あたし虫けら

 私は異性に接する時、「私は異性から女性として見られてない、むしろ人間として見られてない、というか視界に入ってない、つまり虫けら同然」というのを前提としてるんだなあ、とふと気づく。

 小中学校九年間、一学年一クラスの固定化された環境の中で、男子に好かれる女子というのは明るく可愛く勉強も運動もできる子と決まっていた。私みたいな、すみっこでいっつも本を読んでいる根暗地味女子が誰かに好かれることがあるなんて思えなかった。好きだの付き合うのって世界の中で私は数に入らない、虫けら同然だと思っていた。
 高校生になり大学生になり、人の好みは色々で、私みたいな地味女子は地味女子で少しは需要があるらしいと知る出来事も起こったけれど、それも「私を好きになるなんて奇特な人ですね」というところに回収してしまった。「虫けら同然の自分を好きになる人なんているわけない、いたとしたらその人は相当な物好きだ」という考え方、捉え方は変わっていないのだ。中学生の頃から。