先生

 今日ゼミメンバー研究室に集まる最後の日で、先生から口述試験についての説明があった。
 私はこの先生が大好きで、一年生の時から勝手に「一生師と仰ぐ」と決めている。その先生に、精一杯の告白をした。……いや、とあるレポートにつけてもらったコメント(丁寧な文章で云々、って書いてもらったことがあったのだ)がすごく嬉しかったです、って言っただけなんだけど。

 もっとありがとうを伝えたかったけれど、それは口述試験が終わってからにしよう、と思ってしまっておいた。

2010-01-17 日

[]褒めること褒められること

 褒め言葉のつもりだけれど相手に伝えても困りそうだから、しまっておくことがある。
 相手が喜ぶ褒め方したい。でも人褒めるの下手なんだよね……。「自分の気持ちをそういう風に言葉にできるの羨ましい」って言われたことあるけど、そんなことより人を褒める言葉がちゃんと出てくる人間になりたいな。

 褒められても、嬉しくないこともあるものね。「これは褒められたんだろうけど……」って困ってしまうこと。自分が発する褒め言葉が、相手にとってそうだったら嫌だな、と考えてしまう。評価を(たとえ好意的なものだったとしても)当の相手に伝えるって難しい。

 褒められると、ずっとその褒められたような状態を維持しなきゃいけないみたいでプレッシャーを感じることもあるし。ただ私はへこんでる時、以前もらった褒め言葉を思い出して自分を慰めるような人間だから、褒める側になって還元したいって気持ちもあるのだ。

2010-01-15 金

[]弱い、というより飢えてる?

 「自分と付き合うとこんないいことがあるよ」ってアピールされても、「こんなに自分ダメ人間だけど、よかったら」ってアピールされても、ひたすら困るだけだったけど、私のどこが好きかどれだけ好きかは伝えられると嬉しかったな、と、ふと思う。

 ……要するに褒められたり好意を伝えられたりするのに弱いってことですね。

2010-01-12 火

[]成人式

 私は成人式もそれに伴う同窓会も行かなかったんだけど、昨日twitter眺めてると成人式を迎えた人たちが楽しそうで、ちょっと羨ましかった。
 帰省した時に振袖着て写真撮ったりはしたんだけど、成人の日にはもうテストレポート提出日も近いから、って帰らなかったんだよね。
 どうにか時間をやりくりして帰ればよかった……と思えるのは今だからで、当時はその時のことで手いっぱいで、とてもとても旧交をあたためる余裕なんかなかったんだろうな、とも思う。

2010-01-09 土

[]捨てる

 子どもの頃は物を捨てるのが苦手だった。くだらない落書きをした紙きれとか、どんなにゴミみたいなものでも、それが永遠に自分の手を離れてしまう、二度と触れなくなってしまう、というのはものすごく怖いことに思えたのだ。

 でも年齢が上がっていくにつれ、なんでもかんでもとっておいたらきりがない、とっておいて大事にしていられるものはそんなにたくさんはない、ってことに気づいてきて、だんだん捨てるのが苦にならなくなってきた。

 要らないものを捨てることでさっぱりした気分になるにつけ、要らなくなった物にも執着して、捨てるのを惜しんでいた小さな子どもの時分を思い出す。多分、その物もそれにまつわる記憶も全部抱えて生きていくつもりだったんだろうな、と思う。自分でも把握しきれないほど自分世界が広がるなんて、全部覚えておいて全部抱えて生きていくのは無理だなんて、当時は知らなかったのだ。

[]母と電話

母は電話でかれしさんのことを尋ねる時「お友達とはうまくいっとっと?」と言う。
何故に「お友達」という呼称なのか謎だけれどまあ通じるし、私としても「彼氏」だの「恋人」だのいう単語を親との会話で出すのは恥ずかしいので助かっている。

2010-01-08 金

[]『雀の手帖』

雀の手帖 (新潮文庫)

雀の手帖 (新潮文庫)

 ずっと前友人に、「幸田文なら何から読めばいい?」と訊いて教えてもらったもの(たぶん。記憶違いだったらごめんね)。
 冬のきりっとした空気の中読む幸田文はいいなあ、と思った(ちなみに、夏のだらだらした暑さの中涼しい屋内にひきこもって読みたいのが、三浦しをんエッセイだ)。「私がおちゃっぴぃな小娘だった頃はね」とか、言ってみたくなる(単純)。

2010-01-06 水

[]有川浩小説が、実は苦手

 …と言ってもわたしは『塩の街』と『Story Seller』しか読んでいないんですが、それだけで、すっかり苦手意識ができあがってしまい、いくら『図書館戦争』を始めとする他著作が周囲で評判がよくても、読む気になれないんです。
 多分それは…『Story Seller』を読んだ時に思ったことなんだけれど、作中で「かっこいい」「かわいい」「素晴らしい」「正しい」とされている、人物とかものの考え方とか行動がしっかりあって、それ以外のものは排除されている(敵と見なされたり引き立て役でしかないその他大勢だったり)気がするんですね。作中で「良い」とされていることを実行できない人間は受け入れられない感じ。
 作中で「良い」とされているものを「良い」と思えないわけじゃないんですが、その「良い」に迎合しない人間を生かしてはおかない感じが、息苦しくて、とっても苦手なんです。

 二作だけ読んで判断するのは早計かな、とも思うし、やっぱり面白いという評判を聞くと気になりはするんですが…読んで「やっぱり苦手」って思いをする可能性のある作品より、自分が好きそうな本を読む方が楽しいので…多分私はこれからも、有川浩小説は読まないと思います。

2010-01-01 金

[]お正月

 昼過ぎに外に出た。住宅街はいつもに輪をかけて静かだった。昼間なのにまるで深夜みたいな静けさ。
 元日商店街に行くと、お休みシャッターを降ろしているお店が多いわりには人通りがあったけれど、それもいつもよりはずっと少ない。宮城道雄「春の海」がスピーカーから流れてくる。箏の音を聞いても、もう「お正月っぽい」と思うより先に、箏曲部時代のことをあれこれ想起して懐かしくなってしまう。