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2017-12-16

会稽太守唐鳳と周規

実はこのブログは昔から潁川の唐氏についてしばしば取り上げてきた。

唐姫

碑文に見る唐氏の一族


今回、いくつか唐氏について発見したので1つの記事にしようかと思ったが、ちょっと長くなりそうだったので分ける。(2〜3回)

一つ目は唐鳳。これまで唐姫の父親の元会稽太守唐瑁を宦官唐衡の一族としてきたが、もしかしたら違うかもしれない。

『太平御覧』人事部一百三十三 所引『会稽典録』

周規,字公圖,太守唐鳳命為功曹。鳳,中常侍衡之從兄,恃中官專行貪暴。規諫曰:「明府以負薪之才,受剖苻之任,所謂力弱載重,不惟顛蹶。方今聖治在上,不容紕政。明府以教人之職,行桀紂之暴。」鳳怒,縛規,槌於閣中。鳳后果以檻車徴。

適当訳

周規、字は公図、(会稽)太守唐鳳によって功曹に任じられた。唐鳳は中常侍唐衡の従兄であったため、それをたのみ欲張りで暴虐であった。

周規は諫めて言った。「太守殿は薪を負うような身分の低い人でありながら太守の任を受けている。いわゆる『力は弱いのに重いものを載せているが、躓いて倒れると思っていない』だ。

今は聡明な天子が治めており、過ちを許さない。

太守殿は人を教導する職をもって桀や紂のような暴君の行いをしている。」と。

唐鳳は怒り、周規を縛り、叩き打った。

唐鳳は後に果たして護送車で召しだされた。

「負薪之才」は、ただ薪を負う才能があるだけ、身分が低い人を比喩して言うものらしいが、太守に向かって「身分低い」と言うする周規ヤバい。

功曹は地域の有力者だから中央から送られてくる太守よりも力が強いことはしばしばあったようで、これはその関係性を示す例かもしれないが、たぶん単純にこいつは性格が悪い。

ちなみにこの周規、会稽の人なのでおそらく『後漢書』朱雋(朱儁)伝に出てくる周規だ。

後漢書皇甫嵩朱雋列伝第六十一

時同郡周規辟公府,當行,假郡庫錢百萬,以為冠幘費,而後倉卒督責,規家貧無以備,雋乃竊母嗽隋ぐ抖解對。母既失産業,深恚責之。雋曰:「小損當大益,初貧後富,必然理也。」

適当訳

当時、同郡の周規が中央に招聘され、出発するにあたり郡の倉庫から百万銭を借りて、冠の費用とした。

のちに倉庫の役人が督促したが、周規の家は貧しくて蓄えがなかったため朱儁は母の絹を盗んで周規のために返済にあてた。

母は財産を失ったため、朱儁を責めたが、朱儁は言った。「小さな損で大きな利益を得る、はじめは貧しくて後に富むは当然の理だ。」と。


というか周規は本題ではないので閑話休題

この会稽太守唐鳳、はっきりと唐衡の従兄と書いてある。

唐姫の父の元会稽太守唐瑁とこの会稽太守唐鳳は同一人物なのだろうか。

瑁(mao)と鳳(feng)では発音もだいぶ違うし字形も似ていない。

さらに唐瑁は弘農王毒殺後も生きているが、唐鳳は逮捕されてるし生き永らえたとはあまり思えない。(生きてた可能性もあるが)


私は唐扶頌の記事で、唐氏の系図を描いたが

潁川唐氏についてはもうちょっと考える必要がある。

そのカギを握る司空唐珍についての記載を発見したので次回更新は唐珍。


というかこの話、だいぶ昔に自分でツイートしてたらしいんだよね


完全に忘れてたけど。

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