立ち残る神

キンモクセイ 01

 買った本を開いたとき、製本で切り損ねたのだろう、余分な紙を折り畳んだ不体裁なページに出くわすことがある。この裁断ミスのページを「福紙(ふくがみ)」という◆辞書にも載っている言葉で、日本国語大辞典小学館)には「紙を重ねて裁つ時、折れ込んだりして裁ち残しのある紙」とある。商品の欠陥部分を指すにしては妙に縁起のいい名称だが、陰暦十月の呼び名「神無月」に関係があるらしい◆言い伝えによれば十月は全国の神々が出雲大社に集まるが、恵比須さまだけは残っている。旅立たずに残る福の神――「立ち残る神」を「裁ち残る紙」に掛けたしゃれという◆暑くもなく寒くもなく、月末には読書週間も始まる十月はいつもならば、唐の詩人韓愈(かんゆ)のよく知られた詩句「灯火ようやく親しむべし」が思い出される読書の季節である◆韓愈は同じ詩に、「時、秋にして積雨(長雨)はれ」とうたっている。台風が入れ代わり立ち代わり大暴れする今年は、十月の声を聞いても積雨の上がったすがすがしい気分には遠い、というのが多くの人の実感に違いない◆土砂崩れと浸水の傷跡が残る被災地には、「読書の秋」も「灯火親しむ…」もないだろう。灯下、心静かに書物をひらくことのできる人にとっては、どのページも身の幸福をかみしめる「福紙」であると、しみじみ思う。(編集手帳)