2012-02-13
iPadは買ってくれなかった
周産期医療の質向上に関わる多施設共同研究に参加しているのだが、参加施設への研究費の配分としてまとまった金額を頂いた。現金ではない。金額を指定されて、この金額で欲しいものを申請せよということだった。ただし消耗品に限るとのこと。文房具とか事務用品とか、書籍とか。申請したものを研究本部が買って、こちらへ送ってくれるのだそうだ。
なんだかなあと思った。これって世間様に胸張って申し上げられるお金ですかとちょっと聞いてみたかった。おそらく年度末の予算消化だろうとは想像がついた。街角のあちこちでアスファルトを掘ったり埋めたりしているのと同類の支出。新生児搬送でその舗装の継ぎ目に赤ちゃんをがたがた揺らされながら救急車を走らせているのだが、その予算消化の片棒担ぎに成り下がったような気がした。要るものは買う、要らないものは買わない、どうしても要るものが買えなければ金を工面する、頂いた金が余れば返す、真っ当なお金の使い方ってのはそういうものだろうと、私は思っていたから、余った金の使い道を探して無理に使い切ろうとするようなこの通知が、なんだか後ろ暗いものに思えた。
でも聞いてみられたりしたら、聞かれた方はきょとんとするんだろうな。今に始まったことじゃなかろう。単年度予算の研究費を運用しておられる研究者の皆様なら、その何が悪いんだと仰ることだろう。あいにくと不勉強な私はそういうお金に触る機会がこれまでなかった。ぶしつけなのはご寛恕頂きたい。
通知のメールを読んで、何とはなく嫌な気分がして、INBOXに放置していたんだが、そんなきれい事言って俺たちが使わなかったらどこか別口で消化されるんだろうとも思った。それに俺たちが参加している以外にも世の中には多くの研究があって、たいていは単年度予算で、年度末には文房具を買っているのだろうと思った。俺たちばかりじゃないし、俺たちが止めたって日本国の支出の削減にどれほども寄与しない。こうして堕落するんだなと、ちょっと思った。
思いつつ、それならiPadなんて買ってみたらどうだろうとも思った。金額は、iPadを4枚買ってお釣りが来るくらいだった。要るものは身銭を切らねばならぬとして、こういうお金は、身銭を切るほどの必然性は無いけどあったら飛躍的にステージが上がるもの、に使うべきなのだろうと思った。予想外の敵を倒してボーナスポイントをたくさん手に入れてダメージ限界突破の武器を買うみたいな。iPadはたぶんNICUに1枚あるだけじゃ機能を十分に発揮できないんだろうが、4枚を連携させたらいろいろ面白いんじゃないかと。まあ具体的な内容は若い者が考えるわな。
で、申請してみた。iPad4枚。みごとに却下された。コンピューターですからいけませんと。そのメールを見ながら、いやコンピューターって消耗品でしょ?と、文房具でしょ?と、事務用品でしょ?と、ちょっと言い返してみようかとも思ってみた。2年前に買ったiPadに資産価値ってあるの? 医学書並みに腐るの速いでしょうよ。でも、そんなことを言われても向こうの担当者が困るだけなのも推測はつくのでやめた。ちょっと書きかけたメールを削除して、あらためて、文房具らしい品目をいろいろ考えた。
結局のところは看護師達が熱心に書いている面会ノート用に、超高級の多色サインペン、ファーバーカステルのピットアーティストペンビッグブラシ48色とか、その他諸々の、それこそ身銭を切ってはなかなか買わないものを願い出てみた。折角の面会ノートにかすれたペンを使われても貧乏くさくて赤ちゃんの人生の始まりにけちがつきそうだし。
科学技術立国なんたら理系離れがどうたらと、我が国の将来を案じる声もあるし、財政規律の立て直しなんて議論も真っ盛りだけど、年度末にあちこちで文房具はいいけどコンピューターは駄目ですなんて話をしているようじゃ、無駄の削減も科学技術の進歩もどっちも半端で共倒れだよなあ。
2012-01-22
指導医
新生児専門医受験、ついでにジャパンカップ観戦 - こどものおいしゃさん日記
日本小児科学会主催の臨床指導医研修会を受講してきた。敵がインフレーションしているとは思っていたが、予想よりもかなり早かった。
後期研修の世代の皆様もそんな貧相なところには滅多に希望されることのない、場末のちいさなNICUで、指導医を名乗ったところでそれはエア指導医に過ぎないわけだが。しかしそう名乗る人間がいないとうちの小児科が将来的にじり貧になる。誰かが汚名を着なければならないのだろう。世の中にお付き合いしていくためには。
指導の場面でのいろいろな手法を学ぶ。討論とか寸劇とか。私は高校のブラスバンドで一生ぶん堪能したので「素人芸」はもう嫌なんだが、わがままを言っても始まらないので参加する。参加してみると、事前の講義でこれはこういうからくりでこういう心理になりますと、説明を聞いているにも関わらず、その説明通りの心理に自分の気持ちが動いていくのが興味深いような、空恐ろしいような、気がした。
2012-01-05
あけましておめでとうございます。
過去のオトシマエをつけるために未来はあるのです。
2011-12-31
うちの小児科もけっこう良いチームじゃないかと思う
仕事じまいの日からNICUの入院が立て込み、そこへ恒例の年末年始小児救急の繁忙が重なって、結局年内は休み無く出勤している。
仕事じまいの日に早産双胎の帝王切開を二つ連続でやると産科から言われたときには頭が真っ白になった。NICUのベテランに、おい予定のに加えてもう一組双胎だって言ってるよと言ったら、全く動じず「分かりました」と承知して、点滴の準備は何、人工呼吸器は何を何台どの設定でと確認のあと、2件の帝王切開立ち会いに参加する看護師までできぱき手配された。まったくうちのNICUは部長の私が小心者で頼りない分を看護師の度胸で補っているのだなあと思った。
双胎の早産児(極低出生体重児内外)2件の帝王切開、つまり計4人入院のどたばたを、小児科のほぼ全員が居残って加勢してくれた。明けて年末休業期間の救急も、外来担当の一人だけではなく、ボランティア(いや、もちろん時間外手当は出しますよ)で加勢がついて、けっきょく午前中の患者さんの多い時間帯を3診で乗り切っていた。翌日も、今日もまた。
けっこう良いチームなんだよなと思った。医者も看護師も。
そしてまた、午前中に患者さんがごった返すと言うことは、どうせ休業中なんだし何時でも良いだろと横着に構えず、きちっと午前中の時間帯においでになっていると言うことなので、この付近の子供たちや親御さんまで含めて、当院小児科はよいチームなのだと思う。
感謝しつつ、もうすぐ本年の私の仕事が終わる。皆様良いお年を。
2011-12-26
君の名は
新規入院はたいてい生まれた当日なので、赤ちゃんに名前はまずついていない。入院後の急場を乗り越えた頃に、赤ちゃんの名前が決まる。
よい名前と感心することもあり、残念だと思うこともあり。ときには、この子の将来を制約するのはNICUでの経過じゃなくてこの名前なんじゃないかと思うこともあり。
名前を考える際に、赤ちゃんを抱いた夫婦の写真入りで「○○で〜す」と書かれた年賀状とかSNSサイトとか、そういう場面ばかり想像してるんじゃないかと思うこともある。この子がこの名前を書いた履歴書を手元に持った担当者との面接にのぞむ入試の場面とか、この名前を書いた名刺を取引先に渡してよろしくお願いしますとお辞儀をしている場面とか、この名前が入った名札をつけて部下を叱っている場面とか、多少は想像してみるべきなんじゃないだろうか。
名前で人を差別するのは、それは単純に悪いことだろうけれども、それでも名前は当人に関して、「そういう名前をつける親御さん」に育てられた子であるという事実を、端的に語る。それを一顧だにするなと相手に求めるのも無理すじじゃないかと思う。
とかいうことを以前から考えていたのだが、しばらくそういう赤ちゃんがおられず今なら「うちの子のことか?」云々の余計な紛糾を呼ばずにすみそうなので、世に問う次第である。
ちなみに妻に言ってみたら、たしかにAKB48でも売れてる子は堅実な名前の子が多いよねと言われた。そうなんですか?
